映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「信長協奏曲 17」石井あゆみ

2018年06月30日 | コミックス

家臣に疑いの目を向ければ、結局自分に帰ってくる

信長協奏曲 17 (17) (ゲッサン少年サンデーコミックス)
石井 あゆみ
小学館

* * * * * * * * * *


毛利方への内通を疑われた
秀吉の奮迅たる活躍で、進む中国方面攻め!!
また一歩一歩と天下統一へと近づくサブローに、
怪しい刺客が………!?
更に、サブローが尾張の海へ馬駆けへと
出掛けている最中に、安土城に残った
ミッチーは不意に帰蝶と出会い…!?

* * * * * * * * * *

信長協奏曲、新刊です。
本巻の表紙はミッチーこと明智光秀。
表紙初登場というのが意外ですが、
こうしてみるとサブローとうり二つとはいえ、はっきり雰囲気が違いますね。
本巻の目玉は、この光秀とサブロー信長の妻・帰蝶が二人きりで会うシーン。
信長に会いに来た光秀ですが、信長が留守で、
たまたま帰蝶と対面してしまったのです。
何しろ、帰蝶は本来この光秀の妻であったわけで・・・。
サブローと仲睦まじくイキイキ暮らしてしている帰蝶には
光秀も思うところがあるはず。
そして帰蝶も夫とそっくりな光秀の正体に実は気づいている。
「わたくしが嫁いだ織田信長様は、そなたなのか?」
と直截な質問に光秀は答えます。
「それがしは何も存じませぬ。あなたさまのことを、なにも存じませぬ。
そしてあなたさまも、それがしのことを何もーーーご存知ではありませぬ・・・」
互いに夫婦であった期間はあったけれど、
心を通わしたこともなく互いになにも知らない名前だけの夫婦だった。
と、暗に事実を認め合いながらもそれについては伏せたまま、現在の気持ちを語り合う。
大人の対応ですなあ・・・。
やはり光秀にはサブローに対する嫉妬とか対抗心はないように思えます。
とすれば本能寺はやはり秀吉の画策なのか・・・?
気が揉めることでございます。


信長は秀吉について、こんなふうに言う。
「秀吉くんに限らず、俺が家臣たちに疑いの目を向ければ、
多分そのまま俺にはね返ってくるんだよ。
・・・上にいる人間は、どんな状況になったとしても、
堂々と構えてるしかないんだと思うんだよね、結局。」


サブローは、かる~いヤツのように見えて、芯がどっしりしているというか、
まあ、だからこそここまで生き抜いてこられたわけなのですが。
それから本巻で初登場なのが石川五右衛門。
石川五右衛門って、この時代の人だったんですね!! 
私達の知っているゴエモンとはイメージが違うけれど、そこがまた面白い。
そして、弥助さんが帰ってきた!!
よかった~。
信長のもとにいるうちは良いけれど、
外の世界ではさぞ生きにくかろうと思ったのですよね・・・。
ひと安心。
ただし結局このことが命取り・・・だったりはしないですよね・・・?!

「信長協奏曲 17」石井あゆみ ゲッサン少年サンデーコミックス
満足度★★★★☆


ワンダー 君は太陽

2018年06月29日 | 映画(わ行)

「正しいことと優しいことの間で迷ったら優しさを選べ」

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10歳の少年オギー(ジェイコブ・トレンブレイ)生まれつきの障害により、
人とは違う顔をしています。
幼い頃からずっと母イザベルと自宅学習をしてきたのですが、
小学5年になって、初めて学校へ通うことにしたのです。
はじめての学校で、オギーは人からジロジロ見られたり、避けられたり、
話しかけられることもなく、あからさまにイジメをするものもいます。

それでもある日、オギーは自分の機転のきいた行動から友人ができます。
そして次第に周囲の人々が変化してゆく・・・。

初めの方で、初めてオギーを学校に送り出す両親の、
いかにも心配でたまらない様子が描かれていますが、
全く、見ている私まで心配で居ても立ってもいられない気にさせられました。
それでも、一生彼を家の中のぬくぬくした環境に閉じ込めておく訳にはいかない。
どこかで勇気を持って外に一歩踏み出さなくては。
そしてそれは本人が自分でやり遂げなくてはならないこと・・・。
親というのは辛いですね。
見守ることしかできない・・・。



オギーは人から顔を見られるのが嫌で、ヘルメットを外して歩く事がなかなかできません。
そんな彼が、幾度も傷つき、孤独に絶えながらも次第に自分の世界を広げ、
彼のことを理解してくれる友人もできてゆく。
彼のことを大切に思い支える人がいるから、強くなれる。
なんとも胸が熱くなります。

しかしこれは、そういうオギーの成長を描くだけの物語ではないのです。
ときには彼の周りの人々、姉のヴィアや友人ジャックの視点からも描かれていて、
そして彼らがオギーと接することによってまた成長していくさまが描かれているのです。



姉のヴィアは、弟オギーが大好きだし、大事に思っています。
けれど、父母が常にオギーのことを最優先し、
ヴィアのことは二の次にしてしまうことを寂しくも思っている。
その本心は決して口に出したことはなかったけれど。
結果、「手のかからない子」で引っ込み思案なヴィア。
この物語はこうした視点でも描かれているところが秀逸ですね。
彼女はまた彼女の力で成長の手がかりを掴んでいきます。


「正しいことと優しいことの間で迷ったら優しさを選べ」という言葉が作中に出てくるのですが、
まさしくそのとおり。
誰もが人に優しければ、世の中はもっと住みやすくなりそうですね・・・。
つい、涙・涙・・・の作品でした。

オギー役のジェイコブ・トレンブレイくんは、あの「ルーム」の少年でしたか。
この次はしっかり素顔で拝見したいです。


<シネマフロンティアにて>
「ワンダー 君は太陽」
2017年/アメリカ/113分
監督:スティーブン・チョボウスキー
出演:ジュリア・ロバーツ、ジェイコブ・トレンブレイ、オーウェン・ウィルソン、マンディ・パティンキン、ノア・ジュプ、イザベラ・ビドビッチ
親の愛度★★★★★
試練度★★★★☆
満足度★★★★★


サクラダリセット 前編

2018年06月28日 | 映画(さ行)

死者をよみがえらせるためのアレコレ

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青春SFとでもいいましょうか・・・。
舞台は住人の半数以上が何らかの特殊能力を持つ、閉ざされた街・咲良田。
高校生浅井ケイ(野村周平)は、体験したすべての記憶を保持することができます。
また、春埼(はるき)美空(黒島結菜)は、
世界を最大3日分巻き戻す「リセット」の能力を持ちます。
リセット後は春埼の記憶自体もリセットされるのですが、ケイの記憶は保たれたまま。
したがってリセット前後の事情を知るのはケイのみ。
彼が司令塔の役割を果たすのです。



2年前、「リセット」の影響で同級生・相麻菫(平祐奈)を死なせてしまったことを悔やむケイは、
様々な人々の能力を組み合わせて相麻をよみがえらせることができるのではないかと考えますが・・・。



死んだ友人をよみがえらせるなら「リセット」すれば良いということなのですが、
同じ時間帯の中でリセットは一度しかできないという制約があるのです。
その時ケイはごく個人的な理由で一度リセットを使ってしまった。
そのため、みすみす相麻を見殺しにしてしまったような罪悪感を持っているわけです。
しかも、その相麻と春埼がケイを挟んで微妙な心理状態にある・・・というところが味噌。



しかし実は、後編になってわかるのですが、相麻にはもっと深い思惑があったわけなのですが。
でもこの役の平祐奈さん、ただのかわい子ちゃんで、
そんな思慮の人にはぜんぜん見えないところが残念。


死者をよみがえらせる方法。
正直この流れが私にはよく咀嚼できていませんが、
まあとにかくこのためになんだかよくわからない能力の仲間が呼び集められたという、
そういうストーリーなのだと思います。



スタイリッシュに決めたかったのでしょうけれど・・・
いっそコメディタッチにしてくれたほうが良かった気がする・・・。
私は、NHKドラマ「アシガール」を見ていたので、
黒島結菜さんと、健太郎さんに会えたのは嬉しかった!


サクラダリセット 前篇 [DVD]
野村周平,黒島結菜,平裕奈,玉城ティナ,加賀まりこ
KADOKAWA / 角川書店

<WOWOW視聴にて>
「サクラダリセット 前編」
2017年/日本/103分
監督・脚本:深川栄洋
原作:河野裕
出演:野村周平、黒島結菜、平祐奈、健太郎、玉城ティナ

満足度★★.5


「冷蔵庫を抱きしめて」荻原浩

2018年06月26日 | 本(その他)

壁を乗り越えろ!

冷蔵庫を抱きしめて (新潮文庫)
荻原 浩
新潮社

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幸せなはずの新婚生活で摂食障害がぶり返した。
原因不明の病に、たった一人で向き合う直子を照らすのは(表題作)。
DV男から幼い娘を守るため、平凡な母親がボクサーに。
生きる力湧き上がる大人のスポ根小説(「ヒット・アンド・アウェイ」)。
短編小説の名手が、ありふれた日常に訪れる奇跡のような一瞬を描く。
名付けようのない苦しみを抱えた現代人の心を解き放つ、花も実もある8つのエール。

* * * * * * * * * *

荻原浩さんの短編集。
8篇が収められていますが、主人公は皆、何かの壁にぶつかっています。


表題「冷蔵庫を抱きしめて」は、新婚の直子。
こんなに気の合う人はいない!!と感じ、最高に幸せな結婚のハズでした・・・。
ところが、結婚して初めてわかった「食べること」についての意識の違い。
こんなことで将来ずっと一緒にやっていけるのだろうかと不安になった直子に、
以前苦しんだ摂食障害がぶり返します。
大量に買い込んだ食べ物が詰まった冷蔵庫を抱きしめるようにして、
一人悩める直子・・・。
結婚してから夫の理解不能なところを見出して悩んでしまう・・・。
それは何も食べ物のことでなくてもいいわけです。
はじめはどんなに幸せな結婚と思えても、期待はずれのところは多かれ少なかれかならずある。
人々はそれをどうにかこうにか乗り越えて行くか、
あるいは乗り越えることを諦めて結婚を解消するか・・・
つまりはそれこそがそれぞれの人生。
直子は乗り越えるにも乗り越えられず、
その苦しみが摂食障害という別なものへ転化していくのですね・・・。
けれど、意外にもステキなラストが待っていますよ。
そうなんです。
結婚は二人でするものなのだから、一人で悩んじゃダメなんですよ!!
ステキな読後感の1篇。

「ヒット・アンド・アウェイ」は、同居のDV男に悩む幸乃。
気に入らないことがあるとすぐに手を挙げる男に対して、
幸乃は前夫との間にできた娘を守るので精一杯。
そんな彼女が男を殴り返すことなどはとても無理と思いつつ、
とにかくストレス解消にはなるのではないかと思い、ボクシングジムに通い始めます。
しかし意外にも素質があったらしく、幸乃はどんどん力をつけていって・・・。
強い女性が好きな私は、本作、大好きです。
彼女がDVを受けていることに気づいて、密かに応援するジムの会長も良かった。


図書館蔵書にて(単行本)
「冷蔵庫を抱きしめて」荻原浩 新潮社
満足度★★★.5


家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。

2018年06月25日 | 映画(あ行)

「月がきれいですね。」

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風変わりなこの題名。
冒頭はこんなふうです。
結婚3年目(バツイチ)のじゅん(安田顕)が仕事から帰宅すると
妻のちえ(榮倉奈々)が血を流して倒れています。
じゅんは慌てて介抱し、救急車を呼ぼうとしますが・・・
血はケチャップでちえが死んだふりをしていただけなのでした。
このときじゅんがあわてて押したナンバーが117で、
スマホから流れる時報がなんとも白々しい・・・。
なんでこんなことをするのかとじゅんが聞いても妻はその訳を話しません。

そしてその後も毎日、ワニに食われたり、銃で撃たれたり、
妻は必ず死んだふりをして夫を迎えるのです。
じゅんはわけが分からず、悩んでしまいますが・・・。

こんな冒頭の後、彼らの出会いや結婚に至るまでのことが回想として少しずつ語られていきます。
また、本作ではこの二人と対応させるように、
じゅんの会社の後輩である佐野(大谷亮平)とその妻(野々すみ花)の夫婦のことが描かれています。

佐野はいかにも男女の心の機微に通じているかのように、
悩んでいるじゅんにいろいろなアドバイスをします。
奥さんは実家から離れて日中一人で寂しいのではないか・・・?など。
ところが実はこの結婚5年目の佐野夫妻こそが
互いの気持ちがわからずに危機に瀕していたりする。
毎日ともに暮らしていてもなお、互いの気持ちがわからない、夫婦とは謎である・・・と、
まあ、現に結婚している方なら、つい頷いてしまうことなのではないでしょうか。
しかしそれでも、わかり合おうという気持ちが大切なわけですね。



本作はあえて、妻・ちえが死んだふりをする理由を言葉では解説していません。
それは、彼女の母親が早くに亡くなったことや、
日頃夫に「絶対に私より先に死なないで」と言っていたことと関係するのかもしれないけれど・・・、
それこそ、長い言葉で分析するのは野暮というもの。
ご覧になった方、それぞれ考えてみるのがいいですね。



ちえがよく口にする「月がきれいですね。」この真意も最後に明かされます。
素直にストーレートな言葉で気持ちを表すことができない、シャイなちえさんでした。



今後安田顕さん出演作は、大泉洋さん以上に見逃せないなあと思う次第。

<シネマフロンティアにて>
「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」
2018年/日本/115分
監督:李闘士男
出演:榮倉奈々、安田顕、大谷亮平、野々すみ花、浅野和之、品川徹

夫婦のあり方を考える度★★★★☆
満足度★★★★☆


エイジ・オブ・イノセンス 汚れなき情事

2018年06月24日 | 映画(あ行)

愛とは。結婚とは。

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原作はイーディス・ウォートンの小説。
なるほど、どことなく文学の香りがしました。

1870年代。
若き弁護士ニューランド・アーチャー(ダニエル・デイ=ルイス)は、
幼馴染のメイ・ウェランド(ウィノナ・ライダー)と婚約しています。
ニューヨークの社交界ではその時、
夫から逃れてヨーロッパから帰国したエレン・オレンスカ伯爵夫人(ミシェル・ファイファー)の噂でもちきり。
メイとエレンはいとこ同士で親しかったので、
ニューランドとも幾度か顔を合わせることがあり、
ニューランドは自由闊達なエレンに惹かれ始めます。
エレンは夫との離婚を望んでいますが、当時離婚などとんでもないこと。
醜聞をおそれたエレンの一族は、離婚を思い留まらせるための説得をニューランドに依頼します。
そんな話をするうちに次第に二人の心は接近していきますが・・・。


さてさて、婚約者がいながら、他の女性を好きになってしまう。
これはまずいです。
婚約破棄してしまえばいいことではありますが、
それがこの「社交界」という狭くて虚飾に満ちた世界ではほとんどタブーに近い。
気に入らないことについては、誰も表面きっては言わないけれど、無視。
そんな陰険な世界です。
ニューランドはエレンへの思いを断ち切るかのように、メイと結婚。
さて、その妻メイは、社交界の見本のように誰にでも人当たりよくにこやか。
夫の恋心など気づきもしない・・・というのはフリで、
実はしっかり気づいていたわけです。
そして二人の思いを断ち切るような画策までする・・・。
うわ~、陰険! 
そしてそれを知りつつ、知らないふりをして
穏やかな結婚生活を続けるニューランドに対してもどうなのよ・・・と思ってしまうわけですが。

しかしこれはそういう欺瞞に満ちた悲惨な結婚の物語というわけではないのです。
二人には一男一女が生まれ、何事もなかったように月日が流れる・・・。
ニューランドがメイの本当の思いを知るのは彼女が亡くなった後。
愛とは。結婚とは。
情熱だけでは語れない何かが、そこにあるようです。

ラストにはダニエル・デイ=ルイスが30年を経て老いたメイクで登場。
ほとんど今現在の彼の年代なわけですが・・・
なるほど、よくできている。
今のダニエル・デイ=ルイスによく似ています。
(当たり前といえば当たり前ですが)
ただ、今現在の御本人のほうがもっとアクの強い感じですかね。
それこそが人生の年輪を重ねるということなのかなあ。

エイジ・オブ・イノセンス [DVD]
ジョアン・ウッドワード
ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント



<WOWOW視聴にて>
「エイジ・オブ・イノセンス 汚れなき情事」
1993年/アメリカ
監督:マーティン・スコセッシ
原作:イーディス・ウォートン
出演:ダニエル・デイ=ルイス、ミシェル・ファイファー、ウィノナ・ライダー、ジェラルディン・チャップリン

結婚を考える度★★★★☆
満足度★★★★☆


「教誨師」堀川惠子

2018年06月23日 | 本(その他)

死刑囚と向き合うこと

教誨師 (講談社文庫)
堀川 惠子
講談社

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50年もの間、死刑囚と対話を重ね、死刑執行に立ち会い続けた教誨師・渡邉普相。
「わしが死んでから世に出して下さいの」という約束のもと、
初めて語られた死刑の現場とは?
死刑制度が持つ矛盾と苦しみを一身に背負って生きた僧侶の人生を通して、
死刑の内実を描いた問題作!第1回城山三郎賞受賞。

* * * * * * * * * *

日頃夢のようなストーリーを主に読んでいるもので、
時にはシビアな現実も見なくては、という気持ちになります。
そこで目についたこのノンフィクション。


教誨師(きょうかいし)とは・・・間近に処刑される運命を背負った死刑囚と対話を重ね、
死刑執行に立ち会う・・・というお仕事。
全くのボランティアだそうです。
この役を50年もの間続けたという僧侶、渡邉普相氏に
ジャーナリスト堀川惠子さんがインタビューしたものをまとめたものです。
インタビューといっても半日やそこら話を聞いたというのではありません。
もともと守秘義務のある役割のこと、
何度通っても渡邉氏は教誨師としてのことは語ろうとしなかったとか。
しかし著者がすっかり寺に通いなれたある日、
「わしが死んでから世に出してくださいの」という約束のもとで、語り始めた。


守秘義務に時効があるかどうかはわかりませんが、
死刑執行から数十年が過ぎ、話をしても関係者に迷惑がかからないようなことが
明かされているわけです。
しかも仮名なので、そのへんは確かにあまり神経質になる必要はないのかな、と。
むしろこの本によって死刑囚のたどった言いようのない苦難に満ちた人生のこととか、
その人達と向き合い死刑執行の場に立ち会い続けることの苦悩を
私達が知ることになったという意義は絶大です。


この本で、そのことは直接的には書かれていないのですが(多分、あえてでしょう)
死刑制度の是非にも考えが及びます。
そしてまた、この渡邉普相氏の人生そのものにも驚かされるのです。
広島出身。あの原爆の被災者です。
かろうじて自分は助かったけれども、多くの人々を見殺しにしてしまった
というような罪悪感を持っていたのですね。
更には、渡邉氏ご自身がアルコール依存症だった時期があったということ。
御本人は「ただ酒が好きだっただけ」と仰るのですが
いえいえ、教誨師という精神的ダメージの大きい役割ゆえのストレス、
ということはきっと関係していたはず。
僧侶でアル中というのはいかにも外聞が悪いので、ひた隠しにしていたそうなのですが、
ある時から開き直り死刑囚にも本当のことを言うようになった。
それから、死刑囚が心底からの悩みや過去の辛い出来事を打ち明けてくれるようになった
・・・というのもすごいです。


教誨師という特異な仕事のこと、そして一人の人物の壮絶な生きざま・・・、
このことを本にまとめていただいた著者に感謝!!


「教誨師」堀川惠子 講談社文庫
満足度★★★★.5


空飛ぶタイヤ

2018年06月22日 | 映画(さ行)

これぞ池井戸劇場

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池井戸潤さんの原作で、以前テレビドラマにもなっている本作ですが、
私は読んでも見てもいなかったという本作、満を持して劇場で拝見!!

実際にあったトラックのタイヤ脱輪事故がモデルとなっている作品です。

トラック走行中にタイヤが外れ一人の主婦が亡くなるという事故が起きます。
事故を起こしたのは運送会社の車。
この赤松運送はトラックの整備不良を疑われ、世間からもバッシングを受けてしまいます。
社長赤松(長瀬智也)は、トラックの構造自体の欠陥を疑い、
製造元ホープ自動車に再調査を要求。
しかしホープ自動車からはナシのつぶて。
リコール隠しを疑う赤松は自らの調査を開始。
しかし会社の受注が減少し銀行の融資も受けられず、
会社経営の危機も迫ってきます・・・。

大企業に敵対するということがどういうことなのか・・・、
この厳しい現実に唖然とさせられます。
系列銀行やマスコミ、こんなものまで敵に回すことになってしまったら、
実際中小企業の存続は難しい。
最後には札束をちらつかせて屈服させようとするなど言語道断。
そこを辛くも乗り越えて、なんとしてもこの不正を暴こうと戦う男の姿が実にカッコイイ!!
長瀬智也さんは、こんな役までこなせるようになったんですねえ・・・。
あの「白線流し」のナイーブな青年がねえ・・・
(あの頃はホント、ステキだった・・・今がだめというわけではないけれど) 
少し前のテレビドラマのマザコン青年よりずっとこっちのほうが良かったです。
・・・そもそも青年というよりもう中年だし。 
TOKIOは、メンバー一人を欠いて
今までより一層一人ひとりの踏ん張りが感じられるこの頃なのでした・・・。

さて、戦う男はこの赤松運送社長一人ではありません。
企業の内部では沢田(ディーン・フジオカ)が、
系列銀行では井崎(高橋一生)が、それぞれ奮闘します。
企業内でもこういう動きがあるというのはなんとも心強い。
この三人は互いに共闘したりはしないのです。
それぞれの立場で、それぞれができることをする。
結果的にはこれが包囲網を敷いて、巨悪の根源を追い詰めるわけで。
池井戸劇場完成!! 
やっぱり面白いわー。



池井戸作品の主人公の奥様は皆いい感じですよね。
昔ながらの「夫に従う」という感じではなく、
自立した精神を持ちながらも夫を思いやり負担を取り除こうとする明るさを持つ。
暗くなりがちなドラマが少しホッとする場面でもあります。
本作の赤松社長の奥様は深田恭子さん。
こんなかわいい奥さんがいたら、そりゃー、頑張るしかないわね。
そうそう、ここの息子が、「半分青い」の律少年、高村佳偉人くんでした!


<シネマフロンティアにて>
「空飛ぶタイヤ」
2018年/日本/120分
監督:本木克英
原作:池井戸潤
出演:長瀬智也、ディーン・フジオカ、高橋一生、深田恭子、岸部一徳、笹野高史、小池栄子、ムロツヨシ

戦う男度★★★★★
満足度★★★★☆


ベイウォッチ

2018年06月20日 | 映画(は行)

上司にしたい人、ナンバーワン

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水難救助隊ベイウォッチの活躍を描くTVシリーズ「ベイウォッチ」の劇場版リメイク。
といっても私はテレビの方は未見ですが、
TV版で隊長ミッチを務めていた方が、本作で亡霊役(?)で、チョイ出しているのですね。
テレビドラマファンだった方には嬉しいシーンなのでは?

さて、ベイウォッチ隊長、ミッチ・ブキャナン(ドウェイン・ジョンソン)のもとに、
チームに加わるためにある青年が訪ねてきます。
元オリンピック水泳の金メダリストであるマット・ブロディ(ザック・エフロン)。
しかし実は、個人競技では金メダルでしたが団体でとんでもない失態をやらかし、
信頼も名誉も失った惨めな落ちこぼれ青年。
それなのに態度が大きくて目立ちたがり・・・
非常に扱いにくいのですが、研修生としてチームに加わることに。
そんな彼ですが、ミッチの厳しくも寛大な指導の元、しっかりしたプロ意識を身につけてゆきます。



ドウェイン・ジョンソン、上司にしたい人ナンバーワンの見本みたいな人ですよね。
なんと言っても世界一頼りになりそう・・・。
さてしかし、ミッチは海岸の平和を保とうとするあまり、
ついライフセーバーとしての領分を超えたところまで手を出してしまい、
警察からは煙たがられています。
しかし海岸に麻薬の包が落ちていたりすれば、
なんとかしようと思うのはプロとしては当然なんですけどね。
そしてミッチたちは麻薬取引の捜査を続けるうちに、
さらなる大きな陰謀に気づいてしまうのです・・・。

ドウェイン・ジョンソンとザック・エフロン、
大小のマッチョ三昧に、若干食傷気味・・・。
ついでに女性たちも零れ落ちそうな胸・・・。
ま、健康そうでよろしいこと。
のほほーんと、何も考えずに楽しめます。





ベイウォッチ [DVD]
ドウェイン・ジョンソン,ザック・エフロン,プリヤンカー・チョープラー,アレクサンドラ・ダダリオ,デビッド・ハッセルホフ
パラマウント

<WOWOW視聴にて>
「ベイウォッチ」
2017年/アメリカ/116分
監督:セス・ゴードン
出演:ドウェイン・ジョンソン、ザック・エフロン、プリヤンカー・チョープラー、アレクサンドラ・ダダリオ、ケリー・ローバック

海洋アクション度★★★☆☆
満足度★★★☆☆


「泣き童子 三島屋変調百物語 参之続」宮部みゆき

2018年06月19日 | 本(その他)

赤子はなぜ泣くのか

泣き童子 三島屋変調百物語参之続 (角川文庫)
宮部 みゆき
KADOKAWA/角川書店

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三島屋伊兵衛の姪・おちか一人が聞いては聞き捨てる変わり百物語が始まって一年。
幼なじみとの祝言をひかえた娘や田舎から江戸へ来た武士など
様々な客から不思議な話を聞く中で、おちかの心の傷も癒えつつあった。
ある日、三島屋を骸骨のように痩せた男が訪れ「話が終わったら人を呼んでほしい」と願う。
男が語り始めたのは、ある人物の前でだけ泣きやまぬ童子の話。
童子に隠された恐ろしき秘密とは―
三島屋シリーズ第三弾!

* * * * * * * * * *

宮部みゆきさんの三島屋シリーズ。
読んだことはあるような、ないような・・。
多分何かのアンソロジーに収録されていたものを読んだかもしれません。
それで何故か途中の3巻目から読みました。
短編集の体裁なので、途中からでも特に問題はありません。


三島屋伊兵衛の姪・おちかが、様々な人から不思議な話を聞きます。
本巻には、「魂取りの池」、「くりから御殿」、「泣き童子」、
「小雪舞う日の怪談語り」、「まぐる笛」、「節気顔」の6篇が収められています。


表題の「泣き童子(わらし)」は、
ある赤ん坊が、特定の人のいるところでだけとてつもない勢いで泣き出すのです。
それはその人物が行う「悪事」に反応しているのでした。
押し込み強盗の一家惨殺から一人生き残ったその赤ん坊を、
語り手の老人が引き取ったのですが、この子が老人の娘の前で、また火のついたように泣き出した・・・。
人知れず行った悪事を糾弾するかのように泣き出す赤子。
泣かれる人物にとってはいつも責め立てられるようで辛いことですね・・・。
そこでまたおこる悲劇と、新たなる不可思議な怪異。
考えさせられてしまうストーリーでした。


また、「まぐる笛」では爬虫類めいた人食い怪物が登場。
スペクタクルです! 
残忍で、かなりゾッとさせられます。
しかしその事情を知れば実に切ない・・・。


「小雪舞う日の怪談語り」は、
おちかが三島屋ではなく他所で行われている百物語を聞きに出かけます。
そのなかでいくつかの怪異の話が語られるという、ちょっとオトクな短編。


理屈では割り切れない物語の数々が、
おちかの傷つき閉ざされた心を開いていくようです。


図書館蔵書にて(単行本)
「泣き童子 三島屋変調百物語 参之続」宮部みゆき 文藝春秋
満足度★★★★☆

 


万引き家族

2018年06月18日 | 映画(ま行)

弱者が寄り集まって生きてゆく

 

* * * * * * * * * *

第71回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門 パルムドール賞受賞!!!

ということで、めでたいこの作品を拝見しました。

まあ、そうでなくとも是枝監督作品は欠かさず見ておりますので、
いまさら混雑した場内を見ると、
皆さん普段から来ればいいのにさ・・・とつい思ってしまうのですが。

 

さて、東京下町、高層マンションの谷間に取り残されたような古い平屋があります。
治(リリー・フランキー)と信代(安藤サクラ)の夫婦、
息子の祥太(城桧吏)、信代の妹の亜紀(松岡茉優)、
そして祖母初枝(樹木希林)が住んでいる。
彼らはほとんど初枝の年金を頼りに生活しており、足りない部分を万引きで稼いでいるのです。
社会の底辺と言っていい彼らの生活なのですが、でも笑いが絶えない。

ある日、治は近所の団地の片隅で震えている女の子を見かねて家に連れ帰ります。
明らかに親から虐待を受けていたその子を、彼らは自分たちの子供として育てることにしてしまう。
・・・そしてまた、実は彼らの家族自体にも大きな秘密があることがわかってくるのです。

 

「そして父になる」ではあれほど悩み続けた「血」の問題が、
ここではあっさりと踏み越えられてしまいます。
一つのお皿のものをつつきあって雑魚寝。
こんな生活の中では、「血」の問題などどうでも良くなってきます。確かに。
が、彼らがそんなことにこだわらないのには大きな理由があったわけなのですが。

祥太が国語の教科書にあった「スイミー」の話を持ち出すところが印象的です。

小さな魚が群れ集まって、大きな魚に対抗する。
それはそのままこの家族なのでしょう。
この社会で一人ひとりは弱くて生きていくのも大変だけれど、
寄せ集まって力を合わせればなんとかなる。

ほとんどゴミ屋敷の一歩手前のような室内の様子にはウッとなるのですが、
でも彼らにはかけがえのない大切な場所。

けれど物語ではあえてこの少年を、このぬるま湯から独立させるように進んでいきますね。
ズルズルと「万引き」を正当防衛にしないというところで、一本筋が通りました。

初枝さんは子供に対してはあくまでものどかなおばあちゃん。
しかし実はとんでもなくしたたか。
孤独な独居老人がこんなふうに賑やかに暮らす手もあるわけで・・・。
彼女なら死後どのように扱われてもぜんぜん気にしないだろうなあ・・・と思ったりします。
さすが樹木希林さんの起用が光ります。

そして並の男よりも一層“男気”の安藤サクラさんもかっこよかったー。

“家族”全員の海水浴のシーンも良かったですね。
彼らの最後の幸せの日々。
スイミーの弱くてバラバラな魚たちを一つにまとめていたのは初枝さんなんですね。
彼女の不在が結局はすべてをバラバラに崩してしまうということか・・・。

<シネマフロンティアにて>

「万引き家族」

2018年/日本/120分

監督・脚本:是枝裕和

出演:リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、樹木希林、池松壮亮、城桧吏

 

生活力★★★★★

満足度★★★★★


TEAM NACS 「WARRIOR~唄い続ける侍ロマン」

2018年06月17日 | 舞台

私達の知らない戦国時代

WARRIOR ~唄い続ける侍ロマン [DVD]
森崎博之,安田 顕,戸次重幸,大泉 洋,音尾琢真
アミューズソフトエンタテインメント

* * * * * * * * * *

2012年作品。
原案・演出:森崎博之
脚本:宇田学


今回の公演はTEAM NACSの5人だけでなく他の役者さんも大勢登場します。
そのことで戦いのシーンのアクションも楽しめますし、
さすがに信長と濃の舞のシーンで、濃が女装したナックスの誰かだったとしたら
雰囲気台無しですもんねえ・・・。

ときは戦国時代、およそ信長の桶狭間の戦いから本能寺の変あたりを描きます。
しかし出だしでまず驚かされてしまうのです。
真っ先に家康が殺されてしまいます。
そして敵方に明智光秀がいる。
そうなのです、これは私達の知っている常識的な戦国時代の物語ではなくて、
もしかしたらそんな事もあったかもしれないという奇想天外なストーリー。
しかし、これがしっかりと私達の知っている歴史に帰着するのが面白い。


配役は・・・
織田信長:戸次重幸
   ・・・誰もが恐れる残忍な暴君。しかしその本心は・・・?
柴田勝家:森崎博之
   ・・・不潔だけれども、豪傑。織田家一の忠臣。
羽柴秀吉:音尾琢真
   ・・・調子がよく、主君へのヨイショに余念がない。しかし、腹の中は・・・
明智光秀:大泉洋
   ・・・よんどころない事情で信長に仕えることに。だからこそ、謀反への条件は整っている。
徳川家康:安田顕
   ・・・本物の家康は殺され、そっくりだというだけで、家康の「影」似仕立て上げられた男。
   臆病な彼が、次第に武士の魂を抱くようになっていく。

特に安田顕さんの汗と涙の熱演。感服しました。
秀吉は一見調子が良くてどうということのない役柄に見えて、実は非常に複雑な内面を持っている。
そこを演じきった音尾琢真さんもスバラシイ!

Warriorは、武士とか戦士の意味ですが、
劇中で武士たちが戦いの前に「うぉーりゃー!!」とときの声を上げるのと、掛けてあるわけですね。

<WOWOW視聴にて>
TEAM NACS  WARRIOR~唄い続ける侍ロマン
満足度★★★★☆


無限の住人

2018年06月16日 | 映画(ま行)

マジまんじ???

* * * * * * * * * *


伝説の人斬り万次(木村拓哉)は、妹の命を奪われ生きる意欲を失ったとき、
不思議な老婆により、永遠の命を与えられます。
死にたくとも死ねない体になった万次は永遠の孤独を生きることになりました。
ある時、剣客集団“逸刀流”に両親を殺された少女・凛(杉咲花)が、
万次に仇討ちの助太刀を依頼。
万次は亡き妹の面影にそっくりな凛の用心棒を引き受けます。

・・・というプロローグのシーンのみが唯一ストーリーらしいストーリーで、
あとはもう、ひたすらチャンバラ、切り合いシーンの連続・・・。
やたらに刺激的で残酷。



万次は非常に腕は立つのですが、
敵方も相当の手練であったり、ものすごい人数であったり・・・。
さしもの万次も無傷ではいられません。
しかし身中に埋め込まれた“虫”の働きで、またたくまに傷はふさがって癒えていく。



しかし、切られても切られても死なないチャンバラなんてね・・・、
これってつまらなくありませんか?
血みどろみどろの死闘のシーンで私は眠気を堪えていました・・・。

間違って、公開時に劇場まで見に行かなくてよかった~と、しみじみ思ってしまった。
キムタクはかっこよく撮れてましたよ・・・。
ときめくかどうかは別として。


無限の住人 [DVD]
木村拓哉,杉咲花,福士蒼汰,市原隼人,戸田恵梨香
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント

<WOWOW視聴にて>
「無限の住人」
2017年/日本/140分
監督:三池崇史
原作:沙村広明
出演:木村拓哉、杉咲花、福士蒼汰、市原隼人、戸田恵梨香

満足度★★☆☆☆


「日曜日の人々 サンデー・ピープル」高橋弘希

2018年06月14日 | 本(その他)

陰鬱なストーリーの果てにあるもの

日曜日の人々
高橋 弘希
講談社

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他者に何かを伝えることが救いになるんじゃないかな。
亡くなった従姉から届いた日記。
それをきっかけに、僕はある自助グループに関わるようになった…。
死に惹かれる心に静かに寄り添う、傑作青春小説

* * * * * * * * * *

この内容紹介文には多少異議があります。
「傑作青春小説」。
まあ、確かに青春小説ではありましょうけれど、
こういう言い方をすると、ずいぶん溌剌としたストーリーのような印象をもたせてしまい、
それは違うのではないかと・・・。
実はかなりつらく苦い物語です。


航(わたる)のもとに、亡くなった従姉・奈々が残した日記が届きます。
奈々がある自助グループ・レムに参加していたことを知り、
航もレムと関わることになります。
文章中で、航がどんなに従姉の死がショックで傷ついたかということは一言も出てきません。
けれど、物語を追ううちに、
彼の行動すべてに奈々の死が色濃く影を落としていることがわかってきます。
この表現方法は、村上春樹氏の「風の歌を聴け」によく似ています。


レムに集う人々とは・・・
自殺願望があったり、拒食症であったり、不眠症、盗癖・・・、
どこか壊れたところのある人々なんですね。
ここで自分の思いを言葉にしたり、その話を聞くだけの人も。
けれど中にはやはり自殺してしまう人もいます。
そうした体験談を聞くだけでも辛いのですが、
航の状況でそうしたことを見聞きするのは更に辛い・・・。
レムとの関わりは決して力にはならず、行きていく意味が更に薄れ、
航の進む道も見えなくなっていくのですが・・・。


だけれども、どんな人も本当は生きたいのではないか。
生きたいのに、うまく生きられないから辛いのではないか。
どんな絶望の果にも、生への希求が確かにある。
陰々滅々のストーリーの果に、案外にも光があり、読後感は悪くはありませんでした。
それは、拒食症の少女が最後に垣間見せた「生きる力」のおかげでもありましょう。

図書館蔵書にて
「日曜日の人々 サンデー・ピープル」高橋弘希 講談社
満足度★★★.5

 

 


ロマン・デュリスの偶然の殺し屋

2018年06月13日 | 映画(ら行)

成り行き任せの殺人

* * * * * * * * * *


日本未公開作品。


失業し、いよいよ生活に窮したジャック(ロマン・デュリス)のもとに舞い込んできた殺人の依頼。
闇ポーカーを仕切る大物・ガルドーが、浮気をしている妻を殺すようにと言うのです。
ジャックは気が進まないものの、お金は必要なので引き受けてしまい、
しかしその仕事は思いの外うまく行ってしまった・・・。
気を良くしたガルドーは、また次の仕事を依頼してきます。
また、ジャックの友人・トムが店長を務めているガソリンスタンドで、
ジャックはある人物に殺意を抱きますが・・・。

サスペンス作品ではありますが、
全くの素人なのに意外に簡単に済んでしまう殺人にさほどの緊張感はありません。
ブラックユーモアですね。
しかしまた、普通の倫理観は持っていたはずのジャックなのですが、
次第に殺人に抵抗感が薄れて、やめられなくなっていくようでもある・・・。
ボールが転がっていくように成り行きで犯した殺人。
しかしそれがみな、なんとか成功してしまうという皮肉。
そしてそれがまた病みつきになっていく・・・。
ギャンブル依存の話のようでもありますね・・・。



<WOWOW視聴にて>
「ロマン・デュリスの偶然の殺し屋」
2016年/フランス・ベルギー/100分
監督:パスカル・シュメイユ
出演:ロマン・デュリス、ミシェル・ブラン、アリス・ベレイデイ、ギュスタブ・ケルバン、シャーリー・デュポン

ブラックユーモア度★★★★☆
満足度★★.5