雀の手箱

折々の記録と墨彩画

怪我

2012年09月30日 | できごと

 一昨日のことです。脂ののった秋刀魚を焼いたので、庭で収穫してきたカボスを切っていました。

 手元が狂って左の人差し指を深く切ってしまいました。魚を捌くときには時々やったものですが、まさかカボスでと、自分でも信じられなくて、しばし呆然です。

 大げさに吹き出す血をしっかり押さえて、慌てる夫に指図して手当てをしました。大根おろしはぎこちない動作の彼の仕事になりました。

 お風呂はパスして早々にやすみました。今朝2日を経過しているので、血糊で固まった包帯を恐る恐る鋏で切り裂いてみると傷は切れ目は少し開いたままで塞がっています。昨夜は外科で縫合している夢を見ました。

 一番下の貼り付いているガーゼをめくって薬をつけかえましたが、もう大丈夫のようです。今回は食洗機に感謝したことです。

 今夜は中秋の名月ですが、このところひっきりなしに訪れる台風が列島を窺っていますので、無月の地方が多いことでしょう。九州は駆け足通過で、台風一過の秋天に名月を期待しています。

 

先日描いた尾花の続きの1枚です。 

秋色のゴーヤ。


絵筆はいつまで

2012年09月28日 | すずめの百踊り

 手指の変形が進んでいるので、絵もいつまで描けるでしょうか。ただ、方法はいろいろあるようです。もっと不自由な方でも、いい仕事をしておいでがたくさんいらっしゃいますから。

 今日の例会の折、指導してくださす方から、これで描いてみたらとクレパスをいただきました。早速の挑戦で、楽しみました。少し物足りない思いがしますが、私には合っている画材のようです。初挑戦の中からの3枚です。

 香月美術館でも、クレヨンで輪郭線を引き面を絵具でつぶしたスペインはマラガの港町風景の小品が数点ありました。長い休暇でアンダルシアを回る拠点にした懐かしい場所でしたから足が止まりました。工夫すれば道も開けることでしょう。

 

 


休息のための小旅行

2012年09月24日 | 雀の足跡

 少し間が空いていた帰省で娘がやってきて、例のごとくてきぱきと掃除や片付けを捌いてくれました。といっても捨てる作業が中心ですが。

 台風の騒動や、奈良からの妹夫婦を迎えての兄弟の会合など慌ただしい日が過ぎたので、遅い夏休みということにして、予報では久しぶりに、晴天が続くというので急な思い立ちで、お隣の山口県は湯本温泉へ行ってきました。

 海が好きと言っていた娘も今は、近くで山間の静かな所というので、私が選択して、大谷山荘を予約しました。和風の老舗旅館です。

 都市高速と中国自動車道を乗り継いで行けば1時間半で到着です。途中道の駅「おふく」で軽くおそばをいただいて、チェックインまでの時間を、道の駅から20分ほどの距離にある長門市三隅町の香月泰男美術館に立ち寄りです。「愛情展」と題した企画展の開催中で、シベリアシリーズのイメージとは全く別の世界は、明るく、ほのぼのとした家族の絆をやさしいまなざしで描いていました。戦地ハイラルから送られた絵入りの軍事郵便の暖かな思いと同一の世界です。

 

 

 ここでゆっくり一時間余り、彼女の好きな香月ワールドを楽しんで、駐車場に戻ると、なんとバッテリー上がりで、車が始動しません。どうやら夏バテからの劣化のようでした。JAFのお世話になって、やっと予約の時間きっちりの到着と相成りました。

  湯本温泉を代表する大谷山荘は、さすがに堂々としたゆとりの設計と配慮が行き届いていて、全員女性は和服着用で、にこやかな応対です。いつもとは違ってハイクラスの宿で、入浴にたっぷりの時間をかけ、くつろぎの時間を満足しました。

 夜のロビーでの演奏は女性ボーカルが、外国人特有の豊かな声量と澄んだ歌声で、曲目の懐かしさもあって感動ものでした。

 

大谷山荘にて

 

 スクリーン右下の四角のマークを押すと大きくなる画像もあります。パンフレットからの借用は大きくなりません。


台風16号の傷跡

2012年09月18日 | できごと

 台風16号は、予報円の端に当たっていた当地は、直撃はしなかったものの、木々を大きく揺らして古枝を吹き落として過ぎていきました。

 雨も上がっているからと、病院の予約を取り消さずに出かけた途中ではワイパーを最速に回して走るときもありました。広い地域に風雨の災害が出ていると報じられています。

 我が家でも、古木の豊後梅が上枝の葉が茂りすぎていたからでしょうか、幹の地上部の下から30センチくらいのところから、裂けるように折れてしまいました。幸い家屋には当たらずに倒れています。庭師が取り片づけてくれるまで、手がつけられず、裏庭へは大回りしなくてはなりません。例年最初に花を開く老木がひっそりと倒れているのは一抹のあはれを誘います。この程度で過ぎてくれた台風は他ではもっとひどい爪痕を残して、まだ不安定な様相が続いているようです。

 律儀に茎を伸ばした彼岸花も蕾のまま吹き折られたものもありました。きっちりと彼岸の入りに間に合わせる顔見世には人智の及ばぬ造化の妙技と感じ入ります。

 

 


尾花

2012年09月17日 | すずめの百踊り

 尾花は広い草一面に揺れるのが相応しいのですが、この画面の大きさでは無理です。そこで先人たちに倣って小さく閉じ込めて楽しみました。

選んだ漱石、蓼太の句を借りての作業はイメージが膨らみます。ただし、こちらの技量が追い付いてくれませんが。

 今日は台風16号の影響でかなりの風雨の予報出ています。「野分のまたの日」の風景が待っているのでしょうか。吹き落された枝や木の葉の片付けには、今は東京からやってきている心強い助っ人がいますので安心です。

 

 


初秋を描く

2012年09月12日 | すずめの百踊り

  洗濯物を干しに出た早朝の裏庭は、庭履きの素足が濡れるほどの朝露でした。露草も、金水引や赤い水引草も、露を含んで揺れています。

 30メートルほど下った隣家の家刀自が、8月から再入院しておられましたが亡くなられて今日はお通夜でした。享年81歳。毎日1時間の散歩を欠かさない明るい人でした。自分よりも若い方の旅立ちは落ち着けません。

 

 書き溜めた中から、初秋を描くと、自分でテーマを決めての提出作品の準備です。秋の気配が濃くなるにつれ、少し意欲も出てきました。

 今年の桔梗はこれでおしまいにします。虫の声にそそのかされて少し虫を描くお勉強も始めてみました。

 



 







仙人草の白い花

2012年09月10日 | できごと

 

 

 このところ毎日午後に決まって南国を思わせるスコールのような雨が降りすぎていきます。風を伴って、かなり激しく30分近く降ることがあります。

 体調が芳しくないので、水やりから解放されるのはありがたいのですが、一種異様で、「白露」の候にはそぐわない気象です。時雨というのとも違います。関東は水不足で節水が呼びかけられているようです。何とか水神様もうまく配分してくださるといいのですが。

 しばらくぶりに、歩いて山を下る道筋に、仙人草が鮮やかな白の世界を繰り広げていました。一つ一つの花もすっきりとしていますが、一樹を覆い尽くして蔓を延ばし、棚引く姿は格別です。この花の盛りは初秋にふさわしく、いよいよ秋到来を感じます。

 道に散る紫の葛の花びらに目を止め、見上げたのですが花房を見つけることができませんでした。代わりに、誰も取り入れしない栗は、去年のいがを茶色く残したままで今年も実をつけ、元気よく大きくなってきていました。小さな秋の発見です。

 


桔梗

2012年09月07日 | すずめの百踊り

 今年の桔梗は花数が少なく、早くに咲いてしまい、おわったかと思っていましたら、秋風の気配にまたぽつぽつと花をつけ始めました。やはり秋が合う花です。

 このところ、手指の具合がまた思わしくなくて、パソコンも絵もお休みしていました。以前描いたものや最近のものを取り混ぜて記録としました。

 

 


移ろう季節

2012年09月01日 | 日々好日

 台風15号、14号は、北九州の当地ではさしたる障りもなく通り過ぎていきました。二百十日の昨晩は十五夜の月が、雲を押し分けて明るく黄金色に輝いていました。

 風の気配も急に秋めいてきた庭で、風に吹き落された枯枝を片づけていると、金水引草や水引草が季節の到来を告げていました。

 朝顔は最後の一輪です。瑠璃茉莉ももう終わりのようです。花笠木槿はまだ咲き続けています。花の最後は哀愁を感じさせて、余情があります。

 「花の萎れたらんこそ面白けれ」は世阿弥の言で、「誠の花」を見ていますが、萎れたる風体を醜いと見ず、面白いとみるのは、日本人特有の中世以来の美意識であり、価値観でしょう。

 こうした移ろう季節の味わいは年齢を重ねるごとにしみじみと身に沁みます。