映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「文学キョーダイ!!」奈倉有里 逢坂冬馬

2024年11月20日 | 本(その他)

どういう家庭に育てば、こんな風になれるのか・・・

 

 

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ロシア文学者・奈倉有里と、小説家・逢坂冬馬。

文学界の今をときめく二人は、じつはきょうだいだった!
姉が10代で単身ロシア留学に向かった時、弟は何を思ったか。
その後交差することのなかった二人の人生が、
2021年に不思議な邂逅を果たしたのはなぜか。
予期せぬ戦争、厳しい社会の中で、我々はどう生きるか?

縦横無尽に広がる、知性と理性、やさしさに満ちた対話が一冊の本になりました。

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私、敬愛する奈倉有里さんと、大ヒット作「同志少女よ敵を撃て」の著者・逢坂冬馬さんが
姉弟であると知った時には驚きました。
そして、一体どう育てればこんな立派な子どもたちができあがるのか、
と、つい思ってしまいました。

本巻、そんな下世話な疑問にも答えの出る本となっています。

 

お二人のお父様は、日本史の先生なのですね。
ただ教える人というよりも、現役の研究者。
そして、子どもたちには「好きなことを好きなようにやりなさい」という主義。
出世しなさいみたいなことはまったく言わない。

よく、周りの人からお父さんは「となりのトトロ」の
さつき・メイ姉妹のお父さんに雰囲気がよく似ていると言われたそうで。
なるほど、そういわれると、すごく想像しやすいですね、その感じ。
で、ジブリついでで、このお二人は「耳をすませば」の天沢聖司と月島雫であるという。
つまり、好きなことのために外国へ留学してしまった天沢聖司が奈倉有里さん。
文を書くことが好きで作家になった月島雫が逢坂冬馬さん。
男女逆転しているところがまた、この姉弟っぽい。
お二人の子どもの頃や、その家族、お祖父さまの話など、大変興味深く拝読しました。
・・・まあ、なんにしてもやはり、そこらの家庭とは違うな、とは思います。

 

そして、お二人は特別親しく連絡を取り合うということもなく、
互いの近況は人づてに聞く程度であったにもかかわらず、
2021年、有里さんは初の単著「夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く」を上梓し、
その一ヶ月ほど後に逢坂冬馬さんのデビュー作「同志少女よ、敵を撃て」が出版されたとのこと。

しかも「夕暮れに」は紫式部賞受賞。
「同志少女」はアガサ・クリスティー賞および本屋大賞受賞。
なんというタイミング! 
スバラシイですね。

 

そして、最終章ではうんと話は深まって「戦争」についてが語られて行きます。
ロシア文学を研究する有里さんにとっては、戦争は避けては通れないし、
逢坂さんの「同志少女」も、そのものズバリ、戦争の話ですものね。

この日本もまた、ある種の国民の思想統制的な流れが現在進行形である
・・・というあたりも一読に値するのではないでしょうか。

 

対談中、有里さんが弟を逢坂さん、逢坂さんは姉を「有里先生」と呼んでいるのが、
いかにも互いを尊重していることがうかがわれて、ステキでした。

 

<図書館蔵書にて>

「文学キョーダイ!!」奈倉有里 逢坂冬馬 文藝春秋

満足度★★★★★


「ショートケーキ。」 坂木司 

2024年10月21日 | 本(その他)

あなたは誰と食べますか?

 

 

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ショートケーキは祈りのかたち――。
悩んだり立ち止まったり、鬱屈を抱えたりする日常に、
ひとすじの光を見せてくれる甘いもの。

ショートケーキをめぐる、優しく温かな5編の物語。

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坂木司さんの「お菓子」の話と言えば、「和菓子のアン」を思い浮かべますが、
本作はそれとは別、「ショートケーキ」にまつわる連作短編集となっています。

実は今時、和菓子よりもショートケーキの方がうんと身近かもしれません。
日常食べる和菓子と言えば、お饅頭とか大福餅で、
きちんとした和菓子は滅多に食べない・・・というのは私だけかな?

 

そこへ行くとショートケーキは、確かに多くの人の生活の中にあるのではないでしょうか。

それを一緒に食べる家族の形、友達との語らい、
そしてお一人様サイズのショートケーキとなれば1人の思いもあるでしょう。
多くの物語を秘めたお菓子なのかも知れません。

私の心に残ったのは

 

「ままならない」

結婚し、子どもができたのは良いけれど、自分のための時間がとれないママたち。

少しも目が離せない赤子をかかえて、大好きなショートケーキをじっくりと味わう時間もない・・・。
あつこは、似たような思いを抱く2人のママ友と、互助会を結成します。

大変な時期に、助け合うことができる人の輪は貴重ですね。

 

本作、それぞれ前の話に登場した人物が
かぶってほんの少し登場したり話に出てきたりするので、
それを見つけるのも楽しいところです。

 

「ショートケーキ。」 坂木司 文春文庫

満足度★★★.5


「また会う日まで」池澤夏樹

2024年10月14日 | 本(その他)

海軍軍人で、天文学者で、クリスチャン

 

 

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海軍軍人、天文学者、クリスチャンとして、明治から戦後までを生きた秋吉利雄。
この三つの資質はどのように混じり合い、競い合ったのか。
著者の祖母の兄である大伯父を主人公にした
伝記と日本の近代史を融合した超弩級の歴史小説。

『静かな大地』『ワカタケル』につづく史伝小説で、
円熟した作家の新たな代表作が誕生した。
朝日新聞大好評連載小説の書籍化。

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図書館で貸出を受け取って、そのボリュームに若干たじろぎました。
700ページを超える大作。
ですが、読み応えもたっぷりで、堪能しました。

 

本作の主人公は、著者・池澤夏樹さんの大伯父(お祖母さんのお兄さん)。
海軍軍人、天文学者、クリスチャンとして、
明治から戦後までを生きた秋吉利雄、その人であります。

 

先には、池澤夏樹さんの母方のご先祖を想起した物語「静かな大地」があって、
そちらもボリュームたっぷり、
アイヌの人々のこともおり混ざって素晴らしい一冊でしたが、
こちらも負けず劣らず、1人の人物と家族の歴史、そして日本の歴史を旅することになります。

著者は、
「大伯父の生涯に導かれて日本近代史を書いてしまった。とんでもなく手間がかかった」
と述べています。

まさに、明治~戦後間もなくまでの日本の歴史。
読者はそれを生々しく体験することに。

 

 

秋吉利雄は海軍軍人で、最後は少将。
海軍で、よくあの戦争を生き残ったなあ・・・と思うかも知れませんが、
実は「水路部」という部署にいて、戦闘にはかかわっていないのです。

水路部、というのは主に「海路図」を作成するところ。
また、自船の位置(詳細な緯度・経度)を正確に割り出す方法を考えたり、
世界各地の港の潮位を割り出したりします。

確かに、言われてみれば重要な役割ですが、
こんな仕事があるということを今まで考えたこともなかったかも知れません。
今でこそコンピューターですぐに答えが出ることなのかも知れませんが、
その当時そんなものはありません。
数学、物理学、天文学などの知識が求められます。

 

しかしともあれ海軍なので、訓練やその後若い頃に多くの戦艦に乗り、
世界を渡り歩いたりもしています。
その時にはまだ、戦争状態にはなかったのです。

様々な艦船の話もまあ、興味深くはあるのですが、
身内の驚きの妊娠事情などがあったりもします。
秋吉の妹が未婚で妊娠してしまうのです。
一体どうするのか・・・。
驚きの展開。
これってつまり、池澤夏樹さんの父である作家・福永武彦氏の出生の秘密(!)ということになります。
・・・ここはもちろんフィクションでしょうけれど。
それにしてもドラマチックではあります。

また、秋吉が日食の観測のために、昭和9年に
南洋の島ローソップ島に赴いた話がとても興味深かった。

なんというか、本作、近代史的側面もありながら、博物学でもありますよね。
好きです、こういうの。

 

戦後、軍人だった秋吉は職を失い、
以前アメリカ留学経験のある自立精神旺盛の妻の方が
GHQに取り立てられて、イキイキと仕事をする・・・というあたり、
まあ秋吉氏には気の毒ですが、私は好きな展開です。

秋吉の最初の妻や、幼子たちがあっさりと命を亡くし、去って行くという時代性。
でもそんな中でも、強く前向きに生きていく女性たちの姿も印象的でした。


<図書館蔵書にて>

「また会う日まで」池澤夏樹 朝日新聞出版

満足度★★★★★


「タラント」角田光代

2024年10月07日 | 本(その他)

人生を通じて、考えること

 

 

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学生時代はボランティアサークルに所属し、国内外で活動しながら、
ある出来事で心に深傷を負い、無気力な中年になったみのり。
不登校の甥とともに、戦争で片足を失った祖父の秘密や、
祖父と繋がるパラ陸上選手を追ううちに、
みのりの心は予想外の道へと走りはじめる。
あきらめた人生に使命〈タラント〉が宿る、慟哭の長篇小説。

解説・奈倉有里

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かなり厚みのある文庫本でしたが、読み始めてすぐに引き込まれて行きました。

40歳目前のみのりは夫と二人暮らし。
学生時代はボランティアサークルに所属し、国内外で活動していました。
ところがある出来事があって、今はそのような活動から身を引いています。

実家は香川のうどん屋さん。
そこには最近不登校になったという甥・陸や、戦争で片足を失った祖父・清美もいます。
口数少なく、戦争のことも語ろうとしない祖父のところに、ときおり来る女性からの手紙。
陸とみのりは密かにその女性のことを調べてみるのですが、
どうもパラリンピックに出場しようとしている人らしい。
一体祖父とどういう関係の人なのか・・・?


・・・というのは、本作の幾重にも重ねられたストーリーの1つ。

「タラント」というのはここでは「使命」というような意味に使われているのですが、
みのりが、「ボランティア」活動に対して思ってきたこと、思うことも重要なテーマです。

みのりは学生時代、他にやりたいこともないということで
なんとなくボランティアサークルに入るのですが、
必ずしも強い「正義感」に駆られて活動していたというわけではありません。
ボランティアの意味を常に考えながら、
自分の「ふつう」の日々と、自分とはぜんぜん違うだれかの「ふつう」の日々を
通じ合わせる方法を見つけたい・・・と思うようになっていったのです。
でも具体的に何をすれば良いのかは分らないまま・・・。

 

その頃からの友人・玲は今も国と国のはざまで困っている人々のために、海外を飛び回っている。
そして同じく当時からの友人・翔太は、そんな場所で写真を撮ることを仕事にしている。

「もし目の前に血を流して倒れている人がいたら、助けるか、写真を撮るか」
という、かねてからの命題にも、いまだ答えはありません。

そしてまたもうひとりの友人・ムーミンの暗い運命は、
理想と現実のギャップの大きさをみのりに見せつけたりもする。

 

またこうしたみのりの過去から今までの思いとはまた別に、
みのりの祖父・清美の戦前から戦後の話が語られて行きます。
出兵し、片足を失い・・・。
終戦となってようやく帰り着いた家は焼け落ち、家族も何も残っていない・・・。
その時のことが生々しく描写されています。
清美本人は、そのような体験のことを家族にも決して語ろうとはしなかったのですが。
元々は若き前途ある青年。
戦争が何もかもを変えてしまった・・・。

そんな祖父が、なぜパラリンピック、走り高跳びの競技に挑戦しようとする
若き女性と知り合うようになったのか。

色々考えさせられることが山盛り。
でも未来へ向けて滑り出す終盤の展開が、心地よいのです。
確かな読み応え。

 

文庫の解説が、我が敬愛する奈倉有里さんというのもポイント高い。

 

「タラント」角田光代 中公文庫

満足度★★★★★

 


「たまごの旅人」近藤史恵

2024年09月23日 | 本(その他)

新米添乗員として活躍のはずが・・・

 

 

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念願かなって海外旅行の添乗員になった遥。
風光明媚なアイスランド、スロベニア、食べ物がおいしいパリ、北京……
異国の地でツアー参加客の特別な瞬間に寄り添い、
ひとり奮闘しながら旅を続ける。
そんな仕事の醍醐味を知り始めたころ、思わぬ事態が訪れて――。

ままならない人生の転機や旅立ちを誠実な筆致で描く、
ウェルメイドな連作短編集。

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念願かなって海外旅行の添乗員になった遥の物語です。

新米添乗員がさっそく行ったのはアイスランド、スロベニア・・・。
観光としてはマイナーですが、
作中描かれているその地の様子を読んでいるうちに
私も行ってみたくなってしまいました。
しかし、添乗員は仕事として行くのだから、自らが観光を楽しんでいる場合ではない。
遥は自分も初めての場所ながら、事前の下調べをしっかりして、
何度も来ていますみたいな顔をしなければなりません。
地元の案内の方がつくので、観光自体はさほど問題ではなく、
大変なのはお客さんへの対応。
いろいろな人がいますもんね。
クレーマーみたいな人。
やたらと周囲の人に話しかけて嫌がられる人・・・。
そんな時のレストランの座席配置など、添乗員は気苦労ばかり。

でも、パリや北京など観光名所も訪れて、
ようやくこれから添乗員としてキャリアを積み上げていこうというときに、
襲いかかってきたのがコロナ禍です。

遥の所属する旅行会社は、海外旅行専門のところ。
そして遥は契約社員。
あっという間に仕事がなくなり、
実家へ帰れば親には邪魔にされて居心地が悪い。

ほとんどヤケになった遥は、沖縄のコールセンターのバイトをすることになって・・・。

 

遥が成長していくお仕事小説家と思ったら、
思いがけない終盤が訪れました・・・。

そこの下りは、あまりにも現実を突きつけられるようでちょっとつらい。

一応コロナ禍が開けた今は、
遥にぜひまた添乗員としての物語を再開していただきたい・・・。

 

「たまごの旅人」近藤史恵 実業之日本社文庫

満足度★★★.5

 


「夜が明ける」西加奈子

2024年09月16日 | 本(その他)

夜は本当に明けるのか

 

 

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15歳のとき、俺はアキに出会った。
191センチの巨体で、フィンランドの異形の俳優にそっくりなアキと俺は、
急速に親しくなった。
やがてアキは演劇を志し、大学を卒業した俺はテレビ業界に就職した。
親を亡くしても、仕事は過酷でも、若い俺たちは希望に満ち溢れていた。
それなのに――。
この夜は、本当に明けるのだろうか。
苛烈すぎる時代に放り出された傷だらけの男二人、
その友情と救済の物語。

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西加奈子さんの渾身の力作。


主人公は同い年の2人の男性。
15歳で出会った「俺」とアキ。
やたらと体が大きく、フィンランドの異形の俳優にそっくりなアキと俺は
それなりの高校生活を送り、やがて卒業。
アキは演劇を志し、「俺」は大学を出てテレビ業界に就職。

しかし、待っていたのは決して薔薇色の未来ではありません。
双方それぞれ、どうにもならない苦境に陥って行きます。

アキは母との2人暮らしで、とにかく貧しかった。
そして母は次第に精神を病んでいって・・・。
こんなどうにもならない重圧を、
ただ自分はフィンランドの俳優、アキ・マケライネンに似ている、
というただ一つのことを心の支えとして、誰にも頼らず、生きていく・・・。
悲惨と言うよりもむしろ壮絶というべきその人生。

 

一方、「俺」の方は一応中流家庭。
しかし父の死で生活は苦しくなり、バイトと奨学金でなんとか大学を出ます。
そしてかつてからの「夢」であったテレビ業界に就職。
ところが、それはまさしくブラック企業。
勤務の多忙さはもちろん、パワハラ上司に罵倒され、周囲の仲間は次々に辞めていく。
でも、「俺」はとにかく必死に働く・・・。
とにかくつらい。
けれども頑張らなければ・・・。


心も体もボロボロの「俺」はついに倒れ、仕事も失うことになるのですが。
こんな彼が、自分を見つめなおすきっかけは・・・。
ほとんどゴミ屋敷のような彼の部屋を訪ねて来た仕事の後輩、森が彼に言うのです。

彼が受けていた「ハラスメント」に気づかなくてごめんなさい、と。

「俺」はそれを聞いて驚いてしまいます。
それはある年配女性の行為のこと。
いじめられたわけでもエロいことをされたわけでもない。
けれど、何よりも自分を苦しめていたのはその女性の行為であったことに
彼自身も気づいていなかったのです。

それは本当は酷いことなのだ、傷ついて当然なのだと、森が口にしたことで、
「俺」が自分でも気づかずにいた苦しみがするすると溶け出していく・・・。

なんだか分る気がするのです。
そういうことってあるなあ・・・と。
再生のきっかけは思いも寄らないところにある。
そういうものです。

 

それと自分ではどうにもならない困ったことは
誰かに助けを求めても良いのだということ。

なぜか自己責任などという突き放す言葉が一般に広まっているようで、
誰にも助けを求められないことが余計に事態を悪くしていることもあるようです。
思い切って助けを求めてみれば、社会はそんなに悪くないのかも・・・。

 

思いがけず、ハードボイルドな展開に陥っていくアキの方の結末は、
「俺」に届いた一通の手紙で知らされます。
心がシンとします。

とても重いけれど、人生の暗い淵を歩んで、
ようやく夜が明けそうだという予感に震えます。

「夜が明ける」西加奈子 新潮文庫

満足度★★★★★


「ウェルカム・ホーム!」丸山正樹

2024年09月02日 | 本(その他)

特養老人ホームのあれこれ

 

 

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派遣切りに遭い、やむなく特養老人ホーム「まほろば園」で働く康介。
体に染みつく便臭にはまだ慣れない。
それに認知症の人や言葉が不明瞭な人相手の仕事は
毎日なぞなぞを出されているかのようだ。
けれど僅かなヒントからその謎が解けた時、康介は仕事が少し好きになり……。
介護する人される人、それぞれの声なき声を掬すくうあたたかな連作短編集。

 

 

丸山正樹さんの連作短編集。

特養老人ホーム「まほろば園」で働く介護士、康介のストーリーです。
2012年から2018年にかけて書かれたもの、ということで、
今私が知る著者の作品とは少しテイストが異なります。
ちょっぴりコメディタッチ。
でも、大切なことはしっかり描かれています。

 

きついばかりで給料はさして高くもなし。
せっかく得た仕事ではあるものの、
康介はきっとすぐにやめることになりそうだと自分でも感じていました。

ホームにいるのは、多くが認知症の老人で、
意思疎通もままならなくて、やりがいを感じられない・・・、
そう思っていたのです。

でも、仕事熱心な先輩に教えられることも多く、
そして次第にここの老人たちも、ただ何も分らないのではなくて、
感情があって、それぞれの事情を抱えながら、
ここのままならない状況に耐えているのだということが分ってきます。

 

このような施設の抱える問題点を挙げながら、
現場で働く人々の気持ち、またそこで暮らす老人たちの気持ち、
何もかもが切実に響いてきます。
私は元々お仕事小説が好きなのですが、本作はその中でもピカイチの一つだと思います。

「ウェルカム・ホーム!」丸山正樹 幻冬舎文庫

満足度★★★★☆


「虹色図書館のへびおとこ」櫻井とりお

2024年08月26日 | 本(その他)

学校へ行かなくても、安心して居られる場所があれば

 

 

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いじめがきっかけで学校に行けなくなった、小学6年生の火村ほのか。
居場所を探してたどりついた古い図書館で、
体の半分が緑色の司書イヌガミさん、
謎の少年スタビンズ君、そしてたくさんの本に出会い、
ほのかの世界は少しずつ動き出す! 
シリーズ累計7万部、「虹いろ図書館」シリーズ、はじまりの物語。

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本作、私がよく行く書店の、書店員オススメ本コーナーにあったのが目につきました。
「虹色図書館」シリーズとして現在まで5冊出ているところの
第一冊目ということのようです。

 

まず始めに、小学生6年の火村ほのかがクラスでいじめられるシーン。
私、そこでちょっと失敗したかな?と思ってしまいました。

私、いじめの話が苦手なのです。
昨今当たり前のように出てくるいじめの話。
こんなだから世間では「いじめ」はあって当たり前みたいな雰囲気に
なってしまっているのではなどとも思ってしまう・・・。

 

ほのかは始めのうち果敢にも耐えて学校に行くのですが、
ついに、行こうと思っても足が前に進まなくなってしまう・・・。
そこで、行き場を探して彼女がたどりついたのは、図書館なのでした。

そこの司書の青年は、顔半分が緑色という、一見ぎょっとするもの。
あのクラスのいじめ主犯が「へびおとこ」と呼んでいたのですが、
そんな呼び方が間違いであることが分る程度には、まっとうな精神の持ち主のほのか。
無愛想なこの青年は、彼女にとって大切な図書館のひとときを守ってくれる人物、イヌガミさんです。

 

このイヌガミさんだけでなく図書館の人々は、
「なぜ学校に行かないの?」とか「サボっていないで、ちゃんと学校に行きなさい」
などとは決して言いません。
黙ってほのかの居場所を提供してくれる。
そして、この図書館に同じく通っている中学生の少年もいます。

次第に図書館の行事などを手伝うようにもなるほのか。
図書館という大切な居場所を得て、ほのかは生きる力を身につけていきます。
まあつまり、少女のこういう成長を描くために、
「いじめ」の話になってしまうのは仕方ないことでした・・・。

 

この話は、図書館が利用者個人のプライバシーを守る
というポリシーを持っていることが根底になっています。
「図書館戦争」を懐かしく思い出しました。

書店員さんオススメというのも納得の作品。


「虹色図書館のへびおとこ」櫻井とりお 河出文庫

満足度★★★★☆

 


「成瀬は天下を取りに行く」宮島未奈 

2024年08月19日 | 本(その他)

ユニークな成瀬から目が離せない

 

 

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2020年、中2の夏休みの始まりに、幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。
コロナ禍に閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るというのだが……。

M-1に挑戦したかと思えば、自身の髪で長期実験に取り組み、市民憲章は暗記して全うする。
今日も全力で我が道を突き進む成瀬あかりから、きっと誰もが目を離せない。

2023年、最注目の新人が贈る傑作青春小説!

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2024年本屋大賞受賞作です。

主人公・成瀬のずば抜けた個性があまりにもユニークで、目が離せません。
その成瀬のことを、まずは幼馴染みの友人・島崎の視点から語られます。

 

双方、中学2年の夏休みの始まり。

彼女らは滋賀県大津市の膳所(ぜぜ)というところに住んでいるのですが、
そこにある西武大津店が閉店となる、というのが事の発端。
そのため地元のテレビ局が閉店までの一ヶ月間、毎日そこから中継を行うことに。
そこでいきなり成瀬が、毎日西武大津店に通って中継に映り込もうというナゾの志を立て、
島崎はそれを見届ける役割を受けることにします。

 

成瀬は頭が良いのですが、どうも発想が人とは異なっていて周囲からは浮いている・・・。
そんな彼女の突拍子もない志に付き合わされる島崎と、
あきれたり感心したりする周囲の人々のことが描かれていきます。

仕方なく付き合っているように見える島崎も、
実は面白くてのめり込んでいた、というところもいいなあ。

その後に成瀬はM-1グランプリに挑戦したり、
高校の入学式には丸坊主で現れたり・・・実にユニーク。

 

成瀬のあまりの変人ぶりに、この人は若干人の感情には興味がないのかな?
などと思って読み進んでいくと、
最後には成瀬自身の視点で語られていて、
いやいや、ちゃんと繊細で乙女なことが分ってこれもまた感動。
ますます成瀬が好きになってしまいます。

続巻もすでに出ているので、ぜひ読みたいと思います。

 

「成瀬は天下を取りに行く」宮島未奈 新潮社

満足度★★★★★

 


「あしたのことば」森絵都

2024年08月12日 | 本(その他)

みずみずしく、若くてしなやかな感情

 

 

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思っていることが、なんで言えないんだろう。
おしゃべりな周也と寡黙な律が、ちょっとした行き違いから、気まずいまま下校していると
――小学校国語教科書に掲載された「帰り道」をはじめ、
口に出せなかった思いをめぐる「遠いまたたき」、
転校先で新たな一歩を踏み出す「あしたのことば」、
文庫化に際して新たに加えられた書き下ろし「%」など、
言葉をテーマにした9つの物語。
子どもからおとなまで、すべての人の心に染みる珠玉の短編集。
人気イラストレーターとの豪華コラボも実現し、
しらこ、赤、長田結花、早川世詩男、100%ORANGE、植田たてり、
酒井以、中垣ゆたか、阿部海太、今日マチ子のイラストを収録。

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森絵都さんの短編集です。
多くが小・中学生が主人公。
学校の友人関係をテーマとしているものが多いのですが、
中の「帰り道」は、小学校の教科書に掲載されたものだそうです。

思ったことがポンポン口から飛び出してしまう周也と、
なかなか思いを口に出すことができない律。
いつもは仲が良いのですが、その日ちょっとしたできごとがあって、
気まずい雰囲気になってしまっています。
仲直りしたくて、律の帰り時間に合わせて一緒に帰ろうとした周也。
けれど、やはり気持ちは行き違っているようで、黙りこくったまま歩き続きます。
でもそんな時、不意の出来事があって・・・。

始めは律の視点で、次には周也の視点で、同じ場面が繰り返して描かれています。
気持ちのわだかまりが、ある出来事でするするとほどけていく・・・。

ほんのささやかな出来事ではありますが、
些細なことで気持ちがモヤモヤして、
そしてそれとは全く別の出来事でなぜかモヤモヤが消え去っていく・・・。
そんな出来事も、私たちの日常の中では、特にめずらしいことでもないのかも知れません。
でも、小学生というみずみずしい心の土壌でそれが起きるというのは、
意味があることのように思えます。
自分とは別の存在があって、それは自分自身と同じように互いに尊重すべきもの・・・
そういう意識の芽生えがステキだなあ・・・。

 

もう一つ、「風と雨」という作品では、
2人のみならず3人の視点から描かれています。
風香と同じクラスにいる瑠雨(るう)という子は、言葉を話しません。
家では少しですが話をしているそうで、障害ではなさそう。
だから風香も瑠雨とは親しいわけではなかったけれど、
ある時、瑠雨が音楽に興味を持っているらしいことに気がつきます。
それでついある日、おじいちゃんの“ヨウキョク”を聞きに来ないかと誘ってしまうのですが・・・。

“ヨウキョク”というのが何なのかがミソ。
風香と瑠雨、そしてそのおじいちゃんの視点で描かれる物語。
これも面白い。

 

総じて、私、すっかりおばちゃんではありますが
気持ちだけは若いつもりでおりました。
しかし本作を読んで、イヤイヤイヤ、
小中学生くらいの本当にみずみずしくて若くてしなやかな気持ち・・・、
これはさすがに忘れ去ってしまっていたかも・・・と、今さらながらに認識しました。
つまりは著者がそういう所をもしっかり描写できているということなのでしょう。

教科書掲載も納得。

「あしたのことば」森絵都 新潮文庫

満足度★★★★★


「水車小屋のネネ」津村記久子

2024年07月22日 | 本(その他)

助け合いながら生きていく

 

 

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“誰かに親切にしなきゃ、人生は長く退屈なものですよ”  
18歳と8歳の姉妹がたどり着いた町で出会った、しゃべる鳥〈ネネ〉 
ネネに見守られ、変転してゆくいくつもの人生―― 

助け合い支え合う人々の40年を描く長編小説 
毎日新聞夕刊で話題となった連載小説、待望の書籍化! 

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本屋大賞ノミネート作品ですが、なるほど、ステキな感動作です。

 

とある片田舎のそば屋に、18歳の少女・理佐が店員兼「鳥の相手」のためにやって来ました。
8歳の妹・律を連れて。

・・・と、すでに疑問が湧く導入。
興味を引かれますね。

理佐と律はそれまで母親と暮らしていたのですが、
その母の男が3人の生活に乗り込んで来たのです。
律は虐待に近い扱いを受け、理佐は専門学校に入学予定だったのに
そのお金を男のために使われてしまい、ダメになってしまいました。
母は、自分で考えることをやめてしまったようで、
そのことに全く悪びれる様子もありません。

理佐はこんなところにはいられないと、自立を決心して家出。
そして妹の律にも意思を確認の上、連れてきたのでした。

さて、理佐が就職のためにやって来たそば屋は、
そばの実を水車の石臼で挽いてそば粉にしたものからそばを打つ
という念の入ったもので、そのため店の近くに水車小屋があるのです。
そこにいるのがヨウムという鳥。
知能が高く、石臼のそばの減り具合を見張って、教えてくれます。
よく人の言葉も話します。
それで理佐の役割はお店の店員と
このネネという鳥の世話というかお相手をすることなのでした。

 

そんな風に始まるこの物語。
はじめは18歳少女が8歳の妹の保護者代わりということで周囲の人々も心配したのですが、
この2人の真摯で一生懸命な様子をみて力を貸してくれるようになり、
どんどん地域に馴染んでたくましく生活していくようになります。

 

そして話は10年ごとに進んでいって、この2人のその後の生き方が描かれていきます。

いつでも人の輪があって、助け合いがあって。
亡くなっていく人もいる。
新しく登場する人もいる。

まあ、いい人ばかりが居すぎる気もするけれど、
でもだからこそ読んでいて心地よく、なんだか幸せな気持ちになってしまいます。
人生捨てたもんじゃないですね。

「水車小屋のネネ」津村記久子 毎日新聞出版

満足度★★★★.5


「婿どの相逢席」西條奈加

2024年07月17日 | 本(その他)

逆玉の輿のはずが・・・

 

 

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小さな楊枝屋の四男坊・鈴之助は、
大店の仕出屋『逢見屋』の跡取り娘・お千瀬と恋仲になり、晴れて婿入り。
だが祝言の翌日、大女将から思いもよらない話を聞かされる……。
与えられた境遇を受け入れ、陰に陽に家業を支える鈴之助。
〝婿どの〟の秘めた矜持とひたむきな家族愛は、
やがて逢見屋に奇跡を呼び起こす。
直木賞作家、渾身の傑作人情譚!

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時々読む時代物、なんだか心がほっこりします。

小さな楊枝屋の四男坊・鈴之助が、
大店の仕出屋「逢見屋」の跡取り娘・お千瀬と恋仲になり、
婿入りするというところから始まる本作。
通常、そこまでが物語になるのですが、
本作はそこからがスタートです。

実家の楊枝屋では跡取りなどとてもなれないのですが、
大店の跡取り娘の婿となればもう、言ってみれば逆玉の輿。
大好きなお千瀬と夫婦になれて、その上、大店の婿となったら幸せすぎるくらい。
・・・と、思っていたのです。
祝言のその日までは。

けれど、その翌日、鈴之助は厳しい現実を突きつけられる。
この家は代々女が家督を継ぐしきたりとなっていて、
男は商売に口出しはできない。
何もするな、というのが婿に与えられた役割・・・。

鈴之助はいくら何でもそれを「楽ちん」と言って喜ぶほど
お気楽な性格ではありません。

店の大女将(祖母)と女将(母)、そしてお千瀬が店を切り盛りする中、
女将の夫(義父)と鈴之助は、
なんとも所在なく肩身の狭い思いで日々を過ごすことになるのです。

 

けれども、鈴之助は持ち前の人好きのする性格で、
人と人を結びつけ、逢見屋の家族関係や周囲の人々を変えていく・・・。

なぜか逢見屋に徹底して悪意を向ける人物の存在があったりして、
スリリングな部分もありながら、ほっこりする江戸の人情譚。
心地よい読書を楽しみました。

 

「婿どの相逢席」西條奈加 幻冬舎文庫

満足度★★★★☆

 


「百年と一日」柴崎友香

2024年07月01日 | 本(その他)

いつどんなときにも人がいて、懸命に生きている

 

 

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朝日、読売、毎日、日経各紙で紹介。
第1回「みんなのつぶやき文学賞」国内編第1位。
「こんな小説、読んだことない」と話題の1冊が、1篇を増補し待望の文庫化!

遠くの見知らぬ誰かの生が、ふいに自分の生になる。
そのぞくりとするような瞬間――岸本佐知子(翻訳家)

学校、家、映画館、喫茶店、地下街の噴水広場、島、空港……
さまざまな場所で、人と人は人生のひとコマを共有し、
別れ、別々の時間を生きる。
屋上にある部屋ばかり探して住む男、
戦争が起こり逃げて来た女と迎えた女、
周囲の開発がつづいても残り続ける「未来軒」というラーメン屋……
この星にあった、誰も知らない34の物語。

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柴崎友香さん、私には初めての作家さんです。
本巻は短編集と言うよりも、ショート・ショートと言うべきでしょうか。
一冊の中に34篇が収められているということはつまり、一作が非常に短いのです。
でもその短いストーリーの表題が、例えばこれ。

「一年一組一番と二組一番は、長雨の夏に渡り廊下のそばの植え込みできのこを発見し、
卒業して二年後に再会したあと、十年経って、二十年経って、まだ会えていない話。」

な、なんと長い・・・。
というか、短いストーリーに長い表題。
すなわちストーリーの要約がそのまま表題。
実際、それ以上に書き記すべき出来事は実際におこらない
といっていいのかもしれません・・・。

ではありますが、その一篇一篇が静かに胸底に沈殿して残っていくような・・・、
そうした味わいがあるのです。


34篇通してのテーマは「百年と一日」の題名が示すとおり、「時間」です。
さらに言えば

時間と、人と、場所。

とある場所に、とある人がいて・・・少しのドラマ。
けれども瞬く間に時は過ぎて、先ほどの人はもうおらずにまた別の人が登場。
そうして時が移り変わっていく。

また時には、その場所は何もない美しい場所であったのが、
開発され賑やかな場となり、しかしまた時の果てにはさびれて何もなくなる・・・。
まるで神の目から見た定点観測でもあるような。

行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・・。
確かに、無常です。
でも無情ではない。
いつも人の営みがそこにあって、ほんの少し描写のあるその生活のディティールが、
いかにもリアルな人の営みを感じさせる。
いつどんなときでもどこかに人はいて、懸命に生きていると感じさせるものがある。

これまでにない不思議な味わいのある一冊です。

 

「百年と一日」柴崎友香 ちくま文庫

満足度★★★★★


「センチメンタルに効くクスリ トホホは短歌で成仏させるの」岡本雄矢

2024年06月24日 | 本(その他)

「不幸」を短歌に

 

 

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恋でも、仕事でも、その辺にいるときも。
あのときも、今も、どうせ明日も。
傷ついたり落ち込んだり。
顔では笑っているけど、心は砂漠。

僕の日々は小さな不幸の連続です。
トホホな出来事がよく起きて、センチメンタルに殺されそうな日々です。
でも、不幸があると短歌ができます。
その短歌を読んで誰かがクスリと笑ってくれます。
そうすると僕の小さな不幸は成仏されるのです。
短歌があればトホホも友達です。
もしあなたに今、憂鬱なことがあるのなら、
僕と一緒にトホホを小さな笑いに変えてみませんか。

岡本雄矢さんの短歌+エッセイ、第2弾。

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著者は吉本興業に所属するお笑い芸人さん。
自らのトホホな出来事、「不幸」を短歌に仕立てて、
ちょっとした笑いにいざなうということで、話題になりました。
本作はその第2弾。

 

少し笑ってしまうというのは、つまりそのちょっとした不幸は、
誰にでも多かれ少なかれ同様の経験があったりするからなのでしょう。

少しずつ岡本氏に共感しながら、
変わり映えせずパッとしない毎日でも「ま、いっか」と思えてしまう一冊であります。

 

 

いくつかご紹介・・・

自転車で豪快にこけてやっぱりかこの夏最初の半ズボンの日

 

節約のために水筒持ち歩きパチンコでむちゃくちゃ負けている

 

キットカット食べても負けて もっとちゃんとしなければって ぢつと手を見る

 

親も生まれる場所もえらべないならふりかけくらい好きなの選ぶ

 

うむむ・・・と、うなってしまうのは

なんのために生まれなにをして生きるのか 唐突な問いではじまるマーチ

 

これ、「アンパンマンのマーチ」なのですが・・・。

たしかに、こんな哲学の命題そのものをガッツリとぶつけるとは、
子供向けアニメのテーマソングにしてはなんと大胆な。
やなせたかしさん自身の作詞。
いや、でもいいんじゃないでしょうか。
時には童心に返ってこんな歌を口ずさんでみたら、逆に勇気が出てくるかも・・・。

<図書館蔵書にて>
「センチメンタルに効くクスリ トホホは短歌で成仏させるの」岡本雄矢 幻冬舎

満足度★★★☆☆


「ロシア文学の教室」奈倉有里

2024年06月17日 | 本(その他)

いざ、ロシア文学の世界へ

 

 

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青春小説にして異色のロシア文学入門!

「この授業では、あなたという読者を主体とし、
ロシア文学を素材として体験することによって、社会とは、愛とは何かを考えます」
山を思わせる初老の教授が、学生たちをいっぷう変わった「体験型」の授業へといざなう。

 

小説を読み出すと没頭して周りが見えなくなる湯浦葵(ゆうら・あおい)、
中性的でミステリアス、洞察力の光る新名翠(にいな・みどり)、
発言に躊躇のない天才型の入谷陸(いりや・りく)。
「ユーラ、ニーナ、イリヤ」と呼ばれる三人が参加する授業で取り上げられるのは、
ゴーゴリ『ネフスキイ大通り』、ドストエフスキー『白夜』、トルストイ『復活』など
才能が花開いた19世紀のロシア文学だ。

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ロシア文学者、奈倉有里さんの最新刊。
すぐに読みました!

名高い19世紀のロシア文学者について、その人、その作品等について
述べられているのですが、それが「小説」の形で表わされているというユニークな作品です。

 

小説愛が強く、小説を読み出すと没頭して周りが見えなくなってしまう学生・湯浦葵が、
枚下教授によるロシア文学の授業を記録するという体裁になっています。
湯浦と同じ授業を受ける友人に、中性的で洞察力のある新名翠、発言に躊躇のない入谷陸。
すなわち、ユーラ、ニーナ、イリヤという
ロシアでもそのまま親しみを持って受け入れられそうな名前の3人。

(実は、著者・奈倉有里さんもロシア留学時には「ユーリ」と
親しみを込めて呼ばれていたそうです。)

 

枚下先生はすなわちマイスターということなのですが、まるで魔法使いのよう・・・。
というのも、なぜかこの授業の時に湯浦くんは、
現実を離れて小説の世界に引き込まれて行き、小説世界を体感してしまうのです。
しかもそれは、どうやら湯浦くんだけのことではなく、他の皆もそうなっているらしい・・・。
これを称して「体験型」授業とは・・・!

 

授業で取り上げられるのは、プーシキン、ドストエフスキー、ツルゲーネフ、
チェーホフ、ゴーリキー、トルストイ、等々。

正直言うと、私は先日トルストイの「復活」を読んだくらいで、
ロシア文学については全く知らないのですが、
そんな私でもこれらの名前だけは聞いたことがある。
今さらですが知らないということの壁の厚さに、呆然としてしまいますね。

でも本作を読んで、かなり興味が湧いてきて、
そしてこれまでの「難しい」という勝手な思い込みも薄れて来ましたので、
ぼちぼちと読んでみたいと思いました。
むしろ未知の世界に誘っていただいたようで、感謝です。

 

それと本作のラストは、これも先日読んだ「ソフィーの世界」と似ている気がします。

作中の人物とそれを操るもの(つまり作者)の関係。
そこがまた興味深い。

 

「ロシア文学の教室」奈倉有里 文春新書

満足度★★★★☆