雀の手箱

折々の記録と墨彩画

唐招提寺の団扇まき

2015年05月27日 | 日々好日


 唐招提寺の団扇まきも、一度参詣してその行事をと憧れていた奈良の行事の一つです。何度か口にした覚えがあるのを妹が覚えていて、19日の団扇まきの折に購入して送ってくれたものです。、今年からは団扇まきに参加できる人の年齢制限があるそうで、妹も自分も既に資格なしなのだと笑っていました。
 お寺さんが年齢制限をするなんて少し筋が違っているのではと最初は思いましたが、考えてみると団扇を手に入れようとする群衆の中、たとえば私のような足弱で平衡感覚もあやしいのが、よたよたと迷い込んでいては危険この上ない仕儀となりますから、安全上の制限は仕方ないのかもしれませんが単純に年齢で区切るのもどうかと思ったものです。

 ともあれ、やはり鑑真和上の寺、団扇もどこか中国風です。梵字は読めませんが、団扇の裏に挟み込まれていた小さく折りたたまれた「唐招提寺宝扇由来記」から抜粋すると「中興大悲菩薩夏中禅室に座し給ふに蚊虻の群れ来たりて菩薩を刺す然るに少しも之を攘ひ給はず弟子の持つ団扇を以て之を追はんとすれば之を制止し我は菩薩六波羅蜜(ものを施す行)を行せりと仰せらる此の因縁により御入滅後毎歳御忌日に授戒の弟子法華寺の尼衆団扇を作りて宝前に供養せしにはじまる・・・・・」とあります。



団扇のサイズは一番ふくらんだところが17㎝で、全長が42㎝です。


 鑑真和上の再来ともいわれた覚盛上人の修行中の故事によるようです。デング熱を媒介する危惧もなかったのでしょうが、自分の血を与えるのも菩薩行だと弟子を制し戒めた上人の没後、弟子たちが「せめて団扇で払ってください」と霊前にお供えしたのが始まりで今日まで続いているもののようです。
上人の命日にあたる19日、国宝の鼓楼の上から数百本の団扇が撒かれるそうです。病魔退散、魔よけの団扇ですが、毎年のことで、妹はこの日奉納される舞楽が目当てだったようです。

 

もう一つ、ありがたいプレゼントが同封されていて感激しました。これはロケットの玩具ではありません。拇指が不自由な姉のために、指にはめて描ける筆を見つけたのだそうです。
 もったいなくてまだ試してみていません。そのうちに傑作ができることでしょう。
 おまけは今年が琳派四百年記念祭とあって、垂涎もののイベントガイドのパンフレット2冊が同封されていました。

記念品

2015年05月23日 | できごと

 20日は、夫が鎖骨に埋め込まれていたプレートを取り除く手術を受けました。
 二十年近く経って釘も浮いていて、痩せた体で目立っていました。骨折を繰り返すたびに,どの医師も気にされますが、「ご高齢ですから、痛みがないならこのままでいきましょう。」と言われていました。

 問題の鎖骨と同じ左肩の上腕頸部骨折がいつまでも痛み、回復せず、左手は水平まで上げるのが精いっぱいで、鎖骨のあたりも寝返りすると突っ張るみたいで時々痛むというので、私が通っている整形外科に同伴しました。
 担当の医師は、高校生のころからの知り合いで、直接肩に注射をし、痛みが軽減してきたところで、20分ぐらいで取れますし、部分麻酔で可能ですからと、プレートを取ることを提案されました。

 本人はだいぶ迷っていましたが、やっと決断しました。今まで全身麻酔といわれていて、それを嫌っていたので、部分麻酔で済むと知って除去を決めたようです。
ただ、「若い方なら日帰りですむのですが、念のため1日入院した方が、ご家族も安心でしょう」と言われ、1日入院となりました。

 部分麻酔で、手術後の痛みはどんなかと案じていましたが,、全く痛みもなく、ツッパリ感もなくなったと喜んでいます。
 記念品としてチタンのプレートと釘をいただいて帰りました。



 長年温存していたプレートです。釘も7本もありました。




見苦しいものの口直しに、今朝の庭に咲く初夏の草花をごUPします。


令法(りょうぶ)


 梅花空木


 山紫陽花


 茗荷

5月の颱風

2015年05月17日 | できごと
 早々とやってきた先日の5月の台風で、裏の軒端にかかっていた樋が風で吹き落とされました。
 見ると、樋の中には新旧交代の季節で椎の葉や楓の木の葉が溢れるほど詰まり、それが大量の雨水を含んで張り付いていて、縦樋は水をさばききれずに重みで落ちたものです。出入りの造園業者に頼んで元通りになりました。この分だと今年の台風が案じられます。

 気候は、真夏日かと思うと朝夕は肌寒く、寒がりの夫は電気あんかを必要としています。年寄りには変化への対応が難しい日々で、体調が思わしくありません。
 少し元気になっていた私も、なんとなく体がだるく、気力が落ちていて、好きな絵に向かっていても長続きがしなくて、集中できずにいます。
 必要に迫られている買い物にも出かける気にならず、有り余る蕗と韮のほかは、冷凍庫の中を探しては間に合わせで済ましていました。
 今日は久しぶりに快晴だったので、何とかしなくてはと、一人で買い出しに出かけました。
店頭には夏野菜が並び、果物にも季節が移っているのを感じました。颱風の影響か、価格は例年より高くて困ります。

 もう無理かと諦めていたのですが、思い直してゴーヤとミニトマトの苗を買ってきましたが、さて育つことやら、心許ないかぎりです。放りっぱなしの茗荷は大きく葉を茂らせていますが・・・・












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あやめ

2015年05月09日 | すずめの百踊り
 アヤメ系の花が好きです。庭でも3月中旬から射干(シャガ)に始まって、子規の歌に詠まれた一初(イチハツ)、ジャーマンアイリスと続き、黄菖蒲、花菖蒲へと咲き続きます。

 この季節には、今はもう二人とも他界した妹の連れ合いが好んで育てていた花菖蒲の見事な大輪の花を思い出します。杜若は水の管理が大変のようでした。

 射干や一初、アイリスのような葉に幅があって、厚めのものはあまり好みではありません。細くすっきりした葉が好みです。杜若も白いものより、濃紫に軍配を上げますが、なんといっても菖蒲が一番好きです。
昔から、「いずれがあやめ、かきつばた」と並び立つ美人に迷ったようですが、人それぞれの区別の仕様があるようです。花弁の基部に白い眼型が杜若で、文目(アヤメ)はその名のように網目の模様があって黄色を指していて、葉の筋がほとんど目立たないのがあやめと勝手に思っています。何しろ世界に200種といわれる品種のことですから、区別はどこまで可能やらです。

 杜若(カキツバタ)の方が菖蒲より大きいと妹の家で眺めていた時からの思い込みです。
どちらがどの呼び名でも、美しいものは美しいのですから、間違っていても花は咎めないでしょう。

 毎年画題に登場するする花ですが、能の「杜若」や「井筒」の情趣が出せたらどんなにいいかと思いながら描いています。好きな花は、思い入れが強い分、イメージが形をとることが難しくて失敗します。琳派の人たちの描く屏風絵の中の杜若や菖蒲の情趣美は憧れです。

 最近は、「目にやさしく」と紙を少し大きめのものに変えることが増えています。今日は2枚だけを選びましたが、まだ網目模様のアヤメが咲くまで続けるつもりです。












初節句

2015年05月05日 | できごと
 昨年四月に誕生の曾孫の初節句でした。元気なら上京するところですが、ささやかなお祝いを贈るだけになりました。
 返礼の内祝とは別に、娘からのいつもの詰め合わせの荷物の中にはお節句仕様のはなやかな包装の虎屋の羊羹が入っていました。



 一歳の誕生祝も兼ねていて、画像の中には若い母親の手作りらしき、バナナのいっぱい乗った丸いケーキの中央に赤い大きなろうそくが立てられていました。
 多数の写真のなかで、この日の主役が着用している衣装に驚きました。
 着物風の白い下着と,縦縞の袴風のつくりのロンパースが一続きで切り替えられていて、紋入りの黒い羽織も別に一続きのようで、肩のところで留め合わされています。
かつ袖は動きの邪魔にならぬよう紐で後ろで縛ることもできるようです。
 写真でお目にかけられないのが残念ですが、幼い児が嫌がらないよう、このような手の込んだワンピースが工夫され、市販されている時代なのですね。

 戦中派のおおじじと、おおばばの二人はただ目じりを下げて、文句なしに可愛いと元気をもらっていますが、すべてが欠乏していた時代を生きてきた身には、この豊かさにどこか今昔の感を抱いてしまいます。
 ともあれ、愛らしい写真を、見飽きることなく繰り返し眺めて、遠出をしないゴールデンウイークのつれづれの格好の慰めとしています。