映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「神の守り人 下 帰還編」上橋菜穂子

2020年09月30日 | 本(SF・ファンタジー)

本人の心が結局は問題 

 

 

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南北の対立を抱えるロタ王国。
対立する氏族をまとめ改革を進めるために、怖ろしい“力”を秘めたアスラには大きな利用価値があった。
異界から流れくる“畏ろしき神”とタルの民の秘密とは?
そして王家と“猟犬”たちとの古き盟約とは?
自分の“力”を怖れながらも残酷な神へと近づいていくアスラの心と身体を、
ついに“猟犬”の罠にはまったバルサは救えるのか?
大きな主題に挑むシリーズ第5作。

* * * * * * * * * * * *

いよいよ、核心部となる下巻。

怖ろしい力を秘めた少女・アスラを利用しようとするシハナの企みによって、
大惨事が起きようとしています。
バルサは、それをくい止めることができるのか・・・?

結局は、アスラ自身の心の問題。
彼女は自分自身で正しい答えを見つけ出します。
でもそれは、それまでに彼女と関わった人々が、
彼女の心に「美しくて強い」心を植え付けていたから。

力だけでは人を守り切ることはできない。
自らを律する筋の通った心と信頼がなければ・・・。
そういうことなのかもしれません。

 

それにしても、巧みに人の心を操ろうとするシハナは、ちょっとオソロシイ・・・。
結局企みが失敗し、姿を消してしまったのですが、
この先の物語でまた姿を現すのかもしれません・・・。
いや、私としてはもう出てきてほしくないのですが。

巻末に「バルサとシハナは似て非なる女」ですね、といわれたことがあると
著者が述べていますが、いやいやいや、
双方女性で強いというだけで、全然似ていませんから。
と、私は思う。

 

ともあれ、興味の尽きない物語でした。
満身創痍のバルサにしばしの平穏なる日々が訪れますように・・・。

 

図書館蔵書にて

「神の守り人 下 帰還編」上橋菜穂子 軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★☆

 


「神の守り人 上 来訪編」上橋菜穂子

2020年09月29日 | 本(SF・ファンタジー)

怖ろしい力を秘めた娘・・・

 

 

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女用心棒バルサは逡巡の末、人買いの手から幼い兄妹を助けてしまう。
ふたりには恐ろしい秘密が隠されていた。
ロタ王国を揺るがす力を秘めた少女アスラを巡り、“猟犬”と呼ばれる呪術師たちが動き出す。
タンダの身を案じながらも、アスラを守って逃げるバルサ。
追いすがる“猟犬”たち。
バルサは幼い頃から培った逃亡の技と経験を頼りに、
陰謀と裏切りの闇の中をひたすら駆け抜ける。

* * * * * * * * * * * *

 

上橋菜穂子さんの「守り人」シリーズ5巻目です。
初めての上下巻。

「守り人」なのでバルサの物語。

本作は一作ごとに、新たな国が舞台になります。
今回は新ヨゴ皇国の西隣となるロタ王国が舞台です。
始まりは、バルサがタンダと共に新ヨゴ国のロタ国境付近で行われる草市を訪れています。
この2人が一緒にいるとなんだかほっとしますね。

バルサはそこで、人買いの手から幼い兄妹を助け出すのですが、
そのことで国を巻き込む大きな災いに巻き込まれることになるのです。
いつもながら、見てみないふりができない「正しい心」を貫こうとするバルサ。
もうこれは仕方ありません。

 

ロタ国は南北の人々がいがみ合っているほか、
辺境の地に「タルの民」という少数民族がいて、
なぜかロタの人々に疎ましがられ、差別されているのです。
この人買いに売られようとしていたのは、タルの民の兄チキサと妹アスラ。
ところがそのアスラは恐ろしい力を秘めていた・・・。

ということで、そのアスラを利用しようという陰謀があり、
4人はアスラとバルサ、そしてタンダとチキサという風に離ればなれになってしまい、
それぞれが苦難の道を行くことになります。
バルサは果たしてこの少女を真に救うことができるのか・・・?

 

国内のいざこざや、伝承、そしてやはりあちら側「ナユグ」とのつながりのこと。
一体どうしたらこんな物語を紡ぐことができるのやら、感嘆するばかり。
まあ、とにかくひたすら楽しむのみです。
それにしても毎度毎度、けがの絶えないバルサ。
それでも生き抜く・・・。
心だけでなく体も強いなあ・・・。

<図書館蔵書にて>

「神の守り人 上 来訪編」上橋菜穂子 軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★☆

 

 


旅のおわり世界のはじまり

2020年09月27日 | 映画(た行)

異国の人と心を通わせること。それが世界のはじまり。

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今話題の、ベネチア国際映画祭で最優秀監督賞を受賞した黒沢清さんの監督作品。

テレビ番組の取材にレポーターとして参加している葉子(前田敦子)。
他のクルーと共にウズベキスタンを訪れています。
「巨大な湖の幻の怪魚を探す」というテーマの番組。
しかし、異国の地で撮影は思うようにならず、みな、いらだちを募らせていきます。
そんな中、一人町に出た葉子はかすかな歌声に導かれ、
美しい装飾の施された劇場に迷い込みますが・・・。

オール現地ロケ。
劇中劇ならぬ撮影風景の撮影という構造、どこかドキュメンタリー風でもあります。

その土地に過去も、おそらく未来も住み続けるであろう人々と、
表面のおいしいところだけをなぞろうとするテレビクルー、そして葉子。
こうした2極にある人々の軋轢があるワケなのですね。

言葉も全くわからず、葉子は街中を歩くのにも若干恐怖を感じています。
知らず、ハンディカメラを持ったまま撮影禁止区域に入ってしまい、
警官に声をかけられるのですが、思わず彼女は逃げ出してしまう。

後に警官は言います。
逃げるから追わなければならなくなってしまった。
ほんのちょっと話を聞きたかっただけなのに。

どこぞの独裁国家でもない限りは、外国だからと行ってどこも融通の利かない人ばかりというわけでもない。
同じ“人”同士、大抵のことは話せばわかる、通じ合う。
うん、大抵はそうなのだろうと思う。

そんな事件を通しつつ、いつしか葉子も見知らぬ外国の人々の中に入りこんで行くのです。

そしてこんな見知らぬ町にも実は昔、意外な日本とのつながりがあった・・・
という歴史を覗かせるあたりも心憎いですね。
ディレクターに染谷将太さん、ADに柄本時生さん、
カメラマンに加瀬亮さんという配役もなかなかステキでした。

<WOWOW視聴にて>

「旅のおわり世界のはじまり」

2019年/日本・ウズベキスタン・カタール/120分

監督・脚本:黒沢清

出演:前田敦子、染谷将太、柄本時生、アディズ・ラジャボブ、加瀬亮

 

異国の中の日本人度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


アヴリルと奇妙な世界

2020年09月26日 | 映画(あ行)

産業革命が起こらなかった世界

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海外のアニメ作品が続きます。
WOWOWで特集を組んでいたもので。
どれもそれぞれの魅力たっぷり。
日本もうかうかしていられません!

本作は、フランス・ベルギー・カナダの共同作品。
1870年。
若き科学者ギュスターブがナポレオン3世から戦争用の秘密兵器「不死身の秘薬」の開発を命じられますが、
完成前に爆発事故でナポレオンとともに命を落としてしまいます。
そのため、戦争は回避され、その後の歴史が大きく変わることになるのです。

ナポレオン5世が支配する1941年のパリ。
なぜか優秀な科学者たちが次々と失踪してしまっているため、
産業革命は起こらず、蒸気機関が動力の中心です。
電気はありません。
そんなパリで暮らす孤独なアヴリルと飼い猫ダーウィンが、
消息を絶った科学者の両親と祖父ポップスを探すことになります。

 

産業革命が起こらなかった世界。
すべてアナログの機械の世界、というのがなんとも魅力的。
多分、宮崎駿氏などが大好きそうな・・・。
蒸気機関しかなくても、それなりの技術は進んでいます。
パリの街をケーブルカーが走り、空を飛行船が飛んでいたりします。

アヴリルは、先のギュスターブのひ孫に当たりますが、
この一族はそれ以来ずっと「不死身の秘薬」を研究し続けているのです。
しかし当初の目的とは違ってしまう薬ができてしまっていて、
それが災いを引き寄せる・・・。
そんな薬の一つで、猫のダーウィンは人の言葉を話すことができるようになっていたりもするのですが・・・。

優秀な科学者が皆失踪している・・・ということは、
多分どこかに集められて、そこで最先端の研究が行われているのでは・・・?
と想像はつくのですが。

電気も、もちろん原子力もない世界は、蒸気機関だけが頼り。
石炭はとうに枯渇し、まだ石油利用の技術は進まず、
木材を利用し始めたが故に、森林が失われてきている・・・。
森林資源を手に入れるために戦争が起こったりしている。
そして街は煤煙だらけ・・・。
なんとも悲惨な世界。
産業革命がなかったら、ただのどかで平和な世界なのかと思ったら、
そういう単純な話ではない、ということですね。

こういう世界のイマジネーション、面白いなあ・・・と、
ひたすら感じ入ってしまう作品なのでした。

そして、ほんのちょっぴりスリリングなラブストーリーでもあるのがしゃれています。

<WOWOW視聴にて>

「アヴリルと奇妙な世界」

2015年/フランス・ベルギー・カナダ/105分

監督:クリスチャン・デスマール、フランク・エキンジ

声:マリオン・コティヤール、フィリップ・カトリーヌ、ジャン・ロシュフォール、マルク=アンドレ・ブロンダン

 

異世界度★★★★★

満足度★★★★☆

 

 


幸福路のチー

2020年09月25日 | 映画(か行)

故郷で考える、人生の岐路

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台北郊外に実在する「幸福路」を舞台にしたアニメです。

台湾の田舎町で必死に勉強し、大学を出て渡米。
アメリカで仕事に就き、結婚したチー。
ある日、祖母の訃報を受け、故郷の幸福路へ久々に帰ってきます。
チーは、子ども時代の思い出を振り返りながら、自分の人生や家族の意味について思いを巡らせます。
そして同時に、私たちは台湾の近代史をたどることにもなります。

台湾の近代史もなかなか興味深いところですが、
それを抜きにしても、十分に私たちにも共感できる大人のストーリー。
例えば地方出身の女性が東京に出て仕事に就き結婚する。
慌ただしい毎日。
子どもはまだいなくて、結婚生活もこれでいいのか少し疑問に思えてくる。
そんな時、久しぶりに故郷へ帰って・・・、
と、これも日本が舞台でも全然不自然ではない物語なんですね。

元々両親は娘に、女性でも十分に稼げる「医者」になることを望んでいました。
彼女もそのつもりではあったけれど、途中で文学とか哲学とか、
そういう方面を学びたくなったのです。
そこで路線変更をして・・・結果、その学習は特に何の役にも立たない。
アメリカへ渡って仕事についても、特にやりたかった仕事というわけでもない。
好きな相手と結婚はしたけれど・・・、なりたかった自分とはずいぶん違う。
この先どうなるのだろう。
本当は、自分はどうしたいのだろう・・・?

いつも自分に味方してくれた大好きだったおばあちゃん。
その存在はもはやなく、両親はいつの間にか年老いていかにも頼りない。
・・・さてさて、いかにも人生の岐路。

誰にでもありそうな話で、異国の話ではありながらすごく身近な気がします。
日本の文化とかなり近いところがあるからかもしれません。

無邪気だった子どもの頃のエピソードもとてもいいし、
そんな子どもの頃抱いていたイメージが「アニメ」の特性を生かして、
変幻自在なのがまた楽しいのです。

心に染み入る作品でした!!

<WOWOW視聴にて>

「幸福路のチー」

2017年/台湾/101分

監督・脚本:ソン・シンイン

声:グイ・ルンメイ、ウェイ・ダーション、リャオ・ホエイチェン、チャン・ボージョン

 

女性の生き方度★★★★☆

懐かしさ★★★★★

満足度★★★★★

 

 


「少年と犬」馳星周

2020年09月24日 | 本(その他)

人々との出会いを繰り返しながら、犬は何を目指すのか?

 

 

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家族のために犯罪に手を染めた男。拾った犬は男の守り神になった―男と犬。
仲間割れを起こした窃盗団の男は、守り神の犬を連れて故国を目指す―泥棒と犬。
壊れかけた夫婦は、その犬をそれぞれ別の名前で呼んでいた―夫婦と犬。
体を売って男に貢ぐ女。どん底の人生で女に温もりを与えたのは犬だった―娼婦と犬。
老猟師の死期を知っていたかのように、その犬はやってきた―老人と犬。
震災のショックで心を閉ざした少年は、その犬を見て微笑んだ―少年と犬。
犬を愛する人に贈る感涙作。

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第163回直木賞受賞作。
盆と正月くらいは新刊の単行本を購入する贅沢に目をつぶることにしているので・・・。
それにしても購入してから、しばらく積んだままでしたが。

 

著者は北海道出身の方であると言うことと、犬が登場するということで、
これはもうどうしても読まなくては、という気になりました。
いやそれにしても、馳星周さんは私、実のところデビュー作「不夜城」を読んだきりだったような気がします。
だからそのイメージがずっとあったのですが・・・。

 

本作はある一匹の犬が、様々な人に拾われ、ひとときを過ごしながら、
どこか南の街を目指して、また旅に出るというのが大筋の物語。
いろいろな人との出会いが一話ずつ語られていきます。

シェパードと何か別の犬の雑種らしいその犬は、「多聞」という名前ですが、
さすらい歩くうちに首輪も名前のタグも失われ、拾った人からは好きなように呼ばれます。
単純に聞けば犬と人とのふれあいの心温まる物語?と思えるのですが、
しかしやはりそこが馳星周さんでした。

この犬と関わった人は犬好きで正しく犬の世話をし、また自身も癒されて、
しばしほんのりとした時を過ごします。
これまで忘れていたような、豊かな時間。
けれど彼らには「死」が忍び寄るのです。
事情は全く様々。
しかしこれは、犬が死を呼び寄せたのではなく、まるで「死」の匂いを犬が嗅ぎつけたようでもある。
そんな人々を慰めるかのように、犬がそこに世話になっているようにも感じられます。

結局犬は岩手から熊本までを旅するのです。
何のために? 
何を目指して・・・?

岩手、熊本と聞いてピンと来た方は鋭いですね。

「男と犬」、「泥棒と犬」、「娼婦と犬」・・・などと様々な出会いのある中で、
どうして本巻の表題が「少年と犬」なのか。
そこに、この犬の一番の目的があったためなのでした。

感動の物語。
直木賞も納得。

 

犬の描写がとてもリアルで、著者の犬好きなのがよくわかります。
こんな賢い犬なら、私もパートナーになりたいです!!

馳星周さんのブログ「ワルテルと天使たちと小説家」も、
主に犬たちとの生活を綴っています。
オススメです。

 

「少年と犬」馳星周 文藝春秋

犬の魅力度★★★★★

人々との交流度★★★★★

満足度★★★★★

 


TENETテネット

2020年09月23日 | 映画(た行)

何が何やら・・・

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クリストファー・ノーラン監督によるSF超大作。
ということで、期待して見たわけですが・・・。

 

強靱な精神力を持つ“名もなき男”(ジョン・デヴィッド・ワシントン)が、とあるミッションを与えられる。
それは時の流れを逆行する装置により未来からやって来た敵と戦い、世界を救う、というもの。

大筋はわかります。
でも、何やら理解不能、私にはついて行きがたく、さほどの満足感は得られなかったというのが正直なところです。

この時間の逆行というのが、これまで私たちが知るタイムマシンとは全く異なっていて、
時間を逆行してきた者たちは、私たちの通常の時の流れの中では、
やはり時間を逆行した動きになってしまう、ということなのです。
そこで、時間を逆行した主人公が通常の時の流れにいる主人公と出会ったりする、
そんなシーンがなんともスリリングで面白い。
ピストルから撃たれた弾丸が、逆行して銃口に吸い込まれていったりしますから・・・。

こういう部分部分ではなるほど~と思うところもあるのですが、
それにしても、どちらが正方向で、どちらが逆方向なのやら、
あまりにもめまぐるしい映像なので、理解している暇がない。
おそらく、脚本はものすごく考え抜かれて論理的に構成されているのだと思います。
でも、私にとってはスピーディすぎて、ついて行きがたい・・・。

一度あったシーンが、後に逆回転視点で繰り返される。
そういったところがとても興味深い作りなのですね・・・。
でもやっぱり何が何だかわからない・・・、というのは私にとってはストレスで、どうも入り込めなかったです。
ではもう一度見るか?
いや、もういいわ・・・。

でも本作、すごかった、面白かったという方は多いので、皆様は気にせずご覧ください。
多分若い方ならOKです。
オバサンがついていけなかっただけ。

 

そうそう、ロバート・パティンソンがとーってもチャーミングでした!!

 

<シネマフロンティアにて>

「TENET テネット」

2020年/アメリカ/150分

監督・脚本:クリストファー・ノーラン

出演:ジョン・デヴィッド・ワシントン、エリザベス・デビッキ、ケネス・ブラナー、ディンプル・カパディア

 

視聴者置き去り度★★★★☆

スタイリッシュ度★★★★★

満足度★★★☆☆


ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん

2020年09月21日 | 映画(ら行)

祖父の船を探し求めて、北極海へ乗り出す少女

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フランス・デンマーク共同制作のアニメ作品です。

19世紀、ロシアのサンクトペテルブルグに14歳のサーシャは暮らしています。
敬愛する祖父は、一年前北極航路の探検に出たきり行方不明となっています。
捜索も行われてはいましたが、未だに発見されていません。
そんなある日、サーシャは祖父の部屋で航路のメモを発見し、
これまでの捜索は場所を間違えていたことに気がつきます。
しかしそんなサーシャの言葉に、父も担当大臣も耳を貸しません。
やむなく、サーシャは自ら捜索に行くことを決意しますが・・・!

サーシャは貴族のお嬢様。
一人で遠くに出かけたこともないし、家の仕事だってしたことがありません。
家出をしてなんとか港まではついたものの、お金はだまし取られて行き場もなくなってしまいます。
そんな彼女を見かねた酒場の女将さんが、
仕事を手伝うことを条件にねぐらを提供してくれたのでした。
掃除、給仕、調理・・・どれをとっても今までやったこともなく、満足にできません。
でも彼女にはガッツだけはあった。
ダメでも下手でも、そっと見守る女将さん、勇気ある! 
でも、めきめきと仕事を軽くこなすようになるサーシャ。
さすが若いって素晴らしい。

本作、もちろんサーシャが北極の海に出てからが大変なのですが、
まずは船に乗り込むまでのこの前段階も、彼女にとっては大変なのです。

ここのところが、私はすごく好きです。
人は旅に出て、苦労するものですね・・・。

氷の海を行く船・・・なんとも冒険心をかき立てられ、わくわくします。
乗組員は概ね気のいい男たちです。
特にサーシャがただの「乗客」ではなく、なんとかできる部分は分担して手伝うようになってからは、
親しみも増していきます。
しかし、この船にも危機が襲いかかる・・・。
そんな時、サーシャを「不運を呼ぶ娘」と憎しみを抱くものも・・・。

氷の世界での危機、人の心の不和の危機。
様々な困難を乗り越えて彼らは無事生還できるのか? 
祖父の船は見つかるのか?

 

サーシャの冒険を中心としたシンプルなストーリーが、すっきりと胸に迫ります。
そして、輪郭の実線がなく、色面だけの絵柄がとてもオシャレ。
白一色の氷の世界でも、実に淡く豊かな色彩が潜んでいるのだなあ・・・。

すごく好きです。

 

<WOWOW視聴にて>

「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」

2015年/フランス・デンマーク/81分

冒険度★★★★★

満足度★★★★★

 


人数の町

2020年09月20日 | 映画(な行)

名前はなく、数のうちの一つでしかない人々

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借金が返せず、借金取りから暴行を受けていた蒼山(中村倫也)。
そこへ黄色いツナギを着たヒゲ面の男に助けられます。
蒼山のことを「デュード」と呼ぶその男は、蒼山に「居場所」を用意してやるというのです。
そして、蒼山が連れて行かれたのは、ある奇妙な町。
簡単な仕事をすれば衣食住が保証され、快楽をむさぼることができる。
しかし、この町を離れることはできない・・・。
そんな中でも居心地よいと思って暮らしていた蒼山ですが、
あるとき、妹を探しに来たという女性(石橋静河)が入ってきます・・・。

世間には多くいるであろう行方不明者。
ホームレスであったり、家出少年であったり・・・、居場所のないものたち。
ここは、そういう者たちを集めた町なのです。
しかし福祉を目的としたものではない。
彼らは互いに「フェロー」と呼び合い、特に名前を必要としない。
匿名の「人数」の町なのです。

彼らには「数」のうちの一つとしての価値しかない。
おそらくそれを利用した何者かが、うまい汁を吸い尽くしている・・・と。

(リアルなことをいえば、これだけの施設や人員維持のためには、
こんな業務ではペイしないのではないかと私は思ったりするのだけれど・・・。
あ、戸籍の売り買いはあるみたいなのでそれは大きいかな?)

在りそうだけれど、在ったらイヤだ・・・と思う、こわ~い近未来SFストーリーでした。
結局底辺の人々は踏みつけにされて、利用されるだけ・・・か。

 

ラストシーンの状況がいまいち理解しがたかったのですが(?)、
まあ、ハッピーエンドでないことだけは確か。
闇落ちであります。
こういうストーリーには似つかわしいかも。

それと、石橋静河さんが、私がこれまで知っているイメージとはまた違って、変幻自在、
この先もすごく楽しみな女優さんですよね。
私は好きです。

 

<サツゲキにて>

「人数の町」

2020年/日本/111分

監督・脚本:荒木伸二

出演:中村倫也、石橋静河、立花恵理、山中聡、橋野純平、松浦祐也

 

ディストピア度★★★★★

満足度★★★☆☆


「虚空の旅人」上橋菜穂子

2020年09月19日 | 本(SF・ファンタジー)

チャグムが成長していく・・・

 

 

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海にのぞむ隣国サンガルに招かれた、新ヨゴ皇国の皇太子チャグム。
しかし、異界からの使いがあらわれたことで、王宮は不安と恐怖につつまれる。
呪いと陰謀のなかで奔走するチャグムを描く、シリーズ第4作。

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「精霊の守り人」から始まるシリーズ第4作目。
でも今回は“守り人”ではなく“旅人”となっていまして、
つまり“守り人”は用心棒バルサ中心の物語、
“旅人”は皇太子チャグム中心の物語、ということになります。

 

チャグムは新ヨゴ皇国の皇太子。
となればそもそもそう気軽には旅にはでられないわけなのですが、
本巻ではヨゴ皇国の隣国、サンガル王国の「新王即位ノ儀」に招かれ、
国を離れてはるばるやって来たのです。
チャグム14歳。
学問係として先にも登場しているシュガが付き添っています。
本来なら手厚くもてなしを受ける外交訪問のはずですが、
折しもその時、サンガル王国の主権を狙おうとするタルシュ帝国の陰謀が・・・。

そしてまた、ここでも「サグ」と「ナユル」のような直接的には見ることのできない二重世界があり、
そのために1人の女の子が犠牲になろうとしているのです。

そんなことについ巻き込まれてしまうチャグム。

見ても見ないふり、知らないふりをすれば済むことではありました。
でもそうできないのがチャグムなのです。
将来一つの国を治めるべき自身の立場からすれば、むしろ立ち入るべきではない。
けれど、自ら危険を冒しても「正しい」と思える方に進む。
こうした為政者のあり方だってあるのではないか・・・と考え始めるチャグム。

よいですねえ・・・、少年は立派に成長しつつあります。
バルサなしでも立派にやっていける。

というところで、今後のシリーズもますます楽しみになるのでした。

 

図書館蔵書にて

「虚空の旅人」上橋菜穂子  軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★☆

 

 


荒野にて

2020年09月18日 | 映画(か行)

馬とともに歩む、荒野

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幼い頃母親が家出し、その日暮らしの父親と2人で生活している15歳の少年チャーリー(チャーリー・プラマー)。
近所の厩舎で競走馬リーン・オン・ピートの世話をするバイトを始めます。
そんなある日、父親が愛人の夫に殺されてしまいます。
さらに、競馬に勝てなくなったピートの殺処分が決まった事を知ったチャーリー。
チャーリーはピートを連れ出し、
唯一の親戚であるワイオミングにいるはずの叔母を探すため、荒野へ歩み始めます。

チャーリーの雇い主から、「馬はペットではない」と何度も言われていたチャーリー。
雇い主は馬に情が移ることを心配していたのです。
そう、この場合チャーリーにとってピートは、確かにペットではない。
たった一人の友人だったのです。
だからチャーリーは苦しい旅の間も、決してピートには乗りませんでした。
常に、共に歩くのです。


チャーリーが15歳、というところが微妙です。
まだ保護者を必要とする年齢で、
父親が亡くなったとなれば、本来なら施設に入らなければならない。
それを嫌ったチャーリーは、数年前まで母親代わりに彼を育ててくれた叔母を頼ろうと思ったのです。
叔母はチャーリーの父と大げんかをしたあげく出ていって、そのまま音信不通。
電話番号もわかりません。

犬くらいならともかく、馬を引き連れてのロードムービーというのも珍しい・・・。
そして、いかにも大変です・・・。
お金もない。
行く当てもかなり危うい・・・。
孤独の底にあるチャーリーは、いかにも切ない。
けれど、何が何でもやり抜こうという意思は確かです。
誰かに窮状を訴えて頼ろうともしない。
15歳だけれどもすでに強い孤高の魂を持つ。

しかし、彼にはさらなる過酷な運命が・・・。

後にチャーリーが泣くシーンでは、いかに彼がピートを心の支えにしていたのか、
ということがうかがえます。
そして、心が張り詰め、泣くことさえできなかった彼が、
ようやく泣くことのできる場所にたどり着けた、ということが納得できるのです。

ステキな物語でした。

<WOWOW視聴にて>

「荒野にて」

2017年/イギリス/122分

監督・脚本:アンドリュー・ヘイ

原作:ウィリー・ブローティン

出演:チャーリー・プラマー、スティーブ・ブシェーミ、クロエ・セビニー

 

孤高の魂度★★★★☆

満足度★★★★☆

 

 


君の膵臓をたべたい

2020年09月17日 | 映画(か行)

禁断の「病気の女の子」の話

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本作、原作本は読んでいて、実のところあまり好きにはなれないでいました。
元々、「病気の女の子」の話は苦手なのです。
それなので、映画の方も、みていなかったのですが、
先日TV放送になっていまして、その時始めの方だけ見て、
やっぱり一度きちんと見てみようという気になりました。

高校時代のクラスメイト、山内桜良の言葉をきっかけに教師となった僕(小栗旬)。
しかしどうにも教師は自分に向いていないと今さらながら感じています。
そんな彼が教え子と話すうちに、桜良と過ごした数ヶ月の思い出を蘇らせます。

膵臓の病で余命宣告を受けている桜良(浜辺美波)の秘密の日記を見つけたことをきっかけに、
僕(北村匠海)は、咲良と一緒に過ごすことが多くなります。
もともと、人と付き合うことが苦手で、友人もいなかった僕。
しかし、桜良はずかずかと僕に踏み込んでくるのです。
自分の病のことは彼以外には秘密にして、何事もないようにいつもあかるい桜良・・・。
その実の内面は・・・?

いやいやいや、泣けるでしょう。
だからよせばよかったのに。

とりあえず若いときは自分の命はまだまだ続くと誰しもが信じています。
けれど、そうではないことだって時にはある。
だから、病気で余命わずかなどという場合でなくとも、その時々を大切に生きなければねえ・・・。

結局、浜辺美波さんと北村匠海さんの若さにほだされて感動してしまいました・・・。

ところで、先日見た「青くて痛くて脆い」と合わせて、気がついた。
人と付き合うのが苦手な男子。
そこへずかずかと踏み込んでくる“変わった”女子。
住野よるさんのパターンなのかな・・・?

<J:COMオンデマンドにて>

「君の膵臓をたべたい」

2017年/日本/115分

監督:月川翔

原作:住野よる

出演:浜辺美波、北村匠海、大友花恋、矢本悠馬、北川景子、小栗旬

お涙度★★★★★

満足度★★★★☆

 


「活版印刷三日月堂 空色の冊子」ほしおさなえ

2020年09月15日 | 本(その他)

三日月堂を取り巻く人々が紡ぐ、番外編

 

 

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小さな活版印刷所「三日月堂」。
店主の弓子が活字を拾い刷り上げるのは、誰かの忘れていた記憶や、言えなかった言葉―。
弓子が幼いころ、初めて活版印刷に触れた思い出。
祖父が三日月堂を閉めるときの話…。
本編で描かれなかった、三日月堂の「過去」が詰まった番外編。

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「活版印刷三日月堂」のシリーズ5巻目。

本作では、これまでの作中でおよそ触れられた、
三日月堂に関わる人々のことをさらに掘り下げたエピソードが語られています。

弓子さんの近況がないのがちょっと残念な、番外編的内容なのですが、
どれも、ほっこりと懐かしくぬくもりがある話ばかり。
語り手もそれぞれで、いろいろな人から見たいろいろな年代の弓子さんを知るのも、
興味深いところです。

今さらではありますが、弓子さんは早くにお母さんを亡くして、
そしてまた、お父さんも亡くなってしまいます。
お父さんと暮らしていたマンションを引き払って、
お父さんの実家である川越の印刷所へ越してくることにする。
でもその時すでにそこに住んでいた祖父母も亡くなっているのです。
天涯孤独。
この引っ越しはかなり切ない。
けれどもこのとき、弓子さんの友人である唯が引っ越しを手伝い、共に過ごしてくれるのです。
ああ、彼女がいてくれてよかった~、しみじみ思ってしまいました。

考えてみればこの物語は、弓子さんの奮闘記ではなくて、
彼女と回りの多くの人々とのつながりが紡いでゆく「活版印刷所」の再生の物語なんですよね。
そういうことを再確認した巻ではありました。

 

<図書館蔵書にて>

「活版印刷三日月堂 空色の冊子」ほしおさなえ ポプラ文庫

満足度★★★.5

 


青くて痛くて脆い

2020年09月14日 | 映画(あ行)

イタくてイタい・・・

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コミュニケーションが苦手で、人と距離を置くようにしていた田端(吉沢亮)。
大学に入り、理想を目指すあまり空気を読めない発言をし周囲から浮いている秋好(杉咲花)と知り合います。
実を言えば苦手で近づきたくないタイプ。
けれど彼女の方から妙に近寄ってきて親しげにするので、
いつしか、いろいろなことを話すように。



そして、ひとりぼっち同士の二人は「世界を変える」ことを目標とする
秘密結社サークル「モアイ」を立ち上げます。

その3年後。

モアイは当初の理想とかけ離れた、コネ作りや企業への媚び売りを目的とした
意識高い系の就活サークルに成り果てています。
とうにサークルから離れていた田端は、
いまのモアイを憎み、友人と共にモアイ奪還計画を企てますが・・・。

う~ん、確かに秋好もイタい存在ですが、
実は田端はそれ以上にイタい男だった・・・、というところが本作の意外性。
こうした後にはこの男は破滅・・・というラストになってほしいのだけれど、
妙に希望めいたラストだったのが残念。
イタいというよりも、むしろアブナイ男。
途中ではそれがうまくいっていたのに
終盤で、薄れてしまったと思います。

しかし、ラスト付近の教室での言い合いのシーンは、
双方のヒリヒリとした感情の発露が現れていて、迫力がありました。

住野よるさん原作ということでその人気を狙ったと思いますが、
私にはどこに感動していいのかよくわからないというものでした・・・。

<シネマフロンティアにて>

「青くて痛くて脆い」

2020年/日本/118分

監督:狩山俊輔

原作:住野よる

出演:吉沢亮、杉咲花、岡山天音、松本穂香、清水尋也、柄本佑

 

意外な事実度★★★★☆

満足度★★★☆☆


「駄犬道中こんぴら埋蔵金」土橋章宏

2020年09月13日 | 本(その他)

またまたちょっとヤバい旅

 

 

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文政十三年(天保元年)、無事におかげ参りの旅を終えた辰五郎、沙夜、三吉、代参犬の翁丸は、
江戸に戻らず伊勢でガマの油を売っていた。
路銀を貯めて、三人と一匹が次に目指すのは、四国の金毘羅に眠るというお宝の地図を託されて―。
地図を狙う悪党たちに追われながら、温泉、名物、博打に女、何でもござれの珍道中。
ピンチの時に現れる謎の赤犬は敵か味方か!?
そして、鬼ヶ島で辰五郎は負けが許されない絶対絶命の大博打に挑む。
その結末や如何に!?
鼠小僧のお宝を見つけ出せ!
笑劇大人気シリーズ第二弾!!

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「駄犬道中おかげ参り」の続編です。
おかげ参りの旅を終えた辰五郎、沙夜、三吉、代参犬の翁丸が、
そのまま引き続き四国の金比羅神宮にお参りに行くことになります。
しかもその付近に眠るお宝を探し求めて・・・。

今度はそのお宝を狙う一味等、敵味方が入り乱れて、またまたちょっとヤバい旅でもあります。
鼠小僧とか、歌川広重、良寛和尚などが登場するのも興味深いところですし、
そもそもこのお宝の出所というのが面白い!! 
さすが歴史物の名手です。

 

本作の魅力は、何と言ってもこの辰五郎さんですが、私は翁丸が大好き。
大奥で育てられたので、あまやかされ、鷹揚で芸も何もしない、ひたすら食いしん坊の犬。
そしてかなりの老犬でもありますが、そんなところがとぼけていてカワイイ!!

また、行く先々の名物、グルメレポートがあるのも嬉しいところです。

こちらのシリーズもぜひTVドラマ化してほしいところですが、菊佐の扱いが面倒になるかもしれません。
やはり、敵のようなフリをしているけど、実は味方で助けてくれる、そんな感じになるでしょうか。

 

「駄犬道中こんぴら埋蔵金」土橋章宏 小学館時代小説文庫

満足度★★★★☆