デクスター・ゴードンと言えばジャズファンに最も人気が高いのは1960年代前半のブルーノート時代であることは間違いないでしょう。麻薬による長いブランクから復活し、ソニー・クラークやケニー・ドリューら名手をバックに吹き込んだ一連の作品群はどれを取っても名作揃いと言っても過言ではありません。一方、60年代末から70年代初頭にかけてプレスティッジに吹き込んだアルバムはあまり顧みられることはありません。カタログを見るとライブ盤含めて全部で12枚もあるのですが、CDでも一部しか手に入りませんし、正直聴いたことのない音源の方が多いぐらいです。
ただ、少なくとも私が入手した何枚かのアルバムは良い出来です。少し前に取り上げた「ザ・ジャンピン・ブルース」はウィントン・ケリーをゲストに迎えた快調なワンホーン・カルテットですし、今日ご紹介する「モア・パワー!」もなかなか良いですよ。録音年月日は1969年4月2日と4日。当時コペンハーゲンに移住していたゴードンが一時的にアメリカに帰国している際に行われたレコーディングです。同じセッションからはもう1枚「ザ・タワー・オヴ・パワー!」と言うアルバムが出ており、順番的にはむしろそちらが先の発売でこちらは後からのようですが内容的には「モア・パワー!」の方が良いと思います。
メンバーはバリー・ハリス(ピアノ)、バスター・ウィリアムズ(ベース)、アルバート・ヒース(ドラム)で、さらに5曲中2曲でテナーのジェイムズ・ムーディが参加したツインテナーです。ムーディは地味な存在ですが1940年代のビバップ期から活躍するベテランで、隠れた実力者です。本ブログでもだいぶ前にプレスティッジ盤「ウェイル・ムーディ、ウェイル」やマイルストーン盤「ムーディ・アンド・ザ・ブラス・フィギュアズ」を取り上げました。
全5曲。オープニングはタッド・ダメロンの名曲"Lady Bird"で始まります。原曲よりややゆったりしたテンポですが、まずはゴードンが悠然としたテナーソロを披露します。続くムーディも基本はマイルドなトーンですが、ゴードンよりはやや熱量が多いかな?とは言え、激しいブロウ合戦みたいな展開にはならず、リラックスしたムードが漂っています。バリー・ハリスのピアノソロもさすがの安定ぶりで、なかなかの名演に仕上がっています。2曲目からはゴードンのワンホーンで、まずはボサノヴァの巨匠アントニオ・カルロス・ジョビンの”Meditation"。60年代はスタン・ゲッツを筆頭にジャズ界もボサノヴァブームでしたが、その流れに乗ったような選曲ですね。いかにもジョビンらしい優しいメロディの名曲で、ゴードンが歌心溢れるテナーソロをたっぷり聴かせます。
3曲目以降はゴードンのオリジナルとありますが、いやいやちょっと待てよ!と言いたくなります。まず”Fried Bananas"。快調なハードバップなんですがどこかで聴いたことがあるような?と思ったらどうやらスタンダードの”It Could Happen To You"を下敷きにしているようですね。出だしのメロディが少し違うので一応違う曲と言えば違う曲ですが、バリー・ハリスのピアノソロのあたりはほぼ”It Could Happen To You"です。それよりもあからさまなのは続く”Boston Bernie”で、これは誰がどう聴いても”All The Things You Are"でしょう。まあモダンジャズを聴いていると似たような例は良くあるのですが、50年前はいろいろと緩かった(よく言えば大らか)だったんですね。ただ、演奏自体は悪くないですよ。ゴードンはもちろん、バリー・ハリスらも好調です。最後の”Sticky Wicket"は特に何かの曲に似ているということはないですが、シンプルなリフのブルースで、あまりインパクトがないと言えばないです。この曲は再びムーディが参加していますが、コーラス部分だけでソロを取るのはゴードンのみです。他にもプレスティッジ時代のゴードン作品にはトミー・フラナガンと組んだ「ザ・パンサー!」とかジーン・アモンズとのツインテナー「ザ・チェイス」等の興味深い作品があるのですが、CDでは廃盤のため未入手です。またどんな作品かyoutubeで聴いてみようと思います。