映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「線は、僕を描く」砥上裕將

2021年11月30日 | 本(その他)

僕が、線を描くのではなく

 

 

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両親を交通事故で失い、喪失感の中にあった大学生の青山霜介は、
アルバイト先の展覧会場で水墨画の巨匠・篠田湖山と出会う。
なぜか湖山に気に入られ、その場で内弟子にされてしまう霜介。
それに反発した湖山の孫・千瑛は、
翌年の「湖山賞」をかけて霜介と勝負すると宣言する。

水墨画とは、筆先から生みだされる「線」の芸術。
描くのは「命」。
はじめての水墨画に戸惑いながらも魅了されていく霜介は、
線を描くことで次第に恢復していく。

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2020年本屋大賞第3位他、いくつかの賞を獲得した話題作。
図書館予約を待っているうちに文庫が出ましたので、そちらを購入しました。

 

事故で両親を失い、深い喪失感の中にいた大学生、青山霜介。
ふとしたきっかけで、水墨画に出会います。
・・・ということでこれは水墨画に関わるストーリー。

水墨画と聞いてなんだか地味っぽいと思ったのです、始めは。
けれどこのモノクロの世界がとてつもなく繊細で、深くて、美しい。
まずは、この水墨画の世界を文字で表現するという難題を
こともなくクリアしている著者の表現力に驚かされます。
ピアノの音をきらびやかに文字で表現してくれた
恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」が思い起こされるような・・・。
言葉の力というのはすごいですね。

 

霜介は、すっかり生きる意欲も失っていたところ、
水墨画の巨匠・篠田湖山やその孫娘・千瑛と出会い水墨画の道を歩み始めますが、
同時に大学の友人との交流も始まり、
彼の世界が少しずつ広がりを見せていきます。
こうした筋書きも、申し分なし。

 

本作の題名が「僕が、線を描く」のではなくて、
「線が、僕を描く」というのはつまり、
筆で引く線にはその人の思いや性格、人生が現れる、ということなのでしょう。
だから自分が描いた「線」を見れば、自ずと「自分自身」が描かれている。

水墨画においては、面を塗りつぶすという作業はなくて、
面は太い線という感じなんですね。
やはり書道に近いように思います。
余白なども頭に入れて、一気に描き、表現する。
修正はできません。
何度も塗り重ねていく油彩などとは全く別物であることがわかります。

まあ、自分もやってみたいとまでは思いませんが、
展覧会などがあればぜひ見てみたいですね。

 

「線は、僕を描く」砥上裕將 講談社文庫

満足度★★★★☆

 


砕け散るところを見せてあげる

2021年11月29日 | 映画(か行)

ヒーローになろう

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濱田清澄(中川大志)は、ごく平凡な高校3年。
あるとき、いじめを受けている1年女子・蔵本玻璃(石井杏奈)のことを知ります。
持ち前の正義感から、彼は玻璃に救いの手を差し伸べ、
玻璃も次第に濱田に心を開くようになります。
ところが玻璃はいじめを受けることとは別の、もう一つの苦悩を抱えていたのです・・・。

玻璃は言います。「私はUFOに狙われている」と。
濱田は、この子はやっぱりちょっとおかしい?とも思ったのですが、
そうではなく、何か口にしがたいイヤなこと、恐ろしいことを
UFOに例えて言っているのだと理解します。
それで、彼は言う。
「僕がヒーローになって、UFOなんか打ち落としてやる」と。

大抵はいじめを受けている人がいれば、そんなことは良くないと思います。
気の毒だとも思います。
でもそう思ってはいても、「そんなことは止めろ」と言ったり、
いじめられている人をかばったりなどは、なかなか出来るものではありません。

正義感を持って、それをそのまま口にして実行出来るというのは、
ある意味才能のようなものかも知れません。
実際には力が強くなんかなくても、
彼にとっては勇気を振り絞ってそうするのではなく、
ごく当たり前のことなんですよね。
まさにこれぞヒーローではありませんか!!

さてしかし、本作単に青春物語だと思ってみていたら、
思わぬサスペンスに変わっていきます。
UFOは思いの他の強敵で、実際にヒーローは命がけでなければならなかった・・・。

 

冒頭、北村匠海さんが登場して、
「自分が生まれる直前に、父親が川に落ちたワゴン車から人を救出して亡くなった」
と言います。
父はヒーローだった、と。

ところが、その後主人公は中川大志さんとなって、
北村匠海さんは姿を現しません。
(ちょっと残念)。
果たして、この北村匠海さんは誰なのか?

まあ、そんなところを楽しみに見ていくのも良いでしょう。

クラスの中に1人や2人ヒーローになれる人はいるのではないかな?
そうだといいのですけれど・・・。
しかしこの学校は、いじめは全く見てみないふりなんだな。
ヤバすぎ。

 

<Amazon prime videoにて>

「砕け散るところを見せてあげる」

2020年/日本/127分

監督・脚本:SABU

原作:竹宮ゆゆこ

出演:中川大志、石井杏奈、井之脇海、清原果耶、松井愛莉、北村匠海、堤真一

 

ヒーロー度★★★★★

満足度★★★★☆

 


ウエスト・サイド物語

2021年11月28日 | 映画(あ行)

スラム街の純愛

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いかにも今さらという感じなのですが、
今まで当ブログの記事にはしていなかったし、
何よりも近日、スピルバーグ版の「ウエスト・サイド・ストーリー」が公開されるということで、
予習のつもりでみてみました。
ちゃんと見るのもずいぶん久しぶり。

 

本作は、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を下敷きとした
大ヒットブロードウェイ・ミュージカルの映画化であります。
1961年作品。

ニューヨークはマンハッタンのスラム街。
そこに住む若者たちの中で、イタリア系のジェット団と
プエルトリコ系のシャーク団が勢力を争っていました。
あるダンスパーティーで、ジェット団のリーダー・リフの兄貴分であるトニーと、
シャーク団のリーダー・ベルナルドの妹マリアが出会います。
2人は互いに一目で恋に落ちてしまう。
けれどこれは互いに敵同士という立場の禁断の恋。

そんなことはお構いなしに両チーム決着をつけようと、決闘が行われることになります。
争いごとの嫌いなマリアは、
この喧嘩を止めるようにとトニーに頼みますが・・・。

おなじみの名曲とキレのあるダンス。
60年も前の作品とは思えない、
今もみずみずしい感動を呼び起こす名作でありますね。
これを果たしてスピルバーグ監督がどのように料理するのか。
楽しみです!!

さてそれにしても、アメリカにおける移民への差別。
60年を経た今もほとんど状況が変わっていないというのには残念な気がしてしまいます。
にもかかわらず、アメリカでは何らかの夢を実現できるかも知れない、
という希望だけは今もある。
今やそれはもう本当に「夢」でしかないような気もするのですが・・・。

 

<WOWOW視聴にて>

「ウエスト・サイド物語」

1961年/アメリカ/152分

監督:ロバート・ワイズ、ジェローム・ロビンス

原作:ジェローム・ロビンス、アーサー・ローレンツ

出演:ナタリー・ウッド、リチャード・ベイマー、ラス・タンブリン、
   リタ・モレノ、ジョージ・チャキリス

 

ミュージカルのワクワク度★★★★★

満足度★★★★.5

 


フォーリング 50年間の想い出

2021年11月27日 | 映画(は行)

全く受け入れ難かった父と

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ビゴ・モーテンセンの自身の親子関係を反映させた半自伝的脚本を用い、
自身で初監督を務めた作品。

 

航空機のパイロットであるジョン(ビゴ・モーテンセン)は、
同性パートナーのエリック(テリー・チェン)と、
養女モニカと3人でロサンゼルスに暮しています。

そこへ田舎で農場を経営するジョンの父親がやって来ます。
父ウィリス(ランス・ヘンリクセン)は認知症となり、農場経営も一人暮らしも辛くなったため、
引退後に住む家を探すためにやって来たのです。

思春期の頃から父との間に心のミゾがあったジョン。
認知症で過去や現在の出来事が混濁する父と向き合ううちに、
父子の50年間の記憶が蘇るのでした・・・。

ウィリスは典型的な保守的な父親なのです。
強権的で、母の言うことに耳を傾けようとしない。
どこでもタバコを吸い、言うことが下品で口汚い。
ジョンは幼かった頃をのぞいては、いつも父が嫌いでした。

そんな父は年をとるとさらに頑固になり、
おまけに認知症でほとんど手がつけられない感じ。
男性同士で結婚している息子を、未だに受け入れがたく思っていることを隠そうともしない。
でも、認知症だからということで、ジョンは父親の言動にはかなり我慢をして
冷静に対応しようと努めています。
しかし、あまりにもひどく言われてしまい、
ついに堪忍袋の緒が切れて爆発してしまうシーは、なかなか圧巻でした。

けれど、50年間の父との出来事を少しずつ思い出すジョン。
当時は何もかもイヤだった父の言動に、
なんだか納得できる部分もあるように思えてくるのですね。
自分も大人になり家庭を持つ今、その時父がどう思っていたのか、
妻や後妻と別れ、自分や妹とも滅多に会わなくなった
最近の父の心境などを想像することはそう難しいことではない。

親子の情というのは実にやっかいなものだけれど、
それでもいつしか寄り添ってしまう、それが親子というものなのかもしれません。

ジョンの子どもの頃の役を務めた少年たちのアゴが
ちゃんと二つに割れていたのは、あっぱれ!

 

<サツゲキにて>

「フォーリング 50年間の想い出」

2020年/カナダ・イギリス/112分

監督・脚本:ビゴ・モーテンセン

出演:ランス・ヘンリクセン、ビゴ・モーテンセン、テリー・チェン、
   スベリル・グドナソン、ローラ・リニー、ハンナ・グロス

 

親子愛度★★★☆☆

いけ好かないオヤジ度★★★★★

満足度★★★.5

 


「いつかの岸辺に跳ねていく」加納朋子

2021年11月26日 | 本(その他)

ストーリーの表と裏

 

 

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俺の幼馴染・徹子は変わり者だ。
道ばたで突然見知らぬ人に抱きついたり、
俺が交通事故で入院した時、事故とは全く関係ないのに、なぜか枕元で泣いて謝ったり。
合格間違いなしの志望校に落ちても、ケロッとしている。
徹子は何かを隠してる。
俺は彼女の秘密を探ろうとするが……。
互いを思いやる二人の物語が重なった時、温かな真実が明らかになる。

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このストーリー、主人公は平石徹子と言うべきなのでしょう。
どこか変わっている女の子。
でも本作は2部構成になっていまして、
始めの「フラット」は彼女の幼なじみ、森野護(まもる)が語り手となっています。

2人は家が近所で、幼稚園から中学校までが一緒という幼なじみ。
護くんは「始めからことわっておくけれど、これは愛とか恋とか、
好きだとか惚れたとか言う話では全然ない」と言っています。

まあ、それは聞き流すくらいにしておいて、
護から見たちょっと変だけど、実はとてもイカす女の子、
徹子の様々なエピソードが語られて行きます。

 

護は体は大きくて、高校・大学と柔道部の猛者。
そして気持ちは優しく、なんとも頼りがいのある男子なのであります。
すっかりファンになってしまいます。
そして、始めに豪語したはずなのに、実はやっぱり護は徹子のことを思っていて、
なんだかいい感じになるのかも・・・?と思った矢先、
突然徹子が連絡を絶って、
「結婚するらしい」ということをウワサで聞くことになるのです。

 

え~、なんで~と思ったら第一章はそこで突然途切れて、
2部「レリーフ」では今度は徹子が語り手となります。
同じ出来事を男女が自分目線で別々に語る。
まあ、そういう小説は他にもありますよね。
しかしここで驚くのは、この徹子の事情です。
彼女はある重大な秘密を抱えていた!

前半まではごく普通の青春ストーリーと見えていたのですが、
さすが加納朋子さんのストーリー、そう一筋縄ではなかった。
SF的というかファンタジー的というか、
まあ、リアルな生活の物語からは外れてしまうわけですが、そこがまた面白い所なのです。

 

一体どうして、徹子が別の男と結婚しようと思うようになったのか、
そのナゾに向かってまっしぐらにストーリーは駆け抜けていきます。

裏と表のストーリー。
ともかく楽しめました。

 

「いつかの岸辺に跳ねていく」加納朋子 幻冬舎文庫

満足度★★★★.5

 

 


甘いお酒でうがい

2021年11月24日 | 映画(あ行)

40代独身女子の日常

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お笑いコンビ「シソンヌ」のじろうが長年コントで演じてきたキャラクター、
中年のOL川嶋佳子を主人公として描いた、じろうによる小説の映画化です。

とある会社で派遣社員として働く40代独身の川嶋佳子(松雪泰子)。
その日常や悲哀を日記風に描いていきます。
会社の同僚、年下の若林ちゃん(黒木華)との交流、
二回り年下の岡本くん(清水尋也)との恋。
ちょっと淋しくて心許なくて、でも少しほっこり。

こんな40代ならまだまだ恋愛もアリだと思いますが、
佳子さんはそれほど積極的というわけではありません。
でも、そこをフォローするのが若林ちゃんで、
なぜか彼女は佳子さんの人生全般の応援団なんですね。



そしてまた、年上の女性が好みらしい、岡本くんもイケメン!!

現実には、40代独身女性にこんなに優しい環境って、なかなかないことであるのかもしれない・・・。
でも、いいですよね。

なんだか優しい気持ちになれる、こんな物語もOKです。

甘いお酒でうがい、というのは何かのたとえかと思っていましたが、
佳子さんは本当に日課のようにそれをするのです。
コロコロとお酒でうがいをした後、そのままゴックン。
喉のアルコール消毒・・・?

<WOWOW視聴にて>

2019年/日本/107分

監督:大九明子

原作:川嶋佳子(シソンヌじろう)

脚本:じろう

出演:松雪泰子、黒木華、清水尋也、古舘寬治、前野朋哉、渡辺大知

 

ほっこり度★★★★☆

満足度★★★.5

 


君が世界のはじまり

2021年11月23日 | 映画(か行)

気が狂いそう、優しい歌が好きで

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ふくだももこさんの小説「えん」と「ブルーハーツを聴いた夜君とキスしてさよなら」を
一つの物語にまとめて映画化。
地方都市-大阪のとある町の高校2年男女による青春群像です。

縁(ゆかり)(松本穂香)の親友、琴子(中田青渚)は彼女のことを「えん」と呼びます。
琴子は自由奔放、授業をサボってはタバコを吸うし彼氏をコロコロ変える。
そしてあるとき琴子は翳りを帯びた業平(小室ぺい)に一目惚れしてしまいます。

一方、純(片山友希)は母が出ていったことひたすら無視する父がイヤで、
東京から転校してきた伊尾(金子大地)と
ショッピングモールのバックヤードの暗い階段で一緒に過ごすことが多くなります。

また、サッカー部キャプテンの岡田(甲斐翔真)は、縁と親しく話をするけれど実は・・・。

本作冒頭で、深夜の住宅地で高校生が自分の父親を殺害するというシーンが流れます。
そして、この高校生6人のストーリーに入っていく。
このうちの幾人かは自分の父親に複雑な感情を抱いている。

私たちは、まさか、この中の誰かが冒頭の「犯人」となるのだろうか・・・と、
そんなイヤな予感に震えながら見ていくことになります。
それほどに彼らは皆、繊細で脆くて危うい・・・。
若さ故の衝動の爆発はどこで起きてもおかしくないようにも思えてしまう。

 

家と学校と、地域に古くからあるショッピングモール。
彼らの生活はすべてこの範囲内でこと足りてしまいます。
彼らはまるでそこに閉じ込められているように感じてしまうのでしょう。
そして、どうしたって親との関係はギクシャクする年頃でもある。

こんな狭い世界に閉じ込められた気がしているけれど、
実は彼らにとって未来は限りなく広がっているのです。
でも、あまりにも広くて自由だから、選ぶことが恐いし、迷ってしまう。
そんな彼らが、友人たちもまた、もがきながら生きていることを知って、
少しずつ力を得ていく。
ここが「君」と自分の世界のはじまりであることに気づいていく・・・。

ブルーハーツの「人にやさしく」の曲が、とても効果的に使われています。
なんだか勇気のわいてくる曲ですね。
そこへ持って、エンドロールでは松本穂香さんのアカペラ。
癒されます!!
まさに、この映画の締めにふさわしいのでした。

本作中に高校生活ではつきものみたいになってしまっている、
いじめのシーンがないのもポイント高い。

 

<WOWOW視聴にて>

「君が世界のはじまり」

2020年/日本/115分

監督:ふくだももこ

原作:ふくだももこ

脚本:向井康介

出演:松本穂香、中田青渚、片山友希、金子大地、甲斐翔真、小室ぺい、板橋駿谷

 

閉塞感★★★★☆

青春度★★★★★

満足度★★★★☆

 


梅切らぬバカ

2021年11月22日 | 映画(あ行)

いなくてもいい人なんていない

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山田珠子(加賀まりこ)は、古い一軒家で占い業を営み、
自閉症の息子・忠男(塚地武雅)と2人暮らし。
亡き父が昔植えたという庭の梅の木は、忠男にとってはたいせつなもの。
しかしその木の枝が伸びて、私道に大きく張り出してしまっています。

そんなある日、隣家に越してきた里村茂(渡辺いっけい)は、
邪魔な梅の木と予測不能な行動をとる忠男を疎ましく思います。

そして珠子は、自分がいなくなった後のことを考え、
知的障害者が共同生活を送るグループホームに息子を入れることにしますが・・・。

珠子と暮す忠男のこと、グループホームのこと、
町内にはそれを快く思わない人たちが少なからずいて、常に批判的です。
出来ればいなくなって欲しいと思っている。

私たちは、自分と違うよく分からない人のことが恐いのではないでしょうか。
その人がどういう人なのか、特に、暴力を振るったりはしないことをよく知れば、
そうした恐れはかなり改善するはず。
だから本当はもっと交流の機会が多くあればいいのになあ・・・と思ったりします。
本作では隣家の父親はダメだけれど、
奥さんと男の子がフレンドリーでとてもいい感じです。
こんな風にご近所ぐるみで接することが出来ればいいのになあ・・・。

「梅切らぬバカ」というのは、アレですね、
「桜切るバカ、梅切らぬバカ」。
形良く育てるには桜は切らない方がいいし、梅はどんどん切った方がいい。
対象に適切な処置をせよ、ということなのですが・・・。

しかし、植木屋さんが来てここの梅を切ろうとすると、
忠男がまるで自分の身を切られるように痛がるのです。

作中、この木は忠男の父親の象徴というような説明があるのですが、
私はむしろ忠男本人だと思うわけです。
大きくはみ出してじゃまもの扱いされてしまう、ということで。
でもちょっとくらい格好が悪くたって、やっかいだっていいじゃない。
ちゃんと花が咲いて実も付く。

忠男がホームに行ってしまった後の、珠子の落ち込みようもなかなかのものでした。
忠男の世話をするばかりで疲れてしまった、と思っていたけれど、
忠男に生かされていた部分もあったことが分かります。

いなくてもいい人なんていない。
そう実感させられますね。

 

<サツゲキにて>

「梅切らぬバカ」

2021年/日本/77分

監督・脚本:和島香太朗

出演:加賀まりこ、塚地武雅、渡辺いっけい、森口瑤子、斎藤汰鷹

 

問題提起度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


「濱地健三郎の幽(かくれ)たる事件簿」有栖川有栖 角川書店

2021年11月21日 | 本(ミステリ)

不可思議な現象にも、合理的解決

 

 

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年齢不詳の探偵・濱地健三郎には、鋭い推理力だけでなく、幽霊を視る能力がある。
新宿にある彼の事務所には、奇妙な現象に悩む依頼人のみならず、
警視庁捜査一課の強面刑事も秘かに足を運ぶほどだ。
助手の志摩ユリエは、得技を活かして、探偵が視たモノの特徴を絵に描きとめていく―。
郊外で猫と2人暮らしをしていた姉の失踪の謎と、
弟が見た奇妙な光景が意外な形でつながる(「姉は何処」)。
資産家が溺死した事件の犯人は、若き妻か、懐具合が悪い弟か?
人間の哀しい性が炙り出される(「浴槽の花婿」)など、
驚きと謀みに満ちた7篇を収録。
ミステリの名手が、満を持して生み出した名探偵。
待望のシリーズ、第2弾!

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探偵・濱地健三郎のシリーズ第2弾。

幽霊を見る能力のある探偵が、奇妙な現象に悩む依頼人の体験を紐解き、
解決していく短編集。

幽霊が登場するとは言っても、さほど恐い感じはしません。
けれど、現実にはあり得ないことを題材としながら、
それでも様々な事柄が合理的に解決出来てしまう。
常よりも伸びやかな発想でストーリーが進むところが、
ちょっと楽しい感じがします。

 

「お家がだんだん遠くなる」の依頼人は、夜毎に自分の魂が幽体離脱をして空の高みに登り
やがて、どこか、いつも同じ所へ引き寄せられている感じがする、というのです。
幽体離脱して飛ぶ距離が次第に長くなっていて、
このままではまもなく帰れなくなってしまうのでは、と恐れているのです。
これはさすがにちょっと恐くてヤバい感じですね。
そこで登場したのが童謡の
「お家がだんだん遠くなる・・・今来たこの道帰りゃんせ・・・」
そういえばこの歌は、何やらもの悲しくて、
本作を読みつつ思いうかべると、なんだか本当に恐くなってしまうのでした。

 

ここの探偵事務所はどこかに宣伝をのせるでもなく、
電話帳にさえ載っていないのです。

けれどここの探偵事務所が必要な人には、なぜかどこかからここの噂が耳に入る。
例えば喫茶店で近くの人が噂をしているのが漏れ聞こえた、などと言うように。

こんな仕組みもミステリアスで、面白い。
このシリーズも波に乗ったという感じがします。
続編が出ればやっぱり読みたい!

 

「濱地健三郎の幽(かくれ)たる事件簿」有栖川有栖 角川書店

満足度★★★★☆

 


僕の好きな女の子

2021年11月20日 | 映画(は行)

踏み込まず、会って笑って話せるくらいでいい。

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又吉直樹さんの同名エッセイが原作です。

会うと些細なことで笑い合う、加藤(渡辺大知)と美帆(奈緒)。
傍目にはとても仲の良いカップルに見えるのですが、どうやらそうではないらしい・・・。

加藤は脚本家で、気づけば美帆のことを書いてしまっています。
何やらユニークな彼女のことがとても気になるし、好きだという気持ちは自覚している。
しかし加藤は、美帆に自分の思いを告げることにはためらいを感じているのです。
これ以上踏み込まず、会えば笑って話が出来るくらいの関係が一番いい。
このままでいい、と。

でもそれは、実は加藤が臆病なだけということではないのか。
ストーリーは加藤目線なので、美帆の実のところの気持ちがイマイチ分からないのです。
付き合っているカレシがいて、でもその人とは別れたという。
彼女の仕草や行動は、加藤を嫌っているとは思えない。
イヤ、むしろ好きであるように見える。
ならば、いっそやはり告白をしてみようか・・・。
逡巡する加藤。

ところが・・・!!
やっぱり美帆にとって加藤は楽しく話の出来る友人でしかなかったようで・・・。
男女間での友人と恋人の境目は極めて微妙ですね。

ところが本作、そんな簡単な終わり方をしない。

「えっ?!」と思わせるエンディングに、
様々な疑念がわいてきてしまいます。
この映画のストーリー自体が、加藤の書いたシナリオだったのか?
ということはつまり、美帆は実在しない?
いや、美帆はいるけれど、すべてフィクション?
いやいや、それでもありのままのストーリー?

でも考えてみれば、本作自体がフィクションなのだから、
どうであってもかまわないわけではあります。

そんな中で、自分の思いを口に出せず、友人のままでいるか、当たって砕けるか・・・
そんな逡巡の気持ちは実にリアルに私たちの胸に響きます。
なかなか興味深い作品でした。

<WOWOW視聴にて>

「僕の好きな女の子」

2019年/日本/90分

監督・脚本:玉田真也

原作:又吉直樹

出演:渡辺大知、奈緒、徳永えり、山本浩治、仲野太賀

 

やきもき度★★★★☆

満足度★★★.5


アイス・ロード

2021年11月18日 | 映画(あ行)

氷の道も、敵の襲撃も、なんのその

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リーアム・ニーソン主演、ハラハラドキドキのアクション作品です。

カナダのダイヤモンド鉱山で爆発事故が起こり、
作業員26名が地下に閉じ込められてしまいます。
事故現場に充満したガスを抜くため、
30トンの重量がある救出装置を30時間以内に鉱山に届ける必要があります。
トラック輸送しか方法はなく、4人の凄腕ドライバーが集められます。
そのうちの1人がマイク・マッキャン(リーアム・ニーソン)で、
彼の弟・ガーディ(マーカス・トーマス)も同行します。
ガーディはイラクの帰還兵ですが、そのPTSDで失語症となっています。
けれど、自動車整備の腕は一流。
その腕がものを言います。

さてところで、鉱山までの最短距離は湖の上に張った氷の上を行くアイス・ロード。
しかし今はもう4月で、氷はかなり薄くなっています。
スピードが速すぎればその衝撃で、遅すぎれば重量で、氷は割れてしまうでしょう。

この危険な任務は、果たして成功するのか・・・?!

さらには、彼らが闘うのは、この氷の道だけではありません。
効率重視の鉱山では、表沙汰に出来ないことを行っており、
作業員が救出されて秘密が暴露されることを恐れていたのです。
彼らは輸送隊に妨害工作を仕掛けてきます。

いつもながら、闘う男リーアム・ニーソン。
彼はやってくれますねえ。

単純に楽しめるこういう作品も、時には良し。

<サツゲキにて>

「アイス・ロード」

2021年/アメリカ/109分

監督:ジョナサン・ヘンズリー

出演:リーアム・ニーソン、ベンジャミン・ウォーカー、アンバー・ミッドサンダー、
   マーカス・トーマス、ローレンス・フィッシュバーン

スリル度★★★★☆

満足度★★★.5

 


82年生まれ、キム・ジヨン

2021年11月17日 | 映画(は行)

女ゆえの生きづらさ

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チョ・ナムジュのベストセラー小説の映画化です。

出産を機に仕事を辞め、家事と育児に追われるジヨン(チョン・ユミ)。
妻・母として生活する中で、閉じ込められているような感覚に襲われます。
そんな気持ちが高じて、時には他人が乗り移ったような言動をするようになるのですが、
その時のことを本人は覚えていません。
夫のデヒョンは、そのことをジヨンには告げられず、
病院行きを妻に勧めるのですが、本人が異常を感じていないので行こうとしません。
仕事に就きたい妻の気持ちを汲んで、育児休業をとろうかとも思うのですが・・・。

ジヨンは出産のために仕事を離れて家庭に入ります。
それ以前は仕事もバリバリこなし、優秀な成績を収めていました。
それが今はほとんど家庭にこもりっきりで、社会から隔絶されたような気持ちになるのです。
そしてまた、ジヨンの気持ちが塞ぐのはそのことばかりが原因ではありません。

生まれたときから、家庭の中では男の子ばかりが優遇される。
女は家事をするのが当たり前。
たとえ仕事について共働きとなっても、家事の負担は女性にばかりのしかかります。

本作を見ているうちに、一時私も胸の奥で虚ろが広がりそうになりました。
まあ、普段から男女差別を厭い、フェミニズムよりの考えをする私ですが、
実生活の中ではすでに諦めきって受け入れていることが多いです。
というか、ほとんどがそうなのか。
でも、胸の奥ではやっぱり、変だ、おかしい、
なんで女ばかりがこんなふうに扱われるのだろうという思いがたまりにたまっていて、
どうも本作でそこを刺激されてしまうようなのです。
すべての女性は、明日のジヨンになり得ると思います。

女であることの生きづらさ。
・・・少しでも、このようなことが少なくなっていく世の中であってほしい。
しかるに、女に教育は不要とか、
女は顔も髪も人前にさらしてはいけないとか、
女はスマホを持ってはいけないとか、
ましてや性器切除・・・
こんな宗教に縛られる国もあるということに戦慄せざるを得ません。
人類の半数は女性であるのに、こんな差別がなぜ今もって行われているのか。

男は自分たちが少しでも優位な立場に立ちたいと思うからなのか・・・。
富める者はそれなりに、貧しい者ならことさらに・・・。
女を自由にしたら、たちまち自分たちの優位が脅かされることを知っているからなのかも・・・。

まあそれにしても、ここの夫・デヒョンは頑張ってくれていたと思います。
十分ではないにしても、育児を手伝おうとはしていたし、
社内の立場も出世の見込みも捨てて、育児休業をとろうとさえしてくれました。

一方、デヒョンの実家の母は典型的な旧態依然とした母で、
娘は二の次、長男が何より大切。
息子が育児休業をとろうとしているなんて、あんたはなんてことをしてくれるんだ、
とジヨンを責め立てます。
女の敵は女でもあるんですね。だから難しい・・・。

日本はこんな韓国の状況よりは少しマシ?とは思って見ていましたが、
いやいや、テレビドラマなどではそうでしょうけれど、
実生活では同じですよね。

 

<WOWOW視聴にて>

「82年生まれ、キム・ジヨン」

2019年/韓国/118分

監督:キム・ドヨン

原作:チョ・ナムジュ

出演:チョン・ユミ、コン・ユ、キム・ミギョン、コン・ミンジョン、キム・ソンチョル

女性の生きづらさ度★★★★★

問題提起度★★★★★

満足度★★★★☆

 


「信長協奏曲21」石井あゆみ

2021年11月16日 | コミックス

じわじわと、「その時」に近づいていく

 

 

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北陸方面軍に陣中見舞いにやってきたサブローは
久々に森ブラザースら、家臣たちと親睦を深める。
久々の団欒は盛り上がり、犬千代の頼みで、握手ならぬハグ会(!)まで開かれる始末…

一方、秀吉率いる中国方面軍は備中へ侵略、
恐るべき新たな策に出ようとしていて…!?

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さて本巻、いよいよこの物語も大詰めに近づいてきたことがひしひしと感じられます。

天正10年。
北陸方面軍に陣中見舞いにやって来たサブロー信長は、
長年苦楽をともにした家臣たちと語らいます。
なんと一人一人にお礼の言葉をかけてハグをしています。
いかにも、最後の別れですよね・・・。
なんだか感慨深い。

そして、安土城を家康ら一行が訪れ、
その饗応役を明智光秀が務めるわけですが、
当然ながらこの物語では何事も起こらず和気藹々とした時が流れます。
ここも結局サブローと家康の最後の対面シーンということになりました。

一方備中において高松城の水攻めにとりかかっている秀吉。
彼はこの物語の始めからほの暗い意志を明確にしていたわけですが、
なんと本巻では本心を吐露します。

あの男は常にわしの予測の外にいる。

こんなにも長い年月屈辱と憎悪を抱きながら仕え続けるほどに
織田信長という風変わりな男に引き寄せられてきた。

こんなはずではなかった、わしの生涯は。

 

そんな兄の心を知りつつも、なおも野望に燃えるのは弟秀長であります。
この男、実は秀吉以上に危険、というのは先頃から見えていたことではありますが。

 

そして秀吉からの救援要請が届き、いよいよサブローが安土城を出ることになる・・・。
うう・・・、次巻が待たれます。

結局今になってもどういう形で本能寺の変となるのか、
秀吉・秀長の策略なのは間違いないとは思いますが、
その詳細は見当もつきません・・・。

 

「信長協奏曲21」石井あゆみ ゲッサン少年サンデーコミックス

満足度★★★★☆

 


ボクたちはみんな大人になれなかった

2021年11月15日 | 映画(は行)

自分は今、なりたかった自分になれているか

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2020年、テレビ業界の片隅で働き続けている佐藤誠(森山未來)。
何もかも投げやりで、惰性のように感じているこの頃。
本作は、そんな彼のことが、少しずつ時間を巻き戻しながら描かれています。
始めは小説家になりたいと思っていた。
でも志していたようにはなれず、テレビ番組のフリップ作成という仕事に就く。
やがて仕事の力はついてきて、女性遍歴も幾度かあった。
けれど、忙しく作り上げたものも、むなしいくらいに流れては消えていく。
女性たちも彼の元を通り過ぎていくだけ。

自分は、昔「なりたかった大人」になれているのだろうか・・・?

そうして彼が思い出すのは、初めて付き合った彼女・加藤かおり(伊藤沙莉)のこと。
1995年。
かおりとは文通で知り合った。
待ち合わせて初めて対面した時の緊張感・・・。
「会ったらきっとがっかりするよ」と言っていた彼女。
初めて入った料金安めのラブホテル。
天井には星空が描かれている。
このとき彼女は初体験。

・・・なんというか、こんなに純真でおずおずとして
尊い感じのラブホテルシーンを見たのは初めてのような気がします。
ここは本当は「はじまり」のシーンなのだけれど、
時間を遡って描写することで、終盤に描かれていたのは大成功です。

その数年後、かおりはある日突然、
理由も行方も告げないままに姿を消してしまうのです。
佐藤はその時の苦く切ない思いをずっと引きずっていたように思えます。

40半ばにして、若く初々しかった頃を思う。
その頃に見ていた未来にはほど遠い自分。
でも、彼の中で何かが少し変わったようでもありますね。

若き日とその25年後の佐藤、森山未來さんの演技力が光ります。

<サツゲキにて>

「ボクたちはみんな大人になれなかった」

2021年/日本/124分

監督:森義仁

原作:燃え殻

脚本:高田亮

出演:森山未來、伊藤沙莉、東出昌大、篠原篤、大島優子、萩原聖人

 

若き日の思い度★★★★☆

ラブホテル情景度★★★★★

満足度★★★★☆

 


恋するマドリ

2021年11月14日 | 映画(か行)

にっこり、にっこり

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新垣結衣さん、映画初主演作品。
2007年なのでもう15年ほども前の作品ということで、
新垣結衣さんはなんとも初々しくカワイイ!! 
でもその雰囲気が今もあまり変わらないというのは、すごいことではあります。

 

姉が結婚したため、同居していた家を出て、一人暮らしを始めた美大生のユイ(新垣結衣)。
その部屋の元住人アツコ(菊地凛子)と出会い、おとなっぽい彼女に憧れを抱きます。
そしてまたユイは、上の階に住む研究者である男性タカシ(松田龍平)のことが気になり始めます。
しかし実は、アツコとタカシは元恋人同士。
タカシはアツコがある日突然いなくなってしまった、と言い、
その思いをまだ引きずっているのです。

アツコのことは信頼しているし、大好きだ。
そしてタカシのことも、ステキだと思い、親しくなりたいと思う。

だから二人は、もう一度気持ちを確かめ合って、やり直した方がいいとユイは思う。
だけれども、そうしたら自分のタカシへの思いはどうなってしまうのだろう・・・。

揺れ動くユイの気持ちが切ないですね。

 

ユイと姉が住んでいて、そしてその後にはアツコが住む家がステキです。
古くてもう取り壊し寸前の小さな一軒家。
建った時にはいかにもモダンだったのでしょう。
庭に面したステンドグラスのガラス戸。
暖炉もあるけれど、後に本棚で隠してしまった形跡もある。
いかにも何か物語が始まりそうな雰囲気があります。

 

風もにっこり。
空もにっこり。
家もにっこり。

・・・そんな風に、生きたいものです。

 

<WOWOW視聴にて>

「恋するマドリ」

2007年/日本/113分

監督・脚本:大九明子

出演:新垣結衣、松田龍平、菊地凛子、内海桂子、江口のり子、世良公則

揺れる気持ち度★★★★☆

ほっこり度★★★★☆

満足度★★★★☆