雀の手箱

折々の記録と墨彩画

如月

2020年02月02日 | できごと


 雨の多かった1月が終わり、一番手の南高梅にはじまり、次々に開花する梅の香の漂う2月となりました。明日は節分です。
 やっと春の訪れを感じる暖かさですが、雨が続くと痛みを持つ身には辛い日々でした。
 その上、先日のエコー検査で、昨年までは存在していなかった白い映像が発見され、CT検査となり、いささか気の重い日々でした。
 私の不安を察してか、弟が検査の新水巻病院まで付き添って送迎してくれました。造影剤を入れての検査は、初めてで、検査そのものよりも、事前の、確認のための説明のほうが、物々しくて、100人に3人位の確率でショック症状が出る可能性とか、稀に死に至ることもあると説明され、承認の署名を求められました。病院としては、万一に備えて当然の確認でしょうが、事ここに至って,躊躇うこともないわけで、何とも言えない気分のまま、検査着に着替えました。検査そのものは大したこともなく、後の点滴も含めて1時間位でした。後は結果報告待ちです。










三回忌法要

2020年01月08日 | できごと


いつの間にか月日が流れて、つい先日のような気がしているのですが、夫の三回忌の法要を祥月命日の五日に営みました。
 夫の兄弟四人、すでに男性は長男だった夫より先に全員が旅立っており、妹も施設に入居したので、一周忌法要の折におことわりしていたことでもあり、三回忌法要は娘と2日から帰省した孫たちだけで自宅での法要としました。私の年齢を思うと、七回忌の法要はどのようなものになりますか。
 法要の後の直会では、「おじいちゃん」の思い出話やお互いに知らなかった故人のエピソードなどで静かな中にも盛り上がり、陰膳の供えられた遺影に「そうだったんだね」と語りかけていました。
 黒崎の料亭「古仙」は、まだ松の内の休暇中とあって、人も少なく静かで行き届いたもてなしでした。
孫の供えたカサブランカの強い香りが仏間を包んでいて、まだ法要の余韻を漂わせています。














地に燃える紅葉

2019年12月17日 | できごと



 夜来の時雨に濡れて一入の鮮やかさをました紅葉が美しく、足を止めました。こうした風情を美しいと感じるのは、日本人独自のものかもしれないと、ふと頭をよぎるものがありました。
 かつてアメリカからの来客を案内して久住を訪れた折、霧雨に煙る水墨画のような山並みを前に 感動する私を不思議がられた思い出が蘇ったのです。

 陽が照って落ち葉が乾けば、大量の片付けが待っていますが、「林間煖酒焼紅葉」(林間に酒を煖ためて紅葉をたく)ことは叶わず、今は市役所のゴミ処理のお世話になるより仕方がないわけですが、しばらくはこの風景を秋の余韻と楽しむことにします。



師走の月

2019年12月10日 | できごと


 今年の紅葉は例年からは随分遅れました。冴えない黒ずんだ色のまま落ち葉になるのかと思っていましたら、この二三日の4度とか5度といった1月並みの冷え込みで一気に鮮やかに色づきました。朝と夕方、また日によっては全く違った表情を見せてくれます。足元では満天星の紅葉も今が盛りです。
 門の前の大きな椎の樹が半分になったので、遠くからも鮮やかな色づきが目につきます。
 借景の銀杏も、並木の銀杏はすっかり葉を落としているのに、ここでは今が黃葉の盛りで、見事なコントラストです。
 夕刊を取りに出て、東の空に丸い月を眺めました。外灯に照らされた紅葉の老樹の狭間に覗く月はまるで琳派の画題のようですが、師走の冴え冴えとした姿で、今宵は一点の雲もなく、満月に近い月はいっそ清々しいものでした。

 こうした風景を目にするとき、いつも思い出すのは、去来抄の中で、猿蓑選の折、芭蕉と去来、凡兆の間に交わされた其角の句に対しての問答です。
 この句の月は上弦の月ではないかと勝手に陋屋の門に注ぐ月光に想像を逞しくしてみるのも愉しいものです。


 
此木戸や錠のさゝれて冬の月   其角



 









老木の剪定

2019年11月30日 | できごと
 伐られた老木
 台風の被害に懲りて、すでに幹が空洞化している背の高い老木を剪定してもらうことにしました。少々見苦しくとも、また風で飛ばされた枝などで屋根に被害を生じたり、他所様にご迷惑をかけることがないように、先端を切り詰め、低くし、大きな枝も整理してもらいすっきりしました。来春には若い葉が茂ってくれることでしょう。樫はもう枯れが進んでいて、再生は難しそうなので、根元から切り倒し2t車3台分の産業廃棄物としての処理となりました。






 今年の紅葉狩
やっと一段落の昨日、弟夫婦から、紅葉を見にゆこうと誘いがありました。疲れも残ってはいましたが、この二、三年は紅葉狩りなど無縁に過ごしていましたので、便乗してのお出かけでした。
 東区の河内貯水池まで畑からの山越えで、位毎日仰ぎ見ている帆柱山を越えて、河内へ下りました。帰途は権現山の山越えコースでした。山の紅葉も造化の妙を見せていましたが、目的地の河内藤園の30年を経たものや更には80年の高齢のものもあり、700本余の紅葉は圧巻で、すでに盛りを過ぎているとはいえ、見ごたえのあるものでした。山への勾配に躊躇いましたが、貸し出しの杖を頼りに散り敷いたっ紅葉の絨毯の散策を楽しみました。











過ぎゆく秋

2019年11月26日 | できごと
 リハビリに通う途上、週を追うごとに銀杏の並木が葉を落としてまばらな梢になってゆくのを寂しく眺めています。
 我が家のいろはもみじの紅葉はひどく遅れています。色もくすんで、冴えない姿です。今年は季節の秋をしみじみと感じる期間があまりに短かかったような気がしています。公私ともに事が多かったせいだけではないようです。
 もはや異常気象といえないほどに変貌し、日常となってしまった台風に翻弄され、19号の置き土産に振り回されていましたが、やっと玄関の天井の張替えが始まりました。見苦しいシミがなくなると少しは陋屋もマシになることでしょう。
 工事の邪魔になるものを移動させてすっきり片付いた板敷は、広々として見違える風情です。ものを捨ててしまうことの必要を今更ながら再認識しています。ただ、もう体のほうが気持ちに対応してくれないのが困ったものです。
 カレンダーも心細げに薄い姿を震わせて急き立てるかのようです。









老木無惨

2019年11月01日 | できごと



 先の颱風17号で幹が断裂し、無惨な裂け目をさらしていた椎の老木が半分伐採されました。200年近い年月を生きてきた老木は、折れた太い枝を二股に分かれた上の方に絡ませた状態で宙に留めていましたので、いつまた落下して、崖下の家の屋根を破るようなことがあってはと、撤去が決まっていました。
 昨日はクレーン車が2台、切断された枝を宙吊りにしてトラックに運ぶ大型と、チェンソーで切断すための人が乗る小型クレーン車です。朝8時半からお酒と塩でお清めが行われ、総勢4名のフル活動で1日がかりの作業で出たものは、2トン車4台分が産業廃棄物として運ばれてゆきました。
 当初の説明では3段階に分けて、時間をおいて少しずつ切り詰めてゆくということだったのですが、緊急を要する部分を切断してみると、中の空洞化が進んでいて、やむなく二股の分かれ目のところから一気に切断ということになりました。
 朝夕見慣れた風景が一気に変わり、門の上の覆いかぶさっていた枝もすっかり姿を消しました。なんだか半裸状態になったみたいで、門の周りが殺風景ですが、安全のためにはこれも致し方ないことでしょう。
 それでも、ここに暮らし始めて70年近い年月、坂を上がる目印となり、木陰に憩い、帰ってきたと実感してきた老木との別れはつらく、寂しいものがあります。切株から10年もすればひこばえが生えてまた違った姿になるのでしょうが、それを見ることはもう叶いません。











即位礼正殿の儀

2019年10月23日 | できごと
 10月22日、雨の中、粛々と進行する宮中松の間での正殿の儀を、テレビの前で釘付けになっていました。平安絵巻の動画を見る思いでした。テレビのありがたさを改めて実感し、目の当たりにできる幸せを想いました。
 黄櫨染御袍に、立纓御冠を召された天皇の高御座のお姿、御五衣に御唐衣の御帳台の皇后さまは皇后のみの白が基調のお召し物でした。
。紫の十二単に檜扇を持たれた女性皇族方、正装の侍従や女官は緊張した面持ちでのご奉仕で、それぞれに雛飾りの人形のような美しさでした。
 降りしきる雨のために、正殿前の中庭は幡旗だけの装飾で、正装の武官,文官その他を見ることができなかったのが少し残念でした。大量の報道がありますのでこの記事は、近頃は一日の大半を探しものに費やす自分の記録のためのものです。




  










国東の聖地

2019年10月16日 | できごと


 先日、縁あって国東半島の西先端に近い、岐部公園まで行ってきました。ここはキリスト教徒にとっての聖地の一つです。六郷満山の仏教文化で知られる国東の地に、江戸初期、特異な光を放った宣教師、ペトロ岐部カスイの故郷で、今も遥かローマに向かって船越安武氏制作の像がたつていました。公園の一角には小さな教会も建っています。
 ペトロ岐部カスイの波乱の生涯は、長崎の神学校卒業の後、禁教令により追放されてマカオにわたり、マカオからローマを目指し、ペルシャ、エルサレムを経て1620年ついにローマに到着、その年のうちに司祭となりましたが、故国日本の切支丹迫害の報に心を痛めアメリカまわりで10年をかけて帰国、潜伏して布教していました。1639年、仙台藩で捕えられ、52歳の若さで江戸の地で殉教を遂げています。
 公園に隣接する国見ふるさと展示館(国指定登録有形文化財)の資料による。
 この展示館は、明治初期建造の荘や屋敷を保存利用したもので、ペトロ岐部カスイ関係の資料や祭祀の道具のほか、当時の農機具や生活用具も展示されていました。













感動のスクラム

2019年09月29日 | できごと



 昨日はテレビで、ラグビーW杯、日本の第2戦を観戦していました。ランキング世界2位と聞くアイルランドが相手ではこんなものかな、それにしてもよく粘っていると思って前半戦を見ていました。後半戦になって、地元出身の福岡がフィールドに入ったので応援にも力が入りました。
 がっちり組んだスクラムの力強さと、あまり見たことのない形に思わず肩に力が入りました。見事粘りに粘ったFWのスクラムは、強豪相手に一歩も引かず、福岡のトライを生み出しました。試合終了後もしばらくは感動の渦の中で、久しぶりの高揚した気分を味わっていました。母校は花園に出場したこともあるので、家族もラグビーにはかなり熱心です。いい試合でした。
 緻密な計画のもと積み上げた練習の成果は、前回の南アフリカからの勝利とともに、日本のラグビー史に残ることでしょう。