本稿の要点
1. からだが「硬くなる」とは、コラーゲン繊維の糖化架橋の進展を示す。
・糖化は日常的に進んでおり、長時間からだの一部を不動に保つと、不動部では糖化が蓄積される
・高血糖状態では糖化が促進される
・糖化が進むと、組織が硬くなり、また周囲組織の栄養障害を招く
2. 静的ストレッチング運動は糖化架橋を破断する。
・柔軟性の向上など、新しい環境に適応するよう、からだの改造に繋がる
「今日の自分は、昨日の自分ではない。また今日の自分は明日の自分でもない。」ヒトのからだは刻々変わっていることを言っています。すなわち、体内では常に代謝回転が進み、スクラップ アンド ビルド(scrap and build)が繰り返されているのです。それでも個人の形は生涯しっかりと保持されています。これを現代の生物学では、“動的平衡(dynamic balance)”の状態にあると言っています。
例えば、ヒトの赤血球数正常値427~570万個/μL(日本人男性)と言ったとき、この数の同一赤血球がずっと存在するということではない。赤血球は老化し、寿命約120日で順に壊されていく。一方、常に新しい赤血球が生成され、補われていくことにより、見かけ上、一定数が保たれている ということである。見かけ上、しっかりとしたからだの形が保持されているのも同様の原理によります。
ヒトのからだが、常に変わっているという事実を初めて気づき、唱えたのは、筆者の理解では、紀元前5世紀の頃の釈迦であったように思う。勿論、“動的平衡”という用語は、後の世に生まれたものであるが、当時は“無常”と表現されていた。今日、“無常”とは、‘儚いもの’、‘哀しいもの’等々の情緒的な意味が強く含まれるようになっているが。
からだを形作っている結合組織、その代表であるコラーゲンも例外ではない。ただ代謝回転が遅く、他の組織に比較して長い間、生体内に留まっているようではあるが。常に生まれ変わり、また組織が傷ついた後では、続く炎症反応を経て、新しいコラーゲンが生成され、組織が修復・再生されていきます。
先に触れたように、コラーゲンは繊維芽細胞内でペプチドとして合成され、細胞外に分泌され、自然に会合してコラーゲン分子となる。このペプチドは約1,000個のアミノ酸からなっていて、そのペプチド3個がラセン状に撚りあって繊維状のコラーゲン分子を形作っている。丁度、3束の藁で綯った縄を想像すればよいでしょう(写真1)。
写真1
コラーゲン分子が束として集まって“細繊維”となり、さらに細繊維が集まってコラーゲン繊維を形成することになります。これらの変化は、いずれの段階でもペプチドの特徴的なアミノ酸構成により、非酵素的に、自然に会合が進んでいくようである。
ここで運動との関連で大事な点は、コラーゲン繊維が血糖(主にブドウ糖、glucose)に触れると、ブドウ糖分子の構成要素の一部(炭素と酸素からできたカルボニル基と呼ばれる構造部分-C=O)とコラーゲン分子構成要素の一部(タンパク質の末端部のアミノ基-NH)が自然に反応して、複数のコラーゲン分子を結合してしまうということである。写真1にその様子を示してあります。写真1では、波状の一本一本はペプチドを、3本のペプチドが撚り合わさってコラーゲン分子を、また2分子のコラーゲン分子がブドウ糖(G)を挟んで繋がれていることを示してあります。
後々の便のため、専門用語に触れておきます。タンパク質とブドウ糖などの酵素の働きに依らない結合を“糖化反応glycation”、ブドウ糖などがタンパク質の間を橋渡しすることを“架橋(cross-linking)”、糖化生成物は、糖タンパク質の一種である“糖化タンパク”と呼ばれています。糖化反応がさらに進むと“糖化タンパク最終産物(AGEs: advanced glycation end products)”と呼ばれ、悪役(?)を演ずることになります。
“架橋”は、正常値の血糖値でも常時徐々に進行し、からだの中で生成されていきます。また副木を添え、長期にわたって不動にした箇所では“架橋”は、蓄積されていくと考えられます。血糖が持続的に高い状態では“架橋”が促進されます。
“架橋”されたコラーゲン繊維は、弾性を失い、硬くなり、“架橋”の程度が高ければ高いほど、結合組織が、ひいてはからだが硬くなるわけです。動脈硬化や糖尿病合併症などは、このような状況を示しているのです。
本来、結合組織内でコラーゲン繊維の間は体液で満たされていて、血管内から流出した栄養物が拡散する通路となっています。糖による“架橋”が進むと、栄養物の移動が阻止され、周りの細胞の栄養障害を引き起こすことに繋がります。
糖による“架橋”が進んだ AGEsは、組織に沈着して、周囲のタンパク質の変性を起こす、あるいは他の組織に炎症反応を引き起こし、組織の硬化を一層促進するなど、悪さをする元凶となります。
因みに、このタンパク質の糖化は、“老化”現象を説明する “糖化ストレス説”として重要な一つの研究分野でもあります。この面でも注視すべき体内での変化と言えます。
どうやら関心の的である運動の話に辿り着きそうです。これまでの経験や先人の研究結果から、結合組織の硬化、弾力性の低下に打ち勝つ、つまりからだの柔軟性を増す秘策(?)にして、最も単純で、効果的な方法の一つは、ストレッチング運動、特に静的ストレッチングであることの根拠が浮かび上がってきました。
静的ストレッチングとは、結合組織との関連で言えば、「糖による“架橋”」を機械的に断つことであると考えてよいのではないでしょうか。
“架橋”の破断後、壊れた組織は老廃物として処理されることになり、また続く炎症反応を経て、新しい結合組織が形成されて、組織の再生・修復へと進んでいくのでしょう。
組織の再生・修復という面について、別の見方をすれば、からだの改造に繋がると考えられるのではないでしょうか。すなわち、適度のストレッチング運動を繰り返したとき、その都度、破断された結合組織は修復され、元の組織に戻るというより、徐々に新しい環境に適応するような形の新しい組織に生まれ変わっていくと考えられるのではないでしょうか。結果的に、からだの強靭さ、あるいは柔軟性が増すことに繋がっていく と。
続いて、ストレッチング運動とからだの反応についてもう少し見ていきます。
1. からだが「硬くなる」とは、コラーゲン繊維の糖化架橋の進展を示す。
・糖化は日常的に進んでおり、長時間からだの一部を不動に保つと、不動部では糖化が蓄積される
・高血糖状態では糖化が促進される
・糖化が進むと、組織が硬くなり、また周囲組織の栄養障害を招く
2. 静的ストレッチング運動は糖化架橋を破断する。
・柔軟性の向上など、新しい環境に適応するよう、からだの改造に繋がる
「今日の自分は、昨日の自分ではない。また今日の自分は明日の自分でもない。」ヒトのからだは刻々変わっていることを言っています。すなわち、体内では常に代謝回転が進み、スクラップ アンド ビルド(scrap and build)が繰り返されているのです。それでも個人の形は生涯しっかりと保持されています。これを現代の生物学では、“動的平衡(dynamic balance)”の状態にあると言っています。
例えば、ヒトの赤血球数正常値427~570万個/μL(日本人男性)と言ったとき、この数の同一赤血球がずっと存在するということではない。赤血球は老化し、寿命約120日で順に壊されていく。一方、常に新しい赤血球が生成され、補われていくことにより、見かけ上、一定数が保たれている ということである。見かけ上、しっかりとしたからだの形が保持されているのも同様の原理によります。
ヒトのからだが、常に変わっているという事実を初めて気づき、唱えたのは、筆者の理解では、紀元前5世紀の頃の釈迦であったように思う。勿論、“動的平衡”という用語は、後の世に生まれたものであるが、当時は“無常”と表現されていた。今日、“無常”とは、‘儚いもの’、‘哀しいもの’等々の情緒的な意味が強く含まれるようになっているが。
からだを形作っている結合組織、その代表であるコラーゲンも例外ではない。ただ代謝回転が遅く、他の組織に比較して長い間、生体内に留まっているようではあるが。常に生まれ変わり、また組織が傷ついた後では、続く炎症反応を経て、新しいコラーゲンが生成され、組織が修復・再生されていきます。
先に触れたように、コラーゲンは繊維芽細胞内でペプチドとして合成され、細胞外に分泌され、自然に会合してコラーゲン分子となる。このペプチドは約1,000個のアミノ酸からなっていて、そのペプチド3個がラセン状に撚りあって繊維状のコラーゲン分子を形作っている。丁度、3束の藁で綯った縄を想像すればよいでしょう(写真1)。
写真1
コラーゲン分子が束として集まって“細繊維”となり、さらに細繊維が集まってコラーゲン繊維を形成することになります。これらの変化は、いずれの段階でもペプチドの特徴的なアミノ酸構成により、非酵素的に、自然に会合が進んでいくようである。
ここで運動との関連で大事な点は、コラーゲン繊維が血糖(主にブドウ糖、glucose)に触れると、ブドウ糖分子の構成要素の一部(炭素と酸素からできたカルボニル基と呼ばれる構造部分-C=O)とコラーゲン分子構成要素の一部(タンパク質の末端部のアミノ基-NH)が自然に反応して、複数のコラーゲン分子を結合してしまうということである。写真1にその様子を示してあります。写真1では、波状の一本一本はペプチドを、3本のペプチドが撚り合わさってコラーゲン分子を、また2分子のコラーゲン分子がブドウ糖(G)を挟んで繋がれていることを示してあります。
後々の便のため、専門用語に触れておきます。タンパク質とブドウ糖などの酵素の働きに依らない結合を“糖化反応glycation”、ブドウ糖などがタンパク質の間を橋渡しすることを“架橋(cross-linking)”、糖化生成物は、糖タンパク質の一種である“糖化タンパク”と呼ばれています。糖化反応がさらに進むと“糖化タンパク最終産物(AGEs: advanced glycation end products)”と呼ばれ、悪役(?)を演ずることになります。
“架橋”は、正常値の血糖値でも常時徐々に進行し、からだの中で生成されていきます。また副木を添え、長期にわたって不動にした箇所では“架橋”は、蓄積されていくと考えられます。血糖が持続的に高い状態では“架橋”が促進されます。
“架橋”されたコラーゲン繊維は、弾性を失い、硬くなり、“架橋”の程度が高ければ高いほど、結合組織が、ひいてはからだが硬くなるわけです。動脈硬化や糖尿病合併症などは、このような状況を示しているのです。
本来、結合組織内でコラーゲン繊維の間は体液で満たされていて、血管内から流出した栄養物が拡散する通路となっています。糖による“架橋”が進むと、栄養物の移動が阻止され、周りの細胞の栄養障害を引き起こすことに繋がります。
糖による“架橋”が進んだ AGEsは、組織に沈着して、周囲のタンパク質の変性を起こす、あるいは他の組織に炎症反応を引き起こし、組織の硬化を一層促進するなど、悪さをする元凶となります。
因みに、このタンパク質の糖化は、“老化”現象を説明する “糖化ストレス説”として重要な一つの研究分野でもあります。この面でも注視すべき体内での変化と言えます。
どうやら関心の的である運動の話に辿り着きそうです。これまでの経験や先人の研究結果から、結合組織の硬化、弾力性の低下に打ち勝つ、つまりからだの柔軟性を増す秘策(?)にして、最も単純で、効果的な方法の一つは、ストレッチング運動、特に静的ストレッチングであることの根拠が浮かび上がってきました。
静的ストレッチングとは、結合組織との関連で言えば、「糖による“架橋”」を機械的に断つことであると考えてよいのではないでしょうか。
“架橋”の破断後、壊れた組織は老廃物として処理されることになり、また続く炎症反応を経て、新しい結合組織が形成されて、組織の再生・修復へと進んでいくのでしょう。
組織の再生・修復という面について、別の見方をすれば、からだの改造に繋がると考えられるのではないでしょうか。すなわち、適度のストレッチング運動を繰り返したとき、その都度、破断された結合組織は修復され、元の組織に戻るというより、徐々に新しい環境に適応するような形の新しい組織に生まれ変わっていくと考えられるのではないでしょうか。結果的に、からだの強靭さ、あるいは柔軟性が増すことに繋がっていく と。
続いて、ストレッチング運動とからだの反応についてもう少し見ていきます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます