告知について ② 生きるための努力
この家族は、「告知すること」から逃げている。
「生きる希望をなくし、命を縮めててしまう」ような状況が訪れたとき
自分たちに負わされる負担とストレスを恐れている。
私はそう思った。
告知をしないまま、「食道に腫瘍ができているから、それを取り除くための治療」を始める。
腫瘍のできた場所は手術できない場所なので、
放射線照射により腫瘍を取り除く施術という偽りの説明に兄は納得し、
闘病生活に入った。
癌はリンパ節から全身に広がり、もう手の施しようがないことを兄は知らない。
何としても、病を克服し家に帰りたい。
放射線治療のために食事は喉が通らず、
と云うよりも食道にできた癌が食べ物の通過を難しくしている。
廊下の手すりを伝いながら、やっとの思いで食堂に辿りつき、
ほんのわずかな食事の量を嚥下することができず、
流動食に近いものを2時間もかけてやっと食することができる。
食事は咀嚼(そしゃく)や、嚥下能力を低下させないための便宜的なものに違いない。
いつも点滴の装置をぶら下げているそれには、
栄養剤や痛みを抑えるモルヒネが処方されているのを兄は知らない。
当然のことながら、配膳から2時間も経過した食堂には誰もいない。
付け放しになっている食堂のテレビに背を向けて座る
もともとやせ型で、更に肉が落ちてしまった兄の姿はとても痛々しい。
掌で握りつぶすことができる程度の量の流動食に近いような食事も
完食できずに器に残された食事は、
色あせ、冷えてトロミをつけた輝きさえなく、
下膳されれば残飯のバケツの中に捨てられる運命を待つ悲しい存在だ。
生への強い欲求がありありとうかがえる兄の入院生活で、
見ている私が辛くなるような、闘病生活だった。
「好きなものを何でも食べていいよ」と、
食べられない患者に向かって無責任な言葉を主治医は投げかけ、
さらに「いつ外泊してもいいよ」と追い打ちをかける。
(つづく)
(ことの葉散歩№50) (2023.11.12記)
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