西海岸の幻のレーベル、モード・レコードについては以前に「エディ・コスタ・クインテット」のところで紹介しました。わずか30枚ほどのレコードを残して1年も経たずに倒産したレーベルですが、ジャズファンの人気は高く、昔から何度もCDで再発売されています。このレーベルの特徴の一つはエヴァ・ダイアナと言う女性画家が水彩画で各アーティストを描いたジャケットですが、全作品中6作品だけが異なるデザインです。これらのシリーズはビル・ボックスと言うデザイナーによるもので、全てベレー帽をかぶった眼鏡のおじさんを描いています。誰かの似顔絵なのか、それとも独自のキャラなのかよくわかりませんが、水彩画シリーズとは異なったひょうきんな味わいですね。
今日ご紹介する「レナード・フェザー・プレゼンツ・バップ」もそのおじさんシリーズの1枚です。レナード・フェザーと言う人はイギリス出身で、ピアニストや作曲家の顔も持っていたようですが一般的にはジャズ評論家としてよく知られています。50~60年代のジャズアルバムを収集していると、彼とアイラ・ギトラーの名前はよく目にしますね。本作でも彼自身はプレイせず監修に回っており、知己のジャズマン総勢7人を呼び集めています。メンバーは全曲に参加しているのがジョージ・ウォーリントン(ピアノ)、フィル・ウッズ(アルト)、カーリー・ラッセル(ベース)の3人で、トランペットが曲によってサド・ジョーンズとイドリース・スリーマン、ドラムがデンジル・ベストとアート・テイラーが起用されています。実質的なリーダーはおそらくウォーリントンで、彼のバンドに在籍していたウッズとともに中心的な役割を果たしています。
全10曲。アルバムタイトル通り全て1940年代のビバップ曲です。内訳はディジー・ガレスピーが4曲(”Be Bop""Salt Peanuts""Groovin' High""Shaw 'Nuff")、チャーリー・パーカーが3曲("Ornithology""Anthropology""Billie's Bounce")、その他ジョージ・ウォーリントンの”Lemon Drop”、タッド・ダメロンの”Hot House”、ベニー・ハリスの”Little Benny”です。何でもこの企画は「近頃は真のビバップが何たるかが忘れられておる!」と嘆いたレナード・フェザーがビバップを再び世に問う意図で企画したアルバムだそうです。2024年の我々からするとこのアルバムが録音された1957年は古き良き時代ですが、十年一昔と言いますから当時の評論家からしたら流行のハードバップは”新しい音楽”で10年前のビバップを懐かしむ気持ちがあったのでしょう。
演奏で目立っているのはやはりフィル・ウッズでしょう。2年前に世を去ったチャーリー・パーカーの後継者としてノリに乗っていた頃で、全編にわたって素晴らしいアルトを聴かせてくれます。ウッズはまたこの年にパーカー未亡人のチャンと結婚しており、ジャケット裏面にはスタジオを訪れたと思しきチャン夫人がパーカーの遺児で5歳のベアード君を抱いた写真が掲載されています。実はベアード君は録音にも参加しており、ガレスピーの"Salt Peanuts"の可愛い掛け声はベアード君だそうです。
その他ではビバップ期から活躍するジョージ・ウォーリントンもバピッシュなピアノソロを聴かせます。自作曲”Lemon Drop”は発表当時はウディ・ハーマン楽団の演奏で有名になり、ウォーリントン自身は録音していないようなので本作が初のレコーディングになります。冒頭で♪ドゥビドゥビアッアッ、とユニークなスキャットが入りますが、歌っているのはフィル・ウッズとサド・ジョーンズだそうです。トランペットは当時ウォーリントンのバンドにいたドナルド・バードが呼ばれてもよさそうですが、彼だとモダンになり過ぎるからなのかサド・ジョーンズとイドリース・スリーマンが起用されています。彼らの少しオールドスタイルな感じのトランペットがビバップ復古の企画にマッチしています。