カウント・ベイシー楽団の全盛期が1950年代後半から60年代前半にあったことは多くの人の意見が一致するところだと思います。この頃のベイシー楽団はニール・ヘフティ、クインシー・ジョーンズ、アーニー・ウィルキンス、ベニー・カーターら名だたるアレンジャーを音楽監督に起用し、彼らのオリジナル曲で構成された作品を中心に発表していました。本ブログでも取り上げた「アトミック・ベイシー」「ベイシー・プレイズ・ヘフティ」「ワン・モア・タイム」「カンザスシティ組曲」「ザ・レジェンド」等がそうですね。
一方、それら意欲的な作品群に交じって有名スタンダード曲や当時のヒット曲を集めたアルバムも何枚かあります。これらはよりライトな層のファンに向けてのレコード会社の戦略だと思いますが、コアなジャズファンからは”売れ線狙い”としてどうしても評価が低くなりがちです。ただ、実際に内容が薄いかと言われるとそんなことはありません。何と言っても演奏するのは天下のベイシー楽団。彼らの鉄壁のアンサンブルと名手達のソロが楽しめるのですから一聴の価値はあります。
本日ご紹介する「オール・オヴ・ミー」は1963年4月にヴァーヴ・レコードに吹き込まれた1枚。原題はMore Hits Of The 50's And 60'sとなっており、文字通り50~60年代にヒットした曲ばかりで構成されています。と言っても当時ヒットチャートを賑わせていたエルヴィス・プレスリーやポール・アンカ等のロック&ポップスではなく、主にフランク・シナトラが歌った曲のビッグバンド版ですね。シナトラはご存じのとおりジャズシンガーであると同時に映画スターでもあり、当時のショービジネス界を代表する大物でした。
メンバーですが、この頃は時期的に50年代のベイシー楽団と60年代の同楽団の過渡期で、たとえばトランぺットはサド・ジョーンズやジョー・ニューマンは既に脱退しており、代わりにアル・アーロンズ、ドン・レイダー、ソニー・コーンらが加わっています。一方、サックス陣はフランク・フォスター、フランク・ウェスはまだ在籍しており、そこに前年に加入したエリック・ディクソンと言う布陣。トロンボーンはヘンリー・コーカー、ベニー・パウエル、グローヴァ―・ミッチェルら常連のメンバーに加え、白人トロンボーン奏者のアービー・グリーンが名を連ねています。マーシャル・ロイヤル(アルト)、チャーリー・フォークス(バリトン)、フレディ・グリーン(ギター)、ソニー・ペイン(ドラム)は50年代から続く不動のメンバーで、ベースが前年にエディ・ジョーンズの後を引き継いだバディ・キャトレットです。なお、アレンジャーには白人トロンボーン奏者のビリー・バイヤーズが起用されています。
1曲目は”The Second Time Around"。オープニングはド派手なブラスの咆哮で始まりますが、そこからは超スローテンポでゆったりしたホーンアンサンブルとフレディ・グリーンのリズムギターに乗ってベイシーがトツトツとピアノを弾き、アル・アーロンズがミュートランペットでソロを取ります。2曲目”Hey! Jealous Lover"は一転してテンポアップした演奏で、バンド全体が軽快にスイングする中、ドン・レイダーのトランペットとエリック・ディクソンのテナーソロが挟まれます。3曲目”I'll Never Smile Again"は美しいバラード演奏で、ゆったりしたアンサンブルに乗ってまずベイシーがピアノでメロディを弾き、アービー・グリーンが官能的なトロンボーンソロを聴かせます。4曲目”Saturday Night"はこれぞ典型的ベイシーサウンドと言ったミディアムチューンで、フランク・ウェスの軽やかなフルートソロを挟みながらバンドが軽快にスイングします。5曲目”This Love Of Mine"はシナトラ自身が歌詞を書いた彼の愛唱曲。ここでは原曲よりスローテンポで演奏されており、アル・アーロンズのミュートトランペットが彩りを添えます。6曲目”I Thought About You"はマイルスの「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」の演奏でも知られますが、ここでは典型的なスイングジャズ風の演奏。満を持して登場したフランク・フォスターが素晴らしいテナーソロを披露します。
続いて後半(B面)です。7曲目"In The Wee Small Hours Of The Morning”はシナトラはバラードで歌っていますが、ここではミディアムテンポで料理されており、エリック・ディクソンの野太いテナーソロ、アル・アーロンズのオープントランペットによる力強いソロが聴けます。8曲目”Come Fly With Me"は言わずと知れたシナトラの代表曲。躍動するビッグバンドサウンドに乗って目の覚めるようなテナーソロを聴かせるフランク・フォスターがファンタスティック!3分弱の演奏ながら本作のハイライトと言って良い名演です。9曲目”On The Road To Mandalay"はあまり他では聞いたことがない曲。ベイシーのピアノが珍しく全面的にフィーチャーされています。10曲目”Only The Lonely"も本作のもう一つのハイライトと呼べる美しいバラード。ここではマーシャル・ロイヤルのアルトソロが大々的にフィーチャーされています。エリントン楽団のジョニー・ホッジスと並び称されるロイヤルの官能的なアルトの音色に酔いしれるのみです。11曲目”South Of The Border"はミディアムテンポのスイングナンバーでソロはドン・レイダーのミュートトランペットとエリック・ディクソンのテナーです。ラストトラックは”All Of Me"。なぜか日本盤はこの曲がアルバムタイトルになっていますが、別に普通の演奏です。典型的なベイシービートで、御大ベイシーのピアノに合わせてバンド全体が軽快にスイングします。以上、一見すると安直なヒット曲集ですが中身は侮るなかれ。特に”Come Fly With Me"と”Only The Lonely"は必聴の名演だと思います。