雀の手箱

折々の記録と墨彩画

秋の彩り

2019年11月06日 | すずめの百踊り

 久しぶりの作品です。台風17号、19号と、振り回された後始末もどうにか目途が立ち、少し落ち着いた時間ができました。
 朝夕の冷え込みに、空調を必要とするような日々ですが、日中は秋晴れのさわやかな陽射しで、家事もいくらか捗ります。
 柿は鳥たちの御馳走に少しずつ消えていきますが、それでもまだ40個くらいは形を留めています。

 沖縄の首里城で、正殿はじめ多くの遺産が灰燼に帰したのは10月31日の夜明け前でした。30年余の歳月をかけてやっと復元に一区切りがついたばかりなのに本当に残念です。夫と訪れた日、日本の城郭建築とは全く趣を異にする赤い独特の、琉球文化のシンボルとしての佇まいだったのを懐かしんで貧者の一灯を投じました。一日も早い復元の日が訪れますよう願ってやみません。











秋も本番

2019年09月20日 | すずめの百踊り
 秋場所の相撲は横綱不在、大関陣不振の中で、怪我で休場していた貴景勝が10勝を勝ち取り、関脇から大関復帰となりました。
 そして、いよいよラグビー・ワールドカップ日本大会も今晩開幕です。スポーツの秋に負けじと、筆を執っていますが、相撲や、ラグビーに気を取られて、今一つ気持ちが盛り上がりません。中秋の美しい月をめでたころから、気温も急に下がり始め、お彼岸に入って肌寒さを覚えるくらいです。そうしたなかでのあまり変わり映えのしない作品です。












遅れた入梅

2019年06月27日 | すずめの百踊り
 やっと梅雨入りの報せです。北九州市に隣接する行橋市などでは給水制限が行われる状況で、例年より21日も遅れた入梅です。市内の貯水池も随分水位が下がってひび割れが目立っていました。1951年に記録を取り始めて以来一番遅い記録だそうです
 海外暮らしをして以来、この日本らしい湿潤を嫌いではなくなりました。一種の哀愁を含んだ幻想的な魅惑すら感じてしまいます。ただ最近のような険しい様相で災害をもたらすほどの豪雨は別物ですが。

 今週で水無月も終わり、今年も折り返すことになります。「禊ぞ夏のしるしなりける」と災厄をはらう茅の輪をくぐる「夏越しの祓い」ももうすぐです。
   
 








蛍袋

2019年05月19日 | すずめの百踊り



 気候不順のせいでしょうか、庭の梅は例年の半分くらいの小さなままで毎日バケツに半分くらい実を落しますし、蛍が飛び始めたというニュースに先がけてホタルブクロはもう今が盛りです。気温もまだ五月というのに、30度を超える日が珍しくもなくて、植物のセンサーも早回りしてるようです。朝夕と昼間の温度差が老いの身に応えます。
 
 
蛍袋は愁ひの花か上向かず    鈴木真砂女

  傘ひとつ蛍袋にかがみをり     中村汀女 

花の袋の中に蛍の灯りをともす幻想も。 今宵は満月です。







庭の早春

2019年02月24日 | すずめの百踊り



 花の兄と呼ばれるだけあって、1月中旬から咲き始めていた南高梅に続いて紅梅、そして今は白加賀が花盛りを迎え、二ケ月にわたる遅速のある三本の梅を堪能しています。惜しむらくは、すでに八十年を超す老木で、年々花数が少なくなってきたような気がしています。ただ今年は例外で、一番古i
豊後梅が最後の気力をふりしぼるかのように花の着きが著しいので案じています。
 蕗の薹は楽しみながら写してみました。天ぷらから、蕗味噌へと早春を味わい尽くした遊びの足跡です。最後のコチョウランは、一周忌法要の折に頂いたものですが、まだ蕾を持っていて、健康寿命の長さをありがたいものに思って写しました。

















今日の習作

2019年01月19日 | すずめの百踊り
 しばらく休んでいた道具を出し、冬の景物を写して一日をゆったりと過ごしました。
 1周忌法要を終え、やっと気持ちの上の重しが取れたような安堵感はどこから来るのでしょう。すっきり片付けてくれた座敷に座り、線香を焚き、今は蕾もすべて開いてしまった百合の香につつまれて合掌するひと時が落ち着きをもたらします。
 白菜と蕪、そして好きな画題の芙蓉の実がはじけてきたので、楽しみです。以前画友たちと互いに競作を愉しんだ日を思い出し、調べてみると「芙蓉のかたち」は、もう7年も前のことでした。






小春日和

2018年12月19日 | すずめの百踊り
 寒さの緩んだ好天の一日、小春日和というには少し冬の季が進んでいますが、体に感じるのはまさしく冬の「小春日和」。庭に出てうず高く積った紅葉の枯葉を踏んで折り取ってきた椿を写していました。
 やはり藪椿が一番好きな画題です。
 様々な姿態を愉しんで、手法も各様に、師走というのに、何とも片づけに向かわないことを内心責めながらの絵遊びです。














秋の深まり

2018年11月18日 | すずめの百踊り
 リハビリに通う道筋の銀杏並木も、日を追って黄金の葉も疎らになって枝が目立つようになりました。
 とることが出来なくなった我が家の柿は、小鳥たちがあらかた啄んでくれましたが、初めて知った発見がありました。小鳥はかなりの美食家です。しかも、他の鳥が一口でも嘴を入れた食べ残しは見向きもしないということです。
 亡き妹が好んだツワブキも黄色の鮮やかな花が、少し反り身になって芯に茶色が雑じるようになってきました。

 右手が上がり難くなり、なんとなく気分がすぐれず、絵筆を執るのも億劫で、描いたものも気に入らず反故にすることが多くなっています。
 一人暮らしで、緊張感が欠如しがちな暮らしの所為かと思うのですが、注射に出掛けた整形外科の先生は「お齢ですから」こうした状況は注射とリハビリで宥めながらゆくしかないという判断でした。「もう少し若ければ手術をお勧めしますが」とも言われました。
 現状維持で、辛抱するほかはなさそうです。90年近く使っていれば、もはや耐久年数も切れていることだし、こんなものでしょう。
 ともあれ、近作を少しばかりお届けして生存証明とします。













後の月のころ

2018年10月26日 | すずめの百踊り
 今年は片見月にならずに済みました。先月の中秋の名月は、ちらと深夜に垣間見たお月様でしたが、後の月、十三夜は琳派の月を思わせる黄金色の大きな顔を宵のうちから拝むことができ、25日の満月も晴れ渡る空にかかる見事なお月様でした。

 家居のつれづれに身辺のものを片端から写して遊んでいます。片づけねばならない事柄は限りなくあるというのに、手を付けられずに溜息ばかりついています。


 








今回は横書きのものだけをUPしました。

  うしろ姿は勝気な角度十三夜    楸邨

  旅心いづこに仰ぐ後の月     汀子

  一滴の目薬に澄む後の月     蓬風 

秋を写す

2018年10月18日 | すずめの百踊り
   











 懸念していたとおり、週に2回の博多通いはやはり無理だったようようで、情けないことになかなか疲れが取れません。このところの急激な温度差に体がついてゆけなくて、厚着をしてしのいでいます。起床時は13度、昼間は25度の差は、正直堪えます。

 家に篭っていると、本を読むのに倦むと絵筆に逃避することが多くなり、冴えない作品?が多くなるみたいです。通称(平太郎)で、お酒のつまみに好んでいたオキヒイラギの干物は、最近まったく見かけなくなりましたが、どこへ行ってしまったのでしょう。想い出のおつまみです。



 
 お口直しの1枚は遠賀川河川敷のコスモスです。秋櫻とはよく名づけたもので、今日は近くの金山川でもコスモスまつりで、賑わうことでしょう。