雀の手箱

折々の記録と墨彩画

HAPPY BIRTHDAY

2018年11月28日 | できごと


 今日は誕生日でした。振り返れば、気の遠くなるほどの馬齢を重ね89歳。来年は90歳の卒寿と相成ります。亡き両親の齢をはるかに超えてしまいました。
 昨日は、リハビリ専科のデイサービス「和みの丘」に午後訪問すると、間もなく、スタッフの方たちが並んで、ハッピー、バースデイ ツーユーと手拍子と共に歌いだされ、一緒になって私も手拍子に加わっていましたら、施設長さんがフラワーバスケットを奉げて、私の席に来られました。一日早いお誕生祝ですがと、愛らしい花籠をプレゼントされました。突然のサプライズに驚くやら、感激するやら、お礼もそこそこに祝福に頬が緩みっぱなしでした。
 いくつになっても、花のプレゼントは嬉しいものです。この2,3年は夫からの贈り物も無くなっていましたので、久しぶりの花籠でした。
 正直、この歳になると、自分ではそれほど”めでたい”とも思えない誕生日ですが、他の方に祝いをのべられると、そんなものかといい気分になってしまいます。これ以上人の援けを借りなくて済むように心がけなくてはと、気を引き締めたことです。

 今年は庭の紅葉が今が盛りで、私の好みのグラデーションを見せてくれています。我が家の庭は秋が一番美しい変化のある姿をみせて、絵心をそそりますが、なんとなく筆が滞っています。描くには描いているのですが・・・・
 そのうちにお目にかけることもできるでしょう。

 久しぶりの絵の仲間たちに誘われた賑やかな昼食の後、初めて一人で迎えた誕生日の夜の食卓を、それらしく整え、取って置きの「久保田」で「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」と牧水を気取ったことです。






秋の深まり

2018年11月18日 | すずめの百踊り
 リハビリに通う道筋の銀杏並木も、日を追って黄金の葉も疎らになって枝が目立つようになりました。
 とることが出来なくなった我が家の柿は、小鳥たちがあらかた啄んでくれましたが、初めて知った発見がありました。小鳥はかなりの美食家です。しかも、他の鳥が一口でも嘴を入れた食べ残しは見向きもしないということです。
 亡き妹が好んだツワブキも黄色の鮮やかな花が、少し反り身になって芯に茶色が雑じるようになってきました。

 右手が上がり難くなり、なんとなく気分がすぐれず、絵筆を執るのも億劫で、描いたものも気に入らず反故にすることが多くなっています。
 一人暮らしで、緊張感が欠如しがちな暮らしの所為かと思うのですが、注射に出掛けた整形外科の先生は「お齢ですから」こうした状況は注射とリハビリで宥めながらゆくしかないという判断でした。「もう少し若ければ手術をお勧めしますが」とも言われました。
 現状維持で、辛抱するほかはなさそうです。90年近く使っていれば、もはや耐久年数も切れていることだし、こんなものでしょう。
 ともあれ、近作を少しばかりお届けして生存証明とします。













お十夜法要

2018年11月12日 | 雀の足跡


 昨日は亡き夫の初十夜法要に菩提寺まで出かけました。
 最近テレビで時々見る「チコちゃんに叱られる」に触発されて、ボーッと生きてるんじゃないと、パソコンを頼りに、そもそもお十夜とは何を意味する法要かを検索してみました。
 お寺から季節ごとに送られてくる「大願寺だより」で、かつては十日十夜営まれた念仏会であること。無量寿経という浄土宗で特別大事な経典の中の教えに基づくものだということぐらいしか知りませんでした。
 世界大百科辞典「十夜」によると、十夜とは無量寿経 巻下の「此において善を修すること、十の夜すれば、他方の諸仏の国土において善をなすこと千歳するに勝れたり」というのによると記されていました。平安朝以来の法要は、今も京都 真如堂(天台宗)では11月5日から15日まで十夜念仏が修されているとも他に記事に在りました。

 お供え物で華やかに荘厳された本堂は椅子席もいっぱいで、床に座っている方もありました。読経に始まり、塔婆の戒名が読み上げられ供養の和讃があげられるのを聞いて、一日に短縮されていても、私には夜までのお勤めは無理なので、早々に辞去しました。夕刻にはまだ間があり、陽射しも暖かだったので、寺の前を100mほど直進した海岸に出て、穏やかに凪いだ海風に吹かれながら、日が落ちるまでよく遊んだものだと、生前お寺詣りの都度話していた遠賀川が海につながる河口を少しだけ散策して「この功徳をもって浄土への摂取不捨」を願いながら帰路を辿りました。

 関心がおありの方はリンクでどうぞ。




声明

2018年11月07日 | 雀の足跡


 声明(しょうみょう)は、一般的にはあまり知られてはいないと思うのですが、僧侶が合唱する宗教音楽です。
 2011年に、このブログでも記していますが、東長寺での薪能で、梅若玄祥師の「空海」を拝見した折に初めて聴いて興味をおぼえていました。
 縁あって今回は福岡シンホニーホールでの公演に出かけることができました。久しぶりの娘の帰省中の介助もあり、以前感動した経験があるという娘と一緒に出掛けました。ホークス優勝のセールの余韻もあってか博多の人出は平日にも関わらず大変なもので疲れました。

 真言宗の青年僧を中心に結成されていて、東長寺ご住職をはじめ鎮国寺や法蔵院といった高名なお寺の役僧の方も参加されていました。今回の声明はドイツ・クラシックオルガンの奏者として知られる 池田 泉さんとのコラボです。
 一部は二十数名の僧侶の合唱で、庭讃 散華 對揚 唱礼 理趣経 称名礼と進行し、休憩を挟んだ二部ではオルガン独奏と、コラボでの不動梵語 大般若転読 般若心経・不動真言 四智漢語と締め括られました。
 読経で培われたよく通る声での大音響の中、経文は解らないものの、荘厳な雰囲気で心なしか不思議な静けさと安らぎを覚えていました。