第82回皐月賞。
アスクビクターモアの逃げになりました。向正面に入るあたりで3馬身くらいのリード。2番手にデシエルト。3番手にボーンディスウェイ。4番手にビーアストニッシドでこの3頭は一団。2馬身差でダノンベルーガとジオグリフとイクイノックス。1馬身差でキラーアビリティとダンテスヴューとサトノヘリオス。1馬身差でトーセンヴァンノとグランドラインとオニャンコポン。1馬身差でジャスティンロックとラーグルフ。1馬身差でドウデュースとジャスティンパレス。2馬身差でマテンロウレオが最後尾。前半の1000mは60秒2のスローペース。
3コーナーでアスクビクターモアのリードは1馬身に。デシエルトが2番手で3番手に外からイクイノックスが上がってきて,道中はイクイノックスの内にいたジオグリフが外から追って4番手。ダノンベルーガも内を回って進出。直線は内からダノンベルーガ,アスクビクターモア,イクイノックス,ジオグリフの4頭が並び,そこから外の2頭が抜け出しての競り合いに。外のジオグリフが差し切って優勝。イクイノックスが1馬身差で2着。後方から外を回って追い込んできたドウデュースが1馬身4分の1差で3着。ダノンベルーガがクビ差の4着でアスクビクターモアがクビ差で5着。
優勝したジオグリフは札幌2歳ステークス以来の勝利。重賞2勝目で大レース制覇。朝日杯フューチュリティステークスは明らかに距離が不足という内容で負け,今年は共同通信杯を使って2着。そのときはダノンベルーガに負けていましたが,ダノンベルーガは陣営が出走を迷っていましたので,逆転も十分あると思っていました。ただ2着馬は休養明けでしたし,ダノンベルーガもダービーの方が適性がありそうですから,ダービーも中心的存在というわけではなく,三強の一角という位置づけになるのではないかと思います。母の父はキングカメハメハ。6代母がレディチャッター。従姉に2019年のブリーダーズゴールドカップとレディスプレリュード,2020年のエンプレス杯を勝ったアンデスクイーン。Geoglyphは地上絵。
騎乗した福永祐一騎手はフェブラリーステークス以来の大レース43勝目。第80回以来2年ぶりの皐月賞2勝目。管理している木村哲也調教師は2018年のマイルチャンピオンシップ以来の大レース2勝目。
もしスピノザが良心の呵責conscientiae morsusを全面的に否定しない,非道徳的であっても良心の呵責を感じることを禁止することはないという点を重視するなら,スピノザはニーチェFriedrich Wilhelm Nietzscheの先達であるということはできません。すでに示したように,ニーチェは良心の呵責の起源を原罪に求めているので,絶対的な意味であるいは全面的な意味で,良心の呵責を感じることを現実的に存在するすべての人びとに対して禁止するであろうと思われるからです。ただ,良心の呵責を道徳的なことではなく非道徳的なことであるとみる点ではスピノザとニーチェは一致しているのであり,かつそのような主張をする思想家はごく少数ですから,ニーチェがスピノザを自身の先達とみなしたことは,不思議なことではありませんし,仮にそのときにニーチェがスピノザの哲学を正しく理解していなかったとしても,ひどい誤りをニーチェが犯したということはできないと僕は考えます。
ただ,僕の見解opinioでいえば,ニーチェとスピノザの相違は,ニーチェが良心の呵責を感じることを現実的に存在する人間に対して禁ずることを要求するのに対し,スピノザはそのようなことを要求することはない,それは不可能であるがゆえに要求することはないという点にのみ存するわけではありません。おそらくスピノザは,たとえそれが非道徳的なことであったとしても,良心の呵責を現実的に存在する人間が感じることを推奨する,少なくとも推奨する場合があるというように僕は考えているからです。もう少し一般的にいえば,ある種の非道徳的な事柄に関しては,スピノザは推奨する場合がある,というか現に推奨していると僕は解するからです。そしてこのことも第四部定理四系,現実的に存在する人間が働きを受けるpatiことから逃れることは不可能であるということと関係しているのです。
これは現実的に存在する人間の振る舞いあるいは態度と関係します。スピノザは道徳的には能動actioを肯定しますから,人間が能動的に行動することは全面的に肯定します。たとえば理性ratioに従うことがそれで,その場合には第四部定理三五により,すべての人間の現実的本性actualis essentiaが一致しますから,人間が対立的であることはないからです。
アスクビクターモアの逃げになりました。向正面に入るあたりで3馬身くらいのリード。2番手にデシエルト。3番手にボーンディスウェイ。4番手にビーアストニッシドでこの3頭は一団。2馬身差でダノンベルーガとジオグリフとイクイノックス。1馬身差でキラーアビリティとダンテスヴューとサトノヘリオス。1馬身差でトーセンヴァンノとグランドラインとオニャンコポン。1馬身差でジャスティンロックとラーグルフ。1馬身差でドウデュースとジャスティンパレス。2馬身差でマテンロウレオが最後尾。前半の1000mは60秒2のスローペース。
3コーナーでアスクビクターモアのリードは1馬身に。デシエルトが2番手で3番手に外からイクイノックスが上がってきて,道中はイクイノックスの内にいたジオグリフが外から追って4番手。ダノンベルーガも内を回って進出。直線は内からダノンベルーガ,アスクビクターモア,イクイノックス,ジオグリフの4頭が並び,そこから外の2頭が抜け出しての競り合いに。外のジオグリフが差し切って優勝。イクイノックスが1馬身差で2着。後方から外を回って追い込んできたドウデュースが1馬身4分の1差で3着。ダノンベルーガがクビ差の4着でアスクビクターモアがクビ差で5着。
優勝したジオグリフは札幌2歳ステークス以来の勝利。重賞2勝目で大レース制覇。朝日杯フューチュリティステークスは明らかに距離が不足という内容で負け,今年は共同通信杯を使って2着。そのときはダノンベルーガに負けていましたが,ダノンベルーガは陣営が出走を迷っていましたので,逆転も十分あると思っていました。ただ2着馬は休養明けでしたし,ダノンベルーガもダービーの方が適性がありそうですから,ダービーも中心的存在というわけではなく,三強の一角という位置づけになるのではないかと思います。母の父はキングカメハメハ。6代母がレディチャッター。従姉に2019年のブリーダーズゴールドカップとレディスプレリュード,2020年のエンプレス杯を勝ったアンデスクイーン。Geoglyphは地上絵。
騎乗した福永祐一騎手はフェブラリーステークス以来の大レース43勝目。第80回以来2年ぶりの皐月賞2勝目。管理している木村哲也調教師は2018年のマイルチャンピオンシップ以来の大レース2勝目。
もしスピノザが良心の呵責conscientiae morsusを全面的に否定しない,非道徳的であっても良心の呵責を感じることを禁止することはないという点を重視するなら,スピノザはニーチェFriedrich Wilhelm Nietzscheの先達であるということはできません。すでに示したように,ニーチェは良心の呵責の起源を原罪に求めているので,絶対的な意味であるいは全面的な意味で,良心の呵責を感じることを現実的に存在するすべての人びとに対して禁止するであろうと思われるからです。ただ,良心の呵責を道徳的なことではなく非道徳的なことであるとみる点ではスピノザとニーチェは一致しているのであり,かつそのような主張をする思想家はごく少数ですから,ニーチェがスピノザを自身の先達とみなしたことは,不思議なことではありませんし,仮にそのときにニーチェがスピノザの哲学を正しく理解していなかったとしても,ひどい誤りをニーチェが犯したということはできないと僕は考えます。
ただ,僕の見解opinioでいえば,ニーチェとスピノザの相違は,ニーチェが良心の呵責を感じることを現実的に存在する人間に対して禁ずることを要求するのに対し,スピノザはそのようなことを要求することはない,それは不可能であるがゆえに要求することはないという点にのみ存するわけではありません。おそらくスピノザは,たとえそれが非道徳的なことであったとしても,良心の呵責を現実的に存在する人間が感じることを推奨する,少なくとも推奨する場合があるというように僕は考えているからです。もう少し一般的にいえば,ある種の非道徳的な事柄に関しては,スピノザは推奨する場合がある,というか現に推奨していると僕は解するからです。そしてこのことも第四部定理四系,現実的に存在する人間が働きを受けるpatiことから逃れることは不可能であるということと関係しているのです。
これは現実的に存在する人間の振る舞いあるいは態度と関係します。スピノザは道徳的には能動actioを肯定しますから,人間が能動的に行動することは全面的に肯定します。たとえば理性ratioに従うことがそれで,その場合には第四部定理三五により,すべての人間の現実的本性actualis essentiaが一致しますから,人間が対立的であることはないからです。