映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「一遍踊って死んでみな」白蔵盈太

2025年01月27日 | 本(その他)

念仏はロックだ!

 

 

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娯楽がない鎌倉時代、人々に刺激を与えたのは踊り念仏だった。
家族も財産もすべてを捨てて阿弥陀仏の導きに従う一遍は、
念仏を唱えて日本全国を行脚する。
一遍とともに僧達が床板を叩く足音のリズム、
次第に加速する念仏、上昇する心拍数を表すかのような鉦の音。
時衆が繰り広げる激しいパフォーマンスは、見る者の心を鷲掴みにする。
念仏はロックだ! 
破天荒かつ繊細な捨聖、一遍の物語。

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白蔵盈太さんは、日本の歴史の常識を覆す、
ユニークな解釈で物語を展開する作家さん。
私は、赤穂浪士事件にかかわるものくらいしか拝読していなかったので、
このたび、本作を手に取りました。

 

まずは、いきなり現代の高校生ヒロがタイムスリップして、鎌倉時代に迷い込みます。
そんな彼が出会ったのが、一遍。
一遍と彼が引き連れる一行が繰り広げる「踊り念仏」に心を奪われ、
彼もこの地方行脚の旅に同行することになります。

 

現代から鎌倉時代にタイムスリップしたヒロが見た「踊り念仏」は、
ほとんどロックフェス。

鉦や太鼓が生み出すリズム。
それに合わせて床を踏みならす音。
リリックは「南無阿弥陀仏」ただそれのみ。
舞台の全員が、そしてその聴衆も、次第に無我となり踊り狂う。

ヒロが語るこの物語は、仰々しい時代劇調の言葉使いは出てこなくて、現代の口語。
一遍の語る言葉も、小難しい宗教用語は出てきません。
けれど結局、一遍という1人のたぐいまれな信念の人の生涯をたどり、
主な思想を理解できるように描かれています。

また、鎌倉時代の大まかな仏教の流れについても、わかりやすく描かれています。
著者によるこの時代の仏教は、NWOKB。
すなわち、ニュー・ウェーブ・オブ・カマクラ・ブッディズム。
それまでの仏教は朝廷や貴族たちのためのもの。
日頃よい行いをして功徳を積んで、お寺に寄進して、ようやく救済が得られる。
しかし、貴族たちの権威が失墜し、武士の世となり、
既存の仏教を破戒するエネルギーを持った新たなスタイルの仏教が
力を付けていったというわけ。
法然、親鸞、栄西、道元、日蓮・・・。

一遍は、このNWOKBでも最も後発組で、
すでに念仏のみで人は救済されるという思想はかなり広がっていたようなのですが、
家族も財産もすべてをかなぐり捨てて行脚の旅に出るという、
ひたすら実践に務めた一遍が繰り広げる踊り念仏は、
多くの人々の心をひきつけたのでした。

 

踊り念仏=ロックフェスというのはあくまでも著者の創造ではあるけれど、
聴衆を巻き込んで踊り狂うという事象は、
確かにロックフェスに似たようなものだったのかも知れません。
特に、その時代、一般庶民に娯楽など何もなかったわけですし。

本当の「踊り念仏」は、ともかくとして、
ヒロの描く踊り念仏のフェスを実際に見てみたいなあ・・・。

 

「一遍踊って死んでみな」白蔵盈太 文芸社文庫

満足度★★★.5


「成瀬は信じた道をいく」宮島未奈

2025年01月20日 | 本(その他)

成瀬よ、信じた道をいけ

 

 

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成瀬の人生は、今日も誰かと交差する。
「ゼゼカラ」ファンの小学生、娘の受験を見守る父、
近所のクレーマー主婦、観光大使になるべく育った女子大生……。
個性豊かな面々が新たに成瀬あかり史に名を刻む中、
幼馴染の島崎が故郷へ帰ると、成瀬が書置きを残して失踪しており……!? 
読み応え、ますますパワーアップの全5篇!

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宮島未奈さん「成瀬」シリーズの2巻目。

前巻ですっかり成瀬のファンになってしまいましたが、
本巻も期待を裏切らない面白さ。

彼女を取り巻く様々な人物が語り手となって、成瀬の姿を浮かび上がらせていくわけですが、
相変わらず成瀬は、変人で、天才で、まっすぐで、正義の味方です!

 

まずは、小学生の北川みらい。
彼女は「ゼゼカラ」のファンで、このたび総合学習の
自分たちの住む地域で活動する人のことを調べるという課題で、
ゼゼカラを調べることにしたのです。
その時の成瀬は高校生。
無事に成瀬本人と対面することができたみらいは、成瀬にインタビューします。
地域を愛し、この地から世界を目指そうという成瀬にあこがれたみらいは、
成瀬のパトロールにも同行するように・・・。

 

お次は、なんと成瀬の父親、成瀬慶彦。
あの変人成瀬からは想像がつきにくい、普通に、いや普通以上に娘が大好きなパパ。
成瀬のパソコンで一人暮らし用の物件を検索した履歴を見てしまい、
娘が京都の大学に合格したら、家を出て
一人暮らしをはじめようと思っているらしいことを知って動揺します。
いやいや、もっと一緒に暮らしたい。
まだ早い。
そう思う父ですが・・・。

 

その次は、成瀬が無事京大生となり(実家から通っている)、
スーパーでバイトをはじめますが、そのスーパーの「お客様の声」に
こまごまとクレームを書き込むことを生きがいにしている主婦、呉間。
なんともユニークな登場人物設定。
しかしこれはこれでまた、実に面白く成瀬との交流が始まっていきます。

 

次には、成瀬と共にびわ湖大津観光大使となった篠原かれん。
彼女は祖母、母、自分と3代にわたってびわ湖の観光大使となることだけを目指して
これまで生きてきたという強者。
一緒に観光大使を務める成瀬はいかにも変わっていて、
付き合いにくいと感じてはいたのですが、
次第に彼女の生き方にひかれていきます。

 

そして最後は成瀬のゼゼカラの相棒にして、親友の島崎みゆき。
彼女は東京の大学に進学し、成瀬とは離ればなれになっていたのですが、
年末に成瀬に会おうと、成瀬の家を訪ねてきたのでした。
ところが、「探さないでください」とだけ書き置きを残して、成瀬は行方不明だという。
島崎は、ここまでの登場人物をすべて巻き込んで、成瀬の捜索をはじめます。

 

はあ~。
面白すぎて一気読み。
というか、読み終わるのがもったいない感じでした。

 

「成瀬は信じた道をいく」宮島未奈 新潮社

満足度★★★★★


「料理をつくる人」西條奈加他

2025年01月06日 | 本(その他)

料理にまつわるあれこれ

 

 

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どんな料理であっても、そこにはつくり手の感情が込められていると思います。
プロの作る料理はお客さまを満足させるために、
家庭料理は食事を共にする家族の健康や団らんのために、
たとえ自分だけしか食べない簡単なものであっても、
思いは注ぎこまれているのです。
本書では、そんな「料理をつくる人」たちをテーマにした短編を
六名の作家にご執筆いただきました。
心とお腹を満たす極上の物語を、思う存分ご堪能くださいませ。

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■収録作品

西條奈加「向日葵の少女」

千早茜「白い食卓」

深緑野分「メインディッシュを悪魔に」

秋永真琴「冷蔵庫で待ってる」

織守きょうや「対岸の恋」

越谷オサム「夏のキッチン」

 

「料理をつくる人」をテーマにすえたアンソロジーです。
シェフあり、料理好きあり、まったくの初心者あり、とバラエティに富んでいます。
料理は日常でありつつも、生きることに直結すること。
そして至福の時間をもたらすものでもあり、ストーリーにはもってこいですもんね。

 

西條奈加「向日葵の少女」

私の愛読書である西條奈加さんの「神楽坂日記シリーズ」からの一篇。
そうでした、ノゾムくんは、ハンパではない料理男子でした。
冒頭を飾るにふさわしい。
こんなところでまた会えて、嬉しい限り。

 

深緑野分「メインディッシュを悪魔に」

ファンタジーテイスト。
深緑野分さんは、ファンタジーの方に舵をきったままなのでしょうか? 
私はやはり、歴史を絡めた長編ストーリーが読みたい・・・。

 

秋永真琴「冷蔵庫で待ってる」

正直、私は知らない作家さんでしたが、あ、北海道出身でしたか。
と、急に親近感が湧く。
本作、しっかりラブストーリーで、しかも失恋ものなんですが、
ラストがすごく気に入りました。
散々気を持たせたあげく帰ってこようとする男に向けた一言が
なんとも気持ちいい!!

 

越谷オサム「夏のキッチン」

小学生の、料理がまったく初めての男子が、
誰もいない家で、空腹でたまらず、
カレールーの箱の作り方を頼りに、1人でカレーを作ります。
なんともたどたどしくて、ハラハラしてしまいますが、
まったく初めてというならこんなものかも知れません・・・。
けど、小学6年で初めては遅すぎる。
少なくとも、子どもにも小さいうちから調理を見せて、
お手伝いさせてほしいと思うのでありました。

が、最後にほろりとさせられる事情が明かされまして、やられました。

 

「料理をつくる人」 創元文芸文庫

満足度★★★★☆


「傲慢と善良」辻村深月

2024年12月30日 | 本(その他)

婚活って・・・

 

 

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婚約者・坂庭真実が姿を消した。
その居場所を探すため、西澤架は、彼女の「過去」と向き合うことになる。
「恋愛だけでなく生きていくうえでのあらゆる悩みに答えてくれる物語」
と読者から圧倒的な支持を得た作品が遂に文庫化。
《解説・朝井リョウ》

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本作は、藤ヶ谷太輔さんと奈緒さん主演で映画化されていますが、
見逃していまして、そのうち機会があれば見たいと思っていました。
でも先に原作を・・・ということで。

 

婚約者・坂庭真実が、ストーカーにつきまとわれていると怯えているので、
先に同居に踏み切った西澤架。
ところが、彼女はいきなり姿を消してしまいます。

真美とはマッチングアプリ、すなわち婚活で知り合い付き合い始めた。
真美は控えめで真面目なタイプ。
そんな彼女が一体どんな事情でどこへ行ってしまったのか。

架は少しでも手がかりがほしくて、自分と知り合う前の真美のことを調べはじめます。
といっても彼女自身交際範囲が広い方ではなく、
彼女が東京へ出てくる前の実家や見合い相手、以前の職場の同僚・・・そんな程度。

そうして少しずつ分ってくるのは、自分は本当の真美をきちんと見ていたのか?ということ。
そして自分の中にある傲慢さ。

 

婚活とは近頃よく聞く言葉で、マッチングアプリで知り合って結婚したという方も結構多いようです。
そのようにうまくいくこともあるのだけれど、
実際何人もの人と会ってみても、一向にうまくいかない場合も多いようです。

そうなると次第に自分は誰からも必要とされないという思いに囚われていく。
まるで終活でいくつもの会社から不採用通知を受け取ったみたいな・・・。

そうした藁にもすがりたいような思いとはまた別に、
私たちは人を見た目とか第一印象で測ってしまいがち。
安っぽい服装でかっこワルイとか、話し方が自信なさそうとか。
本当のところはもう一歩踏み込まなければ分らないのに。
この人は自分に釣り合わない、などと思う、
そういうことも「傲慢」の一つ。

 

婚活をテーマとしながらも、かなり深く掘り下げられています。
あ、そもそも本当に婚活がテーマなんだっけ?と次第に思うようになりました。
これは婚活に限らず、人と人との関係性にもいえること。
そして真美の母親との関係もかなり詳しく描かれていて、
ここにも大きな問題提起があります。

どんな局面をとっても、チクリと自分の内部をえぐる部分がある。
恐ろしいくらいの小説です。

これで良い感じに収束することはないのでは・・・と思ったのですが、
用意された結末は思いのほか未来に開けていました!!

名作です!!

 

「傲慢と善良」辻村深月 朝日文庫

満足度★★★★★


「エレジーは流れない」三浦しをん

2024年12月18日 | 本(その他)

湯の町の人情はやはり温か

 

 

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山と海に囲まれた餅湯町。
餅湯温泉を抱え、団体旅行客で賑わっていたかつての面影はとうにない。
高校生の怜は、今日も学校の屋上で同級生4人と仲良く弁当を食べていた。
淡々と過ぎていく日常の中で迫る進路の選択。

母親が二人いるという家庭の中で、将来を見詰める怜は果たして……。

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山と海に囲まれた温泉町、餅湯町を舞台とした青春ストーリーです。

主人公は高校生、怜。
温泉街の土産物店を営む母と共に暮らし、
脳みそが筋肉かと思えるようなおバカな友人らと仲良くしているごく平凡な男子・・・。

かと思いつつ読んでいくと、なんと彼には母親が2人いるという。
毎月決まった一週間だけ、彼はもうひとりの母親(?)のもとへ行って、
そこを我が家として過ごすというのが、彼の幼い頃からの日常。

そのことは周囲の皆が知っているのだけれど、
それがどういう意味なのかは、当の本人は何も知らない・・・。
幼い頃からあまりに当然のこととして続けられてきたので、
今さら聞くことができないのです。

そんなある日、怜は、彼を訪ねて来たらしきある男性と出会う。
一目見て怜はわかってしまった。
自分とあまりにもよく似ているコイツは自分の父親だ、と。

 

決してドロドロした愛憎劇ではありません。

この温泉街の人々、怜の友人たち。
彼らは、言うべきことは言うけれど、言わなくてもいいことは言わない。
2人のお母さんのサバサバした思い。
友人たちのそっと見守り、支えようとする心意気。

何もかもステキです。

 

平行して語られるのが、この街の博物館にある土器の盗難騒ぎのこと。
レプリカか、偽装か? 
紙一重のモノを作成してしまう器用な友人の心境も又面白い。

 

とても楽しんで読めました。

 

「エレジーは流れない」三浦しをん 双葉文庫

満足度★★★★☆


「大江戸綺譚 時代小説傑作選」ちくま文庫

2024年12月11日 | 本(その他)

闇深き江戸の町

 

 

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闇深き江戸の町に現われる、鬼、あやかし、怪異
――妖しくも切なく美しい、豪華時代ホラー・アンソロジー。 

嫁いだ先のお店の離れに潜む何かの気配。
義母から打ち明けられた恐ろしくも切ない秘密とは──(「安達家の鬼」)。

豆腐作りに精を出すお由の前に現れ、日々つけ回してくる見知らぬ老爺。
しかし男はお由をよく知っているという──(「お柄杓」)。

江戸の漆黒の闇を舞台に、名手たちによって浮かび上がるのは人間の悲しき性。
名アンソロジストによる選りすぐりの7編。

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時代小説、しかも名手による怪異を描いたアンソロジー、なかなか洒落た企画です。
宮部みゆきさんのように怪異を描く名シリーズを持つ方もいるように、
古の時代と怪異譚はとても相性が良い。
電気もない時代では、今よりもうんと闇が濃くて、
怪しげなモノたちは私たちのすぐ身近にいたのでしょうね。
本巻は、私の好きな作家さんも多くて、迷わず手に取りました。

収録されているのは・・・

木内昇  「お柄杓」

木下昌輝 「肉ノ人」

杉本苑子 「鶴屋南北の死」

都筑道夫 「暗闇坂心中」

中島要  「かくれ鬼」

皆川博子 「小平次」

宮部みゆき「安達家の鬼」

 

木下昌輝 「肉ノ人」

なんとなんと、新選組の沖田総司登場!! 
人魚の肉を食べてしまったために、沖田総司の身の上に異変が起こります。
人の血肉を欲してしまうという、言ってみればバンパイアに・・・! 
こんな新選組、見たことない。
あせります。
でも史実に沿いながら、沖田総司の最期につながっていくというのはさすがであります。

 

杉本苑子 「鶴屋南北の死」、皆川博子 「小平次」

どちらも、怪異の舞台の話が関係しています。
と来れば、やはり鶴屋南北なんですね。
江戸の怪異譚となれば、外せない。
私は先日見た「八犬伝」の映画に出てきた鶴屋南北が忘れられません。

 

ラストはやっぱり、
宮部みゆきさん「安達家の鬼」

ここに出てくる「鬼」は、恐ろしくはなくて、何やら切ないのです。
こんなあやかしを描けるのはさすがに宮部みゆきさん。
人の方が、よほど恐ろしい・・・。


「大江戸綺譚 時代小説傑作選」ちくま文庫

満足度★★★★☆


「夏のカレー 現代の短編小説ベストコレクション2024」

2024年11月27日 | 本(その他)

それぞれの作家らしい力作揃い

 

 

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浮気を繰り返す男の前世とは?
未来の夢を見る少年とその一家、
インストールされたAI探偵の存在意義は、
貝殻から自分そっくりの人間が生まれたら?
トー横カップルの哀しい道行き、
村の忖度博物館をどうする?
8年前のガラケーに届いたメッセージ
――2023年に発表された短篇から、日本文藝家協会の選考委員が独自にセレクト。
今読まなければもったいない、人気作家たちによるベスト短編集最新版です。

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人気作家による短編集。

著者は・・・・(敬称略)

江國香織、三浦しをん、乙一、澤西祐典、山田詠美、小川哲、
中島京子、荻原浩、原田ひ香り、宮島未奈、武石勝義

それぞれの著者らしさの滲む力作揃いです。

 

三浦しをん「夢見る家族」

特に変わったところもない普通の家族のようでいて・・・
夜音次(よねじ)は、自分の家族は少しヘンだと思うようになる。
母がいつも自分と兄・千夜太の見た夢の内容を聞くのです。
夜音次はよく恐い夢を見るのですが、面倒なので兄にその内容を伝え、
兄から母に兄の見た夢としてその内容を伝える。
母はその夢を予知夢として重要視しており、
兄を夢見の力があると思い込む。
でも、本当にその力があるのは弟の方で・・・

 

萩原浩「ああ美しき忖度の村」

ある村は20年前に「忖度」村という名前になったのですが、
今や「忖度」という言葉に悪いイメージがつくようになってしまった。
そこで、「忖度村イメージ向上委員会」が結成されたが、
村の有力者の意向に従おうという空気感に満ちていて、
会議は一向に進まない・・・。
「忖度」にまつわる皮肉な物語。

まあ確かに、元々「忖度」というのはそう悪い意味ではなかったはずではありますね・・・。

 

宮島未奈「ガラケーレクイエム」

解約したつもりで忘れていたガラケーに、
もと同級生から2年前のメッセージが届いていた・・・。
「渡したいものがあります」と。
さて、今さら2年も前のメールにどう反応すべきなのか・・・? 
特別親しい間柄でもなかったのだけれど・・・。
不思議に過去が立ち上ってきますね。

 

「夏のカレー」現代の短編小説ベストコレクション2024 日本文藝家協会・編 文藝春秋

満足度★★★.5


「文学キョーダイ!!」奈倉有里 逢坂冬馬

2024年11月20日 | 本(その他)

どういう家庭に育てば、こんな風になれるのか・・・

 

 

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ロシア文学者・奈倉有里と、小説家・逢坂冬馬。

文学界の今をときめく二人は、じつはきょうだいだった!
姉が10代で単身ロシア留学に向かった時、弟は何を思ったか。
その後交差することのなかった二人の人生が、
2021年に不思議な邂逅を果たしたのはなぜか。
予期せぬ戦争、厳しい社会の中で、我々はどう生きるか?

縦横無尽に広がる、知性と理性、やさしさに満ちた対話が一冊の本になりました。

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私、敬愛する奈倉有里さんと、大ヒット作「同志少女よ敵を撃て」の著者・逢坂冬馬さんが
姉弟であると知った時には驚きました。
そして、一体どう育てればこんな立派な子どもたちができあがるのか、
と、つい思ってしまいました。

本巻、そんな下世話な疑問にも答えの出る本となっています。

 

お二人のお父様は、日本史の先生なのですね。
ただ教える人というよりも、現役の研究者。
そして、子どもたちには「好きなことを好きなようにやりなさい」という主義。
出世しなさいみたいなことはまったく言わない。

よく、周りの人からお父さんは「となりのトトロ」の
さつき・メイ姉妹のお父さんに雰囲気がよく似ていると言われたそうで。
なるほど、そういわれると、すごく想像しやすいですね、その感じ。
で、ジブリついでで、このお二人は「耳をすませば」の天沢聖司と月島雫であるという。
つまり、好きなことのために外国へ留学してしまった天沢聖司が奈倉有里さん。
文を書くことが好きで作家になった月島雫が逢坂冬馬さん。
男女逆転しているところがまた、この姉弟っぽい。
お二人の子どもの頃や、その家族、お祖父さまの話など、大変興味深く拝読しました。
・・・まあ、なんにしてもやはり、そこらの家庭とは違うな、とは思います。

 

そして、お二人は特別親しく連絡を取り合うということもなく、
互いの近況は人づてに聞く程度であったにもかかわらず、
2021年、有里さんは初の単著「夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く」を上梓し、
その一ヶ月ほど後に逢坂冬馬さんのデビュー作「同志少女よ、敵を撃て」が出版されたとのこと。

しかも「夕暮れに」は紫式部賞受賞。
「同志少女」はアガサ・クリスティー賞および本屋大賞受賞。
なんというタイミング! 
スバラシイですね。

 

そして、最終章ではうんと話は深まって「戦争」についてが語られて行きます。
ロシア文学を研究する有里さんにとっては、戦争は避けては通れないし、
逢坂さんの「同志少女」も、そのものズバリ、戦争の話ですものね。

この日本もまた、ある種の国民の思想統制的な流れが現在進行形である
・・・というあたりも一読に値するのではないでしょうか。

 

対談中、有里さんが弟を逢坂さん、逢坂さんは姉を「有里先生」と呼んでいるのが、
いかにも互いを尊重していることがうかがわれて、ステキでした。

 

<図書館蔵書にて>

「文学キョーダイ!!」奈倉有里 逢坂冬馬 文藝春秋

満足度★★★★★


「ショートケーキ。」 坂木司 

2024年10月21日 | 本(その他)

あなたは誰と食べますか?

 

 

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ショートケーキは祈りのかたち――。
悩んだり立ち止まったり、鬱屈を抱えたりする日常に、
ひとすじの光を見せてくれる甘いもの。

ショートケーキをめぐる、優しく温かな5編の物語。

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坂木司さんの「お菓子」の話と言えば、「和菓子のアン」を思い浮かべますが、
本作はそれとは別、「ショートケーキ」にまつわる連作短編集となっています。

実は今時、和菓子よりもショートケーキの方がうんと身近かもしれません。
日常食べる和菓子と言えば、お饅頭とか大福餅で、
きちんとした和菓子は滅多に食べない・・・というのは私だけかな?

 

そこへ行くとショートケーキは、確かに多くの人の生活の中にあるのではないでしょうか。

それを一緒に食べる家族の形、友達との語らい、
そしてお一人様サイズのショートケーキとなれば1人の思いもあるでしょう。
多くの物語を秘めたお菓子なのかも知れません。

私の心に残ったのは

 

「ままならない」

結婚し、子どもができたのは良いけれど、自分のための時間がとれないママたち。

少しも目が離せない赤子をかかえて、大好きなショートケーキをじっくりと味わう時間もない・・・。
あつこは、似たような思いを抱く2人のママ友と、互助会を結成します。

大変な時期に、助け合うことができる人の輪は貴重ですね。

 

本作、それぞれ前の話に登場した人物が
かぶってほんの少し登場したり話に出てきたりするので、
それを見つけるのも楽しいところです。

 

「ショートケーキ。」 坂木司 文春文庫

満足度★★★.5


「また会う日まで」池澤夏樹

2024年10月14日 | 本(その他)

海軍軍人で、天文学者で、クリスチャン

 

 

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海軍軍人、天文学者、クリスチャンとして、明治から戦後までを生きた秋吉利雄。
この三つの資質はどのように混じり合い、競い合ったのか。
著者の祖母の兄である大伯父を主人公にした
伝記と日本の近代史を融合した超弩級の歴史小説。

『静かな大地』『ワカタケル』につづく史伝小説で、
円熟した作家の新たな代表作が誕生した。
朝日新聞大好評連載小説の書籍化。

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図書館で貸出を受け取って、そのボリュームに若干たじろぎました。
700ページを超える大作。
ですが、読み応えもたっぷりで、堪能しました。

 

本作の主人公は、著者・池澤夏樹さんの大伯父(お祖母さんのお兄さん)。
海軍軍人、天文学者、クリスチャンとして、
明治から戦後までを生きた秋吉利雄、その人であります。

 

先には、池澤夏樹さんの母方のご先祖を想起した物語「静かな大地」があって、
そちらもボリュームたっぷり、
アイヌの人々のこともおり混ざって素晴らしい一冊でしたが、
こちらも負けず劣らず、1人の人物と家族の歴史、そして日本の歴史を旅することになります。

著者は、
「大伯父の生涯に導かれて日本近代史を書いてしまった。とんでもなく手間がかかった」
と述べています。

まさに、明治~戦後間もなくまでの日本の歴史。
読者はそれを生々しく体験することに。

 

 

秋吉利雄は海軍軍人で、最後は少将。
海軍で、よくあの戦争を生き残ったなあ・・・と思うかも知れませんが、
実は「水路部」という部署にいて、戦闘にはかかわっていないのです。

水路部、というのは主に「海路図」を作成するところ。
また、自船の位置(詳細な緯度・経度)を正確に割り出す方法を考えたり、
世界各地の港の潮位を割り出したりします。

確かに、言われてみれば重要な役割ですが、
こんな仕事があるということを今まで考えたこともなかったかも知れません。
今でこそコンピューターですぐに答えが出ることなのかも知れませんが、
その当時そんなものはありません。
数学、物理学、天文学などの知識が求められます。

 

しかしともあれ海軍なので、訓練やその後若い頃に多くの戦艦に乗り、
世界を渡り歩いたりもしています。
その時にはまだ、戦争状態にはなかったのです。

様々な艦船の話もまあ、興味深くはあるのですが、
身内の驚きの妊娠事情などがあったりもします。
秋吉の妹が未婚で妊娠してしまうのです。
一体どうするのか・・・。
驚きの展開。
これってつまり、池澤夏樹さんの父である作家・福永武彦氏の出生の秘密(!)ということになります。
・・・ここはもちろんフィクションでしょうけれど。
それにしてもドラマチックではあります。

また、秋吉が日食の観測のために、昭和9年に
南洋の島ローソップ島に赴いた話がとても興味深かった。

なんというか、本作、近代史的側面もありながら、博物学でもありますよね。
好きです、こういうの。

 

戦後、軍人だった秋吉は職を失い、
以前アメリカ留学経験のある自立精神旺盛の妻の方が
GHQに取り立てられて、イキイキと仕事をする・・・というあたり、
まあ秋吉氏には気の毒ですが、私は好きな展開です。

秋吉の最初の妻や、幼子たちがあっさりと命を亡くし、去って行くという時代性。
でもそんな中でも、強く前向きに生きていく女性たちの姿も印象的でした。


<図書館蔵書にて>

「また会う日まで」池澤夏樹 朝日新聞出版

満足度★★★★★


「タラント」角田光代

2024年10月07日 | 本(その他)

人生を通じて、考えること

 

 

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学生時代はボランティアサークルに所属し、国内外で活動しながら、
ある出来事で心に深傷を負い、無気力な中年になったみのり。
不登校の甥とともに、戦争で片足を失った祖父の秘密や、
祖父と繋がるパラ陸上選手を追ううちに、
みのりの心は予想外の道へと走りはじめる。
あきらめた人生に使命〈タラント〉が宿る、慟哭の長篇小説。

解説・奈倉有里

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かなり厚みのある文庫本でしたが、読み始めてすぐに引き込まれて行きました。

40歳目前のみのりは夫と二人暮らし。
学生時代はボランティアサークルに所属し、国内外で活動していました。
ところがある出来事があって、今はそのような活動から身を引いています。

実家は香川のうどん屋さん。
そこには最近不登校になったという甥・陸や、戦争で片足を失った祖父・清美もいます。
口数少なく、戦争のことも語ろうとしない祖父のところに、ときおり来る女性からの手紙。
陸とみのりは密かにその女性のことを調べてみるのですが、
どうもパラリンピックに出場しようとしている人らしい。
一体祖父とどういう関係の人なのか・・・?


・・・というのは、本作の幾重にも重ねられたストーリーの1つ。

「タラント」というのはここでは「使命」というような意味に使われているのですが、
みのりが、「ボランティア」活動に対して思ってきたこと、思うことも重要なテーマです。

みのりは学生時代、他にやりたいこともないということで
なんとなくボランティアサークルに入るのですが、
必ずしも強い「正義感」に駆られて活動していたというわけではありません。
ボランティアの意味を常に考えながら、
自分の「ふつう」の日々と、自分とはぜんぜん違うだれかの「ふつう」の日々を
通じ合わせる方法を見つけたい・・・と思うようになっていったのです。
でも具体的に何をすれば良いのかは分らないまま・・・。

 

その頃からの友人・玲は今も国と国のはざまで困っている人々のために、海外を飛び回っている。
そして同じく当時からの友人・翔太は、そんな場所で写真を撮ることを仕事にしている。

「もし目の前に血を流して倒れている人がいたら、助けるか、写真を撮るか」
という、かねてからの命題にも、いまだ答えはありません。

そしてまたもうひとりの友人・ムーミンの暗い運命は、
理想と現実のギャップの大きさをみのりに見せつけたりもする。

 

またこうしたみのりの過去から今までの思いとはまた別に、
みのりの祖父・清美の戦前から戦後の話が語られて行きます。
出兵し、片足を失い・・・。
終戦となってようやく帰り着いた家は焼け落ち、家族も何も残っていない・・・。
その時のことが生々しく描写されています。
清美本人は、そのような体験のことを家族にも決して語ろうとはしなかったのですが。
元々は若き前途ある青年。
戦争が何もかもを変えてしまった・・・。

そんな祖父が、なぜパラリンピック、走り高跳びの競技に挑戦しようとする
若き女性と知り合うようになったのか。

色々考えさせられることが山盛り。
でも未来へ向けて滑り出す終盤の展開が、心地よいのです。
確かな読み応え。

 

文庫の解説が、我が敬愛する奈倉有里さんというのもポイント高い。

 

「タラント」角田光代 中公文庫

満足度★★★★★

 


「たまごの旅人」近藤史恵

2024年09月23日 | 本(その他)

新米添乗員として活躍のはずが・・・

 

 

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念願かなって海外旅行の添乗員になった遥。
風光明媚なアイスランド、スロベニア、食べ物がおいしいパリ、北京……
異国の地でツアー参加客の特別な瞬間に寄り添い、
ひとり奮闘しながら旅を続ける。
そんな仕事の醍醐味を知り始めたころ、思わぬ事態が訪れて――。

ままならない人生の転機や旅立ちを誠実な筆致で描く、
ウェルメイドな連作短編集。

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念願かなって海外旅行の添乗員になった遥の物語です。

新米添乗員がさっそく行ったのはアイスランド、スロベニア・・・。
観光としてはマイナーですが、
作中描かれているその地の様子を読んでいるうちに
私も行ってみたくなってしまいました。
しかし、添乗員は仕事として行くのだから、自らが観光を楽しんでいる場合ではない。
遥は自分も初めての場所ながら、事前の下調べをしっかりして、
何度も来ていますみたいな顔をしなければなりません。
地元の案内の方がつくので、観光自体はさほど問題ではなく、
大変なのはお客さんへの対応。
いろいろな人がいますもんね。
クレーマーみたいな人。
やたらと周囲の人に話しかけて嫌がられる人・・・。
そんな時のレストランの座席配置など、添乗員は気苦労ばかり。

でも、パリや北京など観光名所も訪れて、
ようやくこれから添乗員としてキャリアを積み上げていこうというときに、
襲いかかってきたのがコロナ禍です。

遥の所属する旅行会社は、海外旅行専門のところ。
そして遥は契約社員。
あっという間に仕事がなくなり、
実家へ帰れば親には邪魔にされて居心地が悪い。

ほとんどヤケになった遥は、沖縄のコールセンターのバイトをすることになって・・・。

 

遥が成長していくお仕事小説家と思ったら、
思いがけない終盤が訪れました・・・。

そこの下りは、あまりにも現実を突きつけられるようでちょっとつらい。

一応コロナ禍が開けた今は、
遥にぜひまた添乗員としての物語を再開していただきたい・・・。

 

「たまごの旅人」近藤史恵 実業之日本社文庫

満足度★★★.5

 


「夜が明ける」西加奈子

2024年09月16日 | 本(その他)

夜は本当に明けるのか

 

 

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15歳のとき、俺はアキに出会った。
191センチの巨体で、フィンランドの異形の俳優にそっくりなアキと俺は、
急速に親しくなった。
やがてアキは演劇を志し、大学を卒業した俺はテレビ業界に就職した。
親を亡くしても、仕事は過酷でも、若い俺たちは希望に満ち溢れていた。
それなのに――。
この夜は、本当に明けるのだろうか。
苛烈すぎる時代に放り出された傷だらけの男二人、
その友情と救済の物語。

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西加奈子さんの渾身の力作。


主人公は同い年の2人の男性。
15歳で出会った「俺」とアキ。
やたらと体が大きく、フィンランドの異形の俳優にそっくりなアキと俺は
それなりの高校生活を送り、やがて卒業。
アキは演劇を志し、「俺」は大学を出てテレビ業界に就職。

しかし、待っていたのは決して薔薇色の未来ではありません。
双方それぞれ、どうにもならない苦境に陥って行きます。

アキは母との2人暮らしで、とにかく貧しかった。
そして母は次第に精神を病んでいって・・・。
こんなどうにもならない重圧を、
ただ自分はフィンランドの俳優、アキ・マケライネンに似ている、
というただ一つのことを心の支えとして、誰にも頼らず、生きていく・・・。
悲惨と言うよりもむしろ壮絶というべきその人生。

 

一方、「俺」の方は一応中流家庭。
しかし父の死で生活は苦しくなり、バイトと奨学金でなんとか大学を出ます。
そしてかつてからの「夢」であったテレビ業界に就職。
ところが、それはまさしくブラック企業。
勤務の多忙さはもちろん、パワハラ上司に罵倒され、周囲の仲間は次々に辞めていく。
でも、「俺」はとにかく必死に働く・・・。
とにかくつらい。
けれども頑張らなければ・・・。


心も体もボロボロの「俺」はついに倒れ、仕事も失うことになるのですが。
こんな彼が、自分を見つめなおすきっかけは・・・。
ほとんどゴミ屋敷のような彼の部屋を訪ねて来た仕事の後輩、森が彼に言うのです。

彼が受けていた「ハラスメント」に気づかなくてごめんなさい、と。

「俺」はそれを聞いて驚いてしまいます。
それはある年配女性の行為のこと。
いじめられたわけでもエロいことをされたわけでもない。
けれど、何よりも自分を苦しめていたのはその女性の行為であったことに
彼自身も気づいていなかったのです。

それは本当は酷いことなのだ、傷ついて当然なのだと、森が口にしたことで、
「俺」が自分でも気づかずにいた苦しみがするすると溶け出していく・・・。

なんだか分る気がするのです。
そういうことってあるなあ・・・と。
再生のきっかけは思いも寄らないところにある。
そういうものです。

 

それと自分ではどうにもならない困ったことは
誰かに助けを求めても良いのだということ。

なぜか自己責任などという突き放す言葉が一般に広まっているようで、
誰にも助けを求められないことが余計に事態を悪くしていることもあるようです。
思い切って助けを求めてみれば、社会はそんなに悪くないのかも・・・。

 

思いがけず、ハードボイルドな展開に陥っていくアキの方の結末は、
「俺」に届いた一通の手紙で知らされます。
心がシンとします。

とても重いけれど、人生の暗い淵を歩んで、
ようやく夜が明けそうだという予感に震えます。

「夜が明ける」西加奈子 新潮文庫

満足度★★★★★


「ウェルカム・ホーム!」丸山正樹

2024年09月02日 | 本(その他)

特養老人ホームのあれこれ

 

 

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派遣切りに遭い、やむなく特養老人ホーム「まほろば園」で働く康介。
体に染みつく便臭にはまだ慣れない。
それに認知症の人や言葉が不明瞭な人相手の仕事は
毎日なぞなぞを出されているかのようだ。
けれど僅かなヒントからその謎が解けた時、康介は仕事が少し好きになり……。
介護する人される人、それぞれの声なき声を掬すくうあたたかな連作短編集。

 

 

丸山正樹さんの連作短編集。

特養老人ホーム「まほろば園」で働く介護士、康介のストーリーです。
2012年から2018年にかけて書かれたもの、ということで、
今私が知る著者の作品とは少しテイストが異なります。
ちょっぴりコメディタッチ。
でも、大切なことはしっかり描かれています。

 

きついばかりで給料はさして高くもなし。
せっかく得た仕事ではあるものの、
康介はきっとすぐにやめることになりそうだと自分でも感じていました。

ホームにいるのは、多くが認知症の老人で、
意思疎通もままならなくて、やりがいを感じられない・・・、
そう思っていたのです。

でも、仕事熱心な先輩に教えられることも多く、
そして次第にここの老人たちも、ただ何も分らないのではなくて、
感情があって、それぞれの事情を抱えながら、
ここのままならない状況に耐えているのだということが分ってきます。

 

このような施設の抱える問題点を挙げながら、
現場で働く人々の気持ち、またそこで暮らす老人たちの気持ち、
何もかもが切実に響いてきます。
私は元々お仕事小説が好きなのですが、本作はその中でもピカイチの一つだと思います。

「ウェルカム・ホーム!」丸山正樹 幻冬舎文庫

満足度★★★★☆


「虹色図書館のへびおとこ」櫻井とりお

2024年08月26日 | 本(その他)

学校へ行かなくても、安心して居られる場所があれば

 

 

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いじめがきっかけで学校に行けなくなった、小学6年生の火村ほのか。
居場所を探してたどりついた古い図書館で、
体の半分が緑色の司書イヌガミさん、
謎の少年スタビンズ君、そしてたくさんの本に出会い、
ほのかの世界は少しずつ動き出す! 
シリーズ累計7万部、「虹いろ図書館」シリーズ、はじまりの物語。

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本作、私がよく行く書店の、書店員オススメ本コーナーにあったのが目につきました。
「虹色図書館」シリーズとして現在まで5冊出ているところの
第一冊目ということのようです。

 

まず始めに、小学生6年の火村ほのかがクラスでいじめられるシーン。
私、そこでちょっと失敗したかな?と思ってしまいました。

私、いじめの話が苦手なのです。
昨今当たり前のように出てくるいじめの話。
こんなだから世間では「いじめ」はあって当たり前みたいな雰囲気に
なってしまっているのではなどとも思ってしまう・・・。

 

ほのかは始めのうち果敢にも耐えて学校に行くのですが、
ついに、行こうと思っても足が前に進まなくなってしまう・・・。
そこで、行き場を探して彼女がたどりついたのは、図書館なのでした。

そこの司書の青年は、顔半分が緑色という、一見ぎょっとするもの。
あのクラスのいじめ主犯が「へびおとこ」と呼んでいたのですが、
そんな呼び方が間違いであることが分る程度には、まっとうな精神の持ち主のほのか。
無愛想なこの青年は、彼女にとって大切な図書館のひとときを守ってくれる人物、イヌガミさんです。

 

このイヌガミさんだけでなく図書館の人々は、
「なぜ学校に行かないの?」とか「サボっていないで、ちゃんと学校に行きなさい」
などとは決して言いません。
黙ってほのかの居場所を提供してくれる。
そして、この図書館に同じく通っている中学生の少年もいます。

次第に図書館の行事などを手伝うようにもなるほのか。
図書館という大切な居場所を得て、ほのかは生きる力を身につけていきます。
まあつまり、少女のこういう成長を描くために、
「いじめ」の話になってしまうのは仕方ないことでした・・・。

 

この話は、図書館が利用者個人のプライバシーを守る
というポリシーを持っていることが根底になっています。
「図書館戦争」を懐かしく思い出しました。

書店員さんオススメというのも納得の作品。


「虹色図書館のへびおとこ」櫻井とりお 河出文庫

満足度★★★★☆