”春が近くなった気がする”と言いたいが暦の上では”立派に春”。春の到来は何で感ずるか、と言えば1番は空気の穏やかさだろうか、そして花々が見せる景色も。今回は朝の散歩道の野草の花である。先ずは仏の座だ。花の咲く形が仏の座に似ているからとの名のようだ。小さい愛らしい花だ。
ヒメオドリコソウの芽生えも今の時期を飾る。固まって咲いていることが多く、茎がニョキニョキと出ている光景は楽しい。踊子草とはかなり異なる花だ。
放置された山あいの畑が埋め尽くされている。ぺんぺん草だ。正式名はナズナ、春の7草の一つだ。ぺんぺん草の謂れは種子になった時に、軸を持って回すと種子がぶつかり、“ぺんぺん”と鳴る音から来ている。この音から”しゃみせん草”の別名もある。”近江商人が通った後にはぺんぺん草も生えない”との言葉もある。昔の近江商人の凄さを感じさせる言葉だ。
私の前をちょんちょんと飛ぶと言うか、歩く鳥がいる。ホオジロにも見えるがお腹のがらからツグミではないかと思う。春先、まだ水の張っていない田んぼを楽しんでいるかのようだ。
我が町、お茶の里と謳っているが梅の里でもある。茶畑と梅畑が織りなす風景を紹介する。紅白の梅である。収穫のために植えられたのではないようであまり刈り込まれていない。小梅の木のようだ。
茶畑の脇に梅1本だけと言う光景も多い。こうして植えられた木も刈り込まれていないのでたくさんの実が生るようだ。
どちらも収穫するために植えられた木で矮化栽培になっている。小さく育てられているが幹は太く、年月を思わせる。
お茶と言えば”お茶を濁す”と言う格言がある。”その場しのぎの言葉で適当に誤魔化すような意味だと思う。”茶化す”言う言葉もあるが今では死語に近いだろうか、”いじる”がそれに近いように感じる。今日、広島県で桜の開花宣言があった。来週には各地から開花の声が聞こえて来そうだ。桜と言えば”サクラ”と言うおとりを表す言葉もあるが私は何と言っても”桜餅”を想像する。ケーキなら紅茶・コーヒーが合うが桜餅には日本茶が良い。”桜餅にお茶が一番”、こういう私はやっぱり古い人間でしょうかねー。
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