雀の手箱

折々の記録と墨彩画

模索の跡

2013年03月28日 | すずめの百踊り

 3月の提出作品のために、いろいろと模索した跡をとどめておくことにしました。

 椿は私の好きな筒咲きの白花は終わってしまって、大きな華やかな椿に対峙していて、なかなか気が乗らずに、終には藪椿を墨で遊んでしまいました。

 土佐水木は全面に配置した枝を、煩わしいと感じたので必要な部分だけを残して墨でつぶしてみました。                                                                       

 もうすぐ連翹忌の高村光太郎への思い入れがあって、写生から入って、とうとう小さな枝先だけになってしまいました。これはまだ絵になっていません。

 先日の馬酔木には筆を加えて落款を押しました。

 楽屋裏の、ラフなものから、遊び心に逃れたものまで、すべて自分の歩みを残してUPしました。

春の花ばな

 


今年のお花見

2013年03月24日 | できごと

 遠出しての桜狩は、無理になりましたので、今年は歩いて15分ほどの則松は金山川の土手の桜を鑑賞してきました。

 帆柱山を源として折尾で堀川に合流し洞海湾に注ぐ延長12キロの二級河川です。ここ則松地区を中心に2キロにわたって土手の両岸には300本の桜が植えられています。

 苗木を植えたころから見てきましたが、十数年を経てずいぶん大きくなりました。桜からチューリップへ、すべてボランティアによって維持管理がされています。今日も満開の桜をめでる人たちがそぞろ歩きを楽しんでいました。        小倉城など市内の名の通った桜の名所とは異なり、日曜日でもこの程度の人出です。4月に入るとチューリップ祭りでこの時期はお店も出て賑わいます。秋はコスモス祭りが催されています。


春暁

2013年03月20日 | できごと

 いみじくも「春は曙」と清女が申しています。
「春は眠くなる。猫は鼠を捕とる事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。時には自分の魂の居所さえ忘れて正体なくなる。ただ菜の花を遠く望んだときに眼が醒さめる。雲雀の声を聞いたときに魂のありかが判然する」といった文豪もいました。

 春の嵐が眠りをさましても、起き上がりもせず、竹のさやぎを煩わしく聞いていました。夢うつつの中で「夜來風雨聲 花落知多少」と孟浩然を気取っていました。

 暴風警報が出るほどの風でした。門まで新聞を取りに行くと、椿や雪柳は吹きちぎられているのもありましたが、植物は案外しなやかにやり過ごしたようです。

 風雨で出かけることもなく、この日は花を題材に遊んでいました。新規投稿の下書きに入れたまま春らしくUPを忘れて。

 

 

 

 


春花彩々

2013年03月17日 | 日々好日

 季節の歯車が微妙にずれて、今年のソメイヨシノの開花宣言の1号は、鹿児島や宮崎ではなくて福岡でした。小倉城でも花が開き始めたようです。

 例年、2月の半ばごろが満開の土佐水木は3月に入って満開になるし、寒あやめも、クリスマスローズも遅れていましたが、北国並みに一斉の開花です。連翹は枝先に鮮やかな緑の葉を見せて散りかけています。

 梅の散った後の山桜桃梅もやがて花盛りを迎えます。この後が一連の椿の出番です。白の椿はもう終わってしまいましたが、紅の絞りの「獅子頭」をはじめ、八重咲きの大きな椿が存在感を示して誇らしげです。 中でも、可憐な淡いピンクの小さな椿、「春風」に会うとほっとします。

 散り始めた土佐水木に別れを惜しんでモデルになってもらいましたが、これは蝋梅同様にちと難しい花で、まだ絵になりません。

春花彩々


三月例会へ向けて

2013年03月13日 | すずめの百踊り

 すっかり伸びてしまった蕗の薹ですが今日の画題になってくれました。
 葉の曲線が面白くて、さまざまなポーズで試みたなかから、一つの種類を記録にとどめます。落款はまだですが。

 

 

 慌ただしく咲いて散ってしまった庭の梅を、図録を広げて、乾山の茶碗に描かれたやり梅で偲んでいました。

 最後の一枚は寒あやめです。寒にはずいぶん遅れた開花ですが、次々に丈低くそっと咲きつづけていますので、おまけに一枚。

 ただ今、素晴らしい出会いで、年若い優秀な歯科医にお世話になって歯の大治療中です、絵もその影響で彩りが変化していますね。


文楽 桂川連理柵

2013年03月08日 | 雀の足跡

 今年の芸術文化振興基金による、文楽の地方公演は、昼の部は「桂川連理柵」(カツラガワレンリノシガラミ)のうち、下巻の六角堂の段、帯屋の段、道行朧の桂川、が上演されました。「曽根崎心中」や「心中天の網島」などと違って、同じ世話物の心中ものでも、あまり鑑賞の機会がないので、夜の部の千本桜にも思いを残しつつ、昼の公演に出かけていきました。

 初々しいお半の人形を吉田蓑二郎が、帯屋長右衛門は吉田玉女が遣っていました。今年は浄瑠璃の人間国宝、竹本住大夫さんの姿がないのが寂しい事でした。

  アンケートで先年要望を出していた人形の展示が実現し、会場入り口で、若いお二人が夜の部の禿の人形を遣って、東日本の復興への募金をしていました。

 

 

 桂川連理柵に関して、興味とお時間がおありの方は、このサイトに写真や詳しい解説などがあります。


ボストン美術館の至宝 その2

2013年03月06日 | 雀の足跡

 東京展の折の、ブログ友の記事や、テレビの日曜美術館、新聞での絵入りの紹介記事などから推して、展示の量やその収集の規模を思う時、これは焦点を絞って見学しなければと覚悟していました。
 狩野元信の白衣観音、尾形光琳の松島図屏風、そして蕭白の雲龍図を中心とした一群の作品。これらを中心にと予期していました。

 目玉の呼び物のうち、三条殿焼き討ちの「平治物語絵巻」と、「吉備大臣入唐絵巻」も後ろ髪引かれつつも、これは人垣の後ろから眺めて、図録で見ることにして先を急ぎました。白衣観音はイメージしていたよりも強い線で印象も鮮烈でした。光琳の松島図屏風は波のデザイン化されたうねりがダイナミックでいて、色の層は細かに計算された変化を見せて躍動していました。写真で見るのとは違い、若々しい力の溢れる大きさのある絵でした。 写真 左隅

 

 白衣観音 狩野元信    宗祇像 元信   金山寺図扇面 伝元信

 お目当ての最終室は正面に威圧する10メートルを超える大きさでドンと出迎えていたのがチラシや図録の表紙にも用いられた蕭白の雲龍でした。

 ちょっと困ったような顔つきの醸すユーモラスと、龍の尾の鱗の描きこみ、それに対して爪の鋭い表現は簡略された線で描かれて、あくまでも強く、見るものに迫ってきます。夢の中まで、あの迫力で押してくるのではないかと恐れを抱くほどの線の勢いと鋭さが渦を巻いていました。

 

 同じ部屋の蕭白。右が、商山四皓図   左壁面は虎渓三笑図

 蕭白という日本でもて囃されることのなかった画人の持つユニークで、飄逸な面は、この室の仙人や文人の姿にも見ました。大和文華館で見た雲に乗る雪村の「呂洞賓図」を思い浮かべながら、同じ”奇想の画家“と呼ばれても、その仙人の捉え方の違いを面白いと見ました。評判通りぐるりと囲む蕭白オンパレードに、この雲竜図の前のベンチには半ば呆然とした表情の人々が腰を下ろしていました。

  展示されていた多くの作品は、国内にあれば国宝級のものが多く、国外流出を惜しみ嘆く一方で、フエノロサが持ち出したからこそ今日まで命永らえたとも考えられ、廃仏毀釈の嵐の中で、海を渡った作品の生まれ故郷への里帰りに、至福の時を過ごさせてもらいました。、4時を回って会場を後に、二人とも十分に堪能した鑑賞の一日でした。

                 写真はすべて九州国立博物館の提供によるものです。


ボストン美術館 日本美術の至宝展へ その1

2013年03月05日 | 雀の足跡

 東京展の記事を拝見していて、もう生涯に目にすることもない海の彼方に渡った至宝であってみれば、ぜひ見に行かねばと思っていました。

 虫ならぬ身でも、今日、啓蟄ともなれば、寒さに籠りがちで延び延びになっていた特別展へと重い腰をあげました。同行はKさんです。夫はどうせ人が多いなかを、時間をかけるのだろうから遠慮するというので、気心の知れた少し年下の女友達を誘っての念願の太宰府行きです。

 予想通り、九国博は、駐車待ちで25分の行列でした。苛立ちの気分を転換してからと、まずは梅が満開の天満宮に参詣して、梅林を散策し、梅の木の下で昼食。どの茶店も人で込み合っていました。

           満開の天満宮の梅

 トンネルを抜けて博物館に引き返した会場は、行列こそないものの、かなり混み合っているようなので、先に4階の「江戸の粋 印籠展」を見学しました。こちらは宣伝されていないので、人も少なくじっくりと見学できました。
 今年1月に、小倉城庭園で見た「印籠と煙草入れ」展とは規模の違う逸品ぞろいで、高円宮両殿下コレクションの根付けも14点が特別出陳されていました。

 今回の印籠展は、我が国初公開で、フィンランド・クレスコレクションです。印籠のコレクターとして、また研究者として世界的に有名なクレス夫妻の30年にわたるコレクションの中から124点が選ばれての里帰りです。画像のほかにも、牡丹蝶蒔絵印篭の宝石を思わせるブルーの鮮やかさや、葦舟蒔絵螺鈿のデザインなども印象に残っています。展示の工夫が素晴らしく、宙に吊るしたり、鏡を使っての立体的な見せ方など、ユニークなものでした。

 私が印籠に強い興味を持ったのは歴史も浅く、2010年京都国立博物館に、長谷川等伯展を見にいった折、相国寺の承天閣美術館で見た柴田是眞の漆の作品群を目にしたのがきっかけです。印籠や根付といった男性装身具の小さな工芸品に籠められたモダンで、粋なデザインに、その精巧な細工の見事さに開眼させられて以来、こうした展示があるごとになるべく出かけています。

 目当てのボストンでの時間を考えて、名残を惜しみつつ会場を後にしました。

江戸の粋 印篭展