泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
俺と小菊がラブホに行ったという噂が流れている。
行きと帰りは服を替えたみたいで、二人とも大き目の紙袋をぶら下げていた。
噂というのは間接的に聞こえてくるものなので根絶が難しい。
それに、二人でラブホに行って、紙袋をぶら下げて出てきたというのは事実なんだからな!
昨日の花見で、寿屋さんに幔幕を借りに行ったのは知ってるよな? 大きな紙袋というのは、借りた幔幕が入っていたんだ。
寿屋さんは、うち同様に置屋をやっていたんだけど、昭和三十年ごろに廃業してラブホに転身したんだ。
元々が花街で何代も商売をしてきているので、店の雰囲気はとってもいい。
ケバケバしさが無くって、一見料理屋さんのような落ち着いた雰囲気がある。
それに、俺と小菊にとってはご近所の寿屋さんだ。子供のころから出入りしていて抵抗はまるで無い。
でも、地元の歌舞伎町以外から通っている学校関係者には、そうではない。このあたりじゃ珍しい駅裏のラブホにすぎない。
「ほっときゃいいじゃない、噂なんだから」
「おもしれーから、ほっとけよ」
風信子もノリスケも、盛大にケラケラ笑ったあと、放っておけという。
―― 俺たちが兄妹だってことが分かれば簡単なんじゃないのか ――
―― 兄妹ってバラシタら殺す! ――
メールでのやり取りは、この二言で終了した。
噂の出所は、菊乃のクラスメートの増田という子と、わが担任のヨッチャンのようだ。
ヨッチャンは、俺たちが兄妹だっていうことは知っている。でも、職員室とかで喋っちゃったのを聞いた生徒が誤解したようだ。
いつものことだけど、先生たちの情報管理は、つまらないところでこだわって、肝心のところでダダ漏れだ。
「笑っちゃいますよね、小菊ちゃんとは兄妹ですのにね……」
エロゲがインストールされる間に、ついでのようにシグマが言う。
「あー、そうだよ。兄妹だってことを言えば済む話なんだけどな、小菊のやつ……」
作法教室でエロゲを立ち上げているのは、やっぱ違和感なんだけど、畳の落ち着いた雰囲気には馴染んじゃうだろうなあと思う。
やがてインストールの終わった画面を見ると、こんなタイトルが現れていた。
『兄妹だって愛さえあれば(*゚▽゚*)♡』
後ろで、ノリスケと風信子が腹を抱えて笑い出した。
あーあ、もう勝手に笑ってやがれ、なあ……あ?
どうしてシグマは笑わないんだ……?
☆彡 主な登場人物
- 妻鹿雄一 (オメガ) 高校三年
- 百地美子 (シグマ) 高校二年
- 妻鹿小菊 高校一年 オメガの妹
- 妻鹿由紀夫 父
- 鈴木典亮 (ノリスケ) 高校三年 雄一の数少ない友だち
- 風信子 高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
- 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
- ミリー・ニノミヤ シグマの祖母
- ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任
- 木田さん 二年の時のクラスメート(副委員長)
- 増田さん 小菊のクラスメート