映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

望み

2021年10月31日 | 映画(な行)

父の思い、母の思い

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石川家は、一級建築士の一登(堤真一)、
校正者の妻・貴代美(石田ゆり子)、
長男・高校生の規士(ただし)(岡田健史)と
その妹・中学生の雅(清原果耶)の4人暮らし。
一登の設計したスタイリッシュな一軒家に住む、
ちょっとうらやましいくらいの幸せな家族。

ところが、サッカー一筋だった規士が足の怪我で
サッカーを出来なくなったときから翳りが見え始めます。
目標を見失った規士は、遊び仲間と過ごすことが多くなり、
無断外泊も多くなってきます。
そしてある日、家を出たまま帰らず、連絡も途絶えてしまう。

やがて、規士の同級生の殺害死体が見つかり、
警察によると規士が事件に関与した可能性が高いという。
関係すると思われる行方不明の少年は3人。
犯人とみられる少年は2人。
そしてもう1人は被害者となっているらしい、とのこと。

果たして規士は犯人なのか、それとも被害者なのか。

まだ事実関係もはっきりしないうちに、世間はすっかり規士を犯人扱い。
テレビなどでは実名を明かさなくても、
SNSなどであっという間に規士のこと、石川家のことが明かされ、
家族はいわれのない誹謗中傷に晒されることになってしまいます。
このままでは一登の仕事も雅の進学もダメになるかも知れない・・・。

こんな時、父である一登は思う。
息子が犯罪者であるはずがない。
彼は正しい判断をするはずだ・・・。
しかしそう思うことは息子が被害者の方で、
すなわちおそらくもう命はないと思うことなのです。
そしてまた打算的ではあるかもしれないけれど、
少なくとも息子が被害者であれば、我が家は今後もなんとか維持出来るだろう・・・。

一方、母・貴代美は思うのです。
たとえ犯罪者であろうとも、とにかく生きて戻ってきて欲しい。
生きてさえいれば、どんな困難も乗り越えられる、と。

 

父親と母親の思いが交差。
一体どんな結末が待ち受けているのか、息を潜めて待つ感じです。

 

それにしても、こうして家族が追い詰められていく様は、なんとも苦しい・・・。
そもそも家族は家族。
本人とは別なのに、未だにこうしてすべて一絡げというのに私は憤りを感じてしまいます。

 

<Amazon prime videoにて>

「望み」

2020年/日本/108分

原作:雫井脩介

脚本:奥寺佐渡子

出演:堤真一、石田ゆり子、岡田健史、清原果耶、松田翔太、竜雷太、渡辺哲、三浦貴大

 

息苦しさ★★★★★

満足度★★★★☆

 


犬鳴村

2021年10月30日 | 映画(あ行)

心霊現象は時空も超える

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普段あまり見ないのですが、まあたまにはホラーもいいかな?と。
本作は、福岡県に実在する心霊スポットを舞台としているとのこと。

森田奏(三吉彩花)は臨床心理士として働いています。
ある日、兄(板東龍汰)とその恋人の摩耶(宮野陽名)が、
心霊スポットといわれている犬鳴トンネルを抜け、
今はあるはずのない“犬鳴村”へ行ってきたというのです。
その後、様子のおかしかった摩耶がナゾの自死。
そしてその後も不審な人の死が続きます。
一体何が起こっているのか。
犬鳴村とは・・・?

犬鳴村はかつてあった山奥の集落ですが、
欲得まみれの政治家や金持ちによって蹂躙され、
その暗く悲惨な歴史を隠蔽されて消え去った村。

なぜか突然死した人々は皆「水死」。
水もない場所でなぜ・・・?と思うわけですが、
村の秘密を知ってみればこれが、なるほど~なのでした。

山の古いトンネルも恐いのですが、本作中もっと恐いのは、電話ボックス。
夜中の2時に電話ボックスの電話のベルが鳴り響きます。
よせばいいのに、その電話に出てしまう登場人物たち・・・。
その電話ボックスの扉が開かなくなって、どこからか水があふれ出して・・・、
イヤ~、恐いですね~、不気味ですね~・・・。

心霊現象は時空をも超えるらしい。
そういう仕組みも、なかなか興味深い作品でありました。
私なら心霊スポットと呼ばれる場所になんか、昼間でも近寄りません、絶対!!

 

<WOWOW視聴にて>

「犬鳴村」

2020年/日本/108分

監督:清水崇

出演:三吉彩花、板東龍汰、宮野陽名、石橋蓮司、高嶋政伸、高島礼子、古川毅

 

怖さ★★★★☆

満足度★★★.5

 


CUBE 一度入ったら、最後

2021年10月29日 | 映画(か行)

生死のかかったストレスの中で、人間性を露わにしていく人々

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ナゾの立方体に閉じ込められた男女6人の脱出劇。
低予算ながら世界的ヒットを記録したカナダ、ビンチェンゾ・ナタリ監督のスリラー
「CUBE」の日本版リメイクです。

私、ついこの間オリジナル版を見て予習しておきましたので、
それとの比較も楽しめました。

突然ナゾの立方体に閉じ込められた男女6人。

エンジニア(菅田将暉)、
団体職員(杏)、
フリーター(岡田将生)、
中学生(田代輝)、
整備士(斎藤工)、
会社役員(吉田鋼太郎)。

四方上下にいくつも連なった直方体の部屋には
熱感知式のレーザーやワイヤースライサー、
火炎噴射などの殺人トラップが仕掛けられていて、
暗号を読み解きながら進んでいかなければなりません。
こんな極限状態の中、それぞれの人間性がむき出しになっていく・・・。
また各々が以前から抱えていたトラウマもあり・・・。

オリジナルでも各人の職業が明確になっていて、
そしてそれはここを脱出するために必要な能力をそれぞれが持っている
という筋立てだったのですが、
こちらでは特に職業は深い意味を持っていません。
主人公的エンジニアと少年の持っている心の傷がサイドストーリーとなっています。

それにしても、メンバーの中に数学の得意な人が入っていなければ
どうにもなりませんよね、これ。
それと上の扉を開けようとするときに、ものすごい体育的能力が必要と思われるのですが、
オリジナルでは全員がそれをクリアできてた。
日本版はさすがに服を脱いでつなぎ合わせて引っ張り上げてくれていました。
こちらの方が実際的です。
降りるときも、飛び降りることが出来るような高さじゃなかったと思うのですが、
飛び降りちゃってたかも・・・?

そしてオリジナルと違う点がもう一つ。
・・・でもこれは秘密にしておきましょう。

恐いというよりも、疲れる・・・、そういう作品。

 

<シネマフロンティアにて>

「CUBE 一度入ったら、最後」

2021年/日本/108分

監督:清水康彦

原作:ビンチェンゾ・ナタリ

出演:菅田将暉、杏、岡田将生、田代輝、斎藤工、吉田鋼太郎、柄本時生

 

スリル度★★★★☆

満足度★★★.5


「探偵は教室にいない」川澄浩平

2021年10月28日 | 本(ミステリ)

自由で、甘いものに目がない、ナイスな探偵

 

 

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わたし、海砂真史(うみすなまふみ)には、ちょっと変わった幼馴染みがいる。
幼稚園の頃から妙に大人びていて頭の切れる子供だった彼とは、
別々の小学校にはいって以来、長いこと会っていなかった。
変わった子だと思っていたけど、中学生になってからは、
どういう理由からか学校にもあまり行っていないらしい。
しかし、ある日わたしの許に届いた差出人不明のラブレターをめぐって、
わたしと彼――鳥飼歩(とりかいあゆむ)は、九年ぶりに再会を果たす。
日々のなかで出会うささやかな謎を通して、
少年少女が新たな扉を開く瞬間を切り取った四つの物語。
第二十八回鮎川哲也賞受賞作。

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川澄浩平さんは、北海道出身の作家さん。
漫画原作者から小説へと歩みを勧めてきた方です。

本巻は日常のナゾの連作短編。
中学生、海砂真史が語り手で、探偵役となるのはその幼なじみの鳥飼歩。
彼は頭脳明晰ながら非常に独創的で、簡単に言えば変人でもある。
なぜか学校にもほとんど行っていない。

真史は背高のっぽのバスケ部員。
同じバスケ部の親しくしている友人3人と自分自身の抱える問題を
それぞれ解きほぐしていく4篇という構成がステキです。

そして何より、彼らが住んでいるのは札幌で、
私にとっても実に生活圏である地名やその描写満載なので、
勝手に親しみを覚えてしまいました。

 

最後の一篇は、真史が父親と衝突したことで家出をして、
思わぬアクシデントが起きてしまうというストーリー。
その大筋はよいのです。
でも真史さんの性格を見ると、かなりその両親も寛大で理解ある人たちであろうと推察される。
それなのにその父親の吐く言葉があまりにも類型的な、
権威をカサに着たオヤジ風なのがちょっと違和感でした。
真史を家出させるための親子げんかという仕掛けがわざと過ぎる・・・。

とはいえ、この歩クンの甘いもの好きと変人ぶり、
そして探偵ぶりは大いに気に入りましたので、
続編もぜひ読もうと思います。
「不登校」をネチネチと、いじめが元でとかなんとか
書いていないところがカラッとしていて気に入っています。
まあ彼の場合は、いじめではないと思いますが。

「探偵は教室にいない」川澄浩平 創元推理文庫

満足度★★★★☆

 


ピストルと少年

2021年10月27日 | 映画(は行)

本当の自分の名前が知りたい

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少年・マルクは反抗期まっただ中。
アルコール依存の母も、その男も、学校も、何もかもが気に入りません。
そんなあるとき、母に死んだと聞かされていた「姉」から電話がかかってきます。
姉は生きていて、そう遠くないところに住んでいると知ったマルクは
姉に会ってみたいと思います。

マルクは義父が隠していたピストルを持ち出し、
薬局で強盗をして、旅の資金を作ります。
ところがその直後、顔見知りの刑事ジェラールと出くわし、
図らずも彼に銃を突きつけて、姉の住む町に向かうことに。

姉・ナタリーは始め弟と会うことも拒んでいたのですが、
やがて弟と向き合い、刑事に弟の罪を軽くするよう頼み始めます。
そして、少年と少年に付き添う姉、そして刑事のおかしな3人連れに・・・。

決してコメディではありません。
それぞれのこの先のことを思うと暗澹とせざるを得ないのですが、
それにしてもジェラールが、つい少年やその姉の情にほだされ
気持ちが緩んだところをだまされたりして、
自分で自分を呪うような出来事が繰り返されるのには、つい、笑ってしまいます。
結局お人好しなんですね。

 

マルクは今、実の父親ではなく母の再婚相手の姓を名乗っているのです。
でもそれは何か違うと思う。
母は実の父の名前も教えてくれないので、なんだかしっくりこない。
つまり自らのアイデンティティの問題なんですね。
自分が自分自身で在ろうとするときに、その寄る辺がない。
そこで、父と一緒に家を出ていた姉に会って、
やっと本来の自分の名前を知るのです。
そして、実は彼にはもう一人、里子に出されている妹もいます。
マルクは思う。
いつか姉と妹と自分、3人で暮したい、と。

もはや親は、子供が自分自身であろうとすることを阻害する者という認識なのでしょう。
3人連れのロードムービー。
印象深い作品です。

ところで見終わってから解説を読んで気がついたのですが、
本作、1990年の作品。
見ている間そんなに古いとは思っていなかった。
けどそういえば誰もケータイもスマホも持っていなくて、
公衆電話から電話をかけていたな。

どんな時代でも人の心のありようは変わりません。

 

<WOWOW視聴にて>

「ピストルと少年」

1990年/フランス/100分

監督・脚本:ジャック・ドワイヨン

出演:リシャール・アンコニナ、ジェラール・トマサン、クロチルド・クロ

 

少年の無軌道度★★★★☆

ロードムービー度★★★★☆

満足度★★★★☆


草の響き

2021年10月25日 | 映画(か行)

自分の存在を確かめられるとき

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夭逝の作家・佐藤泰志さんの小説を原作としています。
氏の原作の映画化としては5作目。
本作は一番重いかもしれません・・・。

心のバランスを崩して、妻・純子(奈緒)とともに
故郷の函館へ戻ってきた工藤和雄(東出昌大)。
仕事はしばらく休業することにして、
医師の勧めで治療のため街を走り始めます。

その効果があってか、少しずつ心の平穏を取り戻し始める和雄。
そんなある日、路上でいつもスケートボードをしている若者たち3人と知り合います。
特に挨拶も会話も交わすわけでもないけれど、
3人もつられたように和雄と走るようになります。
ところがあるとき、そのうちの1人の姿が見えなくなります・・・。

本作では和雄の様子の合間に、この3人の様子が挿入されていて、
同時進行でストーリーが進んでいきます。
和雄が走っているシーンに公園で3人が遊んでいるのが重なるシーンがあって、
すごくステキな演出だなあと感服しました。
このときはまだ互いの存在には気づいていないのです。

スケボーが得意なアキラは高校を転校してきたばかりということもあり、
人を寄せ付けないような影を抱いています。
そこに、学校を不登校気味というヒロトがすり寄ってきて、
スケートボードを教わっていたのです。
このアキラの雰囲気がどことなく和雄と似通っているので、
始めのうち私は、この若者3人のシーンは和雄の過去のシーンなのかと思ったくらいです。

でも、そうではなかった。
アキラに翳りがあったのは確かだけれども、特別に大きな難しいできごとがあったわけでもない。
それなのにある日突然アキラは自分の生を止めてしまった・・・。
そして同じ闇が和雄にも広がっていくようです・・・。

夫がこんな様子だったとき、妻・純子はできる限りの援助をしていたと思います。
それでも夫の心をすくい上げることが出来ない。
もしかすると自分の存在が夫を追い詰めているのか・・・
そう思うと余計に辛い。
ラストの彼女の決断は無理もないと思います。

そして和雄にはいい友人もいるのです。
この函館で高校時代からの友人で教師をしている佐久間(大東駿介)。
和雄の様子を分かっていて、決して押しつけがましくなく寄り添おうとする頼もしい友人。

しかし、こんな妻や友人がいてさえも、心の虚ろは埋められないものなのか・・・。
ただただ走って、なにも考えないことだけが心の救いだとは・・・。
心の虚ろを空白で埋めるようなものだなあ・・・
でも自分自身の存在を最も実感できる時ではあるのでしょう。

なんだか見ているのが辛い。
佐藤泰志さんの心の闇に呑み込まれそうになります・・・。
なんと生きにくい世の中なのか。
自分自身が沈みがちと思うときは、本作は見ないほうがいいかもしれません。

お久しぶりの東出昌大さん。
もう、いいんじゃないでしょうか。
また活躍を拝見したいです・・・。

<シアターキノにて>

「草の響き」

2021年/日本/116分

監督:斎藤久志

原作:佐藤泰志

脚本:加瀬仁美

出演:東出昌大、奈緒、大東駿介、Kaya、林裕太、室井滋

心の崩壊度★★★★☆
息苦しさ★★★★★
満足度★★★.5

 


ベル・エポックでもう一度

2021年10月24日 | 映画(は行)

お好みで疑似体験

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世の中の変化について行けない元人気イラストレーターのヴィクトル(ダニエル・オトゥイユ)。
妻・マリアンヌ(ファニー・アルダン)からも見放され、家を追い出されてしまいます。

息子が父を元気づけようと、友人アントワーヌが始めた“タイムトラベルサービス”をプレゼント。
それは利用客の希望する「過去」を、映画の撮影セットで再現する体験型のサービス。
ヴィクトルは「1974年5月16日のリヨン」をリクエスト。
当時そのままの街並みにあるなじみのカフェ「ベル・エポック」で、
妻との出会いの時を再体験しますが・・・。

タイムトラベルサービスというのが面白いですね。
別にタイムマシンが出てくるわけではあありません。
映画の撮影セットを用いてその時代を正確に作り上げ、
エキストラもバッチリ時代考証に基づいた衣装を身につけます。
フランス革命の時代、第二次大戦下・・・お好みのまま。
でもヴィクトルはあえて自分の若かりし頃、
妻と初めて出会った日と場所をリクエスト。
そして妻の「マリアンヌ」役を演じた女優、マルゴに実際に恋心を抱いてしまうのです。
実はこのマルゴは、息子の友人アントワーヌの恋人なのですが・・・。

冷め切った妻との間柄を見つめ直すという意味では、
実に意義のありそうな体験ではありますね。
若き日の燃えるような恋も時が過ぎれば枯れ果ててしまう・・・
ということでもあるのかと思うと、ちょっと切ない。

それにしても、このタイムトラベルサービスはとても面白そうなのだけれど、
ものすごく高いものになるでしょうね。
セット、衣装、俳優、プロデュース・・・、
映画会社がサイドビジネスでやるのがいいかも。
ヴィクトルがプレゼントされたサービスは1日分だけだったのですが、
マルゴと会いたいがためにサービスを延長して、
ついには別荘を売るハメになったりもします。

さもありなん。

<シネマ映画.comにて>

「ベル・エポックでもう一度」

2019年/フランス・ベルギー/115分

監督・脚本:ニコラ・ブドス

出演:ダニエル・オトゥイユ、ギョーム・カネ、ドリア・ティリエ、
   ファニー・アルダン、ピエール・アルディティ

 

着想度★★★★★

夫婦の倦怠度★★★★☆

満足度★★★.5


「初夏の訪問者 紅雲町珈琲屋こよみ」吉永南央

2021年10月23日 | 本(その他)

死んだはずの息子が生きていた??

 

 

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紅雲町でお草が営むコーヒー豆と和食器の店「小蔵屋」では、
近頃町にやってきた親切で物腰がスマートな男のことが話題になっていた。
ある日彼は小蔵屋を訪ね、お草に告げる。

「私は、良一なんです」

お草が婚家に残し、3歳で水の事故で亡くなった息子・良一。
男はなんの目的で良一を騙るのか、それとも、あの子が生き返ったのか──?

* * * * * * * * * * * *

吉永南央さんの、小藏屋のシリーズ第8弾。

今回はちょっと重い、お草さん自身に降りかかる難問。
お草さんには良一という息子がいたのですが、
やむを得ない事情で、まだ幼い良一を残し婚家を出ました。
そして間もなく、良一は3歳で水の事故で亡くなってしまったのです。

お草さんはそのことに二重に負い目を感じていて、
老いた今になっても、良一のことは忘れたことがありません。
さてそんなある日、お草さんの元をとある男性が訪ねてくる。
その男は近頃、親切で物腰が柔らかいと小蔵屋でも話題になることが多いのだけれど、
彼はお草に「私は良一なんです」という。

数十年も前に死んだはずの息子が、どうして・・・?!

 

お草さんは、これは絶対に何かの詐欺に違いない、と思います。
年寄りの一人暮らしにつけ込んで、何らかの形で有り金を巻き上げようとする悪人。
彼は、その昔のお草に関わるものを証拠として取り出すし、
話のつじつまも一応合っている。

こんなのはインチキに違いないと思いつつも、もし万が一本当だったら・・・
という思いも消すことが出来ないお草さん。
本当に悩みが深いときは、親しい人にも逆に言えないものですね。
お草さんは由紀乃さんにも打ち明けられず、悶々としてしまうのです。

本巻はこの大きな出来事を軸に、店員久美さんのラブストーリーの続きや、
ご近所のアルコール依存症の人のこと、怪しげな宗教団体のこと・・・、
相変わらず平和なはずの町にも、人が生活する上での生々しい問題がチクチクと顔を出します。

いつも穏やかでいたい。
けれどなかなかそうは行かないものですね。
でもちゃんと互いに気にかけあっている人々の存在はいいものです。

ご近所にこんなお店があったら、私もぜひ行ってみたいといつも思う次第。

 

「初夏の訪問者 紅雲町珈琲屋こよみ」吉永南央 文春文庫

満足度★★★★☆

 


DUNE デューン 砂の惑星

2021年10月22日 | 映画(た行)

舞台も雄大。上演時間も雄大。

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さて、ほとんどの映画評論でも絶賛の本作、
私はあまり見るつもりはなかったのですが、
この日タイムスケジュールのちょうど合う作品がこれしかなかったもので、見た次第。
年のせいか私、この頃このようなSF超大作的な作品を面白く思えないのです。
スターウォーズだって見てませんもんね。

でも本作は、意外にも感動的に面白かった・・・と、言いたいところですが、
やはりダメでした(^_^;)

楽しめないというのはあくまでも「人間ドラマ」好きの私の感想なので、
皆様の参考にはならないと思います・・・。
良かったと思う点だけ、揚げることにしますね。

あ、別に説明しなくてもいいかと思いつつ、一応ストーリーを。

10191年(!!)、惑星デューンは砂に覆われた一見不毛の地ですが、
抗老化作用等を持つ香料、メランジの唯一の生産地です。
レト・アトレイデス侯爵が皇帝の命によりこの星を治めることになり、
息子ポールを伴いこの地に降り立ちます。

しかし実はこのことは、アトレイデス家の勢力を奪おうとする皇帝と
ハルコンネン家による陰謀で、父は殺され、ポール自身も命を狙われることに。

さてポールは、特殊能力を操る女性教団ベネ・ゲセリットの血を引いており、
「やがて宇宙に調和をもたらす」とされている者、その人であるらしいのです。
ポールはこの砂の惑星で、次第に自らの使命に目覚めていきます。

あ、改めてまとめてみると結構ドラマチックですね。
どんなに時が移り変わっても人の争いのネタはやはり利権がらみなんだなあ・・・。

果てしなく広がる砂漠の星。
この茫漠とした感じがいい。

そしてその砂の下に潜む“砂虫”というのがなんとも迫力満点で、恐い。
砂漠に住むジョーズって感じ。
いや、ジョーズよりも果てしなく大きいのですが。

巨大な宇宙船や、トンボのように羽を震わせながら飛ぶ小型飛行機などのメカが魅力的です。

ポール役のティモシー・シャラメはかっこよくて見とれてしまいます。
さすが、ビューティフル・ボーイ。
本作中での成長ぶりにも胸が熱くなる。

・・・と、まあ、興味がわいた方はできればIMAXシアターなどでお楽しみください。
(私は普通のスクリーンでしたけど)

長いのが本当に長く感じてしまった私・・・。
あ、「燃えよ剣」とさほど変わらないのか。ウソ~。

<シネマフロンティアにて>

「DUNE デューン 砂の惑星」

2021年/アメリカ/155分

監督:ドゥニ・ビルヌーブ

原作:フランク・ハーバート

出演:ティモシー・シャラメ、レベッカ・ファーガソン、オスカー・アイザック、
   ジョシュ・ブローリン、ステラン・スカルスガルド

壮大さ★★★★★

ドラマ性★★★☆☆

満足度★★★☆☆


ヒトラーに盗られたうさぎ

2021年10月21日 | 映画(は行)

苦しいけれども、これでも幸運ではある

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英国の絵本作家ジュディス・カーが、少女時代の体験を元につづった
自伝的小説「ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ」を映画化したものです。

1933年2月。
ベルリンで両親と兄と暮す9歳のアンナ。
父はユダヤ人の演劇評論家。
新聞やラジオでヒトラーへの痛烈な批判を展開していました。
しかし、次の選挙でヒトラーの勝利が現実味を帯びてきたことに身の危険を感じ、
密かに亡命の準備を進めます。

そんなことは何も知らないアンナは、ある日突然「家族でスイスに逃げる」と告げられます。
持ち物は一つだけといわれ、大好きだったピンクのウサギのぬいぐるみを置いたまま、
アンナは家族と家を出ます。
そうして家族は、スイスの片田舎→パリ→ロンドンと場所を移していくのです。

彼ら家族は誰も知っている人がいなくて、言葉も分からないところへ移動していく。
ベルリンではそこそこ良い暮らしをしていましたが、
そこを出ればほとんど収入はなく、パリでは大変厳しい状況になっていきます。

けれど、そんな中で「うちって貧乏だったの?」と驚いていたアンナがおかしい。
こういう家族って楽しい。
お金が無いことでギスギスしてしまう時もあるけれど、
苦しいときこそ家族皆で乗り越えていけるものですね。
アンナは引っ越す度にせっかく親しくなった友だちと
別れなければならないのが悲しくて仕方ないのです。

でも最後には、家族皆もまた新しいところで頑張ろうと、
希望を持って団結出来るところがステキです。

お父さんはつぶやきます。
「元々ユダヤはさすらいの民だ・・・。」

さてそれにしても、こうしていよいよユダヤ人への弾圧が始まる寸前の
ドイツを抜け出すことが出来たのは、
実に幸運なことであったと言わなければならないでしょう。
多くのユダヤ人人はそれもままならず、家も財産も自由も、
そして命さえも奪われることになってしまいます。
彼ら家族がパリに長くいても危険なところでしたが、
幸いロンドンで仕事が見つかって移動できたこともまた幸いでした。

ジュディス・カーはイギリスで2019年に95歳で亡くなったとのことですので、
イギリスが安住の地となってつくづく良かった・・・。

一つの家族を通して、歴史の重みを感じさせる、貴重な物語だと思います。

<WOWOW視聴にて>

「ヒトラーに盗られたうさぎ」

2019年/ドイツ/119分

監督:カロリーヌ・リンク

原作:ジュディス・カー

出演:リーバ・クリマロフスキ、オリバー・マスッチ、カーラ・ジュリ、
   マリヌス・ホーマン、ウルスラ・ベルナー、ユストゥス・フォン・ドーナニー

 

家族愛度★★★★★

翻弄される運命度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


おとなの事情 スマホをのぞいたら

2021年10月19日 | 映画(あ行)

秘密が明かされるとき

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先にイタリアのコメディ映画「おとなの事情」を見たところですが、
本作はその日本版リメイク。

親しく付き合いのある3組の夫婦と一人の独身男が集まり、
それぞれのスマホに届くメールや電話を全員に公開するゲームを始めるという、
同じストーリーです。
本作は各人の職業や、独身男がゲイであること、
二人のスマホを入れ替えることで起こる混乱、
等ほとんど元版を踏襲しています。

でも日本版はやはりわかりやすいというか、
それぞれの人の反応などがとても納得しやすいというか、
まあ、親しみやすいです。
そしてこれが月食の夜という設定も同じ。
けれど、本作に関しては、これが月食の夜である必然性が本当にあるのかどうか、
ちょっと疑問。

元版と大きく違うところが一つだけあって、それが、この7人の関係性。
元々どのように知り合ったのか、というところが問題になります。
それで、結局秘密だらけで裏切られたような気がしても、
それでも僕らは絆で結ばれている・・・みたいな終わり方になっちゃうのです。
中程は変にウェットな感じにもなってしまっていて、
これがやはり日本版だからなのかなあ・・・と感じてしまうところ。
で、エンディングロールでこの脚本が岡田惠和さんと知って、妙に納得。
それにしても本作はちょっと、いい話にしようとしすぎたように思います。

元版の、ちょっと突き放したような、秘密は秘密のままで本当にいいのか、
と突きつけられる感じがなくなってしまった。
イタリアの元版に軍配を上げざるを得ません。

 

<WOWOW視聴にて>

「おとなの事情 スマホをのぞいたら」

2021年/日本/101分

監督:光野道夫

脚本:岡田惠和

出演:東山紀之、常盤貴子、田口浩正、益岡徹、鈴木保奈美、木南晴夏、淵上泰史

原作再現性★★★☆☆

満足度★★.5

 

 


燃えよ剣

2021年10月18日 | 映画(ま行)

運命の波に傲然と立ち向かう

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待ってました!!
新選組副長、土方歳三の生涯を描きます。

武州多摩の農家に生まれた土方歳三(岡田准一)は、「武士になりたい」という思いで、
近藤勇(鈴木亮平)、沖田総司(山田涼介)ら同士とともに京都へ向かいます。
芹沢鴨(伊藤英明)を局長に徳川幕府の後ろ盾で新選組を結成。
土方は、鬼の副長と恐れられながら、
討幕派の制圧のため、京都の町で活躍するも・・・。

原作は司馬遼太郎。
最も私たちの持つイメージに近い新選組の物語かも知れません。
中でも土方歳三については、昨今「青天を衝け」(町田啓太)や
「土方のスマホ」(窪田正孝)(?!)でも、その最期を見届けたばかり。
それで、岡田准一さんの土方というのはちょっと違うなあ
・・・と、私は思っていました。
でも本作を見終えるときには、失礼しました、イヤ、これ本物、
土方はこの人しかいない!!
と思っていたので、いい加減なものです・・・。

確かに、町田啓太さんの土方はかっこよかった。
でも、田舎の村で「バラガキ」と呼ばれていて、
ただただ、強くなって何者かになりたいという思いでひたすらに突き進んでいく。
刀使いは鋭いというよりもとにかく強い。
バシッとたたき切る感じ。
確かにこうでなければ人は切れますまい。
なんとも迫力のある殺陣シーン。
こうした骨太の感じが、岡田准一さんだからこそ出せたと思います。
終盤の、髷を切って洋装の土方さんはやっぱりカッコイイ!!

新選組の目を覆うような粛清の嵐、
戊辰戦争に敗れた後のそれぞれの生き様、
歴史の大波に翻弄される運命はやはりロマンを感じます。

最期まで「武士」を貫いて散っていった土方歳三。
ああ・・・無性にまた函館に行きたくなってしまいました。

私の推しの松下洸平さんは斎藤一役。
ええと、本作はコロナ禍の影響で公開がかなり遅くなっていて、
実のところは、松下洸平さんが朝ドラ「スカーレット」でブレイクする前に
もう撮り終えていたそうです。
今ならもう少し出番の多い役につけたかも。

でも斎藤一といえばアレですよ。
「るろうに剣心」の中で、江口洋介さんが演じていた役。
悪くはないです。

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余談ではありますが、私の初めての「新選組」体験は、
木原敏江さんのコミック「天まであがれ」なのです。
いまもその時の新選組メンバーの面影が忘れられない。
土方歳三は「うるわしのフィリップ」さまでありました。

 

<シネマフロンティアにて>

「燃えよ剣」

2021年/日本/148分

監督・脚本:原田眞人

原作:司馬遼太郎

出演:岡田准一、柴咲コウ、鈴木亮平、山田涼介、尾上右近、山田裕貴、松下洸平、伊藤英明

 

歴史ロマン度★★★★★

鮮烈な生き様度★★★★★

満足度★★★★★

 


「叫びと祈り」梓崎優

2021年10月17日 | 本(ミステリ)

異国を旅する探偵

 

 

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砂漠を行くキャラバンを襲った連続殺人、
スペインの風車の丘で繰り広げられる推理合戦…
ひとりの青年が世界各国で遭遇する、数々の異様な謎。
選考委員を驚嘆させた第5回ミステリーズ!新人賞受賞作を巻頭に据え、
美しいラストまで突き進む驚異の連作推理。
各種年末ミステリ・ランキングの上位を席捲、
本屋大賞にノミネートされるなど
破格の評価を受けた大型新人のデビュー作。

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梓崎優さんは、私には初めての作家。
デビュー作なのだそうですが、2010年に刊行されたもの、
ということで、私、かなり出遅れております・・・。

本巻はミステリの連作短編集となっていて、
探偵役となるのは斉木という青年。
彼は、海外の動向を分析する雑誌社に勤めており、
仕事でほとんど年中海外を旅しています。
それも観光地などではなく、かなり辺鄙な場所が多い・・・。

そんな、日本や他の近代化された土地では思いも寄らない、
その土地ならではのことが「常識」となっていることもあって、
行く先々で起こる謎を斉木が解いて行きます。

 

広大な砂漠をラクダで何日も旅したり、
スペインの風車の丘を歩いたり、
ロシアの片田舎の丘陵地帯に出向いたり・・・。
殺人事件が起こるので、牧歌的とは言いませんが、
まるで一緒に旅しているような、旅情漂うステキな描写。
なかなかいい感じ・・・と思いながら読んでいって、
終盤、「叫び」では、アマゾンの奥地に踏み行った時の出来事に凍り付きます!! 
なんと彼は、致死率の極めて高いナゾの感染症に直面することになる。

 

このときの体験もトラウマの一つなのではと思うのですが、
次の最終話「祈り」では、斉木はついに私たちの手の届かないところに・・・。

のんきに読んでいると足下をすくわれる、シビアな物語でもありました。

「叫びと祈り」梓崎優 創元推理文庫

満足度★★★★☆


シンデレラ

2021年10月16日 | 映画(さ行)

自分の力で生きたいシンデレラ

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Amazon オリジナル作品。
あの「シンデレラ」の物語を現代風にアレンジしたミュージカルです。
テレビでまでCMを流していたものだから、つい・・・。

ストーリーは誰もが知っている「シンデレラ」そのもの。

けれどここでは、エラ(シンデレラ)は、いつかドレスデザイナーとして世に認められて、
自分の力で生きていきたいという夢を抱いているのです。
そんな彼女が、市場で自分の作ったドレスを売っているところに、
お忍びで来ていた王子と出会う。
つまりお城の舞踏会で出会うより以前に二人は出会っていた、ということです。



そうして、舞踏会の夜の再会。
王子はエラにプロポーズするのですが、彼女は・・・?

自分の夢をあくまでも貫きたい。
けれど結婚も捨てがたい・・・。

しかしさすがに今様の物語であります。
女だからといって結婚がすべてではない。

でもまあ本作については、さほどこのようなことにこだわらずとも、
ただただステキな音楽、歌声やダンスを単純に楽しめばよいと思います。

それと、魔法使いのおばあさんはなんとドラァグクイーン的男性でした!! 
なんとも斬新で、これはいいですね。

それにしても最後に思う。
王子は王位を継ぐことをやめて、愛する人と共にいることを選ぶ・・・って、
結局あんたは何をするの?と。

あれ、でもさらに考えてみると、
従来の物語で、シンデレラが王子と結婚して、何もしなくてもよい身の上になったとしても、
それには誰も文句言いませんよね。
男性である王子の場合にだけ異議を唱えるというのは、
これもまたセクハラということになるのか。
いっそこの際、イクメンを目指してくれ給え、王子。

<Amazon prime videoにて>

「シンデレラ」

2021年/イギリス・アメリカ/112分

監督・脚本:ケイ・キャノン

出演:カミラ・カベロ、ビリー・ポーター、イディナ・メンデル、
   ピアース・ブロスナン、ニコラス・ガリツィン

 

斬新さ★★★★☆

楽しさ★★★★★

満足度★★★★☆

 


マスカレード・ナイト

2021年10月15日 | 映画(ま行)

大晦日の混乱の夜

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先の「マスカレード・ホテル」は見たので、やはりこちらも見ておきましょうかね、
ということで。

 

ホテル・コルテシア東京に再び潜入捜査に踏み込んだ刑事・新田浩介(木村拓哉)と、
今度はコンシェルジュに昇進した優秀なホテルウーマン・山岸尚美(長澤まさみ)の物語。
都内マンションで起きた殺人事件の犯人が大晦日にこのホテルで行われる
カウントダウンパーティー「マスカレード・ナイト」に現れる、
という匿名ファックスが来たことにより、警察が動き始めます。
しかしここで問題なのは、500人の参加者は全員仮装で顔を隠しているということ・・・。
誰が誰やら分からない・・・。

そもそも犯人の意図は? 
そして、このことを知らせたファックス送信者の意図は??

まあとにかく豪華出演者と、誰も彼もがうさんくさいという
このお祭り状態の作品は、あまり深く考えずに、楽しめばいい。
そういうものだと思いますので、あれこれは言いますまい。

シリーズ2作目は、始めから登場人物の性格や関係性が分かっていて
すんなり入り込めるところがお得です。

新田と山岸は、顔を合わせればつい小競り合いをしてしまいますが、
互いの仕事に対する姿勢や能力を分かっていて、
そしてリスペクトもしているというあたりが、見ていて心地よいですね。

次作はロサンゼルスが舞台?
・・・なわけないか。

 

<シネマフロンティアにて>

「マスカレード・ナイト」

2021年/日本/129分

監督:鈴木雅之

原作:東野圭吾

出演:木村拓哉、長澤まさみ、小日向文世、梶原善、泉澤祐希、沢村一樹、麻生久美子、博多華丸

 

豪華さ★★★★☆

ミステリ性★★★☆☆

満足度★★★.5