千度呼べば 新川和江③ 陸橋の上で
橋上の上で
橋上の上で わたしたち
なかなか 別れられなかった
夜が 更けてしまい
最終電車が いってしまい
ちらちらと雪が
降り出しても 私たち
さよならが 言えなくて
どのようにして わたしたち
それぞれの 家へ帰っていったのかしら
いまはもう 思い出せない
ただ てのひらに
痛みのようにのこっている
あなたの指の ほのかな温み
はじめて触れた あの陸橋の上で
詩集「千度呼べば」より
新川和江の言葉はやさしい。
だれにでもわかる やさしい言葉で
語りかけてくる
そのこころよい響きが たまらなくいい
ガードを固めずに
胸の内に湧き出た思いを
呟くように 読者に投げかける
春の朧(おぼろ)のように 読者をやさしく包んでしまう
情念の炎も 哀しみも 切ない女心も
どこかにやさしさを漂わせて
読者にふんわりと投げかけてくる
あの日の橋上の別れ
雪が降って
今日から明日へと変わっていく
白い景色の中で
互いの吐く吐息だけが
わずかに ふたりの想いを伝えている
このまま二人 雪に埋もれてしまえばいい
あなたの残した指のほのかな温かさが
今もときどき
小さな疼きとなって 還ってくる
この疼きだけが 確かな証拠として
思い出の舟の中で よみがえってくる
今はもう
遠くにかすんでしまった
陸橋の別れ
ブックデータ: 千度呼べば 2013年 新潮社刊
(2018.8.8記) (ことの葉散歩道№12)
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