愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題90 漢詩を読む 酒に対す-14; 曹操:亀雖寿

2018-10-26 10:04:07 | 漢詩を読む
この二句:
老驥(ロウキ) 櫪(レキ)に伏すも、志(ココロザシ) 千里に在り。

“名馬は、例え老いて馬小屋で臥していようとも、志は、千里を駆け巡っている”と。曹操の詩「亀雖寿」(下記)の一部です。曹操の高揚した豪壮の情が伝わってきます。中国の政治家、鄧小平が二度の失脚後復活された折に この詩を引用された と。

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 亀雖寿  曹操。
神亀雖寿、 神亀(シンキ) 寿(イノチナガ)しと雖(イエド)も、
猶有竟時。 猶(ナ)お 竟(オワ)る時 有り。
腾蛇乗霧、 腾蛇(トウダ) 霧に乗(ジョウ)ずるも、
終為土灰。 終(ツイ)には土灰(ドカイ)と為(ナ)る。
老驥伏櫪、 老驥(ロウキ) 櫪(レキ)に伏すも、
志在千里。 志(ココロザシ) 千里に在り。
烈士暮年、 烈士(レッシ) 暮年(ボネン)、
壮心不已。 壮心(ソウシン) 已(ヤ)まず。
盈縮之期、 盈縮(エイシュク)の期、
不独在天。 独(ヒトリ)天に在るのみならず。
養怡之福、 養怡(ヨウイ)の福、
可得永年。 永年を得る可し。
幸甚至哉、 幸甚(コウジン) 至(イタレ)るかな、
歌以詠志。 歌うて以(モッ)て)志を詠わん。
註]
神亀:霊妙な亀、長寿の象徴
腾蛇:神蛇、龍の一種
老驥:年老いた駿馬; 驥:一日に千里を走ると言われる名馬
伏櫪:馬小屋に伏せる; 櫪:馬小屋の床下にわたす横木
盈縮:寿命の長短
怡:喜ぶ、楽しむ
<現代語訳>
霊妙な亀は千年もの長命であると言われるが、
それでもなお 命が尽きる時はある。
神蛇は 霧に乗って空を自由に飛翔するが、
結局は落ちて、土埃となってしまう。
老いた駿馬は小屋の中で臥せっていても、
その志は 遥か遠くを見据えているのだ。
情熱を失わない丈夫は 老いたりと言えども
その勇ましく盛んな心意気が衰えることはない。
寿命の長短を決めるのは、
ただ天の意だけによるものではない。
心を和らぎ喜びの心を養うなら、その幸は、
長期に永らえることができるのである。
素晴らしく大変ありがたいことではないか、
志を詩にして声を出して歌おう。
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この詩は、207(建安12)年の作とされ、赤壁の戦い(前回閑話休題89 参照)の1年前に当たります。

200年の頃、曹操は、黄河流域の中原を既に征していました。しかし北方では、袁家一族が強大な勢力を保っていて、北方の遊牧民族の烏桓(ウガン、現内モンゴル自治区)と深い繋がりを築いていた。

袁紹の没(202)後、3兄弟(袁譚・袁煕・袁尚)は後継争いで対立するようになる。その隙をついて、曹操は、袁家の支配圏を攻略していった。結局、袁兄弟の袁尚と袁煕は烏桓に保護を求めて逃亡することになる。

207年夏、曹操は、烏桓征伐の軍を起こし、易県(現河北省保定市)を拠点とし、烏桓の本拠地柳城(現遼寧省朝陽市)に向けて進軍を開始する。敵の背後をつく作戦を取り、長雨の悪路、山を越え渓谷を渡る行軍で、曹操の生涯で最も長く過酷な行軍であった と。

同年秋、曹操・烏桓の両軍は、白狼山で遭遇し、虚を突かれた烏桓軍は大いに崩れ、壊滅する結果となった(白狼山の戦い)。曹操は、中原から華北の地一円を征したことになります。目標は、全土統一にあり、胸の内には南征の構想が秘められていたことでしょう。

上に挙げた詩は、この戦の凱旋の折に詠われた とされています。この詩は楽府題『歩出夏門行』の中の一章です。想像するに、凱旋の喜びに満ちた中で、お神酒も入り、詩ができると直ちに管弦にのせて歌われたことでしょう。

「建安の文学」の歴史的意義については、曹操の三男曹植の詩を読んだ折に触れていますので、ご参照下さい(閑話休題77)。前回並びに上の詩に見る通り、曹操自身優れた詩人です、というより、多くの文人たちを配下に集めてサロンを形成し、文学を奨励した張本人なのです。

幾度もの修羅場を潜り抜けてきた英雄なればこその詩文と言えるでしょうか。宿命に負けることなく、心身を養うことが大事であると訴えています。運命を自らの志で乗り越えるという曹操らしい力強い主張が 凡人の胸にも響いてきます。
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