雨あがりのペイブメント

雨あがりのペイブメントに映る景色が好きです。四季折々に感じたことを、ジャンルにとらわれずに記録します。

読書案内「小ぬか雨」 藤沢周平著 ②

2018-01-23 21:39:53 | 読書案内

読書案内「小ぬか雨」藤沢周平著 ②
      短編集「橋ものがたり」所収 新潮文庫
男と女
おすみは新七と名乗るその男を信用し、かくまうことにした。

男の言葉つきが丁寧だったからでもあったが、
お嬢さんと呼ばれたせいでもあったようだった。
おすみはもう二十で、これまで人にお嬢さんなどと呼ばれたことはない。
 
 
「おすみ」と男の出会いである。
言葉つきも丁寧で、
物静かで、躾(しつけ)のいい家に使われているお店者(たなもの)のような感じがする男である。
本当に喧嘩をしただけで追われているのか。
といただす「おすみ」。
厳重な警戒網をしかれて、橋という橋には見張りが立ち、
「すぐに出ていく」と言った新七が来てから5日が過ぎた。
その日の夕方、奉行所の者が訪ねて来て「おすみ」に人相書きを示した。
「新七と言ってな。人殺しだ」。
そう聞いても「おすみ」はたじろがなかった。
新七を追い出すには時間が立ちすぎていた。
粗野で野卑な勝蔵とは違い、物静かな新七に「おすみ」の気持ちは傾いていったのだ。

 夜明け方。
おすみは寝間に入ってきた男と、身体を重ねたような気がした。
男は勝蔵とは違って、限りないやさしさでおすみを包み込み、
そのやさしさにおすみは乱れ……。
朝の光が、ほの暗い根部屋に漂ったとき、
おすみは眼ざめて床のわきに男を探した。
だが新七の姿はなかった。
そこに男がいたのが、夢ともうつつともわからなかった。
ただ四肢に、まだ気だるい喜びが残っていた。

 
ここの描写がとてもいい。
男と女の濡れ場を具体的に描写してしまえばこの短編の情緒が台無しになってしまう。
「四肢にまだ気だるい喜びが残っていた」という絶妙な表現により、
おすみの心に疼いている恋心が情緒豊かに読者に伝わってくる。

新七が来てから、10日目の早朝別れの時が来た。

渡らない橋

 親爺橋の上、
いきなりおすみを抱きしめた新七「もっと早く、あんたのような人に、会っていればよかった」。
「逃げて、あたしも一緒に行く」すがるような思いを新七にぶつけるおすみ。
だが、新七は「あんたを忘れません」と、身をひるがえして橋の向こうに消えていく。
最後の数行は次のように終わり、
読者は余韻に酔いしれたまま本のページ閉じることになる。


(時代劇専門チャンネル「小ぬか雨」より)
(おそ)い時期に、不意に訪れた恋だったが、
はじめから実るあてのない恋だったのだ。
それがいま終わったのだった。
…また前のような(勝蔵との)
日々が始まるのだ。
切れ目なく降り続ける細かい雨が心にしみた。
――
小ぬか雨というんだわ。
橋を降りて、
ふと空を見上げながら、おすみはそう思った。
新七という若者と別れた夜、
そういう雨が降っていたことを忘れまいと思った。
                             
                   
 (おわり)             

(2018.01.19記)  (読書案内№119) 


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