最後の一球 (講談社ノベルス)島田 荘司講談社このアイテムの詳細を見る |
あるビルの屋上で火災が発生します。
普段全く火の気のないところ。
屋上には小さな小屋があるだけで、事故当時、人もいなかった。
なので、もちろんそこに焼死体があったりもしません。
一体なぜ、こんなところで火災が発生したのか。
これがこの本で語られる表面上の唯一つの事件であり、謎です。
この本では、この事件が冒頭の方で語られた後、
1人の男性の半生が語られます。
竹谷は、貧しい家に育ちました。
唯一得意なのは野球で、プロ野球選手になるのが少年時代からの夢。
父は借金の連帯保証人として多大な債務を負い自殺。
苦しい生活をしながら、自分を育ててくれた母に何とか楽をさせてあげたい。
その一心で、人の何倍も練習を重ねてきた。
しかし、いくら努力しても報われないことというものは
往々にしてあるものです。
紆余曲折のすえ、
契約金もなしという待遇で何とかプロ野球に入団することはできたものの、
やはり、さしたる成績も上げられない。
ピッチャーです。
一軍にいられたのはほんの数日間。
一方彼と同じ年で、やはり野球人生を歩んでいる武智。
彼は高校野球ですでに花形選手。
ドラフト会議もマスコミの注目を浴び、
プロ入団後も、期待にそぐわず大活躍。
竹谷は、ノンプロの野球試合で一度彼と対戦しているのですが、
そのときの興奮が忘れられない。
彼から見ても武智はオーラをまとった天才打者で、憧れの的。
いつか、もういちど、対戦してみたいと思ったものの、
二人は同じ球団に入団するのです。
竹谷の二軍生活2年目。
彼は武智のバッティング投手となります。
これは投手としては屈辱的地位なのかも知れませんが、
竹谷はけっして腐らず、
武智のためになるのならと、いっそう努力を惜しまず、自分の役割を務める。
また、ここで二人は深い友情の絆を築いていくことになります。
なんとも、地道で実直。
今時こんな話があるのかと思うくらいの、
単に一介の野球投手の話なのですが、胸にズシンと応えます。
確かに、世のほとんどの人がこんなふうに、
頂上に立たないままに、人生を過ごしているのですよね。
でも、それは決して価値がないという意味ではない。
竹谷が野球に見切りをつけ、別の人生に踏み出そうとするとき、
最後の1球を投げる必要が生じます。
これまでの野球人生はこの一球のためにあったのだ、
そう思える、渾身の1球。
なるほど、ここまで長々と彼の半生を語ってきたのは、
この一瞬のためだったのかと、わかります。
島田作品としてはかなり地味な部類なのですが、感動作です。
島田氏も、「代表作の一つといいたいくらい、好きな作品」と語っています。
新本格ミステリの、血みどろ・バラバラ死体が苦手な方には、これはおススメ。
何しろ、殺人事件は起きませんので、ご安心を!
野球好きの方も、ぜひ。
満足度★★★★☆