映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

淵に立つ

2017年05月31日 | 映画(は行)
罪とは・・・、罰とは・・・



* * * * * * * * * *

下町。
小さな金属加工工場を営む鈴岡夫妻(古舘寛治・筒井真理子)は、
小学生の娘・蛍と3人で暮らしていました。
ある日そこへ夫・利雄の昔の知人・八坂(浅野忠信)が訪ねてきて、
住み込みで働くことになります。
八坂は知的で物腰も柔らかく、蛍にオルガンを教えてくれたりもして、
妻・章江には好ましく思えるのです。





実は八坂には前科があるのでしたが、
後にそのことを知った章江には全く気になりません。
むしろ本人が切々と後悔の念を語るので、
章江は何一つ心配には思わず、二人は急接近していくのですが・・・。
ある残酷な爪痕を残して、八坂は姿を消してしまいます。



ここまでが前半。
後半は八坂は登場しませんが、
彼の存在はこの家族に嫌というほどに刻み込まれ、
心の大半を暗く覆い尽くしているのです。


罪・・・。
それは法を犯すことではないのですね。
章江が不倫し八坂と情を通わせてしまったこと、
そして、実は利雄も昔の八坂の犯罪に加担していたこと・・・、
そのようなことの「罰」として、結局娘に悲劇が落ちてしまったのではないか。
章江も利雄も口には出さないけれども、
そういう「罪」の意識に捕らわれてしまったわけです。
章江はプロテスタントで、食前の祈りも欠かさず教会に通う熱心な信者。
一方利雄は、そうではなくて、まあ、一般的な日本人同様、特別なものを信じているわけではない。
けれどこの二人が感じる罪の意識は、
そういう宗教とは別のところにあるようです。
強いて言えば、「お天道様が見ている」的なもの。
バチが当たる。
私たちはそんな言い方をよくしますね。
日本人ならそれはよく分かる。



さてそして、本作で怖いのは八坂です。
誠実そうに見える彼は、実は静かな狂気にかられている。
なるほど、前科の事件のことも納得。
家族なんかいないと言っていた八坂ですが、実はそうでなかったということも後にわかります。
言うことも嘘八百だった。
彼こそは、自分の罪を罪とも思わず、
罪の意識に絡め取られる八坂夫妻とは対極にある存在という事なのでしょう。



浅野忠信。
この危ない男をさすがの迫力で演じます。
そうそう、始めは白いワイシャツ。
作業の時も白いツナギ。
いかにも誠実そうです。
ところがある時点で、白い服を脱ぎ、赤いTシャツに変えます。
それこそが彼の本性だったというわけ。
重~い作品ですが、見ごたえはあります。

淵に立つ(通常版)[DVD]
浅野忠信
バップ


「淵に立つ」
2016年/日本・フランス/119分
監督・脚本:深田晃司
出演:浅野忠信、筒井真理子、古舘寛治、太賀、篠川桃音、三浦貴大

不条理度★★★★☆
満足度★★★☆☆

「晴れても雪でも キミコのダンゴ虫的日常」 北大路公子

2017年05月30日 | 本(エッセイ)
「アレ」のない季節のなんと平和なこと・・・

晴れても雪でも キミコのダンゴ虫的日常 (集英社文庫)
北大路 公子
集英社


* * * * * * * * * *

冬は毎日繰り返される雪かき、
春はブルブルふるえながらお花見、
夏至が過ぎたら冬を恐れ、
秋は迫りくる冬の気配を全力で無視する…。
本当に判で押したように、毎年変わらないキミコの日常。
ビールも凍る試される大地(北海道)での、
雪と酒と妄想まみれの日々をつづった爆笑&脱力日記の第2弾。
ゆるゆる~と生活していても人生には彩りがある!
生きる希望が湧いてくる、そんな一冊をあなたに。

* * * * * * * * * *

キミコさんの日記、最新版。
う~ん、少しマンネリ気味かもという気もしてきました。
けれども、変わってきているのは、
彼女の仕事が以前より忙しくなってきているように見受けられること。
ひたすらぐうたらと思われた(?)著者ではありますが、
遊びの誘いを断らなければならないほど仕事が増えてきたというのは、
めでたいことではありませんか。
時にはそういう決断も必要である。
仕事というのはそういうものですもんね・・・。


さて、キミコさんはひたすら冬をキライます。
あの、冬になると空から降ってくる白くて冷たいものを「アレ」と呼び、
忌み嫌っているのです。
万が一本当の名前を口に出せば、「アレ」を呼び寄せてしまうから・・・。
あっぱれな言霊信仰。
でも同じ札幌に住む私にはその気持はよくわかります。
「アレ」のない季節のなんと平和なこと・・・。
そこで私は非常に親近感を抱いてしまうわけです。


そして、いいなあと思うのは、
よく友人たちと車で旅をして、昼間から車内でビールを飲んで盛り上がっていること。
しかしこれは相当ボランティア精神に富んだ運転手が必要ですよね・・・。
なかなかできることではありません。
こんな友人がいるということだけでも相当ラッキーと思うべきでしょう。


「晴れても雪でも キミコのダンゴ虫的日常」 北大路公子 集英社文庫
満足度★★★☆☆

午後8時の訪問者

2017年05月29日 | 映画(か行)
後悔から始まる新たな一歩



* * * * * * * * * *

女医ジェニー(アデル・エネル)は街の小さな診療所で働いています。
ある夜、診療受付時間を過ぎてからドアベルがなりますが、
彼女は受け付けませんでした。
そして翌日、身元不明の少女の遺体が診療所の近くで見つかります。
その少女が助けを求める姿が、診療所の監視カメラに収められていました。
自分があの時、彼女を中に入れさえすれば・・・、
後悔するジェニーは、せめて少女の身元だけでも突き止めたいと、
少女の写真を近所の人々に見せて、聞いて回ります。

そして彼女の患者の一人である少年が、何かを知っていそうだとわかるのですが、
そんな彼女の行動を妨害する動きが・・・。



少女の死は、病気よるものではありませんでした。
何者かに追われて、助けを求めて診療所のベルを押したようです。
そしてジェニーは決して時間外だから診察はしないというドライな主義の医師ではなく、
患者に寄り添うことを大切にしていることが伺われるのです。
けれど、何にでもタイミングというものがあって、
この時は実にタイミングが悪かった。
だから、ジェニーは人一倍、そのことを気に病むのでしょう。
彼女が調べていってわかるのは、移民の人々の生活の厳しさ。
一つの事件から、今の世界の大きな問題が浮かび上がって来ます。



保険診療がほとんどの、外科も内科も一緒のようなささやかな診療所でしたね。
受付の事務の人も看護師さえもいない。
実はジェニーは大きな病院に勤務することが決まっていたのですが、
現実を見た彼女は、ある選択をします。
頼もしい。
良心と正義感に忠実なこんなお医者さん、いいなあと憧れます。
事件の真相を探るミステリ風味もあり、
興味深い一作です。





「午後8時の訪問者」
2016年/ベルギー・フランス/106分
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ
   リュック・ダルデンヌ
出演:アデル・エネル・オリビエ・ボノー、ジェレミー・レニエ、オリビエ・ビルメ

社会問題度★★★★☆
正義感★★★★☆
満足度★★★.5


真田十勇士

2017年05月28日 | 映画(さ行)
痛快、真田幸村と十勇士



* * * * * * * * * *

「真田丸」以前から真田幸村ファンの私としては、
やはり見ておかなければ・・・、ということで。



本作は、2014年舞台「真田十勇士」を映画化したもの。
冒頭いきなりアニメなのです。
・・・うそ?! 
アニメ作品ではなかったはず・・・と怪訝に思いながら見ていると
「本作はアニメ作品ではありません。
あと数分で本編が始まります」
との字幕。
思わず苦笑してしまいました。
こちらの不安をよく予測していらっしゃる。
つまり、真田の十勇士が集結するまでのところを手短にアニメにしてあったのです。



さて、時は関が原の合戦から10年。
真田幸村は九度山で蟄居中。
天下の名将として名を馳せた幸村(加藤雅也)ですが、
本作ではなんと実は彼は奇跡的に幸運に恵まれ続けただけの腰抜け男
という設定なのです。
幸村と出会った抜け忍の猿飛佐助(中村勘九郎)がそれを知って面白がり、
いっその事ウソとハッタリで幸村を本物の天下一の武将に仕立て上げようと思いつきます。
そして、同じ抜け忍の霧隠才蔵(松坂桃李)を始め、志あるものを集め、
真田十勇士を結成。
やがて幸村は大坂城に招き入れられ、
大阪冬の陣、そして夏の陣へ・・・



陰謀あり、裏切りあり、
しかしウソもマコトも飲み込んで面白く生きようとする
佐助のポジティブさが痛快なエンタテイメント。



今にも名の残る武将というのは、その個人が優秀だったのではなく、
こんな風に家臣が支えていたというケースは多くあるのではないかと思いました。
というか、多分ほとんどそうなのでは?
大河ドラマ「真田丸」の幸村も、ほとんど実戦経験はなかったのでしたものね。
各方面との調整に疲弊していた幸村も面白いけれど、
こんな威厳も貫禄もない幸村も面白い。



そして秀頼が生き延びて・・・という後日譚が、
エンドロールとともに語られるオチも面白かった。
(でもこれではキャストやスタッフを見るヒマがないけど・・・。)



映画 真田十勇士 DVDスタンダード・エディション
中村勘九郎,松坂桃李,大島優子,永山絢斗,高橋光臣
ポニーキャニオン


「真田十勇士」
2016年/日本/135分
監督:堤幸彦
脚本:マキノノゾミ、鈴木哲也
出演:中村勘九郎、松坂桃李、大島優子、永山絢斗、高橋光臣、大竹しのぶ、加藤雅也

痛快度★★★★☆
満足度★★★.5

「カラス屋の双眼鏡」 松原始

2017年05月26日 | 本(解説)
科学するココロの楽しみ

カラス屋の双眼鏡 (ハルキ文庫)
松原 始
角川春樹事務所


* * * * * * * * * *

『カラスの教科書』で一躍人気者になった松原先生は、動物行動学者。
研究対象のカラスをはじめ、鳥、ムシ、けもの、微生物。
頭上も足元もあらゆる生き物で賑わうこの世界は、
先生にとって楽しみに溢れた宝庫です。
ときにカラスと会話しながら研究に勤しむかたわら、
カラスのヒナを世話し、炎天下の川原でチドリの巣を探し、
ときに大蛇を捕まえ、猫王様の機嫌を伺い、夕食を釣りに行く
―すべての生き物への親しみをこめてユーモアいっぱいに語る、
自然科学の身近なおはなし。


* * * * * * * * * *

「カラスの教科書」で、すっかり楽しませてもらったので、
同じ著者によるこの本も、即購入。


この本ではカラスばかりではなく、他の生物のことにも触れています。
カラスを始めとした鳥類はもちろんですが、
ヘビとかクモの話になると若干、ついていき難い?ところも。
ルーペでよく見ると毛がもふもふしてネコっぽい
というのはハエトリグモのことなのですが・・・、
私は恐ろしくて写真検索する気にもなりません(T_T)。
ヘビはともかく私はクモは全くダメです。
とはいえ、そういう偏見なしに科学して、対象を愛する著者の心意気は好きです。


「終章」として、著者が朝起きてから目にする様々な虫や動物たち、
いちいち彼らと挨拶するようなそういう日常に、羨ましさを感じました。
とにかくそういう生き物の不思議に触れて観察することが好きでたまらないのですね。
それを仕事にできるというのも幸せなことです。


さて、でも一つ怖~い話もあったのです。
いや、クモのことではなく・・・。
そこのところ、夜に読んでいたので、本当にゾッとさせられました。
それは森の奥で野営した夜の話で・・・。
それ以上はとても書けません。
こればかりは「科学」の域を超えています。


「カラス屋の双眼鏡」 松原始 ハルキ文庫
満足度★★★★☆


マンチェスター・バイ・ザ・シー

2017年05月25日 | 映画(ま行)
乗り越えることだけが正解ではない



* * * * * * * * * *

ボストン郊外に住む便利屋のリー(ケイシー・アフレック)は、
兄ジョー(カイル・チャンドラー)の訃報を受けて故郷の町、
マンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ります。
そして、兄の遺言により、兄の息子・パトリック(ルーカス・ヘッジス)の後見人を任されます。

しかし、リーにはこの街で、過去に辛いできごとの記憶があるのです。
それを消し去りたいがためにこの町を離れていた。
だからできればリーはボストンへパトリックを連れて行きたかったのですが、
パトリックは納得しません。
甥のパトリックがまだ幼い頃、リーはずいぶんと彼をかわいがったものでした。
しかし、そのパトリックも今は反抗期の16歳。
アイスホッケーやバンドの仲間たち。
彼女が二人(?!)。
そして父の形見のボート。
これらを皆振り捨てて見知らぬ街へ行くつもりはパトリックにはありません。

「あんたがここへ来ればいい。便利屋ならどこででもできる。」

などと言われてしまう。
実際、パトリックは妙にしっかりしていて、
一人生きるのにやっとのようなリーと比べると
どちらが後見人なのかわからなくなるほど。
だけれども、そのパトリックも時には、不安な心が爆発しそうになることも・・・。



決してしっくり行かない二人が、
それでも互いの心を思い計りながら折り合いをつけていくようになるのですね。
それにしても、後半明らかになるリーの過去のできごとというのが
あまりにも切ないので、確かにここでリーが暮らすのは酷だろうと思えてくるのです。



人は必ずしも苦しいことを乗り越えなくても良いのだ。
逃げることもまた、時には必要なのだ。
大抵のストーリーは、結果的には「乗り越える」ことで決着をつけるわけですが、
そればかりが答えではない、ということなのでしょう。



ここに出てくる海は、決して太陽の光を受けて明るく青く輝いていたりはしません。
いつもどこかどんよりと霞んでいる。
けれどそれこそが本作の生活の中の海。
明らかに観光地の海とは違いますね。
辛い思いに打ちひしがれそうになる男たちの海。



父を失ったパトリックはもちろんですが
兄を失ったリーもまた、孤児になったような悲しみを実は感じていたのだろうと、
次第に思えてきました。
リーにとってはたった一人の肉親で、
あのつらい出来事の後、リーを親身に支えていたのが兄だったわけですから。
同じ喪失感を抱える二人だからこそ、通じ合うものもある・・・。


ボソボソとした話し方をするケイシー・アフレックが、
このリーにピッタリと重なります。
言いようもなく苦しく物悲しい物語ではありながら、
決して重すぎず、ほのかな明かりも見えてくる・・・
余韻の残る上質な作品でした。

「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
2016年/アメリカ/137分
監督:ケネス・ロナーガン
出演:ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ、カイル・チャンドラー、ルーカス・ヘッジス、カーラ・ヘイワード

悲惨なできごと度★★★★★
満足度★★★★★

ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅

2017年05月24日 | 映画(は行)
魅力的な、魔法使いワールド



* * * * * * * * * *

あの「ハリー・ポッター」と背景を同じくする物語。
実のところ、もう見なくてもいいかと思い公開時には見ていなかったのですが、
暇つぶしくらいにはなるかという軽い気持ちで見たのです。
でもこれが意外に面白かった。



舞台は90年前のニューヨーク。
ちょっぴりノスタルジックなこの時代背景は、雰囲気があっていいですね。
90年前ということで、
まだハリー・ポッターも、その親の世代さえも生まれていない時期。
ホグワーツ魔法魔術学校の指定教科書である「幻の動物とその生息地」編纂者であり
魔法動物学者、ニュート・スキャマンダー(エディ・レッドメイン)が
船でニューヨークにやって来るところから物語は始まります。
彼は大きなカバンを持っているのですが、その中には色々な魔法生物が入っているのです。
そして、そこから動物たちが逃げ出してしまい・・・。
大騒動となりそうですが、
実は本当に大変なことになるのは別の魔法の生き物の方なのです・・・。



ハリー・ポッターのロンドンと同じく、
人間と魔法使いは住み分けが行われていて、
魔法使いは通常人間たちからは隠れています。
しかし、密かに魔法使いの存在を嗅ぎつけて、糾弾ようとする人がいたり、
またニューヨークの魔法省の中でも良からぬ企みを持つモノがいたりして、
なかなか複雑な社会の様相を見せているのです。



そんな中で、ニュートが友人となり、協力関係を結ぶのは一人の人間と、
二人の魔法使い姉妹。
この人間の友人が少年とか少女ではなくて、
一見して冴えない普通のおじさん・ジェイコブ(ダン・フォグラー)です。
たまたま銀行で出会っただけの。
でも、そこが本作の一番の魅力。
魔法動物を面白がる柔軟な心の持ち主。
パン屋を開くのが夢の素敵なおじさんです。
こんなところが、本作が子供だけでなく大人が見ても楽しめる要因なのかも。





そうそう、肝心のニュートの人物造形も良いのでした。
勇気あるヒーローなんかではありません。
なにやら気弱な感じでちょっぴりドジ。
でも動物たちのことが大好きで大事に思っていることがひしひしと伝わる。
まあ、やっぱり学者なんですよね。
これが、エディ・レッドメインにピッタリ。
そして、ある邪悪な存在の正体については、ミスリードされていて、
このどんでん返し的なところも面白かった。
多くの魔法動物たちの映像も、もちろん楽しめて・・・、
全く退屈しないで楽しんでみてしまいました。
本家ハリー・ポッターよりも面白かったかも。



最後の最後にほんのチョッピリ登場したジョニー・デップには
つい笑ってしまいましたけれど。

ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅 [DVD]
エディ・レッドメイン,キャサリン・ウォーターストン,アリソン・スドル,ダン・フォグラー,コリン・ファレル
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント


「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」
2016年/アメリカ/133分
監督:デビッド・イェーツ
出演:エディ・レッドメイン、キャサリン・ウォーターストン、ダン・フォグラー、アリソン・スドル、エズラ・ミラー、コリン・ファレル

ファンタスティック度★★★★☆
友情度★★★★☆
満足度★★★★☆

「屋上の道化たち」島田荘司

2017年05月23日 | 本(ミステリ)
ミタライファンの楽しみ

屋上の道化たち
島田 荘司
講談社


* * * * * * * * * *

自殺するはずのない男女が、必ず飛びおりて死に至る―。
行ってはいけない屋上とは?
強烈な謎と鮮烈な解決!
これぞ本格ミステリー!
御手洗潔シリーズ50作目!
最新書き下ろし長編。


* * * * * * * * * *

御手洗潔シリーズ、50作目にもなるのですね。
本作は、ミタライと石岡くんがまだ横浜の馬車道に一緒に住んでいた頃を舞台としているので、
どこかノスタルジックな雰囲気が漂います。
とは言え作品の半分以上を過ぎたところでないと、
ミタライたちは登場してこないので、ヤキモキさせられます。


とある、銀行の屋上。
ある事情で預かった植木鉢がびっしりと並んでいます。
その植木鉢に水をやりに上がっていた銀行員が
何故か理由もなく飛び降り自殺してしまうのです。
全く同じ出来事が3度・・・いや、4度。
これは自殺と見せかけた殺人なのか。
それとも何かの呪い・・・?
全くわけの分からない不思議な事件を、
例によってミタライが、スルスルと解き明かしていきます。


この物語に出てくる象徴的なものは、
"プルコ"の巨大な看板。
走ってきた男性が両手を上げてゴールする瞬間をとらえた、あの看板。
そうです、名前は変えてありますが「グリコ」がモデルなんですね。
その、かつて大ヒットしたおまけ付きキャラメルのことにも言及してあって、
私にもひどく懐かしい。
私も、小さい頃よく親に買ってもらったものです。
おまけ欲しさで。
実のところちゃちなものだったと思うのですが、
今もとってあれば「お宝探偵団」で、
ある程度の値段がついたのかもしれない・・・。


それにしてもこんな奇想天外のできごとを解いといてしまう、
ミタライの凄さ・・・というより、
こんな謎を考え出す著者の凄さというべきでしょうか。
やっぱり島田荘司作品、止められません。


本作中の登場人物の会話がまた、楽しい。
銀行員の女性が、トム・クルーズ似の男性と婚約していたと聞いた人たちは
皆、「その人は目が悪かったのか?」と聞く。
つまりその女性が全然イケていなかったということなのですが・・・、
全く、失礼ですよね。
また、小鳥遊(タカナシ)という刑事と記者の兄弟が出てきますが、
この二人の本音トークがまためちゃくちゃ面白い。
漫才師になったほうがいいと思う。
(二人は仕事をクビになったらコンビニでも始めるかと言っていましたが)
ビートルズオタクのラーメン店主も面白いし、
その店主とミタライがいきなりギターを弾きビートルズを歌い出す
なんていうサービスも満点。
そのラーメン店の俺流ラーメンは、
塩バターで餅とキムチが入っている。
誰もが敬遠してそれを避けるのですが、
ミタライは平気でそれを食べます。
後でこっそり石岡くんがミタライに「味はどうだった?」と聞くと、
ミタライはキョトンとして
「考え事をしていたから味はわからなかった」
という。
うん、鋭いところはすごく鋭いのに、無頓着なところは全く無頓着。
これこそが御手洗潔なのです。


本筋に関係ない話ばかりで申し訳ない。
けれど、これこそがミタライファンの楽しみなわけで・・・。

「屋上の道化たち」島田荘司 講談社
満足度★★★★★
図書館蔵書にて

メッセージ

2017年05月22日 | 映画(ま行)
しっとりとした人間ドラマ



* * * * * * * * * *

卵をもっと細長くしたような縦長の宇宙船。
これはもうUFOとは呼びたくない。
何かの物語の予感がします。
予告編を見たときから楽しみにしていました。


ある日突然、地球上の12カ所に降り立った巨大な宇宙船。
米国では言語学者ルイーズ(エイミー・アダムス)が
謎の知的生命体との意思疎通を図る役目を担うことになります。
特には攻撃の気配も見えない彼ら。
一体何をしにこの地球へ現れたのか・・・?


あの形でどうやって立っているのだろう・・・と思えた宇宙船。
よくよく近寄ってみれば、バランスなどの心配は全く心配ない。
つまりは宙に浮いていたのです!



全く未知の生命体とのコミュニケーション。
まずは自己紹介ですね。
人間(HUMAN)、そして自分たちの名前。
相手の宇宙人“ヘプタポッド”は、黒い煙のようなもので言語を表します。

少しずつ一歩一歩、使える言葉を増やしていって、
最終的には彼らが地球へ来た目的を聞き出すことが目標です。
ルイーズとともに任務についた物理学者のイアン(ジェレミー・レナー)は、あまり活躍の場はない。
フィボナッチ数列がどうのこうの・・・というのは
この際あまり役に立たないようでした。
そして彼は、ヘプタポッドとのコミュニケーションのためには、
防護服など脱ぎ捨ててしまうルイーズの潔さに圧倒されるのです。
それは私たちも同様。
とても魅力的な女性ですね。



さて、そんな彼女に、時折一人の子どものイメージが湧き上がるのです。
それは、ヘプタポッドに喚起されているようなのですが、
彼女の過去のできごとのように私たちには思えます。

しかし終盤、ルイーズが
「あの子どもは誰なの?」
と、ヘプタポッドに問いかけるシーンがあって、
驚かされてしまうのです。
彼女にとっては、未知の体験を見ていたということなのですね。
なぜそんなことになるのか、というのがこのヘプタポッドの秘密。
そして、重要な結末にもつながることなのでした。
う~む、よくできたストーリーです。



12カ所の宇宙船はいろいろな国に降りていて、
ここで行われたのと同じように各国でコミュニケーションをとろうとして
試行錯誤していたわけです。
ここは情報を交換して共同で研究に当たればよいと思うのですが、
本作の地球上の社会情勢はほとんど現在と同じ。
国同士の軋轢があり、始めは何カ国かで情報交流が行われましたが、
しまいには全く非公開に。
ルイーズのただひたすらにヘプタポッドを理解したいという思いとは裏腹に、
政治理論で動いていく世界。
この対比もいい。
結局、このようなSFドラマにありがちな宇宙人との戦闘シーンなどはなく、
しっとりした人間ドラマとなっていて、見ごたえがありました。



ところで、この宇宙船はなんと北海道にも降りていた! 
私には安田侃のオブジェのようだ・・・と思えたこの宇宙船。
北海道の大自然の中においたら、さぞかし美しいことでしょう。


ちなみに、本作に私が副題をつけるとすれば
「時間を持たないイカ星人」
なんつって。

「メッセージ」
2016年/アメリカ/116分
監督:ドゥニ・ビルヌーブ
原作:テッド・テャン「あなたの人生の物語」
出演:エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィテカー、マイケル・スタールバーグ、マーク・オブライエン

独創性★★★★☆
満足度★★★★☆

ある天文学者の恋文

2017年05月20日 | 映画(あ行)
消滅した星から届くメッセージ



* * * * * * * * * *

著名な天文学者エド(ジェレミー・アイアンズ)と教え子のエイミー(オルガ・キュリレンコ)は
周囲には内緒の年の差恋愛をしています。
出張中で会えないエドからは、普通にメールが届いていたのですが、
しかし、エドは数日前に亡くなったと聞き、呆然とするエイミー。
けれどその後もエドからの手紙やメール、贈り物が届きます。
つまり、エドは生前にすべてのものを用意し、
適切なタイミングでエイミーに届くように準備していたのです。
ところが、ある時彼女が心の奥底にひそめていた過去の心の傷についてエドが触れたことで、
エイミーは怒りがこみ上げ、衝動的にメールを止めるサインを送信してしまいます。
我に返ったエイミーはそのことを深く後悔しますが・・・



これほどの年の差はどうなのか・・・と思いながら、
しかし、こんなにも包容力に富んだ男性に包み込まれてみたいと、
途中からは思ってしまいました。
早熟な女子は、これくらいの年の差のほうが良いのかもしれません・・・。
自分の死後に延々とメールが届くのが嫌になる時があるだろうと、
そのことまで予想して、
すべての手紙やメールを止める方法まで考えておくという周到さ。
そういう懐の深い「想い」に圧倒されます。



でも、教授も常に冷静にそれを準備していたわけではない。
脳の病に次第に蝕まれていく苦悩や
愛する人と永遠に別れなければならない悲しみの様子も、
廃棄されるはずだったビデオの片鱗から伺えるのです。
でもそういうところは決して彼女には見せようとしなかった教授・・・。



すでに消滅した何万光年も離れた星からの光がこの地上に届くように、
今は亡き教授からのメッセージが彼女のもとに届く。
美しく切ない物語でした。



ところで、エドからは時々別人に宛てたメッセージや、
届くべきタイミングを間違えたメッセージが来てしまうというのもご愛嬌。
体調すぐれない中で多くのことを処理しようとすれば、
そんなことが起こるのも当然のことです。
それもまた、生身で生きていた人のワザ。
リアルに本人の存在を感じるところでもあります。



エイミーはスタントマンのバイトをしていて、
思いがけないアクションシーンや思い切りの良いヌードシーンまで見られる
というおまけも付いています。
これもただ唐突に「スタントマン」なのではなくて、
彼女の心の傷にかかわることでもあるので、納得。

ある天文学者の恋文 [DVD]
ジェレミー・アイアンズ,オルガ・キュリレンコ,ショーナ・マクドナルド,パオロ・カラブレージ,アンナ・サヴァ
ギャガ


「ある天文学者の恋文」
2016年/イタリア/122分
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
出演:ジェレミー・アイアンズ、オルガ・キュリレンコ、シャウナ・マクドナルド、パオロ・カラブレージ、アンナ・サバ
包容力度★★★★★
切なさ度★★★★★
満足度★★★★☆

ゴーン・ベイビー・ゴーン

2017年05月19日 | 映画(か行)
親と子、その複雑な関係



* * * * * * * * * *

ベン・アフレック初監督作品にして、
弟、ケイシー・アフレック主演作品。
なんていうと、家庭内映画か?なんて思ってしまいますが、
いえいえ、なかなか良い作品です。


ボストンで私立探偵をしているパトリック(ケイシー・アフレック)&アンジー(ミシェル・モナハン)。
4歳の少女アマンダ誘拐事件の捜査依頼を受けます。
当然、警察も捜査している事件ではありますが、
少女の叔母が警察だけでは頼りにならないとして、
あえて探偵を雇ったのです。
警察側はいい顔をしませんが、
でも捜査のために、互いに協力関係を結ぶことにします。
ところで、この誘拐されたアマンダの母は、
シングルマザーで、麻薬浸り、育児放棄。
この母が麻薬売人から金を盗んだことが売人を怒らせ、
子どもを誘拐されてしまったということのようなのです。
そこで、そのお金と子どもを交換する取引がなされようとした、その時・・・。



少女誘拐の意外な真相。
しかし、その真相は暴かれないほうが良かったのではないか・・・?
見るものの心を揺さぶります。


法では母親の立場や親子関係が守られているわけですが・・・
でも、それが子どもにとって本当に幸せなことなのか・・・。
本作はそういう答えのない問いを私達に問いかけます。
親の気持ちを無視して子どもを取り上げ、施設に入れてしまう、
というような映画もありますよね。
親と子の関係って難しい。
人生は一度きりだから、やり直しはできません。
子どもにとって本当に大切な時期って、そう長くはないでしょうし。


パトリックは、自分の考えを押し通し、
結果多くの人を傷つけてしまうのですが、
これは私から見ても誤りのような気がして仕方ありません。
あの母親は、自分の娘が片時も離さず大事にしていた人形の名前さえ
わかっていなかったということですものね・・・。


ケイシー・アフレック、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」が楽しみです。

ゴーン・ベイビー・ゴーン [DVD]
ケイシー・アフレック,ミシェル・モナハン,モーガン・フリーマン,エド・ハリス
ワーナー・ホーム・ビデオ


「ゴーン・ベイビー・ゴーン」
2007年/アメリカ/114分
監督:ベン・アフレック
出演:ケイシー・アフレック、ミシェル・モナハン、エド・ハリス、モーガン・フリーマン、エイミー・ライアン

事件の混迷度★★★★☆
満足度★★★★☆

「星に降る雪/修道院」池澤夏樹

2017年05月18日 | 本(その他)
男はロマンチスト、女は現実的

星に降る雪/修道院
池澤 夏樹
角川書店


* * * * * * * * * *

男は雪山に暮らし、地下の天文台から星を見ている。
死んだ親友の恋人は訊ねる、あなたは何を待っているの? 
岐阜、クレタ。
二つの土地、「向こう側」に憑かれた二人の男。
生と死のはざま、超越体験を巡る二つの物語。

* * * * * * * * * *

池澤夏樹さんの中編「星に降る雪」と「修道院」の2作が収められています。


「星に降る雪」
田村は、山中の地下にあるニュートリノの観測施設に勤務。
以前雪山で雪崩に遭遇し、その時自分はかろうじて助かったけれども
親友が亡くなってしまったのです。
そして亡くなった親友の恋人が訪ねてきて問う。

「あなたはどういう体験をしたの?」

田村はその時に、あるメッセージを受け取ったのだという。
白い雪の闇の中から、あるいは宇宙の深遠から、
無数のメッセージが心のなかに充満し、どっと降ってきて、
彼の心を押し倒し、押し流し、上からのしかかってきて埋める。
それは地上的には意味がなく、向こう側でしか意味を持たない・・・。

そんな彼だけの、絶対的な「理解」ゆえに、
田村は人里離れた山の中の施設をあえて仕事場に選んでいるのです。
彼女は結局それを理解できない。
いや、私もよくわからないですけど・・・。



「修道院」は、ギリシャが舞台のぜんぜん違うストーリーですが、
でも結局この2編、男性はロマンチストで、女性はとても現実的。
そういう物語です。
そうそう、どちらも私がこれまで読んできた池澤作品にはあまり見られなかった
男女の性愛のシーンがあります。
が、何やら生臭いシーンでさえも、静謐なイメージが残る。
作家の技量ですなあ・・・。

「星に降る雪/修道院」池澤夏樹 角川書店
満足度★★★.5

カフェ・ソサエティ

2017年05月17日 | 映画(か行)
苦く切ない大人の恋



* * * * * * * * * *

1930年代。
ハリウッド黄金時代。
ニューヨーク生まれの青年ボビー(ジェシー・アイゼンバーグ)は、
映画業界の有力者である叔父フィルを頼ってハリウッドへやってきます。
そこでフィルの秘書ヴェロニカ(愛称ヴォニー)(クリステン・スチュワート)と出会い、
心奪われますが、彼女にはすでに意中の人がいたのです。

しかし、彼女の恋は不倫。
ボビーとヴォニーは親しくなっていきますが、結局は別れることに。
ボビーはニューヨークへ戻り、仕事に成功し、
そして同じヴェロニカという名前の女性と結婚します。
ヴォニーの方も、不倫相手が妻と別れたため、晴れて結婚。
二人はそれぞれ愛を得て暮らし向きもよく、
社交界(カフェ・ソサエティ)でも注目されるような存在となっていきますが・・・。



往年の映画ファンなら、
きらびやかなその昔のハリウッドの情景に心惹かれることでしょう。
まあ、私にはさほどの思い入れはありませぬが。
まさにウッディ・アレン監督、甘すぎない大人の恋を描きます。



ラストシーンの二人の表情がよかったのです。
大晦日の夜、二人はそれぞれ別のパーティー会場にいます。
いよいよ12時。
新年を迎えるカウントダウンが始まり、蛍の光の曲が流れ、
近辺にいる人々とハグし、キスをする。
華やかで気分の高揚するはずのシーンです。
二人はそれぞれ微笑んではいる。
けれどもふと遠い目を浮かべるのですね。
愛されて結婚し、豊かな生活。
これ以上望むものはない・・・。
いや、だけれども、本当に欲しいものは、手中にはないのです。
失った愛への羨望と諦めの入り混じった切ない目の色・・・。



ラブストーリーとしてお定まりのハッピーエンドではなく、
こんな風に苦く切なくまとめたところが何と言っても、ステキでした。
大人の恋ですなあ・・・。



が、実は私ウディ・アレン監督がやや苦手なのです。
軽すぎて、心にずっしりと残るものがないのが、何か物足りない気もして・・・。
でも本作のラストは結構気に入りました。


「カフェ・ソサエティ」
2017年/アメリカ/96分
監督:ウッディ・アレン
出演:ジェシー・アイゼンバーグ、クリステン・スチュワート、ブレイク・ライブリー、スティーブ・カレル、ユリー・ストール

大人の恋度★★★★★
満足度★★★.5

正しく生きる

2017年05月16日 | 映画(た行)
大地震後の巨大な津波と原発事故の後で



* * * * * * * * * *

岸部一徳さん出演ということだけに惹かれて、見てみたのですが、
ちょっと私には歯が立ちません。
京都造形芸術大学映画学科の学生とプロの映画スタッフ・キャストが
タッグを組んだということで、
商業ベースには乗らない作品で、凡用な私には無理でした・・・。



大地震後の巨大な津波と原発の事故で、
人々の心がすっかり折れてしまっている、という状況が背景です。
そんな中の人々を描く群像劇。

・放射性物質を組み込んだオブジェを制作展示することで
無差別テロを画策している芸術家柳田(岸部一徳)。
しかしその放射能で彼自身の肉体も蝕まれて行きます。




・災害に乗じて、今までとは別の人間として行きたくて
幼い娘を連れて家を出た女。
しかし、行き詰った彼女の鬱屈は娘へと向けられ、DVを繰り返すように・・・。

・少年院を脱走した少年たち。
あるものは、子どもを身ごもっていた元カノのもとへ行きますが、
流産したと言われ・・・




不安な時代の中で「正しく生きる」とはどういうことなのか・・・?
というのが本作の問いかけのようではありますが、
あまりにも描写から感じるべき答えが空高くにありすぎて、
私には手が届かないのでした。
わかったふりする気力もないくらいに。
ダメとはいいませんよ。
こういう高みをゆく作品も必要ではありましょう。
でも私は、自分の中の感情をストレートに揺さぶる作品に触れたい。
私が映画に求めるのはそういうことのようです。
本作のおかげで、自覚しました。


でも考えてみれば、この題材自体、エンタテイメントには向かないものです。
だからこれはこれで良いのだという気がしてきました・

正しく生きる [DVD]
岸部一徳,柄本明
オデッサ・エンタテインメント


「正しく生きる」
2013年/日本/108分
監督:福岡芳穂
出演:岸部一徳、柄本明、水上竜士、宮崎将
芸術性★★★★☆
満足度★★☆☆☆


「紙の動物園」ケン・リュウ

2017年05月15日 | 本(SF・ファンタジー)
東洋と西洋を結ぶ物語の数々

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)
伊藤 彰剛,古沢 嘉通
早川書房


* * * * * * * * * *

香港で母さんと出会った父さんは、母さんをアメリカに連れ帰った。
泣き虫だったぼくに母さんが包装紙で作ってくれた折り紙の虎や水牛は、
みな命を吹きこまれて生き生きと動きだした。
魔法のような母さんの折り紙だけがずっとぼくの友達だった…。
ヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞という史上初の3冠に輝いた表題作など、
第一短篇集である単行本版『紙の動物園』から7篇を収録した
胸を打ち心を揺さぶる短篇集。

* * * * * * * * * *

ケン・リュウ、日頃SFを読むことの少ない私にははじめての作家です。
しかし、ヒューゴー賞等3冠というのはすごい。
興味を惹かれて手に取ってみました。
そもそもこの方は何者?ということで・・・。

中国生まれ。
11歳にしてアメリカ移住。
ハーヴァード大学卒。
弁護士にしてコンピュータープログラマー・・・。
なんとグローバルな天才!


そして表題作「紙の動物園」
アメリカ人の父は、香港で出会った中国人の母を連れ帰り結婚し、
ぼくが生まれます。
ぼくの幼いころ、母はよく折り紙で虎や水牛などの動物を作ってくれた。
その折り紙は命を持って動き回り、
幼いぼくの遊び友達となってくれた・・・。
そんな美しい思い出は過去のこと。
ぼくは長じるに従って、このいつまでも英語を覚えようとしない母に
いらだちを感じるようになるのです。
一人ぽっちの異邦人である母。
息子が生まれ、自分が愛しまた愛される対象ができたときにはどれだけ嬉しかったことか。
しかし成長した息子は自分を疎ましく思い、近寄りもしない・・・。
そうして語られる母の過去・・・。
なんて切なく幻想的な物語なのでしょう。


著者が生まれ育った中国から米国に渡ったのが11歳の時、
というのが結構重要ですね。
もうほとんど人格形成ができていて、
彼自身のアイデンティティは中国人の方にあるのかもしれない。
そうして米国に渡ったときには様々な葛藤があったに違いありません。
そんな思いが底の方にあって、
生まれてきた多くの宝石のような物語の数々だと思います。


最後の「文字占い師」では、漢字の成り立ちの話が出てきたりして、
これは通常のアメリカ人には書けないですね。
中国と台湾、日本、そしてアメリカの複雑な過去を苦く描き出しています。
そして否応なくそれらに巻き込まれてしまった名もなく貧しい人々の悲しみ。
圧倒されます。


著者は、東洋と西洋を結ぶ稀有で天才的な、
まさにこれからの世界を形作る一人だと思います。

「紙の動物園」ケン・リュウ ハヤカワ文庫
満足度★★★★★