映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

孤高のメス

2010年06月30日 | 映画(か行)
必要なのは手先の器用さと、根気と、使命感



              * * * * * * * *

大鐘稔彦ベストセラー小説の映画化。
といっても私には馴染みのない作家さんなのですが、
医師でもある方なので、現在の医療について大変リアルで厳しい状況を描き出しています。
そしてこの映画作品も相当リアルな手術シーン満載。
いい話です。

舞台は1989年、と少し古い。
ある地方都市の市民病院に、外科医当麻鉄彦が赴任してくる。
看護師浪子はそれまで、いかにも適当な手術を見ているのが嫌で嫌で、
すっかりやる気をなくしていました。
けれどこの当麻医師の手術を見て考えが変わります。
素早く正確。
何よりも患者の立場に立ったその熱意ある行動に感化され、
自らも器械出しで少しでも助けになるようにと、勉強していく。



けれどその当麻医師は立派で近寄りがたい、というのではないのですね。
手術のバックミュージックは都はるみだし、
自分のお見合いとして設けられた席なのに、それと気づかなかったりする。
ただただ、仕事熱心、仕事馬鹿。
そんなところがまた魅力なのです。
そんなある日、当時ではまだ法的に認められていなかった
生体肝移植の必要性とチャンスが同時に舞い込んでくる。
それを実行したとして、
返ってくるのは売名行為とのそしりか、もしくは殺人の罪。
どちらにしてもろくなことはないに違いないのですが、
そこに苦しんでいる病人がいて、臓器提供を望む脳死患者の家族がいる。
当麻医師には、余計なことは目に入らないのです。





病院内の欲・怠惰・技術の未熟・・・非常に嫌な面も語られます。
そんな中で、自らの理想に従おうとする当麻医師のその姿は、まさに孤高なのです。
でも、彼は孤独なのではありません。
自身のビジョンを持ち、ぶれない。
そうした人物に人々は自ずとついて行くものなのです。
院長や他の医師、看護師、皆が力を合わせて最良の医療を行おうとする。
当たり前のことの様で、現状は当たり前ではないのでしょう。
この当麻医師のような医者がたくさんいれば、地域医療の問題も相当改善するんですけどね!

ここの市長がいっていましたねえ。
当麻医師は、ブラック・ジャックみたいだと。
当の本人は言います。
アニメやドラマでは外科医は派手だけれども、実際は地味なものです。
一針一針セーターを編むようなもので。
ちくちくちくちくと・・・。

あの手術の様子を見ていたら納得です。
手先の器用さと根気がすべてのような気がする。
そしてやはり自らの使命感かな。




以前にドナーカードを持つべきか・・・。
考えたことがあります。
けれど、自分で引っかかってしまったのは、脳死の場合の臓器提供。
脳死、といっても立派に心臓は動いていて、息をしていて体も温かい。
このようなときに、
脳は死んでいるからもう回復の見込みはない、
といわれて納得できるのかどうか。
その暖かな体にメスを入れて心臓やら肝臓やらを取り出してしまう・・・というのが、
どうにも恐ろしく思えてしまう。
そんなところが自分の限界。
それを考えると、この作品中の「母」は強かったですねえ・・・。
あのような決心はなかなかつくものではないと思います。
ということで、
万が一の時には、無駄に生きながらえるくらいなら・・・。
もうこの年でさほど思い残すこともないとなれば、またちょっと考えてみようかなあ・・・・。


2010年/日本/126分
監督:成島出
出演:堤真一、夏川結衣、吉沢悠、中越典子、矢島健一

真夜中のサバナ

2010年06月29日 | クリント・イーストウッド
真相はサバナの闇に・・・

真夜中のサバナ 特別版 [DVD]
クリント・イーストウッド,ジョン・ペレント,アニータ・ズーカマン
ワーナー・ホーム・ビデオ


              * * * * * * * *


えーと、クリント・イーストウッド20作目の監督作品ということですが、
この作品には本人は出演していないんですね。
はい。自ら主演しない監督作品としては3作目。
実はこのブログで前に紹介した「ザ・シークレット・サービス」とこの作品の間に「パーフェクト・ワールド」と「マディソン郡の橋」が入るんですね。
あー、それはこのシリーズ化の前に記事にしているんだ。
そう。よろしければ、こちらをどうぞ。
                        →パーフェクト・ワールド
                        →マディソン郡の橋

このあたり、監督としてぐーんと油が乗ってきたという感じですよね。
うん。だから、この「真夜中のサバナ」もなかなか興味深いですよ。
元は、ジョン・ベレントのノンフィクション・ノベルで・・・、
つまり実話を元にしているのです。


ジョージア州の歴史ある町サヴァナで起こった一つの事件。
ある独身の大富豪が家に出入りしていた美青年を銃殺した、という事件なんだけれども。
これが実は同性愛の関係で、大富豪ジム・ウィリアムズは、先に青年が発砲したので、正当防衛と主張。
映画はこの事件を取材するライターの視点で語られています。
実際なかなかスキャンダラスな事件だねえ。
実話であるからこそ、やはり真相はわからないんだね。
どちらが先に発砲したのか、というのが問題な訳だけれど・・・。
真実は当事者、つまりウィリアムズにしかわからないんだ・・・。
そうではあるけれども、映画ではブードゥー教の祈祷師ミネルバという人物を配して、
殺害された青年の無言の意志を伝えている。
そんなところで単にシリアスではなくてエンタテイメント性も持たせているんだね。
この南部の町は、なんだか風変わり。
そんなことを揶揄するようなところにもちょっぴり皮肉が効いているんだね。


なんと言っても驚いたのは、その事件の元の死んだ青年がジュード・ロウなのね!!
はは。全く予備知識なしに見てるからねえ、この頃は。
主役のジョン・キューザックにも「おお!」と思ったけれど、
始めにちょい役風で登場したジュード・ロウにはたまげたね。
そりゃハリウッド作品、別に不思議でも何でもありませんが。
ジュード・ロウはね、酒と麻薬に溺れるヤクザなホモ青年だ・・・。
相手を性に絡めて手玉にとる性格破綻の美青年。
う~む、まさにジュード・ロウのはまり役だ~。
もう、これだけで見た甲斐があった。
そんなこと言ったら他に見るところがないみたいじゃないの。
あ、失礼。その大富豪氏は実力派ケヴィン・スペイシーだし、これはじっくりみせてくれますよ~。
アメリカの裁判は、いかに真実を明らかにするかというよりも、
いかに陪審員を味方につけるか、そういうことの方が重要に思えるね。
そうだねえ。そういうことからすると、同性愛の富豪というのは実は不利だったんだけどね。
弁護士のアピールがなかなかよかった。
そういう腕のいい弁護士を雇うのもやっぱりお金の力・・・ということかもね。
なるほど。

1997年/アメリカ/155分

監督:クリント・イーストウッド
出演:ジョン・キューザック、ケヴィン・スペイシー、ジャック・トンプソン、イルマ・ピー・ホール、ジュード・ロウ


あの日、欲望の大地で

2010年06月28日 | 映画(あ行)
過去に絡め取られた女



            * * * * * * * *

「バベル」、「21グラム」の脚本を手がけたギジェルモ・アリアガの
長編監督としてのデビュー作。
予備知識なしに見た私は、
一見脈絡のない人々のシーンが交互に描かれるあたりで「バベル」を連想していました。
さもありなん、ということでした。

でもそのうちに、「バベル」ほどこじつけ的なつながりではなくて、
ある人物の過去と現在を交互に描いていて、
一つの大きなストーリーになっていることに気づきます。
次第に全容が見えてくると共に現れる真相。
この組み立てはとてもミステリアスで興味深いものですが、
それ以上に、一人の女性が過去から抱えていた苦悩が胸に迫るのでした。



ニューメキシコに住む少女マリアーナ。
彼女は母の不審な行動が気になり、密かに後をつける。
そして荒野にうち捨てられたようなトレーラーハウス中の
母の不倫の情事を目撃してしまう・・・。

この作品は、切れ切れのシーンを自分で組み上げてストーリーにしていくところが味噌なので、
あまり詳しく書くのはヤボですから、止めておきましょう。
現在のシーンは青っぽい色調で、主人公のすさみ、沈んだ雰囲気が強調されています。

その彼女をじっと見据える一人の男性。
それは誰なのか・・・ということですが・・・。

少女が目撃した母の性。
その純粋な故の残酷さにはっとさせられます。
その混乱のなかで、自らの中の女の性に目覚めても行く。
憎悪している母以上に、実は愛にどん欲な自分。
結局彼女はそういったものから目を背け、遠くの地へ逃げてきていたのですね。
けれど心の中では、その過去に絡め取られていた。
その気持ちの揺れが、
あのフラッシュバック的切れ切れのシーンであったということなのでしょう。
でも、ラストは未来が感じられるのが救いです。
再出発は、過去の原点に向き合ったところから始まるのかもしれない。



キム・ベイシンカーが見せる女の性も、すごいです。
何人もの子供がいながら、密かな情事を繰り返す。
愛人との逢瀬が麻薬のように彼女の生活から切り離せなくなってしまっている。
家族を買い物の途中で待たせておいて愛人の元に走る・・・。
こうなると、ちょっと怖いです。
この作品では、この母娘の炎のような思いに対して、
男性は凡庸でなすすべなく、そしてやさしいんですよね・・・。

心の奥底をえぐる作品でした。

あの日、欲望の大地で [DVD]
シャーリーズ・セロン,キム・ベイシンガー,ジェニファー・ローレンス,ジョン・コーベット,ヨキアム・デ・アルメイダ
東宝



2008年/アメリカ/106分
監督・脚本:ギジェルモ・アリアガ
出演:シャーリーズ・セロン、キム・ベイシンガー、ジェニファー・ローレンス、ヨアキム・デ・アルメイダ

「ペンギンと暮らす」 小川 糸

2010年06月27日 | 本(エッセイ)
ライフスタイル 自分流

ペンギンと暮らす (幻冬舎文庫)
小川 糸
幻冬舎


            * * * * * * * *

このエッセイの著者は「食堂かたつむり」の著者ですね。
ペンギンと暮らす・・・?
巻頭ですぐに種明かしがありますが、
小川氏、以前からペンギンと暮らしてみたいと思っていたそうなのです。

鳥なのに空を飛ぶことができず、けれど泳ぎは上手でなんか不器用。
ぽってりとしたおなかも愛らしい。
けれど、東京でペンギンと暮らすのは無理。
そこで、同居人の夫をペンギンだと思うことにしたのである。

・・・と。

つまり、このエッセイは小川氏とご主人の日常生活を描いているわけです。
エッセイといいますか・・・、
つまりブログ「糸通信」を文庫化したものだそうで。
はい、読んでいるうちに気づきましたが、この日記形式は確かにブログでした。


小川氏らしく、その日食べたおいしいものなどの話が中心になっています。
それは特に豪華なグルメというものではないのですね。
「食堂かたつむり」を読んでわかるように、
それはロハスでありエコでありグリーンである・・・。
化学調味料を避けて本当に素材の持ち味を生かした、素朴な一品。
だからといって素っ気なくはありません。
そこには素材を引き立てようとする「思い」と、
「料理の腕」もあるので、
読んでいるだけでも、わあ、おいしそう、食べてみたい・・・という気持ちにさせられます。


このような主義は、あまりガチガチになってしまうと、本人も周りも辛いのです。
でも、この本はそうした生活をあえて人にまで勧めているというわけでもないので、
ぎりぎりセーフというところでしょう。
あくまでも自分のライフスタイルの記録。
そこがやはりブログだなあと感じるところ。

夏の暑さが嫌いという小川さん。
夏は北海道にいらっしゃるといいのに。
クーラーなどなくても、寝苦しい夜など一夏に数えるほどもありませんよ~。

満足度★★★☆☆


ソラリス

2010年06月25日 | 映画(さ行)
姿形がそのままで、記憶さえもそっくりそのままならば、それは本人?

ソラリス (特別編) [DVD]
ジョージ・クルーニー,ナターシャ・マケルホーン,ジェレミー・デイビス
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

           
             * * * * * * * *

モカさんには1972年ソ連作品の「惑星ソラリス」を勧められたのですが、
悲しいことに私の利用しているTSUTAYA DISCASに、品揃えがありませんでした・・・。

それでといっては何ですが、わりと新しいアメリカ作品、「ソラリス」を見ました。
もともと、スタニスラフ・レムの原作の映画化という点では同じなのですが、
解説によると、ややストーリーというか、設定は異なるようです。

しかし、こちらのスタッフ・キャストがなかなか豪華なんですよね。
けれど浮ついたところはなく、ひんやりした肌触りの、
切ないハードSFロマンとなっています。


精神科医ケルビンのもとに、
惑星ソラリスの探索に出ている友人から助けを求める連絡があり、
その探索機を訪れたケルビン。

そうはいっても事情が全くよくわからない。
そんなおりに突然、いるはずのない彼の妻が現れる。
地球から遠く離れた星であることはもちろんなのですが、
実は彼の妻は数年前自殺して亡くなっていたのです。
どうしたわけか、この星では個人の思いを実体化して、そのままそっくりの人物が出現する。
そしてそれ(その人?)は、本人の記憶をも所有している。
だからここにいるのは当然本物の妻ではなく、ニセの何者かなのです。
どうして、何のためにそんな現象が起こるのか、全く謎のままです。
しかし、何かの悪意とも思えない。
それは、地球上の常識では全く考えも及ばない、
惑星ソラリスにおいての「自然現象」なのだろう・・・と、
おぼろげながら思ったりするわけですが、
まあそれを深く追求するのがこの作品の狙いではありません。

偽物とわかってはいるけれども、ケルビンの妻への思いはつのっていくのですね。
姿形がそのままで、記憶さえもそっくりそのままならば、それは本人ではないのか?
実際には、彼がきちんとわかってあげられなかったが故に、
妻の自殺を招いてしまったことが心の傷になっていたケルビンは、
その罪の意識と愛情がない交ぜになり、平常心を失っている。

さて、その「妻」として出現した方も切ないですよ。
自分自身、全く偽物という意識がない。
そこへ、自分がこの惑星の「力」によって生み出された偽物だと知ったとき・・・。
自己のアイデンティティを喪失するのです。
自分の意識というのは何なのでしょう。
自分の認識=現実だとしたら、これは真実の「妻」なんですよね。
深く考え始めると、今の自分自身の存在さえも疑わしくなってしまうという、
そんな作品なのでした。

ラストもなかなか謎めいていますが、
結局これは永遠の愛と生を受ける話なのかもしれない・・・。
惑星ソラリスの幻想的なたたずまいが魅力的です。
その星自体が、何かの意志を持っているようにも感じられます。
やはり、旧ソ連作品も是非見てみたいですね。

2002年/アメリカ/99分
監督・脚本:スティーブン・ソダーバーグ
制作:ジェームズ・キャメロン
出演:ジョージ・クルーニー、ナターシャ・マイケルホーン、ジェレミー・デイビス

「千年樹」 荻原浩

2010年06月24日 | 本(その他)
はかないけれども鮮烈な、人の「生」を見守ってきたくすの木

千年樹 (集英社文庫)
荻原 浩
集英社


        * * * * * * * *

ある地方都市の外れ、小高い丘のうえにあるくすの木。
物語はまず一つのエピソードから始まります。
時は平安時代。
東下りの国司が襲われ、妻子を連れ山中を逃げ回っている。
体の自由がきかず、食べるものも飲むものも何もない。
まずは妻がこと切れ、次に夫が。
残された幼子は落ちていたくすの実を口に含んだまま命をとじる。
その口からこぼれた種が芽吹き成長したものなのか・・・。
千年を経てむしろ禍々しいほどの巨木となったくすの木が、
これまでに見たであろう様々な"人"のドラマを綴っています。


まずはこのプロローグのすさまじさに、息を呑んでしまいます。
1000年前といえば平安時代、ということなんですね。
京の都の貴族はさぞや優雅に暮らしていたかもしれませんが、
一般の人々の生活は貧しく、また当たり前に争いが絶えなかったであろう過去。
1000年の間にどれだけの人の生と死を目撃してきたのでしょうか。
ほとんどそれは神の視点に近く、人一人の生など全く短くてはかなく映るでしょうね。


物語は時代を自由に行き来しながら、語られてゆきます。
そのくすの木の根元で起こった出来事の数々。
いじめにあって首をつろうとした中学生。
空襲を逃れて、火に包まれた町をみおろす少年。
貧しさのために女郎として売られた娘。
つまらぬことで切腹に追い込まれた侍。
・・・・・・・
それぞれに必死に生きてはいるのですが、
1000年を生きるくすの木の視点から見ると現実は無常。
私たちの目前に現れたつかの間の主人公たちは、はかなく命を落としたりもする。
しかし、一瞬現れたその生は、鮮烈です。

このくすの木には、ちいさな男の子が住んでいるようです。
ぼろぼろの衣服をつけ、時々ヒト前に姿を現す。
何も悪いことをしたりしません。
まるで座敷童のよう。
それは一番始めに登場した、くすの実を食べたあの子かもしれませんね。


でも、いかに長寿の樹木であっても、いつかは終わりが来るものなんですね。
その終章には、1000年の終わりのことが書かれています。
何度か物語に登場した雅也は、
市役所の「あれこれ相談課」の係長になっています。
・・・つまり苦情処理係ですが、自分とも関わりの深いこの木の最後を見届けます。
この物語は、この木が命の終わりに近づいて、
思い起こした記憶の数々だったのかもしれませんね。
なんだか切なくなってしまいますが、
最後に、次の1000年への希望がほんのちょっぴり語られます。
命はつながっていくものでもありました。
多くの人間たちがそうしてきたように。

満足度★★★★★

ザ・ウォーカー

2010年06月23日 | 映画(さ行)
西の果てにあるものは・・・


             * * * * * * * *

文明が崩壊した近未来の地球。
イーライと名乗る男が一人、世界でたった一冊残るというある本を運び、
ひたすら西へと向かって旅をしている。

光景はひたすら荒れ果てた荒野。
モノクロ作品かと思うほどの色彩のなさ。
しかしセピア色を基調に微妙に様々な色調が現れます。
この極彩色を避けた色調は、むろん荒廃した地球を表しているのですが、
別の意味もあるようですね。


そこでは生活環境の荒廃というだけでなく、人々の心も荒れ果てている。
生き延びるためとはいえ、平気で人を傷つけ、奪い合う。
こんな世界でも町はあって、ある町ではカーネギーという男が独裁者となり君臨している。
彼はこの世界では大変貴重な汚染されていない水脈を独占して権力を得ていたのです。
そしてさらなる権力を得るために、ある「本」を探していた。




この本の正体は、まあ、予告編見ただけでも想像がついていましたが、
永遠のベストセラー、ホテルの部屋などにも常備されているアレです。
そんなわけで、このストーリーはなんだか神話めいてもいる。
「アイ・アム・レジェンド」よりよほど伝説っぽいです。
ところがこの本の秘密はそれだけには留まらなくて・・・。
うそー!!と思わずつぶやいてしまう結末が待っております。

で、あとでよーく考えてみたら、
いろいろと突っ込みたくなってしまう部分も多いのですが・・・
デンゼル・ワシントンの終始むっつりした表情が何ともいえない雰囲気を醸しています。
短剣を用いた戦闘シーンはまるで時代劇の殺陣のシーンを思わせます。
それも座頭市のような・・・。
切れのいいアクションとスタイリッシュかつシックな映像で
ひと味違うSFものとなっています。



それにしても、核戦争がもたらす文明破壊。
その後の人間社会。
そういう世界を描く作品は多いですが、どうも皆さん悲観的ですね。
自然も人の心もすさみきっている。
まあ、確かに一時はそんなこともありましょうが・・・、
もっと人々は慎ましく力を合わせて暮らしていくのではないかなあ
・・・なんて、甘すぎますかね?

西へ西へと旅したイーライがたどり着いたのは西海岸で、
そこのある都市の沖にはある島があります。
アクション映画にも時々登場するその島。
なので私は見ただけですぐわかっちゃいましたが。
非常に興味深い設定となっています。
しかし、西へ西へと旅して行き着くのは西方浄土ではなかったのか・・・。
もしくは、聖地まで行ってしまうのかと思っていました。
(それなら東へ行った方が早い?)
結局アメリカの国内なのがちょっと拍子抜けですけれど・・・。

このストーリーの原題は“The Book of Eli”
Eliすなわちイーライと読むわけですか、これを見てなるほどと思いました。

「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」
キリストが十字架にかけられ息を引き取る寸前の言葉ですね。
神よ、神よ、何故私を見捨てたもうたのです・・・

つまり、この神への呼びかけの言葉が彼の名前の由来なのでしょう。
たぶんこのストーリーは、キリスト教にさほど馴染みのない私たちよりも
欧米の方々のほうが、なにか感ずるものがありそうです。


2010年/アメリカ/118分
監督:アルバート・ヒューズ、アレン・ヒューズ
出演:デンゼル・ワシントン、ゲイリー・オールドマン、ミラ・クニス、トム・ウェイツ

幸福の黄色いハンカチ デジタルリマスター版

2010年06月22日 | 映画(さ行)
「女性は繊細で傷つきやすいんだから、男は守ってやらなきゃだめだ!」



          * * * * * * * *

何でいまさらこれなのか・・・といえば、
近々「イエロー・ハンカチーフ」というアメリカによるリメイク版が公開されるのですね。
で、その前に予習ということで、
デジタルリマスター版として上映されている、この懐かしの名作を見てみました。

1977年(昭和52年)作品です。
33年前。
どおりで武田鉄矢も桃井かおりも若いはずだ!
そして、今回自分でも意外だったのは、健さん。
1931年生まれの健さんはこの映画の当時は46歳ですか・・・。
健さんといえば、私でも、知る限りはずっと年上の渋いおじさま・・・というイメージ。
でもここに登場する健さんは今の私よりも若いのだわ。
なんか変な感じ。
そして、渥美清まで登場するという、何とも懐かしい限りで・・・。


ストーリーは今更説明するほどでもないですけれど・・・
失恋で自暴自棄になり、真っ赤な新車を買って北海道にやって来た、欽也。
さっそくこれも一人旅の朱美のナンパに成功し、二人旅となる。
さらに、海岸で知り合った勇作も旅を共にすることに。
しかし、この男、実は刑務所を出所したばかり。
何しろ出会ったところが網走の海。
番外地は健さんに似合うなあ・・・。
さて、勇作には別れた妻がいるのですが。
しかし、もしかしたら自分を待っていてくれるかもしれない。
いやいや、待っているはずがない。
・・・揺れる心。
確かめるのが怖い。

「もし、俺を待っていてくれるなら、庭の竿の先に黄色いハンカチを結んでおいてくれ」

そう記したはがきを出しておいたのだけれど・・・。
事情を知った欽也、朱美を交えた3人が、夕張を目指します。


釧路→網走→阿寒→夕張 とドライブ旅行。
北海道に住んでいる私としては、これもまたなんだか感慨深いのです。
この作品では桜の花が咲いていたので、5月ですね。
まだ少し寒いくらいの北の春・・・。
帯広から夕張まで狩勝峠経由でずいぶんかかっていましたが、
今ならもっと近い道があります。
夕張の町は映画中でもそう賑わっているようには見えませんが、
今となっては破産した都市。
その後も斜陽には拍車がかかってしまいました。
いろいろなことが思い出されたり、考えさせられたり、
また懐かしさもひとしお・・・ということで、
映画の内容はそっちのけになってしまいました。

でも、ラストはやっぱりいいですねえ・・・!
そして強面の健さんが弱気になって、
イヤやっぱり夕張に行くのはよそう、と引き返すあたりもなかなかいいです。

「女性は繊細で傷つきやすいんだから、男は守ってやらなきゃだめだ!」
と言う健さんのセリフ。
うう~む。
このあたりもほとんど化石化したセリフではあるまいか。
今時の女性はたくましい肉食。
むしろ、繊細で傷つき安いオトコノコを守ってやらなくては・・・って時代ですよねー。
いやはやいろいろな意味で興味深い。

幸福の黄色いハンカチ [DVD]
高倉健,倍賞千恵子,桃井かおり,武田鉄矢,渥美清
松竹ホームビデオ



2010年(1977年)/日本
監督:山田洋次
原作:ピート・ハミル
出演:高倉健、倍賞千恵子、武田鉄矢、桃井かおり、渥美清

「1950年のバックトス」 北村薫

2010年06月20日 | 本(その他)
宝石箱みたいな短編集

1950年のバックトス (新潮文庫)
北村 薫
新潮社


       * * * * * * * *

北村薫氏の短編集。
そうボリュームのある本ではないのに23篇が収められている・・・ということで、
かなりのショートストーリー。
しかも、どれも上質。
うーん、贅沢。贅沢。


始めの方は、会談めいています。

いきなり「百物語」。
酔った女友達をやむなく自分の部屋に連れてきた彼。
彼女は絶対に寝たくないので朝まで付き合ってという。
時間つぶしに、百物語をしようということで、交代で怖い話をし始める。
彼女が最後に語った話は・・・。
寝ているときの自分は、自分では見られない。
実はどんなことが起こっているのかもわからない・・・。
そういう怖さをよく表していますね。

そんな話がいくつか続いて、これは怪談集だったのか・・・?と思ったのですが、
途中からはそうではなくなりました。


私が気に入ったのは「百合子姫・怪奇毒吐き女」
生徒会の副会長を務める先輩は、物静かで楚々とした美人。
彼女にあこがれ、密かに「百合子姫」と呼んでいる道夫。
ところがある日、彼女がパンク系の店で髑髏のイラスト入りTシャツを買っているのを目撃。
全然彼女のイメージではないけれど・・・男物だし・・・。
気になってしまい、ほとんど無意識で彼女の弟である級友に電話してしまうが――――。
ショートストーリー2話連作。
続きは彼女の弟が姉を語りますが、その実態は道夫があこがれていた女性像とは大違い。
というところが何ともユーモラスで、思わずクスリと笑ってしまう作品です。
私は、この毒吐き女であるオネーサンの方が好きですけどね。
活き活きしてます。


表題の「1950年のバックトス」
さすがに、この作品群の中では、最も光っています。
孫の野球の試合を見に来たお婆さんの秘密。
日本にもほんの一時、女子プロ野球の球団があったんですね。
1人のお婆さんの、遠い昔。
私たちは彼女の若く瑞々しい青春の一ページをかいま見ます。
その鮮烈さ、そして時の流れの永遠であり、また一瞬でもある不思議。
実に魅力的なストーリーでした。


また、ラストの「ほたてステーキと鰻」は、
これがとても男性が書いたとは思えない、女性の静かな日常の思いが綴られています。
巻末で桜庭一樹さんが、
「私の知っているあの子たちが元気に年をとって壮年に、老年になったみたいだ」
と言っていますね。
さすがプロの作家はうまいことを言います。
確かに、あの「私」が年をとればこんな感じ。


まさに宝石箱みたいな短編集でした!
あ、えーと、宝石箱といっても
お金持ちのマダムのダイヤの入った宝石箱じゃありませんよ。
子供の頃、もらったオルゴール付きの宝石箱。
自分だけの宝物をしまっていました。
この本の表紙みたいに、きれいなビー玉とかおはじき。
グリコのおまけ。
お祭りの屋台で買ったペンダント。

そんな懐かしい私の宝石箱です。


満足度★★★★★

FLOWERS フラワーズ

2010年06月19日 | 映画(は行)
夢の共演。命をつなぐ女たち



             * * * * * * * *

花。
その題名通り、花のような6大女優の夢の共演。
どなたも主役級ですから、これは絢爛豪華。


始めはモノクロシーンです。
昭和11年。
親が勝手に決めた縁談で、迎えた結婚式当日。
この結婚に納得できない凛(蒼井優)は、
白無垢の花嫁衣装のまま、家をとびだしてしまう。
そういえばウエディングドレスを着て疾走する女性のドラマもどこかにあったなあ・・・。
それはともかくとして、シーンは現代に移ります。


ピアニストを夢見て東京へ出たけれど、芽が出ないままの奏(鈴木京香)。
恋人とは別れ、この先の身の振り方を考えなければならないというところ・・・。
その妹、佳(広末涼子)は結婚し、一児の母。
彼女は自分の出生時に母が命を落としたことに責任を感じているのですが、
だからこそ一生懸命生きようと、明るく前向き。

実はこの二人は冒頭の凛の孫だったんですね。
では結局凛さんは、やはり結婚したのだなとわかる。
では凛の子供たちは・・・?ということで、またそれぞれの道が語られます。
昭和30年代といったところでしょうか。
長女、薫(竹内結子)は結婚後まもなく夫を事故で亡くしたのでした。
母凛とは違って、相思相愛の結婚だったように伺えますが、
だからこそ、失った存在の空虚さが痛ましい・・・。
しかし、実家の庭で水をまく、どこか心が遠くにあるような茫洋としたそのムードは、
何ともいえずステキです。
次女、翠(田中麗奈)は、キャリアウーマンの走りですね。
これからの女性は自立しなければ、とばかり出版社で張り切っている。
しかし、まだ時代が時代でもあり、
周りは男性ばかりで、その気持ちが空回りしている。
そんなとき、プロポーズをされて自分の気持ちに迷いが出る。
三女、彗(さと)(仲間由紀恵)。
幸せな結婚をして一児の母。
二人目の子供ができたけれど、彼女は体が弱く、医者からは危険だと言われている・・・。


2時間足らずの作品で6人もの女性の人生を語るのは、
食いたりなさが残るのではないか・・・と、実は思っていました。
けれど、断片を集めたからこそ、見えてくるものはあるんですね。
それぞれの女性の個性。
愛の形。
人生の形。
それぞれに悩んだり、躓いたりしながら命をつないでゆく。
うーん、やっぱり女は子供を産めと言うことなの?
といってしまえば実もフタもないのですが、
女にしかできないことであるのは確かですし、
出産がなければ人類滅亡・・・、ということでまあ、良しとしますか。


最後に予想通り、冒頭のモノクロシーンに戻ります。
家を飛び出した凛のその後。
まあ、もちろん答えはお見通しなのですけれど。
この家系は女系家族ですね。おまけに美形!!

それにしても昭和中期あたりの色調、衣装、ヘアスタイル。
実にうまくその時代色を醸し出していますねえ。
なつかし~い感じでした。
今の若い女優さんが、当時のファッションで現れるというのも、なんだか不思議な感じ。
私は竹内結子さんのほんわか笑顔と、ややミステリアスな行動の謎
・・・そこのところが一番気に入りました。

監督:小泉徳宏
出演:蒼井優、鈴木京香、竹内結子、田中麗奈、仲間由紀恵、広末涼子

「告白」 湊かなえ 

2010年06月18日 | 本(ミステリ)
壊れ行く人間社会・・・

告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)
湊 かなえ
双葉社


            * * * * * * * *

2009年本屋大賞1位受賞作品。
その他の各賞も総なめのこの本。
書店店頭にあまりにも多く並べられたその本を逆に敬遠してしまって、
読んでいませんでした。
この度、文庫となったので手を出しやすかったわけです。


我が子を校内で亡くした中学校の女性教師が、ホームルームで「告白」するシーンからこの物語は始まります。

「愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」

ここで、2人の男子生徒が犯人として名指しされるのですが、
語り手が「級友」、「犯人」「犯人の家族」と語り継がれる中、
事件の真相と少年たちの心の闇が次第に浮かび上がってきます。


現実にあった様々な少年犯罪、
連続殺人事件であったり、親族殺人であったり、
そのようなことを彷彿とさせます。
そのような犯罪を犯す少年は、頭がよく、大人社会をバカにしているところがあるようですが、
そうした心理をうまく表していると思います。

「今のあなたが生きているのは誰のおかげなのでしょう。
そんなこともわからずに少し自分が勉強ができるからといって
自分こそが選ばれた人間であると思っているあなたこそが、
一番何もわかっていない人間、
あなたが言うところの馬鹿なのではないでしょうか。」

と、こんな終盤のセリフが一番核心をついていると思いました。


このようにストーリーとしては確かに読ませられるのですが、
私としてはあまり好きではありません。
あまりにも簡単に「死」があります。
HIV、いじめ、不登校、マザーコンプレックス、子離れできない母
・・・ちりばめられた材料がすべて負のアイテム。
かすかにあるように思えた「恋」も、嘘でした。
どこかに「愛」が欲しかったですね。
あるいは「救い」が。
まあ、これは個人の好みの問題。
ただ、これだけの評判作というのは、
こういうのが好きな方が多いということなのでしょうねえ・・・。
ついて行けない自分に年を感じてしまう・・・。

今映画の方も公開中で
これがまた、ずいぶん評判はいいようですね。
評論家の評価もよし。
しかし、私はこのテーマ自体になじめなさそうなので
見ないで終わりそうです。

満足度 ★★★☆☆

理想の彼氏

2010年06月17日 | 映画(ら行)
自分の足で立つ女。支える男。



          * * * * * * * *

言ってみれば他愛のないロマンチックコメディなのですが、
なかなか悪くないと思いました。

40歳主婦サンディ(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)。
夫が長年浮気していたことが発覚し、離婚。
子供2人を連れてニューヨークで仕事を見つけ、新しい生活を始めます。
ベビーシッターを頼んだ24歳の青年アラム(ジャスティン・バーサ)と
次第に心が接近してゆくのですが・・・。




仕事を持つアラフォー女性はまだまだ若い!
一方アラムは、年の割に落ち着いていて誠実。
いわば草食系男子か。
彼は次第にこの屈託のない母親と子供たちの家族が好きになっていくんですね。
普通は、家庭から離れた『表』の顔で出会いがあるものですが、
彼にとってはいきなりサンディの『内』の顔と出会うわけです。
飾り気のないその表情に惹かれていく。


私はこんな風に、子育てに仕事に一生懸命で、
自分の足で立っている女性がやっぱり好きなんですよね・・・。
だから、それに寄り添ってサポートしてくれるような人って、いいと思う。

ただここで問題は15の年の差。
いずれ問題になるだろうというところが、やっぱり問題になってくるわけです。
40の子持ちキャリアウーマンに24歳のアルバイトの子守の青年・・・と聞けば、
いかにもスキャンダラスだ・・・。

映画はいいです。
瞬く間に時は過ぎる。
時は2人の思いを過去のものとして薄れさせていくのか。
それとも、それは静かに熟成してより確かなものになってゆくのか。





いきなり青年が旅に出るのは、いかにも・・・・ではありますが、
ちょっぴりセンチメンタルな気分にさせられるこのラストは悪くありません。
もっと、バカっぽいコメディかと思っていたのですが、
お互いの人生観がしっかりしていて、そうした上でのロマンス。
私は好きです。

理想の彼氏 特別版 [DVD]
キャサリン・ゼタ=ジョーンズ,ジャスティン・バーサ,サム・ロバーズ
ワーナー・ホーム・ビデオ



2009年/アメリカ/95分
監督・脚本:バート・フレインドリッチ
出演:キャサリン・ゼタ・ジョーンズ、ジャスティン・バーサ、ケリー・グールド、アンドリュー・チェリー

春との旅

2010年06月15日 | 映画(は行)
人生の終焉と萌芽のコントラスト



            * * * * * * * *

北海道、増毛(ましけ)。
かつてニシン漁で栄えたその町は、今ではすっかり寂れた小さな町です。
その地名は、全国の薄毛に悩む方のあこがれで、
その駅のキップがよく売れたとか売れないとか・・・。
まあ、それはどうでもいいのですが、
その寂れた海岸の家・・・というよりは小屋という雰囲気のところから、
1人の老人が飛び出してきます。
引き続いて若い女の子。
必死に、お爺さんを止めようとしているのですが・・・。
これがこの作品のオープニング。


老人は、この町でずっとニシン漁をしていた忠男(仲代達矢)。
ニシンがすっかり採れなくなっても、しぶとく漁師を続けていた、頑固者。
若い頃ニシン漁にあこがれて宮城県から移り住んできたのです。
若い女の子の方は、孫娘の春(徳永えり)。
この2人きりで暮らしていたのです。
春はこの町で仕事がなくなってしまい、いっそ東京にでも行こうかというところですが、
体の不自由なお爺さんを一人置いてはいけない。
・・・ということで、忠男の兄弟のところに置いてもらえないだろうかと、
親戚巡りの旅をすることになったのです。
いえ、そのように忠男は決めてしまったのですが、
春は、そんなことを言ったのをすっかり後悔して、
お爺さんを止めようとしているところだったわけです。



しかし、この頑固じいさんは止められない。
強引に始まった兄弟巡りの旅。
彼ら兄弟の故郷は、宮城なんですね。
今も、皆はほとんどそちらに住んでいる。
変わり者の忠男が勝手に家を飛び出して北海道なんぞへ行ってしまった、
と、こういう構図です。

羽振りのいい者、悪い者、刑務所に服役中の者(!)。
・・・羽振りがいいと行っても、それはかつての話。
よくよく実情を見れば、それぞれに生活はカツカツだ。
兄弟仲は・・・よろしくないですね。
顔をあわせただけでもう、憎まれ口が飛び出す、そんな風。
一緒に住もうなんて、とんでもないですよ。
行く前から結果は見えています。
しかも、威張って「オレを養ってくれ!」ですもんね。


どこへ行っても、疎まれ追い返されてしまう。
しかし、憎まれ口をたたきながらも、どこかほんのりと底の方に親しみがある。
これが兄弟ならではなんですねえ。
なにしろ、大御所、名優揃い。その辺の呼吸はもう、すばらしいです。

ただ兄弟間を巡るうちに見えてくる部分はあるのです。
忠男は体が不自由ではありますが、杖なしでも、結構歩き回ってます。
この旅をやり遂げたくらいですから・・・。
1人では住めないなんて、甘えですよね。
いみじくも、兄弟の1人がいいます。
「右足が不自由なら、切ってしまえ。
左足もだめになったらそっちも切ってしまえばいい。
そうして困ったら、いよいよ頼ってくればいいんだ。
何をあまえてるんだ」と。
非常に厳しい言葉ですが、一理あるとも思えます。

忠男は言うんです。
「妻も死んだし、春の母親も・・・。
おまけに体は悪くなるし。
何で俺のところにだけ、こんなに悪いことが起こるのかなあ・・・。」



いや、それは違う。
誰のところにも、そういうことは起きているのです。
もうすっかり分別があっていいはずのこの爺さん、結局世の中が見えていない。
しかし、この旅でようやく見えてくるものがある・・・ということなんです。
そうして、この旅をふりかえってみると、
もしこの旅が忠男1人だったら、かなり悲惨ですね。
それを救うのが春の若さです。
生命の芽生える春。
その季節と同じ名前を持つ、春。
そのエネルギーが、まあ、何とかなるんじゃない、という気持ちを引き出してくれる。
彼女が着ていた赤いジャケットが、その元気の象徴のようでしたね。



彼らがみな子供で一つ家にいた頃って、どんなだったのでしょうね。
そう思うと、かなり懐かしく切ないです。
時の流れの無常を感じます。
でもこの兄弟は、日本のあらゆる家庭の兄弟、
実はどこにでもある家族の風景なのだろうなあ。
しかし、今少子化が進む中、こういう関係は変化してきているのでしょうね。
かくいう私も、兄が一人いるだけなので。
さみしいもんです。

2010年/日本/134分
監督・原作・脚本:小林政弘広
出演:仲代達矢、徳永えり、大滝秀治、柄本明、香川照之

「家日和」 奥田英朗 

2010年06月14日 | 本(その他)
共に生きる、“今”の家族の形

家日和 (集英社文庫)
奥田 英朗
集英社


            * * * * * * * *

「家」を中心としたストーリーの短編集です。
家族というよりはむしろ夫婦のあり様を描いていますね。
これが意外に家庭内離婚とか、そういう風に殺伐としたものではなくて、
それぞれ共に生きているという感覚があって、いいのです。


「ここが青山」

ある日突然会社が倒産し、失業してしまった祐輔。
それをきいた妻厚子は
「ほんと?」
「そう、朝礼でいきなり言われちゃった。今日から失業者」
「ふうん。わかった。今夜、何食べる?」
「すき焼きってわけにはいかないだろうね」
「いいんじゃない。安い肉なら」
・・・と、いかにもあっさりしている。
そしてさっさと自分の勤め先を決めてくる。
それなら、と祐輔は食事の支度、息子の保育園の送り迎え、掃除洗濯、
つまり一般の主婦の役割を引き受ける。
そして、お互い実はこの役割の方がずっと性に合っていて好きだ、ということに気づくのです。しかし、周りの目は違う。
ご主人が失業して、働きに出るなんて大変ねえ・・・。
今は試練の時だ。あきらめずに職を探しなさい。きっといい道が見つかる・・・
何故か同情的な周りの声に、戸惑い、苦笑してしまう2人。
そうですね。
お互い納得ずくだからそれでいいのだけれど、周りがそのように見てしまうのも解ります。
こんな風に妻と夫、男と女、立場に固執しないさらりとした関係。
ちょっといいですね。


「夫とカーテン」

ころころと職を変えてしまう夫栄一。
妻春代はイラストレーター。
何故か夫の仕事が危なくなり始めると、
春代は突如何かが降りてきたかのようにインスピレーションがわいて、
自分でも、これは傑作!と思えてしまうイラストを描き上げる。
ところが、夫の仕事がうまく行き始めると、イラストは凡庸なものへと逆戻り。
こんな夫婦のストーリー。
この話では夫がマンション林立地帯でカーテン業を始めるのですね。
確かに、これは儲かるかも・・・。
そういう夫の抜け目のなさや、商売上の人あしらいに感心するけれども、
きっとまた長くは続かない・・・と、確信している妻。
何しろ夫は自身でも、一回売れたらもう店はたたむといっている。
ま、いいか。
そのときは自分に何かが降りてくることを思えば・・・。
と、なんだか幸せな気持ちがこみ上げてくる春代。


           * * * * * * * *

これまでの家族小説は、
いかにも団塊世代が築いた「家族」の風景だったような気がします。
けれどこの「家日和」は、今時の「家族」像なのかもしれない。
妻は夫に従い、夫は妻を従え・・・ではない。
家庭を顧みない仕事人間の夫、でもなく、
家事と育児に孤立無援の主婦でもない。
退職して行き場のない夫でもなく、
子供が成長し暇をもてあます中年主婦でもない。

夫と妻、個々の人間がいかにカバーし合いながら長く連れ添っていくか。
これからの夫婦はそういうことが大事になっていく、
そういう見本の様なストーリーの数々。
何しろ、読後感がとてもいいです。
離婚の話も一つあるのですが(「家においでよ」)、
これとても、1対1の夫婦関係、
ムードは悪くありません。

大事にしたい一冊です。

満足度★★★★★

「必笑小咄のテクニック」 米原万里

2010年06月13日 | 本(解説)
世界に流布する笑いの法則

必笑小咄のテクニック (集英社新書)
米原 万里
集英社


          * * * * * * * *

この本は2005年に発行されたものですが、
その時点で著者はすでに病床にあり、闘病しながら仕上げたもののようです。
状況はちょっと辛いのですが、そのようなことはみじんも感じさせない、
ユーモアに富んだ小咄満載となっています。

著者は、世界に流布する笑いの法則を突き止め、分類し、笑いの本質を探っていきます。

―――曰く

詐欺のような手口

悲劇喜劇も紙一重

木を見せてから森を見せる

誇張と矮小化

絶体絶命の効用

・・・等々。


たとえばこんなのはいかが。

高層ビルの屋上に上った男が今にも飛び降りそうだというので、
黒山の人だかりとなっている。
しかし、男はなかなか飛び降りない。
野次馬の1人がぼやいた。
「ああ困ったわ、あたし。
早く飛び降りてくれないと、バスに乗り遅れちゃう」


人の生死という一大事が、
一瞬にしてバスに乗り遅れるという些細なことに矮小化される例として上げられています。
全く、不謹慎ではありますが、笑っちゃいます。
実際ありそうですし・・・。


次は絶体絶命の例。

サーカスの丸天井の下で、空中ブランコが行われている。
左右のアクロバットが鮮やかに軽やかに交差する瞬間、
一方がもう一方に向かって怒鳴りつけた。
「このどアホ、なんでジャンプするんだ!! 
オレがジャンプしてお前が捕まえる番だろうが!!」


まさに、笑い事じゃないんですけどね。
ぷっと吹き出してしまいますね。
私はどうもこの絶体絶命シリーズが気に入ってしまいました。
何故か窮地に陥った人間の必死の姿は笑いを誘うのであります。
もちろん、「小咄」という前提の上ですよ・・・。


こんな話の中で、著者は、当時の小泉首相の発言を小咄にたとえて用いています。
そのものずばり、
「詐欺のような手口」とか、
「木を見せてから森を見せる」とか・・・。
さすが米原万里さん。ちくちく効いています。
しかし、小泉発言の場合は、全然笑えないのでした・・・。


欧米ではこのような「小咄」というのがよく用いられるようなのですが、
日本ではあまりないように思います。
日常のお笑いはギャグであったり、駄洒落であったり・・・。
落語ではちゃんと「小咄」はあるんですが。
ブラックなユーモアの効いた、大人の「小咄」がもっと日常的にあるといいですね・・・。
しかし、この本の中では、例題として応用問題形式となっているところもあるのですが、
ぜんぜん考えつきません。
難しいなあ・・・。
創作小咄なんて、私には無理っぽい。

満足度★★★★☆