坂村真民の言葉(4) 悲しみを知っている人は…
坂村真民について (坂村真民記念館 プロフィールから抜粋) |
『悲嬉』
悲しいことは
風と共に
消えてゆけ
嬉しいことは
潮(うしお)のように
響かせよ
この人の詞には、澄んだ響きがある。
透き通った視線が真っ直ぐに、 見つめる対象を捉えて離さない。
揺らぎのない自信の裏に、確固とした信念が培われている。
胸のうちに湧いてきた思いを、言葉で飾るのではなく、
夜明けに見た夢を忘れないように心に刻むように、
胸の中の想いを詞に置き換えていく。
胸の中に吹く風にのように、
通りすぎる旅人のように、
静かに風の音を聞けば、悲しみは通りすぎていくと詠う。
そして、嬉しい思いは、胸を開いて力いっぱい吐き出して、
嬉びを欲しい人に解放しようと詠っているように聞こえる。
もう一つ、次のような詞も心に響きます。
『ものを思えば』
つきつめて
ものを思えば
みなかなし
されど
このかなしさのなかにこそ
花も咲くなれ
匂うなれ
人の心も通うなれ
人を寄せ付けぬような厳しさを、心の内に持つ真民さんだが、
こんなにやさしい慈愛の目を持った真民さんにも、心ひかれます。
「つきつめて ものを思えば みなかなし」という詞のなかに、
生きることの真理や人生哲学があるように思います。
やさしい羊水のあふれる母の胎内から、光のあふれる世界に出てきた時から
たくさんの出会いを経験することになる。
歓迎される出会いばかりではない。
避けて通りたいような出会いでも、
行かざるを得ない出会いを選択しなければならない時もあります。
橋の向こうに見え隠れする悲しみが見えているのに、
渡らなければ先に進めない橋を行く場合もあります。
出会いの行き着くところは、別れです。
真民さんはそう思いながらも、
かなしさの中だからこそ、
花の美しさを、匂いの豊かさを
敏感に受け止め、人とひとの心のつながりが、
素晴らしいものになると言っているのでしょう。
ブックデーター
「坂村真民 一日一言 人生の詩、一念の言葉」
致知出版社 2006(平成18)年12月刊 第一刷
(読書案内№182) (2021.11.2記)
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