ニューヨークにヴィレッジ・ヴァンガードというジャズクラブがあります。モダンジャズの全盛期、ニューヨークには他にもバードランド、カフェ・ボヘミア、ファイヴ・スポット等のクラブがありましたが、それらが時代とともに閉店していったのに対し、このヴィレッジ・ヴァンガードだけは現在でも営業を続けている希有なクラブです。かく言う私も1999年にニューヨークを旅行した際に、このクラブを訪れました。ビル・エヴァンス、ソニー・ロリンズ、コルトレーンらジャズの巨人達が名演を残した伝説の場所に足を踏み入れることに興奮していた私ですが、実際に入店してみるとまずは店の狭さにびっくり。地下室のような場所に小さなテーブルと椅子がぎっしり並べられていて、一緒に行った友人達と3人で身を寄せ合うようにして聴いたのを覚えています。その分ステージが近くて臨場感あふれるのは良いのですが、たまたまその夜に出演していたのが名前も聞いたことないディキシーランド系ジャズバンドで、僕の趣味とも合わず、やや落胆して帰った記憶があります。いきなり話が脱線しましたが、今日ご紹介するのはビル・エヴァンスが1967年8月に同クラブで行ったライヴの模様を記録したものです。エヴァンスとヴィレッジ・ヴァンガードと言えば、何と言っても1961年の「ワルツ・フォー・デビー」「サンデー・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード」の2枚がジャズ史上に残る名盤として有名ですが、本作もなかなかのクオリティですよ。メンバーはベースがエディ・ゴメス、ドラムがフィリー・ジョー・ジョーンズです。
収録曲は全15曲。うちスタンダード曲の“Polka Dots And Moonbeams”“Stella By Starlight”“On Green Dolphin Street”“Wrap Your Troubles In Drams”等半分以上の曲はそれ以前のスタジオ録音やライブ音源等で演奏済みです。もちろんそれらの曲も演奏そのものはとても水準の高いものですが、やはりこのアルバムならではの収録曲に注目したいところです。まずはアルバムタイトルにもなっている“California Here I Come”。もともとはアル・ジョルソンという1920年代の人気歌手の曲らしいですが、オリジナルをYouTubeで聞いたところ他愛もないポップソングです。それがエヴァンスの手にかかると、まるで魔法のようにリリカルなメロディの名曲に変貌するんですよね。アンドレ・プレヴィンが作曲してシナトラも歌った“You're Gonna Hear From Me”も原曲のメロディを残しつつも、まさにエヴァンス節としか言いようがないロマンチックな演奏に仕上がっています。他では有名スタンダードの“Gone With The Wind”、バート・バカラックのポップ曲“Alfie”、ジョニー・マンデル作の静謐なバラード“Emily”も上々の仕上がりです。また、エヴァンスは作曲者としても大変優れており、本作でも“Turn Out The Stars”“G Waltz”“Very Early”と3曲の自作曲を取り上げていますが、どれもエヴァンスならではの叙情性をたたえた美しい曲ばかりです。ゴメス&フィリー・ジョーのサポート陣もバラードでは寄り添うように、アップテンポの曲では迫力あるベースとドラミングでガンガンとエヴァンスのピアノを盛り立てます。全部で1時間を超える長尺のアルバムですが、曲良し演奏良しの大名盤と言ってよいでしょう。
本日は通称MJQことモダン・ジャズ・カルテットの作品をご紹介します。MJQについては4年前にも「淋しい女」を取り上げましたが、ミルト・ジャクソン(ヴァイブ)、ジョン・ルイス(ピアノ)、パーシー・ヒース(ベース)、コニー・ケイ(ドラム)の4人からなるジャズ界きっての長命グループですね。特徴はジョン・ルイスの作曲する室内楽的サウンドで、代表作である「たそがれのヴェニス」「コンコルド」などヨーロッパにちなんだ曲が多いことでも知られています。そんな中で1963年発表の本作「シェリフ」はやや異色というか、ヴィラ=ロボスのブラジル風バッハの中の「カンティレーナ」をカバーした“Bachianas Brasileiras”を除けば、いつものクラシック風&ヨーロッパ趣味のサウンドは影をひそめ、わりとシンプルで親しみやすい曲が多いです。個人的にはMJQの音楽は高尚過ぎるきらいがあるので、「淋しい女」やこの「シェリフ」のような作品の方が好きですね。
1曲目“The Sheriff”はアルバムのタイトル曲で、ホレス・シルヴァーの“Sister Sadie”を思わせるようなイントロから始まるファンキーな曲。作曲はジョン・ルイスですが、演奏面では何と言ってもミルト・ジャクソンの縦横無尽のマレット捌きが圧巻です。ミルトは続く“In A Crowd”でも絶好調で、ルイスの軽快なソロが終わった後はまさに彼の独り舞台です。唯一クラシック風の“Bachianas Brasileiras”を挟んで、4曲目の“Mean To Me”は歌モノスタンダード。前半部分はややゆったりしたテンポですが、中盤以降はアップテンポに切り替わり、ここでもミルトがファンキーなアドリブでぐいぐい引っ張ります。5曲目の“Natural Affection”は一転してボサノヴァ調の美しいバラード。作曲はジョン・ルイスで、同年に彼がリーダーとなって結成したオーケストラUSAの「デビュー」というアルバムでも演奏されていました。6曲目“Donnie's Theme”は個人的にはイマイチ。ラストを飾る“Carnival”は映画「黒いオルフェ」のテーマで多くのジャズメンにカバーされていますが、哀調を帯びたボサノバ風の旋律がMJQの演奏と見事にマッチしています。以上、ファンキーありボサノヴァ風ありクラシック風ありとバラエティ豊かな選曲でMJQの中では気軽に楽しめる作品ではないでしょうか?
本作「ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー」はそんなロリンズが1965年にニューヨークの近代美術館で行ったライブの模様を記録したもので、録音当時は発売されず、1978年にインパルスからリリースされた作品です。前述したようにこの頃のロリンズは前衛とまではいかないまでも、ややトンがった演奏をしていた頃ですが、その中で本作は比較的聴きやすい。理由は選曲が“On Green Dolphin Street”“Three Little Words”“There Will Never Be Another You”と有名スタンダード中心ということ、そしてもう一つ重要なのがトミー・フラナガンのピアノの存在でしょう。両者の共演は1956年の名盤「サキソフォン・コロッサス」以来ですが、フラナガンのピアノは当時と変わらずあくまで正統派で、ともすれば他のメンバーが激しくなりがちなのを良い意味で抑えています。バックに回った時の的確なサポートもさることながら、メロディアス&スインギーなソロが何と言っても素晴らしいですね。この頃のロリンズはどちらかと言うとピアノレスの作品が多かったりするのですが、本作の魅力はフラナガンのピアノがあってこそという気がします。ちなみに他のメンバーはと言うと、ベースがボブ・クランショー、ドラムがビリー・ヒギンズとミッキー・ローカーのツインドラムです。このツインドラム編成は良く言えばアグレッシヴですが、悪く言えばややうるさいですね。特にラストの16分に及ぶ“There Will Never Be Another You”では中盤延々と続くテナーとドラムのバトル合戦がややくどく感じます。11分過ぎにフェイドアウトするかと思いきやそこからさらに5分近く引っ張るのも若干しつこいですが、まあこれもライブならではのご愛敬と思って聴いてください。