映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

不思議の国のシドニ

2024年12月16日 | 映画(は行)

日本は不思議の国?

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「雨月物語」などで知られる溝口健二監督へのオマージュを込めた作品。

 

フランスの作家シドニ(イザベル・ユペール)のデビュー小説「影」が
日本で再販されることになり、出版社に招かれて訪日します。

大阪の空港で、寡黙な編集者、溝口健三(伊原剛志)に出迎えられ、
数日間通訳と案内をしてもらうことに。

シドニは家族を亡くし天涯孤独。
喪失の闇から救出してくれた夫のおかげで「影」を執筆できた、と語ります。
しかしその夫もまた、事故で亡くなったところだったのです。
そんなわけで、この訪日もあまり気が進むものではなかったのですが・・・。

溝口に案内されながら京都、奈良、直島・・・と各地を巡るうちに、
シドニの前に亡き夫、アントワーヌ(アウグスト・ディール)の幽霊が現れるようになります。

 

 

夫を亡くして、失意の底から立ち直れずにいたシドニ。

日本に来てから、夫の幽霊が現れ、話すらもできるようになります。
地元フランスではそんなことはなかったのに・・・。
溝口は言う。
日本では、幽霊の姿を見ることができる人が多い、と。

う~む、そのあたりからちょっと首をひねりたくなってきましたが・・・。

なんというか本作は、欧米の人が日本のエキゾチックな情緒とか神秘性とかに
魅力を感じる方が見るべき作品なのでしょうね。
当の日本人からすると、なんだかなあ・・・という感じ。
あの極端な欧米から見た日本のイメージ、フジヤマとかゲーシャとか、
そういう描き方はされていないものの、やはり日本人が見るとピンとこない。
ホテルの人たちの応対とか、描かれる現代の日本文化は
概ね不自然なところはなかったのですが・・・。

そもそも桜の季節の京都なんて、観光客でごった返していて、
のんびり歩いてなどいられないのでは・・・?

女性が持つハンドバッグまで、預かって持とうとする溝口も相当変なヤツ・・・。
日本人がみんなそうだと思われちゃうじゃないの。

<シアターキノにて>

「不思議の国のシドニ」

2023年/フランス・ドイツ・スイス・日本/96分

監督:エリーズ・ジラール

出演:イザベル・ユペール、アウグスト・ディール、伊原剛志

 

現代の日本描写度★★★★☆

満足度★★★☆☆


パリ・ブレスト 夢をかなえたスイーツ

2024年12月13日 | 映画(は行)

逆境からの・・・

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22歳でパティスリー世界選手権チャンピオンの座を仕留めた
天才パティシエ、ヤジッド・イシェムラエンの自伝をもとにしています。

母親に育児放棄され、過酷な環境で暮らすアラブ系の少年、ヤジッド。
でも幸いによい里親に巡り会うことができました。
里親の家で団らんしながら、手作りのスイーツを食べることが唯一の楽しみ。
いつしか自分も最高のパティシエになろうと夢見ます。

やがて児童養護施設で暮らし始めたヤジッドは、
パリの高級レストランで見習いとして雇ってもらうことができました。
田舎町エペルネから180キロ離れたパリへ通い始めます。
時には野宿で夜を明かすことも。
そうではありますが、厳しくも愛ある先輩と心許せる仲間もいて、
充実した日々送るヤジッド。
しかし、彼に嫉妬した同僚の策略により、仕事を失ってしまうのです・・・。

フランス作品では、移民系の人物が底辺近くの暮らしから這い上がる
という話はとても多いです。
つまりは、そうした格差や差別が依然としてあって、
なかなか解消には至らないということの裏返しなのでしょう。

そんな中で本作は実話をもとにしているということで、力があります。
一流のパティシエを目指すという物語なら多くあるけれど、
逆境の環境からのスタートというのが又大変さを増します。
よほどの奇跡かもしくは才能がなければならない・・・。

最終の世界大会のシーン、ヤジッドは氷像担当。
つまり、氷を削って造形。
お菓子作りと関係ないじゃん、とつい私は思ってしまいましたが、
手先の器用さと造形センスは、
お菓子作りの重要なスキルであることは確かですものね・・・。
まあその味覚センスも、もちろん保証済みではあります。

次第に見ているだけでは物足りなくなって、
ひたすら食べてみたいなあ・・・と思わせられる、魅惑のスイーツの数々でした!!

<WOWOW視聴にて>

「パリ・ブレスト 夢をかなえたスイーツ」

2023年/フランス/110分

監督:セバスチャン・テュラール

原作:ヤジッド・イシェムラエン

出演:リアド・ベライシュ、ルブナ・アビダル、フェニックス・ブロサール、エスティバン、
   クリスティーヌ・シテイ、パスカル・レジティミュス

魅惑のスイーツ度★★★★☆

這い上がり度★★★★☆

満足度★★★.5


バジーノイズ

2024年11月30日 | 映画(は行)

孤独の扉をこじ開けて

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マンションの住み込みの管理人をしている海野清澄(川西拓実)。
自分の頭の中に流れる音楽をPCで形にし、部屋で1人で奏でていました。
人付き合いは苦手で、自分の音楽を人に聴かせようとも思っていません。

ところが、清澄の上階に住む女性・潮(桜田ひより)が、
漏れ聞こえるその音楽を気に入ってしまったのでした。
清澄の拒否もものともせず、清澄の心の扉をこじ開けてやって来た潮。
潮は清澄の演奏動画を何気なくSNSに投稿。
清澄の世界が大きく変わりはじめます。

PCで作り上げる音楽をDTM(デスクトップミュージック)というのですね。
本作で清澄が作り出す音楽、確かに良い感じです。
知らず、体が揺れてくるような。

清澄も以前はとあるバンドに属してはいたのですが、あるできごとがあって、
それ以来ますます自分の世界に閉じこもってしまっていたのでした。

そんな彼の扉をこじ開けたのが潮。
そして、さらなる音楽の仲間もできはじめます。
でも潮自身は音楽を作ることはできない。
潮の前だけでなく、他の人々の前でも笑顔になる清澄を見て、
潮はもう清澄に自分は必要ないと思ってしまうわけで・・・。

あんなに強引に近づいてきたくせに、いざとなると尻込みしてしまう、
乙女チックな潮さんが愛おしい・・・。

軽いノリで見られる音楽青春ストーリー。
川西拓実さんは、JO1のメンバー。
・・・勉強になります。

<Amazon prime videoにて>

「バジーノイズ」

2024年/日本/119分

監督:風間太樹

原作:むつき潤

出演:川西拓実、桜田ひより、井之脇海、柳俊太郎、円井わん、奥野瑛太、佐津川愛美

音楽愛度★★★★☆

満足度★★★☆☆


本心

2024年11月11日 | 映画(は行)

バーチャル母は、ホンモノなのか?

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工場で働く、石川朔也(池松壮亮)。
独身、母(田中裕子)と同居。
その日、母から「大切な話をしたい」と言われるのですが、帰りが遅くなってしまいます。

帰り道、豪雨で氾濫しそうな川べりにたたずむ母を目撃。
そして不意に母の姿が消えてしまいます。
母を助けようと川に飛び込んだ朔也は、昏睡状態となり、
それから一年後に目覚めます。
そして、母が“自由死”を選択して死亡したことを知ります。

たった一年の間に、変貌している世界。
朔也の勤務先の工場はロボット化のため閉鎖。
やむなく朔也は、“リアル・アバター”の仕事に就きます。
それは、カメラを搭載したゴーグルを装着し、
遠く離れた依頼人の指示通りに働く、というもの。
でもそれは、いつもまともな依頼者とは限らないのです・・・。

そしてまたそんな頃、朔也は仮想空間に任意の人間を作るという
VF(バーチャル・フィギュア)の存在を知り、母を作ってもらうことにします。
生前の母のあらゆるデータを制作者に提供することによって、
ゴーグルを装着すればまるで生きた本人そのものがその場にいるように見えて、
話をすることもできるのです。

 

その母のデータ提供に協力してくれたのが、母の親友だったという三好(三吉彩花)。
三好は住むところがないというので、朔也は同居を提案。
バーチャル母を含めて3人の暮らしが始まります・・・。

近未来が舞台ではありますが、もうそれは未来ではなく
現在であってもおかしくないくらいですね。

まずは自由死とは・・・。
自分の意志で命を絶つことが「権利」として認められる、というようなことかな? 
そうすると、遺族に給付金があって、税金でも優遇されるとか。
今の老齢化社会の対策ですかね? 
希望すれば安楽死も。
そんなことがあってよいのかという批判はもちろんあるでしょうけれど、
私はちょっと魅力を感じたりもします・・・。

 

しかし、問題はそこではなくて、デジタルが人の生活にどこまで食い込んで、
人間性を剥奪していくのか、あるいはそうではないのか、ということ。

朔也は、あの日母が何を自分に言おうとしていたのか、
そしてなぜ自由死を選んだのかということを聞きたくて、母のVFを作ったのでした。

これまでのデータの蓄積で作られた「母」。
それは本当に母そのものの思考をするのか?
しかし、母そのものとはいったい何なのか? 
VFの母は、自分が思っていた母とは違うようでもあるのだけれど・・・。

 

母の本心とは・・・? 
というテーマではあるのですが、本作は、
三好の本心、そして朔也自身の本心も曖昧になってくるという罠がありますね。

ぐるぐる、色々と考えてしまう作品なのでした。

地味に、豪華キャストが出演してます。
三吉彩花さんが、三好彩花役って・・・?

リアルアバターの仕事は、真っ先にブラックバイトの餌食になりそうですよね・・・。

<シネマフロンティアにて>

「本心」

監督・脚本:石井裕也

原作:平野啓一郎

出演:池松壮亮、三吉彩花、水上恒司、仲野太賀、田中泯、綾野剛、妻夫木聡、田中裕子

末恐ろしさ★★★★☆

満足度★★★★☆

 


変な家

2024年11月09日 | 映画(は行)

単に児童虐待の話ではなく・・・

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オカルト専門の動画クリエイター、雨宮(間宮祥太朗)。
マネージャーから、購入予定の一軒家の間取りに不可解な点があると相談を受けます。
雨宮は、オカルトネタ提供者であるミステリー愛好家の設計士、
栗原(佐藤二朗)に意見を聞きます。

見取り図から浮かび上がる奇妙な違和感。
そしてそこから導き出される恐ろしい仮説・・・。
そして、その家のすぐ近くで、死体遺棄事件が発生。
雨宮はさっそくこれら一連の出来事を動画投稿しますが、
やがてその家に心当たりがあるという女性・柚希(川栄李奈)から連絡が来ます。

奇妙な家の見取り図。

それは私も気づいたのですが、
窓もなくトイレ付きで二重のドアを通らなければ入れない子ども部屋・・・。
それはどう考えても“監禁”のための部屋としか思えません。

しかし、一階に意味不明の空白の場所があるというのは、
実際、意味が分らなかったのですが、
作中では想像たくましい栗原が驚きの仮説を展開していきます。

単にとある一家の児童虐待の話かと思いきや、
とある一族の恐ろしい因習・・・というオカルト話に進んでいくのでした。

柚希役の川栄李奈さんが、イメージの違う怪しげで不気味な雰囲気を醸し出しつつ登場。
どうなることかと思いましたが、
そこそこ雨宮と心通い合う間柄になっていくので一安心。

なんとなく予想していたストーリーとは違うものの、面白く見ました。

 

なんとなく人が良さそうな栗原が実は・・・?などと言う展開も予想したのだけれど、
そうはならなかった・・・。

 

<Amazon prime videoにて>

「変な家」

2024年/日本/110分

監督:石川淳一

原作:雨穴

脚本:丑尾健太郎

出演:間宮祥太朗、佐藤二朗、川栄李奈、長田成哉、瀧本美織、斉藤由貴、高嶋政伸、石坂浩二

スリル度★★★☆☆

不気味度★★★★☆

満足度★★★.5


八犬伝

2024年10月29日 | 映画(は行)

虚と実

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山田風太郎の小説「八犬伝」を映画化したものです。
豪華キャストの大作。

おなじみ「南総里見八犬伝」のストーリーを追いながら、
それを描く作者・滝沢馬琴のことが描き出されていきます。

人気作家・滝沢馬琴(役所広司)のもとを、
ときおり友人の絵師・葛飾北斎(内野聖陽)が訪れます。
馬琴は構想中の新作小説について語り始めるのです。

里見家の呪いを解くため、8つの珠を持つ「八犬士」たちが
運命に導かれるように集結し、敵と戦っていく・・・。

そんな中で、小説とはまた別に、馬琴のひとり息子のことや妻のことが描き出されます。
なにしろ「八犬伝」は書き始めてから完結するまでに28年を要しているのです。
その間、もちろん馬琴自身も歳をとるけれど、
妻のこと、息子のことも様子が変わっていきます。

馬琴の書く小説にはまったく興味を示さず、いつも文句ばかりを投げつける妻(寺島しのぶ)。
父を尊敬する真面目な息子(磯村勇斗)。
馬琴は息子を医者にしたいと考えているのですが・・・。

そしてまた、小説の「虚」と「実」についてのことも、掘り下げていきます。
馬琴は勧善懲悪を胸として、「正義は勝つ」結末を常に用意します。

でもある時彼は、鶴屋南北(立川談春)の怪談の舞台を見に行って衝撃を受けるのです。
いつも正しいことだけが勝つというのは、
それこそが「虚」ではないかと、南北は言う。
作中で、南北は舞台の奈落にいる馬琴を終始上から見おろすような形で話をするのです。
それこそが怪談めいているようで、どこか馬琴の平衡感覚を乱すようでもあり、
すごく練られたシーンでしたね。
そこは原作でもそうなっているのかどうか、ちょっと確かめてみたくなりました。

自分はこれまで人に迷惑をかけるでもなく、よい人間であったと思うけれど、
息子のことや自分の目のこと・・・不幸ばかりがつづく。
正しいことが勝つというのはやはり「虚」にしか過ぎないのか・・・、
晩年になってからそのようなことに思いを馳せてしまうのが、
なんとももの悲しいのですが・・・。

そして終盤では、馬琴の視力が失われてしまうのですが、
そんな絶望的状況に陥りながらも、物語を完成させることに執念を燃やす。
これぞ物書きというものでありましょう。

八犬伝の物語パートの方も面白いですよ。
私はやはり冒頭の、伏姫と魔犬・八房の下りが好きです。
八犬士たちの戦うシーンも迫力があってスバラシイ。

堪能しました。

 

<シネマフロンティアにて>

「八犬伝」

2024年/日本/149分

監督・脚本:曽利文彦

原作:山田風太郎

出演:役所広司、内野聖陽、磯村勇斗、寺島しのぶ、黒木華、立川談春、土屋太鳳、
   渡邊圭祐、板垣李光人、水上恒司、河合優実、栗山千明

八犬伝再現度★★★★☆

虚実を考える度★★★★☆

満足度★★★★☆


劇場版ブルーロック EPISODE凪

2024年10月19日 | 映画(は行)

エゴなサッカーとは?

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週刊少年マガジン連載の人気サッカー漫画を原作とした
テレビアニメ「ブルーロック」の劇場版です。

実は私、「ブルーロック」第2シーズンのエンディングテーマ曲が
Snow Manの「One」という曲であると発表されてから、
慌ててアニメを見始めまして・・・。
特別サッカーファンというわけではないのですが、本作、なかなか面白いのです。

 

ブルーロック(青い監獄)に集められた300人の高校生FW(フォワード)が、
世界一のストライカーを目指して闘うという物語。

これまでなら、チームの絆とかチームワークを重視したストーリーになるであろうところを、
本作は真っ向からそういうものを否定し、個人の圧倒的個性やエゴを重視するのです。

物語本編は、潔(いさぎ)世一というブルーロック入所時には300人のうち最下位に近い成績の持ち主が、
様々な試練を乗り越えつつ幾度も覚醒して、ストライカーとして成長していく様を描きます。

さて本作は、本編とは別に、潔とぶつかりながら成長していく凪誠士郎の視点から描かれています。

凪は、「めんどくさい」が口癖の無気力な高校生。
W杯優勝を夢見る同級生・御影玲王にサッカーの才能を見出され、
彼に誘われるまま、サッカーを始めます。
すると圧倒的なサッカーセンスを発揮。
ブルーロックプロジェクトの招待状が届きます。

本編では語られなかった凪と玲王側の事情が描かれているのが嬉しい。
他にも登場人物は大勢いるのですが、凪は中でも特別ユニークで天才でチャーミング♡なので、
ここでクローズアップされるのも納得。

ということで、本作はやはり「ブルーロック」本編を見てから見るべきです。
いきなりこちらを先に見るとよくわからないと思いますので・・・。

で結局、徹底的にエゴに徹するといいながらも、彼らは友情を結び互いを信頼しつつ己を高めていくわけで・・・。
しっかりスポーツマンシップしてますのでご安心を。

そうそう、ここで登場した玲王のばあやさんというのが、
まるでジブリアニメに出てくる魔女みたいな厳つい婆さんなのが気に入ってしまった!

とりあえず、これで安心して、シーズン2のアニメに入ることができます!!
エンディング曲のところまで、じっくり楽しんでくださいませ。

<WOWOW視聴にて>

「劇場版ブルーロック EPISODE凪」

2024年/日本/91分

監督:石川俊介

原作:金城宗幸・ノ村優介

作画:三宮宏太

出演(声):島崎信長、内田雄馬、興津和幸、浦和希、海渡翼

番外編の意義度★★★★★

凪くんLOVE度★★★★☆

満足度★★★★☆


ほかげ

2024年10月18日 | 映画(は行)

戦後の生活もまた苦渋

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戦後間もない頃。

焼け残った小さな居酒屋に1人住む女(趣里)。
売春を斡旋する男に言われるまま、体を売ってなんとか暮らしていましたが、
とにかく無気力で、男に逆らう気持ちもないようです。
そんな彼女のところへ、食べ物を盗みに来た少年と、
行き場のない復員兵が入り浸るようになり、居着いてしまいます。
やがて復員兵は去り、女は少年との交流を通して、
ほのかな光を見出すのですが・・・。

戦争は終わったものの、誰もがその大きな爪痕に押しつぶされそうになっているのです。
男は生きて帰っては来たものの、
家は焼けて跡形なく、両親もどうなったのかも分らない。
生きる希望も意欲もない。

少年は、つまりは戦災孤児なのでしょう。
生きるために、食べ物を盗んで入手するしかなかった。

そして女は、夫は戦地に行ったまま帰らない。
子どもは幼くして亡くなってしまった。
生きる気力をなくすのも当然ですね。

けれど、少年と暮らすうちに、生きる先に光を見出したように思うのですが・・・。
ままならない事情ができてしまいます。

そして本作にはもうひとり、重要人物がいまして、
これもとある復員兵(森山未來)。
彼は、少年が拾ったという拳銃が入り用で、
少年を連れ出し、ふたりでとある人物の元を訪れます。
彼の戦争体験は悲惨で、そのことをなにかで決着をつけない限り
この先生きていけないというくらいに思い詰めていたのです。

 

終戦間もなくは、平和のありがたみを感じるどころではなく、
多くの人は、亡くなった人、失った生活への思いに、
押しつぶされそうになっていたのかも知れません。
皆、その日食べるものを手に入れるだけで精一杯。

 

私たちはその後の高度成長で、その頃のことをすっかり忘れてしまったかのようです。

戦争で命を失った人を悲惨と思い、戦争はいけないと言うことは普通だけれど、
でも、戦争でもなんとか生き残った人たちも、
亡くなった人たちと変わらず苦しみを背負うようになる、
とも言えるかもしれません。

 

<WOWOW視聴にて>

「ほかげ」

2022年/日本/95分

監督・脚本:塚本晋也

出演:趣里、塚尾桜雅、河野宏紀、利重剛、森山未來

貧困度★★★★☆

悲惨度★★★★☆

満足度★★★☆☆


パリのちいさなオーケストラ

2024年10月15日 | 映画(は行)

音楽を楽しむのに出自は関係ない

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実話を基にしています。

パリ郊外の音楽院でビオラを学ぶザイア。
パリ市内の名門音楽院に最終学年で編入を認められ、そこで指揮者を目指すことになります。
女性指揮者は世界でわずか6%という困難な道のり。
おまけに、クラスに同じく指揮者志望のエリート、ジベールもいます。
ジベールはザイアを移民の子でしかも女のくせに・・・と見下して、
それに同調する者たちと共に、ザイアの指揮の練習をバカにしたり妨害したり・・・。

そんなある時ザイアは、特別授業に来た世界的指揮者、セルジュ・チェリビダッケに気に入られ、
指導を受けるようになり、道がわずかに開き始めます。

パリの名門音楽院、というのがクセモノなのです。
多くはお金持ちの子息・令嬢。
クラシックは富裕層のもの・・・というような
鼻持ちならない特権階級意識で固まっています。
もちろん、そうでない人たちもいますが。
彼らにとっては、移民でしかも田舎町の音楽学校に通っていた子なんて、
ゴミみたいに思っているのです。

ザイアの家は、確かにお金持ちではないけれど、
ご両親はとても音楽が好きのようです。

だからザイアとその双子の妹フェットゥマに音楽を習わせた。
でも決して強要ではなくて、好きならどうぞ、という感じ。
ちなみに弟は音楽ではなくて、水泳に夢中。
そんな普通に愛情深い家族で、でも裕福ではないので、アパート住まい。
近所から騒音の苦情が来るので、
ファットゥマは家ではチェロの練習が思うようにできないでいます。

そして、ザイアは思い立つのです。
自分のオーケストラを持ちたい、と。
庶民の子、エリート校の子、どちらでもOK。
音楽教室の子も入れたりして・・・。
階級も出自も様々、これぞ多様性、今のオーケストラ。

ザイアが、身の回りの音からリズムを拾い上げていくシーンがステキでした。
そしてまたラストシーンが、素晴らしいんですよ。

分る分らないとか、好き嫌いを越えて、心を揺さぶる「音楽」というもの。
その神髄を見たような気がします。
感動!!

<シアターキノにて>

「パリのちいさなオーケストラ」

2022年/フランス/114分

監督・脚本:マリー=カスティーユ・マンション=シャール

出演:ウーラヤ・アマムラ、リナ・エル・アラビ、ニエル・アレストリュプ

音楽の素晴らしさ★★★★★

多様性★★★★☆

満足度★★★★☆


ぼくが生きてる、ふたつの世界

2024年10月08日 | 映画(は行)

聴こえる世界、聴こえない世界

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五十嵐大さんのエッセイ
「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と
聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」
を映画化したもの。

宮城県の小さな港町。
耳の聞こえない両親の元で、愛情を受けて育った五十嵐大(吉沢亮)。

幼い頃には母の“通訳”を務めたりもしました。
しかし、成長すると共に、
周囲から特別視されることに戸惑いやいらだちを感じるようになります。
そして、母を疎ましく感じるように・・・。

20歳。
大は逃げるように上京し、誰も自分の生い立ちを知らない大都会で、
アルバイト生活を始めます。

聞こえない両親の間に生まれた聞こえる子どもを「コーダ」と呼びます。
その特殊な状況で迎える子どもにとっての困難なことについては、
丸山正樹さんの小説に詳しく描かれています。
本作は、まさしくその「コーダ」であるご本人、
五十嵐大さんの体験談なので、リアルなコーダ事情を伺うことができます。

大は生まれたときから両親と共に生活していたわけなので、
ろうの両親のことを当たり前に受け入れて、
普通に話すこともできて、手話もできるのです。
(母親の両親と同居なので、言葉はそちらから覚えたか?)

子どもが泣いていても気づかないこともあって、
子育ては少し大変だったかも知れませんが、
お母さんの一生懸命さに愛情が伝わります。

大が小学生の頃のある日、友人が家に遊びに来て、
大のお母さんの話す言葉が「ヘン」だと言います。
そんなことから、大は自分の母親を恥ずかしいと思うようになってしまいます。
参観日のお知らせのお便りも、親に見せずに捨ててしまいます。

また大は、障害のある両親ということで
自分は世間から「かわいそう」と思われていることにも傷ついてしまいます。
それまで自分のことを不幸だなどと考えたこともないのに・・・。

思春期に入ると大の反抗的態度はますます酷くなっていきますね。
それも仕方のないことかな・・・。
でも私はやはり母親の立場に立ってしまって、
息子の冷たい態度に何も言い返すことができず、
ただただ悲しく困り果ててしまうお母さんを、そっと抱きしめたくなってしまいました。

大は、上京しパチンコ屋のバイトの後、小さな出版社で働くようになりますが、
親と離れ、働き、様々な人と暮らすうちに、彼自身も成長していきますね。

いつしか、自分が母親に放った酷い言葉や態度が
どれだけ母親を傷つけてけていたかが分るようになってくる。

振り返ってみると、本作はコーダの話ではありますが、
実は一般的な家族、子どもと親の関係というのはまったく同じですよね。
決して特殊な話なんかじゃない。

親というのはありがたいものです。
ご両親の結婚前エピソードもステキだったな。

<シネマフロンティアにて>

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」

2024年/日本/105分

監督:呉美保

原作:五十嵐大

脚本:港岳彦

出演:吉沢亮、忍足亜希子、今井彰人、ユースケ・サンタマリア、烏丸せつ子、でんでん

 

親の愛度★★★★☆

反抗期度★★★★★

満足度★★★★★


秒速5センチメートル

2024年10月05日 | 映画(は行)

失われた儚く美しい何か

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本作、松村北斗さん主演で実写映画化されるというニュースがありました。
新海誠監督作品でも、これはまだ見ていなかったなあと、慌てて見た次第。

全3話からなる連作短編集となっています。

貴樹と明里は小学校卒業と同時に、明里の引っ越しのために
離ればなれになってしまいます。
とにかく一緒にいることで気持ちが安らいでいた2人でした。
中学になってから、明里からの手紙が届き、
貴樹は明里に会いに行くことを決意します。

しかしその日は雪。
栃木までの列車の旅ではありますが、雪のために運行が遅れに遅れ、
なかなか目的の駅にたどり着きません。
本当に明里と会うことができるのだろうか・・・不安でいっぱいになる貴樹。(桜花抄)

やがて、貴樹も中学半ばで東京から鹿児島の離島に転校し、
そのままそこで高校生になります。
同級の花苗は、中学の頃からずっと貴樹を思い続けていました。
貴樹はいつも優しく接してくれましたが、どうも思い人がいるように思えて・・・。(コスモナイト)

社会人になり、東京でSEとして働く貴樹。
付き合っていた女性とも別れ、会社も辞めてしまいます。
季節が巡って春。
貴樹はある女性に気づき、振り返りますが・・・。(秒速5センチメートル)

 

 

純粋でみずみずしい、少年少女の恋。
けれどそれはあまりにも儚いものでした。

私が思うに、つまりあの時、唇と唇が触れ合うということで、
純粋だった“何か”が壊れてしまったということなのでしょう・・・。
もちろんそれは汚らわしいことではないのだけれど、
まだ名前のない美しい「思い」が、別のものに変わってしまうには十分な出来事だったのでは。
それは、互いに用意していた「手紙」をそれぞれ渡すことができなかった、
そしてその後も、手紙を交わすことは間遠になり、やがて途絶えてしまっていた
ことに現れているように思われるのです。

 

儚く美しいものが壊れ、苦い思いが残る・・・。
でも私たちは成長し大人になって、人生を続けなければなりません。
失われた美しいものは、桜の花びらが散るのを見て、かすかに思い出されるだけ・・・。

切なくも美しい物語。

「コスモナイト」では、種子島が舞台になっていて、
ロケットの打ち上げと思われるシーンがあります。
空へ向かってもくもくと伸び上がっていくロケットの白い航跡。
それを見上げる若い男女。
若い力、これからの人生への期待のようなものを思わせる
忘れがたいシーンでした。

そして、いつものごとく、水と光のなす透明なキラキラ感。
やはり美しいなあ・・・。
これぞまさに新海誠作品、という気がします。

こんな情景を、多分松村北斗さんは完璧に演じて表現してくれるのではないでしょうか。
実写版映画も楽しみです。
でも、松村北斗さんが演じるのは多分「青年期」だと思うので、
それほど出番はないのではないかな・・・?

<Amazon prime videoにて>

「秒速5センチメートル」

2007年/日本/63分

監督・原作・脚本:新海誠

出演(声):水橋研二、近藤好美、花村怜美、尾上綾華


僕の町はお風呂が熱くて埋蔵金が出てラーメンが美味い。

2024年09月28日 | 映画(は行)

歴史や文化を大切にしながら

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富山県射水市。
トオル、アゲル、ヨシキ3人の高校生が、
家族や進路などそれぞれの悩みを抱えながらも、仲良く楽しく暮らしています。

ラーメンが大好きで、風呂屋の熱い湯も捨てがたい。
同級の花凜との会話も心弾みます。
そして今は、コロナ禍で中止していて久々に開催される、
地域伝統の放生津曳山祭を楽しみにしています。

ところが、祭りの会長を務めるトオルの祖父が開催前日に急死。
祭り中止の危機をなんとか乗り越えますが・・・。

トオルは、自分の家や周囲の人々のリゾート開発会社からの借金のことを知ります。
リゾート会社はこのあたりの再開発を計画しているのです。
なんとしても借金を返さなければ、この地域の景観も文化も人々のつながりも壊されてしまう・・・。
トオルたちは蔵で発見した「射水の埋蔵金」という巻物を基に、
埋蔵金を探し始めます。

 

歴史はあるけれど、人口減少が進みさびれていく地方都市。
そんな町の高校生男子の奮闘の物語。
彼らはそろそろ進路も決めなければならないのです。
東京に出るのか。
地元に残るのか。
それとも・・・。

それはともかくも、今は仲間とわちゃわちゃ騒いで過ごしたい。
そんな彼ら3人。

せっかく出演している泉谷しげるさんによるトオルの祖父が、
突如急死というのには驚きました。
こんな場合、祭りは中止という決まりなのですが、
誰よりも祭りの開催を楽しみにしていた祖父の気持ちを大事にしたいと、
祖父はまだ生きていることにしてほしいと医師に頼み込んだりするシーンは
ちょっと切なくも可笑しい。

3人それぞれの家庭の事情とか、今どこにでもありそうな地方小都市の事情が描かれていて、
そしてそれらの現代的指針を見せていく所に好感を持ちました。

たとえ再開発が中止になったとして、それで決して安泰ではない。
自然と人々の暮らしが作り出してきた景観。
人々の絆。
そういうものを大切にしながら、これからもこの地で
人々の安心安全な生活を続けていくためにできることは・・・。
若い人たちがそんなことを考えるあたりに、希望が持てますね。

好きな作品でした。

<Amazon prime videoにて>

「僕の町はお風呂が熱くて埋蔵金が出てラーメンが美味い。」

2023年/日本/110分

監督:本多繁勝

脚本:西永貴文

出演:酒井大地、原愛音、宮川元和、長徳章司、泉谷しげる、丘みつ子、立川志の輔

青春度★★★★☆

郷土を考える度★★★★☆

満足度★★★★☆


ぼくのお日さま

2024年09月18日 | 映画(は行)

憧れと純真と・・・

* * * * * * * * * * * *

わーい、「津野くん」がこんなところで、フィギュアスケートのコーチしてる!!
って、思いました!!

池松壮亮さんは、映画でよく拝見するので、私にはお馴染みの俳優さんなのですが、
テレビの連ドラ出演は「海のはじまり」が始めてだったんですね。
ビックリ。
では普段あまり映画を見ない方には、なじみの薄い俳優さんだったのか・・・!
テレビドラマのおかげで、池松壮亮さんという若手実力派俳優が
広く知られるようになって嬉しい限り。

スミマセン、いきなり余談になってしまいました。

本作は、2024年第77回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で、
日本人監督史上最年少で選出された奥山大史監督作品。

 

 

北国の小さな町。

夏は野球、冬はアイスホッケーをやるのだけれど、
どちらも苦手な吃音の少年タクヤ。
ある日、ドビュッシーの「月の光」で、
フィギュアスケートの練習をする少女さくらに心を奪われます。

さくらのコーチ、元フィギュアスケート選手の荒川(池松壮亮)は、
ホッケー靴のままフィギュアのステップのマネをして何度も転ぶタクヤを目にし、
タクヤの恋を応援しようと思います。
そしてタクヤにフィギュア用のスケート靴を貸して、練習に付き合い始めます。

やがて荒川の提案でタクヤとさくらは、
ペアでアイスダンスの練習を始めることに・・・。

スケートリンクに差し込む柔らかな日の光に、少女が舞う姿が可憐で美しく、
タクヤは心奪われて見入ってしまうのですね。

実はそれと同じ状況で、2人が練習し続けていたアイスダンスを舞うシーンが後にあります。
ほとんど集大成といっていいその会心のできの滑りは、
タクヤの友人1人しか見ている人はいなかったのですが。
息がピッタリと合っていたことは2人も自覚している。
幸せなシーンです。
そして、荒川とタクヤ、さくらの3人で、少し離れた湖のスケートリンクへ出かけて
ひたすら無邪気に遊びながら幸せな時間を過ごす。

しかし、実はその時が3人で楽しく過ごす最後の時。

あっけなく壊れてしまった調和の日々。
それというのも、原因は荒川自身にあったのです。

誰が悪いというわけでもない。
ただ少女があまりにも純粋で無垢だからこそ・・・ということか。

 

荒川は、無垢な少年と少女のまだ恋とも言えないくらいの思いを美しいと思い、
応援していただけだったのですが・・・。

荒川と同居の青年役、若葉竜也さんも好きな俳優さんでして・・・。
だから私にはおいしい作品。

撮影は、我が北海道に点在するいろいろな施設を利用していた感じでした。
まだ解け出していない真っ白でたっぷり積もった雪景色が美しい。

コーチと言う役柄のため、池松壮亮さんはずいぶんスケートの練習を積んだのではないかな?

 

「ぼくのお日さま」

2024年/日本/90分

監督・脚本:奥山大史

出演:越山敬達、中西希亜良、若葉竜也、池松壮亮、潤浩

 

無垢度★★★★☆

満足度★★★★★


僕らはみーんな生きている

2024年08月31日 | 映画(は行)

若い2人と、汚れきった大人たち

* * * * * * * * * * * *

人付き合いが苦手な宮田駿(ゆうたろう)は、環境を変えるため上京。
下町のさびれた商店街にある弁当屋でアルバイトを始めます。
気さくな店主・小玉ゆり子や同僚の小坂由香(鶴嶋乃愛)らに囲まれ、
順調な生活が滑り出したかに見えましたが・・・。

この町は、商店街会長・佐伯順平(渡辺裕之)が牛耳っています。
表面上はいかにも気さくで面倒見がよさそう、
しかし、影では人を人とも思わず、お金のために残忍な計画を企てています。
そのことを、駿と由香が気づいてしまい・・・。

ちょっと不思議な手触りの作品です。

駿と由香は若くてしなやかな心を持っているようです。
こんなさえない町のさえない弁当屋で働いているにしても、
少しは未来に光を見てもいる。
そこは健全な青春物語のようであるのですが、
しかし、回りの大人たちがあまりにも酷い。
商店街会長というのは、もうほとんどヤクザの組長並み。

駿と由香が親しんでいるここの店主・ゆり子は、実は会長の愛人で、
会長に世話してもらった気の弱そうな男を夫としています。
そして、保険金目当てで、夫の毒殺を徐々に進行中・・・。

こちらのノワール部分が、どうにもヤング2人の部分と溶け合わないというか、
何か違和感を覚えるところではありますが、
そこが本作の面白い所なのかも知れません・・・。
私的には微妙・・・。

<Amazon prime videoにて>

「僕らはみーんな生きている」

2022年/日本/116分

監督・脚本:金子智明

出演:ゆうたろう、鶴嶋乃愛、渡辺裕之、桑原麻紀、西村和彦、仁科亜季子

 

悪人度★★★★★

満足度★★☆☆☆

 


ハロルド・フライのまさかの旅立ち

2024年08月20日 | 映画(は行)

いざ、イギリス縦断を徒歩で!

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レイチェル・ジョイスによる小説「ハロルド・フライの思いも寄らない巡礼の旅」の映画化。

私、本作のざっとしたあらすじを見て、あれ?前に見たことある?と思ったのです。
一人の老人がイギリス縦断の旅をする。
私が2年前に見たそれは「君を想い、バスに乗る」で、移動は主に路線バス。
妻を亡くした男性がイギリスの北から南へと旅をします。

でも、それとは違う本作は・・・

ビール会社を定年退職し、妻モーリーン(ペネロープ・ウィルトン)と平穏な日々を過ごしていた
ハロルド・フライ(ジム・ブロードベント)。
そんな彼の元に一通の手紙が届きます。
それはかつてビール工場で一緒に働いていた同僚、クイーニーからのもの。
ホスピスに入院中の彼女の命はもうすぐ尽きるという、お別れの手紙でした。

近所のポストから返事を出そうと家を出たハロルド。
しかし途中で思い立って、800キロ離れた北の地にいるクイーニーの元を目指して、
そのまま手ぶらで歩き始めてしまいます。
ふだんろくに歩いたこともないハロルド。
あっという間に、足はボロボロ、体もヘロヘロ。
そんな時には過去のイヤな思いが蘇って、気持ちまでもが落ち込んでしまう・・・。
でも、救いの手を差し伸べてくれる人もいるものです。
そしてそんな彼のひとり旅のことがSNSで広まり、
道中を同行しようという人々が集まったりもするのですが・・・。

ということで、老人がイギリスを南から北へ徒歩で旅するロードムービー。
さて、でも本作は、取り残された妻の物語でもあるのです。

妻・モーリーンはいきなり手紙をよこしたクイーニーという女性のことを知りません。
夫はなんだか悩みながら返事を書いていて、そして手紙をポストに出しに行ったきり帰ってこない。
一体夫とどういう関係の人なのかと、疑ってしまいますよね。
そもそも、この夫婦、あまりしっくりいっていなかったようなのです。

電話で「クイーニーの所まで歩いて行く」と告げたきり帰ってこない夫。
もう自分のところには帰ってこないのではないか・・・。
1人家に取り残された彼女は、これまでの夫とのよそよそしい関係を後悔しはじめるのです・・・。
そして、2人がこのような冷えた関係になってしまった原因がありました。
それは2人のひとり息子のこと・・・。

長くつらい旅は、自分と家族の過去と向き合う旅。
それは1人残された妻にとっても同様だったのです。

感慨深い作品。

 

<シアターキノにて>

「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」

2022年/イギリス/108分

監督:へティ・マグドナルド

出演:ジム・ブロードベント、ペネロープ・ウィルトン、リンダ・バセット、アール・ケイブ

家族愛度★★★★☆

ロードムービー度★★★★☆

満足度★★★★★