映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

さよならみどりちゃん

2013年11月30日 | 西島秀俊
やっぱりハッピーエンドでは?



* * * * * * * * * *

南Q太コミックの映画化ですね。
それも知らずに観ていたのですが、今それを知ってなんだか納得しましたよ。
ふとしたシーンが、映画なら唐突っぽいところが、
なんだかコミックのひとコマと考えると妙に座りがいい気がするところがあった。
コミックの方も見てみたい感じ。


ストーリーはですね、OLのゆうこ(星野真里)は、
ユタカ(西島秀俊)のことが好きなのですが、
彼は悪びれもせず、みどりという恋人がいると宣言します。
その“みどりちゃん”は、今は沖縄にいるらしい。
というところでも分かる通り、コイツ(ユタカ)は、貞操観念などまるでなく、
女と見れば構わず手を出す調子のいいやつ。
だけど、時折見せる無邪気な表情がゆうこの女心をくすぐると言うか・・・。
「つきあっている」とか、「彼女」だとか、人には紹介してもらえなくても、
ふらっとやってきて共に夜を過ごすだけで十分と、ゆうこは思おうとしていたわけだ。
それで、ユタカにいわれるままにスナックで夜のバイトをはじめたりする。
うーむ、危険だ。
このまま行くと今度はソープか・・・と、危ぶんじゃいました。
まあ、そういう展開じゃなかったのは救いなんだけどね。
相変わらずいい加減なユタカは色々な女と遊んだ挙句、
でもやっぱりゆうこの元へ帰ってくる。
そんなことがうだうだと続いて、
最後についにみどりちゃんがやってきて、ユタカをさらったように思えたのだけれど・・・。
何かを振り切るように、夜を走り抜けるゆうこがいいよねー。
で、一転その後、ハッピーエンドのように思えたけれど・・・
本当の終わりはその後に来る。


でもね、これってやっぱりハッピーエンドのように思う。
え~、そうかな? だって、やっぱり「別れ」じゃない?
つまりね、“みどりちゃん”っていうのは、ユタカにとっては恋人でもなんでもなくて、
つきまとう女性たちに、一定以上の関係を迫られないための歯止めなんだよね。
俺には彼女がいるから、おまえと“恋人”にはなれないよ、
ってことだね。
そう。そうして、ユタカは人に対して「責任」を持つことから逃げているってことだよ。
最後にゆうこのところに帰ってくるといのも、
ゆうこは自分のほんとうの気持ちを隠して、
ユタカに愛の見返りを求めたりしなかったから、というだけのことなんじゃないかな。
あくまでもジコチューで人の気持ちなんかお構いなし。
実際サイテーの野郎でした。
だからさ、こんな男と別れられて、よかった。
ハッピーエンド、ということなんだよ。
うん、なるほどそうだよね。
だから、カラオケで馬鹿騒ぎのエンディングがふさわしい。
星野真里さんが惜しげも無く裸体を晒し、魅力的でした。
西島秀俊さんは・・・、憎まれ役だよねえ。
女たらしのしょうもないヤツと思わせて、実はいいヤツ、
というところを期待してたんだけど、やっぱりダメなヤツでした。
そりゃヤツにちょっと優しい言葉をかけられて、くどかれたら、
どんな女もひとたまりもないわな・・・。
本作、西島さんは適役とは思うけれど、
やっぱり寡黙でストイックなオトコのほうが好きだな~。

さよならみどりちゃん [DVD]
南Q太,渡辺千穂
ハピネット・ピクチャーズ


「さよならみどりちゃん」
2004年/日本/89分
監督:古厩智之
原作:南Q太
出演:星野真里、西島秀俊、松尾敏伸、岩佐真悠子

ゆうこの気持ちの変化度★★★★★
西島秀俊の魅力度★★★☆☆
満足度★★★☆☆

388

2013年11月29日 | 映画(さ行)
見えざる悪意に翻弄され壊れていく男



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高級住宅街アレッタ通り388番地の一軒家。
若い夫婦が幸せそうに暮らしています。
しかし、本作は何者かがこの家を盗み見ているシーンで始まります。

・・・というよりは、全編盗撮・盗聴でできているのがこの作品。
この夫婦、ジェームズとエイミーを外から見張り続けている何者かは、
玄関先に置いてある家の鍵の隠し場所をも盗み見てしまい、
ついに家の中に侵入。
家の何箇所かに隠しカメラを取り付けてしまいます。
そしてある日、妻エイミーが置き手紙を残して姿を消します。

誰も居ないのに突然場違いに明るいメロディーを流し出すパソコン。
また、飼い猫がいつの間にか別の猫にすり替わってしまっている・・・。
何者かの悪意を感じたジェームズは警察に訴えるのですが、
奥さんが家出したくらいでは警察は動いてくれません。
エイミーの姉は妹と連絡をとれないのを不審に思い、ジェームズを疑い始める。
ジェームズは、これを、
昔いじめた友人の仕業と勝手に勘違いをし、
刃物を持って友人宅に押しかけるのですが・・・。



隠しカメラの映像ということで、
私達ははじめからこれが何者かの悪意によるものだということはわかっているのですが、
その正体がわかりません。
誰が何の意図を持ってこんなことをしているのか、
その不気味さが背筋を寒くさせます。
まあ、それにしてもこのジェームズの反応は過剰ではありますね。
昔からいじめをしていたというので、
もともといけ好かないヤツだったのは想像がつきますが・・・。
しかし、“見えざる悪意”に
次第次第に追い詰められていく様子が見事に描かれていたと思います。
職場のパソコンにまで送られてくる不気味なメールや映像。
(何しろ、職場にも隠しカメラが仕組まれている。)
全く仕事も手に付かないようで、
後ろのほうで彼を眺めながらヒソヒソと
困ったもんだと話している上司だか同僚だかの姿があったりするのも、何気なくリアル。



日常生活を何気なく送れるということは、
それだけで幸いなことではありますね。
よくできた不条理サスペンスでした。



388 [DVD]
ランドール・コール,ヴィンチェンゾ・ナタリ
アルバトロス


2011年/カナダ/87分
監督・脚本:ランドール・コール
製作総指揮:ビンチェンゾ・ナタリ
出演:ニック・スタール、ミア・カーシュナー、デボン・サワ、シャーロット・サリバン、クリスタ・ブリッジフ
不気味さ★★★★☆
満足度★★★☆☆

「播磨灘物語1~4」司馬遼太郎

2013年11月27日 | 本(その他)
官兵衛、その人に迫る

新装版 播磨灘物語(1) (講談社文庫)
司馬 遼太郎
講談社
 
新装版 播磨灘物語(2) (講談社文庫)
司馬 遼太郎
講談社

新装版 播磨灘物語(3) (講談社文庫)
司馬 遼太郎
講談社
 
新装版 播磨灘物語(4) (講談社文庫)
司馬 遼太郎
講談社
 

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黒田官兵衛。戦国時代末期の異才。
牢人の子に生まれながらも、二十二歳にして播州・小寺藩の一番家老になる。
だが、「この程度の小天地であくせくして自分は生涯をおわるのか」という倦怠があった。
欲のうすい官兵衛だが、
「広い世界へ出て、才略ひとつで天下いじりがしてみたい」という気持ちは強かった。(1)

官兵衛は信長に新時代が出現しつつあるというまぶしさを感じていた。
「だからこそ織田家をえらんだ」のだ。
信長に拝謁した官兵衛は、「播州のことは秀吉に相談せよ」と言われ秀吉に会う。
秀吉は官兵衛の才を認め、官兵衛も「この男のために何かせねばなるまい」と感じた。
ふたりの濃密な関係が始まった。(2)

官兵衛を信長に取りついでくれた荒木村重が
信長に謀反を起こし毛利についた。
翻意させるべく伊丹を訪れた官兵衛は囚われてしまう。
信長は官兵衛も裏切ったと錯覚し、子の松寿丸を殺せと命じた。
竹中半兵衛の策で救われるが、
官兵衛が牢を出た時は、半兵衛、既に病死。
牢を出てからの官兵衛は身も心も変る。(3)

信長が殺された。
秀吉は「主の仇」光秀を山城山崎で討ち、その二年後には、豊臣政権を確立した。
官兵衛は自分の天下構想を秀吉という素材によって、
たとえ一部でも描きえたことに満足だっただろう。
この戦国の異才が秀吉に隠居を許され、
髪をおろし入道し「如水」と号したのは、四十八歳のときであった。(4)


* * * * * * * * * *


黒田官兵衛の長い物語を読みました。


本作で感じた私の官兵衛象。

才はある。
けれどあくまでも弱小「小寺藩」の一家老という身の上、
早る思いを持て余しどうすることもできないという状況が長かったように見受けられます。
それが秀吉に重宝されるようになったのも、
信長軍が毛利軍と対立する上で、
毛利方の事情通の官兵衛がいると便利だったから・・・ということのようです。
けれど秀吉は官兵衛の頭の良さを十分に知っており、
又それを警戒してもいる。
また逆に、官兵衛もそのことを感じ取っているというあたりで、
あまりにも人の心の機微や先を見通せることが、
逆に彼自身を傷つけているような気もしました。
官兵衛は決して信長や秀吉に心酔してはいません。
もっと高みから見下ろしてすべての状況を見渡しているかのようです。
でも自身で天下を取ろうとはしない。
秀吉の参謀という立場でどこまで自分の考えを試すことができるのか、
そういうことで自分の存在価値を図ろうとしたのでしょう。


毛利側との戦いでみせた兵糧攻めや水攻め。
そして、本能寺で信長が亡くなったあとの秀吉軍の迅速な行動。
リアルで迫力に満ちています。
普通の歴史小説では、
信長亡き後秀吉は大急ぎで毛利方と決着をつけ、引き返して光秀を破った
と、簡単に書いてありますが、
実のところ、このように緊迫して大変な実情があったというのも興味深い。


実はその後の清須会議の実情に触れてあるかと期待していたのですが、
残念ながらそれはありませんでした!


ともあれ、さすが司馬遼太郎氏の作品、
官兵衛を単に歴史上のヒーローではなく
才はありながら生きることに不器用な、
ありのままの人間像を描いてくれたように思います。
読み応えたっぷりの4冊でした。

来年からのNHK大河ドラマではどんな官兵衛像が語られるのでしょう。
とても楽しみです。

「播磨灘物語1~4」司馬遼太郎 講談社文庫
満足度★★★★☆

「風渡る」 葉室麟

2013年11月26日 | 本(その他)
キリシタンとしての官兵衛

風渡る (講談社文庫)
葉室 麟
講談社


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「神の罰より、主君の罰を恐れよ、主君の罰より、臣下、百姓の罰を恐るべし」。
戦国の世で、神の愛のため戦うと誓った黒田官兵衛。
土牢の幽閉から逃れ信長への謀反に暗躍、
秀吉の懐刀となり勇名轟かせた策士でもあった。
「民を貴しとなす」とした稀代の名将の真の姿が、
新直木賞作家による渾身の筆で現代に甦る。


* * * * * * * * * *


吉川英治「黒田如水」についでの黒田官兵衛本です。
司馬遼太郎「播磨灘物語」に行こうと思ったのですが、
長いので、ちょっとためらってしまい、まずはこちらで。
こちらも敬愛する葉室麟さんの著作ですので…。


さてと、「黒田如水」の思い切り感動シーンが、
今作ではそれをあざ笑うような展開となっています。
本作の主人公は黒田官兵衛ともう一人、ジョアン・デ・トルレス。
外国人? 
いいえ、日本人なのですがキリシタンの修道士。
つまりこれは洗礼名。
ただし、この人物は実在ではなく創作上の人物。
日本人とされますが、背が高くほりが深いし目も青みがかった灰色。
ということで何やら謎の出自が伺われます。


黒田官兵衛がキリシタンであったことは知られていますが、
そういえば吉川英治版「黒田如水」の中では
さほど大きく取り上げられていませんでした。
信長の配下の秀吉。
その又配下の官兵衛、ということで
当然信長に絶対服従・崇拝するというのが立場です。
しかし、黒田官兵衛は策士です。
信長がキリシタンを容認したのはヨーロッパとの交易が必要だったため。
ヨーロッパの様々な文化、特に鉄砲や大砲の武器が
日本全国制覇を狙う信長には必要でした。
でも官兵衛はその先行きに危うさを感じ取ります。
自らを「神」と考える不遜な信長を放置しておいて良いのか・・・。
さらに、この思いは竹中半兵衛の秘めた心中とも一致するものでした。
そして、官兵衛の策略に乗せられたのが明智光秀で・・・と、
驚くべき発想の歴史が展開していきます。
おもしろい! 
これまでの葉室作品のように「凛として美しい」お侍さんは登場しませんが、
独自の視点による新しい黒田官兵衛の人物像。
こういうのも有りなんだなあ・・・と、
目から鱗が落ちる思いでした。


まあ、そんなわけで、本作は少し前の私のように
黒田官兵衛についてあまり良く知らない方がいきなり読むべきではないという気がします。
まずは一般的に知られている黒田官兵衛像を知ってから読んだほうが、面白みがわかる。
そういう作品だと思います。
その意味で、私は先に「黒田如水」を読んでおいて正解だったかも。
「如水」すなわち、「水の如し」ですが
もうひとつの意味についても本作で語られていまして、とても興味深いのでした。

「風渡る」葉室麟 講談社文庫
満足度★★★★☆

夢と狂気の王国

2013年11月25日 | 映画(や行)
ジブリアニメの秘密



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「エンディング・ノート」の砂田麻美監督による、
スタジオジブリの内幕に迫るドキュメンタリーです。
折しもジブリでは、宮崎駿監督による「風立ちぬ」と、
高畑勲監督による「かぐや姫の物語」の制作が進行中。
作品は約一年、
砂田監督自身がカメラを抱え、
スタジオジブリの宮崎監督のもとに通いつめて撮った映像がまとめられています。


「夢と狂気の王国」とはよく言ったものです。
ジブリアニメはよく「夢がある」といわれますが、
アニメの制作は全く地味で果てしない作業の繰り返し。
夢どころではない、というのが製作者の本音かもしれません。
しかもただストーリーを考えて描けばいいというわけではない。
スケジュールや予算のこと。PRのこと。雑誌掲載やグッズなどの契約のこと。
ありとあらゆる仕事が付随するわけですが、
そういうところを掌握しているのがプロデューサーの鈴木敏夫さん。
この方も、ジブリアニメの制作会見などですっかりおなじみですけれど。
アニメの内容は夢。
しかしそれを実現する現場は修羅場と化し、ほとんど狂気である、
とそう言いたいのでしょう。
(いえ、でも本作中ではジブリ内がさほどの修羅場と化しているわけではありません。)
スタッフの皆さん、とにかくアニメが好きなんだろうなあ・・・と思います。
うんざりして嫌になることもあるでしょうけれど、
好きな事を仕事にできるというのはちょっぴりウラヤマシイ・・・。



本作のポスターに三人が並んで移っていますが、
高畑勲氏と宮崎駿氏が出会ってから50年。
この二人と鈴木敏夫氏が出会ってからは30数年といいます。
3人はアニメを通して、ずっと仕事でつながってきた。
ただ仲が良いというのではなく、時にはぶつかり合い、疎ましく、
そしてライバルでもある。
なんとも微妙な愛憎の感情が伺えるのです。
じっくりと通いつめ、本音を引き出した砂田監督の成果であるのかもしれません。
おじさまたちも、可愛らしい女性には弱いようで・・・


当初、「風立ちぬ」と「かぐや姫の物語」は同時公開の予定だったのですね。
そういえば、制作発表は同時だったような・・・。
しかし、「かぐや」の方は遅れに遅れて、公開はこの11月23日です。
鈴木氏がおっしゃるには、
宮崎さんは、とにかく締め切りに合わせようとしてくれる。
けれども高畑さんは、そんなことはお構いなしだ、と。
二人の巨匠をその気にされる技をきっと鈴木氏はお持ちなのでしょう。
長い付き合いだからこその阿吽の呼吸、と言いたいところですが、
そこがまたうまく咬み合わないというところも含めて、
人と人との関係というのには興味が尽きませんね・・・。



宮崎氏の監督引退会見の直前、砂田監督が窓辺に呼び寄せられます。
窓から見えるのはビルの町並み。
宮崎駿監督はこの光景から、
色々なアニメ作品のなかで主人公たちが、高所をものともぜず、
駆け抜けたりよじ登ったりするシーンを思い浮かべるのです。
すると、このよくあるビルの町並みも、ずーっとむこうまで駆け抜けていけそうな気がしてくる。
こういうイマジネーションが、宮崎監督のアニメの元なんだなあ
・・・と、納得しました。
確かに、私がジブリアニメで好きなのは、
そういう実現不可能にデフォルメされた主人公たちのバイタリティあふれる映像なのです。
これぞアニメ。
こういうことを忘れてアニメを作ってはいけません。



それから私はジブリに住みついている猫、ウシコのファンになってしまいました。
なぜウシコ? 
それはこの猫ちゃんの模様を見ればどなたも納得します。
のんびり外のテーブルの上でお昼寝中のウシコに、
「いいなあ、ストレスなんてほんの少しもないんだろうなあ・・・」
とつぶやく宮崎監督。
確かに、そういうのを見ると私も猫になりたい!!


それから、劇場でこんなものを頂きました!

「かぐや姫の物語プロローグ」。
なんと、ブルーレイとDVDが両方入っています。
それが「かぐやひめ」の予告編と全く同じなので、
なーんだと一瞬思ってしまいましたが、
でも、実はその予告編よりもっと長いのです。
やっぱりお得な特典映像でした!

「夢と狂気の王国」
2013年/日本/118分
監督・脚本・撮影:砂田麻美
出演:宮崎駿、高畑勲、鈴木敏夫、庵野秀明、宮崎吾朗
夢と狂気度★★★★☆
満足度★★★★☆

あの日あの時愛の記憶

2013年11月23日 | 映画(あ行)
ぎりぎりのところで燃え立つ愛



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1944年ポーランド。
特に意識したわけではないのですが、同じ時期のポーランドの話が続いています。
ポーランドは二次大戦時、最も受難の大きかった国といえるかもしれません。
描いても描ききれなほどの、数多くのドラマが実際に繰り広げられたのでしょう。

さて、本作、
強制収容所で出会ったハンナとトマシュは恋に落ち、
命がけで収容所を脱出しました。
その後戦争の困難の中で離れ離れになった二人。





それから32年を経て1976年。
ハンナは夫と娘とともにニューヨークで幸せな生活を送っています。
そんな時、ふと観たTVにトマシュが写っているではありませんか。
一度は死んだと聞かされ諦めていたのですが、
ハンナはなんとか彼の居所を探し出して連絡を取ろうとします。



これは実際にあったことの映画化。
映画は、ニューヨークのハンナがトマシュの生存を知り、
心を千々に乱しながら30年前のことを回想していく形で進行してきます。
ユダヤ人として迫害されるハンナ。
国土をドイツとソ連に奪われたトマシュ。
こうした題材は多いのですが、
本作はそれに加えてぎりぎりのところで燃え立つ男女の愛の姿を描いているのが美しいです。
そんななかでも、ユダヤ人の嫁などとんでもないと考える
トマシュの母とハンナの反目がチクリと胸に刺さります。
どんな時代でもどんな状況でも、
人の心のありようは変わらず、美しくもあるけれど醜くもある。
ハンナにとって、実はトマシュとの愛よりもご主人との生活のほうが長かったはず。
でも失った愛のほうが大きく見えるものなのかもしれません。
トマシュがハンナの命を救ったことは事実ですし。
トマシュが共産圏で暮らしていることがまた、
お互いの消息を確かめにくくしていたのかもしれません。
お互いの胸の底で、思いはくすぶったまま封印されてきた・・・。



ラストシーンが心憎いですね。
その後の二人はどうするのか。
熱い抱擁をするのか、単に熱い思いを込めた握手なのか。
それは私達の心に委ねられます。
私なら、幽体離脱(?)した2人の若き日の魂が舞い上がって
手に手をとって浮遊するシーンを付け加えたい。
残された抜け殻の二人の肉体は、
それぞれの家へ帰って淡々とうんと長生きするのであった。
(なんじゃ、そりゃ?)



「あの日あの時愛の記憶」
2011年/ドイツ/111分
監督:アンナ・ジャスティス
出演:アリス・ドワイヤー、マテウス・ダミエッキ、ダグマー・マンツェル、レヒ・マンキェビッチュ、スザンヌ・ロタール
歴史の影のロマンス★★★★★
満足度★★★★☆

ウェイバック/脱出6500km

2013年11月22日 | 映画(あ行)
地球を歩く



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スラボミール・ラウィッツの手記
「脱出記シベリアからインドまで歩いた男たち」をもとにした作品です。


1940年、ポーランド軍人のヤヌシュ(ジム・スタージェス)は、
スパイ容疑でソ連当局に逮捕され、シベリアの強制収容所に収監されます。
当時のポーランドはナチスドイツとソ連に分割統治されるという悲惨な状況だったわけですが、
ちょうど先日「ソハの地下水道」で、
ドイツに支配されたポーランドのユダヤ人の受難を観たばかりでした。


さて、酷寒のシベリアで、あまりにも過酷な労働と粗末な食事に耐えかねたヤヌシュは、
自由を求めて、仲間と脱出を図ります。
しかし、収容所を出られればそれでいいというわけではない。
そこは果てしもない厳寒の地であり、
万が一地元の農民に見つかりでもしたら、
賞金のかかった彼らはたちまちとらえられてしまう。
かろうじて蓄えておいた食料も全く不十分だ。
でも彼らは、生きるために南を目指し国外脱出を測ります。
シベリア~モンゴル~中国~チベット、そしてインドまで6500km。
当初はモンゴルを目指していたのですが、
モンゴルは既に共産圏と化していて、
いっそインドまで行こうということになったのです。



ブリザードの吹きすさぶ酷寒の地。
モンゴルの大平原。
灼熱のゴビ砂漠。
そしてヒマラヤ山脈。
本作はナショナルジオグラフィック協会協賛の映像ということで、
人が歩むのにはあまりにも過酷だけれども、
素晴らしく美しく広大。
人のちっぽけさを感じないではいられない、すばらしい光景でした。
しかし、そのちっぽけな人間が、
強い意志の力で偉大なことをやり遂げるものなのです。
これまでに同様の作品をいくつか見てきました。

オーストラリアのアボリジニの子どもたちが歩む「裸足の1500マイル」

英国人と中国の孤児たちが歩む「チルドレン・オブ・ホアンシー」

日本と韓国の青年が歩む「マイウェイ12000キロの真実」

どれも実話にもとづいていて、生きるために止むに止まれず歩き続ける。
どんな偉大なことも一歩一歩から。
諦めずに地道に。
強い心と希望を持って。

そういうことを如実に指し示してくれますねえ。
まさに感動のストーリーなのでした。



今作は、ひたすら歩き続けるだけというこんな地味な作品ながら、
豪華キャストです。
エド・ハリスにコリン・ファレル。
そして紅一点はシアーシャ・ローナン。
彼女は途中から彼らの旅に加わりますが、
彼女が加わったおかげでむさ苦しい男旅に変化が起こります。
彼らは、ひげなど伸び放題だったのに、急にひげを剃り始めたり、
これまで互いの身の上話をしたこともないのに、
彼女は一人ひとりと上手に話をして、
それぞれの身の上のことを他の人に教えてあげたりします。
まさに花が添えられたような・・・。
けれどもこの旅は女性にはあまりにも過酷なものでした・・・。
もしかしたら彼女の存在自体が蜃気楼か夢の様なものだったのかも・・・。
これも、劇場の巨大画面で見たかったですねえ・・・。



ウェイバック -脱出6500km- [DVD]
ジム・スタージェス,エド・ハリス,シアーシャ・ローナン,コリン・ファレル,マーク・ストロング
Happinet(SB)(D)


「ウェイバック/脱出6500km」

2011年/アメリカ・アラブ首長国連邦・ポーランド/134分
監督:ピーター・ウィアー
出演:ジム・スタージェス、エド・ハリス、シアーシャ・ローナン、コリン・ファレル、マーク・ストロング


自然描写★★★★★
男たちの友情★★★★☆
満足度★★★★★


「極北ラプソディ」海堂尊

2013年11月21日 | 本(その他)
究極の救命救急医療

極北ラプソディ (朝日文庫)
海堂 尊
朝日新聞出版


* * * * * * * * * *

財政破綻した極北市の市民病院。
再建を図る新院長・世良は、人員削減や救急診療の委託を断行、
非常勤医の今中に"将軍"速水が仕切る雪見市の救命救急センターへの出向を指示する。
崩壊寸前の地域医療はドクターヘリで救えるか?
医療格差を描く問題作。


* * * * * * * * * *

極北クレイマーの続編。
私は、海堂作品が好きな割には、すべて文庫化を待ってから読んでいるのでした。
海堂先生、ごめんなさいm(_ _)m


先日映画版「ジェネラル・ルージュの凱旋」を観たところで、
本作というのは非常にタイミンがよろしかった。
というのも、そちらのラストシーンでは、
速水医師が極北市に旅立つところでしたから。
本作ではその速水医師が、極北救命救急センターの副センター長となり、
相変わらず彼独自の強引なやり方で、救急医療を切り回しています。


私は、速水医師はてっきりこの地へ共に来た花房さんと一緒になっているものと思っていたのですが、
そうではなかったのですねー。
相変わらず、共に優秀で信頼出来る医師と看護師のまま。
しかし、私のこの疑問符には本作の中にちゃんと答えがあるのでした。
そ、そうだったのか・・・。


とは言え、本作の主人公は前作「クレイマー」と同じ、
若き医師今中です。
彼はすっかり規模を縮小した極北市民病院で、
世良院長とともに患者の治療にあたっている。
そんな彼が、救命救急センターへレンタル移譲され、
速水医師のやり方を目撃するという筋になっております。


念願のドクターヘリを導入し、
地域の救命救急を一手に引き受けているこのセンター。
それは速水医師が以前から描いていた医療組織の実現の場だったのです。
計画的な人員配置とローテーションで、
医師や看護師はきちんと休暇を採ることができる。
そしてこのセンターは来るものを拒まない。
作品では地域医療のあり方を俯瞰的に解いていきます。
医師の不足を嘆いたり、無医村で奮闘する医師を描いたりする作品は多くありますが、
こんなふうに、医療行政という国の根本からそれを考えていくものはあまりないように思います。
ドクターヘリの守備範囲から逆に行政区を作り上げていくというような、
目からうろこの構想も語られ、
意義ある一作となっています。


しかし、そういう難しい話に終始しないところが海棠作品のいいところ。
スペクタクルシーンやロマンス、居酒屋での飲み比べなど、
楽しめるところも満載。
満足、満足。

「極北ラプソディ」海堂尊 朝日文庫
満足度★★★★★

清須会議

2013年11月19日 | 映画(か行)
これは合戦だ



* * * * * * * * * *

待望の三谷幸喜監督作品。
織田信長亡き後、柴田勝家、羽柴秀吉らが、合議によって織田家の後継者を決めます。
しかし、双方下心丸出し。
互いの推薦する後継者に賛同を得るため、様々な裏工作が飛び交います。



愚直で単純な大男、柴田勝家に役所広司。
野心いっぱいで人を丸め込む才のある秀吉に大泉洋。
なるほど、本作を見るに、ピッタリのキャスティングでした。
大泉洋さんについては、北海道に住む私達はつい身びいきで
過大評価してしまうのですが、道外の皆様はいかがでしたでしょうか?
一見ひょうきんでおちゃらけて見えながら、胸の奥底に秘めた天下取りへの熱い思い。
こういうところの切り替えになかなか凄みを感じました。



どっちつかずで様子を見ているのがまるわかりの池田恒興(佐藤浩市)や、
おバカまるだしの織田信雄(妻夫木聡)も、見ものです。

キャスティングはできるだけ歴史上の本人に似ている人を選んだということで、
織田信長(篠井英介)、そういえば歴史の教科書で観た信長像によく似ています。
それで、織田家の血を引く男たちは皆鼻筋がスッと通っている。
あえてそのように特殊メイクしたそうで。
ただし、伊勢谷友介さんだけはそのままだそうです!


原作の方も読んだのですが、
もちろん監督本人の著作ですので、内容もそのまま。
一つ大きく違っていたのは、開催日を待つ間に行われたアトラクション。
本ではイノシシ狩りでしたが、映画では旗取り合戦となっていました。
まあ確かに、流血沙汰のない本作中で、
猪とはいえ生臭い血のシーンが有るのはちょっと違和感があるかもしれません。
ここはあくまでも他愛なく、旗取り競争で、
ということなのでしょう。


名古屋弁丸出しの農民出の秀吉と妻の寧。
飾るところがなくて、庶民としてはやっぱり好感が持てるなあ・・・。
超現代語訳であるとしても、なんだかホッとしますよね。
しかし、その彼がよくぞまあ、天下を取るところまで上り詰めたものです。



しかしこんなコメディタッチの中でも、
女達の心中に秘めた恨み、これが薄ら寒いです。
お市の方はもちろん、明るいキャピキャピキャラのはずの剛力彩芽さんですらも・・・。
あの、おはぐろがまた、薄気味悪さを増長してますけどね。
女も又、刀のない戦をしている。



「ステキな金縛り」の更科六兵衛(西田敏行)さん、特別出演。
お見逃しなく。


「清須会議」
2013年/日本/138分
監督:三谷幸喜
出演:役所広司、大泉洋、小日向文世、佐藤浩市、鈴木京香

歴史の裏側度★★★★☆
満足度★★★★★

ジェネラル・ルージュの凱旋

2013年11月18日 | 映画(さ行)
チュッパチャプスを舐めつつある“凄み”



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そういえば、前作「チーム・バチスタの栄光」は観たのに、
こちらを観ていませんでした。
でも、ストーリーとしては、
海堂尊作品中、私はこれが一番好きかもしれません。
何よりも救命救急センターという場が劇的ですし、
速水医師がまた、魅力的です。
そしてまた、ミーハー根性丸出しですが、
近頃人気急上昇の堺雅人さんを見たかった、というわけででもあります。



東城大学医学部附属病院の不定愁訴外来(通称グチ外来)医師・田口(竹内結子)は、
救命救急センター部長速水(堺雅人)が、
業者と癒着し収賄を得ているという告発文を受け取ります。
速水は院内でジェネラル・ルージュ(血まみれ将軍)と呼ばれるすご腕医師ですが、
その強引なやり方に反発するものも多いのです。
院長の依頼を受け、この疑惑の真相を探る事になった田口。
その矢先、医療メーカー支店長が自殺。
また、厚生労働省の白鳥が、
田口の受けた告発分と同じ内容の文書を持ってやってくるのですが・・・。



いつもぼんやりの田口と、上から目線のツッコミ型白鳥。
この二人のやり取りが楽しいのは、前作同様。
でも今作で光っているのは、やはり堺雅人さん演じる速水の人物像です。
いつもチュッパチャプスを頬張り、人を食ったような笑み。
しかし、医師としての信念をもち、
そのためには多少の汚濁をも飲み込んでしまう大胆不敵さをも持つ。
けっして「やられたらやり返す」とは言いませんが、
半沢直樹やリーガル・ハイで見る人物とは
又別の凄みが感じられます。
そのお陰で本作全体の印象もグンとレベルアップして感じられます。
告発文を書いたのは誰かという謎に加えて、
支店長の死の真相、ラストの洒落たオチ、
そしてジェネラル・ルージュの真の意味。
色々なところで楽しめて、お得な一作でもあります。



さて、ミーハー根性ということなら、
TVドラマ版のジェネラル・ルージュを観ていないのが私としては片手落ち。
これまでTVドラマレンタルはあまりしたことがないのですが、
是非見なくては・・・! 
こちらは確か田口は原作に準じて男性ですね。
竹内結子さんも捨てがたいですけれど。



ジェネラル・ルージュの凱旋 [DVD]
竹内結子,阿部寛,堺雅人,羽田美智子,山本太郎
TCエンタテインメント


「ジェネラル・ルージュの凱旋」
2009年/日本/123分
監督:中村義洋
原作;海堂尊
出演:竹内結子、阿部寛、堺雅人、羽田美智子、山本太郎

キャラクター多彩度★★★★★
医療問題提起度★★★☆☆
満足度★★★★☆

ルックアウト/見張り

2013年11月17日 | 映画(ら行)
実は、周りの人達に助けられている



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私が利用しているネットのDVDレンタルは、
予約を随分たくさんしておけるので、
時々どういうわけでこの作品を見ようと思ったのか、覚えていないことがあります。
本作もそんな作品のうちの一つなのですが、
見てすぐに解りました。
ジョセフ・ゴードン=レビットを見たかったようです。
2007年作品なので、
今ほどはまだ売れていない頃でしょうか。



運転中に事故を起こし、恋人や友人を失ってしまった青年クリス。
彼自身も事故の後遺症で記憶障害を抱えています。
昼は自立支援センターに通い、
夜は銀行の掃除員として働く、冴えない毎日の繰り返し。
彼はかつてアイスホッケーの花形選手でもあったのですが・・・。
ある日、バーでゲイリーという男が近づいてきます。
気さくな彼の話に惹かれ付き合い始めますが、
実は彼は銀行を狙う窃盗グループの一員。
クリスを利用して彼の務める銀行を襲おうとしていたのです。


銀行から大金を奪うことの成否よりも、
クリスがそのことにどう対応していくのか、
そのことに緊張感を持ちながら見ました。
自分の将来も見えず、人から同情されるだけで何もできない。
そんな自分に苛立っている彼は
「金は最大の力だ」
というゲイリーの言葉に乗ってしまいます。
けれども計画が着々と進んでいる最中に、
同居の盲目の友人や他の人達が
そっと自分を見守ってくれていることに気が付きはじめます。


さあ、どうするんだ、クリス!!


冴えない青年の日常を綴る物語かと思えば、
ラストに近づくにしたがって、
緊張感を持ったサスペンスへと変貌していきます。
友人を人質にとられたクリスの策、これが見事。
はじめの方の無気力な情けない青年が、
徐々に変貌していく様が小気味よい。



意外と拾い物の作品でした!


「ルックアウト/見張り」
2007年/アメリカ/99分
監督:スコット・フランク
出演;ジョセフ・ゴードン=レビット、ジェフ・ダニエルズ、マシュー・グード、ブルース・マッギル、アイラ・フィッシャー

青年の成長度★★★★★
満足度★★★★☆

「ぼくのともだち~Maru in Michigan~」ジョンソン祥子 

2013年11月15日 | 本(その他)
なんか変なのが来ちゃったよ・・・

ぼくのともだち ~Maru in Michigan~
ジョンソン 祥子
新潮社


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柴犬マルと一茶くん。
はじめましての瞬間から、かけがえのない存在になるまでの日々を綴った、
ほっこりフォトエッセイ。


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「ことばはいらない」につぐ、
柴犬マルと一茶くんのフォトエッセイです。


近頃ブログをいつも拝見しているので、
この本は買わなくてもいいか・・・と思っていたのですが、
本屋の店頭にあるのをみて、やはり手が出てしまいました。
本作は、ミシガン州で暮らす著者とご主人、
そして愛犬のマルのもとにやってきた赤ちゃん、一茶くんが
一歳の誕生日を迎えるまでを綴っています。


この方の撮る写真もステキなのですが、
添えてある文章も又愛情にあふれ、ユーモアに富んでいていいのですよね。
こんな小さな赤ちゃんと犬を一緒にしておいて大丈夫なのかと、
犬と暮らしたことのある私でもふと思うのですが、
そこはやはり、ただ漫然と一緒にしたわけではないのです。
赤ちゃんが生まれる前から、
赤ん坊の鳴き声のCDを聞かせたり、人形を抱いてみせたりと、
訓練を重ねていたそう。
その頃のブログなどを拝見すると、
赤ちゃんが生まれても、絶対マルも変わらずに可愛がる!
という決意が見えるところがあったりして、
本当に、3人家族にもう一人の家族を迎えるのと同じなんですね。


赤ちゃんを見て、「なんか変なのが来ちゃったよ・・・・・」と、
首を傾げるマルが、なんとも愛らしい。
それから、私が好きなのは、
マルのひげや耳をいじり放題、引っ張り放題の一茶くんに、
迷惑そうな顔をしながら、ただ耐えているマル。
よく怒らずに我慢してますね。
えらい!! 
この困った顔のマルちゃんが大好きです。


全く頼りなげな赤ちゃんが、どんどん大きくなって、
寝返りを打って、おすわりをして、
ハイハイをして、立ち上がり歩き始める。
そんなこの一年。
どこかで犬と人の脳の発達段階が逆転していくのですね。

「成長ってうれしいけれど、どこか寂しいね。」

という著者の気持ちが胸にしみます。


ミシガンの風景は、我が北海道によく似ています。
つかの間の夏と長い冬。
広い野原を駆け回って、たくましく育てよ少年。
幸せに一生をまっとうせよ、マル。

「ぼくのともだち~Maru in Michigan~」ジョンソン祥子 新潮社
満足度★★★★★

ソハの地下水道

2013年11月14日 | 映画(さ行)
ユダヤ人を守り通した男



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1943年 ナチス占領下のポーランド。
ソハは窃盗を副業としながら、迷路のように入り組んだ地下水道で働いています。
ある日、ゲットーからトンネルを掘って逃れてきたユダヤ人を見つけます。
始めはお金目当てで彼らを匿ったソハですが、
次第にユダヤ人たちと心を通い合わせ、
自身の身の危険も省みず、彼らを守ろうとしていきます。


これは14ヶ月もの間、地下水道に隠れ住んだユダヤ人たちの実話を映画化したもの。
生と死が紙一重のこの時代、この環境下で、
それでも生き抜こうとする人々の心の強さが胸を打ちます。
地下水道と言うと聞こえが良すぎる。
つまりは下水道です。
真っ暗でジメジメしていて、ネズミが駆けまわる不衛生な場所。
私ならやっぱり収容所で死ぬほうがマシ、と思うかもしれません。
けれども彼らはまだ、人間性を保って生きていくことができる。
収容所のシーンがほんの少しありましたが、
そこでは帽子を失くしただけで撃ち殺され、犬のよう這いつくばって歩かされたりする。
人の尊厳までを奪うナチスにとらわれて生き長らえるよりは・・・
という気持ちも、もっともではあります。


でも生きていくためには水や食料が必要です。
誰かの援助なしではとうてい続けることはできません。
始めは欲得づくのソハでしたが、
彼なしでは生きられないユダヤ人達に次第に責任のようなものを感じ始めるのですね。
それはユダヤ人一人ひとりを“知る”事によってもたらされます。
しだいにソハにとってユダヤ人たちは家族のようなものになっていくのでしょう。
ソハの奥さんも夫の行為が外部に漏れれば死しかないので、反対をするのですが、
根が善良な人なので、反対もしきれません。
直接ユダヤ人に恨みも敵意もあるわけでなし。
国が勝手に作り上げた“差別”がまやかしであることを、
庶民のほうがよくわかっている。



ホロコーストがもたらすドラマは、
いつも私達に静粛な思いをもたらします。
本作、はじめは英語を用いるという企画だったのだそうですが、
監督の希望で現地の言葉となったそうです。
確かに、これを英語でやられると妙に薄っぺらくなってしまう気がしますね。
まあ、どちらにしても字幕の私達はさして気になりませんが、
地元の人々の心意気は地元の言葉で・・・。
そうだ、「あまちゃん」も方言を使いまくりだったからこその魅力でもありましたね。

ソハの地下水道 [DVD]
ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ,ベンノ・フユルマン,アグニェシュカ・グロホフスカ
東宝


「ソハの地下水道」
2011年/ドイツ・ポーランド/145分
監督アニエスカ・ホランド
出演:ロベルト・ビェンツキェビチ、ベンノ・フユルマン、アグニェシュカ・グロホウスカ、マリア・シュラーダー
歴史の重さ★★★★★
満足度★★★★★

ヒッチコック

2013年11月13日 | 映画(は行)
ヒッチコック監督の真実



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あまり映画に詳しくない方でも、おそらく誰もが知っている、
アルフレッド・ヒッチコック監督。
本作はその彼の成功を描く伝記というわけではなく、
彼の最大ヒット作である「サイコ」製作秘話という筋立てになっています。



時は1960年。
既に、彼は様々なヒット作を世に送り出していて、絶大な人気を得ていたのですが、
アカデミー賞受賞には至っていないのです。
そろそろ落ち目なのでは・・・という世間の雰囲気もある、そんな時。
彼は実在の殺人鬼をモデルにした「サイコ」の製作を企画するのですが、
あまりにも斬新と言うか猟奇的なため、資金が集まらず、
ついに私財を投じて映画製作にとりかかります。
その頃のヒッチコック監督を描いています。



本作は、ただ映画に打ち込む偉大な人物という描き方はしていません。
彼の倒錯性や嫉妬深さ、コンプレックス・・・
そういう部分を容赦なく描き出します。
とくに、何やら妻との関係に緊張感をはらんでいくのですが、
そのあたりが、何か事件にでも発展するのではないかと思わせるほど。
さすがヒッチコックを描く作品だけあって、このあたりの表現が上手い!
ヒッチコックはどう見ても過食でアルコール摂取過多。
それはストレスから来ていることも十分見て取れますが、
これではいかにも体に悪い・・・。
メタボも当然だし、生活習慣病へまっしぐらですね。
ヒッチコック監督独特の太っちょのシルエット。
それは一見ユーモラスではありますが、
実はこのようにストレスを抱え込んだ証でもあったわけなんですねえ・・・。



シャワーシーンで有名な女優ジャネット・リーはスカーレットヨハンソンが演じていますが、
女性はほんとに化粧で変わりますね。
まさにあの時代の、「女優」になりきっています。
化粧、髪型、ファッション、心なしか体型まで当時風のように思えるのです。
こういう役、やっていて楽しかったのではないかな、と想像します。

 

2012年/アメリカ/99分
監督:サーシャ・ガバシ
出演:アンソニー・ホプキンス、ヘレン・ミレン、スカーレット・ヨハンソン、トニ・コレット、ダニー・ヒューストン

人物の掘り下げ度★★★★☆
満足度★★★☆☆

「光」三浦しをん 

2013年11月11日 | 本(その他)
暴力は帰ってくる

光 (集英社文庫)
三浦 しをん
集英社



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島で暮らす中学生の信之は、同級生の美花と付き合っている。
ある日、島を大災害が襲い、
信之と美花、幼なじみの輔、そして数人の大人だけが生き残る。
島での最後の夜、信之は美花を守るため、ある罪を犯し、それは二人だけの秘密になった。
それから二十年。
妻子とともに暮らしている信之の前に輔が現れ、過去の事件の真相を仄めかす。
信之は、美花を再び守ろうとするが―。
渾身の長編小説。


* * * * * * * * * *

三浦しをん作品ですが、いつものちょっとコメディタッチを想像すると足元をすくわれます。
人の心の深淵をのぞかせる、重いストーリー。
この文庫の解説が吉田篤弘氏で、彼が完璧な読み取りをしているので、
私などのこんな駄文よりも
「是非そちらをお読みください」で、終わらせてしまいたいくらいです!


冒頭の島を津波が襲うシーンは、あの2011年3月の津波でヒントを得たのかと思ってしまいましたが、
本作の初出は2006年なんですね。
すばらしい作者のイマジネーション。
けれどここでは津波の恐ろしさを言いたいわけではなく、
こうして帰るころを失ってしまった信之たちの境遇を際だたせるため。


本作のテーマは、巻末にある
「暴力はやってくるのではなく、帰ってくるのだ。
自らを生み出した場所―――日常の中へ。」

という一文に現れています。
本作中にはその「暴力」シーンがいくつかあります。

輔(たすく)が父親から受けた虐待。
美花が山中から受けた暴行。
信之の殺人。
そしてまた、信之の妻が娘にした仕打ち。


信之は先には
「罪の有無や原動の善悪に関係なく、暴力は必ず降りかかる。
それに対向する手段は暴力しかない」と思っています。
しかしその対向する手段であったはずの暴力でも、
やがては帰ってくる。
日常的なもの、瞬発的なもの、場面はそれぞれですが、
どのような状況のものであれ、これらはいつかまた自分の身へ帰ってくるのだ・・・と。
それは時には理不尽ですらもあるのですが・・・。


さて、そうするとこの題名「光」は
なにを指すのだろうかと思うのです。
こんな荒みきった身の回りで、それでも差し込む光はあるのだろうか、
最後にはなにか希望が彼らの上にもたらされるのか
・・・と、期待しつつ読み進んだのですが、
そうではありませんでした。
最終行に
「美浜島は白い光に包まれ、やがて水平線の彼方へ消えた。」
とあるだけです。
吉田氏はこの「光」は「神」であると説いています。
たとえ人は知らなくても、神はそれを知っている。
言い換えればそれは自己の「罪の意識」なのかも知れないけれど、
それがあるからこそ人はつながりあえるのかもしれません。


ところで、三浦しをん作品で好きなのは男二人の関係性です。
いろいろな作品で主人公と準主人公二人の会話がなんともしびれるのですが、
本作では信之と輔。
この場合はあくまでも輔の一方通行に近い。
それもかなり倒錯し嗜虐的でもあるんですね。
20年ぶりに二人が会うシーンは信之の視線と輔の視線、双方の記述がありますが、
やはり輔の語りのほうがしびれます。

「光」三浦しをん 集英社文庫
満足度★★★★☆