鳴かぬなら 信長転生記
帰還後、天下布部の最初の部活は茶の湯だ。
亭主は信玄、客は謙信と俺だ。
茶室に入ると、信玄好みの緋色の毛氈が布いてある。
茶室で座布団を置くことは基本的にやらないが、おおよその居所を示すために毛氈を布くことはある。
毛氈は座布団のように一人前ずつにはなっておらず、長いままに敷いてあるのだが、その長さが三人分はあるのだ。
つまり、客は、俺と謙信以外にもう一人いるということを示している。
カマを掛けているんだな……。
そう読んで、俺は正客の席を開けて、相客の席に着く。謙信は自然とお詰め(末席)に座る。
「なんだ、読まれているか」
「フフ、だから、止めようって言ったでしょ」
非難しながらも謙信も笑っている。
「正客は誰なんだ?」
「当ててみろ」
正客とは主賓のことだ。この茶席は半ばおちょくられてはいるが、三国志の偵察任務を果たしてきたことへの労いだ。偵察は、俺と市で行った。最後は学園生徒会長の乙女と武蔵に助けられたが、それならば、正客のところは二人分空いていなければならない。
では、市……いや、市は、朝から学園に登校している。久々に弁当を作ってやったら、小さな声で「ありがとう」と言っていたものな。
それに、兄の……いや姉の俺を差し置いて上座を設定されるわけは無いしな。
生徒会長の今川義元?
いや、冗談でも、あいつを呼ぶほど、この戦国の両雄は悪趣味ではない。
「曹茶姫か」
閃いて、そう口にした。
「さすが上総介じゃ」
そう言うと、信玄は四つの茶碗にお茶をたてた。
茶の湯で亭主の分まで茶碗を用意することは無い。
これは、茶席の形を取った誓の席だ。
「次に行う時は、そこにリアル茶姫に就いてもらう」
「では、乾杯」
謙信が音頭を取り、なんとも無作法に、お茶で乾杯したぞ。
まさに茶化してはいるが、それだけに、この二人の真剣さが伝わってきた。
「なぜ、あの二人を行かせた?」
分かっている、織部とリュドミラが入れ替わりで偵察に出したのは、義元などではない、この二人が動いて、最後に義元に判子を押させたんだ。
「織部は数寄者だ。美しいもの美しいことにしか興味がない、半ば本気でお宝さがしの気分だったしな。怪しまれることが無い」
「今度は、わたしが行くつもりだったんだけどね」
「謙信に出張られては、偵察でなくて、本当の戦になるからな」
「そういう信玄も、制服の下に鎧を着こんでいたじゃない」
「フフ、バレていたか」
「では、なぜ、相棒がリュドミラなんだ。あいつ、ちょっとおかしかったぞ」
「三国志にはシルクロード系の人間は珍しくないからな。商人の長旅、相棒という点でも用心棒という点でも自然だろう」
「それだけか?」
「本当は、武蔵に、そのまま付いてもらってもよかったんだけどね。カラコン入れてアイドルになっちゃったでしょ」
「ああ、でも、カラコンを取れば、いつもの武蔵だぞ」
「ああいう奴が目覚めると、速攻でカミングアウトしてしまって、戻ってこなくなる」
「でも、転生して体は女なのだから、いいのではないか?」
それには応えず、謙信が返してきた。
「信長、リュドミラの出身は知ってるかい?」
「ああ、たしかソ連だろ。公園で会った時に言っていたぞ」
「ソ連は広かったからね……あの子の出身はウクライナなのよ」
謙信が呟いて、その重さにピンとくるには少し時間がいった信長であった。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(三国志ではシイ)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん