本日はブルーノートの隠れ人気盤として有名なユタ・ヒップの2枚組ライブをご紹介します。名前からして特徴的ですが、それもそのはず演奏者はドイツ人、しかも女性ピアニストです。これは当時のブルーノートではかなり異例と言っていいでしょう。ブルーノートの社長であるアルフレッド・ライオンはドイツ出身のユダヤ人ですが、彼の情熱の対象はもっぱら黒人ジャズであり、50年代に大流行した白人中心のウェストコースト・ジャズには目もくれませんでした。本作はいわゆるブルーノートの1500番台、つまり50年代前半から中盤にかけてのハードバップの名演が多く録音されているシリーズに属していますが、他のラインナップを見るとジミー・スミス、ホレス・シルヴァー、リー・モーガン、ハンク・モブレーとどれもファンキーな黒人ジャズばかりです。ヨーロッパ出身で、なおかつ女性ピアニストである彼女の存在はひときわ異彩を放っていると言っていいでしょう。なんでもジャズ評論家として有名なレナード・フェザーがドイツで彼女の演奏を聴いてベタ惚れ。彼女をニューヨークに招待し、ヒッコリー・ハウスというクラブに出演したところ、それを聞きつけたライオンが録音した、というのが本作の誕生の背景だそうです。録音は1956年4月5日。バックを務めるのはピーター・インド(ベース)とエド・シグペン(ドラム)です。
さて、レナード・フェザーにアルフレッド・ライオン。この2人の大物の心を動かした演奏はいったいどんなものか?聴く前に思わず身構えてしまいますが、スタイル的にはごくオーソドックスなピアノ・トリオです。曲も全20曲中半分以上はよく知られた歌モノのスタンダードで、それらの演奏は軽快なピアノトリオではありますが、特に際立った個性があるとは言えません。ただ、ビバップやブルースも何曲か取り上げており、それらの演奏がなかなか素晴らしいですね。チャーリー・パーカーの“Billie's Bounce”に、タッド・ダメロンの“Lady Bird”“The Squirrel”とバップの定番曲を実に生き生きと演奏していますし、ブルースの名曲“After Hours”では糸を引くような粘っこいフレーズを聞かせてくれます。唯一の自作曲“Horacio”はタイトルからして恐らくホレス・シルヴァーを意識したのではないかと思わせるハードバップ調の曲です。これらの演奏を聴くと、彼女が黒人ジャズに深く傾倒していたことが如実にわかります。ドイツから来た白人女性が黒人さながらのバップを聴かせる。きっとそのギャップにフェザーもライオンもやられたのでしょうね。その3ヶ月後に彼女はズート・シムズとの共演作「ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ」をブルーノートに録音(これがまた素晴らしい出来で、個人的にはそちらの方が好きです)。ただ、その作品を最後にあっさりと音楽界から引退。その後は画家としてニューヨークでひっそり暮らしたそうです。
本日はオスカー・ピーターソン・トリオの作品をご紹介します。と言ってもこれまで当ブログでたびたび取り上げてきた、オスカー(ピアノ)、レイ・ブラウン(ベース)、エド・シグペン(ドラム)の3人ではありません。実はそのトリオが活動するのは1959年の「フランク・シナトラの肖像」以降で、それ以前のトリオはドラムのシグペンに代わり、ギターのハーブ・エリスを加えた3人だったのです。ドラムレスのトリオと言うのは珍しいですが、ピーターソン・トリオはその一風変わった編成で一躍人気を博します。有名な「エラ&ルイ」の歌伴やスタン・ゲッツとの共演の他、本ブログで取り上げたトニ・ハーパー「トニ」や「ジャズ・ジャイアンツ’58」にも参加していますね。ただ、トリオ名義のリーダー作となると意外に少なく、有名なのは本作ぐらいでしょうか?シグペンに交代してからは怒涛の勢いでトリオ作品を発表し続けたのとは対照的です。
本作は名前の通りカナダのストラトフォードという町で開催されていたシェイクスピア・フェスティヴァルにトリオが出演した時の様子を録音したものです。シェイクスピアの名前からわかるように演劇が中心のお祭りのはずですが、夜になるとジャズ・ライブも行われていたのでしょうね。全11曲、75分にも達するボリュームですが、トリオの息のあった演奏のおかげで中だるみすることなく最後まで聞けます。曲目は1曲目の“Falling In Love With Love”にはじまり、以降も“How About You”“Flamingo”“Shining On A Star”“How High The Moon”とよく知られたスタンダードが並びますが、どの演奏も質が高いですね。主役はもちろん躍動するオスカー・ピーターソンのピアノですが、レイ・ブラウンも随所に素晴らしいベース・ソロを聴かせてくれますし、エリスもソロにリズム・ギターに大活躍で、まさに三位一体の演奏です。上記の曲以外ではブラウンとエリスが大活躍する“Gypsy In My Soul”、後半静かに盛り上がって行くエリントンナンバーの“Love You Madly”も出色の出来です。2曲だけ収録されたオリジナルも魅力的で、親しみやすいメロディを持った“Noreen's Nocturne”は3人がそれぞれ妙技を尽くすトリオのショウケース的なナンバー。ラストを飾る“Daisy's Dream”は組曲風の演奏で、最初はクラシックを思わせる典雅なメロディで始まり、中盤からはアップテンポに変身、最後も冒頭のメロディに戻ってしっとりと幕を閉じます。以上、さすがは名盤の名に恥じない出来だと思います。エリスとピーターソンはその後タグを解消しますが、その後ひさびさに再会したのが以前紹介した「ハロー・ハービー」です。
ただ、上記の2曲を別にすれば、それ以外は通常のトリオ編成。ホレス・シルヴァーと言えば後年はテナーとトランペットを加えたクインテット編成での活動が主なので、トリオの作品というのは珍しいですね。また、楽曲についてもスタンダードをあまり演奏せず、ほとんどがオリジナル曲というのが彼の特徴ですが、本作の次点ではまだそこまでの個性は発揮していないのか、自作曲は16曲中9曲のみ。“How About You”“I Remember You”等の有名スタンダード曲が随所に織り交ぜられています。ただ、シルヴァーの真骨頂は何と言ってもファンキーなオリジナル曲ですよね。本作は初期の作品ながら後に彼のレパートリーになる名曲が数多く収録されています。1曲目“Safari”は58年「ファーザー・エクスプロレーションズ」、続く“Ecaroh”は56年「ザ・ジャズ・メッセンジャーズ」、5曲目“Quicksilver”はかの有名な54年の「バードランドの夜」、7曲目“Yeah”は60年「ホレススコープ」、13曲目“Opus De Funk”と15曲目“Buhaina”は54年「MJQ」とそれぞれシルヴァーが参加した作品で再演されており、モダンジャズの名曲として知られています。それ以外の“Horoscope”“Knowledge Box”“Silverware”等もいかにもシルヴァーらしいキャッチーなメロディの佳曲で、この時点で既に“シルヴァー節”は完成されているのがわかります。独特なポーズのジャケットも印象的ですが、同じ絵柄で背景がブルーのバージョンが名盤「ホレス・シルヴァー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ」なのは皆さんご承知のとおりです。
ひさびさの更新になりますが、本日はドナルド・バードのライヴ盤をご紹介したいと思います。バードについては本ブログでもたびたび取り上げていますが、私が最も好きなトランぺッターの1人です。中でも1959年の「オフ・トゥ・ザ・レイシズ」から1961年の「フリー・フォーム」までの一連のブルーノート作品はどれも名盤揃いで、彼のキャリアの頂点を成すものと言っていいでしょう。本作はその中で唯一のライブ音源で、1960年11月にニューヨークの名門ジャズクラブ、ハーフノートで録音されたものです。CDはVol.1とVol.2に分かれていますが、ここではまとめて紹介します。
さて、上記のバードの黄金時代を支えたのがペッパー・アダムス(バリトン)とデューク・ピアソン(ピアノ)の2人。アダムスは人種的には白人ですが、出身もバードと同じデトロイト、スタイル的にもゴリゴリのハードバップということもあり、よほどウマが合ったのでしょうね。この時期ほとんどの作品で共演しており、実質は共同リーダーのような位置付けだったと思われます。バード&アダムスのコンビはブルーノート以外にもベツレヘム盤「モーター・シティ・シーン」やウォーリック盤「アウト・オヴ・ジス・ワールド」等の名盤を残しています。もう一人のデューク・ピアソンは前年の「フュエゴ」でバードが抜擢した人材で、その後もブルーノートからリーダー作「プロフィール」を発表するなど、新進気鋭のピアニストとして注目されていました。本作でももちろんその2人が参加しており、非常に重要な役割を果たしています(ちなみにそれ以外のメンバーはベースのレイモン・ジャクソンとドラムのレックス・ハンフリーズです)。特にピアソンはVol.1のオープニングを飾る“My Girl Shirl”、Vol.2の冒頭“Jeannine”と本作のハイライトとも言える2曲を提供しており、作曲者として大いに貢献しています。どちらも10分を超える熱演で、ライブ盤ならではの盛り上がりを見せています。その他はバードの自作曲が中心ですが、それらの出来はまあまあと言ったところ。あえて言うならやや哀調を帯びたメロディの“Cecile”が印象的ですかね。バードがワンホーンで奏でるスタンダード曲“Portrait Of Jennie”も秀逸なバラード演奏です。