愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題23 漢詩を読む ドラマの中の漢詩―10(『ホ・ジュン』-6)

2016-12-07 11:00:18 | 漢詩を読む
ドラマ『ホ・ジュン~伝説の心医~』の話に戻り、ドラマ中、今一人重要な存在であるホ・ジュンの妻、イ・ダヒに触れます。

ダヒは、一言で表現するなら、心に「濁り」あるいは「曇り」がなく、「澄んだ」心の持主で、いかなる事態にあっても夫に的確な助言ができる、まさに“良妻”といって良い人と言えるでしょうか。

ダヒは、本来、ヤンパン(両班)の身分の人であった。父親が官界での権力闘争に巻き込まれ、罪を着せられ流刑の身となる。父娘ともに卑賎の身に落ちて、山奥の一軒家(チョクソ:罪人の住む所)で生活を送っていた。

ジュンは、明との生薬の密貿易に関わっていた頃、病に倒れた父親の治療に必要な明生薬を求めて山中を彷徨っていたダヒに逢う。介護の効なく病死したダヒの父親の埋葬にジュンは力を貸す。ジュンは、ダヒに「とりあえず弥勒寺に身を隠す」よう指示する。

ジュンは、密貿易の罪で、龍川には居られず、母親と仲間のヤンテを伴ってハニヤン(現ソウル)を経て、山陰(サヌム)に旅立つ。その際、ダヒを山から連れて来て、行動をともにする。ジュンは、“何とかダヒの力になりたい、助けたい”と強く思っているのである。

この思いは、子供の頃の記憶が脳裏に焼き付いているからである。その頃、ジュンは、よく嫡男の義兄とその仲間たちのいじめに遭っていたが、ある日、雪の積もる原っぱで、裸にされたまま置き去りにされ、意識を失ったことがある。

ジュンが、意識を取り戻すと、見知らぬ医者が脈をとり「もう大丈夫だ」と言われた。雪の原っぱから助けてくれたのは、その医者の娘で年恰好がジュンと同じころのミヒョンと呼ばれる可愛い子であった。

ミヒョンの父親は、診療に当たっていた王族が亡くなったことから罪に問われて、娘共々流刑を受けチョクソにいたのである。ミヒョンは、ジュンが語る鬱積した胸の内を何の隔てなく聞いてくれるので、すぐ仲良しになった。

ある時、村が女真族の襲撃に逢い、ジュンとミヒョンは捕縛され奴隷市に連れて行かれる。途中ミヒョンは気を失い、雪の山中で置き去りにされる。一方、ジュンは、縄を解いて逃げ、来た道を引返すと、雪中で亡くなっているミヒョンを見出す。

ジュンは、“ミヒョンを助けることができなかった”ことを非常に悔み、それがトラウマとなっていて、ミヒョンと似た境遇にあるダヒに対して“何とか助けたい、力になりたい”との強い思いに駆られているのである。

ハニヤンに着いて、ダヒは、父親の嫌疑が晴れて身分がヤンバンに回復したことを知る。そこで旧知人の宅を訪ねるべくジュン親子とは別れる。ジュン親子は、「身分が回復したダヒと行動を共にすることはできない」と、別れの置き手紙をしてサヌムに向かう。

ダヒは、ヤンテと共にやっとサヌムでのジュンらの住まいを探し当てる。ジュンと母親は、“身分が違う”と、ジュンとダヒの交際に断固反対するが、結局ジュンとダヒは結婚する。

結婚後のダヒは、不平不満を一言いうでもなく、いかなる環境も厭わず、また周りからの誹謗中傷も一向に気にすることなく、ひたすらジュンの医者としての成功を念じてよく働きます。過労が祟って、流産も経験する。

このようなダヒが、一度だけ‘恨み節’を訴えたことがあった。ただし“怨み”の一言も発することなく、夫の帰りを待つ気持ちを、漢詩を贈ることで伝えたのです。その漢詩は李白の「玉階怨」でした(本稿末尾参照)。

なお“玉階”とは大理石の階段のことで宮殿の後宮を暗示しています。後宮には何百人もの女性が暮らしていたようです。その中で天子の寵愛を受けるのはごく限られた人々であり、多くは憂いのうちに日々を送ったことでしょう。後宮の女性たちの憂愁を主題にした詩を「玉階怨」と言うようです。

ジュンは内医院で働いており、働き詰めで帰宅が叶わず、着替えを届けなければならないことがよくあった。そんなある日、タオルに上記漢詩の刺繍を施し、着替えとともに風呂敷に包んで届けます。そのタオルを一番上に置き、刺繍がすぐ目に入るようにして。

さて、身分の違うジュンとダヒの結婚は違法であり、もし露見すれば両人ともに罰せられます。しかし医者として内医院に入り、王族の診療に携わる御医となるならば、例え卑賎の身であれ、ヤンバンの身分に昇格することが認められるのです。

ジュン家族共通の胸に秘めた無言の悲願は、ジュンが御医に昇進することなのです。悲願成就のためには、やはり家族、中でも妻の心使いが第一でしょう。ダヒの的確な助言を得て、ドラマが大きく変わるエピソードを一つ紹介します。

ドジが明への出張で長期留守の間に、彼の母親が原因不明の難病に罹り、町の医者は匙を投げる。偶然その治療にジュンが当たる。この母親は、かねて「ドジの出世の邪魔者」と忌み嫌うジュンを見て激高し、病は却って重くなる。

その折、ダヒは、ジュンに「何としても心を尽くして治療に当たって」と促す。仕方なく、枕辺での治療には内医院の医女に当たらせ、ジュンは屋外で待機し、内の様子を伺いながら指図することで治療を進めた。一方、ダヒは、この母親好物の‘カキ粥’を用意して届け、体力の回復・増強に努める。

やがて病は完治した。この母親は、回復後間もなくジュン宅を訪ねてお礼を述べるが、何ともぎこちない。時経て、改めて感謝の意を丁重に述べるとともに、「実家の土地に戻り、余生を送ることにします」と告げた。心の整理がついたのでしょう。その折の表情は、かつての顔つきとは打って変わり、晴れやかであった。

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玉階怨      玉階怨(ギョクカイエン)   李白
玉階生白露  玉階(ギョクカイ) 白露(ハクロ)を生じ
夜久侵羅襪  夜(ヨル)久(ヒサ)しくして羅襪(ラベツ)を侵(オカ)す
却下水晶簾  却下(キャッカ)す 水晶の簾(スダレ)
玲瓏望秋月  玲瓏(レイロウ) 秋月を望む

[註]  羅:絹;襪:靴下;玲瓏:玉のように輝くさま

<現代訳>
(立って待つ)玉の階段に露が降りる。
夜更けて、絹の靴下に(夜露が)忍び込む。
(部屋に入り) 水晶のすだれを下し、(あまりに耐えがたい月光を遮る)。
(水晶を通して) なお冴えわたる秋の月に見入る。

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