読書紹介「原子炉の蟹」長井彬著
事件の舞台は、架空の原発、関東電力・九十九里原子力発電所。
この発電所の下請け会社の社長高瀬が行方不明になる。
行方不明になった高瀬は、青函連絡船から飛び込んだ形跡がある。
しかし、高瀬失踪の謎を追う新聞記者が探り当てた事件の内容は意外な方向へ発展していく。
意図的に流されたうわさなのか、
『原子炉建屋内で被爆した死体が核廃棄物を処理するドラム缶に詰められ、
秘密裏に処分されたらしい。それが失踪した高瀬ではないのか……』
関東電力・総務課長藤平もまた、原発建屋の中で殺される。
続いて第三の犠牲者、原発推進派の代議士・種村も建屋の中で殺される。
いずれも誰かに呼出されたうえで殺されている
原子炉という幾重にも包囲された密室が、事件の解明を難しくしている。
警戒厳重な原発建屋の中の「密室殺人」である。
「原子炉の蟹」とは、殺人者のことなのか……
30年も前(1981年)に書かれ、江戸川乱歩賞を受賞した「社会派推理」小説であり、
密室殺人の舞台を原発建屋内に設定したところに当時としては、斬新な着眼だったのだろう。
原発作業員の実態や建屋内の構造、
そして原発立地を巡る推進派と反対派の攻防などリアルな描写が、現在でも通用する。
「原子力発電」という密室が「安全神話」を生み、「安全神話」という虚構を守るために、
情報を操作し、事故隠しが行なわれる。
国策の犠牲になった者の哀れが悲しい。
※ 長井 彬
1924年生まれ。毎日新聞社で記者生活を送り、定年退職後の1981年「原子炉の蟹」で第27回江戸川乱歩賞を受賞。著書に「殺人オンライン」「北アルプス殺人組曲」「槍ケ岳殺人行」東海地震をテーマにした「M8の殺意」など。当初は社会派、後に山岳小説を得意分野とする。2002年逝去
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます