このブログはタイトルに"ハードバピッシュ"と歌っているように、モダンジャズ黄金期である50年代半ばから60年代前半にかけてのハードバップを重点的に取り上げています。では、そのハードバップはいつ始まったのか?一般的にはクリフォード・ブラウンらを擁した1954年のアート・ブレイキー・クインテット「バードランドの夜」が"ハードバップの夜明け"と呼ばれることが多いようです。ただ、私が以前愛読していたジャズ批評ブックスの「ハードバップ入門」によると、それよりも3年前の1951年10月に吹き込まれたマイルス・デイヴィスのプレスティッジ盤「ディグ」が最初のハードバップ作品となっていました。
もっともビバップとハードバップの間に明確な線引などなく、実際に演奏しているマイルスらも「今日から新しい音楽をやるぞ」など思っていなかったでしょうから、あくまで後から評論家が勝手にジャンル付けしているだけの話ではあります。とは言え、本作が従来のビバップと異なる点は明確にありまして、まず何といっても演奏時間が長い。それまでのビバップがだいたい2~3分の演奏が主だったのに対し、このアルバムは一番短い演奏でも5分、長いので10分近くもあります。これには当時の録音技術の進化もあり、長時間再生が可能なLPレコードが普及し始め、プレスティッジ・レコードにとっても本作が初のLPだったそうです。マイルスらも思う存分アドリブを取れることに意気込みを感じていたとか。
また、メンバーの面でも新しさがあり、当時21歳でまだ駆け出しだったソニー・ロリンズや20歳になったばかりで本作が初レコーディングのジャッキー・マクリーンら後にジャズ・ジャイアントと呼ばれる面々の初々しい演奏を聴くことができます。なお、その他のメンバーはウォルター・ビショップ・ジュニア(ピアノ)、トミー・ポッター(ベース)、アート・ブレイキー(ドラム)です。
アルバムはまずタイトルトラックの"Dig"で始まります。スタンダードの"Sweet Georgia Brown"をもとにマイルスが書いた曲で、ソロ先発はロリンズ、この頃の彼はまだリーダー作も発表していない駆け出しの若手でしたがなかなか勢いのあるテナーを聴かせてくれます。続いてはマイルス。後にミュート演奏を多用するマイルスですがこの頃はオープン奏法がメインで乾いた感じのトランペットですね。続くマクリーンはまだ後年の独特のマクリーン節ではなく純粋なパーカー風のアルトです。他ではウォルター・ビショップはこの曲含めてほぼソロはなく伴奏要員ですが、アート・ブレイキーは派手なドラムソロこそないものの終始煽り続けるドラミングで存在感を示しています。2曲目は唯一のスタンダードである"It's Only A Paper Moon"。この曲はマクリーンはお休みでマイルス→ロリンズと軽快にソロをリレーします。3曲目"Denial"はチャーリー・パーカーの"Confirmation"をアップテンポに改変したもので序盤の3管のリフが印象的です。この曲もブレイキーの疾走感溢れるドラムをバックにマイルス→ロリンズ→マクリーンとソロを繋ぎ、後半にはマイルスとブレイキーの掛け合いも聴けます。なお、この曲は後にエルモ・ホープの名盤「インフォーマル・ジャズ」で"Weeja"のタイトルで演奏されています。
後半(B面)1曲目はマイルス作のブルース"Bluing"。本作でも一番長くて10分近くあり、マイルス→ロリンズ→マクリーンとたっぷりソロを受け回します。ただ、正直地味な曲ではあります。ラストトラック"Out Of The Blue"は典型的なバップ曲で再びマイルス→ロリンズ→マクリーンと軽快にソロをリレーします。この曲はレッド・ミッチェルが「プレゼンティング・レッド・ミッチェル」で取り上げていました。なお、CDにはボーナストラックとして同日のセッションで収録された"Conception"と"My Old Flame"が収録されています。前者は盲目のピアニスト、ジョージ・シアリングの曲でマイルスは「クールの誕生」で"Deception"のタイトルで演奏しています。後者はスタンダードのバラードですが内容は平凡かな?。以上、全体的な完成度と言う点では数年後に発表する一連の"マラソン・セッション"や「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」等の名作群と比べるとどうしても粗削りで洗練されていない印象は拭えませんが、ジャズの歴史を知る上でも一聴の価値はある作品と思います。