映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

シング・フォー・ミー、ライル

2023年10月31日 | 映画(さ行)

ワニのキリエ?

* * * * * * * * * * * *

米、児童文学作家バーナード・ウェーバーの名作絵本
「ワニのライル」シリーズの実写映画化。

 

ニューヨークの古びたペットショップを訪れたショーマンのヘクター(ハビエル・バルデム)は、
奇跡のような歌声を持つ小さなワニと出会います。

ヘクターはライルをショーの相棒にしようとしますが、
ライルはステージ恐怖症で歌うことができないのでした。
ヘクターはライルを残して去ってしまいます。

それから月日が過ぎ、ライルが隠れ住む家にある一家が引っ越してきます。
ジョシュという少年とその両親でした。
傷つき孤独に暮らしてきたライルは、
少年との出会いをきっかけに再び歌うことの楽しさを思い出し、
少年と心を通わせていきますが・・・。

初めてヘクターと出会ったときのライルは、まだまだ小さなワニだったのですが、
ジョシュたち一家と出会う頃のライルはすっかり大きく成長していて、
立派というかむしろ恐いくらいのワニさんです。

ヘクターは、人間の言葉を発して会話することができないのですが、
歌うことだけはできるのです・・・。
これって「キリエのうた」のキリエと同じですね! 
そしてそのうたが人々の心を打つというところも。

私はヘクターに置き去りにされたライルは、
これまで一体どうやって生き延びていたのだろうかと、気になったのですが、
その答えはストーリーを見ていくと分かりました。
夜になって家を抜け出して街を歩けば、
ゴミ箱にいくらでもまだまだ立派に食べられるものが捨てられているのです。
こんなムダなことが行われているという人間たちへの警鐘にもなっているわけ・・・。
しかしまあ、そのおかげで、ライルは大きく成長。

さてしかし、ここはニューヨーク。
ワニやら毒蛇やらの危険生物をペットとして一般住居で飼うことは禁止されているのです。

やがてそこヘクターが戻って来て、再びライルを舞台に上げようとするのですが、
それ以上の問題は、ライルが当局に見つかって捕獲されてしまいそうだということで・・・。

なんとも楽しい作品です。
実写の中に、ライルがCGで描写されるわけですが、
なんとも自然で、本当にそこにいるとしか思えない・・・。
CGは今や当たり前としか思えないくらいですが、
本作を見てまた改めてすごいなあ・・・と思いました。

私は字幕版で見たのですが、日本語吹き替え版は
ライルのうたを大泉洋さんが担当していて、話題になっていました。
ちょっと興味はあるのですが、もう一度見てみようというほどのことでもないかな・・・?

 

<WOWOW視聴にて>

「シング・フォー・ミー、ライル」

2022年/アメリカ/106分

監督:ウィル・スペック、ジョシュ・ゴードン

原作:バーナード・ウェーバー

出演:ハビエル・バルデム、コンスタンス・ウー、ショーン・メンデス、
   ウィンズロウ・フエグリー、スクート・マクネイリー

実写とアニメの融合度★★★★★

音楽性★★★★☆

満足度★★★.5


アナログ

2023年10月30日 | 映画(あ行)

デジタルなつながりはなくても

* * * * * * * * * * * *

建築デザイナーの水島悟(二宮和也)は、自身が手がけた喫茶店「ピアノ」で、
謎めいた女性、みゆき(波瑠)と出会います。

自分と似た価値観を持つみゆきに惹かれて行く悟。
みゆきと連絡先の交換をしようとしますが、彼女は携帯を持っていないというのです。
そこで、毎週木曜日にこの「ピアノ」で会う約束を交わします。

2人は会える時間を大切にし、丁寧に関係を紡いでいきます。
やがて、悟がみゆきに大事なことを告げようとしたある木曜日、
みゆきは現れませんでした。
そしてそのまま、その後も連絡がとれなくなってしまうのです・・・。

自分のことは何も言おうとしなかったみゆき。
それなので、この喫茶店で会えなくなると、悟にはもうどうすることもできないのです。
事の真相が分かるのは、悟の絶望があきらめに変わるころ・・・。
しかし、そこからの展開がまた意外で感動的。

私、何も予習なしに本作を見たので、感動で涙ながらのエンドロールを見てちょっと驚いた。
原作がビートたけしさんなんですね。
こんな温かな感動の物語って、ちょっと雰囲気が違うような気がしたものですから・・・。
(失礼しました!)

おずおずとした大人の男女の出会いと恋。
ピュアです。
ピュアでありつつも、その熱い思いは本物で尊い。
美しい。

さて、かつてケータイなどなかった時代はどうだったのか。
それはやはりイエデンの番号を聞くとか、住所を聞くとか、
勤め先を聞くとかはしておきますよね。
けれど、相手の思いを汲みすぎる悟は、
相手が言いたくなさそうなのを察してあえて何も聞かないでいたわけなのです。
いい人すぎるぞ、悟。

喫茶店のマスターはリリー・フランキーさんですが、
よく登場するのに、ほとんどセリフがありません。
あえて密かに二人の恋を応援するという役柄。
彼にしては、珍しい役柄なのでは?

また、悟の友人役の桐谷健太さんと浜野謙太さんがすっごくいい感じなのです。
悪友ではあるけれど、すごく信頼に足る奴ら。
3人で話をするシーンはアドリブでもすごく盛り上がりそうな雰囲気が出ていました。

 

ニノは事務所から独立しても、役者として全く問題なく前進できますね。
今後も楽しみにしています。

 

<シネマフロンティアにて>

「アナログ」

2023年/日本/120分

監督:タカハタ秀太

原作:ビートたけし

脚本:湊岳彦

出演:二宮和也、波瑠、桐谷健太、浜野謙太、板谷由夏、高橋恵子、リリー・フランキー

ピュアな恋愛度★★★★★

満足度★★★★.5


「遠い唇 北村薫自選日常の謎作品集」北村薫

2023年10月28日 | 本(その他)

先に登場した寺脇氏の周辺

 

 

* * * * * * * * * * * *

日常の謎の名手・北村薫による自選集!
表題作「遠い唇」のその後とは――?

コーヒーの香りで思い出す学生時代。
今は亡き、姉のように慕っていた先輩から届いた葉書には、
謎めいたアルファベットの羅列があった。(「遠い唇」)
など、2019年に刊行した全7篇に、
「遠い唇」の主人公・寺脇と、
『飲めば都』にも登場する女性編集者・瀬戸口まりえが
出会う場面を描いた「振り仰ぐ観音図」、
そして二人が再会し、句を介して関係が始まっていく様子を描いた
「わらいかわせみに話すなよ」の計2篇を加え、
ここに完全版として刊行!

* * * * * * * * * * * *

本巻、北村薫氏の短編集なのですが、
「遠い唇」は、2019年に同じく角川文庫で出ています。
それがなぜこの度また新刊として発売されているのか?

それは表題作「遠い唇」の主人公・寺脇と女性編集者・瀬戸口まりえが登場する話が、
2篇、本巻には加えられているためです。

「遠い唇」はちょっとドキドキするくらいにロマンチックかつ郷愁を誘うストーリー。
大学教授の寺脇が、学生時代の先輩・長内のことを思い出します。
ふと懐かしくなって古い書類を入れた箱の中から
長内先輩から来たコンパの通知のハガキを取り出す。
そしてその通知面を縁取るように、
アルファベットが暗号のように書き込まれているのに気づきます。

それを受け取った当時、寺脇は本人に「なんです、あれ?」と聞いたのですが、
長内先輩は「何でもないわ。いたずら書き」と答えた。

そしてその後間もなく、長内先輩は若くして亡くなってしまったのでした。
それっきり、忘れ去っていたことなのだけれど・・・。

数十年を経た今、寺脇はこれを暗号と見て、解き明かしてみる。
すると、思いも寄らない言葉が浮かび上がる・・・。
今となってはどうにもならない、しかも亡くなってしまった人の思い。
鮮烈で、そして切ないです。

 

というわけで、なかなか印象深いこの寺脇氏の近辺を、
著者は急に描き続けてみたくなったようです。
そして、この話は「遠い唇」と同じ本に是非とも収めたい、と。
そのことについては本巻の「付記」として詳しく書かれています。

物語の成り立ちが思い測られて、とても興味深いです。
寺脇氏とまりえさんのこれからの物語も、
またいつか読んでみたい気がします。

「遠い唇 北村薫自選日常の謎作品集」 北村薫 角川文庫

満足度★★★★★

 


ハッチング 孵化

2023年10月27日 | 映画(は行)

孵化した怪物の正体

* * * * * * * * * * * *

フィンランド作品。
なので舞台もフィンランド。

両親と弟と共に暮らす12歳の少女、ティンヤ。
彼女の母は、完璧で幸せな家族の動画を世界へ発信することが生きがい。
ティンヤは、自分を抑えて母の望む姿になろうと、
体操の大会優勝を目指して日々練習に励んでいます。

そんなある日、ティンヤは森で奇妙な卵を見つけ、
家族に内緒でその卵を自分のベッドで温め続けます。
卵はそれ自体が大きく成長していき、ついには孵化。
孵化したそれは鳥のなり損ないのような姿でおぞましく醜いのですが、
ティンヤは世話をしはじめます。
そしてやがてそれは恐るべき姿に変わっていく・・・。

ホラーですが、これはじわじわと恐い。
この物語で一番問題なのは、ティンヤの母親です。
自分の家族こそが仲良く幸福で理想の家族と周囲に認めてもらいたい、
ひいては、自分こそが最も幸福と思いたい。
ただその一心で家族の映像をSNSに流し続けます。
実のところ、家族1人1人のことなど何も考えていない。
表面上はいかにもやさしく気の利く母のようではあるけれど、
彼女が望んでいるのは、家族が自分の思う通りに行動し成果を出すことのみ。
そしてそういう形で、彼女は家族をがんじがらめに支配しているのです。

ティンヤは、その母に反抗することなど思いもよらず、
体操は近頃伸び悩んで失敗ばかりなのに、母親のためにやめることもできない。
そして母が父とは別の男性とキスしているところを見てしまうのですが、
母は、彼に恋をしていると公言し、
堂々と彼の家に泊まりに行くと言って家を空けるようになったりします。

ティンヤは、進歩的な母の考えに納得したようなフリをして
にこやかに母を送り出しますが、
思春期の女の子がそんなことに納得できるわけがない。

とまあ、こんなわけで、
ティンヤが孵化させたのは、彼女の中の人に言えないネガティブな感情
ということなのだろうと思います。
それ故に醜く、凶暴でもある。
そしてつまりそれは、ティンヤと一心同体でもあるということで・・・、
本作の展開は十分に納得できるのです。

そして最後まで見てから、私は思う。
実はこの母親も、かつて卵を孵化させたのではないか・・・? 
そして育った怪物に、いつの間にかすり替わられてしまっていたのではないか、と・・・。

 

<Amazon prime videoにて>

「ハッチング 孵化」

2021年/フィンランド/91分

監督:ハンナ・ベルイホルム

出演:シーリ・ソラリンナ、ソフィア・ヘイッキア、ヤニ・ポラネン、レイノ・ノルディン

 

グレートマザー度★★★★★

醜悪度★★★★☆

満足度★★★.5


きばいやんせ! 私

2023年10月25日 | 映画(か行)

自分の仕事に誇りを持てるか

* * * * * * * * * * * *

情報番組のアナウンサーとして人気のあった児島貴子(夏帆)ですが、
不倫疑惑で番組を降ろされ、閑職に回されてしまいます。
そんなある時、彼女が幼少期を過ごしたことがある鹿児島の祭りに取材を命じられます。

久しぶりに戻った本土最南端の町、鹿児島南南大隅町。
そこでは江戸時代から続く由緒ある祭りが継承されているのですが、
最近は人手が足らず、簡略化し、人々の関心も薄れてさびれていくばかり。
貴子もいやいやながらの仕事で、力が入らず、
ぞんざいな取材を続けていたのです。

しかし、町を盛り上げるために必死な役場の職員や
それぞれの立場で懸命に働く町の人々を見るうちに、
貴子は仕事との向き合い方を本気で考え直していきます・・・。

本作は実在のお祭りを題材としているのですが、
お神輿を、いくつもの町を通過しながら遠くの神社まで運ぶのです。
かなりの重量のもので、途中険しい山道などもあり、困難を極めます。
若い衆を演じた仲野太賀さん、岡山天音さんのご苦労が忍ばれます・・・。
本当に大変そうで、手に汗を握り、こちらもつい力が入りました・・・。

自分の仕事とどのように向き合うのか、
ある程度仕事に慣れて来た頃には誰もがぶつかる壁なのかも知れません。
自分は本当にこの仕事が好きなのか? 
これが本当にやりたかったことなのか?

でも必ずしも、それを「好き」である必要もないのですね。
つまりは、この仕事を誇りを持ってできるかどうかなのではないか、ということ。

貴子のやる気のなさは、見ていてもハラハラするくらいですが、
町の人々は鷹揚でそんな彼女にも温かく接し、声をかけます。
そうした人々とのつながりが、元気の元になりますね。

きばいやんせ! 
時々こうして自分に活を入れてみることにしよう・・・。

 

「きばいやんせ! 私」

2018年/日本/116分

監督:武正晴

原作:足立紳

出演:夏帆、太賀、岡山天音、宇野祥平、鶴見辰吾、徳井優

お仕事ムービー度★★★★☆

満足度★★★.5


スワンソング

2023年10月24日 | 映画(さ行)

死ぬ間際の白鳥が最も美しい声で歌う

* * * * * * * * * * * *

かつてヘアメイクドレッサーとして活躍していたパット(ウド・キア)。
ゲイとして生きてきた彼は、最愛のパートナー、デビッドを早くにエイズで亡くし、
現在は老人施設暮らし。
そんな彼の元へ、もと顧客で親友でもあったリタの弁護士が訪れます。
亡くなったリタの遺言で、彼女の死化粧を施してほしいというのです。
引き受ける決心が定まらないながらも、パットはかつて住んでいた町を久々に訪れます。
他界したリタへの複雑な感情と、自身の過去と現在について、
様々な思いを巡らせる・・・。

スワンソングというのは、死ぬ間際の白鳥が最も美しい声で歌う
と言われることから由来しています。

実のところ老人施設にいるパットは、キッチンからくすねたカミナプキンを
ひたすら折り直して一日を過ごすという、抜け殻のような生活。
生きる意欲はとうの昔に捨て去ったかのようでした。

しかし、何十年ぶりかで彼が「生きて」いた町を訪れて、
彼の中の何かが変わっていきます。

かつては、ヘアメイクドレッサーとしてだけでなく、
ゲイのショーでも人気を集めていたパット。
しかし、今は彼を知るものもほとんどいません。
そしてかつて住んでいた家はとうに取り壊されており・・・。
ここへ帰ってきたことを後悔するパットですが、
しかし、新たな気づきもあった。

老人施設では死んだようになっていた彼の魂が、今ここで再び蘇ります。

かつての幸せも栄光も、「老い」は無残に打ち砕いてしまう。
親しくうちとけられた仲間もすでにいない・・・。
そうしたむなしさ、さみしさは、
そういう年齢に近づいている私なので、すごく身近に感じます。

しみじみ来ます・・・。

<Amazon prime videoにて>

「スワンソング」

2021年/アメリカ/105分

監督:トッド・スティーブンス

出演:ウド・キア、ジェニファー・クーリッジ、アイラ・ホーキンス、
   ステファニー・マクベイ、リンダ・エバンス

 

老いの残酷さ★★★★☆

満足度★★★★☆

 


飛べない風船

2023年10月23日 | 映画(た行)

地上に留められた風船

* * * * * * * * * * * *

2018年7月の西日本豪雨の土砂災害を題材としています。

数年前、豪雨災害で妻子を亡くし、一人暮らしをしている漁師、賢二(東出昌大)。
この島に、疎遠だった父に会うためにやって来た凛子(三浦透子)。
彼女は教師の仕事に挫折し、今、進むべき道に迷っています。
賢二と凛子は、互いに心を閉ざしていましたが、少しずつ親交を深めるように。

賢二は家の庭にいつも黄色い風船を掲げています。
これを目印に、いつでも妻や子供が戻ってこられるように・・・と言って。
豪雨の中、妻と子供が車で出かけるのを見送った自分に、
事故の責任があると思い、悔やんでも悔やみきれないのです。

けれど、私にはこの風船が、
いつまでもここから離れることができない人の魂のように見えるのです。
いつまでも執着する夫のために、この世から離れられない・・・みたいな。

凛子はこの美しい島で暖かな人々の心にふれ、人生の夏休みを過ごしたようでもあります。
そしてまた、人生に絶望し心を閉ざした賢二の心にも寄り添うことができるようになる・・・。

特別大きな事件が起こるわけではないのですが、(つまり事件はすでに起きている)、
過去の痛手に向き合いながら徐々に生きる方向を見出していく、
やさしいドラマというべきでありましょう。

最後に解き放たれた風船は、空高く上っていきます。

 

<WOWOW視聴にて>

「飛べない風船」

2022年/日本/100分

監督・脚本:宮川博至

出演:東出昌大、三浦透子、小林薫、浅田美代子、原日出子、堀部圭亮

 

人生の再生度★★★★☆

満足度★★★.5


「月夜の散歩」角田光代

2023年10月21日 | 本(エッセイ)

肩の凝らない日常の話

 

 

* * * * * * * * * * * *

どう工夫してもイマイチな仕上がりになる不得手料理(ポテトサラダ)に頭を悩ませ、
近所では入手困難なご当地調味料に胸をときめかす。
なぜか調理前が高揚のピークになりがちな、かたまり肉やおでん。
友人が集う家飲みの日は深夜の料理を目一杯堪能。
冷めゆく天ぷらに絶望し、弁当屋で「あ、かつ丼の人」と顔を覚えられた恥ずかしさに悶え、
飼い主に似てきた猫を愛でては心を整える……。

思い描いた「立派な大人」にはなれぬまま、加齢と変化を重ねていく人生での
ささやかな思考や出来事を、味わい深く見つめ出す。
“ふつうの生活”がいとおしくなる、日常大満喫エッセイ待望の文庫化!

* * * * * * * * * * * *

角田光代さんのエッセイは、なんだかホッとして元気が出ます。

本巻は、雑誌「オレンジページ」に連載していたものをまとめたということで、
当時ご本人が撮った写真も付いています。

「あとがき」にあるのですが、その連載を始めた時に、
重苦しかったり、何か考えることをしいたりする文章は書くまいと決めた、とのこと。
昼下がり、あるいは晩酌時に、たらたらとしゃべっているようなことを書こうと思った、と。

確かに、そういうどうでもいいような、肩の凝らない日常の話であればこそ、
私のどこかホッとする感じも生まれたのでしょう。

友人とおしゃべりするとき、特に内容に意味はなくて、
一緒に笑いながら時を過ごす、そのことに意義があったりするのと同じこと。

時に角田光代さんに共感したり、私とはちょっと違うな、と思ったり。
笑ってみたり嘆いてみたり。
ささやかなそういう時間を楽しめました。

「月夜の散歩」角田光代 新潮文庫

満足度★★★.5

 


ストロボ・エッジ

2023年10月20日 | 映画(さ行)

もつれる恋模様

* * * * * * * * * * * *

先日見た「思い、思われ、ふり、ふられ」と同じく、
咲坂伊緒さん原作コミックの実写映画化。
これを今見る価値というのは、2015年作品で、
今映画やテレビドラマに欠かせない人気俳優さんたちが共演しているというところです。

恋愛経験無しの高1女子、仁菜子(有村架純)。
帰宅途中の電車の中で、学校中の女子の憧れのマト、蓮(福士蒼汰)と知り合います。
それをきっかけに会話を交わすようになった2人。
そしてまあ、当然のなりゆきではありますが、仁菜子には蓮への恋が芽生えます。

そしてある時ついに告白。
ところが、蓮には中学時代から付き合っている年上の彼女、麻由香(佐藤ありさ)がいて、
そのことのために、ことわられてしまいます。
でも、実はそのことは周知の事実。
仁菜子は友達でいいので、今の関係のままでと言います。

そんな仁菜子を気になって見ているのは、同級の拓海(山田裕貴)。
そしてまた彼らの周辺に、転校してきた真央(黒島結菜)がささり込んでくる・・・。

これがまた、男女2人ずつのめんどくさい関係の物語です。

私としては、蓮の彼女が都合よくいいタイミングで身を引いていく
というのがどうにもできすぎだなあ・・・と思うことと、
真央の存在が腹立たしくてならないことが、気になってしまう。
私は人間ができていないので、あんな行為をした真央を決して許したくはないし、
その本人が仁菜子に意見するなどと言語道断! 
そもそも何でわざわざ転校してくるのさ! と思いは乱れる・・・。

・・・と、本作の人間関係については納得が行きかねるのですが・・・。
でもまあ、好きな俳優さんたちの初々しいお姿を拝見できたのでヨシとしよう。

黒島結菜さんは、私が彼女を知った「アシガール」より前の出演ですね。
ほとんどまだ無名時代ということで、
こんな役にでも付かなければならなかったということなのでしょう。

「ストロボ・エッジ」

2015年/日本/116分

監督:廣木隆一

原作:咲坂伊緒

脚本:桑村さや香

出演:福士蒼汰、有村架純、山田裕貴、佐藤ありさ、黒島結菜

 

胸キュン度★★★☆☆

複雑な恋愛関係度★★★☆☆

満足度★★★☆☆


夕霧花園

2023年10月18日 | 映画(や行)

荒れ果てたかつての日本庭園で

* * * * * * * * * * * *

舞台はマレーシア。
戦中1940年代、戦後50年代、80年代と、三つの時間軸で構成されます。
亡き妹の夢だった日本庭園作りに挑むマレーシア人女性と日本人庭師の物語。

80年代。
マレーシアで史上二人目の女性裁判官となったユンリン。
さらなるキャリアアップを図ろうと奮闘しています。
そんな時、かつて愛した日本人庭師・中村(阿部寛)が、
終戦時、日本軍が埋めたとされる埋蔵金にまつわるスパイ容疑をかけられていることを知り、
彼の潔白を証明するため、かつての彼との出会いの地を訪れます・・・

1940年代、マレーシアは日本軍に支配され、
ユンリンと妹は捕らえられ、日本軍に過酷な労働を強いられていました。
そして妹は若い女性として、さらに過酷な運命にさらされてしまう。

辛くも生き延びたユンリンはその後50年代、
日本人戦犯の裁判などにも関わる地位を得ていました。
そんな精神的にも金銭的にも落ち着いてきた彼女が、
亡き妹が憧れていた日本庭園を造りたいと、日本人庭師中村有朋の元を訪ねるのです。
しかし有朋は依頼を拒否。
自分で覚えて作ればいいと、無理矢理彼女を弟子にしてしまいます。

有朋というのは戦前から戦後の今までこの地に残っている謎の人物。
何でも天皇家に仕える庭師をクビになったのだとか・・・? 
一見穏やかそうである彼は造園には酷くこだわりをみせて、
同じ石を気に入るまで移動させたり向きを変えたり・・・。
そして背中には美しいタトゥー。
彼自身も彫り師でもあり、ユンリンの背にも彼自身の図案で美しいタトゥーを施します。

80年代の今、あの時美しかった中村が住んでいた家も今は荒れ果てて廃屋同然。
庭ももちろん、深い草に覆われています。
あの時、突然姿を消してしまった有朋とのあれこれを思い返しながら、
家の周囲や残された書類などを調べるユンリン。

そして、彼女は一つの驚くべき事実に気がつくのです。

時を経て、有朋が残した謎を解き明かすという、かすかにロマン漂う作品。
日本庭園と有朋の底に秘めた神秘性・・・静かな雰囲気に満ちています。

戦中の出来事を、日本人ではない視点で描いているこの作品。
そういう所も興味深いです。

 

<Amazonプライムビデオにて>

「夕霧花園」

2019年/マレーシア/120分

監督:トム・リン

原作:タン・トゥアンエン

脚本:リチャード・スミス

出演:リー・シンジエ、阿部寛、シルビア・チャン、ジョン・ハナー、ジュリアン・サンズ

 

日本庭園の神秘度★★★☆☆

時と人のロマン度★★★★☆

満足度★★★★☆


キリエのうた

2023年10月17日 | 映画(か行)

うたの力

* * * * * * * * * * * *

本作、178分という長さでちょっとひるむのですが、
岩井俊二監督で、松村北斗さん出演ということで、
やはり見逃すわけにはいかないと、覚悟を決めて拝見。

歌うことでしか「声」を出せない、路上生活をしながら路上ミュージシャンを続ける、
キリエ(アイナ・ジ・エンド)。
本作は、降りかかる苦難に翻弄されながら、
そして彼女と関わる幾人かとの出会いと別れを繰り返しながら、
彼女がたどった13年間を描きます。

それも、時を前後しながら、そして舞台も宮城、北海道、大阪と移りながら語られるので、
まるでジグソーパズルのように、全体像が結び上がるのはかなり後。
そういう緊張感もありながら、
なんといっても本作の最大の見所というか聞き所は、キリエの「うた」。

 

そもそも、このキリエを演じているアイナ・ジ・エンドって何者? 
すみません、音楽シーンにはぜんぜん疎い私なので、
先頃解散したグループBisHのメンバーだとはつい知りませんで・・・。
まあ、つまりプロのシンガー。

役どころは、幼い頃の過酷な体験により声を発することが難しくなり、
しかし、歌うことだけはできる女性。
それがハスキーボイスで、時にはささやくように、
時には胸底に直接入り込んで染み渡っていくような
パワフルな声となって、胸を揺らします。

まさしく、この方のためにある役、
この声のためにあるストーリーなんですね。

混乱のあまり、当時のことはきちんとした記憶がないというキリエが出会った出来事というのは
つまり、あの3月11日の出来事・・・ということだけ、
ネタバレですが言っておきましょう。

いきなり彼女の前に現れて、「マネージャーになる」という、
ド派手で謎めいた女に広瀬すず。
彼女の姉の恋人で、姉をずっと探し続けているという青年に松村北斗。
幼いながら、住む家もなくひとりぼっちで暮らしている彼女を気にかける
小学校教師に黒木華。
路上ミュージシャン仲間に村上虹郎。
これらの人々と関わりながら、ひたすら「うたう」ことだけを目的として、生きていく。
自らの不幸に恨み言を言ったりしない。
これから頑張ると夢を語ったりもしない。
今、あるがままにうたうだけ。
彼女の「思い」は彼女の「うた」の中にだけある。

確かに、この長さでなければ表わし得ない物語なのかも知れません。

 

さて、注目の松村北斗さんですが、決して格好のよい役ではありません。
心優しく、考え方は普通に正しい。
どこにでもいそうな青年なのかも知れません。
けれど、何が何でも正しいことを貫くというほどの強さはなくて、
むしろ弱くてポンコツでさえもある。

・・・というところが実に自然で、そして共感できる。
実際問題、まだ学生であるときの彼にはどうにもできないことであったり、
法のカベは致し方ないことだったりします。
ではあっても、実際なんの助けにもなることができなかった自分の無力さに泣く・・・。
いい演技でした。

女の子向けのアイドル作品じゃなくて、こういう役につけるのはすごくラッキーだと思います。
今後も楽しみですね。

 

<シネマフロンティアにて>

「キリエのうた」

2023年/日本/178分

監督・原作・脚本:岩井俊二

出演:アイナ・ジ・エンド、松村北斗、広瀬すず、黒木華、村上虹郎、江口洋介、吉瀬美智子

 

音楽性★★★★★

人生の困難度★★★★☆

満足度★★★★.5


オットーという男

2023年10月16日 | 映画(あ行)

生きる意味を見失った偏屈オヤジが・・・

* * * * * * * * * * * *

曲がったことが許せず、毎日近所をパトロール。
ルールを守らない人には、説教。
挨拶されても仏頂面。
いつも不機嫌な顔をしているオットー(トム・ハンクス)。

こうなってしまったのは、最愛の妻に先立たれてしまったからなのですが、
閑職に回されてしまった職を辞し、ついに生きる意味を失った彼は
自殺を実行しようとします。
ところがその矢先、向かいの家に賑やかな一家、マリソルとその夫、子どもたちが越してきます。
彼らに何かと頼み事をされたりお節介を焼かれたりして、
タイミングを失ってしまうオットー。

近所の人とのつながりもとうに捨てたと思っていたのですが、
向かいの一家と関わり合ううちに、他の人々ともまた交流が生まれていきます。
しかしそれでもなお、死ぬ機会をうかがっているオットーですが・・・。

始めの方の無愛想でいかにも偏屈なオヤジのオットーは
どうにも好きになれそうもない感じがしたのですが・・・。

挿入される若き日の奥様との出会いや、
懐かしい思い出の日々のシーンにはついほろりとさせられ、
こういう人を亡くしてしまったら、確かに生きる意欲もなくなってしまいそうと、
次第に感情移入していきます。

何しろきっちり真面目な人なので、自殺決行の前に電話や電気を止める手続きまでしています。
しかるに、いつもうまくいかない。
向かいの家族に邪魔されるのはもちろん、
ある時は電車に飛び込もうとして、別の人を助けてしまったりします。
そして、いつも近所をうろついていた野良猫を飼うことにもなってしまう。
このネコがまた、なんとも可愛くて、本作に花を添えているのです。
その仕草につい笑ってしまうことも。

結果、彼は今を生きることにも意義を感じ始めるわけで・・・。
いい物語でした。
実は本作で泣けるとは思っていなかったのですが、泣けます!

 

<Amazonプライムビデオにて>

「オットーという男」

2022年/アメリカ/126分

監督:マーク・フォースター

原作:フレドリック・バックマン

出演:トム・ハンクス、マリアナ・トレビーニョ、マヌエル・ガルシア・ルルフォ、
   レイチェル・ケラー、トルーマン・ハンクス

偏屈オヤジ度★★★★★

自殺失敗度★★★★★

満足度★★★★★


「卒業生には向かない真実」ホリー・ジャクソン

2023年10月14日 | 本(ミステリ)

顔面蒼白

 

 

* * * * * * * * * * * *

大学入学直前のピップに、不審な出来事がいくつも起きていた。
無言電話に匿名のメール。
首を切られたハトが敷地内で見つかり、
私道にはチョークで首のない棒人間を書かれた。
調べた結果、6年前の連続殺人事件との類似点に気づく。
犯人は服役中だが無実を訴えていた。
ピップのストーカーの行為が、この連続殺人の被害者に起きたことと
似ているのはなぜなのか。
ミステリ史上最も衝撃的な『自由研究には向かない殺人』三部作の完結編!

* * * * * * * * * * * *

 

「自由研究には向かない殺人」から始まる、ピップの物語。
3部作の完結編ということで、かなりのボリュームですが、
途中からは一気読みでした。

何しろ、「うそっ!!」という衝撃の展開。
あまりのことに顔面蒼白。
お願いだから、これはピップの夢だと言って・・・
と願いつつ読んでいったのですが・・・。

 

何しろ本巻は始めから波乱含み。

第一巻目は元気な女子高生の奮闘の物語だったのですが、
2巻目では事件は解決したものの、ピップの心には暗い影がよぎります。
そして本巻ではその気持ちを引きずったまま、
夜は眠ることができず、もはや医師の処方箋も得られなくなっているので、
怪しげな所から闇で薬を入手。
大学進学も決定し、周囲には元気なように見せかけているのですが・・・。

そんな中、彼女に不審な無言電話があったり、
周囲で首を切られたハトが見つかったり、不気味な落書きが見られたり・・・、
ストーカーめいた人物の影が。
そしてまた、これらの行為が6年前の連続殺人事件と類似していることにも気づいてしまう。

 

もともとこれらの物語は著者の「刑事司法制度やその周辺の実態」への
失望と怒りが源流であるといいます。
事実は当事者にとっては明らかなのに、
「証拠不十分」ということだけで無罪となってしまうような実態。
そしてまた、一度下された判決は簡単には覆らないという実態。

ピップはそのためにこそ、本ストーリーで痛ましい決断を下し実行してしまう・・・。

 

いや、まさかまさかの衝撃的な展開でした。

本当にこれでいいのか・・・、読後感も複雑です。

 

「卒業生には向かない真実」ホリー・ジャクソン 服部京子訳 創元推理文庫

満足度★★★☆☆

 


思い、思われ、ふり、ふられ

2023年10月13日 | 映画(あ行)

高校生男女の複雑な関係

* * * * * * * * * * * *

咲坂伊緒さんのコミックの実写映画化。
なにげに豪華キャストでキュンキュン間違いなし。
ということで、絶対見たいとまでは思わない作品ながら、
嫌いではないのです・・・。

積極的かつ社交的、でも実は自身の恋愛には不器用な朱里(浜辺美波)。
彼女の母が再婚し、義父の連れ子は朱里と同じ高校1年の理央(北村匠海)。
通常のドラマだとここでこの2人に恋愛関係が発生したりするわけですが・・・? 
朱里は、両親や周囲の人たちがそんなことになるのではと心配するのがイヤで、
あえて何も気にかけないよう頑張っているのです・・・。

さて、同じマンションに住む由奈(福本莉子)は朱里と同じ高校の親友。
由奈は自分に自信がなく消極的。
好きな人に思いを打ち明けるなど、とてもムリと思っています。
そんな彼女が、幼い頃から憧れた絵本の挿絵にそっくりな、ステキな男子を見つけます。
それが、朱里の義理の弟である理央というわけ。

そして、異性と話すこともままならない由奈が唯一まともに話すことができるのが、
幼馴染みの和臣(赤楚衛二)。

ある時、由奈は朱里に後押しされて勇気を振り絞り理央に恋心を告白しますが、
なんと理央が好きなのは、朱里だった・・・。

そしてまた、朱里は和臣に恋心を抱き、告白しますが・・・。

たしかに、思ったり思われたり、ふったりふられたり、
男女の関係性が複雑に入れ替わり、なかなか予断を許しません。

・・・と、やきもきさせられるあたりを楽しむための作品でありましょう。

まだ高校生で、親との関係もままならないけれど切ってしまうわけにも行かない、
そういうもどかしさもうまく描かれていたと思います。

<Amazon prime videoにて>

「思い、思われ、ふり、ふられ」

2020年/日本/124分

監督:三木孝浩

原作:咲坂伊緒

脚本:米内山陽子、三木孝浩

出演:浜辺美波、北村匠海、福本莉子、赤楚衛二、古川雄輝、戸田菜穂

胸キュン度★★★★☆

四角関係度★★★★☆

満足度★★★.5


アンダーカレント

2023年10月11日 | 映画(あ行)

人のことを「知る」とは?

* * * * * * * * * * * *

豊田徹也さんの長編コミック「アンダーカレント」の実写映画化です。

家業の銭湯を継いで、夫・悟(永山瑛太)と共に暮らしていた、かなえ(真木よう子)。
ところがある日突然、夫が失踪。
途方にくれながら休業していた銭湯の営業を再開。
そんなところへ、堀(井浦新)という男が現れ、住み込みで働くことになります。

またかなえは、友人に紹介されたうさんくさい探偵・山崎(リリー・フランキー)に
悟の捜索を依頼。

かなえは堀との共同生活の中で、穏やかな日常を取り戻していきますが・・・。

表題、「アンダーカレント」とは、すなわち「底流」のこと。
表面的な意識の奥底に、自分でも気づかないような何かが潜んでいる
・・・というようなことでしょうか。

実はかなえは幼いときにある特殊な体験をしているのですが、
そのことについてはすっかり記憶が失われている。
けれども、彼女はなぜかよく同じ夢を見るのです。
誰かに首を絞められながら、水底に沈んでいく・・・。
それは苦しいようでもあり、心地よいようでもあり・・・。
これこそが、彼女にとってのアンダーカレントということになりますが。

かなえは、夫が失踪したときには
「自分は彼にとっては相談相手にはならなかった」と思います。
そしてやがては、「自分は彼のことを何も知っていなかった」と思うようになります。

表面上、「人当たりがよくて、やさしくて・・・」と、
そんなことはその人のことを知ったことにはならない、と言う、山崎。
この探偵は、とぼけているくせに時々鋭いことを言うのです。
そういわれて、そもそも人のことを「知る」というのはどういうことなんだろう・・・と、
物思いに沈んでいってしまう、かなえ。

一方、かなえと堀とは幾分なじんではきたものの、堀は一向に自分のことは話そうとしない。
頼りになって、なぜか少し懐かしい感じもするのに・・・。
2人のアンダーカレントは、案外同質のものであるのかも・・・?

リリー・フランキーさん演じる探偵さんがいい感じ。
実にたよりなく、ふざけているようにさえ見えるのに、
なぜか言うことがマトを付く。
そして意外と腕がいい。
この方の存在が、物語の重苦しさをすくい上げています。

見応えのある作品でした。

 

<サツゲキにて>

「アンダーカレント」

2023年/日本/143分

監督:今泉力哉

原作:豊田徹也

脚本:澤井香織、今泉力哉

出演:真木よう子、井浦新、リリー・フランキー、永山瑛太、江口のりこ

ミステリアス度★★★☆☆

深層心理度★★★★☆

満足度★★★★☆