大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

鳴かぬなら 信長転生記 88『労いの茶席』

2022-09-15 16:01:46 | ノベル2

ら 信長転生記

88『労いの茶席』信長 

 

 

 帰還後、天下布部の最初の部活は茶の湯だ。

 

 亭主は信玄、客は謙信と俺だ。

 茶室に入ると、信玄好みの緋色の毛氈が布いてある。

 茶室で座布団を置くことは基本的にやらないが、おおよその居所を示すために毛氈を布くことはある。

 毛氈は座布団のように一人前ずつにはなっておらず、長いままに敷いてあるのだが、その長さが三人分はあるのだ。

 つまり、客は、俺と謙信以外にもう一人いるということを示している。

 

 カマを掛けているんだな……。

 

 そう読んで、俺は正客の席を開けて、相客の席に着く。謙信は自然とお詰め(末席)に座る。

「なんだ、読まれているか」

「フフ、だから、止めようって言ったでしょ」

 非難しながらも謙信も笑っている。

「正客は誰なんだ?」

「当ててみろ」

 正客とは主賓のことだ。この茶席は半ばおちょくられてはいるが、三国志の偵察任務を果たしてきたことへの労いだ。偵察は、俺と市で行った。最後は学園生徒会長の乙女と武蔵に助けられたが、それならば、正客のところは二人分空いていなければならない。

 では、市……いや、市は、朝から学園に登校している。久々に弁当を作ってやったら、小さな声で「ありがとう」と言っていたものな。

 それに、兄の……いや姉の俺を差し置いて上座を設定されるわけは無いしな。

 生徒会長の今川義元?

 いや、冗談でも、あいつを呼ぶほど、この戦国の両雄は悪趣味ではない。

 

「曹茶姫か」

 

 閃いて、そう口にした。

「さすが上総介じゃ」

 そう言うと、信玄は四つの茶碗にお茶をたてた。

 茶の湯で亭主の分まで茶碗を用意することは無い。

 これは、茶席の形を取った誓の席だ。

「次に行う時は、そこにリアル茶姫に就いてもらう」

「では、乾杯」

 謙信が音頭を取り、なんとも無作法に、お茶で乾杯したぞ。

 まさに茶化してはいるが、それだけに、この二人の真剣さが伝わってきた。

 

「なぜ、あの二人を行かせた?」

 

 分かっている、織部とリュドミラが入れ替わりで偵察に出したのは、義元などではない、この二人が動いて、最後に義元に判子を押させたんだ。

「織部は数寄者だ。美しいもの美しいことにしか興味がない、半ば本気でお宝さがしの気分だったしな。怪しまれることが無い」

「今度は、わたしが行くつもりだったんだけどね」

「謙信に出張られては、偵察でなくて、本当の戦になるからな」

「そういう信玄も、制服の下に鎧を着こんでいたじゃない」

「フフ、バレていたか」

「では、なぜ、相棒がリュドミラなんだ。あいつ、ちょっとおかしかったぞ」

「三国志にはシルクロード系の人間は珍しくないからな。商人の長旅、相棒という点でも用心棒という点でも自然だろう」

「それだけか?」

「本当は、武蔵に、そのまま付いてもらってもよかったんだけどね。カラコン入れてアイドルになっちゃったでしょ」

「ああ、でも、カラコンを取れば、いつもの武蔵だぞ」

「ああいう奴が目覚めると、速攻でカミングアウトしてしまって、戻ってこなくなる」

「でも、転生して体は女なのだから、いいのではないか?」

 それには応えず、謙信が返してきた。

「信長、リュドミラの出身は知ってるかい?」

「ああ、たしかソ連だろ。公園で会った時に言っていたぞ」

「ソ連は広かったからね……あの子の出身はウクライナなのよ」

 

 謙信が呟いて、その重さにピンとくるには少し時間がいった信長であった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
  • 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  • 織田 市        信長の妹(三国志ではシイ)
  • 平手 美姫       信長のクラス担任
  • 武田 信玄       同級生
  • 上杉 謙信       同級生
  • 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  • 宮本 武蔵       孤高の剣聖
  • 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  • リュドミラ       旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ
  • 今川 義元       学院生徒会長
  • 坂本 乙女       学園生徒会長
  • 曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
  • 諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
  • 大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん
  •  

 

 

 

 

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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・65『連休谷間の遠足』

2022-09-15 06:33:46 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

65『連休谷間の遠足』シグマ 





 連休の谷間ってめんどくさい。

 だってさ、この月火が休みだったら9連休なんだよ。むろん水曜からの5連休だってすごいよ。夏休みとかを別にしたら、もう年内に5連休なんてやってこないもんね。

 でもね、9連休だったらエロゲ二本はクリアできるよ。

 ゲームにもよるけど、一本だいたい二十時間くらい。分岐の多いのだと四十時間くらいかかるのもある。

「へー」とか「なるほどお」とかのシーンはゆっくり見る。

 エロゲの中には真面目に人生やら青春やらを語っているものもある。開始一分でエッチ全開ってのもある。

 両方あっていいんだ。表現は違っても――人を楽しませる――というコンセプトは同じだ。

 出会いがあって、大小いろんな事件があって、あーこれは発展フラグだなーってのがあって、初々しい初エッチに突入! そこまでの流れは、できるだけ切れ目なしに味わいたいんだよね。

 それが、ブツ切れの連休だと急ぎ足になってしまう。もしくは、トライするゲームの数を減らさなきゃならない。

 で……連休谷間の今日は遠足だよ。

 いかにも消化試合だよね。どうせやるなら、いつも通りの六時間授業をやればいいのにね。

 ま、六時間やったらやったで文句を言う百地美子だって自覚はある。えと、百地美子ってのは、あたしの名前。日ごろはシグマとしか呼ばれないから忘れてる人もいるかもしれないわね。ま、この際覚えてくださいな。なんたって連休の谷間なんだからさ。

 基本的に、連休の谷間というのが面白くなくてプータレてるわけですよ。

 で、井の頭公園のベンチに座っている。

 高校生の遠足に井の頭公園というのはどーなんだろ?

 ま、クラスに8人という欠席の数を考えればいわずもがな。

 中には「北○○のミサイルが心配で」というこじつけっ子もいる、無断欠席の方が清々しいと思うよ。

「お、懐かしいゲームやってんだな」

 え( ゚Д゚)!?

 まさか堂本先生に声を掛けられるとは思っていなかったからドギマギした。

「『陽だまりのキミ』は良くできた恋愛シミレーションだな、人生は、ほんのちょっとしたことで結婚相手まで変わっちまうんだってコンセプトがいいよなあ、メインヒロインのキミなんて、おれ三回もクリアーしたもんだ」

「は、はい……」

 あたしは曖昧に頷いて調子を合わせた。

「陽だまりみたいに暖かく、清く正しく、キスするだけで結婚するのがよかった」

「ですね……(^_^;)」

 先生は分かっていない。

『陽だまりのキミ』はミレニアムエロゲの金字塔と言われ、後年の萌ゲー大賞があればグランプリ間違いなしと言われた名作。

 キミルートは裏を含めて五つあって、いずれも濃厚なエロシーンがある。その展開は、その後のエロゲに絶大な影響を残し、制作会社はエロゲ界のジブリと言われている。あまりの人気なのでエロはキスまでの純愛設定にしてプレスト3に移植されている。あたしは、プレスト3をプレストヴィータにしたのをやっているんだ。

「あれに出てくる恩賜公園は、この井の頭公園がモデルなんですよね」

「え、あ、ああ、そうだったよな、そうだった」

 あたしは、連休のゲームモードになっている自分を保つためにコンシューマ版の『陽だまりのキミ』をやってるんだ。

 先生は、つまらない遠足の言い訳をするように話しかけてきただけなんだ。八人の欠席も気にかけているんだろうね。

 そう思うんだったら、もっとましな行事計画立ててほしい。

「公園の西にジブリの森があるんです。あれがルートに入っていたら、欠席する人はいなかったと思いますよ」

 玉川上水の向こうの方を指さした。

「え、あ、そんなのがあるのか?」

「ありますよ……ほら」

 スマホの検索画面を見せてあげた。ま、遠足なんかで予約がとれるとこじゃないけどね、勉強してくださいってとこです。

 先生の相手が終わるとスマホが鳴った。

 あ……?

 それは、風信子先輩からのメールだった……。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿幸一           祖父
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート
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銀河太平記・125『飛鳥山の花見』

2022-09-14 15:53:28 | 小説4

・125

『飛鳥山の花見』ミク  

 

 

 府立大学と国立大学、どっちがえらい?

 

 地球の日本人に聞くと、たいてい国立大学と答える。

 ところが、この火星の扶桑では府立大学の方が断然えらい!

 国立というのは、退役軍人の勇士が国立市(くにたてし)に作った私立の大学。

 府立扶桑大学の府立というのは幕府立という意味で、日本風に言うと、こちらの方が国立なんだよ。

 

 その府大生三人と、国立大生一人が、五分咲きの桜の下でお弁当を広げている。

 

「ほんとうにヒコが作ったにょか!?」

「ああ、なぜか国際政治学科の必履修がクッキングなんでね、みんなに実習試験の前の実験台になってもらってるのさ」

「これも、初代公方さまからの伝統を重んじる府立ならではのことなんでしょうけど、学生のレベル超えてるわよ!」

「美味けりゃなんでもいいぞ、ハグハグ……」

「ダッシュ、もっと味わって食べにゃしゃい、ご馳走に失礼にゃ!」

「ここんとこ国立の食堂飯しか食ってないからな、ムシャムシャ……」

「ほら、また零してるにゃ!」

 一見小学生にしか見えないテルが、軍服にしか見えない制服のダッシュを叱っているのは、微笑ましい。通りすがりのお花見客がクスクス笑っていく。

 まあ、仲間四人の中ではいつもの、でも、一年ぶりの再会なので、ちょっと照れくさいよ。

「今年は無事に満開になりそうなのよさ」

「ああ、これまでの桜は、五分咲きのまま散っていってしまったからな」

「火星の桜は、引力が弱い分、縦には伸びるけど、花を突ける力は弱かったからね」

 桜に罪があるわけじゃないんだけど、地球人たちからは『もやし桜』なんて呼ばれ方をしていた。

 それをお城の植物園で改良を重ねたものが、この飛鳥山公園に植えられ、二年目の三月に実を結ぶ……じゃなくて花をつけたわけ。

 それを口実……と言っては上様に申し訳ないんだけど、高校卒業以来、初めて四人で集まったわけ。

 

 ヒコ(穴山 彦)は府大の国際政治学科。順当にいけば外務奉行や財務奉行のエリートコース。でも、去年若年寄から老中に昇進したお父さん(穴山新右衛門さん)は、そういうイージーな人生を認める人じゃないんで、在月扶桑事務所の使いっぱしりあたりからになるだろうし、本人も、それでいいと思っているみたい。

 テル(平賀 照)は府大の工学部。パルス動力専攻、一年の秋に出したレポートが学術論文のレベルだったとかで、学生の身分ながら研究員の待遇を獲得。卒業を待たずして教授になてしまうんじゃないかって、もっぱらの噂。でも、見かけは、高校の頃の『どう見ても小学生』のままなんだけど、本人は一向に気にしていない様子。

 ダッシュ(大石 一)は、仲間で一人だけ国立大学。退役軍人の人たちが作った私学の軍事大学。公には士官学校があって、毎年優秀な士官候補生を輩出しているんだけど、下士官の教育機関の充実が遅れていて、軍人のOBたちが阿吽の呼吸で三十年前に創立した質実剛健の学校。三年次からは実際に部隊に配属されて実地教育なので、ダッシュにとっては最後の学生らしい春休み。

 ミク(緒方 未来)。つまりあたしは、府大医学部。まあ、医者の娘だから家業を継ぐためには常識的な選択。ただね、貧乏医者の娘なんで、卒業後三年はお国に御奉公。

 とんでもない修学旅行から三年、こうやって、幼なじみ四人で集まれるのは、これが久々で、しばらくはできないかもしれない。

 まあ、そんなこんなで、お城の北側に古くからある市民の憩いの飛鳥山公園でお花見。

「実習のついでに、こんなものも作ってみた」

「え、お醤油?」

「空きビンが、これしかなかったんでね……」

 ポン

 いい音をさせて栓を抜くと、ぜったいお醤油ではない液体の香りがあふれ出す。

「って、お酒じゃない!」

「おお、ヒコにしては上出来!」

「大学の施設で、こんなの作っていいの!?」

「味醂や麹だって作ってるんだ、料理酒ぐらい作ってもバチは当たらんだろう」

「おお、そうだそうだ、これは料理酒なんだ! みんなでヒコの労作を試してやろうじゃないか!」

「テルは、アルコール飲めないのよさ」

「テル用には、ちゃんと甘酒作っておいたから。さ、みんな紙コップ……」

「では、一年ぶりの再会を祝して……」

「「「「かんぱーーい!」」」」

 グビグビグビ……プッハー!

 口当たりはいいんだけど……けっこうきつい!

「う~~~ん」

 ドタっとランチシートに倒れ込み、もやし桜が逆さに見えて……桜の陰から人が現れた。

 花咲じじい……と言うには、まだお若いその人は。

 

 う、上さま!?

 

 まわったばかりの酔いが、いっぺんに醒めた!

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    国立大学二回生、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    幕府大学国際政治学科二回生、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     幕府大学医学部二回生、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     幕府大学工学部二回生、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首 パイレーツクィーン:メアリ・アン・アルルカン(手下=ツナカン、サケカン、アルミカン)
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  •  

 

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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・64『三人の中坊女子』

2022-09-14 06:48:12 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

64『三人の中坊女子』オメガ 





 六つ目をゲットしたところでため息が出た。

「アハハハ、おまえもか」

 楽しそうにノリスケが笑う。

「三年連続でクレ-ンゲームだぜ」

「いや、六年連続だ」

「あーーーだったな」

 俺とノリスケは、連休というとアキバにくり出す。

 ぼんやり過ごすにはアキバが一番だ。あちこち見て回った末にゲーセンになる。

 と言っても、いきなりゲームに飛びついたりはしない。とりあえずは人がやっているのを見物する。

 見物してるうちに、やりたいゲームがはっきりしてくる。

 どっちかてーと格ゲーが好きなんだけど、ゲームやキャラによって好き嫌いがある。その日の気分というのもあるしな。

 新しい筐体が入っていれば、とりあえずは足が向くが、長蛇の列になっていたりすると敬遠する。

 俺もノリスケも、とことん没頭したりはしないんだ。ゲームで散財したり熱くなるのは性に合わない。

 そんなゲーセンの締めがクレーンゲームなんだ。

「よかったら、もらってくれる?」

 とったばかりの景品を、となりの筐体で悪戦苦闘している中坊女子たちに示す。

「あ、別にナンパとかじゃないから(^_^;)」

「俺たち景品目当てじゃないから持て余すんだ、どう?」

 三人の中坊女子は目配せしあう。

「あ、ありがとう」

 ポニテが礼を言って、眼鏡っ子とセミロングが受け取ってくれた。

 正直、そのへんにオキッパにしてもいいんだけど、不審物と思われても困る。

 今日日はなんにだって爆弾とかが仕込める、俺たちが置いたものが、そう思われるのも嫌だしね。

 中坊女子に気を使わせるのもやなんで、その足でゲーセンを出た。

「そういや、昨日は東京中の電車が停まっちまったんだよな」

 ここんとこミサイルとか北○○のことがかまびすしい。

 学校でも避難訓練がミサイル対応になってきた。おかげで木田さんを保健室に運んで、お祖父さんの徳川さんが木田さんともどもお礼に来ることにもなった。

 ノリスケも図書室の本が縁で一年の女子と付き合いだして、すこし悩んでいる。

 俺を朝寝坊させてしまうくらいの長電話ですっきりしたのか、その話題には触れない。俺もノリスケが切り出さない限り聞きもしない。

 昭和通り口にさしかかったところでスマホが振動した。

「お、風信子からだ」

 スマホには――相談したいことがあるので来てほしい――のメールが入っていた。

「神の啓示かな、ま、今日は切り上げようか」

 連休に男二人という状況は世間一般的にはシケているんだろうけど、俺もノリスケもそういう感性じゃない。

 でも、このまま解散というのも凹んでしまう。

――ノリスケもいっしょでいいか?――

 そう返事を打つと、折り返し――その方がいいわよ!――と返ってくる。

 改札に向かおうとすると、さっきの中坊女子たちがオロオロしている。

「どうかした?」

 声を掛けると、三人とも泣き出しそうな顔を向けてきた。

「財布がないんです……」

 眼鏡っ子が狼狽えている。

「熱中しちゃうと注意力散漫になるんで、貴重品はまとめてあたしが持ってたんです」

「彼女がいちばん冷静だから」

「ゲーセンで景品の袋もらって……」

「あ、その時に?」

「ゲーセンもどったけど、スタッフにも聞いたけど……」

 悪いことをした。男二人から景品をもらうというイレギュラーが災いしたんだ。

「君たち、どこまで帰るの?」

「えと……」

 目配せすると、三人で息を揃えた。

「「「浦安です」」」

 歩いて帰れる距離じゃない。けっきょく浦安までの切符を買って渡してやった。

「ありがとうございます」

「家に着いたらご連絡して、後日お金をお返しします」

「住所とかメアドとか教えてもらっていいですか?」

「あ、う……」

「いいよ、困ったときはお互いさまってか、いきなり景品渡されてびっくりもしたんだろうし」

 ノリスケが言うので、俺も笑顔で頷いた。

「すまん、あの子以外のことは気に掛けたくないんだ」

 改札を潜りながら、親友はポツリと言った。

 今日もミサイルは飛んでこないようだ。

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿幸一           祖父
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート
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魔法少女マヂカ・289『夢見る魔法少女』

2022-09-13 14:49:00 | 小説

魔法少女マヂカ・289

『夢見る魔法少女語り手:マヂカ 

 

 

 わたしは令和の日暮里に休息のためにやってきている。都立日暮里高校に潜り込んで、まったりとJK生活を送るはずだった。

 

 それが、諸事情のため魔法少女の力を発揮せざるを得なくなって、いつのまにか、昭和で縁の切れたはずの特務師団に所属するハメにもなってしまった。

 魔法少女に休息が必要な事情、言い訳になるかもしれないが、すこし話に付き合ってもらいたい。

 魔法少女は人間離れした能力を持っているんだけど、少女というからには基本的に人間なのであって、とうぜん睡眠をとる。無理をすれば十日ぐらいは眠らずに済むのだが、そういう無茶をやるとガタが来るのも早くて、長期的に見れば稼働時間を短くしてしまうので、できるだけ並の人間のリズムで生きている。

 眠れば、自然に夢を見る。

 魔法少女の夢はクセモノなんだ。

 夢の中で、魔法少女は時空を超えてしまうことがある。無意識の位相変換と言ってもいい。

 時空を超えると亜世界や異世界に飛んでしまう。健康な魔法少女なら、夢をコントロールすることもできるし、意識しなくても目が覚めるころには実世界に戻って来る。

 疲れを貯め込んだ魔法少女は、時々行ったきりになってしまう。

 戻らなくっちゃ。そう思って戻ったところが別の異世界、あるいは亜世界。マズったと思って、再び飛ぶと、又違う亜世界や異世界。

 そういうことを繰り返しているうちに実世界の位相を見失ってしまって、戻れなくなってしまうことがある。体は生きているが、意識というか魂は向こうに行ったままで、自分の力で戻ってくることができなくなってしまう。

 そうなると、より高位級の魔法少女にサルベージしてもらうことになるのだけど、それにも限界がある。

 ほら、一定以上の深海に沈んでしまった潜水艦は、救難艦でも助けられない。大東亜戦争で技術将校に聞いた時は80メートルが限界だと聞いた。今は、どうなんだろう、技術が進んだと云っても200メートルぐらいではないかなあ。

 

 まあ、そうならないために、魔法少女は数十年に一度は休息をとる。

 何度も言ったけど、魔法少女の休息は、普通の生活をすることだ。

 その、普通の生活が、疎かになっているのは、ここまで付き合ってくれたキミ、もしくはアナタには分かってもらえるだろう。

 

 鎮遠と別れた夜、夢を見た。

 

 なぜか飛行機に乗っている。エアバスかジャンボジェットか、かなり大型のジェット旅客機。

 行先は、ハワイか西海岸か。到着すればブリンダが迎えに来てくれるような気がしている。

 戦時中は敵同士だったけど、令和の東京に来てからは仲間同然。

 そうか……そうだな……ブリンダと気ままにワイキキビーチで泳いだり、サンフランシスコのケーブルカーに乗ってみるのも面白いなあ。

 そんなことを思っていると、前の方のシートで立ち上がる女性が居る。

 女性は見覚えのあるメイド服を着ている……クマさんだ!

――クマさーん!――

 呼びかけるが声が出ない。

 くそ、掴まえなくっちゃ!

 通路を走ると、クマさんは螺旋階段を上って上のフロアーに行く。

「お客さま、通路は走らないようにおねがいします」

 CAに注意され、急ぎ足程度に落として追いかける。

 二階に上がると、クマさんは後方に歩いて行き、天井から下りているラダーに足を掛ける。どうやら、上のハッチから機外に出るつもりのようだ。そんなハッチがリアルの旅客機に付いているはずも無いのだけど、ここでクマさんを見逃すわけにはいかない。

 ブワアアアアアアアアアアア

 機外に出ると、猛烈な風で立っているのが精いっぱい。

「クマさーーーーーーーん!」

 渾身の呼びかけにも応えず、クマさんは、左の翼の上を翼端に向かって歩いていく。

「待て、待って、クマさん!」

 やっとのことで、クマさんの手の先に触れるが、それと同時にクマさんは翼から飛び降りてしまう。

「クマさーーーーーーーん!」

 叫んで感じた。

 ここで位相変換が起こっている。

 飛行機の翼を飛び降りるところまでは亜世界だけど、ここからはリアル! 実世界だ!

 

 セイ!

 

 気合いを入れて飛ぼう……としたが、一ミリも飛べずに、そのまま加速して墜ちていく!

 そうか、ブリンダに飛行石を貸したまま!?

 いや、返してはくれたけど、無茶な使い方をしてしまったために、粉々になってしまっているんだ(268『帰ってきたブリンダはエコノミー症候群よりひどかった』)!!

 一般人に比べればスーパーマン並みの身体能力だけど、さすがに、この高度から落下してはもたない!

 もう一度、五感を総動員して現状分析を試みる……が……何度考え直しても、これは、現実世界だ!

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長 アキバのメイドクィーン(バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世)
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔
  • サム(サマンサ)     霊雁島の第七艦隊の魔法少女
  • ソーリャ         ロシアの魔法少女
  • 孫悟嬢          中国の魔法少女

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • ファントム      時空を超えたお尋ね者

 

 

 

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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・63『連休初日に寝坊して』

2022-09-13 06:34:11 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

63『連休初日に寝坊して』オメガ 




 朝寝坊したら食パンがなかった。

「遅いからよ!」

 お出かけ準備の仕上がった小菊が蔑んだ目で言う。

 キッチンのテーブルは、食後の湯呑やマグカップが空になって、それさえお袋が片づけにかかっている。朝のバラエティーは祖父ちゃん好みのお天気お姉さんが――素敵な連休をお過ごしください――と締めくくっている。

「えと、じゃ、食パン買ってくるわ」

 寝癖のまんまパーカーだけ羽織って家を出る。

「ちょ、邪魔!」

 ドアを開けると、戻って来た小菊に邪険にされる。なんだか忘れ物をしたようだが、冷やかすなんて無謀なことはしない。

 俺の座右の銘は『波風を立てない』なんだ。

 足許に気配、馴染みの街猫が二匹走って、後ろの猫が、駆け抜けざまに停めてあった自転車をひっかける。

 あ~~~~

 猫一匹のわずかな衝撃なんだが、物の弾みってやつだろう、自転車はジワっと傾いたかと思うと、すぐ横の自転車も巻き込んでガッシャーン!と倒れてしまい、路地と言った方が的確な道は自転車二台に塞がれてしまった。

「しょ-がねーなー……」

 ヨッコイショっと自転車を起こす。

「あーーーもーーーあんたって邪魔しかしないのよね!」

 再び小菊に罵倒される。

 プリプリ尻を振りながら表通りに向かう妹の足元は、さっきまでのエナメルじゃなくって、大人しめのパンプスだ。

 あいつ、このごろおかしいなあ……。

 夕べも「覗いたら殺す!」の捨て台詞。あいつの来客はくぐもった声しか聞こえなかったけど、あきらかに大人の男だった。

 それに、先日は段ボール一箱のポテチが届いていた。

 で、今日は、朝からパンプス履いてお出かけだ。

 女子の服装ってのはよく分からないけど、俺の節穴が見ても遊びに行くと言う風体じゃない。

 なんちゅうか……これから見合いに行ってきまーす!

 有りえねーよな、あいつは高校に入ったばっかしの十五歳だ。

 いやいや、小菊のことは考えるのも無駄ってか、危険でもあるので、脳みそをニュートラルにする。

 朝寝坊には眩しすぎる連休初日の日差しだ。

 この朝寝坊にはワケが有る。ノリスケが遅くまで電話してきたからだ。

 本を拾ってやったことがきっかけで我が親友は一年の女子と付き合い始めた。

 ノリスケは、今まで特定の女の子と付き合ったことが無い。

 あいつのスタイルは広く浅くだ。

 珍しいなあとは思ったが、恋の道は神のみぞ知る。だから、俺は生温か~い目で見てきた。

 それがどうやら悩んでいる。ノリスケ自身は言わないが、状況から、その女子はヤンデレさんのようだ。

――そう言うカテゴライズはするな――

 そう言われたら「あ、そ」という返事になるんだけど、親友を邪険にもできずに男の長話になったわけだ。

 コンビニというのは目的のものを買っても、ついぶらついてしまう。

 雑誌とかカップ麺の新製品とかスナックコーナーだとか……。

 ああ、やっぱしなあ。

 先月には三段の棚にビッシリあったポテチが一段の半分になってしまっている。代わりにコーンスナックが幅を利かせて、俺は少なくなったポテチに同情した。

 この気持ちは間違っている。同情すべきは人間のポテチファンの方なんだ。

 でも……小菊に届いた段ボール箱いっぱいのポテチはなんだったんだ?

 余計なことに関心は持たねえ!

 そう自戒して、五枚切りの食パンを買って帰った連休初日であった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿幸一           祖父
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート
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くノ一その一今のうち・19『服部課長代理』

2022-09-12 09:05:44 | 小説3

くノ一その一今のうち

19『服部課長代理』 

 

 

 東京駅中央口で地上に上がって二回角を曲がると徳川物産の本社ビル。わたしのバイト先。

 地上に出ると、信号が赤になったところで、変わったばかりの赤信号が服部課長代理のネクタイピンの飾りに見える。

 見えたから、思い出してしまう。

 

「豊臣家の係累は二つある。一つは、君も知っている鈴木まあやだ」

「え、まあやが?」

「そうだ。秀頼から数えて五代目で別れた家柄でな、代々江戸の薩摩藩邸で饗応を受け持っていた」

「キョウオウ?」

「ああ、接待係だな。大名の付き合いというのは格式に縛られている。たとえば、徳川と云っても、宗家以外に御三家、御三卿、分家があってな。三つ葉葵の紋所だけで28種類もある。都の貴族や寺社とのつきあいもあるしな。相手に寄って、対応を変えなければならない。豊臣家は秀吉の代から朝廷との関りも深くて、そういう格式に明るい。そこをかわれて、いわば接待指南係という扱いだった」

 まあやが指南役……ちょっとイメージが違う。

「話は途中だ」

 み、見透かされてる(;'∀')

「江戸も元禄を迎えるころになると、付き合いの半分は江戸や大坂の大商人たちだ。こういう道にも豊臣家は長けていた。曾呂利新左衛門や道頓、堺の会合衆との絆があったし、商人たちの中には、鈴木家が豊臣の末であることに薄々気が付いていた節がある」

「そ、そうなんですか」

 まあやの人懐っこさと、可愛らしさが、とんでもないものに思えてきた。

「もう一つの豊臣家は、秀吉の旧姓の木下を名乗って幕末を迎え、現在に至っている」

「そうか、それで、鈴木の豊臣家を援助してるんですね」

「先走るな」

「はい」

「徳川物産は、鈴木、木下、両方に関りを持っている」

「両方?」

「今は、鈴木まあやにだけ関わっていればいい。ただ、そういう背景があるということを理解していればいい」

「はい」

「何度も言っているが、お前は、早とちりの傾向がある。さっき、警官姿で近づいた時のリアクションは、完全に失敗だ」

「あ、はい……」

「いきなり信号機の上になんかジャンプしおって、三人写真を撮っていたぞ」

「え、三秒も無かったと思うんですけど!」

「三秒あれば、十分に撮影できる。ブロガーやユーチューバを甘く見るな」

「すみませんでした」

「分かればいい、写真はスマホごとクラッシュさせてある」

 ああ……自己嫌悪で天井を仰いで、視線を戻した時には、もう課長代理の姿は無くって、例のロボットが、いろいろ説明してくれた。

 で、ロボットの説明によると、今日は総務二課の模様替えをやるらしい。

 作業着も新品を支給してくれるらしい。百地芸能に不満は無いんだけど、あのヨレヨレの石鹸臭いジャージはごめんだからありがたい。

 

 昨日のあれこれを思い浮かべて、二つ目の角を曲がる。

 

 え!?

 

 本社ビルの前には、百地芸能のトラックが大荷物を積んで停車していた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔

 

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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・62『覗いたら殺す!』

2022-09-12 06:26:32 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

62『覗いたら殺す!』オメガ 




 うちはお客さんが多い。

 客商売だったということもあるし、最後の家業だったパブの設えが、そのまま残っていて、ご近所さんが気軽に訪れてくるのに適していることもある。

――んじゃ、そういうことで!(^^)!――
――ひとつよろしく(*^-^*)――


 いまも、町会長さんと婦人会長さんが、夏祭りの打ち合わせを終えて帰って行ったところだ。

「お、先に行きな」

 祖父ちゃんが小菊に譲った。

「ちが、トイレじゃないわよ」

 トイレ前でソワソワしていた小菊はドスドスと階段を上がってきた。

「見てんじゃないわよ、変態!」

 バタン!

「変態はねーだろー」

 腐れ童貞には慣れているが変態には傷つく。

 ピンポーン

 階段を下りると店のドアホンが鳴る。

「俺が……」

 台所から顔を出したお袋に目配せして店に向かう。小菊がバタンドタドタと階段まで出てくる。

「夜分に恐れ入ります……」

 ドアを開けて現れたのは六十がらみの立派な紳士だった。

 ご近所の人は、いきなりドアを開けて「コウちゃんいるかい!」と気楽に入ってくる。ちなみにコウちゃんとは祖父ちゃんのこと、ユウちゃんは親父のことだし、ゆう君とくれば俺のことだ。

「ご近所の方がこちらから出てこられましたので、こちらから伺いました、失礼ではなかったでしょうか?」

「いえ、玄関は分かりにくいですから、えと……」

「もうし遅れました、徳川と申します」

 すごい苗字を言いながら差し出された名刺には――徳川家友――とある。

「しょ、少々お待ちください」

 一瞬で緊張した俺は祖父ちゃんを呼びに行こうとした。

「あ、いや、あなたが妻鹿雄一さんですか?」

「あ、はい自分ですが……」

 紳士の顔がパッと明るくなった。

 それからの展開はあわただしかった。

 紳士はいったん道路まで出て、なにやら通りの方に合図をされている。

 家の前に出てみると一筋向こうに黒塗りの高級車。うちの前は狭いので大型車は入り辛い。

 で、運転手さんに介添えされて高級車から出てきたのは、紺のワンピに身を包んだ木田さんだ!

 やっぱ一人で対応しちゃいけないと思って、廊下から祖父ちゃんに声を掛けた。

 残念そうなため息で小菊が部屋に戻り、祖父ちゃんが落ち着いて出てきた。

「一昨日は孫の友子がたいへんお世話になりました」

 家友さんが深々と頭を下げる。

 ゴチン!

 威厳のある人なので、位負けした俺はテーブルにぶつけるくらいに頭を下げてしまう。

 祖父ちゃんが程よい挨拶を返したのが気配で分かる。

 家友さんの横、木田さんはお嬢様というよりはお姫様って感じで品よくお爺さんに習っている。

「大事をとって今日まで休みましたけど、来週からは学校にもどります。その前にお礼を申し上げなくてはとお伺いしました。一昨日はほんとうにありがとうございました」

 この言葉でやっとわかった。

 一昨日の避難訓練で怪我をした木田さんを、俺は保健室まで連れて行ったんだ。

 情けないことに、その時のイメージは、気絶した木田さんが蹲って、計らずも見えてしまったスカートの中の景色だ。
 こういうことは分かってしまうのか、木田さんは美しく俯いてしまった。

「訳あって芳子は徳川を名乗ってはおりませんが、たった一人の孫娘です。怪我を知った時はほんとうに驚きました」

「うちの雄一がお役に立ったのなら、何よりのことです」

 熟年二人の挨拶は、なんだか大河ドラマの一コマを見ているようだった。

 祖父ちゃんに声を掛けて正解だ、親父やお袋では、こうはいかない。

 木田さんがお祖父さんと帰ってから検索すると、家友さんは徳川宗家ではないけど、いくつか残っている徳川家の名門であると知れた。

 その日、三度目にやって来たお客が小菊の待ち人だった。

「覗いたら殺す!」

 で、気配しか分からなかったが、大人二人の来客のようだ。

 いったい何をやってるんだ?

 廊下で祖父ちゃんと首をひねる俺だった。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿幸一           祖父
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート
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漆黒のブリュンヒルデQ・089『軽くスキップして』

2022-09-11 09:20:13 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

089『軽くスキップして』   

 

 

 ここに来たころのわたしだったら引きずり出していた。

 

 まあ、いいか。

 

 見敵必殺がわたしの信条だ。その峻烈な覚悟と、その覚悟通りに戦う姿勢に、あちらの世界では『漆黒のブリュンヒルデ』の異名で通っていた。

 ヒルデの戦い方は微塵も容赦がなくて、漆黒の闇が、全ての色彩を呑み込んでしまうようだという意味だ。

 こちらに来てからも、名前を失った妖や霊どもに片端から名前を取り戻して付けてやった。

 

 しかし、芳子の中に蟠っている者に気付きながら、わたしは大人しく缶コーヒーを飲んでいる。

 

 そいつは、すでに芳子の半分を呑み込んでいるが、これでもいいかと思ってしまっている。

「そうか、芳子の家はジャズ喫茶だったものな、いいんじゃないか」

 芳子は、アメリカにジャズの勉強に行きたいというのだ。正しくは、芳子の中に隠れているそいつがだがな。

 バークレイ音楽学校に入るだとか、向こうではバイトしながら、リアルタイムのジャズに触れてみるんだとか夢を語っている。

「具体的に決まったら教えてくれ、見送りぐらいはしたいからな」

「はい、ありがとうございます!」

「勉強して帰ってくるころには、また新発売のコーヒーとか出てるだろ、駅のデハ(宮の坂駅に保存されている昔の車両)の中ででも聞かせてくれたら嬉しい」

「アハ、ですね、いっしょに昼寝とかね」

「そうだな」

 それから、なにを語ることも無く、ぼんやり校舎の上を流れる雲を眺めて、それぞれの教室に戻った。

 

―― やっぱり気になるか? ――

 

 放課後の帰り道、豪徳寺の裏を歩いていると、この世のものではない足音が付いてくる。

 振り返ると、五十年も昔のうちの制服が立っている。

「すみません……」

 下げた頭は、昔なら校則違反をとられかねないショートヘアー、まるで宝塚の男役だ。

「なぜ、礼を言う」

「見逃していただきましたから」

「気にするな、その気にならなかっただけだ」

「でも、わたし、名前はおろか、自分の事はなにも憶えていません。いつものヒルデさんなら、名前を付けて浄化なさいますでしょ」

「まあな」

「よろしいんでしょうか?」

「芳子も潜在意識の底で嫌がっている風も無かった、いいだろう。アメリカで励んで来い」

「は、はい!」

「しかし……」

「はい?」

「昔の制服もいいもんだな、微妙に膝下のスカートとセーラーのバランスがとてもいい」

「ありがとうございます! 微妙に改造してるんです。スカート丈は二センチ、上着もタックと丈を詰めてあります」

「芳子をよろしく頼むぞ」

「は、はい!」

 

 そいつは嬉しそうに回れ右すると、傾き始めた日差しに溶けるように消えて行った。

 

 やつの名前も素性も分かっている。

 もう少し話せば、あいつは自力で思い出していただろう。

 しかし、思い出せば成仏してしまう。

 少しずつ時間をかけて、芳子の中に溶け込めばいい。

 

 角を曲がって我が家が見えてくる。

 ねね子が嫌がる啓介を引っ張り出して散歩に出るところだ。

 うちでは、玉代がお祖母ちゃんの肩をもんでいる。

 あげ雲雀などが鳴いたら、うってつけなのだが、そこまでの調和は贅沢と言うものだ。

 家までの残り数十メートルを軽くスキップして帰るブリュンヒルデであった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • 玉代(玉依姫)           ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
  • お祖父ちゃん  
  • お祖母ちゃん            武笠民子
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
  •  

 

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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・61『堂本先生の鼻』

2022-09-11 06:14:18 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

61『堂本先生の鼻』シグマ 




 あ……鼻が膨らんでる。

 堂本先生は一年からの持ち上がりなので分かってしまう、先生が楽しんでいる時は鼻が膨らむんだ。


 コワモテの先生でおっかない顔をしている。声も大きくて、よく説教するし、魔王のように怒りまくる。

 でも大概は楽しんでいる。そのシルシが鼻の膨らみ。

 ほんとうに怒っている時は鼻は膨らまない。

 財布を落とした時、ジャイアンツが負けた時、先生の鼻は膨らまなかった。

 学食の前で、あたしを叱りとばした時も、先生の鼻は膨らんでいなかった。

 で、昨日の朝礼で、先生の鼻は膨らんでいた。

「ミサイルは教室に居る時に堕ちるとは限らない。お前らは、これから体育の授業の移動になる、おそらく渡り廊下あたりでミサイル落下の警報がかかる。いいか、迅速に一階に下りろ。だが走るな! 走ると不測の事故や怪我に繋がる! そこは普段の避難訓練と同じだ! 下りたら都心側とは反対向きの部屋か廊下で蹲る! 机とかの下に潜り込み頭を抱えて蹲る! いいな!」

 他のクラスが教室で待機している中、あたしたちは体操服を持って更衣室へと移動した。

 途中通過する教室の先生や生徒たちはいぶかし気な顔。おそらく申し合わせでは教室に居ることになっているんだろう、先生一人のフライングだ。

「いつも通り、いつも通り!」

 先生の掛け声は、なんだか得意げな感じになって来た。

 そして、渡り廊下にさしかかったとき、ミサイル落下の警報が流れた!

 ファンファン! ファンファン! ファンファン! ファンファン!

「よし、本館の一階まで下りろ!」

 あたしたちは静々と渡り廊下を進み、階段を下りた。

 道を開けて!

 聞き覚えのある声が後ろからした。

 振り返ると、オメガ先輩が女生徒を抱っこして迫って来た。堂本先生は、一瞬不機嫌な顔になったが、女生徒の頭から血が流れているのに気付いて、道を開けさせた。

「先輩!」

 思わず呼びかけてしまったけど、先輩は、そのまま一階まで下りて行ってしまった。

「よし、最寄りの部屋に飛び込めっ!」

 一階まで下りると先生が叫ぶ。

 あ、この部屋は……ためらった時は、先頭がもう入っていた。

「ちょ、ちょっと……」

 その部屋に居た先生は押しとどめようとしたが、堂本先生に気づくと押し黙ってしまう。

「え、あ、ここは……」
「つかえてる、さっさとしろ!」

 あたしはクラスメートに流されて、その下に潜り込んだ。

 潜った先、五十センチほどの天井と床の隙間から見えるのは男子生徒の脚と、ブラブラ揺れる女生徒の足首。

 ドサッと音がして、頭の上に女生徒が寝かされた気配。

 こともあろうに、あたしたちが飛び込んだのは保健室!

 ちょうど先に入っていた先輩が、ベッドに女生徒を横たえたところだ。

 階段の時とは違って知らんぷりを決め込んだ。

「ちょっと、なんなの!?」

「先生! 診てやって! 頭切って意識がないんだ!」

「他の大勢……ちょ、どいて! 頭を高くし……タオルで押さえて……ちょっと、多すぎ!」

「頭抱えて、口を開け! 爆風で腹が破れるぞ!」

「キュウクツ!」「足あたる!」「腕がぁ!」「蹴んな!」「触って……!」「いや!」「キャ!」「あち!」「いて!」「……!」

「ちょ、どいて! なに、この大勢は!」

「避難訓練です!」

「先生、早く! 木田さん! 木田さ……息してな……い……木田さん! 先生!」

「いま行く、ちょ、どいて!」

「先生! 早くし……息してな……い……」

「人工呼吸! マウスツー マウス!」

「ちょ、先生! お前ら邪魔! お前……ら!」

 女生徒を気遣う先輩と養護教諭の先生の声、押し寄せた避難訓練のわたしたちに消されてる。先輩とは逆の側から潜ったせいか、先輩は気づいていない。

「木田さん、しっかり!」

「人工……呼吸……よ!」

「木田さん!」

 ベッドの下で思った、先輩は誰にでも、こんな風に優しくて一生懸命になるんだ。

 あたしの胸が痛んだのは、窮屈な姿勢のせいばかりじゃない……。



☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート
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せやさかい・346『目をつぶった』

2022-09-10 20:37:45 | ノベル

・346

『目をつぶった』さくら & 頼子   

 

 

 頼子さんが学校休んでる。

 

 頼子さんとの付き合いは四年になるけど、二日続けて学校休んだことは初めて。

 王女さまやから、たまに早引きとか早退とかはあった。お婆さまの女王陛下が来日された時は、いっしょに行動せなあかんかったりして、早退してたし、東京での行事を終えた時は遅刻してた。

 せやけど、昨日今日と二日続けての休み。

 ソフィーも休んでるから、王室の仕事やいうのんは見当つくねんけどね。

 ペコちゃん通じて探ってみても「家庭事情で休んでるんだって」という漠然とした答えしか返ってこうへん。

 なによりもね、今まではメールをくれてたのに、今回は突然でなしのつぶて。メール送っても既読マークもついてへん。

――たぶん、たぶんだけどね……エリザベス女王と関係ある――

――え、頼子さんはヤマセンブルグの王女さまやで――

 下校中の電車の中、留美ちゃんとメールのやり取り。

 電車の中で声出すのんが憚られるいうこともあるねんけど、頼子さんの身分考えたら、他の人が居てる電車の中で口にすること自体がNGのような気がする。

 ヤマセンブルグ王室と英国王室の関係は深いし、今回の御不幸も知ってるけど、まだ、ご葬儀のだんどりも分かってへん。

 動くにしても早すぎる。

――一般人とはちがうからね……――

 この夏休み、みんなでヤマセンブルグ旅行に行って、そこで、頼子さんは日本国籍を捨てて、正式な王女様になった。

 なんとか、自分の中で折り合いをつけて、この事実を受け止めたとこや。

 なんとか、いつものうちらに戻れて、部活の散策部もがんばろういう気持ちになってた。

――だいじょうぶ、頼子さんの判断は間違っていたことないし、きっと連絡くれるよ――

――せやね――

 そこまで打ったとこで、電車は大和川の鉄橋を渡り出した。

 ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン

 鉄橋渡る音と振動が、なんや理不尽で、それ以上メール打つのは止めて、うちは目をつぶった。

 ひょっとして、もう会われへんのんちゃうやろか……

「バカなこと言うんじゃないわよ」

 留美ちゃんが声に出して怒る。

 うち、知らん間に声に出てたみたい(-_-;)。

 それから、堺東に着くまでは、目ぇつぶって、じっとしてるわたしらでした。

 

 

 お祖母ちゃんがおかしい。

 きのうスカイプしてきて、ポロポロと涙を流すだけでなにも言わない。

 十分ほどして、やっと言った一言が。

『ヨリコ、すぐに来て』

「え、どうしたのお祖母ちゃん!?」

 すると、画面が切り替わって、サッチャーさんが出てきた。

『失礼します、殿下。もう、ご存知の事とは思うのですが、エリザベス女王が崩御なさいました。それで……』

 二重の意味でびっくりした。

 早朝だったので、わたしは英国王室の御不幸をまだ知らなかったし、こんなに落ち込んだお祖母ちゃんを見るのも初めてだった。

 それから、総領事とも話をして、外部にはいっさい内緒で、その足で飛行機に乗った。

 学校には『家庭事情で休みます』とだけ電話した。

 さくらたちには済まないけど、今回ばかりは、なにも伝えられない。

 お祖母ちゃん大丈夫だろうか……

「大丈夫ですよ、殿下」

 いつの間にか、隣のシートにソフィーが来ていた。

「そうね、ありがとう、ソフィー」

 ひょっとしたら、何カ月、何年か日本には帰れないかもしれない。

 いや、ダメだ。

 わたしの帰るべき場所はヤマセンブルグしかないんだ。

 少しでも眠っておこう。

「どうぞ」

 ソフィーが眠剤と水をくれる。

「ソフィー」

「なんでしょうか?」

「面構えが、ジョン・スミスに似てきた」

「光栄です」

 それだけ言うと、よきガーディアンは、通路を挟んだ本来のシートに戻って行った。

 薬を下の上に載せて、ゆっくりと水で流し込む。

 とりあえず、目をつぶった。

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
  • 酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
  • 酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
  • 酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
  • 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
  • 酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
  • 榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
  • 夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生
  • ソフィー      ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
  • ソニー       ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
  • 月島さやか     さくらの担任の先生
  • 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
  • 女王陛下      頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首 

 

 

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ピボット高校アーカイ部・23『ろって・2』

2022-09-10 14:21:13 | 小説6

高校部     

23『ろって・2』 

 

 

 自転車二台がプッペをめざしている。

 

 前の自転車は僕。後ろの自転車は先輩だ。

 先輩の自転車の荷台にはウィンドブレーカーのフードをすっぽり被った女子が、先輩の背中にしがみ付いて乗っている。

 微妙に変なんだけど、まあ、部活で遅れた生徒が帰宅の風景には見えているだろう。

 

 実は、先輩にしがみ付いているのはロッテなんだ。

 

 生徒手帳の切れはしにロッテを憑依させて部室に戻って、先輩は、自分の日常体に憑依させ直した。

 同じ人形として、体が無いロッテを可哀そうに思ったんだ。

 雑で変態の先輩だけど、根っこにあるのは、優しさなんだろうね。

 むろん、僕に説明したりはしないんだけど、先輩の目の色を見ていれば分かる。

 

 先輩は二つのボディーを持っていて、日常の学校生活と部活で切り替えている。

 先輩は、部活中で休止状態の日常体をロッテに使わせてやろうと、泰西寺から自転車をとばして部室に戻ってきた。

 ところが、憑依し直すのはいいけど、日常体には頭が無い。

 そこで、レジ袋に紙くずを詰め込んで頭の大きさにしてソケットにくっつけて、ウィンドブレーカーを着せてあるんだ。

「プッペに行くぞ!」

 その一言で分かった。先輩は、ロッテをちゃんとした人形にしてやりたいんだ。

「プッペに行ってなんとかなります?」

「ああ、今日はメンテナンス後最初の検診の日で、一石氏が来ている」

 そうか、あの精霊技師の一石さんなら、なんとかしてくれるかもしれない。

 その会話以外は一言も喋らない先輩。

 ロッテが可哀想で、ロッテの運命が呪わしくて、出会った直後に気付いてやれなかった自分が腹立たしくて、先輩はがむしゃらにペダルをこいでいるんだ。

 

「やれやれ……」

 

 一石さんは、最初にひとことため息交じりにこぼしただけで、ロッテの診察に移った。

「……ちょっと無理があるけど、なんとか馴染んでるね。日常体は優しくできているから、小さな子のソウルでも受け入れられるみたいだね」

「よかった……」

「でも、問題は首なんじゃないですか?」

 マスターが最大の問題点を指摘する。

「仕方がない、補修用のラウゲン樹脂を使おう」

 一石さんは、往診用の革鞄から、樹脂のチューブを取り出した。

「これだけで足りるのか、先生?」

 まるで、妹の治療が気になって仕方がないお姉ちゃんのように先輩が眉を顰める。

「そうだね、なにか芯になるような……イルネさん、そのブロートいただけますか?」

「あ、はい、どうぞ」

 ブロートは、少し大きめの硬いパンで、芯にするにはうってつけ……て、いいんだろうか!?

「なあに、焼き上がったら、ブロートは掻きだして食べればいい」

 一石さんは、ブロートにラウゲン樹脂を盛って、ほんの三十分ほどで女の子のヘッドを作ってしまった。

「小顔で可愛いな……」

「ちょっと、先輩の妹って感じですね」

「そ、そうか(^o^;)」

「あ、頭に塗るラウゲン液はちがうんですね」

「うん、髪の毛と眉毛の生えてくるところは、種類がちがうんだ」

「どんな髪になるんだろうなあ(^^♪」

「用意してきた訳じゃないから、普通のブロンドだね。さ、あとは焼き上がりを待つだけだ」

 イルネさんが窯に入れて、温度設定。

 焼き上がるまで、ラボのテーブルを囲んでお茶にする。

 

 チーーン

 

 三十分焼いて、出てきたのは、やや童顔なかわいい女の子のヘッドだ。

 ちょっと、芯材に使ったブロートが心配だったけど、一石さんは器用に抜き出した。

 ブロートとは分かっていても、ヘッドの中から掻きだされては、ちょっと(^_^;)という感じだったので、丸々抜きだすというのは抵抗が少ない。

 みんなで食べた。

 より香ばしくなって美味しかったんだけど、あとになってみると、やっぱり複雑な気がしないでもない。

 

「え、これが、わたしなの?」

 

 首を装着したロッテは、鏡に映った自分が不思議でたまらない感じだったけど、シゲシゲと映しているうちに、しだいにバラのように頬を染めていく。

「う、うれしい……」

 百年後に、やっと自在に動く体を手に入れたロッテは「うれしい」と言っただけなんだけど、万感の思いが籠っていて、先輩でなくても感動した。

 学校に連れて帰るわけにもいかず、ロッテはプッペで働くことになった。

 店員の制服の胸には「ろって」と平仮名の名札が付けられた。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 

 

 

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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・60『臨時の避難訓練!』

2022-09-10 06:27:54 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

60『臨時の避難訓練!』オメガ 




 臨時の避難訓練を行いまーす!

 ヨッチャンの声が教室に響いた。


 いつもノホホン顔のわが担任はメチャクチャに緊張している。

「かの国のミサイルが飛んでくる可能性、今日がいちばん高いのです! ミサイル攻撃に対しては、通常の避難訓練では対応できないのです!」

 クラスのみんなもテレビやネットの情報で、かの国が軍創設記念日で、核実験やミサイル攻撃をやる可能性が高いことを知っている。いつになく真剣な眼差しで、ヨッチャンの指示に耳を傾けている。

 実のところ、ヨッチャンは感動しているんだ。

 教師になって四年、担任になって三年、ヨッチャンは、こんな真剣に話を聞いてもらったことはないのだろう。

 教卓に両手をついて、身を乗り出すようにして説明をしている。だれかに似ているなあと思ったら、世界史で習ったレーニンだ。十月革命だったかで、演壇に手をついて拳を振り上げて演説してるレーニンの雰囲気だ。そういや野党の女性議員にもこんな感じのがいたなあ。

 教卓の前には副委員長の木田さん。

 木田さんは俺やノリスケと同じく二年のクラスからの持ち上がり、気のいいお嬢さんなんだけど、頼まれた仕事をよく忘れる。

 そのたんびにお鉢が回ってきて、俺が代理で使われる。

 根は真面目な木田さんなので、気にはしている。

 だけど気にしているのは担任のヨッチャンに対してであり、代わりにかり出される俺に対してではない。
 
「みんないい!? 緊急放送がかかったら机の下に隠れるのよ! いつもみたいにグラウンドには逃げないの! 外に出ちゃ危ないから、頭を抱えて机の下に隠れるの! いいわね!」
 
 ヨッチャンの唾が飛んでくるんだろう、後ろから見ていても木田さんは嫌そうだ。

 でも、ヨッチャンに引け目が有るので我慢してるんだ。悪いけど、ちょっと面白い(^_^;)。

「じゃ、一回やってみるね! ハイ! 机の下に隠れて!」

 ゴソゴソと音がして、クラスのみんなが机の下に潜り込む。学校と名の付くものに入って十二年目だけど、みんなで机の下に潜り込むのは初めてで、新鮮というか、壮観だ。

 痛い!

 木田さんの声がした。

「先生、机の下にネジが飛び出ていて頭に引っかかるんですが……」

 都立高校の生徒机というのは昭和の時代から引き継がれてきたもので、相当にガタがきている。

「困ったわね……そうだオメガ君の前が空いてるから、臨時に、そっち行ってくれる?」

「はい、分かりました」

 従順な木田さんは、直ぐに立ち上がって俺の前の席にやってきた。

 待つこと三分。

――緊急連絡! 緊急連絡! ○○のミサイルが間もなく東京都内に着弾します! みなさん所定の避難行動をとってください!――

 みんな一斉に机の下に潜り込む。

 で、ドキッとした(# ゚Д゚#)。

 目の前十センチほどの所に木田さんのお尻がある。

 むろんお尻と言っても、見えるのはスカートなんだけど、スカート越しとは言え、こんな間近に女の子のお尻がくるのは、保育所時代以来だ。保育所の頃はかくれんぼとか馬跳びとかやっていて風信子とかのお尻を間近にしたことはあるけど、あれはほんのガキンチョだ。

 木田さんのそれは違う、現役女子高生のリアルお尻だ。

 サブカル研のエロゲでは、こういうのは日常茶飯なんだけど、あくまで二次元の映像だ。リアルの破壊力は核ミサイル並だ……。

 ゲーム用語ではラッキースケベとか言うんだが、リアルでは拷問に等しい。

 視線を落とすが、視野の上端には、どうしてもプリーツスカートがチラチラしてしまう。

 あろうことか、そのプリーツスカートがずり上がり、スカートの中のものが眼前に迫った!

 一瞬パニクったが、すぐに状況が理解できた。

 なぜか木田さんは気絶して、頭を抱えたまま前のめりに倒れてしまったのだ!

 少し姿勢をずらして、さらに分かった。

 倒れた木田さんの頭からは一筋の血が流れだして、床に溜まり始めているのだ!

「先生、木田さんが!」

 俺の声に、すぐにヨッチャンは駆けつけたが、こういう状況には慣れていないので「木田さん! 木田さん!」と呼びかけるだけで、何もできない。

「保健室に運びます!」

 そう言うと、俺は木田さんを抱えて保健室に向かったのだった。

 この状況は、今月に入って二回目だぞ(-_-;)。


☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート

 

 

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やくもあやかし物語・154『部屋が広い』

2022-09-09 12:11:30 | ライトノベルセレクト

やく物語・154

『部屋が広い

 

 

 部屋が広い。

 

 こんなに広いと思うのは二度目だよ。

 一度目は、この家にやってきたときね。

 中学に上がるのをきっかけに、それまで住んでいたアパートを引き上げて、お母さんの実家である、このうちにやってきた。

 200坪っていうから、いままで居たアパート全体の敷地よりも広い。お母さんに聞いたら、アパートは全体でも100坪も無かったんだって。

 わたしの部屋は洋間で、畳に換算すると8畳くらいはあるそうだよ。

「え、もっとあるよ」

 お婆ちゃんに言うと「そうか、やくもとお婆ちゃんとは、畳一畳の大きさが違うんだわ」と答えた。

 アパートの畳は団地サイズで、縦で20センチ、横で10センチも小さいらしい。

 だから8畳換算だと縦横40センチも違うんだとか。

 

 二度目は、いまだよ。

 

 神保城をもらって、部屋の住人たちは、みんなあっちに行ってしまった。

 六条御息所は、神保城の総理大臣兼建設大臣。アノマロカリスは国防大臣。交換手さんは逓信大臣。

 他のフィギュアやグッズたちも、役職やら称号をもらって、あっちにいることがほとんど。

 それに、なによりチカコが居ないしね。

 

 あ、これはいいことなんだよ、喜ぶべきことなんだよ(^_^;)。

 

 チカコは、やっと旦那さんの家茂さんと心が通じて、家茂さんのところに行ったんだ。

 だからね、悲しんじゃいけないんだ。

 部屋が広くなったといっても、ちゃんと入り口のドアも、手を伸ばせば窓枠にも手が届いて、空気の入れ替えだってできる。

 

 お爺ちゃんから、コーヒーミルをもらった。

 

 鉄製で、横に大きな手回しハンドルが付いていて、人力でガリガリと豆を挽くやつ。

 それで、一杯分だけ豆を挽いてコーヒーを淹れる。

 淹れるまでの作業をやっているうちに、部屋はコーヒーの香りでいっぱいになる。

 それで、文庫とか読んだり、ボーっとしながらコーヒーをいただく。

 胃によくないから、コーヒー淹れるのは日に一回だけ。

 リビングで、家族と一緒にコーヒーとか紅茶飲むときもあるから、そう言う時はできない。

 

 あら?

 

 最後の一口飲んで、文庫にしおりを挟むと、黒電話の横に交換手さん。

「退屈じゃないですか?」「お城はいいの?」

 二人の言葉が重なって、フフって笑ってしまう。

「交換手さんから言って」

「はい、それでは、こちらは携帯が使えないので、そんなに仕事は無いんですよ。逓信大臣だなんて大層な肩書をいただきましたけど」

「改正電波事業法のやつね!」

「いえ、結果的には良かったんですよ。みんなスマホ漬けにならなくて済んでますから」

「あ、そうか、物事には裏表があるってことね」

「はい、万事塞翁が馬です」

「あ、チカコも御息所も居ないから、お座敷自由に使ってね」

 机の上には、二人が使っていた1/12サイズのお座敷とコタツがある。

「それよりも、ちょっと出かけませんか? 電話線のあるところなら、どこにでも行けますから」

「え、あ、そうだね……えと、どこか、お勧めとかある?」

「はい、いっぱいありますけど、もう一度和歌山に行ってみませんか?」

「和歌山?」

「はい、こんなところはどうでしょう」

 交換手さんが指差すと、机の上に中国風の立派な門の映像が現れた。

「……これって、日本なの?」

「はい、和歌山の新宮です。徐福伝説の街です」

「ジョフク?」

「はい、紀州みかんの、スゴイ伝説があるんです!」

「う、うん」

「それじゃ、お繋ぎしまーす(^▽^)!」

 交換手さんが元気に手を挙げると、黒電話の受話器が持ち上がり、ダイヤルが回り始めたよ……

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六条の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王 伏姫(里見伏)

 

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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・59『大江戸放送』

2022-09-09 06:24:35 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

59『大江戸放送』オメガ 





 塀に穴が開いただけで済んだ。

 寿屋の小父さんは元消防団長で、やっぱプロの火消しは大したもんだと思った。家族六人のガスマスクも小父さんが外してくれて事なきを得た。

「ガスマスクってのは一般用がないからね、防災ヘルメットみたいに着脱が簡単じゃないんだよ」

 外してもらった顔には、しっかりマスクの縁の痕がクッキリ。まるで顔の皮膚を移植しましたって感じになってる。

「キャー、信じらんない!」

 一声あげて家に逃げ帰った小菊は無事だったが、残り五人はご近所の皆さんや通行人の人たちに写真やら動画に撮られられてしまった。

「動画サイトに投稿されるわね(^_^;)」

 松ネエの予想は、しっかり当たって、昼過ぎには新聞社と放送局までやってきた。

 で、今日は朝から大江戸放送のスタジオに来ている。

「それでは妻鹿家のみなさんどうぞ!」

 国営放送出身のMCの声が掛かって、俺たちはスタジオの真ん中に進んだ。

 手に手にガスマスクをぶら下げ「どうぞ!」の掛け声で装着する。

 あれから何度もやってみたので、六人の手際はなかなかのもんだ。

「すごい、五秒で装着完了ですね!」

 MCのストップウォッチはきっかり五秒を指している。

 オームサリン事件でも活躍した警察OBのお爺さんがチェックをしてくれて、しっかり合格点をくれる。

「とっさにはキッチリとした装着はむつかしんですが、妻鹿家のみなさんは怪我の功名と言ってはなんですが、しっかりなさっていますね」

「どいうところが注意点なんでしょうか?」

 MCは国営放送の謹厳実直さで訊ねる。

「顔とマスクの間に隙間ができないことが重要です」

「なるほど」

 レギュラーやゲストの皆さんが寄ってきて、しげしげと俺たちのマスク顔を覗き込む。

「さらに重要なのは、ここからなんですが……」

 OB爺さんがいきなり俺のマスクを掴んでグラグラと揺すった。

「お、う、あ」

 3D酔いのようになって、うめき声がもれてしまう。

「人間というのは動きますし表情が有りますので、装着後は、できたら人に揺すってもらったりして確認するのが良いと思います」

「妻鹿さんの家はご家族が多いですからいいと思うんですけど、一人暮らしの人とか」

「そうですね、家族が居てもとっさの時などは」

「ガスマスクってフリーサイズですしね」

 ゲストがいろいろ言う。

「そういう時は、口を大きく開け閉めしていただいて、馴染ませるとよいと思います」

「みなさん、お口の開け閉めを」

 スタジオというのは人を従順にしてしまう魔力があるようで、妻鹿家の面々は、あの気難しい小菊でさえフガフガとやり始めた。

「お、あ、あががーーーー(゚o゚;」

 親父が尋常ではないうめき声を上げ始めた。

「あ、これは……」

 OB爺さんは、すぐに親父のマスクを剥がして異変に対処した。

 親父は、マスクの中で大口御開けすぎて顎を外してしまったのだ。

 カクン

 ピンマイクが拾った音は以外に大きく、親父には災難であったけど、スタジオは笑いの渦に包まれた。

 放送局というのは大したもので、アクシデントがあったにも関わらず、予定時間の中にガスマスクを収めてしまった。


☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート

 

 

 

 

 

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