それぞれの人生から生まれた言葉
ことの葉散歩道№24
(片隅に一輪咲くすみれが)どんなやまのなかでも、たにまでも、ちからいっぱいにさきつづけて、それから わたし かれたいの。それだけがわたしのいきているつとめです。 ※ 北条民雄著 童話「すみれ」より |
命のかがやき
小説家・北条民雄は、ハンセン病となり、当時の国の政策で隔離生活を余儀なくされた。
「いのちの初夜」は文学界賞を受賞。
1934(昭和12)年、23歳で早逝する。
一輪のすみれに托して、人生を前向きに一生懸命生きる姿が感動的です。
命の儚さを知り、だからこそ一生懸命生きて、終わりたい。
それだけが私が生きている務めなのだと、
欲もなく、命への未練も持たず、ひたすら生きつづけたいと、
隔離施設の高い壁の中で民雄は命の灯を燃やし続けたのだろう。
親や兄弟たちからも絶縁され、
ともすれば希望を失いそうな環境の中で、
北条は、命を見つめ、まっすぐに生きようとした。
野球はピンチになれば代打やリリーフがあるけど、人生にはそれがない。 ※ 桑田真澄 |
ピンチは自分で乗り越える
元プロ野球の清原和博容疑者が覚せい剤で逮捕され、
旧友の桑田真澄が求められて言った。
さらに桑田は、「彼はそれがわかっていると思う」と続ける。
つまり、桑田が言いたかったのは、
人生に代打はないぞ、自分で歩いていく以外に解決の道は開けないのだと。
野球人生を共に歩いてきた、桑田にして言える励ましの一言だ。
名声におぼれ、こんなわけではなかったと振り返る自分自身の後ろ姿に、
清原は愕然とする。
栄光のざわめきも、スポットライトに映し出された輝かしい未来もない。
清原よ!!
覚醒剤の呪縛から逃れるためには、
一生かけての辛い戦いが待っているのだ。
それを克服した時、
桑田の言葉がどんなに真実を語り、
温かさに満ちていたかを知るだろう。
(それぞれの言葉は、朝日新聞天声人語2016.02.29より引用。)
(2016.03.08記)
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