雨あがりのペイブメント

雨あがりのペイブメントに映る景色が好きです。四季折々に感じたことを、ジャンルにとらわれずに記録します。

生き延びたのは私だけ

2015-07-10 21:00:00 | 語り継ぐ戦争の証言

戦後70年・証言(2)

生き延びたのは私だけ 

 玩具会社「タカタ」の創業者・佐藤安太(91)の証言

 1944年10月(終戦の10カ月前)、学徒動員にかり出され、工場で研究の手伝いをしていた。

 1945年4月12日、空襲警報発令のため、防空壕に避難するが、すでに満員状態。

 ほかの壕へ行けと言われたが、後から来た7、8人の女学生と一緒になんとかその壕に入れてもらった。

  そこに直撃弾。土をかぶり身動きが取れません。痛みで泣く声が聞こえました。

 私も頭と足が痛み、気を失いました。担架で運ばれた病院はけが人であふれていました。…(略)…

  防空壕に30人が入ったと思います。生き延びたのは私ひとりでした。

 愚かな戦争で苦しみながら亡くなる人の姿を見たので、

 終戦時、世界の平和と社会の進歩に貢献しようと考えました。

  民間人が堀った防空壕の多くは、簡易な作りが多く、爆弾の直撃を受ければひとたまりもなく、崩れてしまったようです。

 でも、爆弾による爆風などの被害をくい止めることは出たようです。しかし、焼夷弾による火災などで炎に包まれた場合は、

 窒息死などがあったようです。

  悲しく、辛い戦争の経験を、生きる希望につなげ、自分の人生を切り開いていった素晴らしい体験談です。

  (2015.7.7付朝日新聞夕刊 人生の贈りもの・わたしの半生インタビュー記事より)

                                 (2015.7.10記)

 

 

 

 

 

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