続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

天寿。

2014-03-14 06:49:04 | 日常
 訃報・・・叔母の死。99歳・・・百歳だったかもしれない。従妹に連絡すると、
「えっ、早過ぎない?うちの母より少ししか上でないのに」という。
「叔母さんは幾つになったの?」と聞くと、
「うちのおばあさんは、98歳、もう呆けちゃったけど、あの叔母さんは頭もしっかりしていてトイレもしっかり自分でしているって、ついこの前聞いたばかりなのに」と言う。

 高齢化社会、亡母の長姉は99歳・長兄は98歳でそれぞれ他界、その妻である叔母の死である。
 子供ころ、よく泊りがけで遊びに出かけた。夏休みであればラジオ体操カードを持参していく。お祭りには「お菓子券」を用意してくれてお祭りの山車を従弟妹たちと一緒に引いた。手作りの蓬餅もご馳走になったし、思い出は沢山ある。

 働き者で、遊んでいては勿体無いとばかり内職をする。その内職を近隣に住む他の叔母達にも分けるので「あのおばさんの足音がすると嫌だったよ」とこぼした叔母もいる。ところが従妹の話は少し違って「うちの母は田舎者だったから相手にされず、内職も素通りだった」と嘆いたのを後年聞いてビックリしたことがある。

 わたしの息子にまでお年玉をくれた気配りの叔母の死は、悲しくも一時代の終焉を告げているような気がする。

 従妹は言った「高齢者を抱えていると、毎日が大変。わたしなんか食べたことも忘れる人の下の世話に追われる暮らしをしているわ。どこかへ出かけるなんてこともしないで、人との会話もないし・・・食事の仕度と、出したものの清掃、それだけの毎日」とため息をついた。五年前に大腿骨の手術をしてからは歩くことも出来ないから、何をするのも大変なの」

 返す言葉が見つからなかった。
 自分の頭の蠅も追えないのに、身勝手な生活をしているわたしの終末はどのように訪れるのだろうか。


 めくるめく過去の思い出が現われては消えていく・・・今日は御通夜、明日は告別式。気をしっかりもって、長年の感謝に心してお礼を述べたい。「ありがとう。そして・・・さよなら」

『ポラーノの広場』267。

2014-03-14 06:38:52 | 宮沢賢治
すると出口の桜の幹に、その青い夕方のもやのなかに、ロザーロがしょんぼりよりかかってかなしさうに遠い空をみてゐました。わたくしは思はずかけよりました。
「あなたはロザーロさんですね。わたくしはどこへさがしに行ったらいゝでせう。」
 ロザーロが下を見ながら云ひました。


☆推しはかる講(はなし)の奥に感(心が動く)照(普く光があたる=平等)がある。
 幽(死者の世界)の法(仏の道)との縁(係わり合い)が現われる。
 死の講(はなし)に、化(教え導く)を運/めぐらせている。

『城』1563。

2014-03-14 06:23:57 | カフカ覚書
 Kよりもずっと読むのがたどたどしい助手たちがこの吉報を祝って三度も「ばんざい!」と歓声をあげて、カンテラをふりまわしてからやっと、Kは、手紙から眼をはなした。彼は、「静かにしろ!」と叱りつけてから、バルナバスにむかって、「これは、誤解だ」バルナバスはKの言うことが理解できなかった。


☆Kは拘留の通知を見た。死の遅滞、頭脳の読解。確かに小舟を向ける渡し舟は圧迫の目印(圧力の象徴)であり、「わあ」と叫び、助言者(謎を解く人)の向きを変えてからやっとKは通知から眼をはなした。「静かに」といい、バルナバス(北極星)に向かって「先祖に誤解がある!」と言ったが、バルナバス(北極星)はKの言うことが理解できなかった。