映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

トスカーナの幸せレシピ

2024年09月21日 | 映画(た行)

適量

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三つ星シェフとして知られるアルトゥーロは、仲間とのトラブルで傷害事件を起こし、
更生のため社会奉仕としてアスペルガー症候群の若者たちに
料理を教えることになりました。

生徒の中に絶対味覚を持つ青年・グイドがいて、
若手料理人コンテストの出場を決めます。

渋々ながら、アルトゥーロがコンテスト会場に付き添いで向かうことになりました。
グイドにとっては初めての旅行です。
ところがその時、アルトゥーロに大きなチャンスとなる仕事が舞い込み、
グイドの元を離れなければならなくなるのですが・・・。

アスペルガー症候群のことなど何も知らないアルトゥーロは、始め戸惑ってばかり。
皆いかにも変わっていて、それぞれのこだわりがあって、
どう接して良いのかも分りません。
特にグイドは並外れた味覚の持ち主ではありますが、
人に触れられるのを極端に嫌います。
でもアルトゥーロは、彼らには特別に配慮しすぎることなく、
普通に人と話すのとあまり変わらず接します。
そもそもそういうデリケートさを持ち合わせていない(?)。
でも結局そのフランクさが良いのですよね。

本作は、こんな師弟2人が次第に信頼関係を結んでいくという物語です。

ところで本作の原題は、「Quant basta」。
「適量」という意味です。

アルトゥーロは、よく「調味料を適量加える」というのですが、
グイドにはその曖昧な「適量」というのがよく分らないのです。
計量してはダメなのかと問うのですが、アルトゥーロは首を振ります。
しかし様々なことがあって、最後にグイドはその曖昧な「適量」の意味を学ぶ。

だから本来この題名は、そうしたことを象徴したとてもよい題名なのですが、
邦題の「トスカーナの幸せレシピ」は、あまりにもどこにでもありそうな凡庸な題名。
残念です。

グイドは確かにちょっと変わっているけれども、
知れば知るほど普通に友人付き合いできると感じるようになりますね。
まあ、そういうことです。

 

<Amazon prime videoにて>

「トスカーナの幸せレシピ」

2018年/イタリア/92分

監督:フランチェスコ・ファラスキ

出演:ピニーチョ・マルキオーニ、バレリア・ソラリーノ、ルイジ・フェデーレ、ニコラ・シリ、ミルコ・フレッツァ

満足度★★★★☆


父と息子の地下アイドル

2024年09月11日 | 映画(た行)

息子の意志を継ぐ父

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WOWOW新人シナリオ大賞受賞作。

 

妻を亡くし、ひとり息子とは疎遠になっていて、
さみしく暮らす高校教師、千堂(松重豊)。
かつては子どもたちに熱血指導をしていましたが、今の子どもたちには通用しません。

ある日突然、音信不通だった息子・勝喜の事故の知らせが入ります。
勝喜は病院で眠ったまま、植物状態に・・・。

病室で呆然とする千堂の元に、派手な衣装を着た3人の少女がやって来ます。
この3人は勝喜がプロデュースする地下アイドル「オトメがたり」。
まだデビューして間もなく、まったく人気もないのですが・・・。
でも勝喜が活動できなくなれば、新しい曲もなく、解散するほかないでしょう。
しかし、千堂は息子勝喜に変わってアイドルプロデューサーになることを決意。
幸い息子の部屋に新曲の録音がいくつか残っていたのです。

「地下アイドル」という言葉さえ知らなかった千堂ではありますが・・・。

 

疎遠のまま意識がなくなってしまった息子の、意欲を燃やしていた仕事。
少女たちが夢を見ていたその仕事をなんとか引き継ぎたいと千堂は思ったのですね。
というか始めは少女たちに懇願されて無理矢理に、ではありましたが。

地下アイドルのことなど何も知らない千堂が頼ったのが、
受け持ちのクラスの不登校・引きこもりのオタク少年というのもよろしい。
人は誰かの役に立っているという認識が、生きる力を与えます。

 

地下アイドルというのも、私はテレビドラマなどで知るだけですが、
どうやったら多くの人に知ってもらえるのか、そして資金集めの方法、ファンサービス等々・・・、
単にキラキラした世界ではなく大変なことですね。

そうした様々なことを織り込んで進んでいくストーリー、
さすがシナリオ大賞受賞作です。

楽しませていただきました。

 

<Amazon prime videoにて>

「父と息子の地下アイドル」

2020年/日本/94分

監督:横尾初喜

脚本:光益善幸

出演:松重豊、若月佑美、今井悠貴、芋生悠、瀧本美織、井之脇海

地下アイドルを知る度★★★★☆

満足度★★★.5


デスパレート・ラン

2024年07月27日 | 映画(た行)

走れ、エイミー

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夫に先立たれたエイミー(ナオミ・ワッツ)は、
なんとか平穏な生活を取り戻そうとしていました。
その日、小学生の娘を学校に送り出しましたが、
しかし高校生の息子は、登校を渋り部屋を出てきません。
仕方がないとして、とりあえずランニングに出たエイミー。
森林の中を抜ける心地の良いコースです。
しかし、あちこちからスマホに電話がかかってきたり、かけたり、
走りながらも忙しい。

そんな中、エイミーはかなりの距離を進んだあたりで、
息子が通う高校で銃撃犯が立てこもりをしていることを知ります。

彼女はスマホからの情報や、知人友人、警察、あらゆる情報を駆使。
どうやら息子はエイミーが出かけた後に、登校したらしいのです。
息子は父を亡くした後落ち込んでいて、
いじめを受けていたらしいことも分ってきます。

 

一刻も早く高校へ向かいたいのですが、ここは街から離れた森の中。
街は混乱に陥り、助けも移動手段もない中、
エイミーは一台のスマホを頼りに、犯人の人質になっているらしき息子の元へ走り出します。

そんな中、警察からの電話で、家に銃があるか、息子は薬を服用していないかなどと問われます。
まさか、それはつまり息子が犯人ということなのか・・・?
崖から突き落とされたような気になってしまうエイミーですが、
それでも痛めた足をひきずりながら、走り続けるエイミー・・・。

まさに母は強し。
高校では大変なことが起こっているのですが、
本作の画面はほとんど森の中を駆け抜けるエイミーの姿があるのみ。
力になってくれる警官や車の修理業者、友人知人、皆、声だけの出演。

エイミーはあちこちから情報を得て、なんと犯人を突き止め、
犯人に電話までしてしまう。
これ、リーアム・ニーソンがやりそうな役でもありますね。

高校生で、とてもわかりやすく母に反抗し、そして後には依存している息子に、
あまりにも幼さを感じてしまいましたが、ま、いいか。

<Amazon prime videoにて>

「デスパレート・ラン」

2021年/アメリカ/84分

監督:フィリップ・ノイス

出演:ナオミ・ワッツ、コルトン・ゴボ、シエラ・マルトビー、クリストファー・マラン

危機感度★★★☆☆

満足度★★★☆☆


ドライブアウェイ・ドールズ

2024年06月25日 | 映画(た行)

クレイジーなアメリカ縦断

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数々の名作を送り出して来たコーエン兄弟ですが、
本作はイーサン・コーエン初の単独監督作品です。

 

日々の生活に行き詰まりを感じたジェイミー(マーガレット・クアリー)と、
マリアン(ジェラルディン・ワナサン)。
車の配送(=ドライブアウェイ)をしながらアメリカ縦断のドライブに出ます。
しかし配送会社が手配した車のトランクに謎のスーツケースがあり、
その中にとんでもないブツが入っていたのです。

スーツケースを取り戻そうとするギャングたち、ジェイミーの元カノの警察官、
そしてなぜか上院議員が入り乱れての迷走。
事態は思わぬ展開に・・・。

ジェイミーとマリアンは双方レズビアンながら2人にはその感情はなくて、いい友人関係。
ジェイミーが痴話げんかのあげく別れることになったスーキーが、
なんと警察官というのが後に分って、のけぞります・・・。

なんとも破天荒、おおらかなセックスシーン、そして、スーツケースの中身・・・。
イヤもう、笑うしかないでしょう。

最後に出てきた上院議員がマット・デイモンで、しかもかなり危ないヤツ・・・。
世も末。

これも笑い飛ばして、憂さ晴らし。

いいんじゃないでしょうか。

せっかくなので、もう少しロードムービー感がほしかったのですが、
この2人はレズビアンバーにしか行かないみたいなので、
あんまり旅行感なかったです・・・。

が、友人関係だった2人の間に芽生える感情があって・・・。
つまりこれはラブストーリーだったのか?

ま、何でも良いか。

 

<シアターキノにて>

「ドライブアウェイ・ドールズ」

2024年/アメリカ/85分

監督:イーサン・コーエン

脚本:イーサン・コーエン、トリシア・クック

出演:マーガレット・クアリー、ジェラルディン・ワナサン、ビーニー・フェルドスタイン、
   ジョーイ・ストロニック、C・J・ウィルソン、マット・デイモン

 

とんでもない度★★★★☆

ブラックコメディ度★★★★☆

満足度★★★☆☆


天使のいる図書館

2024年06月19日 | 映画(た行)

図書館を愛する人に

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奈良県葛城エリアが舞台です。

大学を卒業したばかりの新人女性司書、吉井さくら(小芝風花)が図書館に赴任してきます。
彼女は人の感情がよく分らなくて、コミュニケーションを取るのが苦手。
「泣ける本が読みたい」という来館者に「拷問史」の本を差し出したりするので、
先輩も彼女の扱いに困り始めています。

そんなある時、さくらは老婦人・礼子(香川京子)と知り合います。
さくらは彼女と共に葛城地域を巡るようになり、地域の歴史や文化を再発見。


そしてまた、なぜかよく見かける謎の青年(横浜流星)を、
ストーカー?と思ったりもするのですが・・・。

令子はこの地での若い頃のことが心残りとなっている様子。
さくらはその思いをどうにかしてあげたいと思うようになります。

・・・ということで、とある新人司書の成長物語。

そもそも人の心の機微が分らず、小説もほとんど読んだことがないというさくらが、
なんで司書になったのかというのには納得いきませんが、
(たまたま資格が取れたからという話ではあった)、
心の成長物語ということではまずまずだったのでは?

そして奈良の小都市の空気感が、なんとも居心地良く感じました。

2017年作品で、小芝風花さん、横浜流星さん共に初々しくてステキでした!

<Amazon prime videoにて>

「天使のいる図書館」

2017年/日本/108分

監督:ウエダアツシ

原案:山国秀幸

脚本:狗飼恭子

出演:小芝風花、横浜流星、森永悠希、香川京子、森本レオ

 

お仕事ドラマ度★★★★☆

満足度★★★☆☆


ディア・ファミリー

2024年06月18日 | 映画(た行)

お約束の感動作

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世界で17万人の命を救ったIABP(大動脈内バルーンバンピング)
バルーンカテーテル誕生にまつわる実話を映画化したものです。

1970年代。
小さな町工場を経営する坪井宣政(大泉洋)と妻・陽子(菅野美穂)。
娘・佳美(福本莉子)は生まれつき心臓疾患を抱えていて、
幼い頃に余命10年を宣言されます。
どこの医療機関でも治すことはできないと言われ、
宣政は、娘のために自ら人工心臓を作ることを決意。
とはいえ、医療の知識も経験もありません。
宣政と陽子は必死で勉強し、有識者に頭を下げ、資金繰りをし、
何年も開発に奔走しますが・・・。

まずは、医療知識ゼロの所から始めて、
周囲の人々にはあきれられ、変人と思われ、
それでも娘のためにと無理難題に取り組み続ける。
その姿にはただ圧倒されてしまいます。

このような医療器具の開発には、医師としての発想や意図が必要なのはもちろんですが、
それを具体的な形に作り上げる「もの作り」の技術も必要なわけですね。
だから双方のガッチリした連携必要なのだけれど、
この場合は結局医師の側(大学)に裏切られる形になってしまうわけです。

完璧なる挫折・・・。

けれどその挫折をも乗り越え、別の形ではありけれどまた動き出すという、
ここのところが実話ならではで、
フィクションならこういう展開は通常ないだろうとも思います。

確かテレビドラマの「下町ロケット」で、
町工場である佃製作所が、心臓の新型人工弁「ガウディ」を開発する
という話があったと思うのですが、
本作の実話の部分がヒントとなって作られたストーリーなのかなと思いました。

本作を感動的に盛り上げているのはもう一つ、家族愛のことです。
妻は夫の現実離れしているような提案をするっと受け入れ、応援し手助けします。
佳美の姉(川栄李奈)も妹(新井美羽)も、そんな両親を尊敬し、応援。
一家が一団となって佳美をいたわり、その未来へ向かってやるべきことをやろうとする。
皆がポジティブで温かい。
まあちょっとベタではあるけれど、この物語にこのポジティブさは必要です。

松村北斗さんもおいしいところの役で、ナイスでした。
実に松村北斗さんはいつも良い役を引くなあ・・・。

 

<シネマフロンティアにて>

「ディア・ファミリー」

2024年/日本/116分

監督:月川翔

原作:清武英利

脚本:林民夫

出演:大泉洋、菅野美穂、福本莉子、川栄李奈、荒井美羽、上杉周平、満島真之介、有村架純、松村北斗

 

執念度★★★★★

家族愛度★★★★★

満足度★★★★☆


魂のまなざし

2024年06月08日 | 映画(た行)

情念に生きる

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モダニズムを代表する画家のひとり、
フィンランドの画家、ヘレン・シャルフベックを描く伝記映画です。

1915年。
高齢の母と共に田舎で暮らす画家、ヘレン・シャルフベック53歳。
画家としては、世間からは忘れられた存在ながら、
当人は情熱を失わず絵を描き続けています。

そんなある日、ある画商が訪ねて来て大きな個展を開催する話が持ち上がります。
そしてその個展でヘレンは再評価され、瞬く間に時の人に。

そしてまたヘレンは、画商が紹介した19歳年下の青年エイナル・ロイターと出会います。

まあ当然、作中にヘレン・シャルフベックの絵がいくつも紹介されますが、多くは人物画。
自画像も多いです。
写実的なモノではなくて、かといってピカソほど抽象的なモノでもない。
私的には好きな絵です。

絵がほとんど売れなくても、自分のやり方を信じ何枚も何枚も描き続ける情熱。
これは続けられること自体が才能かもしれません。

さてしかし、本作で中心になるのはヘレンが19歳年下の青年エイナルに向ける愛情。
彼は無邪気に(といっても30過ぎではあるけれど・・・)ヘレンに好意を向け、
画家としても尊敬しています。
若い肉体は美しくたくましい・・・。
ヘレンはそんな彼に魅せられて欲してしまいます。
でも自分の年齢を考えるとそのようなことは言えない・・・。
触れたい、抱きしめたい・・・。
そんな思いばかりが募っていきます。
エイナルも画家志望ではあるので、ヘレンはエイナルを留学に送り出すのですが、
ある時届いた手紙に打ちのめされるのです。
そこには、彼が18歳の女性と婚約した、とあるのでした・・・。

エイナルはおそらくヘレンの気持ちには気づいていたはず。
それなのに・・・。

おばちゃんだっていくつになっても、人を好きになる情熱くらい残っていますともさ。
うん。
けれどこの情念こそが、彼女の絵のエネルギーとなったのかも知れません。

なんとも切なくもあるストーリー。

<Amazon prime videoにて>

「魂のまなざし」

2020年/フィンランド、エストニア/122分

監督:アンディ・J・ヨキネン

原作:ラーケル・リエフ

出演:ラウラ・ピルシ、ヨハンネス・ホロパイネン、クリスタ・コソネン、ピルッコ・サイシオ

失われない情念度★★★★☆

芸術度★★★★★

満足度★★★★☆


トリとロキタ

2024年06月05日 | 映画(た行)

理不尽な現状

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アフリカからベルギーのリエージュにやって来た少年トリと少女ロキタ。
2人は偽りの姉弟として暮らしています。
年上のロキタは社会からトリを守り、
しっかり者のトリは、時々不安定になるロキタを支えています。

ロキタにはビザがないため、正規の職に就くことができず、
ドラッグの運び屋をしてお金を稼いでいます。
しかし移民の仲介業者に借金があって、ほとんどそちらに取られてしまい、
故郷の母に送金したくてもほんのわずかしかできません。

ビザを取得するための面接では、トリとの姉弟関係をうまく言いつくろうことができずに失敗。
なんとしてもビザを取得して、まともな職に就きたいと思うロキタ。
やむなくロキタは偽造ピザを手に入れるため、さらに危険な仕事を始めるのですが・・・。

 

本当の姉弟ではないこの2人が、
どのように出会い、どのようないきさつで姉と弟を演じることになったのか、
本作ではそのことには触れられていません。
でも、異国の地にやってくるという2人にとって極めて困難な道のりの間に、
2人は互いに助け合い、強い信頼と親愛の情で結ばれるようになったに違いありません。
その絆は実際の姉弟以上のように思われます。

それにしても、移民という立場の弱いものにつけ込んで
搾取しようとする人々の悪辣さには腹が立ってなりません。
本作はもちろんフィクションですが、実際にもこんなことが普通に行われていそうです・・・。
本作もなんとも言えずショッキングなラスト・・・。
世界はなんとも理不尽で悲しい・・・。

 

<WOWOW視聴にて>

「トリとロキタ」

2022年/ベルギー・フランス/89分

監督:ジャン・ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ

出演:パブロ・シルズ、ジョエリー・ムブンドゥ、アルバン・ウカイ・ベティム

 

姉弟愛度★★★★☆

社会の矛盾度★★★★★

満足度★★★★☆


ティル

2024年04月27日 | 映画(た行)

実在の、あってはならないこと

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1950年代、アメリカでアフリカ系アメリカ人による公民権運動を大きく前進させるきっかけとなった
実在の事件「エメット・ティル殺害事件」の映画化です。

ずっしりと重いです。

1955年、イリノイ州シカゴ。

夫を戦争で亡くしたメイミー・ティルは、空軍で唯一の黒人女性として働きながら
14歳の息子エメットと平穏に暮らしていました。

ある日エメットは初めて母と離れて、南部、ミシシッピ州マネーの親戚宅を訪れます。
エメットは家の近所の飲食雑貨店で、白人女性キャロリンに向けて口笛を吹いたことで
白人の怒りを買い、白人の集団に拉致されリンチを受け死亡してしまいます。

息子の変わり果てた姿と対面したメイミーは、
この悲惨な事件を世間に知らしめるべく、行動を起こします。

シカゴで暮らしていたメイミーとエメットは、
多少の差別を受けながらも、暮らし向きは良かったのです。
メイミーは出身地である南部の、酷い人種差別のことをよく分っていたのですが、
シカゴ生まれ育った息子は何も分っていません。
くれぐれも、あちらでは白人の前で小さくなっているように・・・と、息子に言い聞かせます。
でもエメットは従兄弟たちと会って遊べることが嬉しくて舞い上がっています。
そんな息子の様子に一抹の不安を覚えるメイミー。

しかし、彼女の不安は的中。

それにしても、こんなことがあって良いのかと思ってしまいます。
エメットは、店の女性に映画スターみたいにキレイだね、と言ったのです。
そして思わずヒュ~と口笛を吹いた。
彼女は、黒人に親しく話しかけられたこと自体にショックを受け怒りを感じたようです。
そもそも黒人を同等に話をする対象と見なしていない。
彼女の話を聞いた者たちが、夜中にエメットの所へ銃を持って押しかけてきたのです。

その時彼らは顔を隠しもしていません。
エメットを差し出さなければ家族も殺されてしまう・・・、
それは単なる脅しではなく、現実に差し迫った脅威でした。
そしてこのことは警察などなんの頼りにもならないのです。
警察もグルと言ってもいいくらい。
もどってこないエメットは後に川に浮かんだ遺体として発見されます。

南部の黒人に全く人権はない。
このことは後の裁判でも思い知らされます。
こんな社会を変えたい。
そのやむにやまれぬ思いが、メイミーを立ち上がらせたのですね。

言葉をなくすような、重い歴史上の事実です。

 

<Amazon prime videoにて>

「ティル」

2022年/アメリカ/130分

監督:シノニエ・チュクウ

出演:ダニエル・デッドワイラー、ウーピー・ゴールドバーグ、ジェイリン・ホール、
   ヘイリー・ベネット、フランキー・フェイソン

 

歴史発掘度★★★★☆

人権無視度★★★★★

満足度★★★★☆

 


ドミノ

2024年03月23日 | 映画(た行)

現実と虚構が入り組んだ世界

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公園で一瞬目を離したすきに娘が行方不明になってしまった、刑事ローク(ベン・アフレック)。
その心痛のため、カウンセリングを受けながらも、現場の職務に復帰します。

銀行強盗を予告するたれ込みがあり、現場に向かったロークは、
そこに現れた男が娘の行方を知っていると確信。
しかし、男は簡単に周囲の人々を操り、妨害するため、ロークは男を捕まえられません。
ロークは占いや催眠術を熟知するダイアナに協力を求めます。
彼女によると、ロークの追う男は、相手の脳をハッキングしているというのですが・・・。

何でしょう、言ってみれば催眠術の強力なもの・・・。
相手の目を一瞬見るだけでその人物を操り、自分の思うままに行動させることができる、
そのような能力を持つ人々がいるわけです。

恐ろしいですね・・・。
ごく親しい友人でも人に操られて殺人鬼にもなり得るということで・・・。
誰も信じられないし、実は自分自身も操られていて、
自分が見ているものは、現実ではないのかも知れない。

次第に、現実と虚構が迷宮のように入り組んできます。
そんな世界感がスタイリッシュに描かれますが、
まあ、こんな世界観はすでにどこかで見たような・・・。

しかし、ロークの真実、娘が行方不明という最大の問題にも実は裏があって・・・
というめまいのするような仕掛けには、ちょっと虚を突かれました。

<Amazon prime videoにて>

「ドミノ」

2023年/アメリカ/94分

監督:ロバート・ロドリゲス

出演:ベン・アフレック、アリシー・ブラガ、J・D・パルド、ハラ・フィンリー

 

現実逆転度★★★★☆

幻惑度★★★★☆

満足度★★★☆☆


ちひろさん

2024年03月09日 | 映画(た行)

軽やかに生きる

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安田弘之さん同名コミックの実写映画化。

海辺の小さな町にあるお弁当屋さんで働くちひろ(有村架純)。
もと風俗嬢であることを隠さず、軽やかに生きています。

自分のことを色眼鏡で見る男たち。
ホームレスのおじいさん。
子どもや動物。
誰にも分け隔てがありません。

そんなちひろと周囲の人々の物語。

ちひろのこれまでの人生は、
おそらく幸せと言えるようなものではなかったのかも知れません。
その根っこは、どうも自分と母親との関係にあったようです。
けれど、彼女はその苦しみを反芻することはやめて、
周囲の人々との関わりを大切にしながら、
今を気ままに自由に生きることに決めたかのようです。

気がついてみれば、彼女が親しくなるのは、
帰る場所のないホームレスや、親に本音を言えない女子高生、
水商売の母の帰りを待つ小学生・・・、
家族との関わりがなかなかうまくいっていない人たちばかり。

とある人が言います。
「でも、そういう過去を踏まえて、今の自分が居る」と。
ちひろさんの優しさは、つらい自分の過去の裏返し。
おなじ悩みを持つ人の気持ちがわかるし、支えることもできる。

いいですよね。
ちひろさんのように、やさしく軽やかに生きられたら。

お弁当屋の店先に立つ有村架純さんと、
水商売の母親・佐久間由衣さんの対面シーン。
朝ドラの頃が懐かしく思い出されて嬉しくなりました。

<WOWOW視聴にて>

「ちひろさん」

2023年/日本/131分

監督:今泉力哉

原作:安田弘之

脚本:澤井香織、今泉力哉

出演:有村架純、豊嶋花、嶋田鉄太、van、若葉竜也、佐久間由衣、リリー・フランキー、風吹ジュン、平田満

 

軽やかな生き方度★★★★☆

やさしさ★★★★☆

満足度★★★★☆


十月十日の進化論

2024年03月04日 | 映画(た行)

孤立しないで

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第7回WOWOWシナリオ大賞受賞作。
なので、さすがに良い感じのストーリーとなっています。

 

独身、アラフォーの昆虫分類学博士、小林鈴(尾野真千子)。
彼女は留学までして昆虫の研究にこれまでの人生をかけてきたのですが、
しかしそれを生かす仕事にはつけず、
どうにか潜り込んだ大学の研究室のバイトも解雇されてしまいました。

その夜、戸籍には入っていない実父(でんでん)・中村保が営む喫茶店で、
モトカレの安藤武(田中圭)と再会。
武は酔いつぶれた鈴を家まで送っていきますが、
2人は酔った勢いで一夜を共にしてしまいます。
それから5週間後、鈴の妊娠が発覚し・・・。

 

失業したところで予期せぬ妊娠。
・・・これは確かに迷いますね。
そんなとき鈴は、「人間は胎児の間の十月十日で生命30数億年の進化を再現する」
という文章を読んで、生む決意を固めていきますが、
武には子供のことを切り出せません。

 

う~む、それはちゃんと伝えるべきでしょう、
そのお腹の子は、あなた1人の子じゃないのだから・・・と、
見ているこちらはちょっとやきもきしてしまうのですが・・・。
でも、そんなことはいつまでも隠し通せることではない。
ついにそのことを知った、武がいう言葉がいい。

「自分1人で育てていく。手助けなんて必要ない。」という鈴に
「それは自立ではなくて孤立だ。」というのです。
しかしその言葉も空しく、鈴の決意は簡単には変わらないようなのですが・・・。

でも、肩肘張らずに、人に頼るべき所は頼っていいのですよ。
人はどうしたって1人では生きていけないのだから・・・、
としみじみ思います。

本当は好きな人なのに、いじをはって拒絶してしまうという、
母と娘の似たような人生のあり方もまた興味深いところでした。

 

<Amazon prime videoにて>

「十月十日の進化論」

2015年/日本/118分

監督:市井昌秀

脚本:栄弥生

出演:尾野真千子、田中圭、でんでん、リリィ

 

満足度★★★★☆


チャップリンからの贈りもの

2024年01月29日 | 映画(た行)

非道な犯罪ではなくて、贈りもの

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喜劇王チャップリンの遺体が盗まれたという実際の事件を題材としています。

 

1978年。

冒頭は、刑務所の出入り口から出てくるひとりの男、エディ。
その彼を親友のオスマンが迎えに来ている。
よくあるシーンです。

オスマンは、エディを自宅の横にあるトレーラーハウスに案内します。

オスマンの妻は病で入院中で、小学生の娘と現在ふたりで暮らしていますが、
生活は決して楽ではない。
またトレーラーハウスといってもかなりのオンボロなのですが、
その中に以前のエディの生活用品や本などが運び込まれています。
生活が苦しい中、ここまでしてくれるオスマンに感謝感激のエディ。

さて、そんな頃にチャップリンの遺体がスイス、レマン湖の墓地に埋葬されます。
それを知ったエディはとある計画を思いつき、オスマンを誘います。
チャップリンの遺体を盗み出して、身代金をいただこうというのです。
オスマンは妻の治療費用を払う当てもなく、困り果てていたのです。
ちょうど彼らの暮らしているところがこの墓地にほど近い場所でもあり・・・。

彼らは、墓地で棺を掘り出して、別の場所に密かに埋めます。
まあ、そこまではなんとかうまくいったのですが、何しろ計画はずさんで穴だらけ。

始め、遺体を盗んだと電話でチャップリンの家族や警察に電話をしても、信じてもらえない。
しかし、確かに棺が盗まれていることが確認されます。
するといよいよ、身代金請求の電話をかけるのですが、
同じような電話が他に何件もかかってきているという。
自分たちが遺体を盗んだという証拠は?と問われてしまう・・・。

 

オスマンはもうすっかり弱腰で後悔ばかり。
エディはそれでも強気で、なんとかなると思っているのですが、
そんなことで二人はついに決裂・・・。

 

巨匠ミシェル・グランの音楽が切なくも美しくて、
ちょっとコミカルな作品でありながら、意外にも叙情性を醸し出しています。

それというのも、チャップリンの娘役に当たる人のことばで、
「酷いとか迷惑と言うよりも、父はこの事件をあの世で面白がっているかも知れない」
とありまして、なるほど、
そう考えるのが本作の感想として、しっくりくるなあ・・・と納得。

チャップリンは直接登場しないながらも、彼のことを忍ぶ作品でもあったワケですね。

 

チャップリンが晩年を過ごした邸宅や実際の墓地で撮影。
氏の息子や孫娘も特別出演しています。

良きかな。

 

<WOWOW視聴にて>

「チャップリンからの贈りもの」

2014年/フランス/115分

監督:グザビエ・ボーボワ

出演:ブノワ・パールブールド、ロシュディ・ゼム、キアラ・マストロヤンニ、
   ピーター・コヨーテ、セリ・グマッシュ、ナディーン・ラバキー

友情度★★★★☆

貧困度★★★★☆

穴だらけの犯罪度★★★★☆

満足度★★★★☆


大名倒産

2024年01月03日 | 映画(た行)

多額の借金を背負って、切腹?

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江戸時代。

越後、丹生山藩の役人の息子、間垣小四郎(神木隆之介)は、
ある日突然、自分が丹生山藩主の後継ぎだと知らされます。
有無を言わさず、江戸の藩屋敷に連れてこられて、
藩主としての務めを果たすようにと、言われるのです。
実の父、前藩主の一狐斎(佐藤浩市)は、
小四郎に国を任せて隠居してしまいました。

いきなり一貧乏侍の小せがれから、一気に藩主となったことに
戸惑いを隠せない小四郎。
(ここからは松平小四郎と名乗ります。)

そして、丹生山藩が25万両(約100億円)もの借金を抱えていることを知り、
呆然となってしまう・・・。
さっそくそのことを伺いに父の元を訪ねれば、父は「大名倒産」せよという。
借金の返済日に藩の倒産を宣言して、踏み倒してしまえというのです。
しかしそれはつまり、小四郎にすべての責任を押しつけて、
切腹させようという腹づもりのようで・・・。

さあ、どーする!?というわけですね。

結局、父と息子の命がけの対決という大きなテーマではありますが、
実はそこにも裏があって、
薄ぎたない幕府老中と商人の癒着が隠されているのでありました。

さて、小四郎の育ての父は、藩の特産物である塩引き鮭を管理するお役人でありまして、
自らも塩引き鮭を作るのが得意。

藩の財政を立て直すには、コレが役立つのでは・・・?
という私の読み通りにストーリーが進むのでした。
ま、これくらいの伏線は読めます。

武士はそもそも、このようにソロバン勘定のことが苦手ですよね。
だから本当に、経済的に窮したことも多かったことでしょう。

小四郎は、藩主になっても人々にフランクに接するので、こぎみよいです。
いつの間にか屋敷内に住み着いているように見える幼馴染みのさよちゃん(杉咲花)も、
ま、現実的ではないけれど可愛いから許す!

ちなみに、小四郎の兄にあたる人物は3人いて、
藩主の後を継ぐはずだった長男は落馬して死去。
次男は病弱、三男はうつけ、ということで
やむなく赤子のうちに外に預けられた小四郎が呼び戻されたということになっております。

この、うつけものに松山ケンイチさんをあてるという
かなり贅沢な配役をしておりますね。
でもこの方、明るくてユニークで、いいわあ。
差別用語でなくそのことを表わすのに「うつけ」というのは良いことばだと思います。

<Amazon prime videoにて>

「大名倒産」

2023年/日本/120分

監督:前田哲

原作:浅田次郎

脚本:丑尾健太郎、稲葉一広

出演:神木隆之介、杉咲花、松山ケンイチ、桜田通、小日向文世、小手伸也、宮崎あおい、浅野忠信、佐藤浩市

財政立て直し度★★★★☆

コミカル★★★★☆

満足度★★★.5

 


To Leslie トゥ・レスリー

2023年12月27日 | 映画(た行)

落ちぶれ、ボロボロになった先に

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テキサス州西部に暮らすシングルマザーのレスリー(アンドレア・ライズボロー)。
宝くじに当選し高額の賞金を手にするのですが、
数年でそのお金を酒で使い果たしてしまいます。

住む場所も行き場も失い、疎遠だった息子のところに転がり込みますが、
相変わらず酒に溺れる姿にあきれられ、追い出されてしまいます。

そして故郷の町、かつての友人を頼りますがそこでもすぐに追い出されるハメに。
そんな中、スウィーニーというモーテルの従業員と知り合い、
拾われてモーテルの清掃の仕事を得ますが・・・。

アンドレア・ライズボローは第95回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされています。
確かに、このレスリーの落ちぶれ方、生活の荒れ方は、息をのむようです。

ちなみにレスリーがこのときに当てたのが19万ドル。
つまり約2500万円。
億ならともかく、これは使おうと思えばあっという間に使い果たせる金額ですよね・・・。
しかし気持ちばかりが大きくなってやがて酒浸りのアルコール依存。
無一文になったばかりか、実はもっと酷いことをしていたのは終盤に明かされます・・・。

こんなことをしていてはダメだ。
なんとかやり直しなさい。

もちろん周囲の人々はそう忠告します。
でも、誰に何度言われてもダメで、
こういうことは本人が自分で気づくほかないのでしょう。

レスリーは閉店間際のバーでひとりぼっちで古い曲を聴きます。
「今いるのは本当に自分が居たかった場所なのか?」
そう問いかける歌詞が、突然レスリーの心に刺さるのです。

ほんの些細な、偶然のようなきっかけで大きく心が動くことがある。
そういう所に、私はリアリティを感じました。

また、そんな時にもやはり1人の気持ちだけではダメで、
たった1人でもいい、寄り添ってくれる人が必要なわけです。

いい物語でした。

<WOWOW視聴にて>

「To  Leslie トゥ・レスリー」

2022年/アメリカ/119分

監督:マイケル・モリス

出演:アンドレア・ライズボロー、アンドレ・ロヨ、オーウェン・ティーグ、スティーブン・ルート、マーク・マロン

アルコール依存度★★★★★

気づき度★★★★☆

再生度★★★★☆