久々の更新はハンク・モブレーの後期の代表作「ザ・ターンアラウンド」をご紹介します。モブレーと言えば、以前に「ポッピン」で取り上げたように、50年代はリー・モーガンやホレス・シルヴァーらと並ぶブルーノートの看板アーティストとして活躍。ハードバップの王道を行くテナー奏者として多くの名演を残しました。次に注目を浴びたのが“Recado Bossa Nova”で有名な1965年の「ディッピン」で、ボサノバやジャズ・ロックなど当時の流行を取り入れたサウンドで商業的成功を収めました。その後の「ア・キャディ・フォー・ダディ」「ハイ・ヴォルテージ」「ザ・フリップ」等も同じ路線ですね。ただ、個人的には60年代後半以降のモブレーは売れ線狙いのベタなサウンドが前面に出てあまり評価していません(と言うよりもこの時期のブルーノートはモブレーに限らず全体的にハズレが多い)。
本作「ザ・ターンアラウンド」は、1963年3月のセッション4曲と1965年2月のセッション6曲の計10曲を収録したもので、「ディッピン」でコマーシャル路線を歩む前のいわば過渡期のモブレーをとらえた作品です。タイトルトラックである“The Turnaround”は典型的なジャズロックで、「ディッピン」以降を予感させるような曲ですが、それ以外の曲はモード~新主流派風のストイックな曲が多く、モブレーの全カタログの中でも異彩を放っている作品とも言えます。実は60年代前半のモブレーは録音が極端に少なく、彼のキャリアの中では停滞期だったと言われています。どうもモブレーなりにハードバップからモードジャズ路線への転換を図っていたようなのですが、なかなかうまく行かなかったというのが実情のようですね。ただ、そんな模索の中で生み出された本作は一聴の価値があるものです。
まず、63年のセッションですが、メンバーはドナルド・バード(トランペット)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、ブッチ・ウォーレン(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラム)という布陣。モブレーなりにモードジャズを見事に解釈した“East Of The Village”が会心の出来です。続く“The Good Life”は本作中唯一の歌モノで、トニー・ベネットがヒットさせたバラードをしっとり演奏します。あとの2曲はボーナストラックですが、サイ・オリヴァー作曲の“Yes Indeed”がノリノリのダンサブルな曲調で悪くないです。
続く65年のセッションは、フレディ・ハバード(トランペット)、バリー・ハリス(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、ビリー・ヒギンズ(ドラム)というラインナップ。前述のジャズ・ロック“The Turnaround”を除けば、“Straight Ahead”“Pat 'N' Chat”と硬派の演奏が並びます。唯一のバラード“My Sin”も55年の「ハンク・モブレー・カルテット」の曲を再演したものですが、10年前に比べてモーダルでどことなくスピリチュアルな雰囲気です。他の2曲はCDのみのボーナストラックですが、ワルツ風の伴奏に乗ってモブレーとハバードがファンキーなソロを繰り広げる“Hank's Waltz”が素晴らしい出来で、なぜオリジナルのLPに収録されなかたのか不思議です。一般的な知名度では同年に発表された「ディッピン」にはるかに劣る本作ですが、アルバムの内容としてはこちらの方が上ですね。もっとも私としては、50年代のハードバップ期こそモブレーの黄金期だと思いますが。
本日は通好みのピアニスト、ホレス・パーランの「ヘディン・サウス」をご紹介します。決してビッグネームとは言い難いですが、主に60年代前半にブルーノートを中心にリーダー作、サイドマンでの出演を含めて印象的な演奏を多く残しています。実はこのパーラン、少年時代にポリオという難病にかかり、右手の指が2本動かなくなったとか。普通ならそんな障害があればピアノは弾けないと思うのですが、彼はそのハンデを乗り越え、左手を駆使した独自の奏法を生み出しました。もちろん同時代のウィントン・ケリーやレッド・ガーランドのような華麗なテクニックは望むべくもありませんが、独特のテンポで繰り出されるアドリブといかにも黒人らしいソウルフルなフィーリングが彼の持ち味です。
本作「ヘディン・サウス」は1960年12月の録音。パーランの代表作である人気盤「アス・スリー」のほぼ半年後の作品です。メンバーは「アス・スリー」と同じくジョージ・タッカー(ベース)、アル・ヘアウッド(ドラム)からなるトリオ。さらに8曲中5曲にレイ・バレトのコンガが加わる変則カルテットです。曲はメンバーのオリジナルが3曲、残りはスタンダードという構成で、やはりオリジナルがお薦めですね。まずはオープニングを飾るパーラン自作の“Headin' South”。タッカーのベースが奏でる印象的なリフをバックに、パーランがファンキーなソロを繰り広げるなかなかの名曲です。4曲目の“Low Down”もパーラン作で、これは糸を引くような粘っこ~いブルース。黒人ジャズならではのディープな世界ですね。続くレイ・バレト作“Congalegre”はタイトルが示すようにコンガが大活躍するファンキーチューン。この曲は何でも80年代にロンドンのクラブシーンで大流行したそうな。それもなるほどと思わせるキャッチーなメロディと抜群のグルーブ感です。他は4曲がいわゆる歌モノスタンダードで、アーヴィング・バーリンの“The Song Is Ended”や“My Mother's Eyes”(他ではソニー・スティットも演奏していたぐらい?)等あまり知られてない曲を取り上げています。ベースのアルコ弾きがおどろおどろしい“Summertime”や、唯一のバラード演奏“Prelude To A Kiss”はその独特のゴツゴツした語り口が人によって好みが分かれるかもしれません。残りの1曲は同じピアニストであるアーマッド・ジャマルの“Jim Loves Sue”という作品で、これはミディアムテンポの快適なナンバーで、パーランも軽快にスイングしています。パーランと言えば「アス・スリー」ばかりが有名ですが、本作やスタンリー&トミーのタレンタイン兄弟も加わった「オン・ザ・スパー・オヴ・ザ・モーメント」はなかなかの好盤ですので、興味のある方は是非。
久々の更新はビル・エヴァンスです。本ブログでエヴァンスを取り上げるのは通算5回目ですが、どちらかと言うと全盛期と目される60年代のリヴァーサイド時代やヴァーヴ時代ではなく、70年代以降の作品を取り上げてきました。今日ご紹介するのもエヴァンスが1971年にコロンビア・レコードに移籍して第1弾とした発表された作品です。ジャズ専門レーベルのリヴァーサイドやヴァーヴとは違い、コロンビアはクラシックからロック、ポップスまでをカバーする大手のレコード会社ですので、エヴァンスも気合いが入ったのでしょうか?タイトルもずばり「ザ・ビル・エヴァンス・アルバム」ですし、“Waltz For Debby”をはじめ自身の代表曲を再演したりしています。また、ヴァーヴ時代と違い、電子ピアノのフェンダーローズを弾いて、これまでとは違ったアプローチを見せたりしています。(電子楽器の導入自体は前年の「フロム・レフト・トゥ・ライト」が最初ですが・・・)
曲は全7曲。エヴァンスの作品にしては珍しくスタンダード曲が1曲もなく、全てが彼のオリジナルです。うち3曲が過去の代表曲の再演です。1曲目“Funkallero”はズート・シムズとの「ルース・ブルース」や「スタン・ゲッツ&ビル・エヴァンス」で演奏された曲。どちらもテナー奏者との共演でしたが、ここでのエヴァンスは前半はフェンダーローズ、後半はアコースティックで情熱的に演奏します。4曲目“Waltz For Debby”は言わずとしれた彼の代表曲、6曲目“Re:Person I Knew”は「ムーンビームス」の冒頭を飾っていた名曲です。どちらもオリジナルを凌駕しているとは言い難いですが、エレクトリック/アコースティック両方を駆使してお馴染みの曲に新たな解釈を加えています。
ただ、本作の聴き所は何と言ってもこのアルバムのために書き下ろされた新曲4曲。うち“T.T.T.”だけは十二音技法と言う現代音楽の概念で作られた難解な曲ですが、それ以外の3曲はどれもエヴァンスのリリシズムが発揮された名曲ばかりです。2曲目“The Two Lonely People”は新たなスタンダードと言ってよい名曲で、これぞエヴァンス節とでも言うべき抒情的な旋律です。この曲だけはフェンダーローズは弾かず、アコースティックオンリーです。続く“Sugar Plum”は一転して明るくポジティブな雰囲気に包まれたナンバーで、エヴァンスはアコースティック/エレクトリックを使い分けて、幸福感に満ち溢れた世界を作り上げていきます。ラストトラックの“Comrade Conrad”はコンラッドという亡くなった友人のために書かれた曲で、哀調を帯びたメロディながらテンポは速めに設定されており、アコースティックとフェンダーローズの両方で情熱的なソロを繰り広げていきます。エヴァンスのトリオ作品はどれもベースが活躍するのが特徴ですが、本作でも1966年の「ア・シンプル・マター・オヴ・コンヴィクション」以来タグを組むエディ・ゴメスがソロにバックにと全編にわたって骨太なプレイを聴かせてくれます。なお、ドラムはマーティ・モレルで、70年代前半はこのエヴァンス~ゴメス~モレルの3人が固定メンバーです。全般的に70年代前半から中盤にかけてのエヴァンスの活動は低調でしたので、その中では代表作と言って良い出来だと思います。

個人的には甘ったるいウィズ・ストリングスよりもカルテットの方がよりジャズっぽくて好きですね。以下、カルテットの演奏を中心に紹介します。まず、1曲目は後にチェットの伝記映画のタイトルにもなった“Let's Get Lost”で始まります。ジミー・マクヒュー作のこの曲、なぜか他のジャズメンによる演奏は聴いたことなく、まるでチェットのテーマソングみたいになってますね。とても魅力的なメロディを持つミディアムチューンで、チェットの独特のつぶやくようなヴォーカルに、途中で挟まれるチェットとラス・フリーマンのソロも良いアクセントになっています。“Long Ago And Far Away”はアート・ペッパーが十八番にしていたジェローム・カーン作のスタンダードですが、本作のバージョンも素晴らしい。ここでは冒頭から1分半にわたる素晴らしいトランペット・ソロが聴けます。“Just Friends”も間に挟まれるチェットとフリーマンのソロが見事ですし、チェットの力強いトランペットで始まる“Daybreak”も良いですね。ラストを締めくくる“I Remember You”もカルテットによるスインギーな演奏です。
一方、ストリングス付きの4曲は甘ったるいバラード揃い。当時のチェットは端正なマスクからアイドル的な人気も得ていましたから、女性ファンを意識してこういう演奏も入れたのでしょうね。個人的にはあまりこの類の演奏は好んで聴かないのですが、切ないバラード“This Is Always”や“I Wish I Knew”はムードたっぷりで悪くはないです。ただ、“Grey December”なんかはさすがに辛気臭いかな。総合的に見れば、チェット特有の中性的なヴォーカルと颯爽としたトランペット・ソロがちょうどいい配分で楽しめるなかなか魅力的な作品だと思います。