続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

美術館巡り。

2014-03-28 06:47:39 | 美術ノート
 生涯学習センター主宰の「美術館巡り」に参加。
 ポーラ美術館などとても一人では行かれないと思っていたらの企画、すぐに申し込んだ。あいにくの曇天、霧が深くて眺望への期待は薄かったものの、ルノアールの彩色の妙、ボナール、マチスなどに改めて感動。
 成川美術館では平松礼二の煌びやかな作品を堪能、豪華と言えばこの上ない絢爛。「現在金は一グラム四千五百円です。画伯の場合、大作において二キロの使用を聞いております。とすると・・・(キュウ、九百万円!!)・・・顔料の多くは宝石でお馴染みの原石を砕いたものです。ですから・・・」学芸員は巧みな話術を駆使しての沸かせる解説。会場を巡り終えると再び同様の説明が聞えてきた、笑いとどよめきに盛り上がるツアー客へのサービスは日に何回も繰り返されているようだった。


 ところでわたしが最も魅かれたのは、「毛利武彦の世界」と題された一連の作品群。
 日本画という分類は、画材による分別らしい。したがって描く世界に決定的な差異は無いはずにもかかわらず、日本画の世界というと・・・という観念的な思い込みを抱きやすい。
 毛利武彦の目指した世界観は従来の日本画という範疇を越えたものがあり、その独創性は震撼とさせる空気を醸し出していた。
 煌びやかさを打ち消す厳しさ、リアルでありながら、「これは心象だ」と、つぶやいてしまう空気の密度の濃さ。一歩踏み外せば死を免れないような崖上の突先に立たされたような緊迫感がある。恐怖と換言してもいいかもしれない。静寂・弧高、遠くのほうで微かな声がする、雑多な神経をもってしては聞き取ることの出来ない不思議な声がする。

《雑念を振り払って、作品の前に立ち、その声を聞きたい》そういう作品群である。


 藤田修先生の仕事(版画家)のお話、美術史の解説なども交えてのバスツアー。職員さんの気配りに支えられての一日、思いがけない出会いもあったりして、楽しく過ごさせていただきました。ありがとうございました。

『ポラーノの広場』280。

2014-03-28 06:38:43 | 宮沢賢治
それでもそんな仕事のあひまにふっとファゼーロのこと思ひだすと胸がどかっと熱くなってもうどうしたらいゝかわからなくなるのでした。とにかくその七月いっぱいに私のした仕事は


☆旨(志す所)の弐(二つ)の詞(言葉)を協(併せる)ことに熱(夢中になる)。
 死地に合せた詞(ことば)は、支(分かれて)弐(二つ)になる。

『城』1576。

2014-03-28 06:23:26 | カフカ覚書
「ああ」と、Kは言った。「きみは、クラムに伝えましょうと約束してくれるが、いったい、きみの言葉をほんとうに信用していいのかね。俺は、信頼できる使者がとても必要なんだ。これまで以上に必要なんだ」Kは、いらいらして唇をかんだ。


☆「ああ」と、Kは言った。「きみはクラム(氏族)を探し出すことを約束してくれるが、きみをほんとうに信じていいのかね」信頼するに値する先祖への使いが、これまで以上に必要なんだ」Kは焦りのために唇をかんだ。