読書案内「海峡」(1) 井上靖著
井上靖小説全集 8 新潮社1973刊行
やりきれない思いを抱いて、三人は厳冬の下北半島に向かう
作品の舞台になった下北半島「下風呂温泉」は、この小説の最終章になった場所だ。
冬は寒く、風も強く、荒涼とした風景が雪に閉ざされた町を覆う。
海岸近くまで山が迫り、海岸からわずかに開けた土地に町はしがみつくように存在する。
6月の末、私はバスに揺られて通過するのみだったが、この温泉に「海峡の宿」長谷旅館はある。
ここで、井上靖は最終章を執筆した。当時の部屋は現存するが、宿の営業は数年前から休止している。
(写真は下呂温泉から眺める夕日で、宿の窓からも眺めることが出来るようです)。
昭和32年週刊読売に連載された小説で、現在は単行本、文庫本ともに絶版で、購入はできない。
編集長・松村を慕う部下の宏子、その彼女を片思いする先輩記者の杉原。
松村の友人で病院長の庄司は、病院の経営には関心を示さず渡り鳥の研究に没頭し各地を歩き回る。
その妻由香里は、ことあるごとに松村を頼り、心を許せる夫の友人として、夫や病院経営のことなどを相談する。賢明で美しい由香里を慕う感情を松村は、胸の内で押し殺す。病院経営の全てを任されている副院長の若い医師吉田も、由香里に想いを寄せている。
複雑に絡み合う人間関係の綾の中で、何ひとつ成就することなく、吉田は胸の内を由香里に告白し、病院を去っていくことになるが、その直前交通事故で死亡する。
由香里はこのことを自分のせいだと悲しみ、救いを松村に求める。
松村の心境も複雑である。
由香里への思いを秘めたまま、松村は心の葛藤を封じて、良き相談者としての立場を貫いていく。
庄司は本来の医者としての生活よりも、鳥の研究に傾倒し、由香里は、夫の気持ちが自分から離れていくことを危惧する。杉原の告白もまた宏子には受け入れられず、この無骨な男も傷心の旅を庄司とすることになる。やりきれない思いを抱えたまま、庄司、松村、杉原は、厳冬の下北半島に渡り鳥を求めて、夜行列車に乗る。(つづく)
(下北半島・津軽半島を旅して№1) (2015.7.17記)
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