雀の手箱

折々の記録と墨彩画

描き初め

2017年01月22日 | 塵界茫々

 今年は病院通いで、なかなか絵筆を手にできずにいました。
、折尾駅の高架工事が最終段階で、大きな踏切が昨年12月から通行できなくなっているので、立ち寄ることがなくなっていた「梔子の池公園」の方に薬局に行くコースの回り道をしました。

 池を覆っていた夏の日の白蓮は、今は枯れ蓮の無惨な姿です。この風景に会わないと私の「冬」は完結しないようです。思い切り放恣に乱れ、池水に沈む姿は痛ましくも悲しみの中に強い線を見せています。それは戦いの果ての古戦場もかくやと幻想させ、風に吹き寄せられた実を飛ばした蓮のうてなは、いくさに敗れた亡者たちのされこうべとさえみえて、全く人の気配もない公園の昼下がり、しばらく声もなく佇んでいました。







 枯れ蓮のおどろおどろの姿に触発されて、今年の手すさびの初めは枯れ蓮にすると決めました。ただし、例年のように、最初の一枚は「南天」です。これも年老いての縁起かつぎでしょうか。
 庭の水仙を供花のつもりで、刀折れ、矢つきた枯れ蓮への挽歌を描いてみました。













抜歯

2017年01月17日 | できごと
 昨年末から予定されていた部分入れ歯のための抜歯を受けました。
 何十年ぶりかの抜歯で、予約日が近づくにつれ緊張して、買い物も済ませ、食事の支度もできない場合を考えて、下ごしらえなども準備していました。
「案ずるよりは」の俚諺通りで、昔親知らずを抜歯した時とは様変わりした技術は、全くの痛み知らずで、奥歯の連結されていた金属を切断するとき、違和感が少しあったくらいでした。
 既にぐらついていた奥歯はあっけなく外れて,歯科大で7年前に強く抜歯を勧められていた問題の歯の残骸は醜い姿をさらしていました。
 出血が収まるまで待合室で待機していて、1時間ほどで帰宅できました。抜歯後の注意事項を見ても、柔らかいものを採るようにというくらいで、飲酒や刺激物をさけるのは当然でしょうから、禁止事項も驚く程数少ないものでした。
 食事もあるじの食事が常に柔らかいものが中心ですから、何の支障もありませんでした。用心のために処方された痛み止めも必要なく、今朝は縫合されているところも、もう傷口からの出血もなく滑らかで、後は雪を心配するだけで消毒のために通院します。
 これからはしばらく傷口が塞がるまで奥歯がないままの生活で、そのあとは受診の際の記載は「入れ歯あり」のお仲間です。





太宰府天満宮のウソのおみくじ 下の紐を引くとおみくじが現れます。

蝋梅が咲いて

2017年01月10日 | 日々好日


 裏庭に出て、洗濯物を干しているといい香りがそこはかとなく風に乗って漂ってきました。
蝋梅が開き始めているのに気付きました。



 七草に入れようと蕗の薹を探したときは、屈んで下ばかり見ていたので、高い梢の春の訪れを見落としていました。そのつもりで目を凝らすと、そこここに春の気配が生まれていました。藪椿は師走に入るころから咲きだしていましたし、庭の椿も今年は花数は少ないながら淡いピンクの一重咲きの曙、白の一休はもう花を終えましたが、八重の絵日傘、斑入りの大神楽は賑やかです。
 馬酔木は、花盛りにはどうなるかと思うほどの蕾をつけています。
 ただ水仙は極端に花数が少ないようです。梅は花芽がやっとそれとわかる膨らみを見せはじめたところです。

 お正月の片付けも、娘が大方は済ませて帰ってくれたので、ゆっくりと松の内が過ぎる余韻を楽しんでいました。



新年始動

2017年01月06日 | 日々好日
 思えば、ヘルパーさんにはお正月休みもないのですね。三日から早速の訪問看護が始まりました。四日は訪問リハビリでしたが、ストレッチの後の散歩の距離が延びて、元気になったと喜んでくださいました。お祝いの外食は久しぶりにステーキハウスのリクエストでした。
 明日は東京へ戻る娘も以前とは別人みたいだと喜んでいます。食べられる量は少ないのですが、満足していました。

 私も昼間は勿論のこと、夜の看取りの手間が減った分、ずいぶん楽になりましたが、気の緩みが出たのか、体調が今一つすっきりしなくて、眠ってばかりです。初詣もまだですし、絵筆も手にしていません。
 五日から病院通いが始まり、手術後初の受診の結果は、検査の数値も異状なしで、もう晩酌もOKですし、ISの騒ぎのあるところは避けて旅行もどうぞと、陽気な先生の言葉に、ではブラジルにも行けますかなと応じていました。

 今年一年、この状態が維持できることを願わずにはいられません。明日は七草、願いを籠めて七草粥を作るとします。



2017年のお年賀

2017年01月01日 | 塵界茫々

明けましておめでとうございます。

 穏やかに新しい年が明けました。今年も皆様の上にこころ豊かな佳いことが多く訪れますように。



 私は今年で納めとする年賀状をお送りしました。長い交友の方々との絆を振り返ると少しさびしい想いもありますが、遠からずけじめを着けなくてはならない日が来ることを思えば、まだしもの老耄の程度の今が潮時と思案しました。
 夫は卒寿の年、私の代筆で賀状を卒業する旨を書き添えてお送りしました。

 せめて続けられる限りは、パソコンの上でのお年賀は継続したいものと考えています。
 これからもよろしくお願いします。