ハードバピッシュ&アレグロな日々

CD(主にジャズ・クラシック)の感想を書き留めます

モーツァルト/交響曲第36番、第38番&第39番

2014-12-31 10:14:19 | クラシック(交響曲)
モーツァルトは番号付きのものだけで41曲もの交響曲を残しました。104曲のハイドンにはさすがに負けますが、大変な数です。とは言え、質の面で言うと最初の交響曲は8歳の時に作曲した10分足らずのものですし、その他番号の若い作品群はよほどのマニアでない限り聴くことはないでしょう。実際、映画「アマデウス」でも使われた交響曲第25番を別にすれば、モーツァルトの重要な交響曲は全て35番以降に集中しています(他人の曲に加筆した第37番を除く)。20代半ばでウィーンに定住して以降に書かれたこれらの曲は“後期6大交響曲”と呼ばれ、古今のクラシックファンを魅了し続けています。



本日取り上げるのはそのうち第36番、第38番および第39番の3曲です。モーツァルトの演奏も近年は当時使われていた古楽器で演奏するピリオド奏法なるものが多く出回っていますが、当ブログで取り上げるのはいわゆるモダン楽器で演奏したカール・ベーム指揮ベルリン・フィルのものです。個人的には古楽器の演奏はどうも懐古趣味が強すぎるというか。いくら200年前の演奏はこうだったと言われても、今の楽器で演奏した方が迫力があっていいやんと思ってしまいます。ここら辺はクラシックファンでも意見が分かれているようですね。

肝心の演奏の方はモーツァルトの大家と言われたベームなので、安心の出来です。「リンツ」の愛称で親しまれる第36番は緩やかな序奏から華やかな主題へと移る第1楽章が特に素晴らしいですね。明るく力強い第4楽章も魅力的。「プラハ」の愛称で親しまれる第38番は3楽章の変則的な交響曲。第1楽章は同じく穏やかな序奏で始まり、そこから次々と歌心たっぷりの旋律があふれ出てきます。ややメランコリックな第2楽章を経て、再び華やかな第3楽章で幕を閉じます。第39番の第1楽章はさらに重厚さを増し、勇壮な主題は思わず「ベートーヴェン?」と思ってしまいます。優美な中にもちょっとした陰りのある第2楽章、第3楽章メヌエットを経て、きびきびとしたテンポの第4楽章でフィナーレへ。モーツァルトと言えば明るく天国的な旋律が持ち味ですが、後期の交響曲は重厚さも兼ね備えてまた違った趣があります。
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ベートーヴェン/ミサ・ソレムニス

2014-12-30 15:01:35 | クラシック(声楽)
年末のこの時期になると巷ではベートーヴェンの「第九」を合唱するのが恒例行事になっていますが、同じベートーヴェンの合唱曲でも「ミサ・ソレムニス」を耳にする機会は多くありません。「第九」と違って全編が合唱ということ、そして80分に及ぼうかという長大なボリュームが演奏機会を制限しているのかもしれませんが、内容的には「第九」に引けを取らない大傑作と言えます。「ミサ・ソレムニス」とは元来カトリック教会のミサの一種で、ベートーヴェンのこの曲も歌詞をはじめ形式的には教会の典礼に則っていますが、そこで繰り広げられる荘厳な音世界はベートーヴェンならではです。



曲はまずゆったりしたテンポの「キリエ」で始まります。続く2曲目「グロリア」は18分を超す大曲で、序盤に爆発的なコーラスで始まった後、中間部を経て終盤に空前の盛り上がりを見せます。3曲目「クレド」も20分超のボリュームで同じく終盤のコーラスが圧巻です。4曲目「サンクトゥス」はいわゆる緩徐楽章で地味ながらも美しい曲。途中で挟まれる独奏バイオリンの哀愁に満ちた旋律が胸にしみます。5曲目「アニュス・デイ」はこの大曲のフィナーレを飾る曲ですが、意外に静かで厳かに幕を閉じます。もともと教会音楽なのでコンサートのように拍手万雷なんてことは想定していないのでしょう。CDはカラヤン、ベーム、ショルティなども出回っていますが、私が買ったのはオットー・クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団のものです。1965年の録音ですが、未だにこの曲のスタンダードとされている名盤です。
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マーラー/亡き子をしのぶ歌、さすらう若人の歌 他

2014-12-13 12:23:12 | クラシック(声楽)
今日も声楽曲を取り上げますが、宗教音楽ではなく世俗の歌、いわゆる“歌曲”というものを取り上げます。この分野ではシューベルトやシューマンがつとに有名ですが、正直私にとっては未開拓の分野で敷居が高く感じます。その点、同じ歌曲でもリヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」や今日取り上げるマーラーの歌曲集なんかはオーケストラの伴奏付きなのでまだ取っつきやすいですね。特にマーラーは自作の交響曲にも一部を引用したりしていますので、聴いたことのある旋律もちらほらあります。



今日ご紹介するのはマーラー演奏の大家として知られるエリアフ・インバルがメゾ・ソプラノのドリス・ゾッフェルを歌手に迎え、ウィーン交響楽団を指揮して録音したものです。マーラーの歌曲の中でも代表的な「亡き子をしのぶ歌」「リュッケルトの詩による5つの歌曲」「さすらう若人の歌」が収録されています。前半の2つはドイツの高名な詩人であるフリードリヒ・リュッケルトの詩に曲をつけたもので、特に詩人が我が子の死を悲しんで作られた「亡き子をしのぶ歌」が有名です。歌詞はもちろん悲痛な内容ですし、曲調もそれにあわせて全体的に暗めですが、その中にハッとした美しさを感じさせるあたりがさすがマーラーといったところでしょうか。一方、「さすらう若人の歌」はもっと明るく親しみやすい内容。とりわけ第2曲「朝の野を歩けば」は心が浮き立つようなチャーミングな曲で、マーラーもよほど気に入ったのか交響曲第1番第1楽章にメロディがそっくりそのまま転用されました。他ではオーケストレーションがダイナミックな第3曲「僕の胸の中には燃える剣が」、幻想的な旋律で静かにフィナーレを迎える「恋人の青い瞳」もおススメです。
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ロッシーニ/スターバト・マーテル

2014-12-08 08:40:44 | クラシック(声楽)
今日も宗教音楽でイタリアの作曲家ロッシーニの「スターバト・マーテル」を取り上げます。これまで同名の曲はドヴォルザークプーランクでも取り上げましたが、我が子イエス・キリストの死を嘆く聖母マリアの悲しみを歌にしたカトリックの聖歌のことです。歌詞はあらかじめ定められているのですが、メロディは作曲家の自由と言うことで、各人の個性がいかんなく発揮されます。ロッシーニは言うまでもなく音楽史上に冠たる大オペラ作家でしたので、さながらオペラを思わせる魅惑的な旋律に溢れています。全部で10曲ありますが、いかにも宗教音楽らしいのは冒頭の「哀しみの聖母はたたずみ」、4曲目「人々の罪のために」、5曲目「愛の泉である聖母よ」、9曲目「肉体は死んで朽ちはてるとも」ぐらいで、後は歌詞を見なければオペラのアリアと言われても何の違和感もない歌心たっぷりのメロディに溢れています。でも、それらの曲が何とも魅力的です。2曲目の悦楽的なテノール独唱「悲しみに沈むその魂を」、続く美しいソプラノ二重唱「だれが涙を流さない者があろうか」、6曲目のイタリア民謡を思わせる素朴な四重唱「おお聖母よ」、ソプラノ独唱で静かに歌い上げる7曲目「キリストの死に思いをめぐらしたまえ」、ドラマチックな構成で終盤のソプラノの絶叫が鳥肌ものの8曲目「さばきの日にわれを守りたまえ」、フィナーレは「アーメン、とこしえにわたり」の歌詞を延々と繰り返しながら最後はオーケストラと一体となって感動のクライマックスを迎えます。



CDは韓国の世界的指揮者チョン・ミュンフンが天下のウィーン・フィルを振ったものです。数多くの名指揮者がこの曲を録音していますが、その中でも名盤の誉れが高いようです。上述のとおりオペラ的要素も強いので歌手も重要で、本盤ではリューバ・オルゴナソーバとチェチーリア・バルトリがソプラノ、ラウール・ヒメネスがテノール、ロベルト・スカンディウッツィがバリトンでそれぞれ熱唱を聞かせてくれます。宗教音楽と言うとどうしても堅苦しいイメージですが、この曲はある意味不謹慎と言ってもいいぐらい盛り上がる曲ばかりですので、敷居の高さから敬遠している人でも楽しめる内容だと思います。
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