愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題24 漢詩を読む ドラマの中の漢詩―11(『ホ・ジュン』-7完)

2016-12-20 11:07:57 | 漢詩を読む
実のホ・ジュンの生涯についての概略及びその業績については、すでに述べました(閑話休題18、『ホ・ジュン』-1;2016.10.10投稿)。ドラマ中彼の“心医への道”についてもう少し触れます。

ホ・ジュンの生きざまは、対照人物としてユ・ドジを登場させ、より鮮明に描き出されています。ユ・ドジは、ホ・ジュンとは同年配、師匠ユ・ウイテの息子で、周りも認める医者として優秀な才能の持ち主です。

ユ・ドジの性質(たち)は、母親譲りで、名声、出世、金銭へのこだわりが強い。この点、周りから‘心医’と崇められており、貧乏人に対しては‘診療代は不要’とする父親とは相入れないところがある。

ユ・ドジは、初回の科挙で優秀な成績を上げた。しかし父親の科挙試験に絡む過去の一事件のため落第の憂き目を見ている。そのため父親に対して胸に一物を持っている:“御医となって、町医者の父親を見返すのだ”と。

ユ・ドジの再度の科挙受験に際して、ホ・ジュンも受験するべくともに家を出た。しかし受験のための上洛途中、医者を求める危急な患者に遭遇して、ホ・ジュンは見過ごすことができず、その治療に向かった。結果、受験場到着が遅れて受験の機会を逸した。

ユ・ドジは見事合格、凱旋将軍よろしく、さっそうと馬に跨って、帰宅した。見知らぬ患者の治療ゆえに受験を逸したホ・ジュンに対して、ユ・ドジは、「大事の前に小事にこだわってはならない」と助言した。両人の性質の違いが明確になった一駒であった。

ユ・ドジは、父親から縁を切られ、母親ともどもハニヤンに移り住み、内医院に通う。ホ・ジュンは、ユ・ウイテの友人で、山中でハンセン患者の医療に携わるサムジョクや学問を修めるアン・グアンイクらと繋がり、医療の修行を積む。ユ・ウイテの信頼は厚くなっていく。

やがてホ・ジュンも、素晴らしい成績で科挙に合格、ハニヤンに移り、内医院に入った。しかし事の成り行きで、先輩ユ・ドジの指示で内医院の中のヘミンソ(恵民署)という庶民の治療に当たる部署に配属される。出世からはほど遠い職場で、誰しも行きたがらない部署である。

ホ・ジュンは、“多くの患者、雑多な病気に接することができ、経験を積むことができる”とむしろヘミンソ勤務を喜んでいた。ヘミンソでの診療経験で腕を磨き、その実力が認められて王族の診療に携わるようになる。

王族の診療に当たっても、ユ・ウイテ師匠の教えに頑ななほどに忠実に、身分や周りの状況に関わらず、ひたすら患者の治療に専念する。高貴な患者とは言え、「治りたいなら患者は医者に従え!」と力づくで、嫌がる治療を施す具合である。

一方、内医院では、皇帝の病を機に皇位継承の問題、さらに側室の勢力争いが絡んで、トップの権力争いが激しくなってきた。穏健な与党派に対して、権力奪取をもくろむ悪党派の動きである。

王室でのホ・ジュンの評判が上がると、悪党側から誘いが掛かるが、ホ・ジュンは乗らない。ユ・ドジは、‘ホ・ジュンを負かしたい’との下心があり、消極的ながら誘いに乗る。トップの権力争いのトバッチリを受けつつ、ホ・ジュンとユ・ドジは御医の地位を交互に分担する羽目になる。

皇帝や皇子、側室などが難病に罹ると、ヘミンソでの多くの経験を積んだホ・ジュンの治療が功を奏し、彼の名声はますます高くなり、信頼を得ていった。結果、御医として2代の皇帝に仕えることにつながる。

その間、悪党側は、誘いに乗らないホ・ジュンを除けようと、ホ・ジュンとイエジンが従来親しい関係にあることをスキャンダルに仕立てあげたのです。これを機にイエジンは、‘ホ・ジュンに迷惑を掛けてはならない’と医女職を辞し、かつて育った山陰の地サムジョクのもとに向かいます。

内医院を去るに当たって、イエジンは、親しい一人の仲間に漢詩に託して胸の内の一端を吐露します:”「十五の時にこの詩を読んで涙したことを覚えています」と。ホ・ジュンへ想いを直に訴えること叶わず、遠くへ去ることの心痛を述べているのでしょう。

その漢詩“八歳偸照鏡”は、唐代の恋愛詩人と言われる李商隠の作です。ませた女の子が年を経て成長していく様子を詠っています。その全文を末尾に挙げました。ご参照ください。

ホ・ジュンは『東医宝鑑』の完成を見て、「多くの民が病に苦しんでいます。彼らを救うためにこれまでの経験を活かしたい」と皇帝の許しを得て御医を辞し、第2の故郷山陰での庶民の診療に余生を捧げます。

実のホ・ジュンは行年76歳で亡くなっています。ドラマでは、山陰の山上、イエジンが腰を落とし、手をかざしてホ・ジュンが眠る盛り土を撫でている。連れの女の子がイエジンに問います:「誰の墓ですか?何をしていた方ですか?イエジン:「私がずっとお慕いし尊敬していた方、お医者さま。」 

白い砂浜の渚を行きながら、女の子とイエジンの問答は続きます:「あの方は、まるで地中を流れる水のような方だった。太陽の下で名を馳せることはたやすいわ。難しいのは人知れず地中を流れ、人々の心を潤すことよ。それができる方だった。心から患者を慈しむ心医でしたの。」

「イエジンさま、あの方はあなたを愛していたんですか?」「それは分からないわ。私が死んで地に返って、水になって再会したら、その時にぜひ尋ねてみたいわ。」
<完>

[蛇足]
イエジンの生きざまは、’16年NHK大河ドラマ『真田丸』中での“きり”に重なって見えます。慕い、尊敬する人の傍にずっと居ながら、想いを伝えられない。なお、すでに述べたが、ホ・ジュン(1539-1615)と真田信繁(雪村)(1567-1615)が活躍した時代は一時期重なります。

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無題 李商隠

八歳偸照鏡  八歳 偸(ヌス)みて鏡に照らし
長眉已能畫  長眉(チョウビ) 已(スデ)に能(ヨ)く畫(カ)く
十歳去踏青  十歳 去りて青(セイ)を踏(フ)み
芙蓉作裙衩  芙蓉 裙衩(クンシャ)と作(ナ)す
十二學弾筝  十二 筝(ソウ)を弾(ヒ)くを學(マナ)び
銀甲不曾卸  銀甲(ギンコウ) 曾(カツ)て卸(オロ)さず
十四藏六親  十四 六親(リクシン)に藏(カク)る
懸知猶未嫁  懸(カ)けて知る 猶(ナオ)未(イマ)だ嫁がざるを
十五泣春風  十五 春風に泣き
背面鞦韆下  面(カオ)を背(ソム) ける鞦韆(シュウセン)の下
[註] 畫=画;學=学;
  芙蓉:ハスの花の古名;裙衩:スカート;鞦韆:ブランコ

<現代訳>
八歳 こっそり鏡をのぞき 長めの眉がよく描けたわ
十歳 春の野原に出かけ ハスの花で飾られたスカートはいてた
十二 お琴のけいこに夢中で ついぞ銀の爪を外すことがなかった
十四 まだ嫁いでいないことが気にかかり いつも親族たちから身を隠した
十五 春風に泣けてきて ブランコに乗って顔を背けていた
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