映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

あん

2016年04月30日 | 映画(あ行)
どら焼きをほおばりながら見るべし



* * * * * * * * * *

はじめに映しだされるのは桜が満開、春爛漫の町の風景。
華やかなのにどこかさみしげな桜の花が、本作にはピッタリですね。



どら焼き屋の雇われ店長千太郎(永瀬正敏)は、働きもののようではありますが
何か屈託がありそうな不機嫌な顔つき。
それでもそこそこお客はついていて、女子中学生がたむろしていたりします。
そんな店に、ある時一人の老女(樹木希林)がやってきて、店で雇って欲しいという。
高齢なことと手が少し不自由そうだったので、仙太郎は一度断るのですが、
彼女が置いていったあんを食べてみて、その美味しさに驚いてしまいます。
そこで彼女、徳江に働いてもらうことに。

徳江のあんを使ったどら焼きは美味しさが評判となり、
行列ができるほどに繁盛します。
ところが、徳江がかつてハンセン病を患っていたという噂が流れ、
客足がバッタリ途絶えてしまうのです。
千太郎は不本意ながら、徳江を辞めさせなければなりませんでした。
でも、徳江のことが気になる千太郎は、徳江と心を通わせていた中学生ワカナ(内田伽羅)とともに、
徳江の住まいを訪ねてみるのですが・・・。



ワカナと同じくらいの年の時に療養所に隔離され、
外出もままならなかったという徳江の人生に暗澹とさせられます。
でも彼女はそんな人生の無念さや恨みを少しもにじませることなく、
ただ静かに月や木々、小豆が語りかける言葉を聞き取ろうとします。
なんと静かで強い心であることか。
そんな徳江が、はじめて外の世界で普通に働いて人々に喜ばれた。
ほんの暫くの間ではありましたが、
それが彼女にとってどんなに素敵な体験であったか、ということも身にしみます。
徳江と同じく、静かでとても強い物語でした。



そうそう、ワカナ役の内田伽羅さんは樹木希林さんの孫娘だそうです。
自然体で克つ個性的。
いい感じでした。
これを見るとやっぱりどら焼きが食べてみたくなりますねえ・・・。
焼きたてのほかほかのどら焼き、美味しそうだなあ~。

あん DVD スタンダード・エディション
樹木希林,永瀬正敏,内田伽羅,市原悦子,水野美紀
ポニーキャニオン


「あん」
2015年/日本・フランス・ドイツ/113分
監督・脚本:川瀬直美
原作:ドリアン助川
出演:樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、市原悦子、浅田美代子、水野美紀

「昨日のまこと、今日のうそ 髪結い伊三次捕物余話」宇江佐真理

2016年04月28日 | 本(その他)
迷える若い二人

昨日のまこと、今日のうそ 髪結い伊三次捕物余話
宇江佐 真理
文藝春秋


* * * * * * * * * *

松前藩の屋敷に勤める不破家の茜は、嫡男の良昌に見初められ、
側室に望まれていた。
伊三次の息子、伊与太に思いを寄せる茜は、その申し出をかわしていたが、
良昌の体調が刻一刻と悪くなっていくことに心を痛める。
一方、伊与太は良い師匠に恵まれたものの、才気溢れる絵を描く弟弟子から批判され、
自らの才能に悩んでいた。
思い詰めた彼は、師匠と親交のある当代一の絵師、葛飾北斎のもとを訪れる――。
人生の岐路を迎える息子や弟子に、伊三次は何を伝えられるのか。
大人気捕物帖シリーズ第13弾。

* * * * * * * * * *

まだ文庫化されていない本作は、図書館で借りました。
ただこの後の二巻は予約がいっぱいで、いつ順番が回ってくるものやら。
それを考えると、この本がたまたま図書館の棚にあったのが、まるで奇跡のようでもあります。


さて本巻、不破家の茜の様子に変化が。
松前藩の若殿に気に入られてしまったのが逆に彼女を苦境に陥れていたわけですが、
その若殿、良昌が体調を崩し・・・。
こんなことを言うのはなんですが、この悲劇は実は救いだと思ったりする。
私は嫌なヤツ・・・。
でも、皆様もきっとそう思うのでは?


一方伊与太は、良い師匠のもとで絵の修業に励んでいたのですが、
そこへ新入りの弟子が入ってきます。
彼は伊与太から見ても才能が見て取れる。
それに引き換え自分は・・・と、どんどん自信を失っていきます。
そんな時、師匠と交友のある葛飾北斎の元を訪ねるのですが・・・。
そこでは北斎の娘、お栄さんとも会います。
「百日紅」のアニメで見た北斎とお栄さんを思い出す、良いシーンでした。
北斎は偉ぶったところがまるでなく気さくです。
「誰のために絵を描くのか」と北斎はいいます。
客のためか、版元のためか。
いや、おれは自分が見たくて描いているんだ」。
自分の道を見失う伊与太には、とても貴重なアドバイスでした。


この若い二人が、自分の道をまっすぐに思い描くことができるには、
まだ長い時間が必要なようです。


ラストの「汝、言うなかれ」は、久々に主役がいつもの常連を離れます。
13年前の江戸の大火の直前、ある男が殺人を犯してしまうのですが、
火事のために事件は発覚しませんでした。
その罪を一人抱えたまま、彼はある大店の婿となります。
その時に、自分の秘密を、妻に明かすのです。
決して誰にも話さないようにと念を押しながら。
そして現在、彼とは不仲な男が不審死。
もしや夫がまた人を殺めたのでは・・・と疑心暗鬼にかられる妻。
その事件の捜査でようやく伊三次らの登場となります。
こういうのもまた、面白いですね。
殺人を犯す人と犯さない人、その一線はどこにあるのか。
今も昔も、語り尽くせない命題でありましょう。


「昨日のまこと、今日のうそ 髪結い伊三次捕物余話」宇江佐真理 文藝春秋
満足度★★★★☆


レヴェナント 蘇りし者

2016年04月27日 | 映画(ら行)
ただただ、圧倒されっぱなし



* * * * * * * * * *

レオナルド・ディカプリオがついに念願のアカデミー賞主演男優賞をものにした作品。
ずい分前から劇場でも予告編が入っていて、
これは見なければ!!という気にさせられていました。



1800年代アメリカ北東部。
狩猟中熊に襲われ、瀕死の重傷を負ってしまったヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)。
このチームのメンバー、フィッツジェラルド(トム・ハーディ)は、
彼を足手まといだとして置き去りにし、反抗したグラスの息子も殺してしまいます。
目の前で息子を殺され、自らも生き埋めにされたグラスは、
しかし奇跡的に命をとりとめ、
フィッツジェラルドへの復讐を胸に誓い、這うようにして前進を始めます。
酷寒の果てしなく広がる荒野。
彼らとは敵対する原住民の部族が付け狙う。
満身創痍の彼がこの信じがたい過酷な状況を生き抜いていく・・・。



私は本作を見ている間中ずっと、しかめっ面をしていたと思います。
熊に襲われるシーンなんかもう、コワイコワイ・・・。
熊も怖いけれどこの寒さも怖いですよ。
屋外の自然光のみで行われたというロケは9ヶ月に及び、
実際命がけだったというのですが、
それはもう、この終始寒々しい映像で納得できてしまいます。
雪の降り積もる中、水に浸かるだなんてもう、シンジラレナイ!!
馬に乗ったまま崖から落ちるシーンは予告編で何度も見ましたが、
その後で、あんなシーンがあるだなんて!! 
想像もつきませんでした。
とにかくこの、これでもか、これでもか、というふうに襲いかかる苦難、
そしてその都度立ち向かい生き残るその生命力に圧倒されっぱなし・・・。
「実話を元にしている」と聞かなければ、
単にご都合主義のストーリーかと思ってしまいそうです。



グラスはアメリカ原住民を妻にもち、息子は混血なのです。
その妻を白人に殺されたりもして、彼自身の思考はかなり原住民に近いものだったのですね。
自然の厳しさを知り、また、それをやり過ごす知恵もあったりする。
けれどやっぱり一番重要なのは「絶対に生き抜く」という強い意志。
私はこういうのを見るといつも思ってしまうのですが、私なら絶対ムリ・・・。
いや、他のどんな人にでもムリですよね。



絶望的に寒くて広大で荒々しい大地。
人の世の争いごとも苦しみも悲しみも、何も関係なくそれはそこに、ただある。
これこそが本作の本当のテーマなのかもしれません。


 
「レヴェナント 蘇りし者」

2015年/アメリカ/157分
監督:アレハンドロ・G・イニャリトゥ
出演:レオナルド・ディカプリオ、トム・ハーディ、ドーナル・グリーソン、ウィル・ポールター、フォレスト・グッドラック

寒さ★★★★★
残酷さ★★★★★
満足度★★★★.5

ドローン・オブ・ウォー

2016年04月26日 | 映画(た行)
日帰り戦争



* * * * * * * * * *

ドローンといえば、近年話題になっている無人偵察機。
上空からの撮影に手軽に使えるものですが、
本作に登場するドローンは、ミサイルを搭載した無人戦闘機。
戦地に赴かずに空爆を行うという、恐るべき現代の戦争の有様を描いています。



アメリカ空軍のトミー・イーガン(イーサン・ホーク)少佐は
ラスベガスで妻と二人の子どもを持ち、安定した生活を送っています。
そして毎朝、高速で歓楽街を抜けた基地に通勤しているのです。
その基地内に設置されたコンテナに入ると・・・そこは、例えていえば別世界への入り口。
砂漠の異国上空を飛ぶドローンから鮮明な下界の映像が届きます。
そして、イーガン少佐はこの場でドローンを操作する操縦士なのです。

目標とする敵対国の主要メンバーと思しき人物が発見されれば、
その場でクリックひとつで空爆が行われる。
映像で爆破は確認できますが、まるでゲームのように現実感がない。
でもこれは相手方からすれば全くの不意打ち。
ドローンは3000メートルほどの上空にあるので、地上からは見えないそうなのです。
身構える暇もなく、瞬時に命を落とすことになるでしょう。
そのような修羅場も、上空からの映像だけでは全く現実味がない。



自分は全く安全なところにいて相手の命を奪うことや、
時には女性や子ども、明らかな非戦闘員をも巻き込んで命を奪ってしまうこと、
そういうことにイーガン少佐は心を蝕まれていくのです。
神経をすり減らすこのような勤務を終えて帰宅すれば、
こちらは何も知らない安穏な生活が繰り広げられている。
戦地にいるのならまだしも、このギャップにもまた苦しめられます。



毎日がこんな繰り返しではPTSDに陥らないほうがどうかしていると思えてきます。
そして、これはSFでも何でもなくて現実に行われていたこと・・・。
攻撃を受ける方ばかりではなく、する方にとってもまた、
非人道的なシステムだなあ・・・と、戦慄してしまいました。
科学は戦争によって飛躍的に発展するものなのか・・・、
残念ながらこれが現実です。



本作の原題は 「Good Kill」。
コンテナ内で爆撃が成功した時に彼らが言う言葉です。
「成功、よくやった。」
こんな言葉が現実にあるなんて、思いたくないですけれど。

ドローン・オブ・ウォー [DVD]
イーサン・ホーク,ブルース・グリーンウッド,ゾーイ・クラヴィッツ,ジェイク・アベル
ポニーキャニオン


「ドローン・オブ・ウォー」
2014年/アメリカ/104分
監督:アンドリュー・ニコル
出演:イーサン・ホーク、ブルース・グリーンウッド、ゾーイ・クラビッツ、ジェイク・アベル、ジャニュアリー・ジョーンズ
戦慄度:★★★★★
満足度★★★★☆

「ガソリン生活」伊坂幸太郎

2016年04月24日 | 本(ミステリ)
車たちの日常

ガソリン生活 (朝日文庫)
伊坂幸太郎
朝日新聞出版


* * * * * * * * * *

のんきな兄・良夫と聡明な弟・亨がドライブ中に乗せた女優が翌日急死!
パパラッチ、いじめ、恐喝など一家は更なる謎に巻き込まれ…!?
車同士がおしゃべりする唯一無二の世界で繰り広げられる、
仲良し家族の冒険譚!
愛すべきオフビート長編ミステリー。


* * * * * * * * * *

本作の語り手は、なんと車! 
緑色のデミオ、通称「緑デミ」(ミドデミ)が、
彼の持ち主の家族の、身の回りに起きた出来事を語ります。 
車のことはな~んにも分からない私は、
デミオと言われても全然ピンと来ないのですが、
まあ本作を楽しむのにそういう知識は特に必要なかったようです。
しかし、犬とか猫ならまだわかりますが、語り手が車とは! 
まあ、なくはないですけどね。
きかんしゃトーマスとか、消防自動車じぷたとか・・・。
あ、「カーズ」のアニメもあったか。
みな子供向けですが・・・。


基本、緑デミは車の中や周辺のできごとしか見聞きできないわけですが、
でも車同士のおしゃべりなどで情報交流し、
かなり多くのことを知ることができます。
特に隣家の「ザッパ」はなかなか鋭い推理を展開してくれる力強い友人。
こんなのどかな設定でありながら、一応ミステリで、事件が起きます。
仙台在住の元女優が浮気相手と同乗した車が、
しつこい週刊誌記者に追われてトンネルの中で事故を起こし炎上。
二人は事故死してしまいます。
実はその事故の少し前、ほんの偶然ですがその女優・荒木翠がこの緑デミに乗車していたのです。
フランスで事故死したダイアナ妃をなぞらえたようなこの事件。
緑デミの持ち主である望月家の長男・良夫と次男・亨は
そんな女優・荒木翠の死がショックで、
事件の謎を考えるようになります。


兄良夫は大学生で割と普通のいい兄ちゃん。
弟の亨は小学生なのですが、非常に頭が良くて、
そこらの大人よりもよほど大人びている。
逆に言えば可愛げがない。
…けれどもこういう子、私は大好き。
常に冷静・論理的ではありますが、やっぱり正義漢。
プラモデルを作るのが好きな小学生らしいところもちゃんとあります。
この2人の間には高校生のまどかがいるのですが、
ちょうど反抗期のお年ごろで、素っ気ない。
けれども彼女が付き合っている彼氏が大変なことに巻き込まれてしまい、
巻き添えを食って、望月家の人たちも危うい状況に・・・。


なんとも楽しめた一冊でした。
クルマたちは、基本的には自分たちの「持ち主」が大好きです。
もちろん緑デミも望月家の皆が好き。
けれどいつか車を買い換えたり廃車にしたり、
別れの日もしくは命の終わりの日、そういう日がいつか来ることも予感している。
それは止めようがない運命というもの・・・。
なんだか切ない。
しかし最終章「エピローグ」で、思いがけず、幸せな展開を私たちは読むことができます。
思わず顔がほころんでしまう。
それから文庫版だけの特別付録!! 
カバー裏に特別書き下ろしのスペシャル掌編があるんですよ。
これも楽しい。


たっぷり楽しめること請け合いのお得な本、オススメです。


「ガソリン生活」伊坂幸太郎 朝日文庫
満足度★★★★★

スポットライト 世紀のスクープ

2016年04月23日 | 映画(さ行)
事実を伝えようとする熱意



* * * * * * * * * *

さてお待ちかね、アカデミー賞作品賞受賞作です。
2002年にあった実話を元にしています。
ボストン・グローブ紙の新聞記者たちが、
神父による児童への性的虐待と、カトリック教会がその事実を看過しているという、
大スクープを成し遂げるまでのストーリー。



ある神父による児童への性的虐待という一つの事件が発端です。
聖職者にあるまじき行為。
これはネタになる、と。
ところが調べていくうちに、同じような事件が過去にいくつもあったことがわかってきます。
いや、いくつもなどというものではない、異常な多さ。
しかもそれがすべて、教会により隠し通されてきているし、
どうやら弁護士もその隠蔽に加担しているようだ・・・。



これは常に禁欲を強いられる神父のいわば職業病のようなもの
・・・と言われればとてもわかりやすいですが、
だからといってそれを放置するのはやっぱりダメですよね。
もしかすると、これって、この近年だけではなく
カトリック教会の創始期からずっとそうだったのではないか?という気さえしてきます。
だからそれを隠蔽するノウハウも教会は多分たっぷり持っていたのではないかな?
・・・などと、考えすぎでしょうか。



これが警官や教師がしでかしたことなら、すぐに公になるでしょう。
(そうでない場合も時にはありそうですが。)
でも、神父という立場が、余計にことを表沙汰にさせなくする。
神に一番近いはずの神父様が、そんなことをするはずがない、
という思い込みが一つ。
その神父様を悪く言うと、何か自分自身が悪いかの様な気がしてしまう。
だからそのことを口にすることをまず躊躇してしまいます。
タブーである事件はそれを語ることすらもタブーになってしまう。
被害者は、しっかりした家庭にない気弱な子どもばかり。
だから虐待のことは人に言うことができず、
自分で抱え混んだままずっと苦しんでいる。



「スポットライト」の記事は、神父の個別の罪を言うのではなく、
これらを隠蔽し続けたカトリック教会の問題
として取り上げることにするというのは一つの英断だと思います。
けれどもある意味これは一国の政府のスキャンダルを暴くよりも
もっと大きなことなのですよね。
だって、カトリック教会の信者は世界中にいるし、宗教は、より人の心を操ります。
だから、彼らチームの緊迫感がどんどん高まっていくのがリアルに伝わります。
本当にこんなことを続けても大丈夫なのか。
何か自分や家族に類が及ぶのではないかという恐れ。
そして一方、この真実を伝えることは自分たちの使命だ。
そういう矜持。
取材の一つ一つがとても丁寧で、そして最後の最後まで、
実証されたことだけを伝えるように努力する、
そういう姿勢にも感銘を受けました。


「フォックスキャッチャー」のマーク・ラファロ、
「バードマン」のマイケル・キートン。





いま旬の俳優の起用がピッタリはまっていますし、
キャストばかりでなく、スタッフの熱意までもがひしひしと感じられる。
これぞ「映画力」たっぷりの作品。
ちなみに、このテーマを追うことを決断した新任局長役のリーブ・シュレイバーは
私の好きな役者さん。

このようなところでお目にかかれてウレシイ! 
近年のアカデミー賞受賞作品の中では、一番好きかもしれません。

「スポットライト 世紀のスクープ」
2015/アメリカ/128分
監督:トム・マッカーシー
出演:マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムス、リーブ・シュレイバー、ジョン・スラッテリー

スキャンダル度★★★★★
緊迫感★★★★★
満足度★★★★★


ボクは坊さん

2016年04月22日 | 映画(は行)
檀家になりたい



* * * * * * * * * *

家業であるお寺の住職を祖父から引き継ぐことになった青年のお話。
でも、そのお寺というのが愛媛県今治市
四国八十八ヶ所霊場第57番札所の栄福寺というのには驚きました。
そんなに由緒あるお寺だったとは。
こういうところだからこそ、地元の檀家さんたちとの繋がりがとても強いわけなのですね。



亡くなった祖父のあとを継ぐ事になり、
書店員勤務をやめて24歳で住職になった白方光円(伊藤淳史)。
僧侶としての修行は済んでいますが、実際にはわからないことがたくさんあります。
そんなだから、檀家の長老(イッセー尾形)には全く信頼してもらえない。
けれどお寺の冠婚葬祭の役割として、人々の人生の節目に立ち会い、見守っていく中で、
彼は次第に成長していきます。

しかし、そんな時、彼の幼なじみの京子(山本美月)が、
子どもを出産する際に昏睡状態となってしまうのです。
意識を取り戻さず、ただ眠り続ける友のために、
自分は坊さんとして何かできるのだろうか、思い悩む光円。
宗教を超えて、人を思いやること、
お経を唱えるだけでなく行動することの素晴らしさが感じられます。
抹香臭さは全然なし。
楽しめて、その上深い作品です。



決して偉ぶらず自然体の若き僧侶を伊藤淳史さんが好演しています。
意外と坊主頭が似合いますね。
ちょっと凛々しい感じ。
近所にこんなお坊さんがいたら、お経を上げてもらいたい。
そして苦手と思っていた長老が、だんだん彼を認めるようになっていく、
というのも心地よい。
さすがイッセー尾形さん。
この、がんこでちょっと意地悪そうな爺さんがウマイ!!



ボクは坊さん。DVD
伊藤淳史,山本美月,溝端淳平,渡辺大知,遠藤雄弥
ポニーキャニオン


「ボクは坊さん」
2015年/日本/99分
監督:真壁幸紀
出演:伊藤淳史、山本美月、溝端淳平、濱田岳、イッセー尾形

冠婚葬祭度★★★★☆
満足度★★★★☆

「街場の文体論」内田樹

2016年04月20日 | 本(解説)
熱意と緊張感が伝わる授業

街場の文体論 (文春文庫)
内田 樹
文藝春秋


* * * * * * * * * *

急激に変化する世の中で、開発しなければならない知的な力とは
「生き延びるためのリテラシー」である
―文体と言語について、どうしても伝えたかったことを
教師生活最後の講義「クリエイティブ・ライティング」のなかで語り尽くす。
文章を書く上で必要な「読み手に対する敬意と愛」が実践的にわかる一冊。

* * * * * * * * * *

内田樹先生の教師生活最後の講義「クリエイティブ・ライティング」をまとめたものです。
あまりにも受講希望者が多くて、多少振り落とさねばならなかったらしいのですが、
そのわけも納得。
非常な熱意の感じられる講義で、
この一冊を読んだ後も、しばし心地よい感動と放心に浸ってしまいました。
まるで目の前で講義を聞いていたような感じです。


さて、「文体論」と言われてもよくわからない。
講義の題名の通り「クリエイティブ・ライティング」としたほうが
まだピンとくるかもしれません。
つまりは読み手に伝わりやすい文章の書き方、ということなのですが、
先生の話はそんなことからは想像もつかない多岐で深い内容になっています。


そんな中で、私が唸らされたのが「エクリチュール」という概念。
上手く日本語に該当する言葉がないそうなのですが
「社会言語」とか「集団的言語運用」と言ってもいい。
大阪のおばちゃんの話し方、中学生の話し方、ヤクザの話し方・・・
局地的な方言みたいな感じ、確かに色々ありますね。
で、私たちはそれを選択することができる。
けれどもフランスではこのエクリチュールが上下に階層化しているというのです。
フランスの文献というのは非常に難解でわかりにくく書かれている。
でもそれはもともと上層のエクリチュールにある人々が
同じ階層の人に向けて書かれたものなのなので、問題ない、というのです。。
もともと下層の人々を意識したものではないので、わかりやすくする必要がない。
なんてシビアな階級社会。
少なくとも日本ではよほどの専門書でもない限り、
わかりやすさを基調とされているのが幸い・・・。
そこで私は先日の「マネー・ショート」の映画を思い出してしまった。
あれは分かる人にだけ向けた作品で、つまり私はもともと対象にされていない、
お呼びじゃなかった、ということ?
・・・考えすぎですかね。
(わけがわからなかったことを未だにひがんでいる、私。)


話を戻して、日本語は表音文字と表意文字との組み合わせなので、
文章がすごくわかりやすい。
ひらがなカタカナ、そして漢字。
覚えるのがすごく大変なのにもかかわらず、
識字率が99.8%というのも凄いですね。
つい自分の国は卑下してしまいがちですが、これは威張ってもいいと思う。


また、私たちが文章を書こうとするときには
実は本人も認識していない意識下で、すでに内容はできている。
まずはじめの一文を書き出すと、スルスルと次の言葉が出てくる、
・・・というような話には個人的にも納得できる部分があります。
(けどいつでも必ず、というわけでもないのが困るんだなあ・・・)


ほんの一部の話をご紹介しただけなのですが、他にも興味深い話満載です。
そして驚くのはこの講義のために先生は殆ど下準備なしで、
その場で思いついたことを述べている、ということ。
予め原稿を作っておいてそれを読むような授業をすると、
学生はバタバタと眠ってしまうのだとか・・・。
話がどう転がるかわからない、でも伝えたい事は絶対に伝えたい、わかってほしい。
そういう緊張感と熱意が、実際伝わるんですね。
この辺境の北海道で、もしいつか機会があったら、
ぜひ先生の講演を生で聞いてみたいと思いました。

「街場の文体論」内田樹 文春文庫
満足度★★★★★

モヒカン故郷に帰る

2016年04月19日 | 映画(ま行)
スタイルはヤンキーでもハートは・・・



* * * * * * * * * *

いきなりモヒカン頭でデスメタルを歌う、と言うより唸る
松田龍平さんにびっくり。
これぞ、主人公の田村永吉であります。
しかしどうにも売れないこのバンド、
メンバーは皆そろそろ潮時と思っている様子。
さてこの永吉が、同棲している由佳(前田敦子)を連れて
7年ぶりに瀬戸内海に浮かぶ島、戸鼻島へ帰って来ます。
実は由佳は妊娠していて、これを機会に結婚しようと思い両親に報告に来たのです。



なんの連絡もなく突然帰ってきた永吉に、
父(柄本明)と母(もたいまさこ)はびっくり。
おまけに何故か家を出たはずの弟(千葉雄大)まで戻ってきていて、
いきなりご近所やら親族やらが集まってどんちゃん騒ぎの大宴会。
いいですねえ、なんとも大らかで。
しかしそんな時、父が癌であることが発覚。
すでに転移も進んでいて、余命幾ばくもない事がわかるのです。
父とはまともに話したこともない不器用な息子が、父の最期を看取ろうとします。



ということで、ストーリーの本筋は暗いのですが、
つい吹き出してしまうシーン多数。
美しい島の海を背景として、笑っているうちにほんのり涙が滲んでくるような・・・、
おかしくてちょっぴり切ない物語。



父は、息子にそのまま名前をつけるくらいに矢沢永吉の大ファン。
指導している中学校のブラスバンドでも矢沢の曲を演奏させます。
・・・でもそのレベルはちょっと残念だったりするのですが。
柄本明さんの、徐々に病み衰えていくリアルな変化の演技が凄いと思いました。
最近特に柄本明さんは、実の息子さん達にその実力を見せつけてでもいるように、
演技の深みを感じることが多い気がします。
そのお父さんの最後の望みは「矢沢永吉と会いたい」ということなのですが、
さて・・・?



鯵の捌き方がわからず、ネットの画像を見ながら包丁を握る由佳ちゃんもカワイイし、
そのぐちゃぐちゃのお刺身をおそるおそる食べる家族もナイス。
由佳の本職はネイリストで、お母さんに真っ赤なネイルを塗るというエピソードもステキです。



家族だから言いたい放題というのではなくて、
みな、さり気なくそれぞれに気を使い合っているという距離感が
とても良いと思いました。
年配の方も、松田龍平さんの「モヒカン」にビビる必要はありません。
スタイルはヤンキーでも、ハートはまさしく日本的男子。
温かい家族の物語です。


「モヒカン、故郷に帰る」
2016年/日本/125分
監督・脚本:沖田修一
出演:松田龍平、柄本明、前田敦子、もたいまさこ、千葉雄大

ユーモア度★★★★☆
現代の家族度★★★★☆
満足度★★★★☆

あの日のように抱きしめて

2016年04月18日 | 映画(あ行)
聡明な彼女なら、もっと早くに気づくはず



* * * * * * * * * *

ネリーはナチスの強制収容所で奇跡的に生き残りますが、
顔に大怪我を負っています。
そこで、顔の再生手術を受けましたが、以前の顔とは変わってしまいます。

彼女の願いは再び夫と会って、以前の幸せな生活を取り戻すこと。
彼女を救い出した友人、レネの制止も振り切って、
ネリーは生き別れになった夫を探し出そうとします。
そしてようやく夫ジョニーと再開したネリーでしたが・・・。
ジョニーは以前と顔の違うネリーをネリーとは気付きません。
ジョニーはネリーが収容所で亡くなったと思っており、
「亡き妻になり変わって、妻の遺産をせしめよう」
と彼女に持ちかけるのです。



夫は本当に自分を愛したのか、
それとも裏切ってナチに自分を売ったのか。
夫を信じたいと思いながら、ズルズルと夫の提案に乗り、
自分で自分を演じるはめになってしまうネリー。
そしてどこまでも真実に気付きもしない夫ジョニー。



・・・まあこの辺りで、ジョニーの本当の気持は読めてしまいますよね。
いくら顔が違っていたって、声は同じだし、
おそらくちょっとした表情とかしぐさで気づきそうなものです。
そのことを感じていながらもなお、
彼に再び妻として愛されることを願ってしまうネリーの
いじましい気持ちがにじみ出ます。
でも、この辺で夫の正体に気付き、目が冷めて欲しかった、と実は思ってしまいました。



ユダヤ人の被った悲惨な過去を忘れて、新しい環境で出直したいと願うレネは、
でも、いつまでも過去に戻ろうとするネリーに絶望してしまう。
その心情も哀れでした。


しかしラストで、ネリーが夫に自分の正体を明かすシーンは小気味よい。
多分ようやくここでネリーの戦争は終わるのでしょう。
大きな犠牲を払ってしまいましたが・・・。
面白くはありましたが、やや設定にムリがあるような気がしなくもない。

あの日のように抱きしめて [DVD]
クリスティアン・ペッツォルト,ユベール・モンティエ,ピオットル・シュトエレキ
アルバトロス


「あの日のように抱きしめて」
2014年/ドイツ/98分
監督:クリスティアン・ペッツォルト
出演:ニーナ・ホス、ロナルド・ツェアフェルト、ニーナ・クンツェンドルク

皮肉度★★★★★
満足度★★★.5

「笑うハーレキン」道尾秀介

2016年04月16日 | 本(ミステリ)
疫病神なんかぶっ飛ばせ

笑うハーレキン (中公文庫)
道尾 秀介
中央公論新社


* * * * * * * * * *

経営していた会社も家族も失った家具職人の東口。
川辺の空き地で仲間と暮らす彼の悩みは、
アイツにつきまとわれていることだった。
そこへ転がり込んできた謎の女・奈々恵。
川底に沈む遺体と、奇妙な家具の修理依頼。
迫りくる危険とアイツから、逃れることができるのか?
道尾秀介が贈る、たくらみとエールに満ちた傑作長篇。


* * * * * * * * * *

「たくらみとエール」
なるほどウマイことをいいますね。
家具職人、東口は経営していた会社も家族も失い、
今はトラックの荷台で寝泊まりするホームレス生活を送っています。
細々と家具の修理を請負いながらなんとか生活しているのです。
しかも彼には他の人には見えない怪しい存在が見えてしまう。
それはなんと、いわば「疫病神」とでも言うべきもの。
この疫病神に付きまとわれているから、こんな境遇に陥っているのか・・・? 
でも、実はこの疫病神には
もっと戦慄すべき正体が隠されていることが後々わかります・・・。
そんなところへ雇ってほしいと現れたのが謎の女・奈々恵。
感じのよい娘ではありますが、何か秘密の匂いが・・・。
そしてまた、同じ川辺の空き地で親しくしていたホームレス仲間の死体が見つかる。
謎の事件やおかしな出来事が重なっていき・・・。


やはり、道尾秀介作品。
状況は暗いです。
でも、大丈夫。
と言うか道尾秀介作品を読み慣れている方なら想像がつくはず。
 きっと、最後の最後には心がほっこりできる結末が用意されていることを。
・・・もちろん、どのように、というのは皆目見当がつきません。
そこが著者の「たくらみ」なので。
そして、バラバラの登場人物たちが
いつしかチームワークよくまとまっていくのが心地よい。
だから、道尾作品はやめられない。

「笑うハーレキン」道尾秀介 中公文庫
満足度★★★★☆

ルーム

2016年04月15日 | 映画(ら行)
せっかく得た解放が、また苦難の始まり



* * * * * * * * * *

拉致監禁。
最近日本でも発覚した事件なので、なんとも切実な怖さのある作品です。


7年前、17歳だったジョイ(ブリー・ラーソン)は男に拉致され、
以来ずっとある「部屋」に監禁されているのです。
そしてまた、彼女はそこで出産し、その息子ジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)を育ててきて今は5歳。
彼は生まれてこの方この部屋から出たことがなく、この部屋だけが彼の全宇宙。
テレビで外の世界を見ることはできますが、それは「ニセモノ」だと思っている。
ジョイにはずっと、この部屋から逃れたいという思いがあったことでしょう。
けれどもいつしかそれは諦めに変わっていた。
だけれどもある時、男がジョイを懲らしめようとして部屋の電気を止める。
すぐに暖房がストップ。
この時ジョイは思い知ったのだと思います。
自分たちを死なせるのに凶器や暴力など必要ない。
電気、水、食料。
これらの供給を止めればいいだけのこと。
男の気まぐれ一つに命がかかっているということ。
そしてそれは自分だけならまだしも、息子の命がかかっている。
息子だけでもなんとかここから出さなければ・・・!! 

そのような強い思いに駆られて息子に死んだふりをさせ、脱出に成功させる。
そしてやがて自らも開放されるのですが・・・。
普通の物語ならこれでハッピーエンド。
けれど、本作は実はここからが始まりです。



平和で安心なはずの、もと居た実家。
しかし、世間の好奇の目が突き刺さる。
そして、おそらくは娘の失踪の末のゴタゴタで離婚したと思われる父と母。
母と再婚したという見知らぬ男。
特に父が咎めるように息子ジャックを見る視線。
(と言うか、視線を合わせることができなかったのですが)
想像していたことと違って、全く安心できる場ではない。
でも、家族の方も一体どう接して良いのかわからないですよね。
根ほり葉ほりも聞けない。
かと言って、放ってもおけない。



一方、今まであの部屋しか知らない5歳のジャックにとっては、
この世界はあまりにも広すぎる。
怖くてうずくまり、身動きできない。


そうだろうな、どの人の心情も、リアルに私達に伝わります。
せっかく得た自由が、逆に彼女たちを苦しめる。


けれども、凄いと思ったのは、ジャックのしなやかで強い成長力。
子どもの力ってなんてたくましい! 
ジャックは日に日に環境に適応していきます。
それには、祖母の二度目の夫の協力もあったのですね。
この人がいい奴で本当に良かった・・・!!


しかし、日に日に壊れていくのは、ジョイの方。
次第に周りの人たちがすべて自分を責めているように思えてくる。
被害者なのに、なぜこんなにも責められるのか、
全く理不尽で、自分自身をどう保って良いのかわからなくなってしまうのです。
でも、ジャックが母のために、自分が大事にしてきたある物を差し出すところではもう涙・涙・・・。
う~ん、やっぱり子どもの成長力って凄い!



けれど、ジョイも本当は凄いと思うのですよ。
あんな狭い部屋の中で、決して自堕落にならず子どもをきちんと教育し、
「いつか」の時のために、ストレッチや運動も欠かさなかった。
そういうことは、彼女の聡明さを裏付けます。
余計なことかもしれないけれど、一体どうやって出産したのか・・・
などと想像すると怖いですよ。
たった一人で、どうやって???
壮絶な恐怖と苦痛のうちに赤子を産み落としたに違いない。
だからこそ、何よりも大事で、愛しいのでしょう。
そしてまたジャックが、孤独な監禁生活の唯一の慰めであり、希望でもあったのだから・・・。



なんだか放心状態に陥ってしまうくらい、胸に迫った作品でした。

「ルーム」
2015年/アイルランド・カナダ/118分
監督:レニー・アブラハムソン
出演:ブリー・ラーソン、ジェイコブ・トレンブレイ、ジョアン・アレン、ショーン・ブリジャース、ウィリアム・H・メイシー、トム・マッカムス
子どもの成長度★★★★★
リアル度★★★★☆
満足度★★★★★

ラヴェンダーの咲く庭で

2016年04月14日 | 映画(ら行)
その若さと美しさに、魅せられないはずかない。



* * * * * * * * * *

先日、柏木広樹さんのチェロコンサートに行きまして、
その中で演奏されていた曲の一つが、この「ラヴェンダーの咲く庭で」のテーマ曲。
私は公開時ではないですが、以前見ているのですが、
実はその2、3ヶ月前、この映画とそっくりなシチュエイションで、
海岸で発見された記憶喪失で言葉も通じない青年が、
ピアノの名手、という実際の事件が話題になったのですね。
この映画のPRではないかとのうわさもあったくらい。
それで印象に残っています。
元来イングリッシュガーデンにあこがれてもいましたし。
それで、また見たくなって、みて、驚いた!
主演の老姉妹というのが、ジュディ・デンチとマギー・スミスだったとは!!
当時は、私がぼちぼち映画を見始めた頃なので、
女優さんの名前もなにもわかっていなかった・・・! 
「マリーゴールドホテル」のお二人が、
こんなところでも共演していたんですねえ・・・。


1936年。
イギリス・コーンウォール。
ヨーロッパは第二次大戦の少し前という辺り。
ドイツが不穏な動きをみせている頃でしょうか。
しかし、イギリスの片田舎、海辺のこの小さな町では、平穏で静かな時が流れています。
アーシュラ(ジュディ・デンチ)とジャネット(マギー・スミス)の老姉妹は、
両親の残した家でつつましく暮らしていました。
ある日、家の近くの海岸で、倒れている一人の青年・アンドレア(ダニエル・ブリュール)を見つけます。
二人は彼を家へ運び込み、看病をするようになります。
これまで未婚のままでいたアーシュラは、
その若者の眩しいほどの若さと美しさに心奪われてしまうのです。
その青年はポーランド人で、始めは互いに言葉も通じなかったのですが、
次第に馴染んでいきます。
そしてある時、その青年アンドレアがヴァイオリンの名手であることがわかります。


老姉妹の時が止まったような日々の中に現れた青年は、
2人の生活に活力を与えます。
次第に二人にとってかけがいのない存在になっていく。
特に、アーシュラにとっての彼は、完全に「愛」の対象となっていくのですが、
それは所詮叶わぬ思いであることはもちろん本人もわかっているのです。
アーシュラの思いに気づいているジャネットもまた、
そのことでいつかアーシュラが傷つくことを恐れている。
そんな時、世界的に著名なヴァイオリニストを兄に持つ画家のオルガが、
アンドレアの才能を見出し、兄に紹介しようとするのですが、
姉妹はその話を握りつぶしてしまうのです。
アンドレアを失いたくない、ただその一心で。


だけれども、こんなに生気に満ちた若者を縛り付けておくことなんかできない。
きっといつか彼は出て行ってしまう。
そのことも二人にはわかっていたのですよね。
「老い」の悲しさ、切なさ。
ロンドンのコンサートシーンには泣けます・・・。
姉妹の家の女中ドーカスが、姉妹の留守にアンドレアをこき使い、
おイモの皮を剥かせているシーンが楽しかった!!

ラヴェンダーの咲く庭で(通常版) [DVD]
ジュディ・デンチ,マギー・スミス,ダニエル・ブリュール,ナターシャ・マケルホーン
KADOKAWA / 角川書店


「ラヴェンダーの咲く庭で」
2004年/イギリス/105分
監督・脚本:チャールズ・ダンス
原作:ウィリアム・J・ロック
出演:ジュディ・デンチ、マギー・スミス、ダニエル・ブリュール、ミリアム・マーゴリーズ

老いの切なさ度★★★★★
イギリスの田園風景度★★★★☆
満足度★★★★☆

「悪いうさぎ」若竹七海

2016年04月12日 | 本(ミステリ)
ボロボロになりながら、彼女が突き止めた戦慄の真相

悪いうさぎ (文春文庫)
若竹 七海
文藝春秋


* * * * * * * * * *

家出中の女子高生ミチルを連れ戻す仕事を引き受けた私は、
彼女の周辺に姿を消した少女が複数いるのを知る。
少女たちは一体どこに消えたのか?
女探偵「葉村晶」シリーズの長篇。


* * * * * * * * * *

先日読んだ「さよならの手口」で
すっかり女探偵「葉村晶」ファンになった私は、こちらも読んでみました。
順序は逆になってしまいましたが。


家出をした女子高校生ミチルの捜索から始まった事件。
彼女の行方はまもなく探しだすことができて、無事に連れ戻すのですが、
その彼女の周辺で他にも姿を消してしまった少女が複数いることがわかります。
その行方を探すうちに数々の悲惨な体験をし、
ボロボロになりながら彼女が突き止めた戦慄の真相とは!!


いやはや驚いた。
「さよならの手口」では何度となく怪我をし、
入院の羽目になり、ボロボロになっていた葉村晶ですが、
それはもう彼女の宿命であったわけですね。
本作でも、脇腹を刺され、足の骨にヒビが入ったとこなどほんの序の口。
満身創痍の上にまた数々の命の危機に晒されます。
ピストルの撃ち合いなどは出てきませんが、
これはもうハードボイルドの域。
つまり、そこがこのシリーズの魅力なのでした。


最後の最後にある絶体絶命の危機がもう、本当に圧巻。
しかしまた、ちょっぴりユーモラスであったりするのがまたいいのです。
こんな事件の合間にまた、彼女は親友が結婚詐欺にあっていることに気づいたりします。
なんてめまぐるしい日々。
そんな中で一人癒し系なのが、いつも晶のことを気にかけてくれる、光浦。
オネエ系なので、残念ながら恋愛には発展しません。
和製ウォーショースキーに例えれば、ミスタ・コントレイラスみたいな存在でしょうか。
こんな人がいるから、まだ頑張れちゃうんですね。
ぜひ続編・・というか、続々編が読みたい!!

「悪いうさぎ」若竹七海 文春文庫
満足度★★★★☆

クーパー家の晩餐会

2016年04月11日 | 映画(か行)
それぞれが幸福を演じて・・・



* * * * * * * * * *

40年もの結婚生活の末、夫サム(ジョン・グッドマン)と
離婚を決めたシャーロット(ダイアン・キートン)。
でも最後のクリスマス、一家がみな集まって思い出に残る完璧な晩餐会にしようと、
シャーロットは準備を進めています。
家族には離婚するという話は内緒のままで。
でも、集まった家族たちもそれぞれ、皆には言えない秘密を抱えています。


失業したことを言い出せない息子。

不倫を隠すために、出会ったばかりの男を恋人に仕立てて同伴する娘。


クリスマスプレゼントを万引きして逮捕されたシャーロットの妹。


皆、心に屈託を抱えながら、せめてクリスマスの夜には幸福を演じよう、と思っている。
だから、なんだか皆ギクシャク。
しかし! 最後に大きなアクシデントが!! 
クーパー家はこのまま空中分裂となるのか???


皆がストレスを感じながらもしぶしぶこの晩餐会にやってくるのは、
つまりシャーロットに気を使っているのです。
シャーロットは良き妻、良き母、良き姉ではありますが、
できすぎていると言うか、すべてが完璧でなければ気がすまない。
特に子どもの一人を幼いうちに失くしているということで、
余計に家族たちを気遣い、幸福になってほしいと願う。
でもそれが当人たちには重荷なのです。
そのように子供たちの動向を気にするあまり、夫には興味を示さない。
結局はそれが離婚しようとする原因なのでした。


だからこれはそれぞれの家族の物語ではありながら
やはり、シャーロットの物語なのでしょう。
でも、本作を見る限り、とても良いダンナだし、
離婚しようとする切実味があまり感じられないのです。
二人の若き出会いの頃、それは学生運動華やかな時代。
やはり私などと年代が近いので、非常に親しみを感じてしまう。
40年を共に生きてきた同朋。
何を今さら別れる必要などあるでしょう。
一緒にアフリカに行けばいいじゃん!! 
私は切にそう思いました。



好きだったのは、祖父バッキー(アラン・アーキン)と
ウエイトレスをしているルビー(アマンダ・セイフライド)の二人。
これは愛なのか。
いや信頼で結ばれた友情と言うべきかな。
妙ななまめかしさがないのがとても良い。
そして、この家の人々の騒動を心痛めながら見守っている愛犬ラグスがなんといっても一番。
でもね、やたら人の食べ物を食べてはダメですよ。
体に良くない。
そこがつい気になってしまいました。
マッシュポテトをわさわさ食べちゃってるシーンには思わず笑ってしまいましたが。
この犬の愛嬌に救われましたね・・・。

「クーパー家の晩餐会」
2015年/アメリカ/107分
監督:ジェシー・ネルソン
出演:ダイアン・キートン、ジョン・グッドマン、アマンダ・セイフライド、オリビア・ワイルド、アラン・アーキン、マリサ・トメイ

隠し事度★★★★☆
ワンちゃんに救われた度★★★★★
満足度★★★.5