14日は鉄道の日、さらに秋田デスティネーションキャンペーン(DC)期間中とあって、今の秋田は鉄道関係のイベントが目白押し。
昨年の「SLあきた路号」に続くC61形蒸気機関車による列車が今年も運行されている。今年は12~14日、秋田-横手間で「SL秋田こまち号」として旧型客車(昨年は12系客車)を使用。
僕にはあまりなじみのない線区であり、昨年も見たから、今年は行かなかった。
今月と来月には車両基地などの公開が行われ、楢山(金照寺山のふもと)の秋田車両センターは10月26日(いつもは9月開催だが、DCに合わせたとのこと)、いつもは公開されない弘前運輸区が11月2日に公開予定。
※秋田DCは秋田県内だけが対象地域ではなく、弘前近辺も含まれる。
そして、土崎の秋田総合車両センター(分かりづらいので以下、旧称の「土崎工場」を用います)が12日に公開されたので、ざっと見てきました。(2009年以来かな)
秋田新幹線の車両基地である楢山の車両センターもいいけれど、整備工場である土崎にはJR東日本管内各地からいろんな車両が集まってくるし、業務内容も多岐に渡る。個人的には土崎工場のほうが見応えがある。
家族連れや各地から訪れたであろう鉄道好きの皆さんが多く訪れていたけれど、心持ち以前より少ない気がしなくもなかった。SLのほうに行ってしまったのか。【14日追記】各社の報道でも取り上げられなかった模様。
レール幅が違うこともあって、秋田新幹線の車両は土崎工場には来ないけれど、
スーパーこまち(E6系)がいる?
いえいえ。
「ミニスーパーこまち」
秋田初登場(仙台などでは先に登場していた?)だそうです。
人が乗れるようになっていて、工場の建物の中で“運行“された模様。運転していた人は作業服ではなく、ホンモノの電車の運転士と同じ、スーツ型の制服を着用していた。
他にも、屋外に常設されている線路を使ったミニSLも運行。この日の秋田では、2台の蒸気機関車が走っていたことになる。
同じく恒例の車体吊り上げの実演も実施。ミニスーパーこまちの後ろの人だかりがそれ。
今年は「マニ50 2183」という青い客車で行われていた。20年ほど前に普通列車で使われていたエンジ色の「50系客車」の一員で、これは元々は「荷物車」だが、今は事故発生時に資材などを積んで駆けつける「救援車」の代用として秋田車両センターに常駐しているそうだ。
EC整備室(ECは「electric car」=電車のこと)
「いなほ」用の新潟車両センターの485系特急電車が2本並んで展示。
左が「T11」編成、右が「T14」編成。T14編成は半分の3両だけだったが、通電して車内を開放、運転席も少々並べば見学できた。(並ぶのが嫌なので見ませんでした)
トレインマーク(ヘッドマーク)は、T11編成は「ムーンライトえちご」固定、T14編成のほうは、
「ヘッドマーク撮影コーナー」
希望のものを申し出れば、その表示に変えてくれていた。
ただし、国鉄時代からの特急用絵入りマークは「いなほ」と「北越」だけ。あとは、新しい快速列車のものばかり。「白鳥」「雷鳥」なんかが残っていれば、見応えがあったのに。
車両の床下機器はフタが開いていて、中を見られた。
こうなっているのか
電気系統の機器が入っているのは知っていたものの、今まであまり興味はなかった。思っていたより複雑でメカニカルな構造だった。485系電車の基本設計は昭和30年代のものだから、今の電車はまた違うでしょうけど。
運転台の見学者がマスコン(アクセル)やブレーキのレバーを操作しているらしく、カチャカチャと音を立てて中のスイッチみたいなのが動いていた。
485系電車には、モーター付きの車両に「モハ485(またはクモハ485)」と「モハ484」の2つの形式がある。485と484はそれぞれ搭載機器が異なり、2両1組のユニットを組まないと、動かない。
モハ485とモハ484
たしかに両形式で床下の装置が違う。
以前、今はなき特急「かもしか」で、車内の天井にある冷房吹き出し口の出っ張りを取り上げていた。
東芝製の出っ張りタイプ(モハ485。左奥はこの日だけ置かれたビデオ放映用のテレビ)と小さいのが2列でたくさん並ぶタイプ(モハ484)。
どうもモハ485とモハ484で形状が異なるらしい。
先頭車は「クロハ481-1018」。
昭和53年日立製、昭和63年土崎工場改造(半室グリーン車への改造か)
【16日追記】後ろのモハ485とモハ484の「-1043」は、昭和53年日本車輌製。
展示されていた2本の485系電車が土崎へ来ていたのは、解体されるためらしい。E653系導入の玉突きで、485系に廃車が出ているのだ。
まだ記事にしていないのだけど、実は、僕はちょうど1月前に「いなほ」でT11編成に乗車していたので、特に感慨深く眺めた展示だった。
次は、
おなじみ701系電車
3両編成の青森側に付いている「クモハ701-5」の屋根の上が公開されていた。
階段で電車の天井と同じ高さの床面へ。手すりがあり、さほど狭くなく、係の人が何人も付いていたので怖くなかった。
クモハ701の屋根上
屋根上は駅の跨線橋からでも見ることはできるけれど、こんな間近では見られない。丁寧な説明書きもあって、分かりやすい。
701系は登場当初は、「抵抗器」があったり、パンタグラフが菱型だったりして、もう少し雑然としていたが、改造されて今はとてもシンプルになった。
パンタグラフ。「シングルアーム」と呼ばれるくの字型
アームがピカピカだから、交換したんだろう。
碍子と塩害防止用シリコン
お皿を重ねたような「碍子」自体が緑色なのだと思っていたら、碍子は白く、緑のシリコンを塗っていたのか。
ユニットクーラー
家庭用エアコン約20台分の出力だそう。これもピカピカで「2510」と書いてあったから新品?
これらの機器が雨の日も雪の日も暑い日もがんばってくれている、縁の下の力持ちならぬ、なんて言えばいいのでしょう?
701系5000番台
帯の色と尾灯の位置が違う701系は、田沢湖線用。通常の営業運転は盛岡-大曲間、車両基地への出入りで大曲-秋田も走る。
レール幅が違うので本来は土崎工場には来ないのだが、最近、わざわざ仮台車に履き替えて土崎へ来たという話は聞いていた。実際、何らかの作業中だった。インバーターの更新だろうか。
第一車体改造場
「211系」電車が入っていた。
東海道線のイメージが強い車両
国鉄末期に製造された車両でJR東海の静岡辺りではまだ主力だけど、JR東日本の首都圏からは姿を消し、余剰となった車両が土崎工場内など各地に移されてたたずんでいた。
それがこのまま廃車かと思ったら、改造して他の路線に転用するようだ(既に長野支社管内で走っている)。
写真の車両は、かつて田町車両センターに所属して東海道本線などを走っていた「N1」編成の10号車「クハ211-1」。製造番号1のトップナンバー車。
外観は東京時代とおそらく変化なし。車内に入ることができた。
床面には養生シートが敷き詰められる
内部も見た感じ、あまり変わっていないみたい。
荷棚や吊手はオリジナルだし、トイレも以前と同じ。この車両は以前からセミクロスシート(ボックスシートとロングシートの混合)だったようなので、変わったといえば座席の布地が緑色系統になった(以前はピンクだったはず)くらいではないだろうか。
この後、さらに改造されるのかもしれないけれど。(例えば行き先表示とかドアボタンとか?)
前回、感心した板金加工部門。
ゴミ箱
JR東日本各駅のゴミ箱は、土崎で製作しているのだけど、上の写真で手前にあるのって?
ミニゴミ箱?
ビン・カン・ペットボトルは入れられそうにないけれど、かわいい。売ったら売れるかも。
自動券売機類の筐体も製作していて、多機能券売機EM10は今年度28台・4年前から累計375台、新型自動精算機EX10は今年度48台、3年前から累計214台を製作したとのこと。
なぜか工場内のあちこちで来場者向けに飴玉が置かれていた。
さらに、
何者?
スーパーこまちみたいなのをサンタクロースみたいな人たちが引っ張っている?
E6系っぽい荷車にボンベを積んで工場内を巡回し、小さな子どもがいるとその場で風船を膨らまして渡したり、飴を配ったりしていた。案内によれば「軌道線士すーぱーこまち隊」だそう。
レンガ造の建物前ではシュウメイギクが咲いていた
今回も楽しくてためになった見学でした。
昨年の「SLあきた路号」に続くC61形蒸気機関車による列車が今年も運行されている。今年は12~14日、秋田-横手間で「SL秋田こまち号」として旧型客車(昨年は12系客車)を使用。
僕にはあまりなじみのない線区であり、昨年も見たから、今年は行かなかった。
今月と来月には車両基地などの公開が行われ、楢山(金照寺山のふもと)の秋田車両センターは10月26日(いつもは9月開催だが、DCに合わせたとのこと)、いつもは公開されない弘前運輸区が11月2日に公開予定。
※秋田DCは秋田県内だけが対象地域ではなく、弘前近辺も含まれる。
そして、土崎の秋田総合車両センター(分かりづらいので以下、旧称の「土崎工場」を用います)が12日に公開されたので、ざっと見てきました。(2009年以来かな)
秋田新幹線の車両基地である楢山の車両センターもいいけれど、整備工場である土崎にはJR東日本管内各地からいろんな車両が集まってくるし、業務内容も多岐に渡る。個人的には土崎工場のほうが見応えがある。
家族連れや各地から訪れたであろう鉄道好きの皆さんが多く訪れていたけれど、心持ち以前より少ない気がしなくもなかった。SLのほうに行ってしまったのか。【14日追記】各社の報道でも取り上げられなかった模様。
レール幅が違うこともあって、秋田新幹線の車両は土崎工場には来ないけれど、
スーパーこまち(E6系)がいる?
いえいえ。
「ミニスーパーこまち」
秋田初登場(仙台などでは先に登場していた?)だそうです。
人が乗れるようになっていて、工場の建物の中で“運行“された模様。運転していた人は作業服ではなく、ホンモノの電車の運転士と同じ、スーツ型の制服を着用していた。
他にも、屋外に常設されている線路を使ったミニSLも運行。この日の秋田では、2台の蒸気機関車が走っていたことになる。
同じく恒例の車体吊り上げの実演も実施。ミニスーパーこまちの後ろの人だかりがそれ。
今年は「マニ50 2183」という青い客車で行われていた。20年ほど前に普通列車で使われていたエンジ色の「50系客車」の一員で、これは元々は「荷物車」だが、今は事故発生時に資材などを積んで駆けつける「救援車」の代用として秋田車両センターに常駐しているそうだ。
EC整備室(ECは「electric car」=電車のこと)
「いなほ」用の新潟車両センターの485系特急電車が2本並んで展示。
左が「T11」編成、右が「T14」編成。T14編成は半分の3両だけだったが、通電して車内を開放、運転席も少々並べば見学できた。(並ぶのが嫌なので見ませんでした)
トレインマーク(ヘッドマーク)は、T11編成は「ムーンライトえちご」固定、T14編成のほうは、
「ヘッドマーク撮影コーナー」
希望のものを申し出れば、その表示に変えてくれていた。
ただし、国鉄時代からの特急用絵入りマークは「いなほ」と「北越」だけ。あとは、新しい快速列車のものばかり。「白鳥」「雷鳥」なんかが残っていれば、見応えがあったのに。
車両の床下機器はフタが開いていて、中を見られた。
こうなっているのか
電気系統の機器が入っているのは知っていたものの、今まであまり興味はなかった。思っていたより複雑でメカニカルな構造だった。485系電車の基本設計は昭和30年代のものだから、今の電車はまた違うでしょうけど。
運転台の見学者がマスコン(アクセル)やブレーキのレバーを操作しているらしく、カチャカチャと音を立てて中のスイッチみたいなのが動いていた。
485系電車には、モーター付きの車両に「モハ485(またはクモハ485)」と「モハ484」の2つの形式がある。485と484はそれぞれ搭載機器が異なり、2両1組のユニットを組まないと、動かない。
モハ485とモハ484
たしかに両形式で床下の装置が違う。
以前、今はなき特急「かもしか」で、車内の天井にある冷房吹き出し口の出っ張りを取り上げていた。
東芝製の出っ張りタイプ(モハ485。左奥はこの日だけ置かれたビデオ放映用のテレビ)と小さいのが2列でたくさん並ぶタイプ(モハ484)。
どうもモハ485とモハ484で形状が異なるらしい。
先頭車は「クロハ481-1018」。
昭和53年日立製、昭和63年土崎工場改造(半室グリーン車への改造か)
【16日追記】後ろのモハ485とモハ484の「-1043」は、昭和53年日本車輌製。
展示されていた2本の485系電車が土崎へ来ていたのは、解体されるためらしい。E653系導入の玉突きで、485系に廃車が出ているのだ。
次は、
おなじみ701系電車
3両編成の青森側に付いている「クモハ701-5」の屋根の上が公開されていた。
階段で電車の天井と同じ高さの床面へ。手すりがあり、さほど狭くなく、係の人が何人も付いていたので怖くなかった。
クモハ701の屋根上
屋根上は駅の跨線橋からでも見ることはできるけれど、こんな間近では見られない。丁寧な説明書きもあって、分かりやすい。
701系は登場当初は、「抵抗器」があったり、パンタグラフが菱型だったりして、もう少し雑然としていたが、改造されて今はとてもシンプルになった。
パンタグラフ。「シングルアーム」と呼ばれるくの字型
アームがピカピカだから、交換したんだろう。
碍子と塩害防止用シリコン
お皿を重ねたような「碍子」自体が緑色なのだと思っていたら、碍子は白く、緑のシリコンを塗っていたのか。
ユニットクーラー
家庭用エアコン約20台分の出力だそう。これもピカピカで「2510」と書いてあったから新品?
これらの機器が雨の日も雪の日も暑い日もがんばってくれている、縁の下の力持ちならぬ、なんて言えばいいのでしょう?
701系5000番台
帯の色と尾灯の位置が違う701系は、田沢湖線用。通常の営業運転は盛岡-大曲間、車両基地への出入りで大曲-秋田も走る。
レール幅が違うので本来は土崎工場には来ないのだが、最近、わざわざ仮台車に履き替えて土崎へ来たという話は聞いていた。実際、何らかの作業中だった。インバーターの更新だろうか。
第一車体改造場
「211系」電車が入っていた。
東海道線のイメージが強い車両
国鉄末期に製造された車両でJR東海の静岡辺りではまだ主力だけど、JR東日本の首都圏からは姿を消し、余剰となった車両が土崎工場内など各地に移されてたたずんでいた。
それがこのまま廃車かと思ったら、改造して他の路線に転用するようだ(既に長野支社管内で走っている)。
写真の車両は、かつて田町車両センターに所属して東海道本線などを走っていた「N1」編成の10号車「クハ211-1」。製造番号1のトップナンバー車。
外観は東京時代とおそらく変化なし。車内に入ることができた。
床面には養生シートが敷き詰められる
内部も見た感じ、あまり変わっていないみたい。
荷棚や吊手はオリジナルだし、トイレも以前と同じ。この車両は以前からセミクロスシート(ボックスシートとロングシートの混合)だったようなので、変わったといえば座席の布地が緑色系統になった(以前はピンクだったはず)くらいではないだろうか。
この後、さらに改造されるのかもしれないけれど。(例えば行き先表示とかドアボタンとか?)
前回、感心した板金加工部門。
ゴミ箱
JR東日本各駅のゴミ箱は、土崎で製作しているのだけど、上の写真で手前にあるのって?
ミニゴミ箱?
ビン・カン・ペットボトルは入れられそうにないけれど、かわいい。売ったら売れるかも。
自動券売機類の筐体も製作していて、多機能券売機EM10は今年度28台・4年前から累計375台、新型自動精算機EX10は今年度48台、3年前から累計214台を製作したとのこと。
なぜか工場内のあちこちで来場者向けに飴玉が置かれていた。
さらに、
何者?
スーパーこまちみたいなのをサンタクロースみたいな人たちが引っ張っている?
E6系っぽい荷車にボンベを積んで工場内を巡回し、小さな子どもがいるとその場で風船を膨らまして渡したり、飴を配ったりしていた。案内によれば「軌道線士すーぱーこまち隊」だそう。
レンガ造の建物前ではシュウメイギクが咲いていた
今回も楽しくてためになった見学でした。