映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

火花

2017年11月30日 | 映画(は行)
人生だなあ・・・



* * * * * * * * * *

又吉直樹さん原作のおなじみの作品。
特別に小説が好きだったわけではないのですが、
主演のお二人に釣られてしまいました。



なかなか芽が出ないお笑い芸人徳永(菅田将暉)は、
営業先の熱海の花火大会で先輩芸人神谷(桐谷健太)と出会います。
桐谷は「アホンダラ」というコンビで、通常の枠からはみ出した漫才を見せ、
徳永を圧倒します。
徳永は神谷に弟子入りを志願。
そこから10年に渡る、2人の交友と芸人の道を描きます。



神谷は通常の枠からはみ出しすぎるがゆえに、自滅していくという感じでしょうか。
そんな破天荒な神谷を敬愛しながらも、
危惧し、呆れ、苦い思いをも抱く徳永。
しかしそういう自分の立場こそも危うく、先の見通しがない・・・。
痛いくらいに人生を表していますね・・・。



私、本を読んだ時に、神谷をもっと年配のおじさんっぽい人物を想像してしまっていました。
だからどうものめり込めなかったのか・・・。
この度の桐谷健太さんをみて、妙に納得しました。
なるほど、これくらいの年齢だったのね・・・。
とすれば、少し納得ができる。
それにしても、最後に桐谷が胸を整形していたというエピソードが、
どうにも座りが悪いというか、
うまいオチに思えないのは、この度も同じ・・・。



芥川賞、純文学というのになんだかのめり込めないミーハーなわたしにとっては、
映画化は大変ありがたく、楽しんで見ることが出来ました。
だからといって、決して通俗的になったわけではなく、
原作の雰囲気をそのままに味わえるものになっていると思います。
今を時めく若手俳優二人の起用が功を奏しました。
漫才シーンもバッチリ。
特に徳永のラストライブシーンは圧巻です。
菅田将暉さんは「女城主直虎」の顔面アクション(?)より、
こちらのほうがいいです。



<シネマフロンティアにて>
「火花」
2017年/日本/121分
監督:板尾創路
原作:又吉直樹
出演:菅田将暉、桐谷健太、木村文乃、川谷修士、三浦誠己

原作再現度★★★★☆
満足度★★★★☆

「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ

2017年11月28日 | 本(その他)
失われた過去を取り戻すこと

忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)
土屋 政雄
早川書房


* * * * * * * * * *

遠い地で暮らす息子に会うため、長年暮らした村をあとにした老夫婦。
一夜の宿を求めた村で少年を託されたふたりは、
若い戦士を加えた四人で旅路を行く。
竜退治を唱える老騎士、高徳の修道僧…
様々な人に出会い、時には命の危機にさらされながらも、
老夫婦は互いを気づかい進んでいく。
アーサー王亡きあとのブリテン島を舞台に、
記憶や愛、戦いと復讐のこだまを静謐に描く、ブッカー賞作家の傑作長篇。

* * * * * * * * * *

ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏の最新作。
といっても日本での単行本発刊が2015年。
全体でも作品数はそう多くはないので、読破も容易です。
が、どれもみっしりした手応えがあるので、
「読み飛ばす」という読み方はできないですね。


私は未読の「日の名残り」を読もうと思っていたのですが、
まずは新しい方の「忘れられた巨人」から。


ところが読みはじめて「おや?」と思う。
これまでとは全く異なる6・7世紀のイギリスが舞台。
貧しい村に住む老夫婦が息子に会うために旅を始めるところからストーリーは始まります。
おや、これこそはファンタジー。
鬼や竜も登場し、途中で出会う人と道連れになったりもする。
このRPG的展開にしばし戸惑いもするのですが、
いやいや、カズオ・イシグロ作品ですから、
単なるヒーロー物語のわけはありません。
巻末の江南亜美子氏の解説が、若干の理解のための一助となるでしょう。


本作の背景にはアーサー王伝説があります。
ケルト系であるブリトン人の騎馬集団を率いて、
ゲルマン系であるサクソン人やビクトル人の侵略からブリテンを守り抜いた
「闘いの王」が、アーサー王。
本作はそのアーサー王亡き後の世界を描きます。


その時に争ったブリトン人とサクソン人はその後、
近接した村に住みながら、なんとかささやかな平和を守って暮らしていた。
しかし人々はなぜか記憶を失くしているのです。
病のせいでも老いのせいでもなく、人々がみな物事を忘れていく。
遠い昔のことばかりでなく、つい最近起こったことさえも
まるで霧で包まれるようにぼんやりと生彩を欠いて失われていく。
そしてそれは、山に住む雌竜の吐く息のせいではないか
と噂されていますが、誰にも本当のことはわかりません。


アクセルとベアトリスの老夫婦は、ある時ふいに、
以前家を出ていった息子に会いに行こうと思い立ちます。
息子が何故出ていったのかも思い出せないのですが・・・。
そうして旅に出た2人が様々な人と巡り合う。
そうしているうちに、旅の目的は息子に会うことよりも、
龍を倒し、人々の記憶を取り戻そうということになっていくのですが・・・。


悲惨な殺戮の歴史を積み重ねてきたブリトン人とサクソン人。
今、曲がりなりにも平和が保たれているのは、
その過去を皆が忘れているからなのではないか。
また、アクセルとベアトリスも今はまるで一心同体のように
庇いあい、守り合いながら暮らしているけれども、
実はそうではなかった過去があるのではないか。


記憶を取り戻すということは、
忘れていた悲しみや恐怖、憎しみまでもを取り戻すということ。
本当に、取り戻すべきものなのだろうか・・・・


本作には訳者・土屋政雄氏のあとがきもありまして、
そこではカズオ・イシグロ氏が、
英国がEU離脱の決定を下した時に激しく怒っていた、とあります。
近年の世界中の移民や難民の問題の前で、なんと無自覚にことを決めてしまったのか、
ということなんですね。
そうした思いが本作の基底をなしているのでしょう。


本作で少し疑問に思ったのは、作中の「鬼」のことなのですが、
「鬼」はあくまでも日本のものですよね。
原書を読めばすぐわかるとは思いますが、言語では何だったのでしょう?

・・・ということで、洋書販売でのチラ見で見つかりましたが、
「オーガ」でした。
なるほど、確かにファンタジーなどで聞いたことがある。
日本の鬼とは違いますが、でも訳せば人食い鬼とか、鬼とか、言われるようです。



「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ ハヤカワepi文庫
満足度★★★.5

ジェーン

2017年11月27日 | 映画(さ行)
誰も悪くないのに、もつれた糸



* * * * * * * * * *

女性が主人公の西部劇、ということで、
やたら拳銃が得意で元気な女性の活躍するストーリーかと思っていたのですが、
これはそういうヒーロー(ヒロイン?)物ではなくて、
なかなか切ないラブストーリーでありました。



南北戦争直後のニューメキシコ。
夫のハム(ノア・エメリッヒ)と娘と暮らすジェーン(ナタリー・ポートマン)。
ある時、夫ハムが銃弾を受け瀕死の状態で帰り着きます。
悪名の高いビショップ(ユアン・マクレガー)一家に追われているのです。
このままでは近いうちに奴らが追ってきて一家皆殺しにされてしまう。
ジェーンはかつての恋人ダン(ジョエル・エドガートン)に助けを求めます。



もともとダンとジェーンは愛し合っていたのですが、ダンは南北戦争に従軍。
ところがいつまでたってもダンは帰ってこなかったのです。
ジェーンはダンが従軍した後に生まれた幼い娘を抱え、窮地に陥ったところを、
ハムに救われたのです。
南軍の捕虜となっていて、ようやく開放されたダンがジェーンを探し求めてやってきてみれば、
別の男と幸せそうに暮らしている・・・。



誰も悪くはないのにもつれた糸・・・。
襲ってくるビショップ一味との対決準備をしながら、
このような事情が語られて行くのです。
荒々しい男たちの狼藉三昧という社会の中で、
懸命に愛と正義を信じて生きていこうとする彼・彼女らがカッコイイなあ・・・。



若き日のダンとジェーンが気球に乗るシーンが印象的です。
と言うか、この時期に気球なんかあったんですね・・・。
このままずっと空を飛んでいたいと思ったジェーン。
その後のつらい体験を思えばなおさらに・・・。



なにげなーく見ていたのですが、私、
ビショップがユアン・マクレガーだということに全然気づきませんでした!! 
まさかの悪役、黒髪に髭面・・・。
え~?
もう一度見たい・・・。

ジェーン [DVD]
ナタリー・ポートマン,ジョエル・エドガートン,ノア・エメリッヒ,ロドリゴ・サントロ
ポニーキャニオン


<WOWOW視聴にて>
「ジェーン」
2015年/アメリカ/98分
監督:ギャビン・オコナー
出演:ナタリー・ポートマン、ユアン・マクレガー、ジョエル・エドガートン、ノア・エメリッヒ
ワイルド度★★★★☆
皮肉な恋模様度★★★★★
満足度★★★★☆

泥棒役者

2017年11月26日 | 映画(た行)
まだ終わってないにゃ―!!



* * * * * * * * * *

先輩(宮川大輔)に脅され、
いやいや泥棒の手助けをすることになった、はじめ(丸山隆平)。
あるお屋敷に忍び込むと、次々とそこへ人がやってくる。
当然ながら、屋敷の主人である絵本作家の前園(市村正親)、
編集者(石橋杏奈)、

教材のセールスマン(ユースケ・サンタマリア)。

はじめは、相手の勘違いをいいことに、
ある時は編集者、ある時は絵本作家、またある時は屋敷の主人になりすまします。
1対1ならまだしも、相手が2人だとごまかすのも難しくなってきて・・・。



舞台劇が元になっているので、ほとんどこの屋敷の室内でストーリーは進みます。
そんな中で、この作家は以前「タマとミキ」という絵本をヒットさせたのですが、
はじめは小さい頃この本が大好きだった。
中でもタマの「まだ終わってないニャー!」というセリフが大好き
というエピソードが、後半のストーリーを支えます。
なんのつながりもないバラバラな人々が、
実はそれぞれに問題を抱えているのですが、
次第にまとまって力を取り戻していくところがいいですよね~。
ところどころ、登場人物たちの考えるストーリーがアニメとなっているところもナイス!!
はじめの彼女(高畑充希)がまた、すっごくいい子で、これもまた、よし。



たっぷり笑えて、ホロリとさせられて、
そして最後はなんだかとっても幸せな気持ちになっているという、
決して見て損のない作品です。



エンドロールを挟んで後日談が語られるので、お見逃しなきように。
ここに何故か、「小野寺家」の弟と姉が出てくるので、
驚きとともに笑ってしまいました!!


<シネマフロンティアにて>
「泥棒役者」
2017年/日本/114分
監督・脚本:西田征史
出演:丸山隆平、市村正親、石橋杏奈、宮川大輔、ユースケ・サンタマリア、高畑充希

ユーモア度★★★★☆
ほっこり度★★★★★
満足度★★★★★

「氷山の南」池澤夏樹

2017年11月25日 | 本(その他)
南極の海から時を超えて、宇宙を超えて

氷山の南 (文春文庫)
池澤 夏樹
文藝春秋


* * * * * * * * * *

アイヌの血を引くジンは、
南極海での氷山曳航計画を担う船シンディバード号に密航し、
露見するもなんとか滞在を認められた。
ジンは厨房で働く一方、船内新聞の記者として乗船者たちを取材して親交を深めていくが、
やがてプロジェクトを妨害する「敵」の存在が浮かび上がる―。
21世紀の新しい海洋冒険小説。


* * * * * * * * * *

ちょっとワクワクする冒険小説が読みたくなりました。


18歳、日本人(アイヌの血を引く)ジンが、
ある船に密航するところから話は始まります。
その船は、南極海から巨大な氷山をオーストラリアの渇水地域まで曳航し、
灌漑用水として利用しようという壮大なプロジェクトに当たるシンディバード号。
シンディバードとは、「シンドバッド」のことで、
いかにも冒険の臭いがしますね。


そう長く隠れていないうちにジンは見つかってしまいますが、
厨房の仕事と船内新聞を作るという仕事を得て、乗船を認められます。
新聞の取材のために、ジンは船内の様々な人にインタビュー。
この船には多くの国の様々な宗教の人々が乗船しているのです。
このプロジェクトのことばかりでなく、海洋生物の研究者や、ヘリの整備士など、
多様な人と仕事のことが語られていくのも大変興味深い。


そんな中で、ジンはこのプロジェクトのことについて考えます。
確かに壮大で有意義なことだけれど・・・。
それは例えれば、人が太古から自然のものを採取して生きてきたことと同じ。
だから、それはそれでいい。
でも、それこそ何億年をかけて出来上がった氷山を、
人間が消費してしまうことに、引っ掛かりを感じなくもない・・・。


そうした問題に本作は結論をつけず、なかなか絶妙な結末を用意しています。
なるほど~という感じ。


さて、18歳というのは「少年」というべきか「青年」というべきか微妙なところ、
ということが本作の初めの方に書いてあるのですが、
そのことが本作の伏線ともなっていて、
最後の方に、ジンと彼の友人ジムが成人の儀式のようなことをするところがあるのです。
ジムはオーストラリアの原住民アボリジニなのですが、
アボリジニは以前、成人と認められるためにかなり過酷な「儀式」を経なければならなかったといいます。
そこで2人は共にその「成人の儀式」的なことをやろうとします。
ちょっとムチャではありますが・・・。


南極の海から、時を超え、宇宙を超えて・・・広がる世界が素晴らしい。
私にとっても素敵な冒険でした。


図書館蔵書にて(単行本)
「氷山の南」池澤夏樹 文藝春秋
満足度★★★★.5


エイリアン4

2017年11月24日 | 映画(あ行)
ジェンダー構造の解体



* * * * * * * * * *

エイリアンシリーズ、一応これが最後ということにしましょう。
エイリアンが出てくるものは他にもあるようですが、
リプリーの系譜に連なる作品の最終ということで。
1~4すべて監督が異なっていて、
しかも、皆かなりの重鎮というところも興味深いです。


「エイリアン3」から200年後。
惑星フィオリーナで溶鉱炉に消えたリプリーですが、
エイリアンの軍事利用を企むペレス将軍率いる一派が、
残されたDNAからクローンを作り、リプリーを復活させます。
あの時、リプリーの体内にはエイリアンが宿っていたので、
リプリーはエイリアンのDNAまでもを併せ持つことになってしまう。
そしてまた、リプリーの体内にはやはりエイリアンが宿っており、
胸を切開して取り出されたエイリアンが研究室で成長していくことになります。
それは卵を生む女王エイリアンで、卵から孵った12体のエイリアンが宇宙船内で暴れまわる。
そしてこの宇宙船オリガ号は緊急事態のため、
地球へ向かい始めるのです・・・。


エイリアンのDNAを併せ持つリプリー?
これはもうすでに人間ではなくモンスターだな・・・。
しかし、ここに登場するリプリーは奇跡的に「人間」の形をしているのですが、
そうでなく、見るからにおぞましい失敗作のエイリアンとの融合体が他にいくつもある・・・
というシーンもあってゾッとさせられます。


さてさて、本作を内田樹氏はどう捉えるのか。
以下、また内田氏の受け売り。


本編のテーマは「雑種(ハイブリッド)」。
リプリーは人間と異星人のハイブリッドであり、
またここに登場するコールは人間と機械のハイブリッド。
本編ではこの辺の境界が限りなく曖昧になっている。
リプリーからはもはや「母性」は消え失せて、
ここでは女であり、男でもあって、
言ってみればジェンダー・ハイブリッドでもある。
・・・つまり、ジェンダー・フリーなんですね。
時代が、かっちりと女性を意識したフェミニズムから、
ジェンダー・フリーへと移り変わっていることが伺えます。
すべての性的種族的な檻から解き放たれた2体のハイブリッド生命体、
リプリーとコールが地球を見つめるというラストシーン。
これはつまり、ジェンダー構造が解体し、
男も女も親も子もない、来るべき共同体を指し示している。


ふーむ。
映画も時代にそって変転しているわけなんですねえ・・・。
このストーリー、リプリーの最初の登場から一体何年が経過していることになるのだろう・・・。
もういい加減にリプリーに永遠の静かな眠りを与えてほしい・・・。

エイリアン4 [DVD]
シガーニー・ウィーバー,ウィノナ・ライダー,ロン・パールマン
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン (FOXDP)


<J-COMオンデマンドにて>
「エイリアン4」
1997年/アメリカ/107分
監督:ジャンイ=ピエール・ジュネ
出演:シガニー・ウィーバー、ウィノナ・ライダー、ロン・パールマン、ドミニク・ピノン、ダン・ヘダヤ
ストーリー進展度★★★☆☆
満足度★★★☆☆

「母の遺産 新聞小説」水村美笛

2017年11月22日 | 本(その他)
死ぬことを願った母が遺したもの

母の遺産―新聞小説
水村 美苗
中央公論新社


* * * * * * * * * *

家の中は綿埃だらけで、洗濯物も溜まりに溜まり、
生え際に出てきた白髪をヘナで染める時間もなく、
もう疲労で朦朧として生きているのに母は死なない。
若い女と同棲している夫がいて、
その夫とのことを考えねばならないのに、母は死なない。
ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?
親の介護、姉妹の確執…離婚を迷う女は一人旅へ。
『本格小説』『日本語が亡びるとき』の著者が、
自身の体験を交えて描く待望の最新長篇。

* * * * * * * * * *

本作、大きく内容は2つに分かれています。
前半、折り合いの悪かった母の体が衰え、長い介護生活が続き、
ジリジリと自身の心も体も蝕まれていくような美津紀。
・・・そんな日々が過去の様々なできごとを折りはさみながら綴られます。
そして後半。
その母がやっと亡くなり、
以前からもやもやとしていた夫の浮気の問題とじっくり向き合うために、
一人箱根のホテルに長期逗留をする美津紀。


何と言っても前半が強烈な印象を残します。
本の紹介にもありますが・・・

「死なない。
母は死なない。
家の中は綿埃だらけで、洗濯物も溜まりに溜まり、
生え際に出てきた白髪をヘナで染める時間もなく、
もう疲労で朦朧として生きているのに母は死なない。
若い女と同棲している夫がいて、
その夫とのことを考えねばならないのに、母は死なない。
ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?」



ずいぶんひどい言葉に思えるかもしれないけれど、
奔放で身勝手な母に、いつも振り回されてきた美津紀です。
特に、父が病んだ時には、さっさと低料金の病院に放り込んでしまった。
そしてろくに見舞いにも行かず、なんと他の男を作って浮かれていた母・・・。
父は6人部屋のベッドで7年も身動きならず、亡くなった・・・。
このことで、美津紀は母を許せず、憎んでさえいたのです。
けれど、いざ母が寝たきりになれば放ってもおけず、
姉と交代しながらわがままな母の介護に通います。


しかし、母の死を願うのは必ずしも自分が楽になりたいからだけではありません。
あんなにオシャレで花と夢のような暮らしに憧れていた母が、
自分では歩くこともできず病み衰えて寝たきりになり、
頭も朦朧としている・・・
そんな状態がいつまでもつづくことが
母にとっても最大の苦痛であることがわかってもいるからなのです。
以前から、こんな場合に延命措置はするなと言っていた母。
けれど、医者は当然のように胃瘻や高カロリーの点滴で命だけを長引かせようとする。
この措置は「延命措置」ではないのか・・・?


このような極めて現実的な話に、
同様の体験をした私も、胸が苦しくなってきます。
ほとんど読むのも辛くなってしまいました・・・。


そして後半。
この母の残した財産がいくばくかあり、
皮肉ではありますがそのことで美津紀は新たな人生へ踏み切る決心がつく。
もし離婚したら、その後の収入はどうなるか。
夫との財産分与は?
年金は?
結構シビアな計算の記述まであります。
けれど現実はそうしたもので、先立つものがなければ生活は成り立ちません。
あまりにも切り詰めたギリギリの生活となるのも惨めです。
だから気持ちがすっかり離れてしまった夫であっても、
そう簡単に離婚などできないというのが現実。
母の遺産で救われる・・・
結局はそうした物語だったのですねえ・・・。


ところで、本作の副題「新聞小説」というのは、
本作が実際、読売新聞の新聞小説として発表されたものだからですが、
作中にこんな話もあります。

あの熱海の海岸の貫一・お宮のシーンで有名な「金色夜叉」は、
新聞小説であったということ。
これが日本初の新聞小説で、
作中では美津紀の祖母に当たる人物が金色夜叉にすっかりハマって、
新聞のその部分を切り抜いてとっていたというエピソードがあります。
文体は漢文調で結構難しかったそうですが、
当時本を読む習慣などなかった人(特に女性)が、
この愛だの恋だのの物語で、物語を読むことの面白さを知ったということのようです。
なるほど~。



※「物語の向こうに時代が見える」掲載作品
図書館蔵書にて(単行本)
「母の遺産 新聞小説」水村美笛 中央公論新社
満足度★★★★☆

婚約者の友人

2017年11月21日 | 映画(か行)
「ウソ」について



* * * * * * * * * *

1919年ドイツ。
第一次世界大戦後のこと。
婚約者フランツを戦争で亡くしたアンナは、
フランツの両親とともに悲嘆に暮れる日々を過ごしています。
ある日、見知らぬ男がフランツの墓に花を手向けているのを目撃するアンナ。

その男、アドリアンは戦前、パリ留学中のフランツと親しかったというのです。
フランス人はドイツ人にとってにくい敵。
始めはアドリアンを拒絶していたフランツの両親も、
アドリアンが語るフランツとの思い出話に心が癒され、
彼が来るのを心待ちにするようになります。

そしてまた、アンナもアドリアンに心惹かれていくのですが・・・。
実はアドリアンは大きな秘密を抱いていた。



はじめ予告編を見たあたりで私は、フランツとアドリアンは愛人関係だったのだろう、
などと思ってしまったのですが、全然そういう話ではありませんでした。
結構怪しいシーンもあったりするんですけどね・・・。



ほとんど全編モノクロですが、時折アンナの心が高揚していくような時に、
画面も色彩を帯びてきます。


さて本作、結局これはラブストーリーというよりも
「ウソ」についての物語だったように思います。
アドリアンの抱えていた秘密というのは、
フランツの両親が知るとまずいことでした。
その秘密を知ったアンナは、両親には知らせないことにします。
それは表向き、両親が真実を知って衝撃を受けないようにとの配慮です。
でも本当は彼女自身のためなんですよね。
両親が本当のことを知ってしまえば、自分がアドリアンと愛し合う事自体がタブーになってしまう。
アンナはウソをつくことの大義名分を得ようとするかのように
わざわざ教会へ行って告解をするのです。

両親がショックをうけるので、とても本当のことをいえないけれど、
ウソを付くのが心苦しい・・・と。

ここではもちろん自分の感情については明かしません。
やがてアドリアンはフランスへ帰っていきますが、
その後アンナが彼に当てた手紙が宛先不明で戻ってきてしまう。
フランツの両親は、アンナとアドリアンのことを応援する気持ちでいっぱいなので、
アドリアンの行方を探すためにアンナをフランスへ送り出します。
アンナはなんとかアドリアンの行先を探し出し、再会しますが・・・。
そこでまた新たな衝撃が!


アンナにとっては絶望的な状況に陥ってしまうわけなのですが、
彼女はそこでもまたウソの手紙を両親に書き送らなければなりません。

「アドリアンと再開できました。
毎日一緒に美術館へ行ったりして楽しく過ごしています・・・」

ここで本当のことを書くためには、
これまで両親に嘘をついていたことをも明かさなければなりません。
そうすると、自分の利己心までもを晒さなければならなくなる・・・。
自分のウソが更にまた自分を縛り付け、どうにもならなくなってしまうという悲劇です。



それから、多分フランツはパリ留学のことをさぞ楽しかったように
アンナや両親に話していたと思われるのですが、
アンナが彼の宿泊していたというホテルに行ってみると、
そこはいかがわしいほとんど連れ込み宿のようなところ・・・。
そして彼が好きだったという美術館のマチスの絵というのは・・・。
フランツも自分の惨めさを押し隠すように嘘をついていたのですね。
そして、アドリアンも・・・。

人は相手について、自分が見たいように見る。
そういうことをも言っているようです。


なかなか見ごたえのあるドラマでした。


<シアターキノにて>
「婚約者の友人」
2016年/アメリカ/113分
監督:フランソワ・オゾン
出演:ピエール・ニネ、パウラ・ベーア、アントン・フォン・ルケ、エルンスト・ストッツナー、マリー・グルーバー

嘘のせつなさ度★★★★☆
満足度★★★★☆

高慢と偏見とゾンビ

2017年11月20日 | 映画(か行)
文学の香りのするゾンビ映画



* * * * * * * * * *

ゾンビ映画は特別好きというわけではありませんが、
ゾンビよりも私は「高慢と偏見」には興味がある。
ジェーン・オースティンの原作を読んでいないのに
こんなことを言うのはおこがましいですが、
「プライドと偏見」の映画が大好きで・・・。
それでまあ本作、公開時には見なかったものの、
いつか見ようとは思っていました。


18世紀イギリス。
ゾンビ感染が蔓延、人とゾンビは日常的に争いを続けています。
片田舎で暮らすベネット家の5人姉妹は、
そんな中でも裕福な男性との結婚を夢見ています。
しかしその一方、ゾンビと戦うため、
中国でカンフーを学び、日頃の鍛錬も怠りません。
ある日、隣家に資産家のビングリーが越してきて、
その友人である富豪の騎士ダーシーも出入りするようになります。
パーティーでこの2人と出会った5人姉妹の長女は、ビングリーに夢中。
次女エリザベスはダーシーの高慢な態度に反感を持ちますが・・・。



ゾンビ映画でありながら、高慢と偏見のストーリーと雰囲気をそのまま保っているという不思議な、
そして魅力的な作品でした・・・。

姉妹がパーティーに行く準備のシーンがいいですね。
優雅なドレスの下にそっと剣を忍ばせる。
いよいよゾンビが来る!というときには立ち上がる5人姉妹。
カッコイイ~!!

そしてまたアクションもキレが良くてうっとり。
中でもエリザベスは男性も凌ぐほどの腕。
ダーシーもたじたじ。



結婚だけが女の生きる道という時代背景にありながら、
ゾンビ撲滅のために立ち上がり活躍する女たち。
女たちの逆襲、とでもいいますか、
痛快な男性社会打破のフェミニズムと言う感があって、
だから面白い。
ジェーン・オースティンも真っ青というか、多分大笑いしますね。


この手は結構使えるのではないでしょうか・・・。
次には「風とゾンビと共に去りぬ」とか、
「ゾンビヶ丘」なんて見てみたいわあ(^_^;)

高慢と偏見とゾンビ [DVD]
リリー・ジェームズ,サム・ライリー,ジャック・ヒューストン,ベラ・ヒースコート,ダグラス・ブース
ギャガ


<WOWOW視聴にて>
「高慢と偏見とゾンビ」
2016年/アメリカ/108分
監督:バー・スティアーズ
原作:セス・グラハム=スミス
出演:リリー・ジェームズ、サム・ライリー、ジャック・ヒューストン、ベラ・ヒースコート、ダグラス・ブース
原作へのオマージュ度★★★★★
満足度★★★★☆

「差配さん」塩川桐子

2017年11月19日 | コミックス
江戸の暮らしと猫と

差配さん
塩川桐子
リイド社


* * * * * * * * * *

江戸時代にもさまざまな悩みごとがありました。
ですが江戸庶民と猫の暮らしを通して見えてくるのは
人や動物たちの「あたたかさ」だったのです。
江戸の市井に生きるものたちが抱える悩みを
機転を利かせて解決するのは何を隠そう、この「差配さん」です!
(注:人ではなくて、猫なんです)


* * * * * * * * * *

江戸時代を舞台とするコミック。
浮世絵調の登場人物に、何やら杉浦日向子さんを思わせますが・・・。


まずは、第一話をひも解きます。

ある女が「差配さん」と呼ばれる初老男性のところに男の子を一人連れてきます。
新しい男と暮らすのに都合がわるいので、
子どもを預かってほしいと言ったきり、女は退場。
坊やは母親が去るとひとしきり泣くのですが、差配さんは知らんぷり。

「涙なんざ まあ そういつまでも出るもんじゃねえから」

と、泣くに任せているのです。
そして坊がようやく泣き止むと、馴染みらしい店へ行ってごはんを食べさせる。
それから、人とうまく付き合うコツなどを坊に言い聞かせつつ、
大声で夫婦喧嘩をしている家の前にやってきます。

さて、そこで場面は切り替わって後日譚。
あの夫婦ゲンカをしていたおかみさんが近所のおかみさんと立ち話。

「この間、夫婦喧嘩をしていたら、大きな猫が子猫を連れてきて、置いていってしまった。
 仕方ないから子猫を飼うことにしたけれど、
 なんだかイライラしなくなって、喧嘩もしなくなった」

と彼女は言う。

「それはこの辺で差配さんと言われている猫だよ。」

このあたりあちこちでおまんまをもらって大事にされている猫
というのがその「差配さん」なのでした。


いきなり子どもを置いていってしまう母親、
という話に驚いたわけですが、つまりは猫の話だったわけですね。
猫が人間の姿で登場する「綿の国星」系のストーリーでした。


この第一話で、ギュッと心をつかまれるわけですが、
その後もじんわりと心にしみる人情噺が続きます。
個性ある登場人物たちも、猫だったり人だったり、時には幽霊や他の動物だったりもします。
いつまでも読んでいたい、一冊。
続きが出るといいな。

「差配さん」塩川桐子 リイド社
満足度★★★★★

ラストレシピ 麒麟の舌の記憶

2017年11月18日 | 西島秀俊
料理人としての矜持



* * * * * * * * * *

わ~い、久しぶりのぴょこぴょこコンビです!
西島秀俊さん、待ってました~。



えーと、舞台は1930年代の満州と現代を行き来するんだね。
はい。まずは天才料理人佐々木充(二宮和也)のこと。
 彼は一度食べたものはどんな味でも再現できるという絶対味覚「麒麟の舌」の持ち主なんだけれども、
 料理店経営の失敗から料理への情熱をすっかり失っているのです。
 そんな彼が、中国料理会の重鎮である楊清明という人物からある依頼を受ける。
山形直太郎(西島秀俊)という人が1930年代の満州で作った
 「大日本帝国食彩全席」のレシピを探してほしい、というんだよね。
 そのレシピは日の目を見ることなく、歴史の闇に消えてしまったという・・・。
なんだかよくわからない依頼だけれど、報酬にひかれた充は、引き受けることにする。
 そこで、彼がわかった山形直太郎のことが、順を追って語られていくわけです。



直太郎さん、やっぱりかっこいいわ~。
彼の料理愛と情熱に惹かれて、次第に彼の周りの人々も同調していきますね。
あんまり豪華な料理の映像は、想像もつかなくてピンとこないけれど、
 ビーフカツとか、お餅入りのロールキャベツなんか、美味しそうだったなあ・・・。
空腹で見るにはつらい作品です。
そして料理人としての矜持を持って死んでいく直太郎さん・・・。
 この役はやっぱり西島さんしか考えられない!!



それから大事なのが充の友人、柳沢健(綾野剛)。
 彼は充と同じ施設で育ち、2人で施設を飛び出して料理店を開くまでになる。
 充の才能を信じる、サポート役。
・・・が、実は彼こそが・・・。
おっと、そこから先は内緒だよ。
はい。それにしても私、チャーハンの中華鍋を振る綾野剛さんの美しい腕の筋肉に感動しました!!
でたー。筋肉フェチ。
だって、そう言うけど、ノースリーブの綾野剛さんなんて他ではあんまり見ないでしょ。
 かっこいい腕の筋肉なのだわあ・・・。
 彼も細マッチョの口だわね・・・。
 上半身の裸体もぜひ見たい・・・。
 ピアノ弾くより中華鍋振るほうがカッコイイよ! 
 これ、ニノにはできないよ。
そこまで言う・・・?



まあそれは置いといて、最後の謎解きと言うか、種明かしのところはどう?
途中で何となくわかってしまったけどね・・・。
 でも、よくできたストーリーだと思うな。
 私は結構好きだよ。
日本の歴史の物語でもあり、家族の物語でもあるね。



<シネマフロンティアにて>
「ラストレシピ 麒麟の舌の記憶」
2017年/日本/126分
監督:滝田洋二郎
原作:田中経一
出演:西島秀俊、二宮和也、綾野剛、宮崎あおい、西畑大吾
ストーリー性★★★★☆
満足度★★★★☆

エイリアン3

2017年11月16日 | 映画(あ行)
打ちのめされるリプリー



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引き続きエイリアン、第3弾。
前作のラスト、救命艇で眠りにつき、また宇宙を漂う旅に出たリプリー。
今度はヒックス伍長とあの少女が一緒です。
どれくらいの間漂ったのか、その説明はなかったのですが、
救命艇にトラブルが発生し、男ばかりの囚人の惑星、フィオリーナに不時着します。
しかしそのショックでヒックスも少女も死亡。
リプリーがあんなに必死で守り抜いた少女がこんなにあっさり死んでしまうなんて・・・(T_T)
さてしかし、実はこの宇宙艇にはエイリアンが隠れ潜んでいた・・・。
あの、カニのような幼生エイリアンは、まず犬に張り付いて犬の体内で成長を始めます。
そしてついには、犬の腹を食い破り、惑星の囚人たちを襲い始める。
三たび、エイリアン抹殺のため立ち上がるリプリー。
しかし、この星には武器と呼べるものが何もない!!
しかもなんと、リプリーの体内にもエイリアンの影が・・・。


さて、本作にも内田樹さんが引き続き見解を述べています。
例によって、以下受け売り。


この星にはかつての強姦殺人犯などが多くいるため
女性がうろつくのは危険だとリプリーは言われます。
そしてシラミが多いため、髪を丸坊主にしてしまう。
つまり、女性に帰属させられたすべての特性を脱ぎ捨てる。
リプリーは造形美とか鑑賞美を拒絶しているわけです。
この星には重罪犯と無能な看守がいるのみ。
すなわち、これは父権社会そのものを表していて、その中でリプリーは孤立しているのです。
そしてリプリーが連れてきたエイリアンが、男たちを貪り食う。
・・・男性が自立を求める女を嫌悪する図式そのものがあらわになって行く。

振り返ってみれば、これまでのエイリアン全編を通じ、
エイリアン=女性を妊娠させ自己複製を作らせようとする男性の欲望の形象化したもの。
そしてつまり、女性から見れば、
男性のエゴイスティックな自己複製欲望に屈服することの嫌悪と恐怖を表している。
このような男女のせめぎあいの中、
本編では特に、なお父権社会に立ち向かおうとするリプリーが徹底的に打ちのめされるのです。
自立を求める女性は結局、子も友人も失い、殺し、挙句には自らも殺すことになる
という悪意に満ちたメッセージ・・・。


本編は興行的にはいい成績は残せなかったようなのですが、
内田樹氏も、本編は「女性嫌悪」しか表していない駄作と評しています。
上質の物語にはもっといろいろな側面が表れるものだ、と。
そういえばそうですね・・・。

エイリアン3 [DVD]
シガーニー・ウィーバー,チャールズ・S・ダットン,チャールズ・ダンス,ランス・ヘンリクセン
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン (FOXDP)



<J-COMオンデマンドにて>
「エイリアン3」
1992年/アメリカ/115分
監督:デビッド・フィンチャー
出演:シガニー・ウィーバー、チャールズ・S・ダットン、チャールズ・ダンス、ポール・マッギャン、ブライアン・グローバー

女性嫌悪度★★★★★
満足度★★.5

「ハイジが生まれた日 テレビアニメの金字塔を築いた人々」ちばかおり 

2017年11月15日 | 本(解説)
少しでもいいものを作りたいという熱意

ハイジが生まれた日――テレビアニメの金字塔を築いた人々
ちば かおり
岩波書店


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1974年のテレビ放映から四十年余。
高畑勲、小田部羊一、宮崎駿など巨匠たちが若き日の情熱を注ぎ、
各分野の才能が梁山泊のように集結した『アルプスの少女ハイジ』は、
テレビアニメの枠に日常生活を描く文芸路線を切り拓いた。
世界を魅了する日本のアニメーションのさきがけとなった本物志向の作品は、
どのように作り出されたのか。
生みの親・高橋茂人をはじめ関係者の証言から、
「信じるに値する世界」を観せる仕事に懸けた人々のドラマに迫る。


* * * * * * * * * *

テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」には
私にもとても思い入れがあります。
1974年、その時私はもうまもなく成人という年齢だったのですが、
何故か見ているんですねえ。初回を。
私その時、どうしてかわからないけれど、泣けて泣けて仕方なかったのです。
悲しい場面でもないのに。
ハイジがアルプスの山道を登っていく。
ハアハアと息を切らし、暑くなって着ている服を脱ぎ捨てながら。
本当に、一人の女の子の生きている姿がそこにありました。
それまで、こんなにリアルな人のしぐさを表現するアニメなどなかった。
日本初の国産アニメ「鉄腕アトム」から中学校時代くらいまで、
ずっとアニメを見続けていた私には断言できます。
・・・というわけで、この本、大変興味を持って手に取りました。


ハイジの生みの親とも言うべき方は高橋茂人さん。
プロデューサーです。
この方が「ハイジ」をアニメで作ろうと思い立たなければ、
日本のアニメシーンは今とは違うものになっていたかもしれません。
分担はこんな風です。

演出:高畑勲
作画監督:小田部羊一
レイアウト(場面設定):宮﨑駿
音楽:渡辺岳夫

ここでやはり特筆すべきは、高畑勲さん。宮﨑駿さん。
当時アニメのためのロケハンなどは前代未聞だったようですが、
彼ら(高畑・小田部・宮崎)はスイスまで取材に行っているのです。
若き日の彼らのスイスでの写真もあったりするのがウレシイ!


さてところが、アニメは大変手間のかかる仕事、
週1本の作品を仕上げるためにスタッフ一同、
土日の休みもなし、寝る暇もなし、いつもほとんど寝不足。
今で言えば大変なブラック企業というわけですが、
ただ「少しでもいいものを作りたい」という熱意だけが皆を支えていた、と言います。
そういう熱意は確かに視聴者にも伝わったわけですね。
初めから「世界」を目指していただけあって、
ヨーロッパの方が見ても全く違和感なく出来上がっていて、
世界中の人々に愛されたという「ハイジ」。


ヨーデルから始まるあのオープニングを思い出して、
ついまたチョッピリ涙ぐんでしまう私なのでした。
一読の価値ある本です。
どれだけの人が、どれだけの高みを目指して、粘り強く役割を果たしたのか。
池井戸潤さんに本を書いてもらいたいくらいです。

ハイジの出て来る某学習塾のCMも、好きだわ~。

「ハイジが生まれた日 テレビアニメの金字塔を築いた人々」ちばかおり 岩波書店
満足度★★★★★

ザ・サークル

2017年11月14日 | 映画(さ行)
危険に無自覚すぎ



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ユーザーのあらゆるデータを蓄積する世界ナンバーワンのシェアを誇るSNS企業「サークル」。
メイ(エマ・ワトソン)は、あこがれのその「サークル」に採用された新入社員です。
ある時カリスマ経営者ベイリー(トム・ハンクス)の目にとまり、
新サービス「シーチェンジ」のモデルケースとなります。
超小型カメラを身に付け、あるいは身の回りあちこちに配置し、
自身の生活24時間を公開。
瞬く間に1000万人を超えるフォロワーを得て、アイドル的存在になりますが・・・。



私はなんだかずっと怖くて仕方ありませんでした。
24時間、何もかもをSNSに晒すなどと・・・。
トイレだけは入ると自動的に3分間だけ映像が停止するのだとか・・・。
そのために、ついうっかり目に入ってしまった両親のベッドシーンが全世界に流れてしまった・・・。
いやいやいや、少なくともメイはここで気付くべきでした。
と言うか、こんな試みが危険であることは、
本人でなくとも、会社の人や世間の有識者がはじめから気付くはずですけどね・・・。
でも、実際にSNSでの自殺志願者の呼びかにあんなにも多くの反応があったりする、
というのは、実は危険なことはわかっていながらも、
放置されているという現実があるということなのでしょうか・・・。



本作では、たまたまメイ自身でなく、彼女の友人に危害が発生しますが、
本人にだって十分危険だったはず・・・。
だって居場所も誰にでもわかるし、
アイドルを自分の恋人と勘違いしストーカー行為に及ぶ人もいるわけで・・・。
しかもこの彼女自身が、「サークル」を選挙に利用する、
すなわち選挙権を持つものは必ずサークルに登録するようにすべきだなどと・・・。
こんな発言を許す大人ばかりというのも腑に落ちませんなあ・・・。
ただでさえ監視、管理の危険性大のところを、
更に政治権力と結ぼうとするなどと。



いくらドラマでもね、こんなやり方に諸手を挙げて賛同する人ばかりなんてあり得ない・・・。
いやあるとしたら余計怖い・・・。
・・・ということで、
どこに戦慄すべきなのかよくはわからないままですが、とにかくずっと怖かった・・・。



余談ですが、メイの友人マーサー役のエラー・コルトレーンは、
6歳のボクが大人になった君ですね!


<シネマフロンティアにて>
「ザ・サークル」
2017年/アメリカ/110分
監督:ジェームズ・ポンソルト
出演:エマ・ワトソン、トム・ハンクス、ジョン・ボヤーガ、カレン・ギラン、エラー・コルトレーン
戦慄度★★★★☆
満足度★★★☆☆

ハングリー・ハーツ

2017年11月13日 | 映画(は行)
新米の母親の危うい物語・・・?



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ニューヨークで出会い、恋に落ち、結婚した
ジュード(アダム・ドライバー)と、ミーナ(アルバ・ロルバケル)。
子供が生まれ、満ち足りた生活となるはずーーーでした。
ところが、ミーナは外の世界に対して過激な敵意と恐怖心を抱くようになります。
それは妊娠時から徴候があったのですが、赤子が生まれてからは更に激化。
子どもを外に出さないばかりか、検診にも連れて行かず、
おまけに肉類は毒だと思い込む強固な菜食主義となり、
赤子は極度の発育不良に陥っているのです。

ジュードは耐えきれず、「散歩に連れていく」と言って
わずかのスキに栄養のあるものを食べさせたりもするのですが、
それに気付いたミーナは、栄養の吸収を妨げる薬品を赤子に飲ませるのです。
基本的にジュードはミーナを愛していて
彼女の希望を極力叶えようとするのですが、
やせ細っていく赤子にはやはり我慢ならず、役所に相談に行ったりもします。
ところが、「母親の虐待」を証明できなければなんともできないと言われます。
そんな悠長なことはしていられない。
今夜も息子は食事を食べられない・・・。
ついにジュードは赤子を連れ出して、実家の母に預けるのですが・・・。



2人のは出会いはごく普通、と言うか普通よりもユーモラス。
ミーナの精神には何の問題もないと思われたのですが・・・。
これはマタニティブルーなのでしょうか。
それとも育児ノイローゼか、またはある種の宗教? 
ジュードは申し分ない夫だし、収入も十分ではないにしても困るほどではない。
どう見てもこの結婚生活に大きな悩みなどなさそうに思えます。
けれど落とし穴はどこにでもあるということか・・・。

ミーナについては正常なのか、思い込みが強いだけなのか、
それともすでに常軌を逸しているのか、非常に難しい。
・・・いや、少なくとも正常ではないですね。
本当はこの人が何らかのカウンセリングを受けるべきなのだろうな。



でも作中、ジュードは悪戦苦闘、すごく頑張っていましたよね。
仕事を途中で抜けても、様子を見に来たり・・・。
申し分ない夫なのになあ・・・。



しかし、本作、最後まで見てやっとどういう物語なのかがわかりました。
ちょっと虚を突くサスペンス。
単に新米の母親の危うい精神の物語ではなかったのでした。
・・・やられた!!

ハングリー・ハーツ [DVD]
アダム・ドライヴァー,アルバ・ロルヴァケル,ロバータ・マクスウェル
TCエンタテインメント


<WOWOW視聴にて>
「ハングリー・ハーツ」
2014年/イタリア/109分
監督:サベリオ・コスタンツォ
原作:マルコ・フランツォーゾ
出演:アダム・ドライバー、アルバ・ロルバケル、ロベルタ・マックスウェル
異常な育児度★★★★★
意外な展開度★★★★☆
満足度★★★★☆