雀の手箱

折々の記録と墨彩画

10月の小さな旅

2019年10月26日 | 雀の足跡
 秋の気配が漂い始めて体調が少しよくなると、膝の痛みも軽くなってきました。
 国見からの帰途に立ち寄った豊後高田の昭和の町では、懐かしい日々を思い出す品々が、過ぎ去った年月を刻んでひっそりと並んでいました。
 最後の遠出かと、車の縁があると昔よく出かけた思い出の地を巡っています。20年近くが経過していると、かつての思い出の渡船場は跡形もなく、角島には長い橋が架かっていて、潮流が明瞭に色を異にする不思議も今は鮮明ではなくなり、棚田の風景を飽かず眺めた岬の先には、長いお稲荷さんの鳥居の列が出現していたりです。
 好天に恵まれ、以前は自分で車を運転して訪れていた西長門への旅を、今回は甥が案内してくれました。今はさすがに疲れが溜まっていますので、ランダムに写真での展示とします。








  






 














即位礼正殿の儀

2019年10月23日 | できごと
 10月22日、雨の中、粛々と進行する宮中松の間での正殿の儀を、テレビの前で釘付けになっていました。平安絵巻の動画を見る思いでした。テレビのありがたさを改めて実感し、目の当たりにできる幸せを想いました。
 黄櫨染御袍に、立纓御冠を召された天皇の高御座のお姿、御五衣に御唐衣の御帳台の皇后さまは皇后のみの白が基調のお召し物でした。
。紫の十二単に檜扇を持たれた女性皇族方、正装の侍従や女官は緊張した面持ちでのご奉仕で、それぞれに雛飾りの人形のような美しさでした。
 降りしきる雨のために、正殿前の中庭は幡旗だけの装飾で、正装の武官,文官その他を見ることができなかったのが少し残念でした。大量の報道がありますのでこの記事は、近頃は一日の大半を探しものに費やす自分の記録のためのものです。




  










国東の聖地

2019年10月16日 | できごと


 先日、縁あって国東半島の西先端に近い、岐部公園まで行ってきました。ここはキリスト教徒にとっての聖地の一つです。六郷満山の仏教文化で知られる国東の地に、江戸初期、特異な光を放った宣教師、ペトロ岐部カスイの故郷で、今も遥かローマに向かって船越安武氏制作の像がたつていました。公園の一角には小さな教会も建っています。
 ペトロ岐部カスイの波乱の生涯は、長崎の神学校卒業の後、禁教令により追放されてマカオにわたり、マカオからローマを目指し、ペルシャ、エルサレムを経て1620年ついにローマに到着、その年のうちに司祭となりましたが、故国日本の切支丹迫害の報に心を痛めアメリカまわりで10年をかけて帰国、潜伏して布教していました。1639年、仙台藩で捕えられ、52歳の若さで江戸の地で殉教を遂げています。
 公園に隣接する国見ふるさと展示館(国指定登録有形文化財)の資料による。
 この展示館は、明治初期建造の荘や屋敷を保存利用したもので、ペトロ岐部カスイ関係の資料や祭祀の道具のほか、当時の農機具や生活用具も展示されていました。













秋の彩り

2019年10月04日 | 日々好日

台風17号の騒動がやっと片付いたとおもっていると、続いて18号の襲来で案じていましたが、幸い事なく通り過ぎてくれました。
 白に始まった彼岸花の競演も今は黄色の変種が咲き始めています。一時は困るほどだった水引草はまばらになって、探すほどです。一方選定を怠った瑠璃茉莉が伸び放題の枝先でまだ咲き続いて、穏やかな水浅黄が目を愉しませてくれています。
 柿は日増しに色づいてきました。今年はほどほどの着果で粒も大きいようです。
 新聞を取りに出て、懐かしい香りに見上げると、早くも金木犀の訪れで、ちらほらと花をつけ始めていました。この様子だと今年はいろはもみじの紅葉も早いかもしれません。