映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

隣人X 疑惑の彼女

2024年03月30日 | 映画(ら行)

わからないから、恐れ、遠ざける

* * * * * * * * * * * *

故郷の惑星の紛争により、宇宙から難民として地球にやって来た
「X」と呼ばれる生命体が世界中にあふれ始めています。

日本は、アメリカに追従し、彼らの受け入れを決めます。
Xは人間にそっくりな姿で、人々の日常に紛れ始めます。
しかし人々は、Xについてはよくわからないまま。
Xを見つけ出そうと躍起になり、社会に動揺や不安が広がります。

さてそんな中、週刊誌記者・笹憲太郎は、
X疑惑のある柏木良子(上野樹里)の追跡を開始。
自身の身の上を隠しながら良子に接近し、徐々に距離を縮めていきます。
そして次第に良子に対して本当の恋心を抱くように・・・。

彼女への思いと、罪悪感、そして記者としての役割・・・。
思いがぐちゃぐちゃになり混乱する憲太郎・・・。

 

宇宙からきた生命体X、とSF仕立てではありますが、
かなりオーソドックスなラブストーリーでもありました。
おずおずと接近し交際を始める良子と憲太郎の2人。
良い感じです。

そしてもうひとり、X疑惑を受ける人物として、
台湾からの留学生・リンが登場します。
彼女は彼女でまた、ミュージシャン志望の青年(野村周平)と恋をすることになります。
彼女の場合は「X」としてではなく、
異国の少女として周囲から差別を受けたり蔑まれたりするのです。
つまりそれは「X」が地球人から差別を受けたり
いわれない誹謗中傷を受けたりすることと同心円なんですね。

何も相手が宇宙人だからというのでなくとも、
この世界には自分と「違う」ということだけで、
差別を受けたりすることはほとんど当たり前というくらいにたくさんある。

多分、私たちはよく知らない相手が「恐い」のでしょう。
だからつい、まず拒否感があって、相手を遠ざけようとして、
差別したり非難したりする。

そうではなく、まずは互いを知るところから始めるべきなのに。
個人単位ならまだ容易なことも、団体単位だと難しくなっちゃいますね・・・。

 

<Amazon prime videoにて>

「隣人X 疑惑の彼女」

2023年/日本/120分

監督・脚本:熊澤尚人

原作:パリュスあや子

出演:上野樹里、林遣都、ファン・ペイチャ、野村周平、酒向芳

 

疑惑度★★★★☆

満足度★★★★☆


「夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く」奈倉有里

2024年03月29日 | 本(その他)

ロシア留学記

 

 

* * * * * * * * * * * *

今、ロシアはどうなっているのか。
高校卒業後、単身ロシアに渡り、
日本人として初めてロシア国立ゴーリキー文学大学を卒業した筆者が、
テロ・貧富・宗教により分断が進み、
状況が激変していくロシアのリアルを活写する。

* * * * * * * * * * * *

 

先に少し紹介させていただいた奈倉有里さんですが、
あの、「同士少女よ、敵を撃て」の逢坂冬馬さんの姉君でもあります。
本巻は丸ごとその奈倉有里さんのロシア留学記となっています。

 

彼女は2002年、高校を卒業後、単身ロシアに渡ります。
ペテルブルグの語学学校→モスクワ大学予備科→ロシア国立ゴーリキー文学大学
と道を進み、2008年に帰国後、東京大学大学院修士課程へ。
その、ロシアでの様々な出来事が綴られています。

 

なんといっても一番に感じるのは、有里さんが「学ぶ」ことに恐ろしく貪欲で、
そして楽しんでいること。
そのためには、見知らぬ地での苦労も何でもないと、まさに感じていたようです。

先に彼女の講演を聴いたことがあって、その時に、
日本の高校時代自分は回りからちょっと浮いていた。
(そりゃ、トルストイを熱愛する女子高生なんて、
 話の合う友人はいそうにない・・・。)
それがロシアの文学大学では、まさに周囲は似たような人たちばかり。
自分は水を得た魚のようだった・・・と。

こんなにも学ぶことに熱意があって、そして楽しむことができるというのは、
まさに才能というほかないのでは・・・? 

そしてその対象がロシア文学というのが、特に日本ではめずらしいということもあって、
実質おとなしめの方なのですが、
その唯一無二の存在感に感嘆するばかりでした・・・。

 

彼女は文学大学のアントーノフ先生に特に傾倒していて、
そのいきさつも詳しく描かれているのですが、
それは次第に暗くつらい流れになっていきます。
彼女は先生に対する感情を極力冷静に言葉を選んで記述してあります。
そこの所は下世話な想像はしないで、
その文面通りだけに受け取ることにしましょう・・・。

 

そして、終盤にはロシアの変遷についてのことが述べられています。
彼女がロシアにいた2002年から2008年の間だけでも、
比較的自由のあった大学内の雰囲気が、
みるみると独裁国家的な支配に飲み込まれていることが感じられたようです。

そして、本巻は2021年10月に刊行されたものですが、
その時すでにウクライナのクリミア地方がロシアの侵攻を受け、
東部も危うい状況になっていることが記述されています。

ロシア文学を愛する彼女にとって、
今のロシアの状況は歯がゆくてならないものでありましょう・・・。

「分断する」言葉ではなく、「つなぐ」言葉を求めて。
そんな彼女の言葉を、今は祈りに近い気持ちで繰り返すほかありません。

 

<図書館蔵書にて>

「夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く」奈倉有里 イーストプレス

満足度★★★★☆


春画先生

2024年03月27日 | 映画(さ行)

笑って楽しもう

* * * * * * * * * * * *

肉筆や版画で人間の性的な交わりを描いた「春画」の研究者、
「春画先生」こと芳賀一郎(内野聖陽)。
妻に先立たれて以来、世捨て人のように研究に没頭する日々を送っています。
春野弓子(北香那)は、まるで吸い込まれるように芳賀の誘いに乗り、
春画鑑賞を学ぶことに。

弓子は春画の奥深い魅力にのめり込み、
そしてまた、芳賀に恋心を抱くように・・・。

芳賀が執筆する「春画大全」の完成を急ぐ編集者・辻村(柄本佑)。

そして、芳賀の亡き妻の姉・一葉(安達祐実)。

ねじれた性愛の行き着く先は・・・?

ちょっと危ない雰囲気の題名に、若干見るのを躊躇していたのですが、
実際に見てみると、やっぱり・・・でした(!)
でも、作中で江戸時代には「春画」は、もっとカラリとしていて、
皆で笑い楽しんで見るものだった、という先生の説明があります。
すなわち本作も、そのようにカラリと笑い飛ばしながら見るのが正解なのでは、
と思いました。

春画といえば、いかにもあからさまなその部分にばかり目が行ってしまいますが
その他の部分によく目をこらせば、
さまざまな技巧に尽くされた仕草、表情、小道具など
計算された表現。
ちょっと興味が湧いてきます。
あまり表に出ない、これも貴重な日本文化でありましょう。

 

弓子役は北香那さん。
私、Snow Manの渡辺翔太さん主演ということで
『先生、さようなら』いう深夜枠のドラマを見ていたのですが、
そこに登場する由美子先生が、この北香那さんであります。
本作の弓子とはかなり雰囲気が違う。
というか、こんな体当たりの役もこなす方だったのだなあ・・・と、ちょっと驚きました。

この方、今後有望だと思うので、要チェックです。

<Amazon prime videoにて>

「春画先生」

2023年/日本/114分

監督・原作・脚本:塩田明彦

出演:内野聖陽、北香那、柄本佑、白川和子、安達祐実

性愛度★★★★☆

満足度★★★☆☆


四月になれば彼女は

2024年03月26日 | 映画(さ行)

10年前の恋と、消えた恋人

* * * * * * * * * * * *

精神科医の藤代俊(佐藤健)の元に、かつての恋人・伊予田春(森七菜)から手紙が届きます。
ボリビアのウユニ塩湖から出されたその手紙には、10年前の初恋の記憶が綴られています。
そしてその後彼女の手紙は、プラハ、アイスランドからも。

一方、藤代は現在の恋人・坂本弥生(長澤まさみ)との結婚準備を進めていましたが、
ある日突然、弥生は姿を消してしまうのです。

春からの手紙の意味は?

そして、弥生の失踪の意味は?

ウユニ塩湖、プラハ、アイスランド・・・
学生当時、写真部仲間だった藤代と春は、これらの場所をぜひ訪れたいと思い、
実際に計画して旅立つ寸前の所まで行っていたのです。
ところがある事情から計画は崩れ、二人もそれきり別れてしまった。

以来10年間、この破れた恋のことがトラウマとなって、
藤代は他の人と付き合うこともなかったのですが、
弥生と出会い、心が打ち解けてきていた所ではあるのです。

結局の所、坂本は自分の中で春への思いを捨てきることができずに、
10年を過ごしていたということなのでしょう。

今さら春が坂本へ手紙を送ってきた、というのは
実はちょっと押しつけがましいような気がしないでもないのですが、
まあ、彼女にも彼女の事情があって、それもまた仕方のないことなのかも知れない・・・。

本作で、ハッとする部分があるとすれば、弥生の行動なんですね。
いじいじうじうじの藤代に比べたら、思い切った行動力。
ここだけが唯一の見所。

映像は美しいのですが、イマイチ響かないかなあ・・・。

 

<シネマフロンティアにて>

「四月になれば彼女は」

2024年/日本/108分

監督:山田智和

原作:川村元気

出演:佐藤健、長澤まさみ、森七菜、仲野太賀、中島歩、竹野内豊

映像の美しさ★★★★☆

満足度★★★☆☆


恋は光

2024年03月25日 | 映画(か行)

光っているのは本当に「恋」なのか

* * * * * * * * * * * *

秋★枝の同名コミック実写映画化。

「恋をする女性が光って見える」という特異体質の大学生・西条(神尾楓珠)。
自身は恋愛とは無縁の生活をしています。
ある日、「恋というものを知りたい」という文学少女・東雲(しののめ)(平祐奈)と出会い、一目惚れ。
二人は、恋の定義について語り合う交換日記を始めます。

一方、西条にずっと片想いをしてきた幼馴染みの北代(西野七瀬)は、
そんな二人のことが気になってしまいます。

そしてまた、彼女がいる男性ばかりを好きになってしまう宿木(やどりぎ)(馬場ふみか)は、
西条を北代のカレシと思い込み、西条へアプローチを始めます・・・。

恋をしている女性が光を発している・・・
キラキラと光の雫がこぼれ落ちるような・・・
確かに美しくてまばゆい映像。
そんなものが見えてもどうにもならない・・・と、西条は思っています。
さてところが、西条は幼馴染みの北代が光っているのを見たことがないというのです。

ずっと西条にひそかに思いを寄せている北代にとってその言葉はショック。
私の西条に向ける思いは「恋」ではないというのか・・・? 
それともハナから対象の相手という認識すらないからなのか・・・? 
いつも愚痴を言ったり聞いたり、気兼ねなく話をすることのできる相手
という互いの認識とは裏腹に、どうも恋に発展することはなさそう・・・。

 

そんなだから北代は、西条がめずらしく東雲という女子に興味を持っていることを知って、
つい応援してしまうのです。
いじらしいぞ、北代。

さて、西条という男はちょっと変わっていて、話し言葉が文語調で理屈っぽい。
まるで森見登美彦さんの小説の登場人物のよう。
そして、彼が思いを向ける東雲さんというのもまた、西条と似ていて、理屈好き。
だから、「恋の定義」などというめんどくさそうなテーマで、
盛り上がって論議できるのです。

似たもの同士で良いカップルのようにも思えますが、
必ずしも自分と似た相手がよいとも限らないわけで・・・。

東雲さんもまた、聡明な子なので、
自分と西条のことだけでなく、北代との関係についても考えを巡らせることができるのが良いです。

それで、結局西条が見る「光」とは何なのかという問題になっていくのですが・・・。

私は思うのです。
西条は「恋」を光で見ることができるけれど、「愛」は見えていないのではないかと・・・。
例えば何十年も連れ添った夫婦の女性側を見てみる。
おそらく恋の光は見えないでしょう。
だってそこにある感情は「恋」ではなくて「愛」だから。

だから北代が幼い頃から育ててきた西条への感情は、
もはや恋ではなくて愛なのでは・・・?と。
映画の結論はこうではないのですけれど・・・。

 

そもそも、本作中で西条が見るのは若い女の子の光ばかり。
オバサンだって、婆さんだって、恋ぐらいするぞ!!

 

<Amazon prime videoにて>

「恋は光」

2022年/日本/111分

監督・脚本:小林啓一

原作:秋★枝

出演:神尾楓珠、西野七瀬、平祐奈、馬場ふみか、伊東蒼

 

変人男子度★★★★☆

片想い度★★★★☆

満足度★★★☆☆


ドミノ

2024年03月23日 | 映画(た行)

現実と虚構が入り組んだ世界

* * * * * * * * * * * *

公園で一瞬目を離したすきに娘が行方不明になってしまった、刑事ローク(ベン・アフレック)。
その心痛のため、カウンセリングを受けながらも、現場の職務に復帰します。

銀行強盗を予告するたれ込みがあり、現場に向かったロークは、
そこに現れた男が娘の行方を知っていると確信。
しかし、男は簡単に周囲の人々を操り、妨害するため、ロークは男を捕まえられません。
ロークは占いや催眠術を熟知するダイアナに協力を求めます。
彼女によると、ロークの追う男は、相手の脳をハッキングしているというのですが・・・。

何でしょう、言ってみれば催眠術の強力なもの・・・。
相手の目を一瞬見るだけでその人物を操り、自分の思うままに行動させることができる、
そのような能力を持つ人々がいるわけです。

恐ろしいですね・・・。
ごく親しい友人でも人に操られて殺人鬼にもなり得るということで・・・。
誰も信じられないし、実は自分自身も操られていて、
自分が見ているものは、現実ではないのかも知れない。

次第に、現実と虚構が迷宮のように入り組んできます。
そんな世界感がスタイリッシュに描かれますが、
まあ、こんな世界観はすでにどこかで見たような・・・。

しかし、ロークの真実、娘が行方不明という最大の問題にも実は裏があって・・・
というめまいのするような仕掛けには、ちょっと虚を突かれました。

<Amazon prime videoにて>

「ドミノ」

2023年/アメリカ/94分

監督:ロバート・ロドリゲス

出演:ベン・アフレック、アリシー・ブラガ、J・D・パルド、ハラ・フィンリー

 

現実逆転度★★★★☆

幻惑度★★★★☆

満足度★★★☆☆


「コールド・リバー 上・下」サラ・パレツキー 

2024年03月22日 | 本(ミステリ)

コロナ渦中、地元を巡る陰謀に立ち向かう

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

ヴィクが救出した火傷を負った少女は病院から姿を消した。
少女から渡されたものをよこせと、警察は執拗にヴィクに迫るが……。

サラ・パレツキー、「V・I・ウォーショースキー」シリーズの最新作。
シリーズ長編21作目。

* * * * * * * * * * * *

ヴィクの元気な姿を見ると、ホッとします。

とはいえ、このシカゴも現実世界と地続きのようで、
ちょうどコロナ禍にさらされていて、ようやく人々が少し動き出したような頃。
ヴィクもしっかりマスクをつけて活動しています。

 

ヴィクは海岸で1人の瀕死の少女を救い出すのですが、
その少女は翌日には病院から姿を消してしまう・・・。
どうやら、少女が持っていた「何か」を狙う者たちがいる様子。

ヴィクは、そしてまた別の所で、今度は川に落ちた少年を救出。
これまた少年が持っていた「何か」を狙い、
追い回している連中がいるらしい。

少年少女を守るのは自らの使命とばかりに、
ヴィクが体を張ってこの地を巡る陰謀に立ち向かっていきます。
警察官すらも敵という、なかなか厳しい状況です。

 

ヴィクと恋人のピーター・サンセンの仲は順調のようで何より。
というか、本巻の事件中、ピーターは考古学の発掘のためにずっと離れたところにいて、
ときおり電話で話をするのみ。
まあ、それが無難です。
目の前でヴィクが危険な体験をするのを見たら、
やはり怖じ気づいてしまうかも知れないので・・・。

とりあえず、ミスタ・コントレイラスとミッチとペピーが
いつまでも元気でいてくれることを願うのみ。

 

さて、しばらく見なかった検屍官シリーズの最新刊が出ていたのですね! 
気づいていなかった・・・!
でも、読者レビューがなかなかによろしくない・・・。

あえて読まなくても良いかなあ・・・などと思っているところでもあります。
高いし・・・。

 

「コールド・リバー 上・下」サラ・パレツキー 山本やよい訳 ハヤカワ文庫

満足度★★★★☆

 


唄う六人の女

2024年03月20日 | 映画(あ行)

森の奥深くで

* * * * * * * * * * * *

父の訃報を受け、山奥の実家に帰省した萱島(竹野内豊)。
萱島の父が所有していた土地を売却するため、不動産業者・宇和島(山田孝之)と会います。
手続きを終え、2人同乗の車で山道を走る途中、事故に遭い、意識を失います。

目を覚ますと、2人は謎めいた6人の女性たちに、
森の奥深くの屋敷に監禁されていたのでした。

彼女らは、言葉を話しません。
が、何かを萱島にさせたがっているようでもある。
萱島には幼少期にこの場所へ来たことがあるような・・・おぼろげな記憶が蘇ります。
一方、一刻も早く町へ戻りたい宇和島は、森の中をさまよい歩きますが・・・。

 

山奥の美しい場所。
不可思議な女たち・・・。
幻想的で妖艶。

いってみればここは、「自然」自体が心を宿す聖地のようなもの、でしょうか。

「それ」は、萱島にある思いを託そうとしているのですが、
それと敵対するのがまさに宇和島なのです。

この地を巡って、どすぐろい陰謀がはかられている・・・という
人間界の生臭い問題が浮かび上がってきます。

人間の欲望が、どれだけ自然の調和を壊しているか。
いろいろなことが思い巡らされますね。

 

<Amazon prime videoにて>

「唄う六人の女」

2023年/日本/112分

監督:石橋義正

脚本:石橋義正、大谷洋介

出演:竹野内豊、山田孝之、水川あさみ、アオイヤマダ、服部樹咲、萩原みのり、桃果、武田玲奈

 

幻想度★★★★☆

不可解度★★★★☆

満足度★★★☆☆


PERFECT DAYS

2024年03月19日 | 映画(は行)

単調な毎日にあふれるドラマ

* * * * * * * * * * * *

アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされていましたが、惜しくも受賞を逃しました。
でも、ドイツ出身の巨匠・ヴィム・ベンダース監督×役所広司となれば、
見逃すわけに行きません。

東京、渋谷で公園のトイレ清掃員として働く平山(役所広司)。
淡々とした同じような毎日。
でも彼にとっては常に新鮮な小さな喜びに満ちています・・・。

役所広司さん演じる平山は、一人暮らし。
朝目を覚まして、歯を磨き、植木に水をやって出かけます。
公園のトイレを何カ所も回り、丁寧にそうじをします。
昼食は神社の境内のベンチでサンドイッチ。

仕事の後輩・タカシ(柄本時生)の適当な仕事ぶりが気になるけれど、
特に叱ったりはしない。
とにかく寡黙なのです。

仕事が終われば銭湯で汗を流して、
地下街の飲み屋で軽く飲んで食事とする。
帰って就寝前には読書のひととき・・・。

およそこんなことの繰り返しの毎日です。

無口だからといって決していつも機嫌が悪いわけではない。
彼の楽しみはカセットテープ(!)で、音楽を聴くこと。
フィルムカメラで、木漏れ日を撮ること。
そんなささやかな楽しみもあるのです。
同じような毎日だけれど、木々の葉の織りなす光と影の揺らめきのように
一つとして同じものはない。

まさしく、生きていくって、そういうことなのかも・・・。

渋谷区内17カ所の公共トイレを世界的な建築家やクリエイターが改修するという
THE TOKYO TOILETプロジェクト。
これにベンダース監督が賛同し、同プロジェクトで改修された公共トイレを舞台に描かれています。
だから登場するトイレは、狭くて暗くてキタナイという公園のトイレのイメージではなく、
どこも個性的でオシャレな外観。
なかでも透明なガラス張りで、鍵をかけると曇りガラスになって中が見えなくなる、
などと言うどこぞのオフィスみたいなトイレには驚かされました。
ちょっと、どうやって使えば良いのか、こまってしまいそうではあります・・・。
また、中の便器等も新しくキレイなので、これは掃除のしがいがありそう。
こんな風に、成果が目で見てわかる仕事も悪くないなあ・・・と思ったりします。

そんな平山の変化に乏しい毎日ですが、ある日、若い女の子が訪ねて来ます。
なんと姪っ子が叔父さんを頼りに家出してきたのでした。
そんなことから、平山の過去がほんのちょっぴりだけのぞかれたりもして。

 

カセットテープに、フィルムカメラ。
古い時代の物語かと思いきや、スカイツリーのある立派な現在の物語。
なんともアナログですが、今逆に若い子たちに受けていたりするわけで。

単調な毎日。
端から見れば、さえない仕事のさえないオジサン。
でも、そんな人の日々もドラマです。
私たち1人1人の暮らしも、本当はたくさんのドラマに満ちているのかも知れません。

ステキな作品でした!

 

<TOHOシネマズすすきのにて>

「PERFECT DAYS」

2023年/日本/124分

監督:ヴィム・ベンダース

脚本:ヴィム・ベンダース、高崎卓馬

出演:役所広司、柄本時生、アオイヤマダ、中野有紗、石川さゆり、田中泯、三浦友和

 

アナログ度★★★★★

日常度★★★★★

満足度★★★★★


少女は卒業しない

2024年03月18日 | 映画(さ行)

かけがえのない時間

* * * * * * * * * * * *

新築校舎への移転のため、現存の校舎取り壊しが決まっている高校。
卒業式の前日と当日、2日間の出来事が
4人の少女を通して語られて行きます。

進学のため上京する予定のバスケ部部長・後藤由貴(小野莉奈)。
地元に残るカレシ・寺田との関係が気まずくなっています。

軽音学部長、神田杏子(小宮山莉渚)は、幼馴染みの森崎に思いを寄せています。
卒業式後にライブを控えていますが・・・。

クラスになじめず、図書室に通う作田詩織(中井友望)。
図書室を管理する坂口先生(藤原季節)に淡い恋心を抱いていて・・・。

そして、卒業生代表の答辞を務める山城まなみ(河合優実)は・・・。

この、山城まなみについての出来事がなんといっても心を打ちます。
彼女は料理クラブに属していて、ときおり意中の相手にお弁当を作り、
家庭科室で他愛のないことをあれこれ語り合うことを楽しみにしていたのですが・・・。
彼女にとっては思いも寄らない出来事が過去にあったようなのです。
唯一ショートヘアの山城さんの清楚なたたずまいが、素晴らしく印象に残りました。

 

必ずしも楽しかったことばかりではない3年間。
それでも、将来に向かって旅立つ前のこの場所で、
彼女たちはかけがえのない大切な時を過ごした。

その思い出の校舎が、間もなく消え去ってしまうという切なさも相まって、
少女たちの漂うような淡い思いが美しく描かれていたと思います。

 

<WOWOW視聴にて>

「少女は卒業しない」

2023年/日本/120分

監督・脚本:中川駿

原作:朝井リョウ

出演:河合優実、小野莉奈、小宮山莉渚、中井友望、窪塚愛流、藤原季節

 

青春度★★★★☆

せつなさ★★★★☆

満足度★★★.5


ジョージア、白い橋のカフェで逢いましょう

2024年03月16日 | 映画(さ行)

とある街の日常で巻き起こるファンタジー

* * * * * * * * * * * *

ヨーロッパの桃源郷と言われるジョージアの古都、クタイシ。

街中で、本を落としたリザとすれ違いざまにそれを拾ったギオルギは、
夜の道で偶然にも再会します。
2人は互いの名前も連絡先も聞かないまま、
翌日白い橋の近くにあるカフェで逢う約束をします。

しかし翌朝、彼らは邪悪な呪いによって、外見を変えられてしまうのです!!

穏やかで美しい日常の風景をずっととらえて行きつつ、この展開にはちょっと驚かされます。
いきなり、ファンタジー?!

2人は外見が変わっただけではなくて、
それぞれのスキルまでも奪われてしまいます。

リザは薬剤師としての知識。

ギオルギはサッカー選手としての才能。

外観が変わってしまった2人は、相手も姿が変わっていることを知らず、
約束のカフェで互いを待ち続けますが、
当然、巡り会うことはできません。

さて、能力を失った2人はこれまでの仕事を続けることができず、
リザはこのカフェでアイスクリームを売る仕事に、
ギオルギはカフェの近くでおかしな商売の仕事につきます。
顔見知りとなった2人は、次第に親しくなっていって・・・。

まあ、なんとなく結末は予想がつくファンタジックなラブストーリー。
でも最後にどうやって2人が互いを運命の相手と気がつくのか、
というところがミソであります。

さて、本作全編がこの穏やかで美しい街中でストーリーが進んでいきます。
町の人々の日常がじっくりと描き出されます。
折しも、サッカーのワールドカップが開かれている時期。
子供たちがサッカーを楽しんだり、
カフェのプロジェクターで人々がサッカー観戦を楽しんだり。
この町の舞台自体が素晴らしい雰囲気を醸し出していて、
こんな街でなら、不思議な出来事も起こるかも・・・という気もしてきます。

ジョージア・・・。
いや、そもそもジョージアってどこ?という地理音痴の私。
えーと、ヨーロッパの東端であり、アジアの西端でもあるというくらいの位置。
かつてロシアやソ連に長く支配されていて、
ソ連崩壊時にグルジアとして独立した場所。
しかしその後また、ロシアの侵攻があったりして、
地域により政情が安定していないようです。
ウクライナと同じくロシアとの関係で長く辛酸をなめてきたのですね。
そのような長い歴史の上に成り立つこの街。
なるほど、魔法の力が宿るというのにも説得力を感じてきました。

ごくごく日常の舞台でありながら、巻き起こるファンタジー。
ステキです。

白い橋のカフェの店長さんが、いかにも人が良さそうで好きです。

<WOWOW視聴にて>

「ジョージア、白い橋のカフェで逢いましょう」

2021年/ドイツ・ジョージア/150分

監督・脚本:アレクサンドレ・コベリゼ

出演:ギオルギ・アンブロラゼ、オリコ・バルバカゼ、ギオルギ・ボチョリシビリ、
   アニ・カルカラゼ、バフタング・パンチェリゼ

日常度★★★★☆

ファンタジー度★★★★★


「ワンダフルライフ」 丸山正樹

2024年03月15日 | 本(その他)

四つの物語・・・?

 

 

* * * * * * * * * * * *

事故により重度の障害を抱える妻を献身的に支える夫。
彼の日課はブログに生活を綴ることだった――。
一方、設計士の一志は編集者の妻・摂と将来の家について揉めていた。
子供部屋をつくるか否か。
摂の考えが読めない一志は彼女の本心を探るが――。
四つの物語が問いかける「人間の尊厳とは何か」。
著者渾身の長編!

* * * * * * * * * * * *

「デフ・ヴォイス」シリーズでおなじみの丸山正樹さんの作品。

 

4つのストーリーが交互に語られて行きます。

★重度の障害を抱える妻を献身的に支える夫。

★子供を持つか否か、もめる夫婦。

★不倫相手の父親が病で意識不明の寝たきりとなり、密かに見舞いに通う女性。

★自分の素性を隠して、とある女性とチャットで会話を交わす重度の障害のある男性。

 

やはり丸山正樹さんなので、「障害」のことが根っこにある物語。

・・・しかし、何しろ本作は読んでいる最中にあることに気づいて、驚かされるのです。
何という巧みな物語・・・。

あとがきにもあるのですが、本作は「ミステリー」と言われることがある、と。
別に殺人事件も起きないし、不可解な謎もない。
でも、私も確かにこれは「ミステリー」だと思います。

 

が、これは単にそうした構成上の面白さばかりでなく、
もちろん障害のある人とそうでない人はどのように向き合えば良いのか・・・、
本来そんなことは悩むようなものではないはずなのですが、
でも実際問題としては難しいところもありますよね。

じっくりとそのような事も考えさせられる作品。

 

「ワンダフルライフ」 丸山正樹 光文社文庫

満足度★★★★☆

 


山女

2024年03月13日 | 映画(や行)

あきらめることしかなかった人生

* * * * * * * * * * * *

重厚です。

18世紀後半の東北。
冷害による飢饉で苦しむ村。

凜(山田杏奈)の家は、曾祖父が火事を起こしたことから、
田畑の大半を奪われ、村の汚れ仕事を引き受けながら、蔑まれて生きています。
父や弟、自分にはなんの責任もないことながら、
村の中で酷い差別をずっと受け続けているのです。

そんな凜の心の支えは、盗人の女神様が宿るといわれる早池峰山。

ある時、盗みを犯した父が村人から責められているのを見た凜は
とっさに、それは自分がやったと言って、父を庇います。
そして家を守るため自ら家を出て山に入ります。
決して越えてはならないと言い伝えられている山神様のほこらを越えて、さらに山奥へ。
そこで凜は、人間なのかもよくわからない、
不思議な存在<山男>(森山未來)と出会います。

さてそんな時、村ではいよいよ食べるものも枯渇。
占いのばあさまの言葉を信じて、
天候回復のために、乙女を生け贄に捧げる相談がまとまります。
そこで凜が候補に挙げられ、山に入った凜を人々が探しに来ます。

山に入って、仙人のような暮らしをしている謎の男と出会ってからの凜は、
これまでの人生の中で最も幸せなときであったでしょう。
山男は、何も言葉を発しないのですが、やさしく凜に寄り添ってくれる。
何も強制はしない。
・・・しかし穏やかなこんな暮らしは長くは続かず、
凜を探す者たちによってあっけなく打ち砕かれてしまいます・・・。

そんな悲惨な運命をも、ただ黙って受け入れる凜。
彼女の人生にはあきらめしかなかったかのようです。

こんな彼女に、救いはあるのか・・・?
じっくり最後まで見届けてください。

 

<WOWOW視聴にて>

「山女」

2022年/日本・アメリカ/100分

監督:福永壯志

脚本:福永壯志、長田育恵

出演:山田杏奈、森山未來、二ノ宮隆太郎、三浦透子、永瀬正敏、でんでん、品川徹

 

困窮度★★★★★

満足度★★★.5


レディ・マクベス

2024年03月12日 | 映画(ら行)

乙女から魔女へ

* * * * * * * * * * * *

ロシアの作家、ニコライ・レスコフの小説
「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を映画化したものです。

19世紀後半のイギリス。
17歳キャサリンは裕福な商家に嫁ぎますが、
夫は彼女に興味を示さず、体の関係を持ちません。
舅からは外出を禁じられ、人里離れた屋敷で退屈な日々を過ごします。

そんなある時、夫が長期間不在となり、キャサリンは使用人セバスチャンに誘惑されて、
不倫関係になってしまいます。
そして彼女は次第に欲望が抑えられなくなり・・・。

当初、映し出されるキャサリンは、若く初々しい少女でした。
ところがこの結婚はどうも、この家の対面を保つためだけのものだったようです。
なぜか夫は彼女に服を脱ぐように言って、裸体を眺めたりするのに、
指一本触れようともしません。
そしてまた、ただ厳格な舅も、嫁へ向けたいたわりも好意すらも示しません。

一応裕福な家なので、家事などはすべて使用人が行い、
キャサリンは外出まで禁止されていて何もすることがない。
そんな彼女が、舅も夫も留守という期間に、
つい出来心が起こってしまうのは仕方のないことかも・・・。
でも、そんな同情も吹き飛ばすように、物語は進行していきます。

当主である舅の死。
そして不意に夫が帰ってきた夜、ベッドにはセバスチャンがいます。
とっさに、セバスチャンは身を隠すものの、
夫はとうに妻の不倫のうわさを耳にしていて・・・。

事件が起きます。

が、その後にまた、驚愕のできごとが・・・。

夫がキャサリンを愛そうとしなかった理由が伺われて、
ちょっと驚かされましたが・・・。

キャサリンはこの家を支配したいという自らの欲望を
次第次第に増長させていきます。

邪魔者は排除するしかない・・・。

あの初々しかった少女が、ほとんど魔女に変貌していくのです。
恐い、恐い・・・。

 

さて、この屋敷の使用人たちは、主の留守中のキャサリンの様子をすべてわかっているのですが、
キャサリンを咎めたりはしません。
主のいない間は、この家を取り仕切るのはキャサリン。
家の主人のすることに意義を申し立てるなどという発想がそもそもないようです。

そしてまた、この家の当主が誰になろうとも、
そのまま自分の仕事が続けられるのならそれで良いと、使用人たちは考えている。

そうした分断されたこの家の内部構造もなかなか興味深いのでした。

 

<Amazon prime videoにて>

「レディ・マクベス」

2016年/イギリス/89分

監督:ウィリアム・オルドロイド

出演:フローレンス・ピュー、コズモ・ジャービス、ポール・ヒルトン、
   ナオミ・アッキー、クリストファー・フェアバンク

欲望追求度★★★★★

満足度★★★★☆


ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい

2024年03月11日 | 映画(な行)

ぬいぐるみは、黙って受け入れてくれる

* * * * * * * * * * * *

京都にある大学の「ぬいぐるみサークル」。
「男らしさ」や「女らしさ」というノリが苦手な大学生・七森(細田佳央太)は、
そこで出会った同じ学部の麦戸(駒井蓮)と心を通わせます。
彼らを取り巻くサークルの人々のやさしさとは・・・?

さて、ここのぬいぐるみサークルというのは、
「ぬいぐるみを作る」のではなく、
「ぬいぐるみと話す」サークルなのでした。

各々が、ぬいぐるみに自分の語りたいことを話しかける、
つまり独り言ではありますが、そういう場所。
サークルのきまりで、他の人がぬいぐるみに話しかけることを聞いてはいけない
ということになっているので、
普段は各々イヤホンやヘッドホンなどをつけて音楽を聴くようにしているのです。

なぜわざわざそのような事をしているのか。

彼らは実際の人に向かい合って「語る」ことにためらいを感じるのですね。
自分が話したことで相手を不快にさせたり、
落ち込ませたりすることがあるとマズいと思うので・・・。
または、自分が変なヤツと思われたりするのもイヤ。
そもそも、語りかける相手がいない・・・などなど。

つまり、皆やさしいのでしょう。

七森は、「恋愛」というものがよくわからない。
人を友人として好きになることはあっても、
異性であれ同性であれ、性的な意味で愛したいという気持ちが起こらない。
そんな自分の方がおかしいのか?と思い、
サークルの1人と付き合ってみたりもするのですが・・・。

こういうのを何というのでしたっけ。
以前NHKのドラマにもあったなあ。
あ、アセクシュアルでした!
人の心の有りようは本当に様々で、
そして、どんなあり方だってOKなんですね。
自分らしく生きましょう。

でも、自分の思いは、ぬいぐるみに語りかけるのも良いけれど、
やっぱり実際の人に語りかけるのもいい。
少なくとも、ここのサークルの皆さんは、聞いてくれそう・・・。

<WOWOW視聴にて>

「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」

2023年/日本/109分

監督:金子由里奈

原作:大前粟生

脚本:金子鈴幸、金子由里奈

出演:細田佳央太、駒井蓮、新谷ゆづみ、細川岳、真魚

やさしさ度★★★★★

満足度★★★.5